「女王様、お久しぶりです」

「リリオーネ! 貴女も、無事のようで何よりです!」

 2人の無事を確認すると、女王はフィーネに謝り始めた。

「ごめんなさい、フィリオーネ。本当は、追放する気なんてなかったの。ちょっと反省させるだけのつもりだったのに――ごめんなさい、フィリオーネ。生きていてよかった。戻ってきてくれてありがとう……」

「……女王様。アタシも、ハチミツ食べちゃってごめんなさい」

 先ほどの妖精たちとのやり取りで、なんとなく察しがついてはいたが、やはり女王がフィーネを追放したのは本気ではなかったらしい。

 やがて、女王はフィーネをその腕から解放すると、どこか悲しげな表情で問いかけた。

「フィリオーネ、帰ってきてくれたことはとても嬉しく思います。ですが、なぜ今来てしまったのですか……そもそもあの炎の中をどうやって……」

 女王の疑問に、フィーネが元気よく答える。

「みんなを助けに来たんだよ! ここまでトンネルの中を通ってきたの!」

「トンネル? あちらにいるお方の力でしょうか?」

「そうだよ! ダンはね――」

 フィーネは女王に今までのことを伝えていく。

 リリーネと共に、悪い人間に捕まっていたのを助けてもらったこと。

 一緒にダンジョンで暮らしてきたこと。

 そして、妖精の里のみんなを、あの巨竜から助けに来たこと――

 フィーネから話を聞き終えた女王は、こちらへとやってきた。

「フィリオーネから話を聞きました。ダン様、彼女たちを救ってくれてありがとうございます。私の名前はフロレーテ、この里の女王をしています」

「ああ、どういたしまして。フィーネから聞いているとは思うが、俺はダン。向こうの草原でダンジョンマスターをしている。フィーネに頼まれて妖精たちを助けに来た。早速だが、トンネルを使って逃げよう」

 俺たちがやって来たトンネルを指し示すと、フロレーテが頷く。

「結界が消えるまで、あと数時間ほどでしょう。さっそく里の妖精たちを集めなければ……」

「じょおーさまー、みんなをあつめてきたよー」

「ハルさん。助かります」

「ふふー」

 ハルが連れてきた妖精たちを見回すと、フロレーテが安心したような吐息をらす。どうやら、全員そろっているようだ。

 妖精たちを連れて地下トンネルの内部へと向かう。

 妖精の数が多いため、来た時のようにアントたちの背に乗っていくのも難しい。

 そのため、徒歩での移動となってしまうが、妖精たちの体力はもつだろうか?

