「はいはい! アタシにいい考えがあるよ! 穴を掘って進んでるなら、その穴ごと埋めちゃえばいいんだよ!」
「そうですね、確かにそれは名案かもしれませんね」
「ふむ……フィーネの案は悪くないんだが、問題はどうやって相手を埋めるのか、だな。ダンジョンにいるモンスターで、一気に地面を崩せるほどの力を持ったモンスターはいない」
「あっ……そうだね……いい考えだと思ったんだけど……」
フィーネはしょんぼりとしてしまったが、その考えは悪くはない。
何せ相手は、逃げ場のない一方通行の穴の中だ。
周囲に出口がないならば、土で埋めてしまえばそのまま倒すことも可能だろう。
落ち込むフィーネだが、そこへシュバルツから助けが入る。
『いえ、主様。不可能ではないかもしれません。侵入者は、真っ直ぐに穴を掘っています。そして、このまま進むと、1階層の中央付近――何本もの通路が隣接している、この地点を通過するでしょう』
確かに、このまま敵が地中を進むと、戦力補充用の連絡通路に行き当たるようだ。
『この周辺の通路を塞ぎ、ファイアアントの可燃性のガスを充満させ、相手が通過する瞬間に爆破すれば、崩落を起こすことは可能だと思われます』
どうやら、シュバルツは通路が集中しているために地盤の
「なるほど……それなら、一度試してみるのもいいかもしれないな」
『そうだね、どうせ終わったら穴を埋めなきゃいけないんだし。崩れちゃおうが少し手間が増えるだけだもんね』
フォルミーカの言う通り、補修にかかる手間はそこまで変わらない。
フィーネとシュバルツの案を採用するとしよう。
さっそく、各地に散らばるファイアアントたちを、目的地点へと移動させる。
『急いで準備を進めなさい! 遅れは許されませんよ!』
通路で作業するアントたちに、アーマイゼが檄を飛ばす。
アントたちはすべての通路を掘り繋げると、それ以外の場所へと通じる場所を土で固めて密閉する。
さらに、密閉された通路の中にファイアアントが大量の液体をばらまき、揮発した可燃性のガスを充満させる。
「これで準備は完了だな。ファイアアントたちを避難させろ」
『
ファイアアントたちは、厚めに作られた土の壁の中に避難し、通路に繋がる小さく長い穴の前で、着火の合図を待つ。
そして、シュバルツの予想通り、侵入者たちが目標地点に現われた。
「今だ! 爆破しろ!」
着火の合図とともに、通路内は爆炎に包まれ、その
侵入者たちは崩落に巻き込まれ、大量に降り注ぐ土砂とともに土埃の中に消えた。
「やった! 成功だよ! さすがアタシの作戦だね!」
「ああ、これならさすがに――いや、まだ生きてるぞ!」
モニターの向こうの光景を見てフィーネは得意気だったが、ダンジョン内には侵入者の反応が残っている。
しばらくすると侵入者がいた辺りの土が弾け、巨大な結晶の砲弾が、はるか上にある天井へと突き刺さった。
そこから這い出してきた侵入者たち。
最初に
だが、それに続いて出てきた赤いトカゲのキメラと、結晶を打ち出していたキメラはあまり大きなダメージを受けた様子はない。
老人に至っては、土で汚れてはいるが、ただそれだけだ。
おそらく、あのカマキリのキメラが盾代わりとなって、仲間を守ったのだろう。
被害の小ささから、他にも防御手段があったのだろうと思われるが、さすがにそこまでは分からない。
折れていたキメラの足も、老人が治療を施すとすぐに治ってしまったようだ。
「そんなあ……うまくいったと思ったのに……」
『フィーネ様、確かに失敗ではありますが、相手の手の内をいくつか見ることができました。相手に回復能力があることも分かりましたし、攻撃方法も小さな結晶だけでなく、あのような巨大なものまで飛ばすことができると分かったのは大きいでしょう』
『そうですよ、フィリオーネ、そこまで落ち込むことはありません。十分に成果は出ていますよ』
落ち込むフィーネだが、すべてが無駄に終わったわけではない。
