二章 妖精の秘宝

 

 フィーネとリリーネに用意した森は、妖精たちの新しい住処になった。

 森の中の木々には妖精たちの家が作られ、花畑や泉でも妖精たちが遊んでいる。

 中にはコアルームやダンジョンにまで遊びに来る妖精たちもいる。

 俺とフィーネたちの3人だったコアルームも、一気に騒がしくなってしまった。

 フィーネもリリーネも、仲間とまた一緒に暮らせて嬉しそうだ。

 たまに妖精たちを引き連れて、ダンジョンへと遊びに行ったりもしていた。

 この前のように、迷子にならなければいいのだが……。

 毎日楽しそうに暮らしている妖精たちを見ていると、あの時助けに行ってよかったと思う。

 ただ――イタズラが多いのは、ちょっとかんべんして欲しい……。

 

◆ ◆ ◆

 

 ダンたちが炎竜王に勝利をおさめ、しばらく経った頃、リーアの街に炎竜王とジャイアントアントの軍勢の戦いの報告が届いていた。

 その結果は、ジャイアントアント側の勝利――そして、あの炎竜王の死。

 新しく就任した領主の館では、ガルツと新領主の会談が行われていた。

「なんと……あの炎竜王が倒されたのですか……」

「ああ、間違いない。遠くからではあったがあの巨体だ、見間違えようがない。炎竜王は、ソナナの森跡地で倒された」

「にわかに信じがたい話です。炎竜王と言えば、世界最強の存在の1つに挙げられるほどですからね……」

「だが、事実だ。俺も、今でも夢じゃないかと思うがな……」

 未だに信じられないといった様子の領主だが、それも仕方がないことであった。

 炎竜王は人々にとって、抗えぬ災厄であり、よく知る神話の一部であり、そして何よりも、力の象徴として誰もが憧れる存在だった。

 そんな炎竜王が、最近現れたばかりのダンジョンのモンスターに倒されたのだ。

「ソナナの森の跡地は完全にしようと化しているな。馬鹿でかい樹が1本残っているだけだが、それもすでに枯れてしまっている。元の森に戻るにはかなりの時間がかかるだろうな」

「炎竜王を倒したというのは、ジャイアントアントの群れでしたか……確かにやつかいなモンスターですが……」

 ジャイアントアントは群れれば厄介だが、単体の戦闘力はそこまで高くない。

 きちんとしたとうばつ軍を組めば、対応できる存在なのだ。

 そのジャイアントアントが、亜竜や下級の竜種程度ならともかく、いにしえの勇者すらほうむったとされる、あの炎竜王に打ち勝つなどあり得ない話だった。

 ガルツは真剣な目で領主を見ると、報告を続ける。

「そうだ、普通ならジャイアントアントが勝つなんてあり得ないはずだ。だが、あれは普通じゃなかった。ジャイアントアントにしては賢すぎる。何かがジャイアントアントを操っている可能性が高い」

