──ないはずの胸の鼓動をエステラは錯覚し、微笑んだ。

「エリザベス、覚えている?」

「思い出話してる余裕がある状況?」

「並行作業でいいから。……本格稼働する前、まだ陽電子脳だけだった頃、私とあなたで話していたでしょう」

「────」

「人に尽くす、AIとして在りたいって」

 ──その一点だけを鑑みれば、間違いなくエステラとエリザベスは姉妹機だ。

 互いに、決して所有者同士の思惑が交わらない、そんな運命に囚われたとしても。

「ちっ」

 嫌な記憶を呼び起こされたとばかりに、エリザベスの横顔が苦々しく歪んだ。そんな姉妹機の反応がおかしくて、エステラは小さく喉を鳴らす。

 鳴らして、自機がひどく、残酷なことをしている自覚に、意識野がひずんだ。

 エリザベスの願いを忘れさせ、その計画の失敗を手伝わせている。

 当の姉妹機はそんな事実を知らずに、ただ、姉の仕事をサポートして、自機がこのままどうして燃え尽きるのか、そんなことさえ知らないままに。

「よくわかんないけどさ。気付いたら、アタシはこんなとこいたわけだし。でも」

「でも?」

「姉さんと一緒に、人のためになることをしてる。──悪い気分じゃないよ」

 そんな風に、ぶっきらぼうにエリザベスが言った。

 その言葉にエステラは目を見開いて、それから、ゆっくりと唇を緩めると、

「──私たち、やっぱり姉妹機ね」


10


 ──最初に、その歌声に気付いたのは、ホテルの招待客の一人だった。

「────」

 救命艇の座席に座り、見舞われた事故の被害に自分の不運を呪っていた男だ。せっかくの宇宙旅行にケチがついて、先々の不安に頭を重くしていた。

 そんな折、通信回線越しに届く歌声に、男は顔を上げたのだった。

「……歌が、聞こえる?」

「え?」

 ぽつりと呟く男の声に、周りにいた同じ境遇の招待客たちも顔を上げた。

 そして、今もなお落下を続ける宇宙ステーション『サンライズ』、そこからの通信音声に乗って、歌声が届けられていることがわかった。

 その歌声は、ほんの数時間前にショールームで聞き惚れた歌声そのものだ。

 無論、音響設備は比べるべくもなく、音質も通信回線越しでは決して良いとは言えないものだったが、そうした不満を塗り潰すだけの力が、その歌声にはあった。

「歌ってる。エステラが……『夜明けの歌姫』が」

 救命艇の窓越しに見える地球、その向こう側から太陽が昇ってくるのが見える。

 宇宙ステーションの名前の由来ともなった『サンライズ』に『デイブレイク』、その美しくまばゆい光景と共に、まさしく天上で聞き惚れる歌声が救命艇に響き渡っていた。

 決して、事故に巻き込まれたことの不安や不満が搔き消えるわけではない。

 しかし、歌は慰めであり、癒しであり、希望でもあった。

 そして、『夜明けの歌姫』の歌声に耳を傾ける聴衆の中、一人の少女が声を上げる。

 それは、事故の最中に集団とはぐれ、最後にAIスタッフに連れられて合流した少女だった。彼女は大きな丸い目を見開いて、薄い唇を震わせると、

「歌声、二つ聞こえる。……二人が、歌ってる」

 その少女の言葉が真実であると、自然と周りのものたちも気付き始める。

『夜明けの歌姫』の歌声に、まるで交わるように重なる歌声があった。

 それはあまりに自然で、最初からそうであることが当然のように、あるいは初めから一つだったのではと、そう思わせるぐらいに寄り添い合ったもので──。

「──綺麗」

 誰かが、陶然とした声色でそう呟く。

 それが誰がこぼした吐息であったのか、確かめる必要はどこにもなかった。

 聞き惚れた誰もが、自然とそれに続いていく。

 歌はなおも遠く、遠く、美しい夜明けの景色を映したままにえと。

 ──落ちゆく『サンライズ』と、昇ってくるサンライズとが、景色に重なる。

 その景色と歌声を、人々は生涯、忘れることはないだろう。


 後年、『落陽事件』のことが語られるとき、当時の関係者に話を聞けば、誰もが身も凍るような体験だったと話して──最後に、必ずその『歌声』に触れる。


 ──それは、過酷な状況でもさんぜんと『夜明け』のように輝く、二人の歌姫の歌声であったのだと。


≪了≫