「そろそろ、結界の外だな……」

「そうだね……何も起こらないといいんだけど――」

 そう、フィーネがつぶやいたときだった。

 頭上から、何かを叩きつけるような音が聞こえ、ぱらぱらと土の欠片かけらが降り注ぐ。

 音は断続的に響き、体の芯に響くような強烈な振動が地面を揺さぶる。

「ふわわぁっ!? ダン! 何が起きてるの!」

「今確認する!」

 慌ててモニター画面を開き、上空からていさつしているアントフライの視界から外の状況を確認する。

 外で暴れている巨竜は、先ほどの場所から少しだけ移動している。止まる気配を見せなかったブレスによる猛攻も、今は止まっているようだ。

 その代わりに、巨竜は足元をにらみつけ、その巨木のような足で大地を何度も踏みつけている。

 巨竜が足踏みをするたびに、トンネル内に鈍い振動が響く。それはつまり――

「全員、引き返せえええぇぇ!」

 その意味を理解すると同時に、背後の妖精たちに向けて力の限り叫ぶ。

 叫び声がどうくつにこだますると、それが合図だったかのように、トンネルの天井に亀裂が走った。

「皆さん! 急いで里に!」

 一瞬、ぽかんとした表情を浮かべた妖精たちだったが、フロレーテの号令とともに悲鳴を上げ、トンネル内を引き返し始める。

 トンネルの耐久力が限界を迎え、亀裂を中心に崩落が始まる。

 崩落前に気が付いたおかげで、ごうおんと、大量の土埃に追い立てられながらも、何とか逃げ切ることに成功した。

 だが、唯一の逃げ道は土の中に埋もれてしまった。

「どうやら、私たちを逃がすつもりはないようですね」

「そうみたいだな……」

 フロレーテは、少し困ったような顔をすると、どこか疲れたように首を振る。

 確かに、外に見えるあの巨竜の様子を見る限りでは、簡単には逃がしてくれなさそうだ。

 移動距離とコスト、そして制作にかかる時間を短縮するため、地下トンネルは地表からそう離れていない場所を通っていた。

 これから地下深くを通る道を作ろうにも、残された時間では途中で結界が消えてしまう。

 もしも、竜が気配を辿って追い掛けてくれば、そのままトンネルを崩され、生き埋めにされてお終いだ。

 逃げるという手段は、完全に奪われてしまった。

 残された道は、あの竜と戦い勝つことだけだ。

 できれば、戦うのは避けたかったのだが……。

「逃げられない可能性もあったが、当たってしまったか。なら戦うしかないな……」

「戦う!? 本当に戦うつもりなのですか? あの炎竜王と戦おうなんてぼうです!」

 俺の言葉を聞いて、フロレーテが信じられないとでもいうかのように目を見開いた。

「勝算は……ないわけじゃない。それに、結界が破られるまでここで指をくわえて見ているわけにもいかない。里の妖精たちを助けると約束したからな」

「勝算ですか……ちなみにそれはどのような方法なのか聞いてもよろしいですか?」

 俺はフロレーテに、事前に考えていた策を伝えていく。

 勝率は決して高くはない。だが、ゼロではないはずだ。

 それを聞いた後、少しの間考えていたフロレーテは顔をあげる。

「確かに、その策なら、もしかすると勝ち目があるかもしれません。それに、大樹様の力を使えば、もう少しだけ確率は上がるでしょう」

「なら決まりだな。時間がない、すぐに準備を進めよう」

 妖精の里を包み込む結界は、もうすぐにでも破られてしまう。

 トンネルの中に残っていたアントたちにも手伝ってもらい、必要な作業を急ぎ進めていく。

 そして――そろそろ日が傾くかという頃になって、ようやく準備が終わる。

 他の妖精たちと共に大樹に力を注ぎ、結界をし続けていたフロレーテが、あせった声で叫ぶ。

「ダン様! そろそろ結界がもちません!」

「大丈夫だ! こっちも準備は終わった! さっそく始めるぞ!」

 ギリギリのところで、何とか準備が間に合ったようだ。

 あとは、アントたちが勝ってくれることを祈るだけだ。

「行くぞ――作戦開始!」

 アースアントたちに作らせた、土の高台の上から号令を放つ。

 その号令とともに、巨竜の後方にいくつもの穴が開き、アントたちが地中から姿を現す。

 アントたちの出現に気が付いた巨竜が、後ろへ振り向き、大きく息を吸いこんだ。

 この瞬間、確実に足が止まり、隙ができるこの瞬間を待っていた――

「グァオオオオオ!?

 モニターを操作すると、巨竜の足元が崩れ落ち、ぽっかりと巨大な穴が出来上がる。

 地表ギリギリまで領域を広げたダミーコアの能力を使い、巨竜の足元の土を一瞬で掘り抜いたのだ。

 なんの予兆もなく、いきなり開いた穴に対応できず、そのまま巨竜は穴の中へと落ちる。

 途中、穴のふちへと引っかかった翼が巨竜自身の重量により、おかしな方向へとじ曲がる。

「よし! 成功だ!」

 予想は的中し、初手はかんぺきに決まった。

 崩落を起こして巨竜を穴の中に落としてしまえば、落下の勢いで翼を折ることができると予想していたが、鮮やかなほどにうまくいった。

 これで巨竜の飛行を封じつつ、さらに穴から脱出するまでの間は、満足に移動することもできなくなったはずだ。

 地面の下からも、待機していたアントたちが攻撃を加えることができる。

「ゴオオオオ!!

