「私たち、みんなを助けに来たんだよ! 大樹さま、道を開けて!」

 リリーネと共に、フィーネも大樹の根へと呼びかけ始める。

 もう、迂回路を探している余裕はない。ならば、ここを通るしかないのだ。

 大樹が意思をもってここを塞いだのならば、根をどけて道を開けることもできるだろう。

 俺も前へ出ると、2人に並んで大樹の根へと手を伸ばす。

「頼む。ここを通してくれ! これ以上時間がかかれば、間に合わないかもしれないんだ」

「お願いします、大樹さま!」

「大樹さま! お願い!」

 その呼びかけが届いたのだろうか?

 大樹の根が震え、その隙間から光が差し込む。

 ずるずると根が移動して、トンネルの先に進むための道ができる。

 その先には、外の光が見えた。

 あの光の先が妖精の里だ。なんとか間に合った。

 ここまでくれば、あとは歩いていける。里の妖精たちをパニックにおちいらせないためにも、モンスターであるナイトアントのファムはこの場で待機だ。

「ファムちゃん。ありがとう! おかげで間に合ったよ!」

「ギ、ギィ……」

「はい! 絶対に助けます! だから、ファムさんはここで休んでいてください」

 フィーネたちが、ファムへと感謝の言葉を掛ける。

 ここまでの道中、全速力で休むことなく走り続けてきたのだ。

 いくら体力に自信のあるナイトアントでも、何とか立っているといった様子だった。

「よくここまで運んでくれた。あとはゆっくり休んでくれ」

「ギギ……」

 肯定の意を返したナイトアントが、その場に崩れ落ちる。どうやら、疲労が限界を超えて気絶してしまったようだ。

 気絶する瞬間、ナイトアントは何かを求めるようにこちらを見ていた。

 その視線が意味するものは、きっと――

「あと少しで、妖精の里に着くぞ。2人とも、心の準備はいいのか?」

 フィーネたちにとっては、追放されてから初めて故郷に戻ることになる。

 もしかしたら、不安に思っているかもしれない……。

 そう思い、振り返るが、2人の顔に不安の色は浮かんでいなかった。

「うん! 早くみんなを助けに行こう!」

「絶対に、みんなで帰りましょう!」

 どうやら心配は無用だったようだ。

「そうだな……よしっ! いくぞ!」

 そして、俺たちはトンネルを抜け、妖精の里へと足を踏み入れた。

 

◆ ◆ ◆

 

