しばらくそうしていたのだが、みんなに自慢してくるのだと、里の方へ飛んでいった。

「さて、今のうちにこっちも家具を選ぶか」

 まずは、わらのベッドを交換するとしよう。

 リストから1000ポイントくらいのベッドを購入し、藁のベッドの代わりに設置する。

 ちなみに、一番高いものはフェザードラゴンの幼体の羽毛を使っているとか何とかで、なんとお値段50万DPだった。

 さすがにこんなものを揃えていたら、いくらDPがあっても足りないだろう。

 さらに、椅子やテーブルなどを追加していく。

「食器は――まあ、いらないか」

 食器や調理用具などもあったのだが、まあいらないだろう。

 食事をする必要はないし、何か食べるにしても、フィーネたちと一緒にお菓子を食べるくらいである。

 簡単なものくらいならば自作してもいいかもしれないが、本格的にお菓子などを作るつもりは今のところない。

 さらに、床や壁紙といったものも見つけた。

 フローリングや畳、大理石の床などがズラリと並んでいる。

 残念ながら、ダンジョンコアが置いてある部屋では、模様替えはできないようだ。

 まあ、畳の上にダンジョンコアがあっても、不自然極まりないうえに落ち着かないのだが。

 もしも侵入者がやってきても、困惑してしまいそうだ。

 なぜか、魔力で動くゲーム機やテレビなんてものもあったが、こんなものを交換できてもいいのだろうか? この世界ではオーバーテクノロジーどころの騒ぎではないだろう。

 いや、魔法がある世界なのだから、どこかに動く絵画などもありそうではあるか――

「まあ、こんなものだろう」

 ダンジョンコアのある部屋には、テーブルと椅子を1つずつ設置した。

 小部屋の方には、新しいベッドに大きめのテーブルと椅子を置き、壁や床を張り替えておいた。

 基本的に小部屋は寝るとき以外は使わないのだが、まあ、気分の問題である。

 ついでに風呂にも、おもちゃのアヒルを浮かべておいた。きっとフィーネたちが喜ぶだろう。

 一段落して、案外欲しいものはないもんだなと考えていたときだった。

 突然、大量の妖精がコアルームになだれ込んできたのである。

 コアルームが、わいわいきゃいきゃいと妖精たちの声で大騒ぎになってしまった。

 いったい何が起きているのかと考えていると、どこからかフィーネとリリーネの声が聞こえてきた。

「ダ、ダン……アタシのベッドを自慢したらみんなが羨ましいって……」

「なんとか止めようとしたんですが、無理でした……」

 どうやらフィーネたちが、新しいベッドを仲間たちに自慢したのが原因だったらしい。

 羨ましく感じた彼女たちが、自分たちも何か買ってもらおうとコアルームに押し寄せてきたようだ。

「……仕方ない。1人1個までだぞ」

「「「「わーい!」」」」

 まあ、意外と欲しい家具がなく、DPもそこまで消費していないのだ。

 DPにも余裕があるので、ちょっとくらいなら妖精たちにも家具を用意してやってもいいかもしれない。

 彼女たちの様子を見て、そんなことを思ったのが間違いだった――

「これ、これが欲しいでありますー」

「私はこれ!」

「じゃ、じゃあ私はこれで……」

「それもかわいいね!」

「これはなーに?」

「わたしはこれがほしー」

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 1人ずつ順番に――」

 おそらく、森の中にいた妖精のほとんどが来ているのだろう。

 100近い妖精たちが、押し合いへし合いしながらウィンドウを覗き込み、これが欲しいあれが欲しいと言うのである。

 さすがに、これでは対応しきれない。

 いくら小さな妖精とはいえ、それだけの数が集まるともみくちゃにされてしまい、身動きもほとんど取れなかった。

「みんな! そんなに一気に集まってもダメだよ!」

「1人ずつ、順番に並びましょう!」

「「「「はーい!」」」」

「た、助かった……」

 フィーネとリリーネの声で、ようやく妖精たちが離れていった。

 なんとか順番を決めて、1人ずつ欲しいものを選ばせていく。