 巨竜が怒り狂ったような声を上げ、穴から出ようともがくが、地下で待機していたアントたちがそうはさせじと喰らい付き、その体を穴の中へと引き込もうとする。

 さらに、近くで待機していたアントフライたちが、アントスパイダーの糸から作られた白いロープを抱え、巨竜の周囲を飛び回った。

 地上にいるアントたちがそのロープを引っ張り、巨竜の体を拘束する。

 アントたちは足を踏ん張り、全力でロープに食らい付いているが、やはり巨竜の方が力は上のようだ。

 じりじりと穴から巨竜の体が持ち上がり始めたとき、フロレーテが大樹に向けて祈るように両手を組み、叫んだ。

「大樹様! 力をお貸しください!」

 フロレーテの声とともに大樹の根がうごめき、穴の下から巨竜の体をからめとる。

 巨大な樹の根にがんじがらめにされ、巨竜の動きが止まった。

 さらに巨竜の後方以外からも次々とアントたちが現れ、列をなして進んでいく。

「頼む。頑張ってくれよ――」

 穴から出られないと悟った巨竜は、ブレスを放ちアントたちを焼きくしていく。

 しかし、アースアントが作った土の壁や、その身を盾にしたガーディアンアントたちに阻まれ、いくらかのアントを焼き尽くすだけにとどまる。

 さらに、複数の方向から迫るアントたちに、完全には対処できていないようだ。

 爪を振り回して、近づいてきたアントたちをぎ払うが、それでもアントたちの軍勢が止まることはない。

 そしてついに、攻撃をかいくぐったアントたちが1匹、また1匹と巨竜の下へとたどり着き、その巨大な体をよじ登り始める。

 巨竜の体へと取り付いたアントたちは、そのおおあごや酸で、うろこおおわれていない傷口や、防御力の低そうな目や鼻などに攻撃を加え始める。

 何匹かのアントたちは協力して傷口のふちから、皮ごと鱗をはがしていた。

「グオオオオオオ!」

 さすがの巨竜も鱗をはがされ、むき出しになった傷口に攻撃されるのはこたえるらしい。

 怒り混じりの苦悶の声を上げ、さらにめちゃくちゃに暴れまわる。

 その勢いで、何匹かのアントたちが振り落とされるが、すぐに周りのアントたちが攻撃を加えていく。

 巨竜の周囲は、すでに地面が真っ黒になるほどのアントたちがうごめいている。

 体に取り付いたアントたちを振り払うのに意識を向けているのか、巨竜のブレスの頻度が落ち、その隙にさらに多くのアントたちが巨竜の下へと殺到する。

 全身をアントたちに包まれ、巨竜の体はところどころが黒く染まっている。

 その体のあらゆる部分から血がにじみ、体力が削られていく。

 対するアントたちの被害も軽くはない。

 巨竜が何か行動するたびに、少なくない数のアントたちが倒されていく。

 だが、たとえ仲間が燃やしくされても、噛み潰されても、アントたちの攻撃が止むことはなかった。

 その光景は、まさしく死闘と呼ぶべきものだろう。

「うぅ……こんなの、もう見てられないよ……」

「フィーネちゃん……」

 あまりの光景に、フィーネが辛そうな声を出す。

 戦闘に参加しているアントたちの中には、フィーネと仲の良いアントたちも混ざっている。

 おそらく、そのうちのいくらかはこの戦闘で命を落とすことになる。運よく、全員助かるなどということはあり得ないだろう。

