あのワニ型のキメラだけ突出して獲得DPが大きかった理由は、この結晶によるものだったのだろう。

 コアに吸収させたのは、少しばかり失敗だったかもしれない。

 モンスターの名前だけでも特定しておけば、土から大量のDPを生み出せる可能性もあったのではないだろうか?

 まあ、すでに吸収させてしまったものは仕方ない。

 気を取り直して、この魔晶石をどうするか考えよう。

 この結晶の特性として特筆するべきは、やはりその硬さだろう。

 戦闘が終わった後、アントレディアたちに装備させていた盾を確認したのだが、貫通はしていないものの、その表面には細かな傷が付いていた。

 どうやらこの魔結晶は、アントたちが傷1つ付けることのできなかった炎竜王の素材よりも、さらに硬度が高いようなのだ。

 ここまで硬い物質は、今までに見たことがない。

 試しに、小さなものをコアに吸収させてみたが、何らかの機能が拡張されたり、追加されたりすることはなかった。

 これだけの強度をほこるのだ。魔石のような使い道は少々もったいない。

 何とかうまく活用できれば、かなり良質な武具の材料になるはずだ。

 とはいえ加工しようにも、その強度が問題となるのだが、どうしたものか――

 まずは、魔結晶を観察してみるとしよう。

 魔結晶の山から、手ごろなサイズのものを1つ手に取ってみる。

 手のひらにすっぽりと収まるサイズの魔結晶は、無色透明で傷1つないつるつるとした表面。

 形は正二十面体で、正三角形の面が規則正しく並んでいる。

 結晶のサイズはこぶしの半分程度の小さなものから、ひと抱えほどもある大きなものまでまちまちで、保有する魔力に応じて大きくなっている。

 手に持ってみると予想以上に軽く、その透き通った見た目は宝石のようでいて、結晶の山がキラキラと光を反射するその光景はなかなかに美しい。

「さて、このまま眺めているのも悪くはないが……まずはどうやって加工するかだな。これからアントレディアのところに向かうけど、フィーネたちはどうする?」

「もちろん一緒に行くよ!」

「通訳も必要ですからね。一緒に行きましょう」

「よし、じゃあさっそく転移で向かうとするか!」

 大量に積み重なった結晶を倉庫内に戻すと、アントレディアたちの工房がある場所へと移動する。

 工房は、アイテム製作、素材置き場などに分かれており、それ専用の部屋がいくつも連結して作られている。

 各部屋には、DPによって取り寄せた各種設備や器具などが用意されている。

 普段は、鍛冶や道具作成の知識を覚えたものが中心となって、新しく加入したアントレディアたちに各種知識を教えながら、武具や道具を製作しているようだ。

「ギギッ」

 工房の中に入ると、俺たちに気が付いたアントレディアの1体が、作業を中断してこちらにやってきた。

 この青いリボンを付けたアントレディアは、シュミットという名前で、工房全体の責任者を任せている。

 どうやらちょうど、ジャイアントアント用の防具を作っているところだったようだ。

 作りかけの、鉄やミスリルの防具らしきものが見える。

「作業を中断させて悪いな。今日はちょっと見てもらいたいものがあって来たんだ」

 そう言って、倉庫から魔結晶を取り出して、シュミットへと渡す。

 シュミットは受け取った魔結晶をじっくりと観察していたが、しばらくすると満足したのか顔を上げた。

「ギギギ?」

「えっと、『主殿、これはこの前の戦いで手に入れた素材ですか?』だって!」

「ああ、前回倒したキメラのうちの1体が、攻撃に使っていた結晶だな。炎竜王のうろこに傷をつけるくらいだったから、何かに使えないかと思ったんだが」

「ギギー」

 シュミットはそれを聞き、しばらく考え込むように沈黙する。

 アントレディアは、昆虫型のモンスターだけあって、いつでも完全なポーカーフェイスだ。

 鳴き声のトーンである程度の気持ちは読み取れるが、無言だと少しばかり怖い気がする――

 そんなどうでもいいことを考えていると、ようやく方針が決まったようだ。

「ギギギー」

「『分かりました。とりあえず、加工できるかどうか試してみましょう!』だそうです」

「よろしく頼む。せっかくだから様子を直接見学させてもらってもいいか?」

「ギギ」

 シュミットは頷くと、部下であるアントレディアに防具製作を続けるように伝え、工房の奥へと向かう。

 その後ろをフィーネたちと一緒についていき、大きななどが置いてある、用の大部屋へとたどり着いた。

「ギギー!」

 入り口でシュミットが声を上げると、中にいたアントレディアがぞろぞろと集まってくる。

 全員が集まったところで、シュミットが彼女たちに大きな身振り手振りを交えて、何かを熱心に演説し始めた。

「フィーネ、通訳してくれ」

「えっと……『我らが主殿が、新しい素材を持ってきてくださった! まずは、どのような加工ができるのかひと通り調べることにする。今こそ我らの普段の活動の成果を主殿にお見せするのだ! さっそく準備に取り掛かれ!』って言ってるみたい」