少なくとも、相手の手の内をいくらか暴くことはできたのだ。
「そうだな、先に相手の手の内が分かったのは、これから役に立つだろう。戦闘中にいきなりやられるよりはずっといいからな」
だが、これで穴ごと埋めてしまうという作戦はもう使えないだろう。
「崩落させてもダメとなると、もう進路上で待ち伏せするくらいしかないか?」
『主様の言う通りですね、これ以上大きな崩落を起こすのは無理でしょうし、同じ手を何度も使ってもおそらくダメでしょう。どこか広い場所で迎え撃つことができれば勝機はあるでしょう』
一度目で攻略されてしまったのだ。条件の整っている場所も少ないうえに、そもそも何度も同じ手が通用するということは考えにくい。
『ダン様! ならば進路上に大きな部屋を作って、そこで待ち伏せするのはどうでしょうか! 5階層か6階層ならスペースもまだありますし、時間の猶予もあるでしょう!』
『私もアーマイゼの案に賛成だね。それと、ジャイアントモールの皆にも手伝ってもらえば、もっと早く準備できそうだよ』
どうやら、他のメンバーも待ち伏せ作戦に賛成のようだ。
「ダンさん。たしか、ジャイアントモールの巣に行っていた妖精がいるはずです。協力を呼びかけるように伝えておきましょう」
「よし、それなら余裕を持って、5階層で待ち受けることにしよう」
相手の侵攻の速さを見る限り、準備に使える猶予はおよそ1週間というところか。
この間に部屋の拡張とモンスターの移動、それに相手との戦闘への対策を練るとなると、長いようで短い。
「まずは、炎を防ぐための壁と、あとはあの弾丸を避けるのに段差が必要になるか?」
『主様、特に結晶による攻撃はかなり危険です。壁は相手をかく乱するのにも使えますし、壊れてもいいように、ある程度の数は用意しておきたいですね』
「じゃあ、壁の近くにも隠し通路を作っておこうよ! 隠れながら移動すれば、相手を混乱させられるんじゃないかな!」
「天井からも攻撃できるようにしておきましょう。あちこちから攻撃すれば、相手も混乱するかもしれません」
フィーネたちと相談しながら、待ち伏せ用の大部屋を作り上げていく。
『ダン様! アントレディアの数も増えていますし、彼女たちの装備もある程度整っています。一度実戦で使ってみるのはいかがでしょうか』
「そうだな、アントレディアに持たせる装備は――」
強力なキメラたちを相手にするならば、アントレディアたちの力は大いに頼りになるはずである。
地下深くならば情報を持ち逃げされる可能性も低い。
ここらで一度、実戦に投入してみるとしよう。
次々と出たアイディアをまとめて、決戦のための準備へと取り掛かる。
待ち伏せポイントでは、キングモールがガリガリと重機のように壁を削り、掘った後をワーカーアントたちが整えている。
さらに、出来上がった大部屋に、アースアントたちがいくつもの土壁を作り、その周辺の地面に隠し通路を張り巡らせていく。
その間にアントレディアの装備と編成を考え、必要な戦力をかき集める。
――そして、侵入者が到達する前に、無事に準備が完了した。
現在相手がいるのは4階層、予定通り作った空間に向けて真っ直ぐ向かってきている。
じきに待ち伏せしている場所へと到達するはずだ。
『主様、そろそろ敵が目的地点に到達します』
「ついに来たか……シュバルツ、あとは頼んだぞ」
戦闘に参加するアントたちへの細かな指揮は、シュバルツへと任せる。
ジェネラルアントとしての統率力と、高い知能を持つ彼女ならば、たとえ敵味方入り乱れた乱戦の中でも、的確な指示をアントたちに送ることができる。
こちらがモニターを通して
「シュバルツちゃん、頑張って!」
「無理はしないでくださいね」
『シュバルツ! 必ずやあの無法者たちを討ち取るのです! 情けなど無用ですよ!』
『ああもう、アーマイゼはちょっと落ち着いてよ。もう私たちにできることはないんだから』
