ルドニールは、そのような戦い方をするのは、恥を知らぬ卑怯者だけだと思っていた。

 だが、目の前の虫けらはふらつきながらも、どこかほこらしげだった。

 それが、気になったのだ。

 炎竜王の問いかけを受け、目の前の虫けらが口を開く。

ろう? 戦いを愚弄しているのは、炎竜王。貴方の方だ――』

 言語ですらない、ギイギイという鳴き声。

 だが、そこに込められた強烈な意志が言葉の代わりとなり、炎竜王に伝わる。

『策を練り、皆の力で戦い強者を倒す。そうして我らは生き残ってきた。貴方は卑怯だと言うかもしれないが、これが我らの戦い方だ。それを愚弄するなら、私は貴方を許さない』

 その声は、己の戦い方へのほこりに満ちていた。

 その眼は、決して卑怯者のするようなものではなかった。

 叩きつけるような強烈な意志を受け、炎竜王は目を閉じ思考する。

 戦いとは小細工など考えずに、正面から力と力をぶつけあうものだと思っていた。

 だが、それは炎竜王から見たものでしかない。

 彼女たちのような存在には、彼女たちなりの戦いがあったのだ。

 策を練り、力を合わせ、それでも足りないならば相手の力まで利用する。

 そして、彼女たちは勝ち、炎竜王は負けた。

『――おごっていたのは我であったか……先ほどの言葉は取り消そう。我の名はルドニール。誇り高きありの将よ、其方の名は何という?』

『私の名はシュバルツ。ルドニールよ、其方と戦えたことを私はほこりに思おう』

 虫けら――ではなく、小さな戦士はそう名乗る。

『シュバルツ――良い名だ』

 炎竜王は先ほどの戦いを思い出す。

 辺りを黒く埋めくすほどのありの大群。そして、黒の名を冠するその将。

 自身を打ち倒したその名を、炎竜王は心に刻む。

『シュバルツよ、このルドニールを討ち取るとは見事であった。我も最後にお主のような戦士と戦えたことを誇りに思うぞ』

 めいに持ってゆくのにふさわしい戦いだったと、炎竜王はゆっくりと目を閉じる。

 彼の命の火はすでに消えかけ、残された時間はもう長くはない。

 心残りがないわけではない。あの化け物との再戦もかなうことはなかった。

 だが、最後の戦いは、悪くはないものであった。

 お互いに、誇りをもって死力を尽くし、そして負けた。

 決して、あの時のような、戦いですらなかったつまらぬものではない。

 蟻に負けたなどと言えば笑う者もいるかもしれないが、そのときは消し炭にしてやるだけだ。

 ――できるならば、また戦ってみたいものだ。きっと今なら、もっと戦いを楽しめただろうに――

 最期に、かなわない再戦を思い描きながら、炎竜王はその生を終えた。

 その口元は、まるで笑みを浮かべているように歪んでいた。

 

◆ ◆ ◆

 

