三章 欲望の大迷宮

 

 土竜もぐら王との遭遇から3日が経過した。

 あれ以降、これといった事件は特に起きてはいない。

 アーマイゼたちはクイーンアントからエンプレスアントへと進化したものの、卵を産む量は変化していなかった。少し期待していたのだが残念である。

 クイーンアントに進化した時と同じように、生まれてくるアントの質は上がっているものと予想されるが、数の面で少しばかり心もとない。

 もしも戦力が足りないようだったら、マザーアントやクイーンアントを用意する必要がある。

 とは言っても、戦力を増やしすぎてしまうと、今度はコストがかさんでしまうのが悩みの種なのだが――

 エンプレスアントへと進化したアーマイゼたちは、土属性の魔法に加えて火属性の魔法まで使用可能になっている。

 おそらくだが、炎竜王の魔核とフェアリーベリルを摂取して進化した影響なのだろう。

 地面から土のやりを出したり、火球を飛ばしたりと、なかなか使えそうな魔法が多かった。

 さらに、両手が使えるように進化したことで、武器を持たせることも可能になった。

 あの巨体なので、普通の武器ではサイズが合わないのが残念だが……。

「この武器は――ダメだろうな」

 ショップを見ると、巨人用の大きな武器などもあるのだが、巨大なこん棒や斧などの重量を活かした武器ばかりだ。

 これを、アーマイゼたちが満足に使いこなせるイメージはあまりかない。

 やはりこちらで装備を用意する以外にはないようだ。

 彼女たちが戦う場面はほとんどないだろうが、用心しておいて損はない。

 ができるモンスターとなると、どんなモンスターがいいのだろうか。

 以前確認したのだが、しようかんリストにはそれらしいモンスターは存在しない。

 進化させていくうちに現れるのか、それとも最初から存在しないのかは不明である。

 鍛冶に関する知識を与えるアイテムは存在していたが、まさか自分で作るわけにもいかないだろう。

 この体は食事の必要などもない便利なものではあるが、運動能力に関しては普通の人間と変わらない。

 鍛冶をしようにも、筋力も体力も足りないだろうし、巨大な武器を1つ作るのにどれだけの時間がかかるのかを考えるだけでも恐ろしい。

 いっそアーマイゼたちに作らせるのも――いや、これもダメだ。

 彼女たちにも本来の役目がある。は片手間でできるものでもないだろう。

 武器の準備についてあれこれ悩んでいると、フィーネたちがダンジョンから帰ってきた。

 両肩の上にふわりと着地すると、モニターを覗き込む。

「ねえねえダン、この変な武器を使うの?」

「大きな武器ですね……」

「アーマイゼたちに装備品をと思ったんだがな……」

 画面に映った武器を見て、微妙な顔で感想を述べるフィーネ。

 リリーネも、直接は口に出してはいないが、あまり反応は良くない。

「変な武器って……」

「もっとこう、ぴかーって光るのがいいよ!」

「何というかちょっと、まがまがしいですね」

 確かに巨人の武器は骨や岩などを使っているうえに独特な形状や模様をしているため、変な武器だとも言える。禍々しいというのも確かに分かる。

 だが、ワイルドで武骨な見た目は、使えるかどうかはさておき、なかなかかっこいいとは思う。

 しかし、フィーネたちは、この手の外見の装備はお気に召さなかったようである。

「ふーん……そうだ! アーマイゼちゃんといえば新しいアントはどうなったの?」

「そろそろ、幼虫たちが成長する頃ではないでしょうか?」

「そうだな。一度確認してみるか」

 現在、アーマイゼたちの進化から6日が経過している。

 すでに最初に生まれた卵はしているし、生まれたアントたちも早いものは成体になる頃のはずだ。

 アーマイゼたちの装備に関しては今すぐ用意しないといけないものではない。

 魔法も強力なため、装備がなければ戦えないというわけでもないので、先にアントたちの様子を見るのもいいだろう。

 ラーヴァアントたちの様子を確認すると、ちょうど食事の時間だったようであちこちでワーカーアントたちから魔石をもらっている。

 しばらく観察していると、1匹また1匹と進化を始め成体へと成長を始めた。

 どうやら、ちょうどいいタイミングだったようだ。

 予想通り、中級や上級のアントに成長する者がちらほらと見える。

 これでダンジョンの戦力が強化される速度は大きく上昇させることができるだろう。

 さらに、何種類かの新しいアントたちも確認できた。

 まず現れたのは、ニードルアントである。

 体長2メートルほどで、ワーカーアントに近い見た目をしており、大きな牙や特徴的な体格をしているわけでもない。

 ニードルという名前の割に、こうかくにそれらしい特徴はなかったのだが、どうやら腹部の先端から針を出せるようだ。

 針の先から液体のようなものが出ているのが見える。

 ありの中には、毒針を持つ者もいるという話だ。おそらく、あの針は毒針なのだろう。

 物理攻撃と酸による攻撃に加えて、毒による攻撃ができるならば、戦略のバリエーションが増えそうだ。

 次に現れたのは、体長5メートルほどの、少し赤みの差した黒い甲殻を持つアントだ。

 名前はファイアアント。アーマイゼたちが、炎竜王の魔核を摂取したことにより火属性の能力を得たため、生まれるようになったと思われる。

 ファイアと名が付くということは、何かしらの火に関する攻撃手段を持っているはずだ。

 少し試してみたいところだが、周囲には他のアントもいる。

 炎で周りに被害が出ないように、後で何もない場所で実験するべきだろう。

 さらに最後に現れたのが、マザーアントとほぼ同じ見た目のスポーンアントだ。

 スポーンアントは、進化するとすぐに10個ほどの卵を産み始めたのだが、どうやら魔力を使わずに卵を産めるようだ。

 生まれてくるアントの種類にもよるが、マザーアントの上位互換的存在なのだろうか?

 保有魔力の限界値は2万になっている。

 試しに魔力を限界まで付与してみたが、どうやら進化はしないようだ。

 上位互換に近い存在ではあるものの、デメリットも存在するということだろう。

 とはいえ、アントの数がさらに増えるのは喜ぶべきことだ。

 ただ、エンプレスアントの卵からこの手のモンスターが生まれるとなると、最終的には費だけで毎日の獲得DPを使いつくしてしまう可能性が出てくるかもしれない……。

 戦力とダンジョンの拡張具合のバランスが取れるように、常に注意するべきだろう。

 あらかた進化は終わったようなので、次はファイアアントの攻撃方法を調べることにする。

 現在使っていない部屋にファイアアントを移動させ、攻撃をしてみるように指示を出す。

 すると、ファイアアントは腹部から酸ではなく、炎を噴き出した。

「攻撃に魔法は使わないみたいですね」

「あのドラゴンのブレスに似てるね!」

 てっきり、アースアントのように、魔法による攻撃ができるのだと思っていたのだが、そうではないようだ。

 腹部から可燃性の液体を発射して、それに着火することで、火炎放射器のように炎を飛ばすらしい。

 噴き出される炎は、確かに炎竜王が放っていたブレスに似ている気がしないでもない。

 しばらくすると、燃え盛る炎が、周囲を火の海に変えてしまった。

 幼虫たちのいる部屋での実験を避けたのは、どうやら正解だったようだ。

 炎竜王のブレスほどの威力はさすがにないのだろうが、幼虫たちは炎に巻かれて確実に全滅していただろう。

 吹き出る炎の威力はかなり高そうなのだが、あまりに勢いが強すぎて他のアントたちまで巻き込んでしまいそうである。

 ファイアアントたち自身は炎や熱に耐性を持っているようで、ごうごうと燃え盛る炎の中でも特にダメージを受けている様子はない。

 どうやら炎を出せる時間は、それほど長くはないようだ。

 しばらく火炎放射を続けていたのだが、少しずつ勢いが落ち始め、最終的には炎が消えてしまった。噴射できる時間は1分ほどなのだろう。

 火炎放射によって味方を巻き込んでしまう可能性があることも加えると、かなり癖の強い戦力といえる。

 ただし、大量のファイアアントを並べて攻撃した場合には、かなりのせんめつ力を発揮しそうだ。ニードルアントと共に、運用次第では非常に強力な戦力になることは間違いない。

「新種のアントたちは3種類か? 何というか、癖は強そうだが、使い方によってはかなり頼りになりそうなアントが増えたな」

「そうだね! アーマイゼちゃんたちも進化したし!」

「さっそく、どう動かすべきかを考えましょう」

 新たな戦力を得た俺たちは、モニター越しに新種のアントたちを眺めながら、今後のダンジョンについて考え始める。

 炎竜王との戦いで、こちらの戦力は大きく減ってしまったが、これならばすぐに以前よりも強くなれるだろう。

 いつか、あの炎竜王のような敵を圧倒できる日も、来るかもしれない――

 

◆ ◆ ◆

 

 新しいアントたちが現れてから、1週間が過ぎた。

 幼虫たちは順調に成長していき、次々と進化をしている。

 そして、彼女たちの成長なのだが、予想外の出来事が起きたのである。

「これは予想外だったな……」

「アーマイゼちゃんたちにそっくりだね!」

 モニターに映るのは、体長2メートルほどの大きさのアント。

 黒いこうかくに、6本の手足、大きなあごに、頭部から伸びる2本の触覚。

 その全体的な特徴は、確かに目の前のモンスターが、ジャイアントアントの一種であることを示している。

 だが、目の前のアントは他のアントとは大きく違い、2本の腕が付いた上半身を持ち、4足で歩行しているのだ――

 その見た目は、まさしく小型版のエンプレスアントである。

 ダンジョンの機能で判明した、その種族の名はアントレディア。

 新種のアントは3種類だけだと思っていたのだが、どうやら予想以上の隠し玉が控えていたらしい。

 アントレディアはアーマイゼたちとは違って、卵を産むことはできない。

 だが、土属性と火属性の魔法は使用することができる。

 彼女たちは女王ではなく、ワーカーアントやソルジャーアントのような立ち位置なのだろう。

 そして、サイズは人間と大して変わらないので、人間用の武器でも問題なく持たせることができてしまうのだ。

 現在は、倉庫内から適当な剣と盾を選んで持たせているのだが、今後は倒した冒険者から奪い取った装備を持たせることで、さらに強化ができるだろう。

 ショップなどからも装備を調達可能なので、やろうと思えば強力な装備で武装した兵団も作ることができる。

 さらに他のアントに比べると知能が高いようなので、の知識を与えてみた。

 土と火の魔法を使えるうえに、筋力や体力に関しても申し分ないその特性は、まさに仕事にうって付けである。

 これで、彼らやアーマイゼたちの装備も作ることができる。

 倉庫に眠っている、炎竜王の素材や鉱石などにもようやく使い道ができた。

 おそらく、今回で一番の戦力の強化は、このアントレディアの誕生によるものだろう。

 その体格の関係上、おおあごや酸による攻撃などは苦手なようだが、常人をはるかに超えた身体能力で武器を振るい、魔法まで扱うその実力は計り知れない。

 魔法と多種多様な武器の組み合わせによる戦闘は、様々な応用も利くだろう。

 これは、ダンジョンの防衛戦力として、かなり期待ができそうだ。

 表示されている戦闘力は1000。ニードルアントの300、ファイアアントの500を超え、ジェネラルアントに並ぶ数値だ。

 戦闘力自体は目安でしかないものの、強力なモンスターであることは間違いない。

 現時点ではアントレディアは数匹しかいないため、戦闘では使いにくいが、このまま増え続ければ鍛冶だけでなく、戦闘に回すのにも十分な数になる。

 複数のアントレディアが相手となれば、敵は確実に苦戦するはずだ。

 前回来た冒険者は、攻略ではなく調査のためにダンジョンに来ていたのだと思われる。

 外では、このダンジョンがどう扱われているのかは不明だが、あれだけ暴れたのだから危険視はされているはずだ。

 今後来るであろう侵入者たちはますます強力になる。

 ダンジョンの防衛のためにもアントたちには頑張ってもらいたいものだ。

 

◆ ◆ ◆

 

