宝石の価値なんかほとんど分からないが、これは間違いなくかなりの値打ちものだろうと思わせるほどだった。

 フィーネが宝石を1つ持って目をキラキラさせている。……今度宝石をねだられたりしないか、ちょっと心配だ。

 リリーネは、フロレーテが差し出した宝石に心当たりがあるようで、驚いたような表情を浮かべている。

「ずいぶんときれいな宝石だが、これは?」

「この宝石は、フェアリーベリルと呼ばれる妖精の秘宝です。これを、ダン様に受け取って欲しいのです」

「やっぱり――」

 フロレーテの説明を聞いたリリーネがつぶやく。

 どうやら、思った以上に大事なもののようだ。

「おそらくですが、炎竜王が里を襲った原因もこれが目的でしょう」

「つまり、それだけの何かがあるのか?」

 フロレーテが頷く。どうやら、ただの綺麗な宝石ではないようだ。

 あの巨竜が狙っていたということは、それだけ何か特殊な力があるのだろう。

 フロレーテはさらに説明を続けていく。

「この宝石には、生き物に成長の限界を突破させる力があります。これをモンスターに与えれば、たとえ進化の限界点に至っていたとしても、一度だけその先へと進化させることができるでしょう」

「それは……」

 フロレーテの説明は、驚くべきものだった。

 モンスターをさらに先の段階へと進化させるという、とんでもない効果。

 たった一度きりだとしても、とてつもない効力である。

「それと、炎竜王の魔核も同時に与えれば、より強くなると思います。ぜひダンジョンの防衛に役立ててください」

 ――つまり、この宝石はとんでもない代物だったということか。

 もし仮に炎竜王がこれを手に入れていたとしたら、あれ以上の力を持った化け物が生まれていたということだ。

 倒せてよかったと、今さらながらにあんを抱く。

 あの巨竜との戦闘後に気付いたが、ダミーコアの領域内で倒したことになっていたらしく、200万ポイントほどのDPが増えていた。そのポイントを使って、アーマイゼたちに限界まで魔力を注いだのだが、彼女たちが進化することはなかった。

 しかし、これを使えば進化させることができる。

 これほどのものを、本当にもらってしまってもいいのだろうか?

「なあ、フロレーテ、話を聞く限りかなりの代物みたいだけど、本当にもらってしまってもいいのか?」

 フロレーテに尋ねると、彼女はほほみ、頷く。

「ええ、問題ありません。もともとこれは新しい女王を選ぶときに使われるものです。まだあと100年ほどは女王の座を降りるつもりはありませんし、ここはマナが豊富なので、それだけの時間があれば新しいベリルを作れますから」

 これを作れてしまうのか……妖精は、実はすごい生き物だったりするのだろうか。

 以前、妖精に寿命がないという話は聞いていたが、100年という言葉を聞いて彼女たちとの時間の感覚の差を感じてしまう。

 少女のような見た目の妖精たちだが、実際にはもっと上の年齢だったりするのだろう。

 そういえば、ハルほどではないとしても、フィーネたちやフロレーテも実は100年以上生きていたりするのだろうか?