「フィリオーネ、目をそらしてはなりません」

「女王様……」

 うつむき、戦いから目を背けてしまったフィーネを、フロレーテが厳しい声でたしなめる。

「あの方たちは、私たちのために命を賭けて戦っているのです。私たちには、最後まで戦いを見届ける義務があります」

 そうだ。アントたちが戦っているのは、妖精たちを助けるためなのだ。

 たとえ、この戦いの先で何が起ころうとも、そこから俺たちが目を背けてはいけないのだ。

「――うん。みんな、がんばれー!」

 フィーネは真っ直ぐに戦場へ視線を向けると、アントたちに声援を送る。

 他の妖精たちも、勝利を願ってアントたちへと声を送り始めた。

「いける! いけるぞ!」

「がんばれー!」

「このまま押し切りましょう!」

 こちらの応援を背に受けながら、アントたちは果敢に攻撃を加えていく。

 穴に落ちて拘束された巨竜は、満足に動くことすらできていない。

 戦況は、今のところこちらが圧倒的に有利だ。

 犠牲は少なくはないが、このまま削り切れるかもしれない――そう、思ったときだった。

「グオアアアアアアァァ!!

 巨竜のほうこうが天地を揺るがし、結界を超えてこちらにまで届く。

 ふんと殺気に満ちたそれに威圧されてしまったのか、妖精たちの声援が途切れた。

 不気味な静寂の中、巨竜がその口を地面に向けて大きく開く。

 今までとは、何かが違う。そんな不安と予感を抱きつつ、巨竜の動向を注視する。

 そして、今までのブレスよりも長い溜めの後、巨竜は地面に向けて巨大な火球を放った。

 今までに使っていた、広範囲に広がるタイプのブレスとは違い、着弾した部分から爆発したように広がるタイプのブレス。

 膨れ上がる炎は、巨竜ごと周囲のアントたちを炎に包み、その姿をおおい隠す。

 しようげき波が天地を揺さぶり、大量の土砂が降り注いだ。

 結界越しだというのに、こちらにまでその熱気が伝わるかのような強烈な一撃。

 やがて、土埃が弱まり、向こう側の様子がうっすらと見え始める。

 揺らめく陽炎かげろうの奥に、今まさに穴から這い出る巨竜の姿が見える。

 その周囲に、あれほどたくさんいたはずのアントたちの姿はなかった。

 自分をも巻き込む強烈なブレスによって、巨竜の全身のところどころにひどい火傷ができ、折れていた翼も、その片方がちぎれてしまっている。

 その姿は、誰が見てもひんとでも言うべき無残なもののはずだ。

 なのになぜだろうか、あの巨竜に勝てる気がしない。

 ふんに歪むその顔は、まだ余力が残っているようにすら見えてしまう。

 こちらの作戦と準備、そして、アントたちの決死の奮戦を、圧倒的なまでの力でねじ伏せる力の化身。

 たった一撃。

 たった一発のブレスによって、こちらの有利だったはずの戦況が、あっけなくひっくり返されてしまった。

 力強く大地を踏みしめ立ち上がった巨竜は、辺りを悠々とへいげいすると、天に向かって高らかにえる。

 ダメージを受けていないはずがない、なのに、力強く雄々しいそのほうこうは、底なしの生命力を感じさせるほどだ。

 巨竜からの死刑宣告のようなその咆哮を聞き、思わず1歩、後ろへと足が下がってしまう。

 もはや、あの巨竜を封じ込めるものは、天地のどこにもなかった。

 

◆ ◆ ◆

 