 世界を震撼させた炎竜王の事件から、およそ2か月が経過した。

 Aランクダンジョン『黒軍の大穴』から南におよそ20キロメートルの地点に存在するソナナ村は、その姿を大きく変えていた。

 ジャイアントアントがダンジョンから発生していることが伝えられてから、一部の村人が安全な土地を求めて移動してしまったため、ソナナ村の人口は徐々に減りつつあった。

 さらに、炎竜王の襲来により、ソナナの森の大半がしようになってしまう。

 わずかに焼け残った森の外周部にも大量のモンスターが逃げ込み、わずかなエサを巡ってれつな生存競争が繰り広げられる危険地帯となってしまった。

 モンスターがはびる森から資源を手に入れることもできなくなり、さらに森からあふれ出したモンスターによって、今まで以上の危険にさらされたソナナの村。

 村は、1人また1人とその住人を減らしていくことになる。

 残ったのは他に行く当てのない者や、村や住人に愛着を持っている者ばかり。

 いよいよ村の機能が麻痺しようかというとき、転機が訪れたのだ。

 冒険者ギルドとアレーナ共和国が、ダンジョンに最も近く立地も悪くないこの村を、ダンジョンの攻略および、防衛の拠点として共同開発することを決定したのである。

 冒険者ギルドや共和国から人員が派遣されてから、村はまたたく間にその姿を変えた。

 村の周囲は高さ10メートル、厚さ5メートルもの、土魔法で作られた巨大な壁にぐるりと囲まれ、壁の上ではよろいを着た兵士たちが周囲を警戒している。

 外敵を退ける壁には、東西南北に門が作られ、そこでは兵士たちが出入りする人や馬車をチェックしていた。

 空き家だった家もすぐに埋まり、出遅れてしまった移住希望者が、村のあちこちにテントを張って仮の住居としている。

 仮設の宿屋や、冒険者ギルドの支部などが作られ、依頼を受けた大工たちがあちこちで仕事に精を出している。

 村の中心にある建物の内部には、共和国が用意した結界石が設置された。

 結界石の領域は村をおおう形で広がり、巨大な壁と合わせてモンスターの侵入を阻止しているため、安全性が大きく向上した。

 村にはダンジョンの噂を聞きつけた冒険者や、新たな商機を嗅ぎ付けた商人たちがあちこちからやってきて、大きな賑わいを見せていた。

 元いた住人たちも新たな仕事を見つけ、大きく変化しつつある暮らしに慣れ始めたようだ。

 冒険者の中には、すでにダンジョンへと向かい、攻略を開始している者もいる。

 最初の頃には犠牲者も出ていたのだが、最近ではそれも落ち着き始めているようだ。

 ダンジョンからもたらされる素材により、ソナナ村の経済も活発化しつつある。

 もはや、のどかだった頃の村の面影はほとんどなくなってしまった。

 ソナナ村は、ダンジョンを目指す冒険者たちの拠点として、小さく静かな村から賑やかな町へと発展を遂げつつあった。

 ――だが、人が増え賑やかになるというのはいいことばかりではない。

 急な発展は、活気や富をもたらすと同時に、トラブルも運んでくるのだから――

 

◆ ◆ ◆

 

「なんだと! ダンジョンの攻略許可証を発行できないだと!」

 冒険者ギルドの支部、真新しさが残るカウンターに乗り出し、受付に詰め寄る男がいた。

 冒険者というには、どこか違和感のあるその姿。

 精巧な細工がなされきらびやかではあるが、装飾が多すぎて趣味が悪く見えるよろいに身を包む、10代後半ほどの男は、目の前の受付嬢に苛立ち混じりの大声をあげる。

「どういうことだ! 許可証はここで発行できるのだろう!」

「その、Cランクの方では発行できません。Aランクダンジョンの許可証は、最低でもBランク以上の方のみに発行しています」

「Bランクだと!? こんなちっぽけな町に、Bランクの冒険者がどれだけいるというのだ! 貴様、ふざけているのか!」

 男は怒りで顔を真っ赤にしてにらみつける。

 その視線を受けて、困った顔をしている受付嬢。元ソナナ村の村娘、ミーナは心の中でため息をついた。

 ソナナ村が大きく変わり始めて、はや1か月。

 村長に教えてもらったおかげで読み書きができた彼女は、新しく作られた冒険者ギルドの支部に受付嬢として就職したのである。

 通常の業務は問題なくこなせるようになったミーナであったが、未だにこの手の冒険者には慣れない。

 ダンジョンを攻略するには、そのダンジョンに対応した許可証が必要となる。

 そして、無駄な犠牲を出さないために、許可証の発行にはランクの制限が付けられている。

 たいていの冒険者はそれを知っているのでスムーズに許可証を発行できるのだが、まれにそれを知らずにやってきて、許可証を発行してもらえないことに不満をらす冒険者が存在する。

 時には、この目の前の男のようにやつかいな客となる場合だってあるのだ。

 たとえ、どれだけわめいたとしても許可証が発行されることはない。

 仮に受付嬢をおどすなどして、無理やり発行させたとしても、すぐに剥奪されたうえにギルドからの永久除名処分を受けるのだが、この男はまだあきらめていないようだ。

「そうだ! 私の連れている奴隷たちは、元Bランクの冒険者だ。これなら文句はないだろう!」

 名案だとばかりに、男は後ろに連れていた人間を指さし、笑みを浮かべる。

 ミーナはちらりと男の後ろに立っている奴隷たちへと視線を向ける。

 趣味の悪い、豪華な装備で身を固めた4人の男女。その首には黒い模様が刻み込まれている。

 奴隷紋と呼ばれるこの模様は、奴隷であることを示すとともに、主人の命令に逆らえなくなり、また主人に害を与えることができなくなる呪いでもある。

 元Bランクの冒険者とのことだが、何が原因で奴隷に落ちたのか――

 借金があったのか、何らかの犯罪に手を染めたのか、それとも誰かにわなにかけられたか。

 確かに、Bランクの冒険者ならば資格はあるのだが、奴隷になった時点で冒険者ギルドの記録は失効している。

 残念ながら、彼らに許可証を発行することはできない。

「残念ながら、奴隷になった時点でランクは失効してしまいます。たとえ元Bランク冒険者の奴隷を連れていても、許可証を発行することはできません」

「なっっ!?

 男は予想外の返答が返ってきたことで、一瞬言葉に詰まるが、ふところから何かを取り出すと、それを高々と掲げて宣言した。

「私は、ドラム・ド・サンドールだ! ほこり高き、エンティア王国のサンドール男爵家の三男であるぞ!」

 どうやら目の前の男は貴族であったらしい。

 ドラムは自身の家の紋章が入ったペンダントを掲げ、堂々と、自分が特権階級の一員であると宣言する。

 そんな彼への下へと、ギルドにたむろする冒険者たちからの視線が集まるが、その大部分は呆れ混じりのものや、冷ややかなものばかりであった。

「……はぁ」

「はぁ……だと!? 貴様平民の分際で、この私を馬鹿にしているのか!」

 彼が貴族だということが分かっても、どこか気の抜けた返事を返すミーナの態度に、気色ばむドラム。

 ソナナの町が属するアレーナ共和国では、貴族と呼ばれる身分は存在しない。

 一部の地域では、かつて貴族と呼ばれていた家系が大きな影響力を持っていることもあるが、基本的には身分の差は撤廃されている。

 貴族制のあるエンティア王国ならば一般市民から敬われる存在なのだろうが、アレーナ共和国ではその肩書は、そこまでの効力を発揮しなかった。

 そもそも――

「ドラムさん、あなたが貴族であっても、冒険者ギルドが何らかの優遇措置を行うことはありません」

 そもそも、冒険者ギルドが貴族の冒険者に対して、何かしらの便宜を図るということは基本的にはない。

 世界各国に支部を持つ冒険者ギルドは、その活動に対する権力の介入を認めていない。

 たとえ貴族であろうと、スラムの貧民であろうと、一度冒険者になれば対等に扱われるのだ。

「申し訳ありませんが、『黒軍の大穴』に挑むのならば、最低でもBランクまで上げてからまたお越しください」

「言わせておけば――平民風情が付け上がりおって!」

 ミーナの言葉に我を忘れたドラムが、腰に差した剣に手をかけるが、その剣が抜かれることはなかった。

 近くにいた冒険者がその腕をつかみ、ドラムの動きを止めたのである。

「この手を離せ! 無礼者が!」

 その手を何とか振り払おうとするドラムだが、逆に万力のような力で腕をギリギリと締めあげられる。

「坊主、黙って聞いてりゃずいぶんと言うじゃねえか。それに、戦う力のない相手に武器を抜こうとするとは、ほこり高い貴族様が聞いてあきれるぜ」

「この……! 私はサンドール男爵家の……」

 ドスを利かせた声を発する冒険者をドラムがにらみつけるが、当の冒険者は気にした様子もない。

「たとえ貴族だろうと平民だろうと、冒険者ギルドでは平等に扱われる。お前さんも知らないわけじゃないだろう? ギルドに所属しているなら、そのルールぐらい守れ。もしそれが嫌ならギルドから抜けちまいな」

「ぐっ……」

「それにお前さん、『黒軍の大穴』に行きたいらしいが、やめておいた方がいいぜ。見たところ、戦闘は奴隷に任せて自分は弱った魔物に止めを刺すくらいしかしてないだろ?」

「貴様……何を根拠に……!」

 冒険者が発する威圧感に、冷や汗をかきながらも、ドラムが反論する。

 彼の腕をつかんでいた冒険者は、ため息をつくとその腕を放した。

「やれやれ……何を根拠にってか? お前さんをじっくり見りゃあ分かる。よろいにはどこを見ても傷1つついてねえ。それに、この程度の力で腕を動かせないなら、Cランクの実力があるのかも怪しいところだな」

 ドラムのまときらびやかな装備には、どこにも傷が存在しない。

 それに対して、冒険者の装備はよく手入れはされているものの、あちこちに歴戦の傷跡が残されている。

 事実、ドラムが冒険者として登録したのはここ最近で、元Bランク冒険者の奴隷と、貴族としての資金力を使ってランクを上げただけであった。

「貴様……!」

 図星を突かれ、頭に血を上らせたドラムは、背後の奴隷たちに命令して目の前の冒険者を攻撃させようとする。

 だが、目の前の無礼者を指さし、命令の言葉を発しようとしたとき、ドラムは周囲から自身へと突き刺さる視線に気が付いた。

 いつしか、ギルド内で雑談していた冒険者たちは雑談をやめ、じっとドラムを見ている。

 ドラムを見つめる冒険者たちの誰もが、BランクからAランクの高位の冒険者ばかり。

 そんな歴戦のたちから発せられる威圧感に、ドラムは1歩、2歩と後ろへ下がる。

「ぁ……ぅ……」

 もはや満足に声を出すことすらできず、彼はその場でしりもちをついてしまった。

 怒りで真っ赤になっていた顔は、血の気が引いて逆に真っ青に変わってしまっている。

 その心臓はドクドクと早鐘を打ち、歯がカチカチと音を立てた。

 どれほどそうしていただろうか――やがて、冒険者たちは何事もなかったかのように雑談に戻り、静まり返っていたギルドに喧騒が戻った。

 突き刺すような威圧感から解放されたドラムが、みっともなくいずりながらギルドから出ていく。

 4人の奴隷たちもそれに続いていくのを見届けた後、ドラムの腕をつかんでいた冒険者がつまらなさそうに鼻を鳴らして、仲間の下へ戻ろうと歩き出した。

 その冒険者の背中へと、ミーナが声をかける。

「あの……」

「あん? どうした嬢ちゃん」

「先ほどは、ありがとうございました」

「あー……、まあ、いいってことよ。俺もあの手の貴族は嫌いだったんでな。まあ、受付嬢になったばっかで大変だろうけどがんばれや。ああいう馬鹿を、怒らせないようにうまくあしらえてからが一人前だぜ」

「はい! がんばります! ありがとうございました!」

「お、おうよ」

 ミーナにお礼を言われ、冒険者は照れくさそうに頬をかく。

 そんな彼へと、すかさず周囲からヤジが飛ぶ。

「おいおい、いい歳したおっさんが照れてんじゃねえよ!」

「ミーナちゃんにれちまったか!?