「……なんだか熱血な感じだな。まあ、やる気がある分にはありがたいが……」

「ダンさんが来てくれたのが嬉しくて、張り切っているみたいですね」

 シュミットの演説が終わると、アントレディアたちは各々大きな鳴き声を上げて、あちこちへと散らばっていく。

 まず最初にやってきたのは、炎竜王のうろこと、いしなどの道具を持ったアントレディアだ。

 どうやら最初は、魔結晶を削ることで加工ができるか試してみるようだ。

 これに関しては、あまり期待はできそうにない。

 なにせ、炎竜王のうろことぶつかっても、鱗に傷が付くだけで魔結晶の方は無傷だったのだ。

 現時点では、炎竜王の鱗を加工することすらできていない。

 皮からがれ落ちた鱗を、盾や防具に張り付けるだけで精いっぱいなのだ。

 とはいえ、魔結晶の性質によってはもしかしたら、ということもあるかもしれない。

 さっそく、アントレディアが魔結晶と炎竜王の鱗をこすり合わせる。

 残念ながら、鱗の方はわずかに削れたが、魔結晶の方はまったくの無傷だった。

 続けて、砥石、ミスリル製のヤスリ、魔結晶同士などで試してみるが、いずれもうまくいかないようだ。

 魔結晶が加工できなかったのは残念だが、逆に考えれば、炎竜王の鱗の加工手段が見つかったともいえる。

 手間はかかるが、何かの役に立つこともあるだろう。

「ギギー、ギギ……」

「『もしかしたらと期待はしたのですが、やはりダメなようですね。もっと強度の高い道具があればいいのですが……』だって」

「ふーむ、ちょうどいくらかDPが入ったところだし、何か出してみるか」

 ショップ機能を使って呼び出したのは、オリハルコン製のヤスリ。

 たった1本で、10万DPものポイントを要求するとんでもない品だ。

 これで加工できないなら、魔結晶を削ることはあきらめるしかないだろう。

 シュミットがオリハルコンのヤスリで、魔結晶を削ろうと試みる。

 だが、削れたのはオリハルコンのヤスリの方だった。

「ダメか……これ以上の強度の工具は、今のところないんだよな……」

「まだまだ最初だからね! きっと次はうまくいくよ!」

「そうですよ! まだ始まったばかりです!」

「ギギー」

「まあそうだな、さっそく次を試してみよう」

 次にアントレディアたちが持ってきたのは、ミスリルのかなとことハンマーだ。

 今度は魔結晶を砕いてみようということだろう。

 金床に乗せられた魔結晶が固定され、その上にハンマーが振り下ろされる。

 甲高い音が辺りに響いたが、魔結晶は砕けるどころか、ヒビが入った様子すらない。

「ギギー!」

「『これでは威力が足りません! あれを持ってきなさい!』だって。何を持ってくるんだろうね?」

 シュミットの命令を受けて、工房の奥へと飛んでいったアントレディアたちは、数体がかりで巨大なハンマーを運んできた。

「ダンさん。あれも工具なのですか?」

「いや、あれはどちらかというと、武器じゃないか?」

 巨大な鉄の塊は、その威力をほこるかのように、鈍く輝いている。

 部下たちからその巨大なハンマーを受け取った彼女は、危ないから離れているようにと伝えると、その鉄塊を勢いよく振り下ろす。

 勢いの乗ったその一撃は、ドスン、という低い音とともに周囲をわずかに揺らし、叩かれたかなとこは地面へと深く沈み込んでしまった。

 もはや、をしている光景にはまったく見えないが、さすがにこれなら少しくらいは期待してもいいのではないだろうか。

 シュミットがハンマーを持ちあげると、その下の様子が明らかになる。

 強烈な一撃によって、無残にも変形した金床の上には――傷1つなく輝く魔結晶があった。

 シュミットが持っていたハンマーも、魔結晶とぶつかったことにより、わずかにへこんでしまっている。

 これでも無傷とは、この魔結晶というのはどれだけの強度があるのだろうか。

 だが、今の光景を見たことで、1つアイディアを思いついた。

「なあ、サイズの大きい魔結晶を、ハンマーの打撃面に埋め込んだら、かなりの威力が出るんじゃないか?」

「ギギー! ギギギ!」

「『おお! さすがは主様! 素晴らしい発想です! さっそく作らせましょう!』だって!」