 突然できた穴に落ち、拘束され、無数のジャイアントアントに食いつかれたルドニールは、いまいまし気に叫ぶ。

『虫けらどもが、調子に乗るなあああァ!』

 敵とすら思っていなかった虫けら相手に苦戦を強いられ、こうも無様な姿をさらしている。

 あまりの屈辱に、ルドニールの怒りは、もはや頂点を振り切っていた。

 ルドニールは地面に向け、特大の火球を放った。

 地面に着弾した火球は、またたく間に膨れ上がり、周りの虫けらたちを焼きくし、消し炭へと変えていく。

 全力で放った炎に包まれたルドニール自身の体も、軽くはない傷を受ける。

 だが、彼にとって、もはやそのようなはどうでもよいことであった。

 自分にここまでの屈辱を味わわせたおろか者を、1人残さず焼きくす。

 たった1つだけの目的が、彼の思考を埋め尽くす。

 灼熱の炎に焼かれ、大樹の根も、張り巡らされていたロープもすべて焼き払われた。

 未だに下でく虫けらどもの抵抗も、それだけではもはや障害にはなりえない。

 彼をしばるものは、どこにも存在しない。

 ルドニールは穴から抜け出し、大地を踏みしめる。

 炎に照らされ、赤く焼けた天へとほうこうをあげ、誓う。

 必ずや、この小細工に頼る卑怯者を、そして力で敵わぬならと数に頼った愚か者どもを消し炭に変えてくれると――

 炎竜王は悠々と辺りをへいげいする。

 辺りには業火に焼かれ、げ付いた大地が広がっているが、虫たちは全滅していなかった。

 あのブレスの直前、何者の指示によるものか、虫けらのうちのいくらかが土壁を作り、自身を盾として仲間を守ろうとする者もいた。

 事実、すでに土の下から、いくらかのありたちが顔を覗かせ始めている。

 未だにあきらめず、愚かにも戦いを挑もうとする虫けらたちを見下ろし、炎竜王は鼻を鳴らす。

 天を駆ける翼は千切れた。

 だが、たとえ空を飛べなくとも、力の差すら分からぬおろか者たちを根絶やしにするのは容易たやすい。

 足元には、無数の虫けらどもがうごめき、懸命に牙を突き立てている。

 しかし、そのような攻撃など、たとえ千度重ねようが炎竜王を倒すことなどできない。

『虫けらどもよ――この炎竜王に挑んだことをあの世で悔いるがよいわ!』

 ルドニールは、足元の虫けらたちに向け、灼熱のブレスを吐きかけた。

 

◆ ◆ ◆

 

 巨竜が、その足元に必死に食らい付くアントたちをブレスでもってじゆうりんしていく。

 先ほどの一撃で、こちらの戦力はほぼ半減。シュバルツたちを中心としたいくらかは何とか生き延びたようだが、巨竜の拘束は解かれてしまった。

「ど、どうしようダン! ドラゴンが外に出ちゃったよ!」

「ダンさん! 早くしないと生き残ったアントさんたちも!」

「分かってる! 分かってるが――くそっ!」

 フィーネとリリーネが真っ青な顔でこちらを見るが、もはやどうしようもない。

 まさかあの巨竜が、あれほどの威力の攻撃を放つとは思いもしなかった。たった一撃で周囲のすべてを消し飛ばすなど、誰が予想できただろうか。

 仮に予想できていたとしても、何ができるのだろうか。あの馬鹿げた攻撃を防ぎきるなど、こちらの戦力では不可能だった。

 巨竜の近くにいたアントたちは、ほぼ根こそぎやられてしまった。

 地下にいたアントたちは無事だが、相手があれを2発3発と撃てるようならもはや勝利は絶望的だろう。

 ならばどうしろというのか!