「――勝った、みたいだな」

 巨竜は動かなくなった。

 どうやら、シュバルツたちが勝利したようだ。

 傾きかけていた太陽は、すでに地平線に沈みかけている。

 長い戦いだった。これほどの死闘を経験したことは、今までない。

 この戦いで、アントたちには数えきれないほどの犠牲が出た。

 そして、犠牲となったのは、アントたちだけではない。

「大樹様……」

 妖精たちが、各々目に涙を溜めながら大樹を見上げる。

 2度目の力を使った後、大樹は完全に枯れてしまった。

 葉は完全に落ち、乾いた幹全体へとひび割れが広がってしまっている。

 もはや、大樹から命の気配は感じられない。

 妖精たちの泣く声が辺りに響く。

 妖精の里を見守り続けた大樹は、その生と引き換えに里を救って見せたのだ。

 やがて、フロレーテがこちらへとやってきた。

「ダン様、私たちを救っていただき、本当にありがとうございました」

「完全に救えたわけじゃないけどな。フロレーテ、これからどうするんだ? 行く当てがないなら、うちのダンジョンに来てもいいんだが……」

 大樹が枯れてしまった今、妖精の里を守る結界は消え、周囲は草の1本もない焼け野原になってしまっている。

 もう、ここには住めないだろう。

 妖精たちが生きていくには、新天地を探す必要がある。

 そして、その条件にぴったりの場所が、ダンジョンには存在する。

「よろしいのですか? 私たちの命を救っていただいて、そのうえ、住む場所まで用意してもらうなど……」

「もともと、そうなる可能性を考えていたからな。フィーネやリリーネも、やっぱり仲間たちがいないと寂しいだろう。フロレーテたちが来てくれると、俺も助かるんだが……」

 フィーネたちも、フロレーテたちと暮らしたいだろうし、そうするべきだ。

 だが、ダンジョンの外で新天地を探すとなれば、フィーネたちとはお別れである。

 ダンジョンの外となれば、そう簡単に会いには行けないだろう。

「分かりました……これから、よろしくお願いしますね」

 フロレーテは遠慮していたようだが、フィーネとリリーネの名前を出すと、ようやく頷いてくれた。

「ああ、これからよろしく頼むぞ」

 大樹は救えなかったが、妖精たちは守ることができた。

 今の里にはもう住めないが、彼女たちの行く先がないわけでもない。

 最良の結果ではなかったが、最悪の結果ではない。

 炎竜王との戦いは、ダンジョン側の勝利に終わったのだ。

 

◆ ◆ ◆

 

 戦いが終わったのを実感すると同時に、どっと疲れが襲ってきたが、まだ休むわけにはいかない。まずはこの戦いの後始末をしなければいけないのだ。

 大樹を失った妖精たちが、ダンジョンへと引っ越してくることが決まった。

 妖精たちを守ってくれる結界もなくなり、こちらの戦力もかなり減っている。

 森を焼かれて住処を追われたモンスターや、この戦いをどこかで見ている外の人間たちなどの邪魔が入る前に、さっさと撤収してしまうべきだろう。

「それにしてもすさまじい光景だな……」

「森も消えちゃったね……」

「元の森に戻るまでに、どれだけかかるでしょうか……」

 目の前に広がるのは、草木が1本もなくなってしまったしようだ。

 あちこちからはまだけむりが上がっていて、元の森の面影など見当たらない。

 さらに、先ほどまで続いた戦闘によって地形が変わっている場所もある。

 このまま放っておくと、生態系にかなりの影響が出てしまいそうだが、森を復活させる手立てなど持っていないのであきらめるしかないだろう。

 地面に張り巡らされたトンネルや落とし穴は、ダミーコアを回収してしまえば勝手に崩れて元通りになってくれるはずだ。

 巨竜との戦いで一部地形が変わっている場所が気になるが、そこまで直しているひまはない。

 次に巨竜の死体だが、さすがに全長50メートルにも及ぶドラゴンの死体となると、途方もなく大きい。

 仕方がないので、倉庫機能を使って死体を回収しておく。こちらの処理は、ダンジョンに戻ってから考えるとしよう。

 戦闘中にがれた皮やうろこも忘れずに収納していく。

 多少は取りこぼしがあるかもしれないが、大部分は回収できたはずだ。

 角が片方に、巨大な牙、鱗や皮なども結構な量になる。肉や骨だって、様々な使い道があるだろう。

 欠けてしまっているうろこや、皮がボロボロになってしまっている部分もあるのだが、サイズがかなり大きいため、少し加工すれば十分使えるだろう。

 アントの体に張り付けたりなどすれば、強力な装備になってくれそうだ。

 あとは、これを加工できれば言うことはないのだが……。

 今度、ができそうなモンスターでも探してみるべきだろうか?