「うるせえ! 照れてねえよ! それと俺は女房ひと筋だ、バカヤロウ!」

 飛んでくるヤジに怒鳴り返す冒険者。

 ギルド内に笑いが響き、いつもの雰囲気が戻る。

 もはや、先ほどのドラムのことなど、誰も覚えていないようであった。

 

◆ ◆ ◆

 

「この役立たずどもが! お前たちのせいで、この私が恥をかくことになったのだ!」

 ソナナの町から少し離れた草原で、ドラムの怒鳴り声が響く。

 ギルドから逃げ出した後、人目のある町の中にはいられず、外壁の外へと出ていたのだ。

 外へ出てからというもの、ひたすらドラムは奴隷たちを罵倒し続け、そのさを晴らそうとしていた。

 奴隷たちを振り返ったドラムは、先頭の奴隷を見つめ憎々しげな表情を浮かべる。

「なんだ、その目は? この私に何か文句でもあるのか! 何かあるなら言ってみろ!」

 ドラムは奴隷を蹴り飛ばすと、うつぷんをぶつけるかのようにひたすら蹴り続ける。

「貴様もあの無礼者どものように、内心私を笑っているのだろう! せんな冒険者は、貴族に対する敬いの気持ちすら知らんようだな!」

 奴隷たちは喋れないように奴隷紋でしばってあるため、文句など言えようはずがない。

 仮に喋れたとしても、ドラムの機嫌を逆撫でするだけなので文句は言わないであろう。

「奴隷ごときがっ! この私に逆らおうなどとっ! 身の程を知れっ!」

「ぐっ……がっ……」

 ドラムはその場で動かなくなった奴隷を、思い切り蹴り飛ばした。

「そのゴミを治療しておけ! お前たちは、この私がいなければ一生日の目を浴びることすらできなくなるところだったのだ。せいぜい感謝するがいい!」

 別の奴隷の足元に転がった奴隷の無様な姿を見て、ドラムはりゆういんを下げる。

 奴隷のうちの1人が回復魔法をかけているのを横目に、ドラムは辺りを見回す。

 今、彼がいる場所はダンジョンにほど近い草原だった。遠くには町の外壁が見える。

 いつの間にか、ダンジョンの方向へと進んでいたらしいことに気が付いたドラムは、いまいましげに声をらす。

「くそっ……こんな場所に来ても許可証がなければ意味が……いや、まてよ……! 許可証などいらぬではないか!」

 ドラムの目的は、危険なダンジョンを攻略することでも、ジャイアントアントの素材を手に入れて金を稼ぐことでもない。

 1か月前にオークションに出品された、あの赤い布。

 材質も製法も不明の、あの布を手に入れるためにダンジョンへとやってきたのだ。

 オークションであの布を競り落としたのは、エンティア王国のとある侯爵であった。

 その侯爵は、競り落とした布を王家に献上し、いくつかのほうされたと言われている。

 男爵の三男であるドラムは、しよせんは長男の予備の予備でしかない。

 奇蹟でも起きなければ家を継ぐことはできず、高位の貴族と違い、職が用意されているわけでもない。

 だが、そんな彼の下へチャンスが転がってきたのだ。

 ――貴族自身が危険なダンジョンへおもむき、そこで手に入れた宝を王家へと献上する。

 武勇と忠義を大々的に示す、まるで絵物語のような功績。

 それでもって得た名声を使い、他の後継者候補を蹴落とし、爵位を継ぎ、家を発展させてさらなる権力を手に入れる。

 そんな野望を持って、ドラムはここへとやってきたのだ。

「そうだ。ルールがどうしたというのだ。そんなもの、守ってやる義理などない!」

 すでに危ない橋は渡っている――ドラムは、奴隷たちを手に入れた時のことを思い出す。

 ダンジョンに挑むことを決めたドラムは、一緒にダンジョンに挑む冒険者を探したが、彼のような足手まといと危険なダンジョンに同行するもの好きはいなかった。

 そこで、彼の領地に所属していた冒険者をわなめ、奴隷の身分へと落として自身の駒とした。

 もしもこの事実がばれれば、爵位を継ぐどころかお尋ね者になるのは間違いない。

 だが、爵位を継いでしまえば、そんな事実は簡単に握りつぶせるとドラムは考えていた。

「あの布さえ手に入れば、冒険者ギルドなどもはや用もない。ダンジョンには見張りの兵士や冒険者などもいないはずだ。おい、奴隷ども! さっさと立て! ダンジョンに向かうぞ!」

 そしてドラムはダンジョンへと足を向ける。

 これから自分が歩む、輝かしい未来を想像しながら進むドラム。

 彼は、なぜダンジョンにランクの制限が設けられているのか、考えることすらなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

 コアルームで、ダンジョンに挑んでいる侵入者の数を確認する。

「今日の侵入者は――もう20人も来てるのか……」

「いっぱい人が来るようになったね!」

「もうちょっとだけ、平和な日が続くとよかったんですけどね」

 アーマイゼたちがエンプレスアントへと進化してから、およそ2か月。

 1か月ほど前から、冒険者と思しき集団が頻繁にダンジョンに来るようになっていた。

 おそらく、本格的にダンジョンの攻略が始まったのだろう。

 つまり、この前シュバルツのリボンを奪っていった冒険者は、やはりこのダンジョンの調査役だったということだろう。

 ダンジョンの南にある村が冒険者たちの拠点になっていることは、外でていさつ中のアントフライを通して確認している。

 町には多数の人間が出入りし、急速に発展を遂げているようだ。残念ながら、結界柱と同じような領域が張られているようで、内部を詳しく見ることはできそうにない。

 ダンジョンへとやってくる冒険者たちは、最初の頃はバラバラに行動しており、少数でダンジョンの奥へと進んできたので、簡単に倒すことができていた。

 しかしながら、最近ではなかなか奥へと入らずに、複数のパーティーが集まって入り口付近で狩りをすることが多くなっている。

 おそらく生き残りが少ないせいで、警戒されてしまったのだろう。

 警戒して、ダンジョンにやってくる人間がいなくなってくれれば万々歳だったのだが、残念ながらそれは望めそうにない。

 入り口付近のモンスターが絶えず狩られ続けるため、モンスターの数が大きく減少し、最初の大部屋には安全地帯のようなものができつつある。

 こちらも隠し部屋からモンスターを出して補充はしているのだが、状況はあまりよくない。

 シュバルツを向かわせようにも、10人近い冒険者たちがまとまって行動しているため、逆にやられてしまう危険性もあるだろう。

 現在は、まれに奥へと進んでくる冒険者を狙う程度のことしかできていない。

 冒険者の集団はやつかいだが、無理に奥に進んでくることもないので、そこまで緊急性が高い問題ではない。

 そのうちに、何かしらの対応策を考えるとしよう。

 侵入者が増えたこともあって、ダンジョンの構造も少し変えることにした。

 1階層は入り口を中心に、いくつかの分かれ道が作られている。

 冒険者をうまく分散させたいのだが、現状ではあまり機能はしていないのが残念だ。冒険者たちが奥へと進むようになってからは役に立つと思われる。

 放射状に枝分かれした通路の途中には、土の壁で隠された隠し通路が点在している。

 さらに、その奥にある隠し部屋同士も、アントがギリギリ通れるほどの大きさの通路で繋がれている。

 ここから、1階層の上部へと追加の戦力を補充するわけだ。

 1階層の最深部にある隠し部屋には、2階層上部にある巨大な部屋へと繋がるショートカットが作られ、転移機能を利用しなくても隠し部屋にアントが補充できるように改良された。

 これで、1階層に侵入者がいても、周辺のモンスターがかつすることはないだろう。

 さらに、通路の天井や床にも隠し通路が繋がっており、前後左右だけでなく上下からも奇襲が可能なようになっている。

 ダンジョンは10階層まで追加し、コアルームへとたどり着くには一度最下層まで潜ってからもう一度1階層まで登り、さらに降りる必要がある形になっている。

 ちなみにジャイアントモールの巣へも、最下層を経由しないとたどり着けない。

 ダンジョンへとやってきた冒険者たちが、彼らの住処へと迷い込むことはほぼないだろう。

 10階層の追加によって、サブマスター権限の付与機能が解放された。

 権限を付与できるのは、現時点で6人。

 初期の枠が5人で、さらに10階層ごとに1人追加されるようである。

 サブマスターに設定することで、モンスターのしようかんや強化、階層間の転移や侵入者の感知などの機能を任意で分けられるようだ。

 一度渡した権限を別の相手に移動させることもできるようなので、とりあえず女王2体とシュバルツ、それにフィーネとリリーネ、さらにフロレーテに権限を渡しておいた。

 おかげで、モンスターの管理や、妖精たちの送り迎えの手間が減り、ダンジョンの強化や作戦を考えるのに、さらに時間を割けるようになった。

「ダン! 新しい侵入者が来たみたいだよ!」

「数は5人みたいですね」

「今度は5人組か。どんどん数が増えてるな」

 新しく入ってきた侵入者は、ごてごてとした装飾のついたよろいを着た男と、それを取り囲む4人組。

 どうやら4人組は豪華な鎧を着た男に従っているらしい。

 これでダンジョン内の侵入者は合計25人。侵入者は、日に日にその数を増している。

 5人組は入り口付近の冒険者たちとは合流せずに、ダンジョンの奥へと進んでいくようだ。

 やつかいな冒険者の集団から離れてくれるならば好都合だ。

 次に狙うのは、この5人組にしよう。

 

◆ ◆ ◆

 

「ここが、例の『黒軍の大穴』か。思ったより地味なダンジョンだな。私の装備が汚れる前にさっさと帰りたいものだ」

 ダンジョンの入り口へとたどり着いたドラムは、ぽつりと感想をらす。

 彼の目の前には、ぽっかりと空いた大きな穴があり、むき出しの土でできたゆるやかな坂道が奥へと続いている。

 こんな場所では、自慢の装備が汚れてしまうとドラムはため息をつく。

 確かに、世界中にその噂が伝わったダンジョンにしては地味といえるだろうが、すでに数百人が飲み込まれた危険なダンジョンであることは間違いない。

 ドラムは、自分を囲むように奴隷たちを配置するとダンジョンの中へと潜っていく。

 ダンジョンの中をしばらく進むと、ドラムたちは大きな部屋へとたどり着いた。

 そこでは何人かの冒険者たちが、テントを設置して食事や休憩をしている。

 ドラムたちがその様子を見ていると、それに気が付いた冒険者の1人が立ち上がり、彼の下へと近づいてくる。

「おっ、あんたらもダンジョンに挑戦しに来たのかい? 見たところ、初めて挑戦するって感じだな」

 ドラムの様子を見て、初めてダンジョンに挑戦するのだろうと当たりを付けた冒険者は、簡単な説明を始める。

「あっちの通路の奥で、いくつかのパーティーが一緒に狩りをしてるはずだ。最初はそっちに混ぜてもらってモンスターに慣れておいた方がいいぜ」

 冒険者は通路の1つを指さしながらそう告げる。

 だが、先ほど冒険者ギルドで屈辱を味わったドラムは、その助言を無視した。舌打ちをして、冒険者が指した通路とは別の方向へと歩き始める。

「おい! 初めてここに入ったんだろ!? その人数で先に進むのはあぶねえぞ! 悪いことは言わないからやめておけって!」

 冒険者が、慌ててドラムを止めようとする。

 だが、その忠告は火に油を注いだだけだった。

「うるさい! 平民風情が、この私に指図をするな! 貴様のような奴らと協力しなくとも、私にかかればダンジョンくらい平気だ!」

「なっ!?