 ――ダンたちが妖精の里へ到着する少し前。

 依然、巨竜は休むことなく里を守る結界へと攻撃を続け、外は炎に包まれていた。

 妖精の里では、妖精の女王フロレーテがその美しい顔にしわを寄せ、あせりの表情を浮かべていた。

「このままでは……結界がもちません……」

 最初の頃よりも勢いが落ちてはいるものの、炎竜王の口から吐き出される紅蓮のブレスは絶えず結界にダメージを与えている。

 もし結界が破られたならば、この小さな里など一瞬で焼きくされてしまうだろう。

 結界をするかなめとなっている大樹は、その葉を茶色く枯らし、何枚もの葉がパラパラと妖精たちの上へ降り注いでいる。

 幹や枝もみずみずしさを失い、ひび割れがところどころに走っている。

 このままでは、大樹の命がき果てるのもそう遠くはないだろう。

「なにか……なにかないのですか……」

 このままでは、じきに里を包む結界が破られてしまう。

 大樹に力を注いでいた妖精たちも、すでに疲労困憊でこれ以上は力を注げそうにない。

 あちらこちらで地面に座り込んでいたり、中には限界まで力を注ぎ、気絶してしまった者までいる。

 これ以上の無理をさせてしまえば、力を使い果たして死んでしまうだろう。

 結界も、おそらく日没まではもたない。

 まさに万事休す、もはや死を待つ以外に何もできないという状況に、フロレーテがついにあきらめの涙をこぼしそうになったときだった。

「女王様! 大変であります!」

 休んでいたはずの妖精の1人が、慌てた様子でこちらへと飛んでくる。

 その顔は、信じられないものを見たとでもいうような驚きに包まれていた。

 いったいどうしたのだろうか。この状況で慌てて飛んでくるなど、ただ事ではないのだろう。

 そうフロレーテが考えたとき、妖精の口から出たのは信じられない言葉だった。

「2人が! 2人が戻ってきました!」

「2人? まさか――」

「フィリオーネとリリオーネです! それと、見たことがない人間が1人!」

「ああ! 2人とも、生きていたんですね! 本当に良かった――」

 フィリオーネたちが戻ってきた。

 フロレーテの目の前にいる妖精は、確かにそう言った。

 無事でいてくれた――そう思うと同時に、なぜこんな状態の里に戻ってきてしまったのかという思いも浮かぶ。

 あの炎竜王が目に入らなかったはずはないのに、どうしてと。

 しかし、フロレーテは疑問を感じる。

 結界の外は炎竜王が吐き出すブレスによって、火の海になっている。

 その灼熱の炎に包まれれば、たちまち焼け死んでしまうはずだ。

 外から入ってくることは不可能。ならば、里の中にいたのだろうか? いや、それもない。

 ならばどうやって? もしかしたら、里の皆が助かる方法があるかもしれない。

 そう考えたフロレーテは羽を広げ、フィリオーネたちがいるという場所へと飛び立った。

 なぜだかは分からないが、きっと皆が助かる気がする。そんな予感とともに――

 

◆ ◆ ◆

 

「着いたよ! ここが妖精の里だよ!」

「みんな! 助けに来ましたよ!」

 トンネルの先は、緑におおわれた美しい里であった。

 周りを見回すと、辺りの木々には、小さな窓が取り付けられており、木々の中で妖精たちが暮らしていたということがうかがえる。

 木の根元に生えているキノコ、そして地面に生えている草花。まるで絵本の世界にでも出てくるような、のどかな景色。

 そう、揺らめく結界の外で怒り狂う巨大な竜と、周囲を包む炎さえなければ――

 里の妖精たちは、いきなり現れた俺たちを、遠巻きにしてどこか不安げに見ている。

 やがて、2人組の妖精がこちらへと飛んできた。

「止まれ! 止まるであります!」

「とまれー」

 やってきたのは、とげとげとしたクヌギの帽子をすっぽりとかぶった生真面目そうな妖精と、こんな状況にもかかわらず、どこか眠たげな桜色の髪の妖精だった。

 2人とも、その手には木の枝を削って作ったと思われる、やりのような棒を握っている。

 察するに、2人はこの里の門番か、衛兵のような役割をしているのだろう。

 とげとげ帽子の妖精がこちらに槍を突きつけにらみつけたが、フィーネとリリーネの姿を見ると、プルプルと震え始めた。

「フィーネ、リリーネ! 生きていたでありますか!」

「ぶじでよかったねー」

 とげとげ帽子の妖精は、フィーネとリリーネの顔を確かめるようにじっと見つめると、やがてぽろぽろと涙をこぼし始めた。

「うぅ……よかった、よかったであります……どれだけ探しても見つからないから、もう死んだものかと……」

 フィーネたちは里から追い出されたと聞いていたが、様子を見る限りでは、何か行き違いがあったように感じる。

「ふふーん! アタシを誰だと思ってるの!」

「うっかりふぃーねー」

「むむっ、うっかりじゃないよ! しっかりだよ!」

「ふぃ、フィーネちゃん……」

 和気あいあいと話を始める彼女たちだが、そんな場合ではない。

 助けに来たことを伝えようと彼女たちの下へ一歩踏み出すと、先ほどまで泣きじゃくっていたとげとげ帽子の妖精が、警戒をあらわにしてこちらにやりを突きつける。

「止まるであります! うっかり忘れかけていたでありますが、貴様は何者でありますか!」

「くせものー」

「俺は――」

「しゃべるなであります! え。えーっと……そうだ! おとなしく地面に手をついて、膝をあげるのであります!」

 とげとげ帽子の妖精の問いに答えようとしたのだが、黙るようにと言われてしまう。

 どうやら、突然現れた人間に混乱しているらしく、その言動もどこかおかしい。

「待って! ダンは悪い人じゃないよ!」

「そうです! 皆さんを助けに来たんですよ!」

「ほー」

「むむっ、それなら証拠を出すであります!」

 怪しい人間ではないという証拠を出せと言う、とげとげ帽子の妖精。

 それならば、心を読む力で悪人ではないことを証明しようと思ったのだが、口を開こうとすると、とげとげ帽子の妖精が涙目で震えながらこちらにやりを向ける。

 悪いことは何もしていないはずなのになぜだろうか、罪悪感がきあがってくる。

 いつの間にか後ろへと回り込んだもう1人の妖精が、どこか楽し気にこちらを槍でつついている。チクチクとした感触がくすぐったいのでやめて欲しいのだが、口を開くことができないのでそれも言い出せない。