 もしかすると、俺よりもずっとずっと――

「……フロレーテ、ちょっと聞きたいことがあるんだが、もしかしてフロレーテって俺よりも、だいぶ年上だったり――」

「ダ、ダン!」

「ダン様? いくらダン様といえど、それ以上はダメですよ?」

「じょ、女王様に年齢の話は厳禁です!」

 小さな指を俺の口へと当て、すごみのある笑みを浮かべてこちらを見るフロレーテ。

 その後ろでは、フィーネとリリーネがこちらを見て震えている。

 どうやら、この世界でも女性の年齢を聞くのはマナー違反だったようだ。

 女性というか妖精だが、そんなことは関係ないのだろう。

 目が笑っていないフロレーテを見て、冷や汗をかきつつ頷く。

「あ……ああ、すまない……いや、すみません」

「ええ、分かればいいのです。次はありませんからね?」

「……肝に銘じておく」

 ぶんぶんと首を縦に振ると、何とか許してくれたようだ。

 小さくても、女王の威厳はさすがのものだった。

「よ、よかったね、ダン」

「それと、フィリオーネとリリオーネは後で私のところに来るように」

「は、はい……」

「分かりました……」

 先ほどの様子を見る限り、フロレーテに歳の話は禁句なのだろう。

 今回は見逃してもらえたようだが、今後は地雷を踏まないように気を付けねば……。

 と、とりあえず、フェアリーベリルをもらってしまっても大丈夫なことは分かった。

 ダンジョンの戦力の強化のためにありがたく使わせてもらうとしよう。

 ちょうど2個あるから、アーマイゼたちに与えることにする。

 彼女たちがどういう進化を遂げるのか楽しみだ。

「まあなんにせよ、こんなすごいものを譲ってくれてありがとう。感謝するよ」

「いえ、私たちが受けた恩を返し切るにはまだまだ足りません。今後も何かあれば気軽に呼んでください」

 そう言い残して、フロレーテは里へと帰っていった。

 さて、さっそくこれをアーマイゼたちのところに持って行くとしよう。

 コアルームから出て、アーマイゼたちのいる大部屋まで向かう。

 フィーネとリリーネも、どこか青ざめながらも、ふよふよと飛んで付いてきている。

 そういえば、アーマイゼたちと直接会うのは初めてだ。

 フィーネやリリーネは時々会いに行っているが、俺はモニター越しでしか見ていない。

 フィーネたちからよく話を聞いてはいるのだが――

 

◆ ◆ ◆

 

 大部屋に到着すると、気配を感じたのか2体のクイーンアントが振り向いた。

「ギギッ!?

「ギー?」

 こちらを見るや否や、アーマイゼが驚いたように声をあげる。

 逆に、フォルミーカはそこまで驚いていないようだ。

 見上げるほどの巨体をほこる彼女たちがこちらへと歩を進め、そのたびに重い足音が響き、地面がわずかに揺れる。

 こうして間近で見ると、モニター越しのときとは迫力が違うな……。

 炎竜王ほどではないが、20メートル近いクイーンアントも、十分に大きなモンスターであることを改めて実感する。

「ギギギ?」

 アーマイゼがこちらを見て鳴き声をあげている。

 どうやら、何かを問いかけているようなのだが、何を言っているのか分からない。

 さっそく、フィーネたちに通訳してもらうとしよう。

「えーっと、アーマイゼはなんて言ってるんだ?」

「えっとねー、私たちに何か御用なのでしょうか? だって!」

「どうやら、ダンさんがやってきたことに驚いているみたいですね」

 ふむ、今まで顔も見せていないのに、いきなりやってきたとなれば当然か。

「まずは初めまして、だな。今さらだが、俺がこのダンジョンのダンジョンマスターのダンだ。いつも力を貸してくれてありがとう」

「ギ!? ギギギー! ギギ、ギギギー」

「ギー」

 こちらの言葉を聞いて、アーマイゼが感極まったように鳴き声を上げる。

 フォルミーカは、こちらに向かってひと声鳴くと、また始まったとでも言いたげにアーマイゼの姿を見つめていた。

「直接おめの言葉を頂くなど、身に余る光栄です。ダン様のためならば、たとえどんなことでもやって見せましょう。とのことです」

「何というか、イメージと違うな……」

 もう少し、昆虫らしい無機質なものをイメージしていたのだが、フィーネたちと交流していた影響なのか、思った以上に人間っぽい。

 何はともあれ、どうやらアーマイゼたちにも問題はなさそうだ。

 さっそく、フェアリーべリルを使うとしよう。

 まずは、炎竜王の死骸を解体して手に入れた、巨大な魔核を倉庫から取り出す。

 バスケットボールより少し大きいくらいの真紅の結晶だ。まるで燃えているかのように煌めくそれを2つに分け、彼女たちに与える。

 さらに、魔核に続けてフェアリーベリルを与えると、進化が始まった。

「あれ? 小さくなってくよ!」

「あれは――腕でしょうか?」

 フィーネとリリーネの、どこか戸惑ったような声が響く。

 2体のクイーンアントたちは、これまでの進化とは違い、だんだんと縮みながらその姿を変えていく。

「人型――じゃないな」

 特に上半身の変化が顕著で、今までのアントとはまったく違う姿になっている。

 4本の足で体を支え、残りの2本はまるでよろいを付けた人の腕のような形だ。

 例えるならば、カマキリのベースをありにして、上半身を垂直に立てた後、鎌の代わりに腕を付けた感じだろうか。

 ケンタウロスの蟻バージョンといった方がしっくりくるかもしれない。

 体長は半分ほどまで小さくなったが、上半身が変化した影響で、地面から頭までの高さは以前よりも高くなっている。

 頭までの高さは、だいたい10メートルほどはあるのではないだろうか。

「ずいぶんと変わったな……」

「2人ともカッコイイね!」

「それにとっても強そうです」

 全体的に見ればアントではあるが、もはや別の系統のモンスターと言われても納得できる見た目だ。

 その種族名はエンプレスアント。

 おそらく、クイーンアントのさらに上位種族にあたるモンスターだろう。

『ダン様!』

「だ、誰だ!?