 実力が足りないと言われている――そう受け取ったドラムは、親切にも声をかけた冒険者を怒鳴りつける。

 腹にえかねるといった様子のドラムに、冒険者の男はあっけにとられたようだった。

 それでも、立ち去るドラムたちを追いかけようとした彼を、同じパーティーのメンバーらしき男が止めた。

「おい、止めたい気持ちは分かるがやめておけ」

「でもよ……あいつらあのままじゃ、死ぬぞ? 他のパーティーでも、奥に行って帰ってきた奴は少ないんだぜ?」

「まあな――だが、ありゃあプライドの塊みたいなタイプの貴族の坊ちゃんだな。あの様子だと、俺らの話を聞くつもりなんて最初からないんだろうよ。冒険者はどうなろうが自己責任。アドバイスを聞かなくて死んでも、それはあいつらのせいだ」

 冒険者ギルドは、依頼やダンジョンの難易度と危険性をランクで示している。

 危険性を理解して挑んだ以上、そこで何があっても冒険者本人の自己責任であるというのが、暗黙の了解だった。

「……それに、無駄にやつかい事の種を抱えてしまえば、他のパーティーが危険にさらされる危険だってある。あの坊ちゃんどもの尻拭いをさせられるのはな」

「……そうだな」

 2人の冒険者は、ドラムたちの背中を見送る。

 このダンジョンに出てくるジャイアントアントは、強い者でもCランク程度だが、その代わりに数が非常に多い。

 それに加えて、ジャイアントアントでは考えられないような策を混ぜて襲ってくる、危険度の高いダンジョンである。

 さらに、より強力なボスモンスターが徘徊していたとの情報もあるくらいだ。

 ダンジョンの奥へと向かった冒険者たちの生還率は、決して高くはない。

 実力の高いAランクパーティーですら、帰ってこなかった者がいるほどなのだ。

 だからこそ冒険者たちは無理に奥へ進まず、ダンジョンに慣れるまでは複数のパーティーで1か所に集まって戦闘を行うことにしている。

 身の丈を超えたチャンスに手を伸ばし、命を賭けるような冒険に挑み続ければ、やがてしかばねさらすことになる。

 ここに挑むほとんどの冒険者たちが知る、生き残りの鉄則だ。

 それを知らない様子のドラムたちが参加すれば、何かしらのトラブルを起こすであろうことはほぼ間違いない。何も起こらなければいいが、万が一の時にその対価を払うことになるのは他の冒険者の可能性だってあるのだ。

 自分たちの命を危険にさらしてまで、彼らを助ける義理はない。

 それに、いやがる相手を、無理に狩りに参加させるわけにもいかない。

 ドラムを見送る冒険者たちにできるのは、ぼうにも奥へと進むドラムたちが、無事に戻ってくることを願うことくらいだった。

 一方、自分たちを心配する冒険者たちの考えなど知りようのないドラムは、ようようとダンジョンの奥へと進んでいく。

 途中何度かジャイアントアントの群れと遭遇するが、多少手こずりながらも勝利することができた。奴隷は多少の傷を負った程度だ。

「噂のダンジョンといえども、この程度か。これならすぐに目的も果たせそうだな」

 奴隷たちが戦う様子を見て、ドラムは笑みを浮かべる。

 奴隷たちに素材をはぎ取らせ、の治療を終えるとドラムはさらに先へと進む。

 順調に奥へと進むドラムたちだが、通路の壁に一部不自然な場所があったことに彼らは気が付かなかった。

 もし、彼らがギルドでトラブルを起こさずに情報を手に入れていれば、もしくは冒険者のアドバイスを受け入れ、狩りに参加していれば、気が付くことができたかもしれない壁の違和感。

 彼らが通り過ぎた後、通路の壁が崩れ落ち、中から大量のジャイアントアントたちがい出すが、先を行く彼らはそれを知る由もない。

 徐々に包囲網を作り上げ、ジャイアントアントの大軍が彼らに襲い掛かるのはもうすぐである――

 

◆ ◆ ◆

 

 後ろからジャイアントアントたちが迫っていることにも気が付かず、長い通路を抜けたドラムたちは小さな部屋へとたどり着いた。

「ここで休憩するとしよう。まったく、足が棒になったようだ」

 でこぼこした通路を歩き続けて疲れたドラムは、いったん休憩することに決めた。

 奴隷が背負ったカバンから敷物を出し、そこへ座り込む。

 奴隷に周囲を警戒させ、ドラムはゆっくりと休憩を始めた。

「やれやれ、ダンジョンというのは無駄に面倒だな。あの布をつけたモンスターはどこにいるのだ! こんなじめじめした場所からは、さっさと出たいものだ」

 彼は一度も戦闘をせず、ただ歩いていただけなのだが、疲労困憊といった様子で苛立ち混じりに辺りを見回す。

 ダンジョンの攻略に飽き始めたドラムが、をこぼしたときであった。

 にわかに、奴隷たちの様子が慌ただしくなった。

 どうやら、通路の奥から何かが近づいていることに気が付いたようだ。

 そんな奴隷たちの様子に気が付いたドラムが慌てて立ち上がるのと、小部屋の中に大量のジャイアントアントがなだれ込んできたのは、ほぼ同時だった。

「ええい! 貴様ら何をしていた! もっとちゃんと見張っておけ!」

 ドラムは周囲を見回し、小部屋にある3本の通路のうちの1本から敵がやってきていないのに気が付く。

「あそこから逃げるぞ! お前たちは私を守れ!」

 奴隷たちを引き連れ、完全に囲まれる前にその通路の中へと逃げ込む。

 背後を振り返ったドラムの視界に、ぞろぞろと通路の方へと押し寄せるジャイアントアントの大軍が映る。

 それを見て恐怖したドラムは、奴隷のうちの1人、前衛を務めていた片手剣と盾を持った男に命令した。

「おい! 命令だ! お前はここであいつらの足止めをしろ!」

 あれだけの大軍を、たった1人で足止めする。

 それはつまり、ここで死ねというのにも等しい命令だ。

 しかし、奴隷紋の効力により、彼はそんな理不尽な命令にも逆らうことはできない。

 ドラムに命令された奴隷が立ち止まり、迫りくる黒い群れへと向かっていく。

 男とジャイアントアントが戦っているその隙に、ドラムたちは通路の奥へと逃げていく。

 言葉を封じられた奴隷たちは何も言わないが、その顔には隠しきれない怒りと悲しみが浮かんでいた。

 やがて時間を稼いでいた男が、その大軍を押さえきれず黒い津波の中へと飲み込まれた。

 彼の命と引き換えに、ドラムたちはある程度の距離を稼ぐことに成功していた。

 足止め役として使い捨てられた男を倒し、ジャイアントアントたちは逃げたドラムたちを追いかけ通路の奥へと進んでいく。

 軍勢の最後尾にいたアースアントの魔法によって、通路が塞がれる。

 必死に逃げるドラムたちが知るはずもないが、彼らが逃げる先に外へと繋がる通路はない。

 1本だけ通路に敵がいなかったのは、彼らを誘うわなだった――

 逃げ場のない場所へと追い込まれ、袋のネズミとなったことにも気が付かず、ドラムたちはダンジョンの中を逃げ始めた。

 

◆ ◆ ◆

 

 アントの群れに囲まれた侵入者たちは、仲間の1人を壁にしながらも、こちらの作戦通りアントたちを避けて通路の奥へと逃げ込んでいく。

 逃げる先を誘導されていることに気付いてはいないようだ。

 ここまでは作戦通りである。

 アースアントが通路を完全に封鎖したところで、こちらに念話が届く。

『主様、侵入者の誘導が完了しました』

 念話で状況を報告したのは、サブマスターに任命されたシュバルツだ。

 言葉による会話と違い、念話は意思を直接やり取りできるらしい。

 サブマスターの権限を付与したことによって、念話限定ではあるが、シュバルツと直接意思のつうができるようになっていた。

「ああ、さすがだな、シュバルツ。この調子で頼むぞ」

かしこまりました。これより追撃を開始します』

 サブマスター権限を得たことにより、シュバルツは配下のアントからの情報だけでなく、ダンジョンコアを通じて侵入者の位置をあくできるようになった。

 これにより、より効率的にアントたちを動かすことができ、先ほどのように相手を誘導することすら可能になったのだ。知能も高く、ジェネラルアントの特性でアントたちに的確な指示を送ることもできる。

 もはや、戦闘の指揮に関しては、シュバルツがダンジョンで一番であろう。

 以前やってきた冒険者のような、何らかの方法で姿を消している相手であっても、サブマスターとなったシュバルツならば、おおよその位置をあくすることができるはずだ。

 残念ながら位置が分かってもアントたちが目視することはできないが、対応策もいくつか考えてある。

 かんぺきとは言えないが、効果はあるはずだ。

 シュバルツの指揮も、冒険者たちを相手に経験を積むごとに上達し、現在ではアントがまるで1つの生き物のように思えるほどの動きを見せるようになった。

 もしも、またあの姿を消すことのできる冒険者がやってきたとしても、この前のような結果にはならないだろう。

「ダンさん。そろそろ、あの冒険者たちが予定の場所にたどり着きますよ」

 リリーネの声で、モニターへと意識を向ける。

「よし、それじゃあ、次の策に移るとしよう」

 冒険者たちが進む先には逃げ場などなく、至る所に隠し通路が張り巡らされている。

 ダンジョンに入ってからの彼らの行動を見る限り、そこまで強い冒険者ということもないようだ。

 隠し通路の存在にもまったく気が付いていなかった。

 あそこに追い込まれた時点で、もはや彼らの運命は決まったようなものだ――

 

◆ ◆ ◆

 