『シュバルツさん……無理をしすぎないでくださいね。妖精たちにできることはありませんが、ご武運をお祈りしています』
サブマスター権限を持つフィーネたちが、口々にシュバルツへと声援を送る。
アーマイゼは一緒に戦いたがっていたのだが、今回は観戦にまわってもらう。
彼女たちエンプレスアントは、シュバルツのようなボスモンスターの効果による高い回復能力や、修羅場をくぐってきた戦闘経験はない。
さらに、万が一にでもやられてしまえば、戦力が大幅に落ちてしまうのだ。
最終的にはフォルミーカに
そうしているうちに敵が待ち伏せしている場所へと到達した。
多少のズレはあったものの、計算した通りに天井を掘り抜き、アントたちが待機している場所へと落下してくる。
相手が地面に着地すると同時に、先手を取ったファイアアントたちが攻撃を開始する。
一列に並んだファイアアントから発射された炎が、落下した
敵はそれに対処することもできず、炎の中へと姿を消した。
「やった! うまく決まったね!」
「あとは、これがどこまで効くかだな」
着地によって体勢を崩したところへの、回避できない攻撃。
これで倒れてくれればいいのだが、やはりそう簡単にはいかないようだ。
まず、結晶の弾丸が燃え盛る炎を突き破ると、次々と飛来してはファイアアントたちへと着弾する。
さらに、ファイアアントの列が乱れた隙に、炎から飛び出してくる影――カマキリ型のキメラが、吹きつけられる炎を迂回するように移動しながらその鋭い鎌を一閃。
大鎌による攻撃を受けたファイアアントの
冒険者との戦闘を見た時にも同じ感想を抱いたが、やはり、あの鎌の切れ味は驚異的だ。
炎から飛び出してきたカマキリ型のキメラは、すでに体のあちこちが黒く
だが、その見るも無残な見た目とは裏腹に、まるでダメージなどないかのように次々と吹き付けられる炎を素早い動きで
「ねえ、ダン、あのキメラおかしいよ……」
「あれだけのダメージを負ったなら、普通は動きが悪くなるはずだ。それがまさか、あそこまで動けるとはな」
「なんだか、かわいそうですね」
普通の生き物なら、全身にあれだけの火傷を負ってしまえば、動かなくなったとしてもおかしくはない。
さすがに、1階層で冒険者相手と戦っていた時よりは動きが鈍くはなっているが、異常とも言える動きだ。
おそらくは、キメラになった時点で、どこかを
つまり、あのキメラたちは生き物としてではなく、ただ戦うための兵器として扱われているのだ。
リリーネのかわいそうという言葉が、その戦いの無残さを物語っていた。
なんにせよ、初手である程度のダメージを与えることには、成功したようだ。
カマキリ型のキメラが重傷、ワニ型のキメラが軽傷、残りはほぼ無傷。
残念ながら、ワニ型のキメラは、近くにいた老人の治療を受けて回復してしまったので、まず倒すべきは、あのカマキリ型のキメラだろう。
老人にダメージがないのが気になるが、崩落でも無傷であったことを考えると、何かしらの防御手段を持っていそうだ。
回復役はできるだけ早めにつぶしたいところだが、キメラたちを盾にするように立っているため、なかなか難しい。
ファイアアントが敵を引きつけている間に、敵を囲むように展開していたガンナーアントたちによる攻撃が始まる。
優先的に狙うのはもちろん、縦横無尽に暴れ回るカマキリ型のキメラだ。
全方位から迫る酸の雨が、着実に相手にダメージを与えていくが、敵のキメラも負けじと炎や結晶を飛ばして応戦を開始する。
アントが放った酸が、キメラたちへと降りかかり、その表面を溶かしているはずなのだが、たとえ頭から酸を被っても、その動きが鈍ることはない。
さらに、固定砲台と化している2体のキメラは、近くに立つ老人の手によってどんどん回復していく。
「ああっ! ダン! どんどん傷が治っていくよ!」