 そしてその結果――

「見事におもちゃばかりだな……」

 妖精たちのサイズに合わせるために、おもちゃのページを開いていたのがいけなかった。

 ぬいぐるみやトランプ、積み木にクレヨンなど妖精が選んだのはおもちゃばかりだったのだ。

 まあ、妖精もダンジョンマスターと同じで、家具なんてほとんど必要ないようだから、これもいいだろう。

 どの妖精も、買ってもらったおもちゃを大事そうに抱えて、嬉しそうに笑っている。

 それにしても――

「フロレーテ……」

「な、なんでしょうか。私がぬいぐるみを持っていてもいいではないですか!」

「まあいいんだけど……なんというか最初の印象と違うというか……」

 フロレーテも他の妖精に混じって、デフォルメされたクマのぬいぐるみを手に入れていた。

 一番サイズの小さいものだったのだが、それでも妖精が持つとかなり大きく見える。

 先ほど、彼女がにこにこしながらぬいぐるみを抱きしめていたのも目撃してしまった。すでに名前も付けているようだ。

 女王の威厳などじんも感じさせない姿だったのだが、まあいいだろう。

 フィーネが羨ましそうに仲間たちを見ていたので、フィーネとリリーネにもぬいぐるみを渡しておいた。

 ベッドと合わせると彼女たちだけ2個なのだが、まあ一番長い付き合いだし、これくらいの贔屓ひいきはいいだろう。

 彼女たちは、ぬいぐるみを新しく買ったベッドの上に置いた後、妖精たちにクッキーを配っているようだ。

「これ、なあに?」

「こんなお菓子、見たことないよ!」

「おいしー!」

「すごーい!」

「ふふーん!」

 妖精たちも、見たことがないクッキーに大満足のようだ。

 あちこちで地面に座り込み、笑顔を浮かべながらもぐもぐとクッキーをかじっている。

 仲間たちに賞賛されて、ドヤ顔になっているフィーネも見えた。

 そのうちに、フロレーテの下へもクッキーが運ばれてきた。

 フロレーテは両手で抱えたそれを眺めて首をかしげる。

「ダン様、これは何という食べ物なのでしょう? 里では見たことがありませんね」

「それはクッキーだな」

「クッキーというのですか……何とも不思議な見た目の食べ物ですね」

 珍しいものを見るように、しげしげとクッキーを眺めていたフロレーテだが、クッキーを小さくかじると驚いたような声をあげる。

「ふわぁ!? ダン様! このクッキーというのはとてもおいしいですよ! すごいです!」

 ポリポリとクッキーをかじりながら、笑顔を浮かべるフロレーテ。

 まるでいつぞやのフィーネと同じようなリアクションである。

 ぬいぐるみを抱きしめる姿や、今の反応で、最初のイメージが崩れ去ってしまった。

 フロレーテも女王とはいえ、やはり妖精だったということなのだろう。

 しばらく夢中でクッキーをかじっていたフロレーテだが、こちらの視線に気が付くと慌てて姿勢を正す。

 再び女王の威厳を身にまとった彼女が、こちらに向き直るとお礼を言った。

「こ、コホン。ダン様、このようなものまで振るまっていただき、ありがとうございます」

「あ、ああ、どういたしまして……」

 どうやら、さっきの姿はなかったことにしたいようだ。

 今さら取りつくろっても遅いと思うのだが、彼女の要望通り、見なかったことにしておくとしよう。

「ダン! ダン! このクッキーってお菓子、すごい! 大革命!」

 次にやってきたのは、どこか興奮した様子のハルだった。

 普段の眠たげな雰囲気はどこへ行ったのか、早口でそうまくしたてると、クッキーを両手で掲げてくるくるとその場で回り始めた。

「3000年は生きてるけど、こんなお菓子初めて見た!」

 ハルが何気なくらした、3000年という単語に、思わずむせてしまいそうになる。

 どうやら、彼女は予想以上に長生きだったようだ。

 よほどクッキーに興奮しているのだろう。

 これならば、彼女の秘密を聞きだせるかもしれない。

「実は、クッキーの他にもこんなものがあるんだが……」

 ハルの前に、カラフルな飴玉とチョコレートを並べる。