「はぁ、はぁ……どこまで走ればいいのだ!」

 奴隷が壁になっている間に、ジャイアントアントを振り切ろうと、ドラムは息を切らしながら必死に走る。

 周りの奴隷たちはまだまだ余力が残っているようだが、ドラムはすでに限界だった。

 もつれそうになる足でひたすら走り続けるが、地面にあったわずかな起伏に足を取られてついに転んでしまう。

 全力で走っていたドラムは、その勢いのまま地面を転がり、壁に衝突することでようやく止まった。

「ぐがっ!? クソ……どこまでも馬鹿にしおって! 貴様ら! 何をぼさっとしている! 早く私を起こさんか!」

 きらびやかなよろいは土で汚れ、顔についた土は大量の汗によってドロドロになっている。

 地面に倒れながらわめくドラムの姿は、ダンジョンに入る前の煌びやかなものとは遠くかけ離れ、薄汚れたものになっていた。

 奴隷の手を借りてようやく起き上がったドラムは、さらに回復魔法を受けると、よたよたと走り始めた。

 奴隷たちに戦わせ、自分は見ているだけだった彼だが、走る体力はもうほとんど残されていなかった。

 やがて、通路の先に広い空間が見え始める。

 亀の歩みのような遅さで進んでいたのだが、ドラムたちの後ろには先ほどのジャイアントアントたちの姿はない。

「や、奴らは追いかけてこないようだな……いったんあそこで休憩するとしよう」

 息も絶え絶えのドラムは足に力をこめた。

 だが、彼らの先頭を進んでいたせつこう役の奴隷が広間へと足を踏み入れようとした瞬間――

 突然、通路の天井にあいた小さな穴から炎が噴き出し、先頭にいた奴隷は何をすることもできず燃え盛る炎に包まれた。

 天井から噴き出す炎は、地面を舐めるように周囲へと広がり、その後ろにいたドラムの下へも迫った。

 突然のことに動けずにいたドラムの足を炎が舐めあげ、彼は絶叫を上げる。

「ぎゃああああぁ!? な、何をしている! は、早く! 早く私を治療しろ!」

 地面を転げまわるドラムに、魔法使いが水をかける。

 さらに、奴隷を包み込んで燃え盛っている炎も消火したのだが、すでに奴隷は真っ黒にげて息絶えていた。

 もしも、ドラムよりも先に助けていたのならば、せつこう役の男は助かったかもしれないが、もはや後の祭りだった。

 盾役と斥候役が消え、これで残されたのはドラムと魔法使いの男、そしてヒーラーの女の3人である。

 前衛もおらず、1人は足手まとい。

 もはや、彼らが生きてダンジョンを脱出できる可能性はほとんど残されていない。

わななんてここに来るまで1つもなかったぞ! 奴は斥候だったのではないのか! 役立たずめ! いったいどうなっている!」

 足の火傷やけどを回復魔法で治療したドラムは立ち上がると、炭と化した奴隷の遺体を蹴飛ばし、その場で地団駄を踏む。

 怒りとあせりが混ざったその顔は、見るにえないほどに醜く歪んでいた。

 ――ドラムは知るはずもないが、これは通常のダンジョンに仕掛けられているタイプの罠ではない。

 天井に掘られた隠し通路内からファイアアントが穴をあけ、そこから炎を通路内に発射しただけである。

 ダンジョンの機能によって設置されたわなは、その特性上、わずかに魔力を帯びている。

 そのため、注意していればその存在に気付くことが可能だ。

 だが、この罠の場合は、じっと天井裏に隠れているモンスターの気配に気付くことができなければならない。

 走りながら前方と背後に注意を配り、なおかつ壁一枚先で息をひそめるモンスターの存在に気が付くには、高い技量が要求される。

 先頭にいた奴隷はせつこう役ではあるものの、そこまでの域には達していなかった――

 斥候役の奴隷を失ったドラムは、炎が噴き出した天井をにらみつけてワナワナと震えている。

 また炎が噴き出す可能性もあるが、来た道を戻ればあのジャイアントアントたちが待ち構えている可能性がある。

 ドラムは先に進むべきかしばらく迷っていたようだが、魔法使いを先に進ませ、炎が噴き出してこないことを確認すると、ようやく前へと足を進めた。

 しかし、ドラムたちが通路を抜けた先にあった部屋は、何もない行き止まりであった。

「馬鹿な! ここまで来て行き止まりだと……」

 膝をつき、呆然としたドラムへ追い打ちをかけるように、元来た通路の奥からジャイアントアントたちが姿を現す。

 逃げ場をなくし、ここで迎え撃つしか選択肢がなくなったドラムは、魔法使いを通路の前へと向かわせ、自分は通路からできるだけ離れた場所へと下がる。

「め、命令だ! 早くあいつらを何とかしろ!」

 魔法使いの男は、ドラムの命令通りにジャイアントアントの群れに立ち向かい、水の魔法で応戦を始めた。

 だが、盾役となる前衛はおらず、得意とする水属性の魔法は、硬いこうかくに守られたジャイアントアントに対しては相性がよくない。

 魔力を惜しまずに強力な魔法を連発するものの、じりじりと後ろへと追い詰められていく。

 かたを飲み、戦いを見守っているドラム。

 その後方にある壁が音もなく崩れ、1体のニードルアントが姿を現すが、彼がそれに気が付いた様子はない。

 音もなくドラムに近づいたニードルアントの腹部から伸びた毒針が、よろいに守られている部分を避けて彼を襲った。

「ぐあっ!? ど、どこから出てきたんだ! こいつをなんとかしろ!」

 毒針に刺され、ようやく後ろにいたニードルアントに気が付いたドラムが、慌てて魔法使いへと命令をする。

 命令を受けた魔法使いは、水の柱を放ってニードルアントを吹き飛ばし、壁に叩きつけた。

 だが、その隙をついて、ジャイアントアントたちが魔法使いに殺到した結果、魔法使いは黒い波に飲み込まれていった。

「早くこの傷を治療しろ! 何をしている! 急げ!」

 魔法使いが倒れたことにすら気が付かない様子のドラムは、仲間を援護していたヒーラーを呼び寄せ、刺し傷の治療をさせる。

 どうやら刺し傷はそこまで深くなかったようで、回復魔法をかけると傷はすぐに塞がった。

 ドラムの治療を終えたヒーラーが立ち上がろうとした瞬間――

 その足元に穴が開き、そこからアサシンアントが顔を覗かせた。

 アサシンアントはヒーラーの足に噛みつくと、何が起こったか理解できていないドラムの目の前で、彼女を穴の中へと引きずり込んでいった。

「ひっひいい……! どこだ! どこから奴らは出てくる! う、嘘だ嘘だ! この私がこんな場所で死ぬはずがない! そうだ! 私がここで死ぬはずがないのだ!」

 何の抵抗もできず、一瞬にして己の目の前から消えたヒーラーの最後を見て、ドラムは恐慌状態に陥った。

 慌てて、ジャイアントアントたちを足止めしているはずの魔法使いの姿を探すドラムだが、彼は当の昔にジャイアントアントの群れの中に消えている。

 この場に残されたのは、まともに武器を握ったことすらない、ドラムただ1人だった。

「まだだ! まだ私にはこれがある!」

 2人の奴隷を片付けたジャイアントアントたちがドラムのもとへと迫ろうとしたが、その前にドラムが腰につけていたポーチから何かを取りだした。

 白い箱に細かな細工がなされたそれに、ドラムが魔力を込めると、彼の周囲を囲むように結界が張られる。

 ドラムが使ったのは『魔除けの揺りかご』と呼ばれる魔導具である。

 それは、ひとたび起動すると周囲のマナを取り込み、人1人が入れるほどの大きさの強力な結界を張る魔導具である。一度結界を張ると、それを解くまで中から出ることも攻撃することもできないが、上級のジャイアントアント程度の攻撃ならば、完全に防ぐほどの性能を持つ。

 ドラムは実家から出る時に、貴重品を保管している倉庫からそれをこっそり持ちだしていたのだった。

 土壇場でその存在を思い出したが、慌てて使用した魔導具は存分にその効果を発揮し、迫りくるジャイアントアントたちの攻撃からドラムを守る。

 結界の中からジャイアントアントを見るドラムは、攻撃が届かないことを理解するとあんのため息を吐いた。

「ハ、ハハハ……どうだ! この魔導具の力は! 貴様ら程度ではどうにもできまい! あとは助けが来るのを待てば――」

 そこでドラムの言葉が途切れる。

 助けが来る可能性が、ほとんどないことに気が付いたのだ。

 ドラムがこのダンジョンにやって来ていることを知る者は、最初にすれ違った冒険者たち以外にはいない。

 そして、依頼を受けることもなく、彼らがこんな危険な場所に助けに来ることはないだろう。

 さらに、もし仮に助けに来たとしても、この広大なダンジョンの中を進んでうまくドラムを見つけられるかは怪しい。

 迷路のように入り組んだ広大な迷宮で、たった1人の人間を探すのは、砂漠で金貨を探すようなものだ。

 ドラムの腰のポーチの中にはある程度の水としよくりようが入っている。

 彼を守る結界も、マナの多いダンジョン内ならば、数日の間はその効力を発揮し続けるだろう。

 だが、その間に助けが来る可能性は限りなくゼロに近い。

 そんな想像をして顔を青くさせたドラムだが、彼はすぐそばに迫っているもう1つの危険に気が付いていなかった。

 ドラムが結界を張ってからおよそ10分が経過した頃――

 魔導具によって張られた結界は健在だが、その中にいるドラムは力なく倒れ伏していた。

「ぁ…………あ…………」

 すでにドラムは全身が麻痺しており、体を動かすことはおろか、喋ることすらままならない状態になっていた。

 さらに、じりじりと焼けるような痛みを全身に感じており、特に先ほど刺された場所は赤くれあがり、激しい痛みが走っている。

 ニードルアントによって刺された傷は、回復魔法によって塞がっていたが、刺されると同時に体内へと流し込まれた毒は治療されていなかった。

 ニードルアントの毒は、効力を発揮してすぐに死に至るものではない。

 数分で動けない程度に筋肉が麻痺した後は、じわじわと毒と痛みで体力を削っていき、長い時間をかけて相手を死に至らしめるものである。

 そして周囲にドラムを治療してくれる者はおらず、結界に阻まれているせいでジャイアントアントがドラムに止めを刺すこともできない。

 その後、彼は毒によって死に至るまでの十数時間もの間、全身に走る痛みに耐え続けることになった。

 その最後は土と泥にまみれ、体をむしばむ毒によって苦しみながら、涙と鼻水を垂れ流し息絶えるという壮絶なものであった。

 こうして、サンドール男爵家の三男であるドラム・ド・サンドールは、誰にも知られることもなく、みじめにその生涯を終えることになった。

 彼を治療したヒーラーは毒に気付かなかったのか。

 それとも――仲間を使い捨てにされたことへの復讐のために、わざと毒を治療しなかったのか――それを知る者は、すでにこの世にいない。

 だが、わなめられ奴隷となり、使い捨ての駒にされて死んでいった彼らが、ドラムを強く恨んでいたということだけは間違いない。

 

◆ ◆ ◆

 

『黒軍の大穴』のあるアストレア大陸から、海をまたいで北西に進むとプレディア大陸と呼ばれる大陸がある。

 その大陸には、魔術国家とも呼ばれるプレニシア王国が存在している。

 その王都の郊外には、6本の白亜の塔が建ち並ぶ巨大な施設、『王立魔導技術研究所』が建てられており、世界各国から集まった研究者たちが、魔導のすいを極めんと日夜研究を行っている。

 そこで研究されている内容は、効率的な魔術理論の追究から始まり、魔導具や兵器の開発、さらにはモンスターの生態の調査にまで及ぶ。

 次々に発表される研究成果は、国のあちこちで実践され、街では魔術による街灯が辺りを照らし、通りでは馬の代わりにゴーレムが引く魔導馬車が行き交っている。

 民の生活の至る所にまで魔術が使われているその光景は、まさしく魔術国家の名に恥じないものであった。

 王都は上から見ると巨大な魔法陣を描いており、整然と計算された街並みの奥に、美しい白亜の塔が建ち並ぶその光景は、世界有数の観光名所としても人気を集めている。

 魔術を修める者だけでなく、誰もが一度は行ってみたいと思うような国――それが魔術国家プレニシア王国である。

 そんな王国の中でも特にその名声をとどろかせ、あらゆる研究者の憧れでもある王立魔導技術研究所であるが、そこに所属するものには変わり者が多い。

 ひとたび研究に熱中すると、数日間は研究室から出てこないのは当たり前。

 中には数十年もの間、研究所の敷地の外に出たことがないような者も存在するほどである。

 他にもひらめいたアイディアをその場で試して事故を起こす者や、新薬を自分で試して倒れる者、合法ギリギリのグレーな研究を嬉々として行う者なども存在する。

 そして、その中には、あまりにも特異な研究の内容によって、研究を続けることができなくなった者も存在する――

 

◆ ◆ ◆

 

 王立魔導技術研究所の6本の塔のうちの1つ、魔法生物に関する研究が行われている塔の最上階では、ちょっとした騒動が起こっていた。

「エルシル部長! なぜじゃ! なぜ、ワシの研究が中止させられなければならんのじゃ!」

 魔法生物部門の部長である、うるわしいエルフの男性に詰め寄る、白髪混じりの頭の初老の男性。その顔には、不満と怒りがありありと浮かんでいる。

 彼は先日、進めている研究を中止するようにとの命令を下されたので、それを撤回してもらうためにやってきたのだ。

 気色ばむ老人の様子を見て、エルシルはまずはその怒りを鎮めようと声をかける。

「ヨハネスさん、そんなに怒ると体に悪いですよ。まずは落ち着いて、そこのソファーにお掛けください」

 落ち着いたトーンの声でさとされたヨハネスは、わずかに怒りを収めるとソファーへと腰掛けた。

 ここで怒鳴り散らしても意味はない。

 怒りのあまり頭に血が上ったヨハネスだが、それくらいのことは理解できていた。

「それでヨハネスさん、なぜあなたの研究が中止させられなければならないのかが聞きたいのでしたか?」

「そうじゃ、ワシは法に違反するようなことは何1つしておらんぞ。それなのにワシの研究がなぜ中止させられるのじゃ……」

 エルシルは、机の引き出しから分厚い書類の束を取り出すと、それをパラパラとめくり、目的の書類を抜き出した。

「ヨハネスさんの研究は――これですね……新型のキメラの開発ですか。凍結の理由は、そのキメラの材料ですね。モンスターと人間を合成したキメラとのことですが、この人間というのが問題です」

「そう! 確かにそう言われた! じゃが、人間と言ってもワシが使用しているのは犯罪奴隷のみ。法的には何の問題もないはずじゃ! 奴隷を使った実験は他でもやっているじゃろう!」

 エルシルの指摘した理由に、すぐに反論するヨハネス。

 彼が長年の研究によって開発した新型のキメラは、モンスターと人間を合成することで、その双方の特性を発揮できるようになったものである。

 材料は人間とあるが、使用しているのは重罪を犯して奴隷に落とされた犯罪奴隷のみである。

 犯罪奴隷は魔法の実験台や、新薬の効力を確かめるために、他の研究でも利用されており、彼の言うように法的には問題はない。

「確かに、犯罪奴隷を利用した魔術の研究は違法ではありません。それに、報告されているキメラの性能も、今までにないほど素晴らしいものです」

「それならば! なぜワシの研究が中止させられるのじゃ!」

 法的にも問題はなく、成果も出ている。

 それならば、なぜ彼の研究が凍結されなければならなかったのか――

「……問題は、材料が人間であるということです。研究のために数人を利用するならまだしも、これが実用化されるようになれば、大量の人間が必要になるでしょう。そうなれば犯罪奴隷だけでなく、それ以外の人間もキメラにされる危険性があります。それに、もし技術が裏社会に流れれば、とんでもないことになるでしょうね」

「じゃ、じゃが……この研究が完成すれば――」

 反論しようとするヨハネスの言葉に、エルシルは重ねるように続ける。

「ええ、このキメラの能力は従来のものとは比べ物になりません。きっと、この研究がもたらす恩恵は大きなものでしょう」

 強力な戦力を、安定的に生産できるとしたら、その恩恵は計り知れない。

 キメラ兵を各地に配備すれば、モンスターとの戦いで死ぬ者も大きく減るのは間違いない。

「……ですが、このような人間を素材にしたキメラを使えば、その国のイメージは間違いなく悪くなるでしょうね。戦力としては魅力的でしょうが、それを好んで使用する国は皆無と言ってもいいでしょう」

「それは――」

「加えて、研究所で用意できる犯罪奴隷の数にも限りがあります。あなたの研究のために、大量の犯罪奴隷を用意することは厳しい。残念ですが、この決定がくつがえることはないでしょう」

 そう言って、エルシルは手元の書類を机の上に置いた。

「……そうですな。お忙しいところ、ワシのために時間を割いてくださり感謝します。ワシはこれで失礼させてもらいます」

 もはや取り付く島もないといったエルシルの様子に、ヨハネスは力なく肩を落とすと、よろよろとソファーから立ち上がり、退室するむねを告げる。

「ヨハネスさん、そう気を落とさないでください。ヨハネスさんは、キメラ作成の分野では、他に追随を許さないほどに優秀な研究者であると聞いています。あなたなら、新しい研究でもきっと素晴らしい成果を出すことができますよ」