「このままじゃジリ貧だな……まずは回復役を何とかしないと……」
今はまだ、2体のキメラにつきっきりだが、重傷のカマキリ型を回復されてしまう前に、何とか老人の動きを止めたいところだ。
ガンナーアントたちが攻撃の勢いを強め、カマキリ型のキメラに近づけないように、老人を
老人へと降りかかる酸は、その周囲を
今までの戦いで、結界による防御は何度か見ている。
そして、防御手段が結界だけならば、その動きを封じる手がないわけではない。
あとは、老人が移動するタイミングを待つだけだ。
迫る炎を、土の壁に隠れてやり過ごしたアントたちの下に、ワニ型のキメラが放つ結晶の弾丸が追撃を加える。
分厚い土の壁が、穴だらけにされて崩れ落ちるが、すでにそこにはアントの姿はない。
アントたちは、地下に設けられた通路を利用して、別の場所に移動している。
その動きに、キメラたちはうまくついていけないようだ。
そしてついに、攻撃に耐えきれなくなったカマキリ型のキメラが、その場で崩れ落ちる。
それを治療しようと、老人が2体のキメラの下を離れた――
「今だ! 床ごと落とせ!」
命令とともに、地面に張り巡らされた通路の一部が崩落し、その中へと落ちる老人。
さらに、多数のファイアアントたちがその周囲を取り囲むことで、移動を完全に封じた。
これまでの戦いでは、あの老人が攻撃に参加したことは一度もない。
おそらく攻撃する手段がないか、もしくは攻撃しても、こちらに有効打を与えることはできないのだろう。
「やったね! これでもう回復できないよ!」
「近接型のキメラも動けなくなったし、一気に畳みかけるぞ! シュバルツ!」
『
そして、部屋の中へと突撃するのは、シュバルツ率いるネームドモンスターと、武装したアントレディアたち。
シュバルツたちネームドモンスター組は、
鎧は防御力だけではなく攻撃力も上がるように、ところどころに突起をつけた
その後ろに続くアントレディアたちが装備しているのは剣や盾、
彼女たちは、まさしくこのダンジョンの最高戦力。
余計な被害を避けるためにも、相手が態勢を立て直す前に、勝負を決めてしまいたいところだな。
◆ ◆ ◆
「素晴らしい! 何と素晴らしい場所じゃ!」
シュバルツたちが戦闘に参加した頃。
穴の中に落とされたヨハネスは、狂喜していた。
「何ということじゃ! このダンジョンには、ただ素材を手に入れるために来ただけじゃというのに、このような素晴らしい光景を見ることができるとは! もっとじゃ! もっとワシにその素晴らしさを見せてくれ!」
ジャイアントアントがここまでの知性を持つなど、彼には信じられないことだった。
最初の崩落くらいならば、偶然起きることもあるだろう。
だが、そのあとも不思議な出来事は続いた。
侵入者が出てくる場所を計算したような待ち伏せ。
そして、こちらの戦い方を見切ったうえでの戦略。
落とし穴で回復役であるヨハネスの動きを封じたと思えば、さらなる驚きが彼を待っていた。
「武具を装備したモンスターに――あれはまさか、新種のモンスターか!?」
ヨハネスの前に現れた、弱点を守るような形状の
そして、それすらも
このタイミングで出てくるということは、敵の切り札なのだろうが、何とも興味深いモンスターばかりだった。
火属性の攻撃を放つジャイアントアントにも驚かせられたが、あの程度ならば、変異種としてはあり得るものだ。
しかし、あの武器を持ったジャイアントアントだと思われるモンスターは、明らかに異常だった。
あのように、人に似た特異な形態は、単純な変異や進化で行きつくとは思えない。
彼らが高い知性を持つという確かな証拠が、ヨハネスの前に示されていた。
「このダンジョンに来て正解じゃった! 複雑な戦術を扱うジャイアントアントに、あの道具を扱う新種のモンスター! 高い知能を持っているだろうことは明白じゃ! それも、比較的知能が低いとされる、虫系統のモンスターがじゃと!?」