 似たようなお菓子はこの世界にも存在するだろうが、クッキーと同じように、この世界のものとは比べ物にならないほど洗練されているはずだ。

「そ、そんな……こんなことがあるなんて……」

 ハルは落雷を受けたような顔でお菓子に手を伸ばすが、そうはさせない。

 彼女の手がお菓子に届く瞬間に、それらを取り上げてしまう。

「あっ、ああぁ……」

 まるで、この世の終わりのような表情で落胆する彼女の様子に、ちくりと心が痛むが、秘密を聞きだすために心を鬼にする。

「ハルが隠している秘密を教えてくれたら、このお菓子をプレゼントしてもいいぞ」

「うぐっ……な、ないしょ……」

 明らかに迷っている彼女に、さらにマシュマロとプリンを取り出して見せつける。

「む、むむむむ……」

 誘惑に負けまいと奮闘している彼女だが、その視線は並んだお菓子に釘付けだった。

「ほーら、早くしないとハルの代わりに全部食べちゃうぞ?」

 もうひと押しだと、飴玉の1つを摘んで口の中へと放り込む。

 飴玉の行方を追った彼女の視線が、力なく地面へと注がれる。

「さあ、どうする?」

「………………な、ない、しょ」

 長い長い沈黙の末、しぼり出すように告げた彼女は、誘惑を断ち切るようにぎゅっと目をつむってしまった。

 どうやら、勝負は俺の負けのようだ。

 彼女が隠している秘密がどれだけ重要なものかは不明だが、それを聞きだすのは、残念ながら無理なようである。

「はあ……仕方ない、か……」

 ため息をつき、並んだお菓子をプルプルと震えているハルの目の前に置いてやる。

「いじわるして悪かったな。ほら、食べてもいいぞ」

「……いい、の?」

「ああ、俺の負けだよ」

 おずおずとこちらを見上げる彼女に頷き返すと、ハルは警戒しながらも目の前のお菓子へと手を伸ばす。

 始めはわなを警戒していた彼女だが、しばらくすると、いつも通りの笑顔を浮かべてお菓子を食べ始めた。

「……まんぞく」

「そうか、それは何よりだ」

 その体のどこに入ったのかという量のお菓子を食べ終えたハルは、満足気にお腹をさする。

 そして、難しい顔で何かを悩み始めた。

「ハル? どうしたんだ?」

「うーん……うん、うん」

 やがて、答えが出たのか何度か頷くと、ハルはこちらを真っ直ぐに見上げる。

「ちょっとだけ、秘密、教えてあげる」

「いいのか? ダメなら無理をしなくてもいいんだぞ?」

「ダンなら、たぶん大丈夫」

 いつもの間延びした声ではなく、どこか真剣な雰囲気だ。

 そして、ハルはぽつりぽつりと語り始めた。

「私と、ユグと、ソナで里をつくった時に約束した」

 なんとなくそうではないかと思っていたが、やはり、彼女は里ができた当初からいたようだ。

 ユグという名前は、大樹の種を植える時に、彼女がらしていたのを聞いた覚えがある。

 ソナは、おそらくフロレーテが言っていた、ソナナという名前のエルフのことだろう。

 その3人で、妖精の里を作ったらしい。

「妖精とユグの力は危険。だから、秘密」

「危険?」

「使い方を間違えたら、世界が滅ぶ」

 妖精の力の使い方によっては、世界が滅ぶというハル。

 まさかとは思ったが、彼女の表情は冗談を言っている様子などじんもなく、真剣そのものだった。

 フィーネたちが世界を滅ぼせるとは思えないが、フェアリーベリルの存在を考えると、あながち間違っているとも言えない。

「それは例えば、フェアリーベリルみたいに?」

「ちょっとだけ、正解。あれは、ユグの力の一部。あれは、まだ安全」

「あれで安全なのか……」

 あれは妖精の力ではないらしい。

 そして、フェアリーベリルですら、彼女たちの秘密に比べれば安全な部類だそうだ。

 だんだんと、話の続きを聞くのが恐ろしくなってきたが、ここまで知ってしまった以上、聞かないわけにもいかない。

「ソナは、私たちの力は、世界をじ曲げる力だって言ってた」

「世界を捻じ曲げる力……」

 それを聞いて、フィーネたちにかけてもらった、妖精の祝福の効果を思い出す。

 かけた相手の運気を上昇させる力――それは言い換えれば、運命を捻じ曲げる力ではないだろうか?