 戦いで犠牲になったアントたちの死骸も、できるだけ回収しておいた。

 ほとんどの死骸は欠片かけらすら残さずに燃えきてしまったようだが、それでも回収できそうなものをひたすら集めていく。

 犠牲になったアントの数は数千匹にも及ぶだろう。

 かなり手痛い損失となった。ここから元の状態にまで立て直すには、長い時間がかかるはずだ。

 そして最後に――

「あとは、この大樹だな……」

 炎竜王の倍ほども大きな、地面にそびえ立つ巨大な樹を見上げる。

 すでに葉はすべて落ち、幹もひび割れてしまっているが、それでもその姿に畏敬の念を感じる。

 妖精たちもこの大樹には思い入れがあるはずだ。なにせ、彼女たちが生まれた時から里を守り続けていたのだ。

 何とか持って行きたいのだが、地面に根付いているからなのか、倉庫にも入らない。

 まさか、これを切り倒してしまうわけにもいかない。どうしたものだろうか。

「ダン様、何をなさっているのですか?」

 枯れた大樹の前で悩んでいると、フロレーテがこちらへとやってきた。

 目の前へとやってくると俺の視線を辿り、その先にある大樹を見て首をかしげる。

「この大樹も、新しい里に一緒に持って行ってやりたいと思ったんだが、どうするべきか考えていたんだ。何かいい方法はないか?」

 そうフロレーテに尋ねると、彼女は少し考えた後に、ゆっくりと首を振った。

「ダン様、私たちのためにありがとうございます。ですが、私たちが大樹様の死をいたんで泣き続けるのを見るよりも、ここで新たな命のいしずえになる方がよいでしょう」

 フロレーテは、大樹を見上げ、そしてゆっくりと目を閉じる。

「きっと大樹様も、それを望んでいると思います」

「そうか……」

 妖精たちがそれでいいなら、俺からは何も言うことはない。

 大樹に背を向け、フィーネたちとの合流場所に指定した、地下トンネルの入り口へと向かう。

「あっ! やっと来た!」

「ダンさーん! こっちの準備は終わりましたよー!」

 そこでは、引っ越しの準備を終えたフィーネたちが待っていた。

 彼女たちの足下には、新天地に持って行くものが置かれている。

「待たせたみたいだな。それで? フィーネたちは何をもって行くんだ?」

 ふと気になったので聞いてみる。

 ダンジョンで彼女たちが欲しがるものは、基本的に遊び道具かお菓子ばかりだった。

 そんな彼女たちは、いったい何を持って行くつもりなのだろうか?

「ふふーん! アタシが持って行くのはこれだよ!」

 そう言ってフィーネが見せてくれたのは、何の変哲もないどんぐりだった。

「えーっと……なんというか、ただのどんぐりに見えるんだが……」

「むむっ! ただのどんぐりじゃないよ! こんなに大きくて形の良いどんぐりは、なかなかないんだからね!」

「フィーネちゃんの大事な宝物ですね。無事に戻ってきて何よりです」

 ふむ、確かに、言われてみれば普通のものよりも立派に見える気がしないでもない。

 周囲を見回すと、他の妖精たちがフィーネの掲げるどんぐりに羨望の眼差しを向けている。

 どうやら、彼女たちにとってはなかなかに価値のあるものだったようだ。

「私はこれですね。木の実のはちみつ漬けです」

 フィーネのお宝の披露が終わり、次にリリーネが指をさしたのは、彼女の半分ほどの大きさの樽である。

 蓋を開けてもらい中を見ると、黄金色のはちみつの中に、食べやすいように小さく砕かれた木の実が沈んでいた。

「リリーネの作るはちみつ漬けは、とーってもおいしいんだよ!」

 その味を思い出したのか、フィーネはたらりとよだれを垂らす。

 慌ててそれをぬぐった彼女だったが、すぐにまたよだれが垂れていた。

「ちょうど食べごろですし、おひとついかがですか? 妖精サイズなので、ちょっと小さいかもしれませんが……」

 そう言ってリリーネが差し出したはちみつ漬けを受け取り、いくつかまとめて口の中へと放り込む。

 クルミに似た香ばしさと、はちみつの甘さが合わさったそれは、フィーネの言う通りとてもおいしいものだった。

 惜しむべきは、やはり少々小さくてものたりないことだろうか? 今度、妖精たちと一緒に作ってみてもいいかもしれない。

「リリーネ! アタシも! アタシも!」

 俺が食べているのを見て我慢できなくなってしまったのか、フィーネがリリーネにはちみつ漬けをねだる。

「ふふっ、それじゃあひとつだけですよ?」

「わーい!」

 リリーネからはちみつ漬けを受け取ったフィーネは、すぐにそれを口に入れると、感激の声をあげた。

 満面の笑みでもぐもぐと口を動かし、時折幸せそうに体を震わせる姿は、全身でそのおいしさを表現しているようだった。

「ふわぁ! やっぱりおいしいね! もう1個!」

「ダメです! あとはダンジョンに帰ってからにしましょう」

「ダン! 早くダンジョンに帰ろう!」

 はやくはやくとフィーネにせかされながら、引っ越しの準備を進める。

 木の実やキラキラした石ころ、虫の抜け殻に、巨大な種のようなものなど、人によってはガラクタ扱いされそうなものばかりだが、どの妖精も大事そうにそれらの品物を抱えている。