「確かに、それなら加工しなくても使えそうですね」

 シュミットが、部下たちに魔結晶を埋め込んだハンマーを作らせている間にも、実験は次々に行われていく。

 カノンアントの酸の中に魔結晶を漬ける――表面の汚れが取れて、魔結晶はさらに輝きを増した。

 遠くからでも、その熱気が感じられるほどに熱したの中へと放り込む――ミスリルが変形するほどの熱量でも、魔結晶にはまったく変化はなかった。

 さらに限界まで熱した魔結晶を、水の中へと浸けて急冷する――水に浸けた瞬間に、大量の蒸気が噴き出して辺りを包んだが、それでも魔結晶が割れることはなかった。

 そして、もうどうにでもなれと、火属性の魔法を魔結晶にぶつけたときだった。

 魔法によって生まれた炎が消えた後に残っていたのは、赤く変色した魔結晶だった。

 鑑定すると、保有魔力がわずかに増加し、炎魔結晶という名前に変化していた。

 今まで何をしても効果がなかったのだが、ようやく実験の成果が出たようだ。

 一番知りたい加工方法は、未だに見つかっていないのだが……。

「炎魔結晶か……保有魔力も少しだけ増加しているな」

「中に入っているマナも、火属性のものに変わっていますね」

「見た目もちょっと綺麗になったね!」

 しんの結晶は、火属性のマナを含んでいるようだ。

 保有魔力が増えていることから推察するに、魔法を吸収したのではないだろうか?

「なるほど……とりあえず、これをいろいろ試してみるか」

「ギギー」

 その後、妖精たちやアントレディアの力を借りて、何度も魔結晶に魔法をぶつけて、どう変化するのかを確かめた。

 どうやら、各属性の魔力に触れることで、魔結晶はその属性に変質する特性があるようだ。

 さらに、火属性なら熱くなり、水属性は冷たくなり、土属性は重量が増加し、風属性は軽くなるといった特性があり、その効果は上限はあるものの、保有魔力が増えることで強力になっていくことまで分かった。

 さらに、変質するときに周囲の魔結晶同士が接している場合、接触面で結合することも判明した。

 問題は、一度変化してしまった魔結晶は、他の属性魔法をぶつけても変化せず、元に戻すこともできないという点か。

 数が限られているので、あまり変化させすぎると、元の魔結晶がなくなってしまいそうだ。

「ギギー!」

「ダン! 武器が完成したみたいだよ!」

「やっとできたか。ついでに、そのハンマーで魔結晶を砕けるかも試してみよう」

 ミスリルで作られたハンマーに埋め込まれているのは、土属性の魔力が大量に込められ、深い黄色に染まった魔結晶。

 先ほどのハンマーのときよりも多くのアントレディアで、一歩一歩、ゆっくりと進みながら持ってきたそれが、シュミットの足もとへと置かれる。

 さっそくそれを持ちあげようとするシュミットだが、どうやら重すぎるようでビクともしていない。

「どうやら、重すぎたみたいですね」

「そうみたいだな」

 これは、作り直しだろうか? そう考えた時、彼女の周囲がわずかに揺らぐとともに、ミシリと大地がきしむような音を立て、ゆっくりとハンマーが持ち上がる。

 ――どうにも様子がおかしい。少し離れた方がいいかもしれない。

「フィーネ、リリーネ、もう少し離れよう。なんだか嫌な予感がする」

「わ、私も賛成です」

「ふえ? まあ、2人がそう言うならいいけど……」

 周りで見ていたアントレディアたちも、先ほどよりも距離を取っているようだ。

 本能的に危険を感じたのは、俺たちだけではないらしい。

 そして、ゆっくりとハンマーを振り上げたシュミットが、周囲に重々しい威圧感をまき散らしている、その巨大な塊を振り下ろす。

 ハンマーが風を切り、魔結晶に触れた瞬間――

 ダンジョン中に響きわたるかのような重低音とともに、ハンマーを振り下ろしたシュミットを中心にして土が放射状に飛び散った。

 先ほどの比ではないほど地面が大きく揺れ、天井からは土の欠片かけらがいくつも降り注いだ。

 地面の揺れとしようげきに思わずしりもちをつき、吹き飛ばされそうになったフィーネたちが、俺の肩にしがみつく。

「うおお!?

