本気だ。
怒ってもいないし、苦しんでもいないし、嫌がってもいない。そんな感情の入る余地がないくらい、真名は本気だ。
きりきりきりきりきりきりきり。これはテンションが上がる音、真名のじゃなくて私の。私は眼鏡をかけなおした。
「なんでもない、なんでもないの」
「そう」
真名は何事もなかったかのように、さっき使った筆ペンと短冊の束を、いつも持っているトートバッグに入れた。
「コムズに行くの? 一緒に行っていい? 晩ご飯の買い物するんだ」
「ええ」
帰り道、真名も私も、さっきの話を蒸し返さなかった。でも忘れられない、忘れられるはずがない。『君は誰?』。真名の本気。
『君』って。いつも真名は私のことを『淳子』と呼ぶ。
『誰』って。まさか名前を訊いてるんじゃないだろうし。
それにもうひとつ、忘れられないことがある。呪文を唱えようとした瞬間、口のなかにわいてきた気持ち悪さ。もしかすると、私が口で感じたのと同じ気持ち悪さを、真名は耳で感じたのかもしれない。
コムズ白山に着いて、真名と別れてから、口のなかでつぶやいてみる、『君は誰?』。真名がどんなつもりで言ったのかわからないのに、つぶやいてみると、呪文を唱えたときの気持ち悪さが消えていくような気がする。
つぶやきながら考えていたら、どうして呪文を唱えるのが気持ち悪かったのか、わかった。私は呪文の意味に興味がなかった。心にもないことを言うのは、気持ち悪い。次に縁に会ったときには、呪文の意味を聞き出そう。意味のわからない呪文のままでは、カギとして使えない。
でも、意味がわからないのは同じなのに、どうしてこっちは気持ちいいんだろう。口のなかでまたつぶやいてみる。
君は誰?