 ほんの少しの幸運では、そこまで大きく未来は変わらないだろう。

 だが、それが10年、20年と積み重なれば、先に待っている結果は大きく変わっていくはずだ。

 もしもそれが、妖精の力の本質の、ほんの一部であったとしたら――

 ぞわりと、得体のしれない寒気が背中を走った。

「教えられるのは、ここまで。これ以上はダメ。ユグはたぶん許してくれるけど、ソナは絶対に怒る。だから、ダンも内緒にしてね」

「ああ、分かった。内緒だな」

「うん、絶対に内緒にしてね。ソナが怒ったら――」

 そこでハルが言葉を区切り、俺をじっと見上げる。

「怒ったら?」

「ダンが、殺される。絶対に勝てない」

「……そうか」

「はなしはおしまい」

 話は終わったようだ。ハルはチョコレートを抱え、どこかへ飛んでいった。

 その場に残された俺は、ぼんやりと天井を見上げる。

 秘密をらせば殺される。絶対に勝てない。

 ハルが言う、ソナとはいったいどんな人物なのだろうか?

 伝承ではエルフだと伝えられているようだが、どうにも違う気がする。

 あの炎竜王よりも強いのか、それとも相性的な何かなのかは分からないが、ハルには勝てないという確証があるようだ。

 もっとも、秘密を誰かに話すつもりもなければ、ソナという人物と敵対するつもりもない。

 ソナという人物の話をするハルは、どこか懐かし気な笑顔を浮かべていた。

 きっと、彼女にとって大事な友人なのだろう。

 それならば、今まで通りに過ごすだけだ。

「ダン! ぼーっとして何を考えてるの?」

「フィーネか、いや、何でもないよ」

「うーん……まあいいや! ダン! 一緒に遊ぼう!」

 心配そうにこちらを覗き込むフィーネだったが、明るい声で一緒に遊ぼうというと、俺の手を取り立ち上がらせる。

 どうやら、聞かないでいてくれるようだ。

「ダン! こっちだよ!」

「ああ、今行くよ――」

 辺りにいた妖精たちは、新しく手に入れたおもちゃで一緒に遊んだり、クッキーをかじったりしている。ハルと俺の話を聞いた者は誰もいないようだ。

 とんでもない秘密の片鱗を知ってしまったが、そのしようさいは分からないままだし、悩んでも仕方がないだろう。

 妖精たちの楽しげな声で賑やかなコアルームで、彼女たちにおもちゃの遊び方を教えたりしながら、1日を過ごした。

 後日、あちこちににクレヨンなどで落書きをされていたり、アントたちにリボンが巻き付けられていたりなどのいたずらが多発して、1人で頭を抱えることになるのだが、それはまた別の話である――

 ちなみに、妖精たちによってリボンを付けられたアントたちは、まんざらでもなさそうな様子であった。

 

◆ ◆ ◆

 