 それら1つ1つに、誰のものか区別できるように目印をつけ、ていねいに倉庫へと収納していく。

 妖精たちの宝物を収納し終え、ようやく引っ越しの準備が終わった。

 あとは、彼女たちを連れてダンジョンへと帰るだけだ。

「ふふーん! 迷子にならないようにちゃんとアタシについてきてね!」

 フィーネを先頭に、順番にトンネルの中へと進む妖精たち。

 少し寂しげな妖精。名残惜しそうに辺りを見回す妖精。新天地への期待に、わくわくした表情を浮かべる妖精など、その様子は様々だ。

「ダン様、里の妖精はこれで全員です」

「そうか、それじゃあ俺たちも向かうとしよう」

 トンネルに入る妖精たちを、1人1人確認していたフロレーテがこちらに振り返り、取り残された妖精がいないことを報告する。

 一時はどうなることかと思った妖精たちの救出作戦だが、これでほぼ成功したも同然だ。

 なんとかなったと胸をなでおろし、トンネルへと向かう。

「――――」

 トンネルに入る直前、強い風が背後から吹き抜ける。

 その風の音に交じって、誰かの声が聞こえた。

 背後を振り返るが、そこにあるのは枯れた大樹だけだ。

「ダン様? どうかなさいましたか?」

「――いや、なんでもない。ちょっと強い風にびっくりしただけだ」

 こちらを振り返るフロレーテに、何でもないと首を振ると、フィーネたちの後を追いトンネルの中へと入る。

 風に交じって聞こえたその声は、ありがとうと、そう言っていた気がした――

 

◆ ◆ ◆

 

「とうちゃーく!」

「皆さん、お疲れ様でした」

 途中、フィーネが道を間違えそうになるというトラブルがあったが、無事にコアルームの奥の森へと到着する。

「よし、さっそく森を案内しようか」

「じゃあ、アタシが案内してあげるよ!」

 当然とばかりにフィーネが手をあげるが、本当に大丈夫だろうか?