いったい何が、あのモンスターたちに高い知能をもたらしたのか――それを知ることができれば、ヨハネスの研究は完成に大きく近づくはずだ。
「なんと……こんな場所ではよく見えないではないか!」
もっと近づいて観察したいと考えるヨハネスだったが、彼の周囲を囲むジャイアントアントが邪魔で、穴から出ることはできそうにない。
「お前たち! 奴らに全力を出させるのじゃ!」
仕方なく、穴の中から観察することに決めたヨハネスは、キメラたちへと指示を出す。
まずは、54番が新手のモンスターたちに向けて炎を放つ。
灼熱の炎がジャイアントアントたちに迫るが、地面から次々と飛び出る土の壁がそれを防いだ。
「なんと! 奴らは魔法まで使うことができるのか!?」
さらなる驚きに、ヨハネスは子供のように目を輝かせる。
魔法を使ったのは1体や2体ではない。
あの新種のモンスターのほぼすべてが、魔法を行使できるようだ。
さらに、炎の奥から大量の矢が54番と87番の下へと降り注ぐ。
「なるほど。奴らは実用可能な弓を作り、それを扱うことができるほどの技術があるということじゃな。何と素晴らしい!」
お返しとばかりに、87番が放った弾丸は、敵の
だが、何体かのジャイアントアントが装備している赤い盾や鎧は、結晶の弾丸を受けても貫かれず、それどころか弾丸を弾いて見せた。
中級の竜種の
それはつまり、上級の竜の鱗に匹敵、もしくはそれ以上の強度を持つ素材で作られているということだ。
このダンジョンでそんな素材といえば、思いあたるものは1つしかない。
「何ということじゃ! あれは炎竜王の鱗か!? そんなものが残っているなんて、想像もしなかったわい! このダンジョンは、いったいなんなのじゃ!?」
最上級――いや、それ以上の力を持つ竜の鱗ならば、ヨハネスの最高傑作の攻撃が効かなくてもおかしくはない。
驚くヨハネスをよそに、ジャイアントアントたちの攻撃は激しさを増していく。
降り注ぐ酸の雨が、武装したジャイアントアントたちが、そして数々の魔法が、キメラたちにダメージを加えていく。
キメラたちも反撃をしてはいるが、もはやどちらが優勢なのかは、火を見るよりも明らかだった。
「回復させることができれば……いや、無理じゃろうな……」
キメラたちに施した治療は、即効性と効果は非常に高いが、その分かかる負担や副作用も大きい。
ヨハネスの作ったキメラは、たとえどんなダメージを受けたとしても、肉体さえ無事なら戦うことができる。
だが、過剰な負荷により体組織が崩れてしまえば、さすがに動くことはできない。
「もはや、これまでじゃろうな……ここから逆転できる手立てはあるまいて」
ヨハネスのキメラよりも、あちらの方が優秀であった。それが結果だ。
研究を完成させることができなかったのは、心残りではある。
だが、それと同時に、どこか満足したような気持ちがヨハネスの心を満たしていた。
モンスターの高い身体能力と、人間に匹敵する高度な知性。それに加えて、力の不利を補うほどの圧倒的な数を兼ね備えた存在。
ヨハネスのキメラの原理に近しい、いや、その一種の究極系が彼の目の前にいるのだから。
「……結界が
死が間近に迫り、ヨハネスの脳裏にこれまでの記憶が走馬灯のように浮かびあがっていく。
研究所を追放された後の、放浪の毎日。
忙しくも充実していた、研究所での日々。
そして、研究所の門を叩いた数十年前の――
「やれやれ、いつの間に、ワシは道を踏み外していたんじゃろうなあ……」
かつて、研究の道に進んだ日のことを思いだし、ヨハネスは苦笑いを浮かべた。
「お前たちにも、悪いことをしたのう」
ヨハネスは倒れ伏すキメラたちを見回し、そうつぶやくが、キメラたちが反応を返すことはなかった。
終わりの間際に、ようやく正気に返ったヨハネスだったが、この先に待つ結果は変わらない。
彼の周囲では、