 まずはあのブレスを封じないとどうにもならない。そんなことは分かっているが、どうすればあの馬鹿げた一撃を避けられるのか……。

 結界の向こうでは、アントたちがなおも巨竜に立ち向かっているが、戦況はよくない。

 考え、準備してきた策を、ただの力押しでこんなにも簡単に突破されてしまった。

 狂った盤面を立て直さなければいけない。そして、考えている時間などない。

 どうしたら、どうしたら――

「ダン様、落ち着いてください。あせっていては何も思いつきませんよ」

 どうやら焦りが顔にまで出ていたようだ。

 フロレーテの声が、落ち着くようにと俺をたしなめる。

 そうだ、焦っていてもいい考えなど出ない。

 まずは深呼吸をして、あせった心を落ち着かせよう。

 一度、二度、三度――ゆっくりと、息を吸って吐き出す。

 よし、これでいい。

 完全に焦りが消えたわけではないが、それでも冷静に考えることができるようになった。

「ありがとう、フロレーテ。さっき、他の妖精にも同じことを言われたよ」

「どういたしまして――私のこれも、彼女からの受け売りですけどね」

「そうか、それならハルにも感謝しないとな」

 ぐるりと周囲を見回すが、彼女の姿は見当たらない。

 まあ、里の妖精すべてがここの高台に集まっているわけではない。きっとどこかで、この戦いを見守っているのだろう。

 改めて巨竜を観察すると、あまりの迫力に圧倒されて気付いていなかったが、最初よりも動きが鈍くなっている。

 間違いなく、今までの攻撃は効いている。

 相手も生き物なのだ。絶対に倒せないわけではない。

 そうだな――まずは、今使える手札を確認しよう。

「フロレーテ。さっきの、大樹の根による拘束はまだ使えるのか?」

「そうですね……今すぐは厳しいですが、もう少しだけ時間があれば、あと1回くらいは使えるでしょう」

 これはいい知らせだ。

 大樹の根による拘束があれば、1度だけ巨竜の動きを止めることができる。

 あとは、あの巨竜をどうやって穴に落とすかである。

 ダミーコアによって落とし穴を作るだけのDPは、まだ十分に残されている。

 しかし、相手をうまく穴に落とすのは難しいだろう。

 まず、ダミーコアの領域内にあの巨竜がいる場合、敵対している存在がいることでコアの機能が制限されてしまうため、DPを使用して土を掘ることができなくなってしまう。

 そのため、地表ギリギリに領域が届くようにダミーコアを配置する必要があるのだが、落とし穴を作ることができるのは、円形の領域の最上部、コアの真上の一点だけだ。

 それ以外の場所に作るのならば、事前に穴を作って誘導しなければならない。

 しかし、相手が落とし穴を警戒しているならば、避けられてしまう可能性があるのだ。

 回避される可能性を減らすために、奇襲性の高い前者の方法を選択するとしよう。

 次は、あの強烈なブレスをどうするかだ。

 穴に落として動きを止めたところで、もう一度あの大火球を撃たれてしまったら脱出されてしまう。

 さらに、攻撃のチャンスを無駄にしないためには、穴に落ちた瞬間を狙って残りの戦力で総攻撃を仕掛ける必要がある。

 だが、そのタイミングであの火球を撃たれてしまえば、こちらの戦力は完全に壊滅だ。そこから立て直す余力はない。

 火球を放って脱出する時、相手もダメージは負うだろうが、それで倒し切れるとは限らない。

 ブレスを止める機会があるのは、あの長い溜めを行っている間くらいだろう。

 それ以外のタイミングだと、相手の頭が高い位置にあるせいで攻撃できそうにない。

「考えろ……考えるんだ……勝ち目はまだある」

 自分自身に言い聞かせるようにつぶやく。

 まるで蜘蛛の糸のようなわずかな可能性だが、まだ勝ち目はある。

 今いるアントたちの中で、あのブレスを止められそうな者はいるだろうか。

 物理攻撃主体のアントでは厳しい。

 仮に口の中に飛び込んだとしても、そこまでのダメージを与えられるとは思えない。

 ならばガンナーアント系のアントたちならどうか?