「ひええ!?

「ふひゃあ!?

 そのあまりの威力と迫力に、3人の口から情けない悲鳴がれた。

 しばらくして、なんとか起き上がった俺たちが見たのは、シュミットを中心としたクレーターと、の部分からぽっきりと折れたハンマーだったもの。

 そして――そのしようげきを受けて板のようになったかなとこと、それにめり込んだ魔結晶。

 魔結晶を、ペラペラになった金床だったものから引きはがしたシュミットが、こちらへと向かってくる。

 手渡されたそれは、あれだけの被害をもたらした必殺の一撃を受けながらも、傷一つなくその存在を主張していた。

「ギギー……ギギ、ギギギ」

「…………『主殿、申し訳ありません。これでも傷がつかないとなると、現時点では加工は不可能でしょう。そのままの形で利用するしかなさそうです。防具や、打撃武器ならば素材として十分使えるでしょう』」

 これでも傷一つ付けることができない、魔結晶のとんでもない強度も信じられないが、それどころではない。

 いくらネームドモンスターとなっていたとしても、アントレディアの能力であれだけの被害を出すことなど、絶対に不可能なはずなのだ。

 ここが、ダンジョンの最下層で本当によかった。

 もし、下に空間があったならば、間違いなく床が崩れて生き埋めになっていただろう。

「…………シュミット、今のはどうやってやったんだ? いくらお前でも、あそこまでの力はなかったはずなんだが……」

「ギギ! ギギギー!」

「えっとね――」

 フィーネに通訳をさせながら、シュミットが身振り手振りを交えて説明を始める。

 なんでも、の作業を進めるにつれ、彼女は筋力が足りないことに気が付いたらしい。

 だが、ネームドモンスターとなり、保有魔力も上限に達した彼女は、それ以上進化することも、筋力を上げることもできそうにはなかった。

 そこで、身体能力を補うためにあれこれと試行錯誤した結果、魔力によって身体能力を上げる方法を発見したようだ。

 その技術に名前を付けるならば、『身体強化』とでもいうべきか。

 どうだ! とばかりに胸を張るシュミットだが、彼女が引き起こした惨状を見れば、素直にめることはできなかった。

 鍛冶場の中心には大きなクレーターができ、その一角に積まれていた鉱石があちらこちらに転がっている。

 並んでいたにはひびが入り、修理しなければ使えないだろう。

 天井も一度点検しなければ、崩落の危険性があるかもしれない。

 たったの一撃で、俺たちがいた鍛冶場は、見るも無残な状態になっていた。

 げに恐るべきは、誰にも教えられることもなく、新たな技術を生み出してしまった彼女の執念か。

「シュミット……確かにすごいが、さすがにちょっとやりすぎだ。とりあえず、場が復旧するまで謹慎だな」

「「異議なし!」」

「ギギ!? ギギギ!?

 どうして!? とでも言わんばかりのシュミットの様子にため息をつく。

 魔結晶の活用法をある程度見つけることができたのは間違いない。

 あれだけの強度があるなら、防具に埋め込めば間違いなく役に立つ。

 武器に利用した場合に関しては、彼女が目の前でその威力を実証してみせた。

 今後も研究を進めていけば、新しい活用法も見つかるかもしれない。

 それだけのポテンシャルがあの魔結晶にあることが分かったのは、まさしくぎようこうと言えるだろうし、強力な素材が手に入ったことも喜ぶべきことだ。

 だが、今回の実験の中で一番の発見を挙げるならば、間違いなくシュミットが体得した『身体強化』であろう。

 こちらにすがりつき、弁明を始めたシュミットに揺さぶられながら、もう一度ため息をつく。

 どうやら、これからまた忙しくなりそうだ――