 とりあえず、このままではらちが明かない。

 こちらを涙目で見つめるあの妖精には悪いが、少しばかり強引に話をさせてもらおうと口を開こうとしたときだった。

「この里に入るには、大樹さまの許しが必要なはずです! 大樹さまが認め、ダンさんがここにいるということが、悪い人間ではない何よりの証拠です!」

「そうだよ! ダンは悪い人じゃないよ!」

「おー!」

「む、むむ……いや、でもでありますな……」

 リリーネの渾身の説明。

 それを聞いた眠たげな眼の妖精が、感嘆の声と一緒にぱちぱちと拍手を送る。そして、その眠たげな顔をきりりとしたものに変えると、未だに納得がいかない様子のとげとげ帽子の妖精へと指示を出した。

「キル! 女王様に報告! 駆け足!」

「は、はひぃ! 了解であります!」

 指示を受けて、キルと呼ばれた妖精が慌ただしくどこかへ飛んでいく。

「あっ、ダン! ちょっとアタシの家を見てきていい?」

「あの、それじゃあ私も……」

「ああ、女王様が来るまでに戻ってきてくれ」

「うん!」

「分かりました!」

 フィーネとリリーネは、どうやら里にある自宅を確認しに行くようだ。

 数か月も戻ってこられなかったのだから、それなりに気になることなどもあるのだろう。

 フィーネたちを見送ると、近くにあった切り株に座り、これからのことを考える。

 どうやら何とかなったようだが、急いでいるのに余計な時間を使ってしまったのは痛い。

 結界は後どれだけ持つだろうか、あせりの気持ちが徐々に膨らんでいく。

「だいじょーぶだよー。たいじゅさま、もうちょっとだけ、だいじょうぶ」

「えっ?」

 耳元で聞こえた声に振り返ると、そこにいたのは先ほど指示を出していた妖精だった。

 一瞬だけ浮かべたりんとした雰囲気はどこかに消え、また眠たげでとろんとした表情に戻っている。

「あせっても、いいことない。りらっくす、りらっくす」

「……そう、だな」

 どこかほんわかとした雰囲気の妖精にさとされ、落ち着きを取り戻す。

 焦っても、それが思考を乱してかえって悪い結果を招くだけなのだ。それは今までの戦いでも学んだはずだ。

 この妖精の言葉が事実ならば、もう少しだけ時間の余裕があるのだろう。

「ありがとう。えーっと……」

「わたし、ハルオーレ。ハルってよんでいいよ」

「ああ、ハル。さっきは助かったよ。俺はダンだ」

「ダン、どういたしましてー」

 ハルと名乗った妖精は、ぽわぽわとほほんだ。

「いま、キルがじょおーさまをよびにいったから、もうちょっとしたらくるはずー」

「それじゃあ、ここで待たせてもらおうかな」

「うむー」

 ハルはうんうんと頷くと、他の妖精を集めてくると言い残してどこかへ去っていった。

 それと入れ違いに、フィーネとリリーネがこちらへと戻ってきた。

「ダンさん。ただいま戻りました」

「ダン! ただいま! ハルちゃんとお話ししてたの?」

「2人ともおかえり。ああ、なんというか、不思議な雰囲気の子だったな」

「ふふーん! アタシの友達なんだよ!」

「ハルさんは里の皆さんと仲がいいんですけど、結構なぞに包まれているんですよね……」

 そんな話をしていると、遠くから猛スピードでやってくる小さな影が視界に移った。

「ふわっ!?

「フィリオーネ! 本当にフィリオーネなのですか!」

「女王様!」

 どうやら、やってきたのは妖精の女王らしい。

 妖精の女王は、やって来た勢いのままフィーネに飛びつき、涙を流しながらその無事を喜んでいる。