「それはいいけど、今度は迷子になるなよ?」

「むむっ! さっきはちょっと間違えただけだからね!」

 フィーネが抗議すると、その様子がおかしかったのか、他の妖精がくすくすと笑い始めた。

 ぷりぷりと怒るフィーネだが、その様子はどこか楽しそうである。

「それじゃあ、しゅっぱーつ!」

 さすがのフィーネも今度は迷子にならず、花畑や泉などを順に案内しながら、森の中を進んでいく。

 俺たちは大きく円を描くように森の中を進み、やがて、森の中心部分へと到着した。

 大きな木々がまばらに生えるその場所は、日当たりも良く心地よい風が吹いている。

「ここなら、新しい里を作るのにちょうど良さそうですね」

「そうか。それじゃあさっそく家を用意するとしよう」

 里では、妖精たちは木の幹をくりぬいたような家に住んでいたが、ここにそのようなものがあるはずもない。

 一から木を削って家を作るのも大変だろうと、手っ取り早くDPを消費して住む場所を用意しようとしたのだが、それをフロレーテがさえぎった。

「ダン様、それには及びません。家は私たちで用意できますから」

「ふむ? どうするつもりだ?」

「ふふっ、見ていてくださいね――」

 そう言って近くの木へと小さな掌をかざしたフロレーテは、目を閉じ何かに集中する。

 何をするつもりだろうと、その様子を見守っていると――なんと、木の幹に扉や窓のようなものが出来上がり、ほんのわずかな時間で、里にあったような家が完成した。

「これは、驚いたな……」

「木に宿る精霊さんにお願いして、住むための場所を作ってもらったんです」

 こちらを振り返り、得意げにそう説明するフロレーテ。

 どうやら、こちらで家を用意する必要はなかったようだ。

 フロレーテに続き、他の妖精たちも思い思いの場所へと向かい、自分の家を作っていく。

 嬉しそうに目を輝かせ、自分たちの家の中を確認する妖精たちを眺めていると、クイクイと袖を引っ張られる。

 見れば、袖を引っ張っていたのは、どこかぼんやりとした表情の妖精。里で俺に助言をしてくれたハルだった。

「ハル? 何かあったのか?」

「ダン、こっちこっち」

 ハルはどこかへ連れて行きたいのか、俺の服をしきりに引っ張る。

 どこへ連れて行きたいのかは分からないが、とりあえず彼女についていってみるとしよう。

「あれ? ダン、どこにいくの?」

「あちらの方には何もなかったはずですが……」

 ハルの後ろについていく俺の姿を見たフィーネとリリーネが、首をかしげながらもこちらへとやってくる。

 その様子が気になったのか、フロレーテや他の妖精などもぞろぞろとついてきた。

「なあ、どこに行くつもりなんだ?」

「あと、もうちょっと」

 ハルに連れられてたどり着いたのは、何もない広場のような場所だった。

 そこには背丈の低い草が地面をおおうように生えているだけで、特に目を引くものは存在しない。

「ダン、あれだして」

「あれ?」

「さっきあずけた、わたしのにもつ」

「ああ、あの大きな種みたいなのか」

 確か、彼女から預かったのは、こぶし大ほどもある大きな種のようなものだったはずだ。

 なんの種か気になっていたが、フィーネが待ちきれなさそうにしていたこともあって、聞きそびれていたものだ。

「そう、それー」

 彼女から預かった種を取り出すと、ハルは満足気に頷き、広場の中心を指さす。

「それ、ここにうえる」

 どうやら、この種をここに植えるために俺を連れて来たらしい。

 これを植えるのはかまわないのだが、この種はいったい何なのだろうか?

「ねえねえハル。この種は何の種なの?」

 興味津々な様子で大きな種を眺めていたフィーネが、種を指さし疑問を口にする。

 どうやら他の妖精たちも、この種に見覚えがないようだ。全員の視線が、ハルへと集まった。

「ふっふっふ、これはゆぐの――じゃなくて、たいじゅのたね」

 腕を組み、不敵に笑った彼女の、信じがたい言葉。

 全員が、その言葉をすぐに理解できず、ぽかんとしたような表情を浮かべる。

「ハ、ハルさん、それは本当なのですか?」

「うむー、ほんとー」

 震える声で、おそるおそる確認するフロレーテに、間違いないとハルが頷く。

「ああ、本当に、本当なのですね――」

 感極まったのか、フロレーテがぽろぽろと涙をこぼし始めた。他の妖精たちも、笑顔を浮かべたり、フロレーテのように涙を流したりして喜んでいる。

 妖精たちの新天地となったこの森だが、そこに彼女たちとともにあった大樹はなかった。

 だが、これで欠けていた存在が、元通りとは言えないが揃ったのだ。

「ダン、はやくはやくー」

 妖精たちが落ち着いた頃、待ちきれないといった様子でハルがこちらをせかし始める。

「よし、それじゃあみんな、心の準備はいいか?」

「うん!」

「はい!」

 妖精たちが見守る中、種を植えるための穴をスコップで掘る。

 十分な深さの穴ができたところで、種をそっと穴の中へと置き、上から土をかけようとした時だった――

「みんな、あぶないからはなれててねー」

 何気なく放たれた、ハルのその言葉に土をかけようとしていた手が止まる。

「な、なあ、ハル。本当に大丈夫なのか?」

「うん? なにがー?」

 こてんと、可愛かわいらしく首をかしげる彼女だが、その眼はこちらを見ていなかった。

 さらに、そんな彼女の様子を見た他の妖精たちも、徐々にこちらから距離を取り始めた。

「なあ、どうしてみんな離れるんだ?」

「だ、ダン! がんばって!」

「わ、私たちはここで見ていますね!」

「がんばれー」

 これを植えた瞬間に何が起こるか分からないが、もしかしてこれは、相当危険なものなのではないだろうか?