 その言葉に嘘はない。

 ヨハネスの才能と技術は、まさしく神の領域に達しようというものであった。

「…………」

 しかしヨハネスは、エルシルのなぐさめの言葉に何も返すことなく、肩を落としてとぼとぼと部屋から出ていく。

 長い寿命を持つエルフであるエルシルは、この研究所に来てから、様々な研究者たちを見てきた。それらの中には、ヨハネスのように研究を中止させられてしまった者も数多くいる。

 しばらくは何も手につかないほどに意気消沈する彼らだが、その後はそれが起爆剤にでもなったかのように持ち直し、偉大な発明をした者も少なくはない。

 だがそれとは別に、元の研究を捨てきれずにそれに固執するあまり、ついには犯罪にまで手を染めてしまった者もわずかではあるが存在する。

 そしてヨハネスのあり方は、後者に似ているように感じられた。

 エルシルは、狂気に落ちてしまった彼らを思い出し、ヨハネスには前者であって欲しいとの想いを抱く。

 だが、残念ながら彼の想いは裏切られることになる――

 

◆ ◆ ◆

 

 ヨハネスの研究が中止させられてからしばらくが経ち、王都では行方不明事件が相次いで起こるようになった。

 年齢は子供から大人まで、行方不明になったのはたったのひと月で十数人。

 その職業にもつながりはなく、商人から研究者、はたまた腕利きの冒険者までもが消えてしまうその事件は、王都の住民の恐怖をあおった。

 一時は違法な奴隷狩りの可能性があるとも考えられていたが、わざわざ王都を選ぶメリットはなく、またそのような犯罪に手を染めそうな組織も見つからなかった。

 さらわれた人間や場所にもこれと言った共通点はなく、犯人への手掛かりになりそうなものもほとんどないため、事件の調査は難航することになる。

 その後、長い調査の末に、ようやくヨハネスが犯人である可能性が高いことが判明し、王都の衛兵たちが彼を捕らえるために研究室へと駆け付けた。

 しかし、そこはすでにもぬけの殻だった。

 ヨハネスは、彼の作ったキメラ数体と共に、姿をくらませていたのだった。

 研究室内に残された資料や、失敗作とみられるキメラの死骸から、一連の行方不明事件の犯人はヨハネスで間違いないと断定された。

 ヨハネスが行方をくらませた後、王都での行方不明事件はぱったりと途絶え、やがて事件の記憶は埋もれていくことになる。

 1人の研究者が起こした、恐ろしい事件から数年が経った今も、犯人であるとされるヨハネスが捕まることはなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

 そして時は過ぎて現在、ソナナ町の門では――

「おい……なんだよ、あれ……」

「人……? いや、モンスターか?」

「ば、化け物だ……」

 門に並ぶ人々の目線の先にいるのは、3体の異形の生物と、それらを連れた1人の男。

 男は自分の順番が来ると、不気味な生物を見て顔を青くしている兵士に身分証を渡す。

 身分証を受け取った兵士は、震える手でそれを確認すると、通行の許可を出した。

「か、確認しました! Bランク冒険者のヨハン殿ですね。どうぞお通りください……」

 兵士から返された身分証を受け取ると、男はそのまま無言で門を通過していく。

 そして、その後ろを3体の異形たちがぞろぞろとおとなしくついていくのを確認すると、兵士はあんのため息をついた。

 異形を連れた男の次に門へとやってきた商人が、未だに顔色の悪い兵士に声をかける。

「衛兵さん。あの化け物を連れた男は、いったい何者なんです?」

「……冒険者の方のようですが、守秘義務があるのでこれ以上は――」

「あれも冒険者なんですかい。モンスターを連れた冒険者はたまに見るけど、あんな不気味なのは初めて見たよ」

「ええ、私もあんなモンスターは初めて見ました……今でも震えが止まりませんよ」

 兵士は異形の化け物の姿を思い出して、ぶるりと体を震わせる。

 3体の化け物――黒いカマキリの下半身と腕を持った獣人の男、赤いトカゲの背中からうろこおおわれた女性の上半身が生えたもの、そして両腕に巨大なワニの口のようなものが付いた巨漢。

 まるでモンスターと人を混ぜたような不気味な姿、その人間部分のうつろな顔を見てしまった者は、一生それを忘れることはできないだろう。

 ヨハンと呼ばれた男――それはかつて行方をくらませたヨハネスであった。

 彼は潜伏中に自らの姿を変え、事件のしようさいが一般に伝わっていないことを確認したのち、ヨハンと名乗り、別の国で冒険者に登録することで新しい身分を得た。

 それからは冒険者として活動しながら、時にはいなくなっても目立たない人間をさらっては、キメラ作成の実験台にしつつ各地を転々としていたのだ。

 彼がソナナの町へとやってきた目的は『黒軍の大穴』である。

 そこにいると思われる強力なモンスターと、上質な素材になる人間――高ランクの冒険者を捕獲するためにやってきたのだ。

 材料となるモンスターと高い能力を持つ冒険者たちが揃うその場所は、彼にとって研究にはうってつけの場所であった。

 村へと入ったヨハンはまるでそれをほこるかのように、3体の異形を見せつけながら冒険者ギルドへと向かう。

 多少のことでは動じない歴戦の冒険者たちも、その悪夢のような見た目のモンスターには、さすがに動揺を隠せないようであった。

 冒険者ギルドにて、許可証を手に入れたヨハネスは、町を出てダンジョンへと向かう。

 彼の頭の中には、もはや自分の研究を完成させることしかなかった。

 そのために、どれだけの人間が犠牲になろうとも、彼にとってはどうでもいいことである。

「もうすぐじゃ、もうすぐワシの研究が完成する――」

 かつての上司であるエルシルの不安は的中し、研究のためなら手段を選ばない、狂気に落ちた研究者の姿がそこにあった。

 

◆ ◆ ◆

 

 キメラたちを連れ、草原を進むこと数時間。

 ヨハネスは、ようやく草原に開いた穴へとたどり着いた。

「おおお! 見えたぞ! あれが噂のダンジョンか!」

 ダンジョンを目前に、興奮した様子で声をあげるヨハネス。

 町の中にたくさんいる、良質なキメラの素材を目の前にしながらも手を出さなかった彼は、すでに我慢の限界だった。

「いつかは彼らも素材にしたいものじゃが、今はまだ戦力が足りんからのう」

 たとえ小さな支部だろうと、ギルドで素材を調達するのは危険だ。

 ギルドが壊滅させられたとなれば、すぐに強力な冒険者たちが派遣され、どこまでも追い回されることになる。

 いくらヨハネスのキメラが強力だとはいえ、その戦力に限界はある。

 良質な素材が向こう側からやってくるのはありがたいことだが、そのせいで研究の邪魔をされるのは避けたかった。

 ――だが、ダンジョンの中なら話は別である。

 ダンジョン内であれば、相手の人数も限られるうえに、たとえ冒険者たちが帰ってこなかったところで特に不自然ではない。

 素材を回収してしまっても、もともとダンジョンで死んだ者は死体が残らない。

 熱中してやりすぎなければ、ヨハネスに嫌疑がかかる可能性は低い。

「人間とモンスター! 双方の素材を調達しても問題はない! まさしくワシの研究のためにあるような場所じゃ!」

 ギラギラと目を輝かせたヨハネスは、キメラたちを連れてダンジョンの中へと足を踏み入れた。

「ふむ、通路の広さはそこそこあるようじゃな。これならキメラが戦っても十分に力を発揮できるほどの広さを確保できるじゃろう」

 ヨハネスは周囲を見回し、キメラが十全に力を発揮できそうだと頷く。

「さて、まずはどうするかのう……」

 ギルドで得た情報では、入り口の先は冒険者たちの拠点になっているとのことである。

 ヨハネスはキメラを連れ、ダンジョンの奥へと進んだ。

「おお、どうやらあの先の広間が拠点のようじゃな」

 広場には10人ほどの冒険者たちがいるようだ。

 さすがに高ランクの冒険者だけあって、どれもなかなか良い素材になりそうだと、ヨハネスは期待に胸を高鳴らせる。

 すぐにでも素材を確保したいヨハネスだが、ここはまだ入り口からほど近い。

 万が一、彼らに逃げられてしまえば、その先に待っているのは身の破滅である。

 ――慌てる必要はない。ここでの調達は控え、別の機会を待てばいいのだ。

 ヨハネスがそんなことを考えていると、こちらを遠巻きに見ていた冒険者のうちの1人が、警戒しつつも彼の下へと向かってきた。

「ふむ……見たところ前衛職、それも防御を重視しているタイプのようじゃな。ここにいるということは、そこそこの使い手なのじゃろう」

「前衛役ってのは当たりだが――腕に関してはそこそこじゃなくて一流って言って欲しいところだな」

 ヨハネスのつぶやきを拾い、冒険者の男は口元に笑みを浮かべて軽口をたたく。

「ほっほ、すまんのう」

「はっはっは! まあ有名どころには、ちいっとばかし負けるけどな! 俺はブラン、これでもAランクの冒険者だ」

「ワシはヨハンじゃ。Bランクの冒険者をやらせてもらっておる」

 緊張が解けたのか、冒険者とヨハネスはにこやかに挨拶を交わす。

「それで、爺さんもダンジョンを攻略しに来たのかい? 見たところテイマーみたいだが、ここは自分もある程度戦えないとちょっと危ないかも――爺さん? どうかしたのか?」

「おっと、ちいっとばかし、考え事をしておっただけじゃ」

「そうか? それならいいんだけどよ。それで――」

 心ここにあらずといったヨハネスの様子をいぶかしんだ冒険者だが、気を取り直してダンジョンの説明を始める。

「ふうむ。なるほど――」

 親切な冒険者の話を聞き流しながら、ヨハネスは目の前の男をキメラにするとしたら、どのようなモンスターと混ぜ合わせるのがいいだろうかと考えていた。

 オーガなどのモンスターで近接戦の能力を底上げするか、それともいっそ魔法系のモンスターと混ぜて、高い防御力を持った砲台にするか――

 Aランクの冒険者というだけあって、目の前の男はヨハネスの発想を刺激する素晴らしい素材だった。

「さて、説明はこんなところか。まあ、何はともあれ無理は禁物だな。命あっての物種だぜ」

 まさか目の前の老人が、そんなおぞましいことを考えているとは知るはずもない冒険者の男は、最後にそう締めくくり説明を終えた。

「ほっほ、心配してくれてありがとうよ。じゃが、ワシの連れは、そんじょそこらのモンスターなどには後れは取らんぞ?」

 ヨハネスが後ろにいるキメラたちを指さすと、改めてそれを見た冒険者がたじろぐ。

 冒険者の姿を見て、彼の作ったキメラの素晴らしさに圧倒されたのだと判断したヨハネスは、その顔に満足気な笑みを浮かべる。

 ヨハネスが連れている3体のキメラは、彼の最高傑作と言っても過言ではない。

 まだまだ改良の余地は残されているが、それでも十分な力を持っている強力なキメラばかりであった。

「こいつらが爺さんの連れか……その、なかなか変わった見た目だけど、確かにとんでもなく強そうだよな――」

「おお! お主! ワシのキメラのすごさが分かるのか! なかなか見所がある男じゃな! よし! お主にもこのキメラの素晴らしさがもっと分かるように、ワシがいろいろと教えてやろう! そもそもじゃが、キメラというのは、本来はモンスターの――」