「まったく、感謝してもしきれんわい」
自ら結界を解いたヨハネスは、穏やかな表情を浮かべたままジャイアントアントの群れの中へと消えた――
◆ ◆ ◆
『主様、敵の
「ご苦労だったな、シュバルツ」
「シュバルツちゃん、お疲れさま!」
「ゆっくり休んでくださいね」
念話による指示を終えると、自然とため息がこぼれる。
今回の相手はその見た目も能力も、今までとは大きく違うものだった。
知らないうちに、肩に力が入っていたのかもしれないな。
穴を掘って直接乗り込んでくる敵に、モンスターのような能力を持った相手との戦いの経験。
そして、アントレディアの戦闘能力を確認できたこと。
今回の戦いで得ることができたものは計り知れない。
「なんにせよ、無事に勝ててよかったな。次はもう少し余裕を持って勝ちたいところだが」
「もう一度、皆さんで集まって考えれば、もっといい案が出るかもしれませんね」
「そうだね! アタシもがんばるよ!」
「そうだな。今度みんなでゆっくり考えようか。……さて、じゃあまずは目の前の仕事を片付けるとするか!」
「「おー!」」
穴の埋め立てに、アントの治療、戦利品の確認など、やるべきことは山積みだ。
数が減ったとはいえ、未だに1階層には冒険者たちも残っている。
面倒ごとが起きる前に、さっさと作業を終わらせてしまうとしよう。
さて、まずは何から始めようか――
◆ ◆ ◆
あのキメラとの戦いが終わり、3日が過ぎた。
ダンジョンを訪れる冒険者たちは、その数を大きく減らしている。
理由はいくつか考えられるが、何が起こったか分からず警戒していることと、単純に冒険者の数が減ってしまったことが主な原因だろう。
キメラたちへの対抗策を用意している間に、入り口付近に拠点を作っていた冒険者たちが慌てた様子でダンジョンから脱出していたのを思い出す。
一時は、1日に50人ほどに届くかという勢いで増えていた冒険者も、現在では1日に10人程度が来るかどうかといったところだ。
そして、その数少ない冒険者たちも、ダンジョン内に長居することはなく、入り口周辺で数時間ほど活動すると外へと脱出してしまっている。
そのため、夜になるとダンジョン内の侵入者がいなくなることも珍しくない。
ここ数か月の間で、ダンジョンから侵入者がいなくなることはめったになかったが、久しぶりに安心してゆっくり眠れるようになったのである。
「まあ冒険者がいないのはちょうどいいな、この間にダンジョンの強化を進めてしまおう」
「そうだね! まずは何をするの?」
「とりあえず……まずはこの穴を埋めないとな。埋めるまでに時間がかかりそうだし、並行して11階層の追加と防衛用の階層の変更をしようか」
ダンジョンを垂直に貫く細長い穴は、5階層の一番下まで届いてしまっている。
この穴を他の侵入者たちに利用されないためにも、今のうちにさっさと埋めてしまうべきだろう。
別に、完全に埋めてしまわなくとも、穴の出入り口を塞ぐだけでもいいのだが、今後改築するときに邪魔になるかもしれない。
少し手間だが、今のうちにすべて埋めてしまうことにする。
穴を埋める方法は、ワーカーアントが固めた土で少しずつ穴を埋め、そこに底が抜けないように慎重に土をかぶせていくだけだ。
土は今まで掘ったものが倉庫に大量に溜まっているため問題はない。
かなり長いトンネルになっているので、いくつかの区域に区切って作業をさせているが、完全に埋めるにはかなりの時間がかかるだろう。
まったく、面倒なことをしてくれたものだ。
さらに、2階層を草原型の環境へと変更して、1階層のあちこちへと、2階層への転移陣を設置しておく。
そして、草原型の環境へと変化した2階層なのだが――
「地下なのに、青空があるんですね?」
「ほえー、まるでお外みたいだね!」
「初めて環境を変えたが、こうなるんだな……」
2階層に広がる草原部分から、天井までの高さは1キロメートルほど。