 口の中を酸で焼いてしまえば、妨害できるかもしれない。

 アントスパイダーのロープも、まだあったはずだ。

 残りのチャンスは、おそらく1回だけ。

 成功するかどうかも分からない、ギャンブルのような作戦とも言えないようなそれ。

 普段なら選ぶはずもないような作戦だが、もはや考えている時間は残っていない。

 こうして考えている間にも、アントたちは着実にその数を減らしている。

 これ以上やられてしまえば、残り少ないチャンスまでなくなってしまう。

 これでやるしかないだろう。

「まずは、誘導だな」

 巨竜のブレスから身を守るために、目標地点の周辺へとアースアントに土壁を作らせる。

 その壁の後ろに隠すように遠距離攻撃が可能なアントたちを並べていく。

 あとはフロレーテの準備が整うまで時間を稼ぎつつ、落とし穴の場所まで誘導するだけだ。

 言うだけならば簡単だが、あの巨竜を誘導するには、生半可な実力では不可能だ。

 うちのダンジョンでそれができそうな戦力は、シュバルツたち以外にはいない。

 死地に飛び込むことになるシュバルツには悪いが、ここが正念場だ。

「シュバルツ! 頼むぞ!」

「シュバルツちゃん、頑張って!」

「シュバルツさん、絶対に勝ってください!」

 作戦開始だ。

 指示を受けたシュバルツたちが穴から飛び出し、巨竜の前へと躍り出る。

 彼女たちに向け、巨竜からはブレスが吐き出されるが、アースアントの土壁とガーディアンアントの盾を使い、それをやり過ごす。

 どうやら、正面から受けるのではなく、ブレスの方向をそらしながら攻撃を防いでいるようだ。

 さらに、酸の弾幕をブレスに当てることでその威力を弱めている。

 こちらの無茶な命令を果たすために、アントたちが力を合わせて敵に立ち向かっていた。

 だが、さすがのシュバルツたちでも、やはり炎竜王を相手にするのは辛いようだ。

 少しずつ、だが着実に数を減らされ、じわじわと追い詰められていく。

 かたをのんで、奮戦するアントたちの姿を見守る。

「ダン様! 準備が終わりました! いつでも行けます!」

「よし! あとは落とし穴に落とすだけだ!」

 待ち望んだその言葉。

 ようやく、フロレーテ側の準備が終わったようだ。

 シュバルツたちが、巨竜を誘いつつゆっくりと後退していく。

 巨竜は何度攻撃してもなかなか倒れないシュバルツたちに向けて、いまいまし気にえると、他のアントを無視して突き進んでいく。

 そのまま巨竜は誘導されていくが、目標地点にもう少しで届こうかというところで、その足が止まった。

 ――まさか、こちらの狙いに気が付いたのだろうか? 何とか誘導しようとするあまり、違和感を持たれてしまったのかもしれない。

 妖精たちも送っていた声援を止め、静かにその光景に見入っている。

 失敗――その二文字が脳裏をよぎった次の瞬間、シュバルツが巨竜を正面からにらみつけ、挑むようなほうこうを上げる。

 それに呼応して巨竜がえ、その足を1歩踏み出す。

 今、この瞬間だ――

 大量のDPと引き換えに、巨竜の足元の土がごっそりと消滅する。

 巨竜の体が、穴の中へと落ちていく。

「今だ! 頼む!」

「分かりました! 大樹様! 力をお貸しください!」

 フロレーテの言葉とともに、再度、大樹の根が巨竜の体を拘束し、地面へとい付ける。

 アントフライが弾丸のように飛び交い、ロープを巻き付ける。

 また、同じ方法で脱出するつもりなのだろう。

 巨竜は前回と同じように、ブレスを吐くために力を溜める。

 その大きく開けた口にめがけて、アントたちの酸弾が飛び込んでいく。

 しかし、巨竜の動きは止まらない。まるでこちらの浅はかさを笑うように、巨竜の喉の奥で陽炎かげろうが揺らめく。

 ダメだったのか――そんなことを考えた時、黒い影が巨竜に向けて走った。

「ダン! シュバルツちゃんが!」

「何をするつもりだ!?

 矢のように、真っ直ぐに巨竜へと駆けるシュバルツ。

 そこへ、ブレスの溜めが終わった巨竜が口を向け――

 

◆ ◆ ◆

 

 ありの群れをじゆうりんする炎竜王だが、苛立ちは募るばかりだった。

 弱々しくまとわりつく虫けらどもをらしていると、他の者よりもわずかに強い力を持った集団が現れた。

 ルドニールの力と比べれば、そこらの虫けらと大した違いがあるわけではない。ほんの少しだけ、他の者よりも強いだけだ。

 だが、ルドニールの攻撃を、時には避け、時にはらしと持ちこたえている。

 この炎竜王たる我が、何たる無様か!