「あ、ああ……爺さん、それは、また今度聴かせてくれ……」

 こんなところで、気味の悪いキメラについて講義など始められては、たまったものではない。

 自分の作ったキメラをめられ、嬉々としてその知識を披露しようとしたヨハネスを、冒険者の男が止める。

「なんじゃ……これからがいいところだったというのに、つまらんのう」

「と、とりあえず、あっちの道の方で他の冒険者たちが合同で狩りをしているからな。もし参加するなら、そっちに行くといい」

 せっかくの講義を中断させられ、ヨハネスは不満げに鼻を鳴らした。

「だけど、他の道を進むときは注意しろよ。自信満々に進んで帰ってこなかった奴は、少なくないぜ……」

「なるほどのう。お前さんたちのような腕利きが帰って来ないとなると、よほどのものがあるのかのう」

 まだ見ぬダンジョンの奥地に、期待を膨らませているようなヨハネスを見て、冒険者の男は、以前えいしたことのあるどこかの研究者もこうだったと、苦笑いを浮かべた。

「さて、それは分からんが、とりあえず慣れるまでは、慎重にやるのをお勧めするぜ」

「そうじゃな、まずは下見を兼ねて、他の冒険者の様子でも見に行かせてもらうとしようかのう」

「よっしゃ、それじゃあ、俺の話は終わりだ! 長々と引き留めて悪かったな! 爺さんも頑張れよ!」

 ヨハネスの言う下見の意味に気が付くはずもなく、冒険者は話を終えた。

「なんの、いい話を聞かせてもらったわい。また会う機会があれば、ワシの研究の素晴らしさをじっくりと教えてやるからのう」

「おう! また会えるように祈ってるぜ!」

 親切な冒険者に見送られ、ヨハネスは教えてもらった通路へと向かう。

「……行ったか。それにしてもあの爺さんの連れているモンスター……やけに気味の悪いものばっかりだったな。なんだかやる気もがれちまったし、今日はもう引き上げるとするかね」

 冒険者がぽつりとつぶやいたその言葉は、通路の奥へと消えたヨハネスたちに届くことはなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

 冒険者が示した道を進むこと十数分。

 ヨハネスの耳に、戦闘の音らしきものが聞こえ始めた。

 どうやら、そろそろ話にあった冒険者たちの集団に近づいてきたようだ。

 その姿が遠目に確認できる頃には、すでに戦闘は終わっていたようで、冒険者たちは戦利品の回収作業を始めている。

 近づいてくるヨハネスたちに気が付いた冒険者たちが、どこかぎょっとした様子で視線を送っているが、ヨハネスは気にしたふうもなく集団へと近づいていく。

「あー……あんた何者だ? なんだか変わったモンスターを連れているようだが……」

「なに、ただのしがない冒険者じゃよ。ここに来るのは初めてじゃし、下見を兼ねて少し混ぜてもらおうと思ってきたまでよ」

「そ、そうか……まあなんにせよ、一緒にモンスターを狩るっていうなら歓迎するぜ。よろしくな、爺さん」

 冒険者と挨拶を交わし、さっそく狩りに混ぜてもらおうとしたヨハネスだが――

「……シエル? シエルじゃないか……?」

 そこにいた冒険者のうちの1人が、ヨハネスの連れていたキメラを見てそう声をあげる。

「シエル? ああ……だいぶ前に行方不明になったっていうお前のパーティーメンバーか?」

「ああ……間違いない! あれはシエルだ! シエル! 俺だ! ヴィクシムだ!」

 どうやら、この男はキメラの素材となった人間と知り合いだったらしい。

 このキメラの素材は、ヨハネスが3か月ほど前に調達した物だ。

 優秀な魔法使いだったようで、サラマンダーとの合成によって、強力な火属性の魔法を行使できるようになったのだ。

 ヴィクシムと呼ばれた冒険者が懸命に声をかけるが、キメラが反応を返すことはない。

 ガラス玉のような眼は、ぼうっと虚空を見つめるばかりだった。

 ヨハネスの作ったキメラは、ある程度の知識や技術は引き継いだものの、モンスターと融合したことによる拒絶反応によるものなのか、意識は希薄な状態になっている。

 そのせいで、素材となる前の性能を完全に引き出すことができず、ヨハネスも何とか改良しようとしたものの、なかなか成果が出ない欠点であった。

 何度もキメラに声をかけていたヴィクシムだが、何をしても反応がないとようやく理解できたようだ。

 声をかけるのをやめ、怒りに歪んだ形相でヨハネスをにらみつける。

「おい、ジジイ! てめえシエルになにしやがった! 早く元に戻せよ!」

 ヨハネスに詰め寄り、声を張り上げる男。

 だが、一度キメラになった時点で元に戻すことなど不可能であり、そもそもヨハネスには、彼女を元に戻す理由など欠片かけらも存在しない。

 それに、ただの魔法使いであったときよりも、より強力な存在へとなったのだ。

 なぜ元に戻す必要があるのか、ヨハネスには理解できなかった。

 周囲にいた冒険者たちも状況を理解したのか、武器を構えてヨハネスたちを見ている。

 このまま、彼らを逃がしてしまえば、面倒なことになるのは間違いない。

 偶然とはいえ、キメラの素材と知り合いだった者がいたとは、何とも間が悪いことだと、ヨハネスはため息をつく。

「やれやれ、まあ仕方あるまい、予定より早いが、素材の確保と同時にキメラの性能実験をしてしまうとするかの。26番、やれ」

 ヨハネスの言葉とともに、彼の後ろに控えていたカマキリ型のキメラが、ヴィクシムの首元めがけて大鎌を振るう。

「ヴィクシム! 下がれ!」

「なっ!?

 目にもとまらぬ速さで振るわれた大鎌だが、仲間の声に反応したヴィクシムがとっさに下がったせいで、ギリギリのところで避けられてしまう。

「やれやれ、避けるでないわ。せっかくきれいな状態で素材にしてやろうと思ったのにのう」

 キメラにするならば、できるだけ素材の損傷は少ない方が良い。

 戦闘で無駄に傷が付いてしまえば、それだけ完成するキメラの質が下がるのだ。

26番、54番、87番、1人も逃がすでないぞ。できるだけきれいな状態で殺すのじゃ。お前らの後輩になるかもしれんのじゃからな」

「ちいっ! こいつ狂ってやがる。全員武器を構えろ! 来るぞ!」

「ちくしょう! このジジイ、絶対に許さねえぞ!」

 武器を構え、冒険者たちは異形のキメラたちに相対する。

「複数の高ランク冒険者をキメラの性能実験に使う機会など、そうそうないじゃろう。良いデータが取れるといいのじゃがなあ……」

 ヨハネスは戦いに巻き込まれないよう、少し離れた場所から観察を始める。

 鬼気迫る冒険者たちの様子とは対照的に、落ち着いた様子のヨハネスからは、自分の作ったキメラの性能への自信が感じられた。

「こいつの元はデスサイズか!? 鎌の攻撃に注意しろ! 俺が押さえるからその間に攻撃するんだ!」

 まず動いたのは、カマキリ型のキメラと相対している冒険者たち。

 重装備の冒険者が、振りかぶられた鎌を受け流そうと、盾を構える。

 確かに、普通のデスサイズが相手ならば、その対応は間違いではない。

 だが、ヨハネスのキメラは、それが通用するほど甘くはなかった。

「ぎゃっ!?

「なにっ!?