 アーマイゼたちを見上げながらそんなことを考えていると、知らない声が聞こえた。

 まるで、頭の中に直接響いたような不思議な声。

 いきなり聞こえたその声に驚き、辺りを見回すが、周囲にはフィーネとリリーネ、そしてアントたちしかいない。

 どこから聞こえたのかときょろきょろしていると、またもや声が響く。

『ダン様、こちらです。アーマイゼです!』

「なっ!?

 なんと、頭に響く声の主はアーマイゼらしい。

「喋れるようになったのか?」

「これはおそらく、念話ですね」

「おおー! アーマイゼちゃん、すごい!」

 リリーネによると、この声は念話と呼ばれる能力によるものらしい。

 空気ではなくマナを通じて、心の声を届けることができる力だそうだ。

『おおー、これはすごいね』

 頭の中に響く、アーマイゼとはまた違った声。

 どうやら、アーマイゼだけではなくフォルミーカも同じように会話できるらしい。

『ああっ! ダン様とこうしてお話ができるようになるとは、なんと幸せなことなのでしょう!』

 狂喜乱舞するような念話とともに、アーマイゼがその場でもだえるように足踏みをする。

 こうして俺と会話ができることが嬉しいようだ。なぜかは分からないが、彼女の中で俺への好感度は上限を振り切っているのかもしれない。

 念話による意思つうの手段の獲得も、フェアリーベリルがアーマイゼたちの願いをかなえた結果なのだろうか?

 何はともあれ、これでフィーネたちに通訳を頼まなくても済みそうだ。

 ――そうだな、この機会に気になっていたことを聞いてみるか。

 きあがる不安を振り払うと、炎竜王と戦う前から抱いていた質問をするために、2体へと声をかける。

「なあ、アーマイゼ、フォルミーカ」

『なんでしょうか、ダン様』

『どうしたんだい、ご主人』

 2体が、こちらへと視線を向ける。

 フィーネたちも俺の真剣な声に気が付いたのか静かになった。

「今回の戦いは、ダンジョンやアントたちを守るためのものじゃなく、完全に俺の私情での戦いだった。そして、その戦いのせいでアントたちにはかなりの犠牲が出た。本当にすまなかったと思っている」

 そう言って2体に頭を下げ、言葉を続ける。

「お前たちは、俺を恨んでいるんじゃないか?」

 静寂が辺りを包む。心臓が激しく鳴っている音が耳に届く。

 かねてから思っていたのだ。

 ダンジョンコアを通じて送られてくる命令に、アントたちは逆らえない。

 それはつまり、望まない行動すらも強いることができるということだ。

 炎竜王との戦いの時も、アントたちは強大な相手にためらうことなく立ち向かい、そして死んでいった。

 もしかしたらアントたちはそれを望んでいなかったのに、無理やり従わせていたのではないか――

 ダンジョンのモンスターが戦わなければ、防衛はできない。

 これからもアントたちには、ダンジョンを守るために戦ってもらうことになるだろう。

 それは、彼らの女王や住処を守ることにも繋がるものだ。

 しかし、今回はそうではなかった。

 ならば、アントたちはどう思っていたのだろうか?

 ダンジョンマスターとしては、もっと非情であるべきなのかもしれない。

 いちいちモンスターに気を使っていてはダメなのだろうが、どうしても頭から離れなかったのだ。

 静まり返ったダンジョンの中、あまりの緊張にふらつきそうになりながらも、アーマイゼたちの正面で頭を下げ続ける。

『ダン様』

 アーマイゼの声が響く。

 その声は、さっきまでのものとは違い、どこか威厳を感じさせるものだった。

 果たして何を言われるのか?

 恨み言でも言われるのか、もしくは激しい罵倒かもしれない。

 だが、それから逃げるわけにはいかないだろう。

『私たちのけんぞくは役に立ちましたか?』

「役に?」

 思いもよらない言葉が返ってきて、一瞬頭が真っ白になる。

『ダン様、私たちの眷属は、ダン様のお役に立てたでしょうか?』

 質問の意図が分からない。

 彼女たちは俺を憎らしく思っていないのか?