 虫けらの1匹ごときを殺すのに手間取るとは――ルドニールは、わずらわしい虫けらたちと、それを蹴散らせない自身のふがいなさに苛立ちを募らせる。

 だが、少しずつだが、虫けらたちは追い詰められている。

 残らず消し炭になるのは、もはや時間の問題だった。

 そんなときである。虫けらたちの動きが、何かを誘うように変わったのだ。

 また小細工でも仕掛けるつもりだろうかと、ルドニールはその行動をいぶかしむが、虫けらたちを追いかけるのを止める気はなかった。

 そして、もう少しで追いつこうかというとき、ルドニールは足元に漂う魔力のわずかな違和感に気が付いた。

 この下に、何かが仕掛けられている。それはきっと、先ほどのような卑怯なわなだろう。

 このような小細工が二度も通じると思われていた。

 炎竜王の力をろうするかのようなそれに、怒りを燃やす。

 力で及ばず、罠に頼ろうとする愚か者ごと、仕掛けられた罠を消し飛ばしてやろうとしたときだった。

 目の前の虫けらたちの中で、最も強いだろう1体が、不遜にも炎竜王を真正面からにらみつけ、ほうこうする。

 ちっぽけな虫けらの咆哮。そこに込められた意思。

 ――真に強者であるならば、目の前の罠を踏み抜き、そしてその力を証明してみせよ。

 それはあまりにも分かりやすい挑発だった。

 ここまでの戦いで、力の差は理解できたはずだ。

 それでもなお、虫けらたちの抱く勝利への希望は消えていない。本気で、炎竜王をほうむってみせるつもりなのだ。

 おもしろい――

 ルドニールは、喉をうならせ、牙をむき出しにする。

『よかろう! 貴様らの小細工など、我は正面から打ち砕いてくれる! そして、真の強者の姿を見るがいい!』

 炎竜王ルドニールは足を踏み出した。

 地面が崩れ、そして大樹の根と白いロープが、ルドニールの体を拘束する。

 先ほどと同じそれに、ルドニールは落胆する。

 まさか、二度目のブレスは撃たないとでも思ったのだろうか?

 しよせん、虫けらは虫けらだった。期待外れだと、ブレスを吐くために口を開ける。

 そこへ、正面の土壁に隠れていた虫どもが酸を流し込む。

 その存在は最初から気付いていた。脅威になどならぬと、捨て置いたのだ。

 ――おろかな……その程度の酸ごときが我を止められるものか!

 心の中でののしり、止めのブレスを吐きだそうとしたその瞬間だった。

 ルドニールの下へと黒い影が迫り、突進。

 ブレスを吐くために大きく開けたあごを押し上げ、強引に閉じる。

 限界まで溜めた炎はもう止められない。行き場を失った炎は、口の中で爆発し、その破壊力を存分に振りいた。

 口かられ出た炎が辺りを包み、灼熱の空気が周囲の生き物たちをあぶる。

 ブレスはその余波だけで周囲に甚大な被害を与えたが、爆炎はルドニールの体の中も焼きくしていた。

「グ……ウ……」

 喉から漏れるような、その声とともに、炎竜王の体から力が抜ける。

 炎が消えたとき、そこにはぼろぼろになりながらも立つ虫けらがいた。

 

 すでに勝敗は決していた。

 体内を焼かれた炎竜王には、もう戦うだけの力は残されていなかった。

 炎竜王は最後の力を振りしぼり、目の前の虫けらへと首を向ける。

『策を巡らせ戦いをろうし、力で敵わぬなら数に頼る。このような戦い方で勝って満足か?』

 炎竜王は、目の前の虫けらへと声をかける。