 26番の振った鎌は、その軌道をわずかに変え、相対した冒険者をその盾とよろいごと真っ二つにする。

 その太刀筋は、どこかたどたどしいものの、通常のデスサイズとは比べ物にならない技量が見て取れた。

 さらに、26番は足を止めてしまった冒険者へと襲い掛かり、その鎌で次々に獲物を切り裂いていく。

「ふむ、あの盾とよろいはおそらくミスリル製じゃろう。なかなかきれいに切断できておるようじゃな」

 26番は、デスサイズと呼ばれるモンスターと、獣人の戦士を混ぜたキメラである。

 きようじんなミスリル製の装備すらも、まるで紙のように切り裂く鎌を持っているデスサイズだが、その攻撃方法はただ切れ味に任せて鎌を振るうだけである。

 うまく攻撃を受け流すことができる者がいれば、隙も大きいためさほど脅威ではない。

 だが、26番は素材となった獣人の経験により、より切り裂きやすく弾かれにくい角度で鎌を振るうことができる。

 その結果が、真っ二つに引き裂かれ、しかばねさらす盾役の冒険者の末路だった。

 モンスターの高い身体能力に、人間の技術を掛け合わせる。

 26番は、まさしくヨハネスの理念を体現したキメラだった。

「シエル! やめてくれ! クソッ! どうしたらいいんだ!」

「ヴィクシム! 気持ちは分かるがあきらめろ! このままじゃ俺たちがやられるんだぞ!」

 サラマンダーのキメラを相手にしている冒険者は、足並みが大きく乱れているようだ。

 元仲間と戦うという現実を受け入れられずに取り乱すヴィクシムを、他の冒険者たちが説得していた。

「このままだと、データに誤差が出る可能性があるんじゃがのう……さっさとあきらめて戦って欲しいところなんじゃが」

 54番は、トカゲの口から火炎を吐き、さらにトカゲの背中から生えた人の上半身も、いくつもの火球を生み出し目の前の冒険者たちへと攻撃を始める。

 そこに、元仲間への感情は欠片かけらも存在しない。

 ただ、命令に従い、機械のように獲物に攻撃をするだけだ。

 何人かの魔法使いが壁を出して防いでいるが、すでに攻撃の機会を失い、完全に防戦一方に追い込まれていた。

 絶え間なく打ち込まれ続ける炎のせいで、近づくことすらままならないだろう。

「やれやれ……こっちは有用なデータを取る前に終わってしまいそうじゃわい」

 54番は、サラマンダーと呼ばれる火山地帯に生息するトカゲのモンスターと、火属性に適性を持つ魔法使いを合成したキメラだ。

 炎の精霊の使いとも言われるサラマンダーとの合成により、火属性の魔法の威力は大きく向上させることができた。

 だが、知能の低下の影響なのか、複雑な魔法を行使することはできなくなってしまった。

 物理型の26番とは違い、魔法型の54番は知能の低下の影響を大きく受けてしまうため、課題も多い。

 とはいえ魔法の威力自体はキメラになる前の数倍になり、さらに行使できる時間や回数も増加している。

 事実、複数の魔法使いを相手にしても優勢な状態をしているのが、その性能の高さを物語っていた。

 知能面の問題が解決すれば、54番は26番を大きく超える力を持つ、非常に強力なキメラになるはずだ。

「素材となる魔法使いが少ない点、それに素材同士の属性を合わせないと、性能が大きく劣化する点も何とかしたいところじゃな」

 これ以上観察していても、特にめぼしい情報は得られないだろうと、ヨハネスは最後のキメラ、87番へと目を向ける。

 87番こそが、ヨハネスが自信をもって現時点での最高傑作と呼べる存在だった。

 このキメラは、2種類のモンスターと人間を混ぜ合わせることに成功したものだ。

 まずは、ブラストアリゲーターと呼ばれる双頭を持つワニのモンスター。

 片方の頭から水を吸い込み、もう片方の頭がそれを圧縮して発射するという、一風変わったモンスターの頭部を、素材となる人間の両腕に移植した。

 双頭のおおあごから発射される高圧の水は、岩を砕くほどの威力を持ち、並みのモンスターなら一撃で倒してしまう。

 だが、このキメラの最大の特性はそこではない。

「さあ、ワシにその真の力を見せておくれ――」

 ヨハネスは、どんなさいな情報すらも見逃さないようにと、目を皿のようにして87番と冒険者の様子を見守る。

 87番に使用された素材は、通常のモンスターのものではない。

 この世界の東の果てに存在する、ミリシア諸島と呼ばれる小さな島々。

 かつて、もう1つの大陸があったと伝えられるそこには、他の陸地と隔離されたことによる固有の生態系が築かれている。

 新しいキメラの素材を手に入れるために、その島々を回った時に発見した、とある素材。

 とある民族の神殿に、破滅の神の一部としてまつられていた、太古のモンスターの一部とみられる化石。

 それに何かを感じたヨハネスは、長い年月を経て化石となったそれを、神聖魔法や特殊な秘薬、さらには死霊術まで用いて復元しようと試みた。

 そしてついに――たった1つだけだが、その機能を復元することに成功したのだ。

 数年をかけ、ようやく復元に成功した機能。

 それは取り込んだ物質を、高純度かつ超硬度のマナの結晶へと変換する機能だった。

 マナから物質を作るモンスターはありふれた存在だが、その逆が可能なモンスターの存在は、王立魔導技術研究所に所属していたヨハネスですらも聞いたことはなかった。

 まさに世紀の発見――いや、まさしく神の領域に至る発見と言ってもいいだろう。

 手に入れた化石が、破滅の神の一部だという話も、この能力を見た後ではただのおとぎばなしと笑い飛ばすことはできなかった。

 その機能を組み込み、さらに精製した結晶を、ブラストアリゲーターの頭部から射出することができるようにしたのが、この87番と呼ばれるキメラだった。

 2体のモンスターを組み込んだことで、知能面では通常のキメラよりも劣る。

 だが、周囲に物質が存在すれば、このキメラは無限に強力な攻撃を放つことができる。

 惜しむべきは、マナの変換効率の低さと、元のモンスターについてはまったく分からなかったことだ。

 もし、これを量産することができれば、歴史すらも変えることができるとヨハネスは考えていた。

「なんとか生きているそのモンスターを手に入れたいものじゃが、物質をマナに変換できるモンスターが見つかった話など聞いたこともないからのう……」

 おそらくは、すでに絶滅してしまったのか、ユニーク個体の一種だったのだろうとヨハネスは残念そうに首を横に振る。

 彼がそんなことを考えている間に、87番は着実に敵を倒していた。

「あれに当たるな!」

「『ストーンウォール』! ……ダメだ! 防ぎきれない!」

 87番が結晶の弾丸を放つたびに、避けきれなかった冒険者たちがハチの巣にされて倒れていく。

 防御呪文を使っている者もいるが、大した効力を発揮しているようには見えない。

 発射される結晶の弾丸は、事前の実験では、中級のドラゴンのうろこでさえもやすやすと貫くことができることが分かっている。

 英雄と言われるような存在ならまだしも、普通の人間程度の魔法で防げるはずがない。

 逃げ場のない細い通路の中でばらまかれた弾丸は、前衛も後衛も分け隔てなく死に至らしめていく。

「ちくしょう! アイツだ! あのジジイを狙うんだ!」

「まったく、ワシのキメラに背を向けて、無事で済むとでも考えているのかのう?」

 何人かの冒険者は、キメラではなく、ヨハネスを狙おうとしているようだが、それを見たヨハネスに慌てた様子はない。

 彼の下に向かおうとする冒険者は、背後からキメラの攻撃を受け、散り散りにされてしまう。

 そして、戦いが始まってから10分も経つ頃には、20人近くいたはずの冒険者は、誰1人として生きていなかった。

「ふ、ふはっ、ふはは! どうじゃ! ワシのキメラの力は! 未完成の今でもこの性能! 完成すれば敵などないじゃろう!」

 あれだけの高ランク冒険者を相手にするのは初めてだったが、ヨハネスのキメラは冒険者たちを容易たやすじゆうりんして見せた。

 その戦果を見て、ヨハネスは自分の理論が間違っていなかったことを確信する。

 いつからか――キメラの研究を重ねるうちに、彼はなぜ強力なモンスターが住むこの世界で、人間たちが勢力を伸ばしているのかという疑問を抱くようになった。

 硬い金属を切り裂く者、高速で天を駆ける者、大地を単純な力のみで割る者。

 モンスターたちは、人間に比べて圧倒的とも言えるほどの力を持っている。

 人間の中にも、モンスターに匹敵する身体能力を持つ者もいるが、そんな者はほんのひと握りでしかない。

 それならば、なぜ人間がここまで勢力を伸ばすことができたのか――それは、その高度な知能によるものだ。

 高い知能を持つ人間は、様々な知識を、そして連綿と受け継がれる技術を磨いてきた。

 たくわえた知識は相手の行動を予測し、時にはみつな連携を可能とし、積み重ねた技術は己の能力を高め、強大なモンスターとの身体能力の差を埋める。

 そうして得た経験を、新たな戦いのかてとして、人間たちはこの世界で繁栄してきた。

 だが、人間がどれだけ力を付けようとも、それをにもかけないような強力なモンスターはこの世界に数多く存在する。

 そして、そのような人間の手に負えないような強力なモンスターは、高い知能を持っていることが多い。

 ならば、人とモンスターを合成することで、高い身体能力を持ちながら、なおかつ高い知能を持つキメラを作ればよいとヨハネスは考えた。

「その成果がこれじゃ! 見よ! やはりワシの研究は間違ってはいなかった! ここにむくろさらす冒険者たちが、ワシの研究が正しかった何よりの証拠じゃ!」

 未だ完成に至っていないのにもかかわらず、これだけの性能をほこる彼のキメラ。

 研究が完成したあかつきには、竜すらも容易く倒す、最強の戦力を生み出すことができるようになるじゃろう。

「そして、その時こそ! ワシの偉大な研究が世界に認められるのじゃ!」

 ――とはいえ、未だに改善しなければならない点は山積みである。

 特に、モンスターと人間を融合したことによる知能の低下は、絶対に解決しなければならない課題だ。

 これでも、最初期のキメラと比べると知能は格段に向上しているのだが、それでも目指すものにはまだまだ届いていない。

 現に、できるだけきれいに殺すように命令したのだが、冒険者の死体はそのほとんどが素材として使うには少々無理がある状態になってしまっている。

「素材として使えそうなものは――たったの3体といったところじゃなあ」

 単純な命令しかこなせないようでは、キメラに戦闘を任せるわけにはいかない。

 ヨハネスの目標は、最低でもキメラ兵のみで指示通りの働きができるようになることだ。

 現時点では、その目標を達成するのはまだまだ先であるとしか言えなかった。

「さて、素材を手に入れたはいいが、少々予定が狂ってしまったわい。さっさとキメラの材料となるモンスターを手に入れないと、せっかく手に入れた素材が劣化してしまうのう」

 劣化を防ぐ処理をしたところで、限界がある。

 ゆっくりダンジョン内を見て回ろうと思っていたヨハネスだが、予定を変える必要に迫られていた。

「仕方ないの。87番、地面を掘るのじゃ。このまま直接ダンジョンコアの下へ向かうとしよう」

 このダンジョンの通路は、土でできている。それならば、土を掘って進めばよい――

 ヨハネスの命令を受けて、87番がわにおおあごで地面を削り、下へ下へと地面を掘り進んでいく。

「このペースじゃと、それほど時間はかからなさそうじゃな。これなら素材が劣化する前にダンジョンの奥深くまで行けるじゃろう」

 先ほどの戦いで87番が消費したマナも、掘った土を利用して補給できる。

 ヨハネスたちが地中を掘り進んでいくうちに、ジャイアントアントがやってきたが、どれも素材としては微妙な中級以下のアントばかりだった。

「ふん、54番、焼きくせ」

 真っ直ぐな道に向けて吐き出された、54番の炎が追手のアントたちを焼き尽くす。

「さて――これだけ有名なダンジョンじゃ、何匹かは魅力的なモンスターがいることじゃろう。ワシの研究に役立ってくれるような素晴らしい素材があればいいんじゃが――」

 まだ見ぬ良質な素材を求め、狂った科学者はダンジョンを進み始めた。

 

◆ ◆ ◆

 

 モニターに映る老人と不気味なモンスターの集団は、冒険者を倒した後、なんと地面を掘り始めた。

 どうやらダンジョンの通路を通らずに、直接最下層まで降りるつもりのようだ。

「いや……それは反則だろう……」

「ええ!? あんなのズルいよ!」

「ですが、間違いなく効果的な手ですね……」

 確かに、ダンジョンを普通に攻略するよりはずっと早く、そしてやつかいな手だ。

 隠し通路も、迷路状になっている構造も、はいかいしているモンスターすらほとんど無視できるのだから――

「まさか、本当にこんな方法でダンジョンを攻略しようとする相手がいるとはな……」

 確かに効果的ではあるが、デメリットも大きい。

 穴の中では逃げ場がないうえに、脱出しようにも出口は掘った穴のはるか向こう。

 よほど腕に自信があるにしても、ダンジョンを掘って攻略するというのは、正気の沙汰ではない。

 長いこと頭を悩ませていた冒険者の集団が倒されたのはいいが、さらに面倒な相手が現れてしまった。

 しかも、ダンジョンの入り口付近で戦っていた冒険者の集団は、問題を解決するための時間の余裕もたっぷりあったが、こちらはそうではない。

 急いで対策を立てなければ、そのうちに最下層までやって来てしまうかもしれない。

「ダンさん、どうしますか?」

「そうだな……よし、まずはアーマイゼたちと相談してみるか」

 せっかく会話できるようになったのだから、彼女たちの意見も聞いてみるとしよう。

 ダンジョンの防衛や拡張にも深く関わっている彼女たちだ、もしかしたらいいアイディアをすでに考えている可能性だってある。

 さっそく、ここにいないサブマスター4人に念話を飛ばす。

 一番先に反応が返ってきたのは、怒り心頭といった様子のアーマイゼと、それをなだめるフォルミーカだった。

『ダン様! なんですか、あの無法者たちは! 私たちが作った巣をあんな方法で攻略しようなんて許せません!』

「そうだよ! みんなが作ったダンジョンであんなことするなんてズルいよ!」

 怒りに燃えるアーマイゼにフィーネが賛同するが、文句を言ったところで現状が変わるわけではない。

『まあまあ、落ち着いてよ、アーマイゼにフィーネちゃん。気持ちは分かるけど、まずはあいつらをどうやってやっつけるかを考えるのが先だよ。あんなのがいるんじゃ、安心してお昼寝もできないじゃないか』

『……そうですね。ダン様、先ほどは失礼しました。さっそく、あの侵入者を倒す手立てを考えるとしましょう』

 アーマイゼは、ダンジョンを無視して攻略されそうなのが、どうにも許せないようだ。

 ダンジョン制作の大まかな方針はこちらで決めてはいるが、それを具体的な形にするのは彼女たちの役目だ。

 それをこのような形で攻略されるというのは、今までの努力を踏みにじられたように感じるのだろうか。

 フォルミーカもアーマイゼをなだめてはいるが、いつにもまして侵入者を倒すことに前向きなようだ。

「それじゃあ、まずは相手の戦力について確認するか。シュバルツ、そっちはどうだ?」

『はい、主様。まず、敵は4体。人族の老人が1人と、奇妙な形状の正体不明の相手が3体です』

『正体不明の3体ですが、通常の生物ではありませんね。おそらく人とモンスターを魔法で合成したものでしょう。安定させるために、いくつもの魔法が掛かっているようですね』

 シュバルツの報告を、念話に参加したフロレーテが補足した。

 どうやら、あの不気味な生き物は、キメラとでも言うべき存在のようだ。

『フロレーテ様、ありがとうございます。老人の戦力は、現時点では一度も戦っていないので不明です。続いて、3体のキメラですが――』

 あの3体のキメラで注意するべき点は、大鎌による攻撃、炎による攻撃、そして、結晶を飛ばす攻撃である。

 大鎌は遠距離攻撃を主体として近づかなければ脅威ではない。

 炎に関してはファイアアントをけしかけるか、アースアントの土の壁で防げるだろう。

 問題は、あの結晶の弾丸だ。

 冒険者との戦いを見る限り、あの弾丸は魔法で作られた土の壁すらも簡単に貫通するほどの威力を持っている。

 あれをどうにかしなければ、いざ戦闘となっても、防御もままならないまま一方的にじゆうりんされるだけになるかもしれない。

 近づけば大鎌を持ったキメラが、遠距離ならば結晶の弾丸が飛んでくる。

 さらに、炎が壁のような役割を担うと考えると、非常に面倒な構成と言えるだろう。

『――以上が3体のおよその戦闘力ですね。現在は散発的に攻撃を続けていますが、あまり効果は出ていません』

「ありがとう、シュバルツ。次は、あいつらの目的だな……おそらくは、例のキメラの材料を狙っていると思うんだが……」

 モニターを通して観察していたが、侵入者たちは倒した冒険者の死体をいくつか回収していた。

 そしてフロレーテの言った、人間とモンスターを合成したキメラという話。

 人間の素材を手に入れたのならば、次に手に入れようとするのはモンスターの素材だろう。

『私のけんぞくたちを、あのようなおぞましい生き物にするつもりなのですか!? ますます許せません!』

『私も、あんな不気味な生き物にされちゃうのは、さすがにかんべんして欲しいかなー』

 確かに、あのキメラの材料にされるのは遠慮願いたいところである。

『主様、私もあのようなやからを許すことはできません。それに、このままではそう遠くないうちに、最下層まで攻め込まれてしまうでしょう。そうなれば、私たちを素材にキメラを作るというのも、現実になってしまうかもしれませんね』

「ええ!? アタシもキメラにされちゃうのかな……そんなのやだよ!」

『そうですね……7層以降は戦える者も少ないです。それまでに止めなければ、大変なことになるかもしれません……』

 そう、下層にいるモンスターのほとんどは、ワーカーアントやメディックアントなどの戦闘向きではないモンスターばかりである。

 戦闘向きのアントたちは、防衛用の階層に集中してしまっているからな……。

 最下層に戦力を集めようにも、ラーヴァアントや卵の育成に特化した構造なので、小部屋ばかりで戦いには向きそうにない。

 フロレーテの言う通り、最低でも防衛用の階層――つまり6階層までで、相手を何とかしないといけないということだ。

 ここでフィーネが、1つの案を出す。