間章 襲来!? 土竜もぐら王!

 

「ダン! シュバルツちゃんが戻ってきたよ!」

「どうやら、逃げられちゃったみたいですね」

 モニター越しに、ダンジョンへと戻ってくるシュバルツの姿を確認する。

 侵入者を逃がしてしまったようだが、撃退には成功したようなのでまあいいだろう。

 今回ダンジョンに侵入してきたあの冒険者は、今まで戦った人間の中でも、最上位に位置するのはまず間違いない。

 追い返すことには成功したが、高級そうなナイフを1本折っただけで、攻撃をかすらせることすらできなかったのだ。

 さらに、相手の位置が突然分からなくなるという現象にも悩まされることになった。

 ダンジョン内をモニターで見ていると、そこにいるはずの冒険者が突然かすみのように消えるのだ。何らかのアイテムか、魔法の効果によるものだと思われる。

 おおよその位置はコアを通じて特定できるのだが、アントたちにも冒険者の姿が見えないようなので、対策なしでは満足に戦うことすらできないだろう。

 今のところシュバルツ以外に、あの相手を見つけられるモンスターはいないだろうし、どうやったら対策できるのかすら思いつかない。

 幸い、長時間使うことはできないのか、姿を消したままというわけにはいかないようだ。

 今のところは、ダンジョンをできるだけ広くして、時間を稼ぐしかあれに対処する手段はないだろう。

 果たしてシュバルツはどうやってそこにいると判別したのだろうか? コツがあるなら教えて欲しいものだ。

 今回の冒険者のように、力押しではなくからめ手を使うタイプの敵もこれから増えるのだろう。ある程度の予測と対策を立てて、いざ現れたというときに慌てないようにしなければ。

 リボンを奪われ、重い足取りでダンジョンへと戻って来たシュバルツだが、妖精たちが新しいリボンをプレゼントしていた。

 なんとか機嫌は直ったみたいだが、あのリボンをそんなに気に入っていたとは……アントにも着飾りたいとか、そういった感情があるのだろうか?

 なにはともあれ、シュバルツの調子も戻り、ダンジョンの上層部の拡張も順調に進んでいる。

 炎竜王によって得たDPで8階層を追加した後は、防衛用の階層の領域をひたすら広げていくことにした。

 そして、1階層の通路を拡張していたときに、事件は起こったのだ――

 

◆ ◆ ◆

 

 1階層の地下1キロメートル地点を、ワーカーアントたちが拡張していたときだった。

 掘り進んでいた通路の先が崩れ落ち、こちらが作ったものではない空間が見つかった。

「どうなってるんだ?」

「おっきいトンネルだね!」

「どこまで続いているのでしょうか?」

 トンネルの直径は、20メートル近くあるだろうか、ジャイアントアントが掘っているものよりもはるかに大きい。

 表面はある程度きれいに削られ土が固められており、自然にできたものではないと思われる。

 さらに、どこかが崩れているという様子もない。

 おそらくは、現在も使用されているのだろう。

 外の人間たちが、ここまで深い場所に穴を掘っているということは考えにくい。

 近くに鉱山などがある様子もないし、周辺にそれらしい施設も見当たらなかった。

 ということは、ジャイアントアントのように地中で暮らすモンスターが掘った穴だと考えるのが自然だろう。

 問題は、どのようなモンスターがここに住んでいるのかなのだが――

 ダンジョンの領域内には、他のモンスターの反応はない。

 おそらく領域外までこのトンネルは続いていて、そのどこかにこの穴を掘ったモンスターがいるはずだ。

 今なら、まだ気付かれてもいないだろう。見なかったことにして、穴を塞いでしまおうか?