 なぜこんな問いかけをしてきたのかは分からないが、答えは決まっている。

「ああ、役に立ったよ。間違いなくアントたちは俺の役に立ってくれた。お前たちのおかげで、フィーネたちの仲間を救うことができたんだ」

 アントたちは、間違いなく役に立ってくれた。

 こうして、妖精たちを救えたのが何よりの証拠である。

『そうですか――ならば、私からダン様に恨み言など言うことはありません』

『そうだね、私も同じだよ』

 アーマイゼたちは、なおも続ける。

『確かに、けんぞくたちが死ぬのは悲しいことでしょう。ですが、私たちはジャイアントアントなのです』

『私たちは仲間のため、そして群れを導く者のために戦うんだ。ご主人やフィーネちゃんだって私たちの仲間だし、ご主人のために戦うのは当たり前なのさ』

『眷属たちがダン様のために戦い、そしてダン様のお役に立てたのならば、それでよいのです。不満に思うことなどありません』

『ご主人がそれを気にして、私たちに謝る必要なんてないのさ』

 どうやら俺の予想は外れていたらしい。

 アーマイゼたちは、今回の戦いに不満はないと言い切った。

 彼女たちには彼女たちなりの、ジャイアントアントとしての価値観というものがあるのだ。

「そうか。すまない――いや、ありがとう」

『さあ、ダン様。頭を上げてください』

『そうだよ、ご主人、こんなところを眷属たちに見られちゃったら大変だよ』

 もう一度謝ろうとして、そうではないとお礼へと言い換える。

 ここで謝れば、彼女たちの気持ちに反するだろう。

 アーマイゼたちの言葉のおかげで、鉛のように重かった心が、ようやくすっきりした。

「改めて感謝するよ。アーマイゼ、フォルミーカ、力を貸してくれて本当にありがとう。そうだな――何かして欲しいことや、欲しいものがあったら聞かせてくれ」

 せっかく喋れるようになったのだから、この機会に要望などを聞いておこう。

 フィーネたちを通して要望など聞いてはいるが、直接会って話をするのはまた違ったものになるはずだ。

 すると、今まで威厳たっぷりだったアーマイゼの様子が変わった。

『し、して欲しいことですか? それは何でもいいのでしょうか?』

「どうしたんだ? さすがに無理なことはあるだろうけど、できる限りのことはするぞ」

 ここまで世話になっているのだ、俺にできることなら何でもするつもりである。

 アーマイゼは、しばらくもじもじと体を揺すり続けていたが、やがて意を決したようにこちらを向いた。

『な、なでなでを……』

「なでなで?」

 なでなでというと頭を撫でるあれだろうか? それとも、何かのマジックアイテムか?

 そのなでなでが、いったいどうしたというのだろうか?

 頭の中を疑問符でいっぱいにしつつ、アーマイゼの言葉の続きを待つ。

『なでなでをして欲しいのです! フィーネ様から聞いて以来、なでなでなるものをやって欲しかったのです!』

 どこかやけくそのようなアーマイゼの声が、頭の中に大きく響きわたる。

 そして、それだけ言うと、彼女はうつむいて縮こまってしまった。

 これがもし、人間だったのならば、顔が真っ赤になっているのは間違いないだろう。

 ちらりとフィーネを見ると、そっぽを向いて口笛を吹いていた。

 まあ、音が出ていないので口笛と呼べるかは微妙なところだが……。

『その……ダン様。やはりだめでしょうか……』

 こちらが反応に困っていると、アーマイゼの不安そうな声が響く。

 なんというか、予想外の要求ではあるが、頭を撫でるくらいならお安い御用だ。

「いや……なでなでくらいならいくらでもやるけど……」

『本当でしょうか!』

「あ、ああ……」

 アーマイゼの剣幕に押されつつも、頷く。

 しかし、なでなでか――とりあえず、あの巨体では頭まで手が届かない。

「アーマイゼ、とりあえずしゃがんでくれ。このままじゃ手が届かない」

『はい!』

 嬉しそうに答えたアーマイゼは、こうかくの擦れる音を立てながらしゃがみこむ――

 しかし、幾らかは低くなったが、それでも彼女の頭ははるか上にあった。

 彼女もそこから体を前へと倒して、なんとか頭を下げようと奮闘している。

 体をプルプルとさせて頑張っているのだが、彼女の頭の位置まではわずかに手が届かない。

『だ、ダン様……』

 アーマイゼの悲しげな声が響いた。

 どうすればいいだろうか? いっそ、アーマイゼかフォルミーカに抱き上げてもらうか?

 そう悩んでいると、1匹のアントがやってきた。

「これはアースアントか? いったいどうしたんだ?」

『私が呼んだんだよ、アーマイゼの大きさじゃ手が届きそうになかったからね』

 どうやら、フォルミーカがこのアースアントを呼んだらしい。

 アースアントは手早く土の壁で段差と台を作ると、何も言わずに背を向けて去っていった。

 なんにせよ、これで手が届きそうだ。

 さっそく台の上に登るとアーマイゼの頭へと手を伸ばす。

 つやつやとした黒いこうかくに包まれた頭は、見た目通りの硬さだった。

 なんというか、これで本当にいいのだろうか?

『ああ……! これがなでなでなのですね! まさしく天にも昇るようです!』

「アーマイゼ、これでいいのか?」

『はい! これからもダン様のために誠心誠意、頑張ります!』

 こうかくの上から撫でてもらっても何も感じないと思うのだが、アーマイゼの声は喜色満面といった感じで満足そうだった。