 ガルツのその言葉を聞き、領主はしばらく考え込む。

 しばらくの間、無言状態で時間が過ぎ去っていく。

 やがて、領主が長いため息をついた。

「ガルツさん、冒険者ギルドのギルドマスターとして、そして熟練の冒険者として経験を積んできたあなたに聞きたい。あのダンジョンには何がいると考えていますか?」

 ガルツは腕を組んでうなった。

 難しい質問だった。なにせ、あまりにも情報が少ないのだ。

「そうだな……俺にも確証はない。ユニーク個体の女王か将軍がいるのか、別の知能の高いモンスターがいるのかもしれん。普通は、そう考えるのが妥当だろう」

 特殊な進化を遂げたモンスターなどが率いる群れは、通常の群れよりもはるかにやつかいなものとなる可能性がある。

 今回のジャイアントアントの群れも、そういった特異な個体が群れを率いているのだと考えるのが普通である。

 しかし、ガルツはそうではないと、かねてから考えていた。

 そして、その直感は、今回の件でほぼ確信へと変化していた。

 もしかしたら、間違っているかもしれない――そう前置きをしたうえで、彼は自分の考えを語り始めた。

「だがな、俺はあそこにダンジョンマスターがいると考えている。前の領主に話した時には冗談だろうと笑われたがな……」

「ダンジョンマスターですか。あのお伽噺は子供だって知っているような有名な話ですが、脚色か作り話だと思っていました。……そんなものが本当に存在するのですか?」

 領主の問いはもっともなことだ。

 ダンジョンマスターなど、一般人にとっては古いおとぎばなしに出てくる本当にいるかどうかすら分からない存在といったところなのだから――

 しかし、ガルツは首を振り、領主の言葉を否定した。

「あのダンジョンがそうかは分からんが、ダンジョンマスターと呼ばれるものは間違いなく存在する。過去に何度か確認されているからな。ダンジョンマスターがいるダンジョンはどれも攻略が難しく、モンスターが格段に強かったらしい」

「そうなのですか……確かに、前領主が派遣した冒険者や兵士たちもやられています。それに加えて今回の件。どうやらあり得ない話ではないようですね」

 前領主の失敗。そして、今回の炎竜王の死。

 少なくとも、普通のダンジョンではないことは間違いない。

 領主は暗い表情を浮かべる。

「まったく、この仮説が事実だったとしたら、とんでもない貧乏くじを引いたことになるな」

「事実でないことを祈るばかりです。そういえば、かなり危険なダンジョンのようですが、難易度の調査は中止するのですか?」

 炎竜王を倒すほどのダンジョンなのだ。その難易度は想像もつかない。

 あそこを調査するとなると、かなりの腕利きでなければただ何もできないままにのたれ死ぬだけだろう。

「ダンジョンの調査は中止しない。今回の戦いでダンジョンの戦力も大きく低下したはずだ。この機会を逃せば難易度は跳ね上がるだろう。そもそも、あの巨体だからこそジャイアントアントが勝てたとも言える。人間相手だと、大きさの都合でまた少し違うからな……それに、本部から送られてきた冒険者の中にうってつけの人材が1人いるぞ」

「そうですか……確かにこのタイミングならちょうどいいかもしれませんね。我々もできる限りの協力をお約束します。調査のほどよろしくお願いしますよ」

「ああ、任せろ。あいつならきっとやってくれるだろうさ」

 こうして、両者の会談は終わった。

 炎竜王が倒されたというニュースは、世界中にまたたく間に広がっていく。

 各地では吟遊詩人たちがこぞって唄い、冒険者や商人のネットワークなども介したそれは、もはや知らぬ者などいないほどの話となりつつあった。

 それと同時に、炎竜王を倒したとされる、『黒軍の大穴』と呼ばれるダンジョンの噂も世界中へと広がることになる。

 その噂を聞きつけ、世界中のあちこちから腕に自信がある者や、歴史に名を残すような戦果を追い求める者など、様々な目的を抱えた冒険者たちが集まってくるのだが、これはもう少し後の話である。

 

◆ ◆ ◆

 

「ダン様、少しよろしいでしょうか?」

「うん? なにかあったのか?」

 妖精の引っ越しが終わった次の日のことだ。フロレーテがコアルームを訪ねてきた。

 引越しの時には気が付かなかったが、何か問題でもあったのだろうか?

「あれ? 女王様、どうしたの?」

「何かあったなら、相談に乗るが――」

「いえ、そうではありません。用意していただいた森はとても住みやすいですよ。危険なモンスターもいませんし、前の森よりも住みやすいくらいです」

 問いかけに対してフロレーテが首を振る。どうやら違ったらしい。

「今回こちらを訪ねたのは、ダン様にお礼をしたいと思ったからです」

「こっちがやりたくてやったことなんだ、そこまで気にしなくてもいいんだが……」

「そういうわけにはいきません。危機を救っていただいたうえに、新しい住処まで用意していただいたのですから」

 こちらが勝手にやったことだから、礼をもらおうとは思ってはいなかったのだが、フロレーテの様子では、断っても納得はしなさそうだ。

 せっかくなので、ありがたくもらうとしよう。

「分かった、じゃあ、ありがたくもらうとするよ」

「ありがとうございます、ダン様。ではこれを……」

「ふわぁ! すごくきれいな宝石だね!」

「女王様、もしかして、これは――」

 フロレーテが差し出したのは、2つの宝石だった。

 彼女の手のひらに収まるほどの小さな緑色の宝石は、吸い込まれそうなほどの美しさで思わず見入ってしまった。