もし、前回のように掘り進んだとしたら、距離1キロメートルのフリーフォールを楽しむことになる――そう考えて設置したのだが、なぜか2階層の天井部分には青空が広がっている。
今まで必要性を感じなかったため、環境の変更を使わなかったのだが、まさかこんな仕様になっていたとは思わなかった。
ご
「あの空はどうなってるんだ? どう見ても、1階層が上にあるようには見えないんだが……」
「うーん……そうだ! 1階層の下がどうなってるのか、調べてみればいいんじゃないかな!」
「そうですね。とりあえず、1階層を確認してみましょう」
さっそく、1階層の下がどうなっているのか調べることにする。
モニターに映る1階層の最下部。
今まで2階層へと繋がる通路があった場所は、真っ黒な床で塞がれていた。
試しに、近くにいたアントに攻撃させてみたのだが、壊れるどころか、傷が付いた様子すらない。
どうやら、この黒い床は壊すことができないようだ。
ダンジョンの全体図を見る限りでは、1階層の真下に2階層があるはずなのだが、1階層を掘り抜いて下へ向かうことはできないらしい。
2階層の青空の謎は解けなかったが、とりあえず1階層から転移陣を経由することなく、2階層へ移動することはできないということは分かった。
穴を掘って攻略しようとする敵を、地上1キロメートルの高さから落とすという策は、残念ながら使えないのだろう。
しかし、穴を掘ることによる、ダンジョンを無視した攻略法を防ぐことはできたようなので、まあ良しとしよう。
「フィールド系の環境を使えば、階層を独立させられるのか? それなら、ちょっと試してみるか……」
「ふえ? 何か思いついたの?」
「ああ、うまくいくかどうかは分からないけどな」
少し思い浮かんだことがあるので、3階層の環境も草原へと変更し、1階層と2階層を少しだけ
もし、今考えていることがうまくいくならば、ダンジョンの防衛力はさらに向上するだろう。
とはいえ、あまりにも大規模な仕掛けになるので、うまくいく保証はないのだが。
「ねえねえ、ダン! アタシにも何をしようとしているのか教えてよ!」
「私も、何がしたいのか気になります」
「そうだな――いや、まだうまくいくと決まったわけじゃない。とりあえずは、やってみてのお楽しみだな。それまでは秘密だ」
「ぶー! ダンのケチ!」
「まあ、いつか役に立つかもしれないからな。その時を楽しみにしておいてくれ」
1階層の改築に関しては、特に問題はない。
不安なのは、2階層に施そうとしている仕掛けである。
成功しなかったからといって、特に大きなデメリットがあるわけではないが、時間もかかることだし、まだ秘密でいいだろう。
次は11階層だが、これは従来通りに卵と幼虫の育成がメインの階層だ。
特筆することと言えば、一部の区画に、アントレディアたちが
今までは空き部屋で作業していたが、これで本格的に作業に打ち込むことができるだろう。
「さて、ダンジョンの強化はとりあえずこんなところだろう。次は、今回の戦利品を確認するか」
「おおー! あれ? でも、あんまりいいものがないような気がするんだけど……」
「そうですね、キメラを解体するのもちょっと……」
そう、なにせあのキメラは、モンスターである部分だけならいいのだが、人らしきものと融合してしまっているのである。
今まで大量の侵入者を容赦なく倒してきたとはいえ、さすがにこの素材を使うのは、どうにも気が引ける。モンスターの部分は普通に素材になりそうではあるのだが、それでもやっぱり使うとなると抵抗感がある。
彼らの死体は、まとめて倉庫内に入れてあるのだが、名称は3つともキメラの死体となっていて、なんのキメラなのかは分からない。
パーツごとに解体してしまえば、どのモンスターなのかが分かるのかもしれないが、解体するのもちょっとためらわれた。
