──それは、多くの人々にとって特別な一日だった。

 広いホールの中、きっちりと整列するのは華やかな制服を纏ったスタッフ一同だ。

 表情は様々で、期待や緊張といった感情を宿しているものが全体の半分、もう半分にはわかりやすい感情の波はなく、自然とした微笑などが浮かんでいる。

 それも当然、整列するスタッフの半分は人間だが、もう半分は人を模した人工物──接客用AIによるスタッフで構成されているのだから。

「────」

 ふと、その整列するスタッフたちの手元に動きが生まれる。

 それは拍手と呼ばれる動作であり、それを向けられるのは正面、ホールを横切るように姿を見せた壮年の人物だ。

 黒い、高級感のあるスーツに身を包んだ男性は背筋を伸ばし、洗練された足取りでスタッフたちの前に進み出て、こちらへ向き直る。

 そこで拍手が途切れ、居並ぶものたちは沈黙をもつて、男の行動を見守った。

 彼の前にはスタンドマイクが置かれており、自動で高さの調整されるそれが適切な位置へ動くと、その人物は笑みを作った。息を吸い、話し始める。

「諸君、やっとこの日が訪れた。私は君たちスタッフ一同の協力に感謝している」

 そう、穏やかな語り口で告げると、男は一度、深々と頭を下げた。

 そこで、一度途切れたはずの拍手が再開し、万雷と呼ぶにはいささか迫力の足りない、しかし確かな歓喜と興奮の混じった称賛が男へと降り注いだ。

 男はひとしきり、それを堪能したところで頭を上げる。改めて、マイクに向き直った。

「ここまでこぎ付けるのには、ずいぶんな時間と苦労があった。ただ、その日々がこうして報われたことは感無量だ。……これは、私の夢だった」

 言いながら、男はすっと目を細め、視線を自身の横へと向けた。遠くを見る男のまなしが捉えるのは、広いホールの壁際にある窓枠──否、その向こう側の世界だ。

 そこにあるのは暗い、どこまでも暗い、黒一色の世界であった。

 夜の闇、光源のない環境とは無関係に、その暗闇は延々と壮大に広がり続ける。多くの場合、闇とは人の心に不安をもたらすものだが、この暗闇はそうではない。

 事実、男の目には感極まった光があり、それは居並ぶスタッフ一同、血の通った人間たちにとっても少なからず共通する感動だった。

 そこにあるのは、地上で生まれたものにとってはるか遠く、常に頭上にありながら、決して手が届かないとされてきたはずの場所。

 空に先にある光景、すなわち、果てがないとされる宇宙空間の闇があるのだ。

「新造宇宙ステーション『デイブレイク』……私はここを、夢を叶える場所に選んだ」

 どこまでも遠く、果てのない夜へと旅立った男が、『夜明け』を意味する名を付けられた宇宙ステーションで、スタッフたちに向けて胸を張る。

 その表情には誇りと、夢を叶えたことへの達成感──そして、新たな夢を見ることへの希望と、期待が満ち満ちていた。

 誰もが、その男の表情に焦がれる。誰もが、同じことを思い、願うだろう。

 夢を叶えた男が羨ましいと。そして、同じように、自分も夢を叶えたいと。

「人類初の、宇宙ステーションを利用した本格的な宇宙ホテルの開業だ。これから多くの人々が宇宙へ上がり、夢は叶うのだと実感することになる。私は、そんな仕事を諸君らと共に始められることを誇りに思う」

 重ねて、男は熱の入った声音で、自身の夢を支えるスタッフたちにそう告げた。

 青臭く、人によっては笑い飛ばされるような文言だったが、それを笑うものたちはこの場に一人もいなかった。何故なら、この場に集った誰もが皆、自分の夢を他者に笑われた経験があり、それを踏まえてなお、ここへやってきたものたちなのだから。

 故に、一度、誰かが拍手を始めれば、それは止まりようがなかった。

 万雷に届かぬと称した拍手であったが、その熱量が、勢いが、先ほどよりも強くなる。自然と、長引く拍手を受け、男は照れ臭げに笑い、それらを手で制した。

 このままでは、目頭の奥から溢れるものが頰を濡らしてしまう。

 それは責任者として、いいとしをした大人としていかにも恥ずかしい。それにまだ、話さなくてはならないことがあるのだ。

 それは──、

「──そして、今回のホテル事業のオープニングスタッフとして、スポンサーでもあるAI産業のトップ企業、OGCから数台……いや、数名のAIスタッフが派遣されている。すでに、諸君らとも顔合わせは済ませてあるので、今さらではあるがね」

 肩をすくめ、おどけた調子で言った男に、ホールには微かな笑いがこぼれる。

 その笑みの衝動が収まるのを待って、男は深く頷くと、

「そのAIスタッフたちの統括であり、立場上、このホテルで私に次ぐポジションとなる副支配人を紹介しよう。──エステラ」