 いや、ダンジョンの近くに未確認のモンスターが住んでいるというのも、なんというか落ち着かない。

 ダンジョンに近づく野生モンスターは少ないが、まったくいないというわけでもない。

 このまま放っておいて、突然未知のモンスターが攻めてくるなどということがあると困る。

「穴を埋めてしまうにも、まずはどんなモンスターが生息しているのかを調べてからだな」

「おおー! それじゃあ、さっそく探検だね!」

 数体のアントフライを、ていさつ役としてトンネル内に放ち、ダンジョンと穴が繋がる場所にはアントたちを配置して防御を固めておく。

 直径20メートルもの大きなトンネルを掘るようなモンスターだ。油断はできない。

「ここから先はダンジョンの外だな」

「ちょっと暗いですね……何があるのかよく見えません」

 アントフライは穴の中を飛び回り、ついに数匹がダンジョンの領域の外へと到着した。

 ダンジョンの外に出てしまった影響か、少しずつ周囲が暗くなり始めている。

 暗闇に適応したアントフライの視界ですらこれなのだ。中は相当暗いのだろう。

 さらに調査を進めていくと、突然、アントフライのうちの1体が、何者かに倒されてしまった。

 最後に見えたのは、地面から伸びてアントフライを貫いた土のやり

 アースアントでは、あのような槍を作ることはできない。おそらくは、やや高位の土の魔法だろう。

 これは、本当に危険なモンスターが生息している可能性もあり得るな。

 残念ながら、魔法を放ったであろうモンスターを確認することはできなかった。

「仕方ない。シュバルツたちを送り込むとしよう」

 アントフライがやられてしまったので、シュバルツたちを含むアントの群れをダンジョンから通路の中へと進ませる。

 さらに、追加で大量のアントフライを先ほど戦闘があった場所へと送り込む。

 アントフライたちが目標地点に到達したのだが、そこにはアントフライの死骸はない。

 それらしいモンスターも見当たらなかった。すでに移動してしまったのだろうか?

 ぞろぞろと列をなして進むアントたちは、アントフライがいた場所を越え、さらに先にある広場のような場所にたどり着いた。

 広間は半円のドーム状になっており、天井部分は暗闇に包まれていてほとんど見えない。

 広場の先にも通路は続いているようだが、これ以上先は完全な暗闇だ。

 アントたちは何かしらの感覚器官で周囲を確認できているようだが、こちらは視覚や聴覚を通じてしか周りを確認できない。

 それ以外の方法でアントたちが感じたものはこちらからは分からないのだ。

 これ以上先に進んでも、こちらからでは、音しか分からないだろう。

「うーん……ダン、これからどうするの?」

「これ以上先に行くのは、やめた方がいいかもしれないな」

「でも、結局この穴の持ち主は分からないままですよ?」

「さて、どうしたものか……」

 帰還させるか、探索を続けさせるかで悩んでいたときであった。

 まるで地震が起きているように、モニターの向こうの地面が揺れ、天井からパラパラと土が落ち始めた。

 もしや崩落するではと思い、アントたちに急いで退却するように伝える。

 先頭のアントたちが、広間から脱出しようという瞬間。

 広間の中心付近の地面に穴が開き、そこから巨大なモンスターがい出してきた。

 地面から背中までの高さは5メートル以上。

 体長はさらに長い。クイーンアントを超えるかもしれないほどの巨体である。

 黒みがかった茶色の巨体は、その体格の良さをこれでもかと見せつける。

 その巨体から生えている前足は、きようじんな爪が生え揃い、不気味なまがまがしさを感じさせる独特な形状をしていた。

 さらに目を引くのは、その特徴的な形の頭部。

 先細った形の頭部には細長く大きな鼻が付いており、それとは裏腹に、小さくつぶらな黒い目が付いている。

 地中で生活するために、目は小さく退化したのだろう。

 最後にお尻からぴょこんと伸びる、かわいらしいと形容できそうな短い尻尾。

 そう、それは、巨大な――あまりにも巨大なモグラであった。

「なんだ、ありゃ!?