彼らの亡骸はすべてまとめて、ダンジョンコアに吸収させてしまうことにする。
墓を作って埋めてやることも考えたが、そこまでする義理もないだろう。
残念ながら、新しい機能や環境などは増えなかったが、なんと30万ポイントものDPが獲得できた。
どうやら、ワニのようなキメラが大量のマナを
炎竜王を倒したときに手に入れたDPと比べれば少なくはあるが、たった4体でこれほどのポイントとなると、冒険者よりもはるかに手に入るポイントが多い。
予想以上に獲得できたポイントが多かったが、ポイントはどれだけあっても困ることはない。
ありがたく、今後のダンジョンの強化に役立たせてもらうとしよう。
キメラ以外に残された戦利品は、特に目立った効果のない老人の装備と、彼が持っていたマジックバッグ。そして、あの結界を発生させていたと思われるペンダント型の魔導具だ。
以前倒した侵入者が持っていたものと合わせると、結界を発生させる魔導具は2つになった。
ショップにも似たような機能のアイテムがあるので、もし使えるようならば、交換しておくのもいいだろう。
その後、マジックバッグの中に入っていたものを取り出してみたのだが――
「そういえば、そんなものも入れてたな……」
「だ、ダン! は、早く片付けようよ!」
「さすがに、これはちょっと……」
出てきたものは、冒険者の死体に様々なモンスターの一部、さらには何に使うのかも分からない毒々しい見た目の薬品や、怪しげな器具などが大量に出てきた。
苦悶の表情を浮かべた、冒険者の亡骸と目が合ってしまったフィーネは、涙目でぶるぶると震えている。
冒険者の死体はコアへ吸収させ、モンスターの死体は解体した後に武具の素材として倉庫へ。薬品と器具類は使うかどうかすら不明だが、とりあえず倉庫内へ放り込んでおく。
「なんかいろいろ出てきたけど……このバッグ、欲しいか?」
「い、いらないよ! なんだか呪われてそうな気がするもん!」
「わ、私も遠慮しておきます……」
バッグを差し出すと、そろって後ずさるフィーネたち。
鑑定したところ、特に呪われたりはしていないようだが、大量に出てきたあの中身を見た後では、あまりこのマジックバッグを使いたいとも思えない。
容量自体は、今まで手に入れたものの中で最大に近いのだが……。
倉庫の中には、未だに使っていないマジックバッグやポーチが他にもたくさんあることだし、とりあえずこれも一緒に、倉庫に放り込んでおくとしよう。
使わないまま忘れ去られたとしても、特に問題があるわけでもない。
ダンジョンの倉庫の容量は、無限に近いのだから――
ついでに、いくつかのマジックバッグを武具の制作をしているアントレディアの下へと送っておくとしよう。
ぜひ、作業効率の向上に役立てて欲しい。
「あとは、この大量の結晶か。鑑定だと、名前と保有魔力しか分からないんだよな。2人は、これが何か分かるか?」
「うーん……特になにかの魔法が掛かっていたりはしないみたいだね」
「純粋なマナの塊みたいですけど、それだけみたいですね?」
「あと、魔石よりもキラキラしてて綺麗だよ!」
つまり、特に詳しいことは分からないようだ。
マナの塊ということは、魔石に近いのだろうか?
「……たくさんあるし、もし気に入ったならいくつか持って行ってもいいぞ」
「本当!? じゃあアタシはこれにする!」
「では、私はこれにします」
フィーネとリリーネは結晶の山の中から、小さなものを1つずつ持ちあげた。
結晶は小さなものから大きなものまで、数百個が積まれている。
鑑定によると魔結晶というらしい。
保有魔力は、今まで見つかった魔石を大きく超えて、一番小さなものでも100以上。
一番大きな結晶で、1万を少し超えているくらいだ。
魔法効果がないならば、魔石の上位互換のような存在だろうか。
魔石に比べると、不純物が少ないからなのか透明度が高く、まるで宝石のような見た目になっている。