 ぽっかりと口を開けるダンジョンの入り口の前に、黒いフードを被った少女が1人。

 彼女の名前はサーラ。ダンジョンの調査に派遣された冒険者のうちの1人である。

 調査のためにやって来たサーラだったが、彼女の周りに人影らしきものはない。

 彼女は、たった1人でこのダンジョンに入ろうとしていた。

 そのダンジョンの名前は、『黒軍の大穴』。

 最近噂となっている、炎竜王ルドニールを倒したとされるダンジョンである。

「はぁ……何で、こんな場所に入らなきゃいけないんでしょう……」

 すでに200人以上の命を飲み込んでいる恐るべきダンジョンの前で、彼女はため息をついていた。

 もう何度目かも分からないため息をつき、サーラはダンジョンの入り口へと目をやる。

 ――炎竜王が倒された後、街はどこも大騒ぎだった。

 その騒ぎはギルドも例外ではない。

 すぐさま本部へと連絡が行き、ダンジョンの調査は中止されるものだと、そうサーラは思っていたのだ。

 しかし、ギルド本部の幹部たちが下した決断は、彼女の予想したものとは真逆だった。

 ――調査は中止せず。モンスターが減った今のうちに、調査を完了させろ。

 その命を受けて調査隊が出した結論は、彼女にとって信じがたいものであった。

「私1人で調査をしろ? こんな恐ろしい場所に、か弱い女の子を1人で行かせるなんて皆さん何を考えているのでしょうか! ――まあ、できなくはないでしょうけど」

 ブツブツとつぶやきながら、地面の草をぶちぶちと抜くサーラだったが、そんなことをしてもギルドの命令が変わるはずもない。

 またもやため息をついた彼女は、立ち上がり、ダンジョンへと歩を進める。

「でも、やっぱり納得はできません! 戻ったら、皆さんのおごりでケーキでも食べにいくとしましょう! さあ! さっさと終わらせて帰りますよ!」

 サーラは気合を入れると、入り口を抜けてダンジョンの中へと進む。

「通路は意外と広いですね。横幅は10メートル。高さは5メートルほどでしょうか?」

 き出しの土でおおわれた通路を、おおよその大きさを測りながら進む少女。

 壁に手を当てるが、しっかりと固められていて簡単に崩れる様子はない。

 ダンジョンの中と外で特に環境が大きく変わることもないようだと、サーラは頭の中にメモをする。

 最初から迷路のような構造の迷宮は珍しいが、ジャイアントアントがメインのモンスターであるため、彼らが通路を掘ったのだろう。

 このあたりは、事前に読んだ報告書に書いてある通りだった。

「おや? ここの壁は違和感がありますね? 隠す努力の跡は見えますが、ちょっと甘いです」

 サーラは壁の一部分に眼をやり、そこを重点的に調べ始める。

 巧妙に偽装されてはいるものの、わずかに周りと土の質感が違っているそこを叩き、うんうんと頷いた。

「やはり、どうやら奥に空洞があるようですね。ちょっとだけ中を覗いてみることにしましょう!」

 サーラは懐からスコップを取り出すと、素早く、しかし音を立てないように、慎重に壁を崩していく。

 彼女の予想通り、壁の奥には通路があったようで、少し掘り進めると別の空間が現れた。

 壁の周辺に何もいないことを確認すると、サーラはさらに壁を崩してするりと中へ入り込む。

「――ビンゴ! あれはジャイアントアントですね」

 壁に張り付きながら、曲がり角の奥を覗き込むと、その先にはジャイアントアントの集団が待ち構えていた。

「上級のアントも混じっていますね。相手の数が多いので戦いは避けたいです」

 どうやらあの壁でカモフラージュして、はさみ撃ちをするつもりだったようだと分かり、サーラは相手の知能の高さに驚いた。

「やっぱりおかしいですね……。ジャイアントアントに、そこまでの知能があるはずはありません。モンスターを操る何者かがいるという予想が、現実味を帯びてきましたか……まあ、天下無敵のSランク冒険者である私には、ぜんぜん通用しませんでしたけどね!」

