女子校の王子様は、実は、とんでもなくおしゃべりだったのです。

 おしゃべりなやつってパス、アウト、論外。メールにすぐ返信しないと怒る奴と同じくらい論外。殺人鬼のほうがまだマシだわ。本当に、ほんっっとうに、話が長いんだよこの女! のおまけのくせに!

 午後四時に真名のやしろで待ち合わせてから、コーヒー屋で一時間。さらにイタリア料理屋で一時間(おごってくれたけど)。さらにさらにケーキ屋で一時間!(おごってくれると言ったけど)ゆかりはひたすら、ひたすら、しゃべった。頭のネジが何本か抜けてるんじゃないの? トライアスロンでもしてるの? コーヒー屋が水泳、イタリア料理屋が自転車、ケーキ屋がマラソン?

 途中で何度も結論を急がせたけれど、そのたびに「全部必要なことなんだ。今のあなたにはわからなくてもね」「すべてを一度に話してしまう必要があるんだ。この続きは別の日に、というわけにはいかない」。この女、時間制限がなければ何十時間でもしゃべりそうだから、今日じゅうに最後まで辿たどりつくのならそのほうがマシかもしれない、と二時間を過ぎたくらいで気づいた。

 話の内容のほうは、ところどころ、興味深くないこともなかった。まったく興味が持てなかったら、さすがに途中でキレただろうし。黒髪ストレートロングでセーラー服の真名なんて、想像がつかないから、もし写真でもあったら見てみたい。

 女子校の王子様はくだくだとしゃべりつづけている。

「私は確信していたよ。きっとは困った顔で、『それがどうしたの?』とか言うだろうって。いや、案外『知らない』って答えるかもしれない。こんな答えでも私は黙るしかないからね。黙ること自体は別にいいんだ。もし真名が『知らない』と答えれば、それで私のふくしゆうは終わる。

 なぜかってかれても、難しいね。この世にはつうかくを持たない、『痛い』という感覚を持たないで生まれてくる人がいるらしい。そんな人にどうやって『痛い』という感覚をわかってもらう? 私のこれも、同じことだ。他人のことをなにもかもわかるべきだという思想は、とてつもなくごうまんだとは思わないか? 痛覚を持たずに生まれてきた人が、『人の痛みがわかる人になりましょう』なんておだいもくを聞かされたときには、どんな気持ちがするだろうね? それこそ『人の痛みがわかる』べきだよ。

『どうして空は青いの?』。この問いに、真名はどう答えたと思う?」

 ゆかりは黙った。

 自分の目と耳を疑ったけれど、どう見ても縁の口は動いていないし、縁の声は聞こえない。

 どうやら私の答えを待っているらしい。

 なにこれ、地球の回転が止まったんじゃないの? 縁が黙るなんて、私の答えを待つなんて、それくらいありえないことだった。長いあいだ船に乗ったあとは陸の上でも揺れを感じるみたいに、まだ縁がしゃべりつづけているような気がする。

 そうか、きっと、もうすぐ話が終わるんだ。というか終われ。

「……『カラスはなぜ鳴くの?』って問い返したと思う」

「うまいね。『カラスの勝手でしょう』と答えたら、『なら、空が青いのも、空の勝手でしょう』とやられる。でも、それじゃあ事件にはならない。

 正解を教えよう。

 真名は、あおけに横になっている私の上に、馬乗りになって──」

「ちょっと待て!」。私は、縁のちようこうぜつを初めてさえぎった。人をつかまえて三時間も(おごってくれたけど)しゃべり倒しておいて、まさか、『私たちこんなに仲良しだからあんたは邪魔』とかそんなオチをつけるつもりじゃないだろうな!

 縁はうつむいて顔をそらし、クックックッと低く笑った。ずいぶん長いこと。私が気まずくなるくらい長く。

「あいにく、あなたの想像したような楽しいものじゃないよ。ああ、いや、楽しいだなんて決めつけるのはよくないね。私にはそういう感覚がない。この場合は、私が痛覚を持たない人の側だ。もっとも、これに関しては、感覚がないほうが多数派だろうけどね、たぶん。