「ジャイアントモールでしょうか? あそこまで大きくはありませんでしたが、以前森で見たことがあります」

「なんかかわいいね!」

「……そうか?」

 フィーネはあのモンスターの見た目が気に入ったようだ。

 確かに、全体的に見るとかわいらしいと言えるのかもしれない。

 だが、クイーンアントを超える巨体のモンスターを、かわいいと言っていいのかは微妙なところである。

 巨大なモグラは、辺りを確認するように鼻をひくひくと動かしていたが、やがてシュバルツたちに気が付いたのか、彼女たちへと襲い掛かる。

 その巨体からは想像できないほどのスピードで体当たりを行い、避け損ねたアントたちが弾き飛ばされてしまった。

 壁に叩きつけられたアントは、一部動けなくなってしまった者もいるが、大多数はすぐに立ち上がり、巨大モグラへと立ち向かっていく。

 動けなくなった者も、ダメージはそこまでひどくなかったようで、メディックアントの治療を受けてすぐに戦線に復帰していた。

「ジジッ」

 こうかくを持つアントたちには、体当たりはほとんど効果がないと判断したのか、巨大モグラはひと鳴きすると周囲の地面から土のやりを生やし始めた。

 高い防御力をほこるアントたちだが、体の下からの攻撃には弱い。

 次々と地面から飛び出てくる槍に吹き飛ばされたり、貫かれたりと、かなりの痛手になっている。

 すでに援軍を向かわせてはいるが、こちらがじやつかん不利だろう。

 何せ相手はあらゆる方向から土の槍を出せるのだ。

 土に囲まれたその空間は、巨大モグラにとって絶好の狩場だった。

 アントたちも、地面から飛び出てくるやりを回避しつつ、巨大モグラに襲い掛かっているのだが、厚い毛皮におおわれているせいなのか噛みつきも酸による攻撃も効果が薄い。

 少しずつダメージを与えることはできているようだが、巨大モグラが噛みつかれたままじっとしているはずもない。

 地面を転がってアントたちを引きはがしたり、時には自分の下から土魔法で壁を出し、その勢いを利用して飛び上がり、アントたちをその巨体で押しつぶしたりと、巨体に見合わぬ動きで暴れまわる。

 だが、縦横無尽に暴れまわる巨大モグラが有利だったのは、そこまでだった。

 援軍として送ったアントの大軍が到着し、広場の中へとなだれ込む。

 慌てた様子のモグラが土の魔法で通路を塞いだが、もう遅い。

 すでに援軍の大多数は広場内に入り込み、広場には数百匹のアントたちがうごめいている。

 土の壁で塞いだ通路も、後続のアントたちが壁を掘って撤去しようとしている。

 そのうちに壁は取り払われ、さらに広場内のアントが増えるだろう。

 もはや勝敗は決した。これで俺たちの勝ちだ。

 巨大モグラは、今まで以上に必死で暴れまわるのだが、たとえどこに転がろうが跳ねようが、動いた先にはアントが待ち構えている。

 さらに遠距離からは大量の酸の雨が降り注ぎ、容赦なくダメージを与えていく。

 やがて魔力がきたのか、土のやりも使わなくなり、接近しやすくなったことでアントたちの攻撃の勢いはさらに増した。

 ひたすら続くアントたちの猛攻に、とうとう動けなくなった巨大モグラが地響きを上げて倒れ伏し、悲しげな声を響かせた時であった。

「チーチー!」

「ジジッ!?

 通路の奥から、複数の小さな影がよちよちと近づいてくる。

 それは、巨大モグラよりもはるかに小さなモグラであった。

 大きさは巨大モグラの1割にも満たないだろう。十分に巨大なモンスターではあるが、アントたちの敵ではなさそうだ。

 小さなモグラたちは、巨大モグラの下へとたどり着くと、巨大モグラの傷を舐め、心配そうにまとわりついている。

 おそらくだが、巨大モグラの子供なのではないだろうか。

 巨大モグラはそれを見て、力を振りしぼるように起き上がる。

 小さなモグラたちを守るように前に出た巨大モグラは、アントたちに何か伝えるかのように鳴き始める。

 先ほどまで暴れていた面影はなく、何か懇願するかのような声音になっている。

 シュバルツたちもいったん攻撃をやめて、囲むように様子を見ているようだ。

「なあ、フィーネ。あのモグラ、何かを伝えたそうなんだが、何を言っているのか分かるか?」

「任せて! 『あなたたちが何を求めてここへ来たのかは知りません。もし私の命が欲しいというのなら差し上げましょう。ですが、どうか子供たちだけは見逃してください』だって!」