 ガルツから聞かされていた予測は正しそうだとサーラが考えていると、彼女の下へとジャイアントアントの群れが近づいてくる。

「うーん……もしかして、私の位置が分かっているのでしょうか? へまをしたつもりはなかったんですけど――」

 姿を見られたり、物音で察知されるようでは、彼女のような役割は務まらない。

 完全に気配を断っている自信はあったのだが、何かの拍子にバレてしまったようである。

「まあ、なんにせよ、このままでは見つかってしまいますね」

 彼女の来た道は一本道で、辺りには身を隠せそうな場所もない。

 しかし、彼女に慌てた様子はなかった。

 彼女は手慣れた様子でフードに魔力を流し、通路の脇に身を寄せるとじっと息をひそめた。

 ジャイアントアントたちは、そのこうかくの擦れる音が聴き取れるほど近くを通り過ぎるが、彼女の存在に気が付いた様子はない。

 ジャイアントアントたちは混乱したように、彼女が隠れている場所の周りをうろつく。

 だが、ほんの少しでも手を伸ばせば触れてしまうほどの距離でも、彼女に気が付くことはなかった。

 ジャイアントアントたちは、そのまま何かを探しながら通路の奥へと消えていった。

 その後ろ姿を見送ったサーラは、ほっとあんの息をつく。

「どうやら気が付かれずに回避できたようですね。これならモンスターと戦う必要はなさそうです」

 暗殺者などが好んで使う、認識がいの魔法技術。

 普通ならば、暗闇やしやへい物があって初めて成功するその技を、何もない場所でこともなげに成功させた少女は、これなら簡単に仕事が終わりそうだとつぶやいた。

「この能力があったせいで、たった1人で調査するはめになったんですけど――まあ、いいです」

 その後も戦闘を避けつつ、ダンジョンの調査を続けていくサーラ。

 途中、何度か侵入者を探すジャイアントアントの集団ととすれ違ったが、彼女は一度としてその存在を察知されることはなかった。

 彼女をあぶり出そうと、でたらめに攻撃を繰り出す群れもあったが、すべての攻撃をかすらせることもなく回避し、無傷で先へと進んでいく。

「おっと、ちょうどよさそうな群れを発見です」

 ダンジョンを進むサーラは、少数で行動していた群れを見つけると、すれ違いざまに数度、手に持った短剣を振った。

 普通に通り過ぎたかに見えたジャイアントアントたちは、同時にぴたりと動きを止めるとその場に崩れ落ちた。

「ひい、ふう、みい。報告用の魔核はこれで十分でしょう」

 動かなくなったジャイアントアントたちから魔核を取り出し、腰に下げた袋にしまったサーラは、調査を再開する。

「ふーむ。それにしても、Aランクパーティーの方々まで壊滅しているとのことでしたが、見たところ、特に強そうなモンスターは見当たりませんねぇ」

 今までに現れたモンスターは上級混じりとはいえ、ジャイアントアントのみ。

 確かに群れればやつかいではあるが、Aランクにもなった冒険者の集団ならば、逃げることくらいはできるはずだった。

 いくらこのダンジョンが不自然であるといえど、この程度で帰って来られないということはまずあり得ない。

 首をひねるサーラだったが、何かを感じたのか、ハッとした顔で通路の奥へと目を向けた。

「いえ、どうやら何かいるようですね。通路の奥から、かなり強い気配が漂ってきます」

 フードに魔力を通すと、彼女は気配を殺しながら慎重に通路の先へと進む。

 サーラは壁にぴたりと張り付き、そっと通路の先を覗き込む。

 通路の先にいたのは、ジェネラルアントと取り巻きらしき上級アントの群れだった。

 だが、今までの群れとはまとう雰囲気がまったく違う。

 特に、群れを率いていると思われるジェネラルアントは別格だった。

 壁に身を寄せ、通路から覗き込むように観察を続ける。

「取り巻きがBランク、ジェネラルアントはAランクといったところですかね? さすがに、アレとは戦いたくないです」

 おそらくはすべてネームドモンスター。

 ジェネラルアントに至っては、たぶんボスモンスターであろう。

 生まれてから半年も経たないダンジョンでは、間違いなくありえない光景。

「あれは、なんでしょうか?」

 サーラは、ジャイアントアントたちの腕や首に結びつけてあるカラフルな布に注目した。

 赤に黄色にピンクと色とりどりの布は、絹のような光沢を放ち、遠くから見てもかなりの高級品であることが見て取れる。

「おしゃれ――のはずはありませんね。何か意味があるのでしょう」

 ダンジョンに住む妖精たちのイタズラによるものとは知るはずもなく、真剣に布の役割について考え始める少女。

 ふと、視線を感じた気がしたサーラがその気配を辿ると、群れを率いるジェネラルアントと目が合った。

「あ、あれー? ジェネラルアントと目が合ったような? き、気のせいでしょうか。こちらをじっと見つめている気がしますよ?」

 サーラは冷や汗をかきながら、自分の状態を確認する。

 フードの効果は切れておらず、気配もちゃんと消えている。

 それにもかかわらず、ジェネラルアントは真っ直ぐにサーラを見つめていた。

「ま、まさかと思いますが、こちらに気が付いていたり――」

「ギイイイィィィ」

「はわ!?

 サーラがふりふりとジェネラルアントに向けて手を振ると、ジェネラルアントが鳴き声を上げ、サーラへと猛然と突進を始めた。

「や、やっぱりバレてるじゃないですか! こうなったら――逃げるが勝ちです!」

 サーラは慌てて踵を返すと、ダンジョンの通路を一目散に逆走した。

 退路を塞ぐように次々と現れるジャイアントアントの間を、隙間をうようにすり抜けながら、彼女は出口を目指してひた走る。

 何度も群れの間を駆け抜け、折れ曲がった通路を曲がると、なんと、彼女の前に土の壁が現れた。

「ふええ!? ここは通路があったはずですよ! 道を間違えてもいないはずです!」

 サーラは急ブレーキをかけると、通路をふさぐ壁を調べ始める。

 土壁にわずかに残った魔力と、周りの土に対して不自然な盛り上がり方をしている点から、土属性の魔法か何かで作った物だと判断できた。

「壁の厚さはかなりあるようですね。ここを掘って進むのは無理でしょう」

 仕方がなく、元来た通路へと戻ろうとするサーラの前に、巨大な影が立ちはだかった。

「え、えっとー……こ、こんにちは?」

 彼女の前に現れたのは、1体のジェネラルアント。

 他の者とは別格の雰囲気に、腕に巻かれた赤い布。

 まず間違いなく、先ほどサーラの存在に気が付いた個体である。

 少女を見下ろし、悠然とたたずむその姿は、まさに将軍と呼ぶべき風格だった。