「本当に、本当に大丈夫なのか?」

「すぐにはなれれば、だいじょうぶ」

 本当に大丈夫なのかハルに確認するが、返ってきたのはのんびりした口調の、不安になるような言葉だった。

 正直、植えない方がいいのではないかという気持ちがきあがってきたが、妖精たちの期待するような視線を受け、しぶしぶ作業を開始する。

 まあ、本当に危険ならばフィーネたちが止めているはずだ。

 ハルの言う通り、すぐに離れれば大丈夫なのだろう。

「――たぶん、だいじょうぶ」

 背後からぼそりと聞こえた、ハルのものであろうつぶやきは聞こえなかったことにする。

「やるぞ……」

 スコップで土をすくい、種の上にかぶせる。

 同時に後ろへと飛びのき身構えるが、何も起こる様子はない。

「なんだ、何も起こらない――」

 そう、胸をなでおろした瞬間。

 大樹の種を植えた場所から、ぴょこんと芽が顔を覗かせる。

 種を植えてからほんのわずかの間に姿を現した芽は、みるみるうちに成長を始める。

 まるで早送りのように根を地中に伸ばし、幹を成長させ、大量の葉を茂らせていく。

 そして、30メートルほどにまで成長したところで、大樹はその成長を止めた。

「大樹ってのは、すごいんだな……」

「そうですね。大樹様も最初は成長が早かったと聞いています。まさか、こんなにも早く成長するとは思いませんでしたが……」

 思わずつぶやいた言葉に、フロレーテが答えてくれる。

 魔法があるのだから、木が急成長することもあるのだろうが、分かっていたなら最初から教えて欲しかった……。

 もしも、知らずにその場に立っていたら、急成長する木に巻き込まれていたかもしれない。

 少しだけ冷や汗をかきつつ、目の前の巨大な木を見上げる。

 新たに生えた大樹は、里にあったものよりもだいぶ小さいが、それでもこの森にある他の木々の大きさをすでに超えていた。

 大樹が成長する様子を、同じくあっけにとられた様子で見ていた妖精たちだが、すぐに歓声を上げると大樹の周りを飛び回る。

 なにはともあれ、大樹が復活したことはいいことだ。

 それにしても――

「なあ、ハル。お前、いったい何者なんだ?」

「んー? ないしょー」

 隣で大樹を眺めていた彼女へと問いかけるが、返って来たのは内緒だという言葉だった。

 そのまま、ハルは大樹の下へと飛んでいく。どうやら、こちらの質問に答えるつもりはないらしい。

「ハルさんは、私が生まれる前から里にいました。少なくとも、先代の女王様よりも長く生きているみたいですね」

「フロレーテも、ハルが何者なのか知らないのか?」

「ええ、ですが、悪い人ではないことは保証します」

「そうか……」

 妖精たちの女王であるフロレーテも、ハルが何者かは知らないそうだ。

 彼女は、大樹を植えたときに何が起きるかを知っていた。もしかすると、大樹が成長する姿を見たことがあったのかもしれない。

「伝承では、ソナナという名前のエルフが、世界樹を植えたことがあの森の由来だそうです。少なくとも、1000年以上前の話ですが、もしかすると、ハルさんはその当時から――」

「世界樹か……そりゃまた大物が出てきたな……」

 フロレーテの話によれば、妖精に寿命は存在しないそうだ。

 生きる意志を失ったときに消えてしまうそうだが、生きようと思えば永遠に生きることができるらしい。

 もしも彼女が、里ができた当初から生きていたとしたら、大樹の特性を知っていてもおかしくはないだろう。

 大樹の枝に腰かけ、眠たそうにあくびをしているハル。どこかぽわぽわした雰囲気の、不思議な妖精。

 彼女は何者なのか、大樹の種をどこで手に入れたのか、そして、大樹の種だと言ったその前に、何を言いかけていたのか――

 疑問はきないが、それを確かめるには彼女自身に聞くしかなく、彼女はきっと答えてくれないだろう。

 なんとなくもやもやとするが、どうしようもないのも事実だ。悪い存在でないというのなら、わざわざ問いただす必要もないだろう。

 何はともあれ、これで妖精たちの引っ越しは終わりだ。

 今日のところは、すべてを忘れてゆっくりと休むとしよう。

 楽しそうに飛び回る妖精たちを眺めながら、大樹の木陰に寝転がる。

 新しい妖精の里には、住民たちの楽し気な声が響いていた――