「小さいモグラたちは、お父さんをイジメないでと言っているみたいですね」

「なるほど。そういうことだったのか」

 最初にアントフライが倒されたことで、勝手に危険なモンスターであると判断していたが、どうやら子供たちを守るために襲い掛かってきたらしい。

 よく考えれば、いきなり別のモンスターが住処に入ってきたとなれば、自分たちの住処を守るために襲い掛かるのも当たり前である。

 こちらだって、侵入者相手にはそうするのだ。いちいち敵か味方か確認してから攻撃するということもない。

 お互いの考えていたことが分かると、このまま殺してしまうのもどうかと思ってしまう。

 あちらから攻めてきたなら話は別だが、今回はこちらが相手の住処へと侵入したのだ。

 あちらはそれを追い払おうとしただけで、こちらへ攻めてくる気もなさそうだ。

 相手からしたら、平和に暮らしていたのにいきなりこちらが攻めてきた――といった感じなのだろう。

 ダンジョンを防衛する立場としては、あの巨大モグラたちの気持ちはよく分かる。

「ダン……」

「ダンさん……」

 フィーネとリリーネも何か言いたそうにしている。

 おそらく、あのモグラたちを見逃してあげて欲しいのだ。

 いつの間にか近くで戦いを観戦していた妖精たちも、不安げな顔でモニターを見つめている。

 今回の非は間違いなくこちらにある。

 相手がどうするのかなど、まったく考えていなかったのだ。

 ちょっとした後味の悪さを感じつつ、メディックアントに、巨大モグラを治療するように命令する。

 近づいてくるメディックアントをじっと見つめていたモグラたちだが、治療を開始すると警戒を解いて、されるがままになった。

 巨大モグラの傷が治ったことを確認した後、フィーネたちを連れて、モグラたちの下へと向かう。

 光源がないのが心配だったのでショップで探そうとしたのだが、妖精たちが明かりを出せるので必要ないとのことだ。

 広場にたどり着くと、ぞろぞろと妖精を連れてやってきた人間に驚いたようだが、こちらに敵意がないことが伝わったのか、それとも暴れたところで勝ち目がないと判断したのか、彼らが襲い掛かってくることはなかった。

 そのままフィーネたちを通訳にして、巨大モグラとの話が進んでいく。

 まずは、住処に侵入したことと、襲いかかったことを謝り、ダンジョンとモグラたちで今後どうするのかを話し合う。

 こちらのダンジョンを、モグラの住むトンネルまで広げるのは別にかまわないらしい。

 むしろ、ダンジョンの近くにいると外敵が来ることも少ないので、小さな子供を守るには好都合だそうだ。

 もともと、モグラたちは東に見える山の付近に住んでいたらしいが、強力なモンスターが現れたせいで危険を感じてこの近くまで引っ越してきたらしい。

 それがどんなモンスターなのかは、よく分からないそうだ。

 東に見える山と言えば、あの炎竜王が住んでいたはずの場所だ。

 もしかすると、炎竜王の里への襲撃もそのモンスターが関連しているのかもしれない。確証は何もないので、頭にとどめておくことしかできないだろうが――

 最近移動してきたとのことで、しよくりようはどうするのか心配だったが、あの巨体でありながら意外と小食らしい。

 食事は、地中に生息しているモンスターがトンネル内に落ちてきたものや、魔石などを掘り出して食べているとのことだ。

 

◆ ◆ ◆

 

「それじゃあ、今後はよろしく頼む」

「ジー」

 巨大モグラとの交渉は無事に終了した。

 こちらはダンジョンの領域が被るのを許してもらい、時にはダンジョンの拡張を手伝ってもらう。

 あちらは何かあれば、ダンジョンに保護してもらうという共生関係だ。

 彼らの巣はかなり広範囲に張り巡らされていたようで、彼ら以外にも何匹かのモグラが住んでいるそうだ。

 モグラたちが掘ったトンネルも、ダンジョンの通路として活用させてもらっている。

 アントたちもアーマイゼたちに統制されているので、以前モンスターを増やそうとした時のように、勝手にモグラたちに襲い掛かるということはないだろう。

 アントワームを見る目が、完全に餌を見る眼だったが、まあ大丈夫なはずだ。

 勘違いから襲ってしまったことに対するお詫びとして、アントマゴットをプレゼントしたのだが、どうやら子供たちはその味がかなり気に入ったようだ。

 たまに子供たちにねだられるのか、巨大モグラがアントマゴットを分けてもらいにダンジョンまでやってくる。

 対価のつもりなのか、キラキラした石なんかを置いていくのだが、中には宝石やミスリルなどの鉱石なんかも混じっていることがあるので驚きである。

 彼らには特に価値のないものだそうだが、放置するだけで簡単に増やせるアントマゴットの対価としては、少々もらいすぎな気もする。

 まあ、こちらも今のところは、宝石類も妖精のおもちゃ以外に使い道もないのだが。

 ちなみに、巨大モグラがダンジョン内に入った時に鑑定してみたのだが、なんとネームドモンスターであった。

 やけに強かったのも納得である。

 モグラのわりに、名前がヴルフレッドなどというかっこよさげな名前だった。

 こうしてこのダンジョンに、モンスターのお隣さんができた。

 ありとモグラというのも、奇妙な組み合わせなのだが、お互いの仲は悪くはないようだ。

 たまに、妖精たちがモグラの下に連れて行って欲しいとねだり、モグラの巣へと転移させたりすることもある。

 アントたちにしたように、また変ないたずらをしなければいいのだが――少し心配である。