この大きな樹ははるか昔から――ここに妖精の里ができてから、ずっと里を優しく見守り続けてきたと伝えられている。

 戦う力のないか弱い妖精たちが、今までこの森の中で危険な目にあうこともなく平穏に過ごすことができていたのは、この大樹の恩恵によるものだった。

 この樹の力を借りて、代々の女王が結界を張り、里を守り続けてきたのである。

 ――だが、そのいつまでも続くと思えた平和が、あの巨竜の手によってついに破られようとしている。

 あれだけの攻撃に何度もさらされてしまえば、結界のかなめである大樹にかかる負荷もかなりのものになる。

 現に、今このときもほんのわずかずつではあるが、大樹はじわりじわりとその命をすり減らしていた。

 妖精の里のはるか上、大樹の青々とした枝からはらりはらりと落ち始めている木の葉が、それを示す何よりの証拠だろう。

 このままいつまでも炎竜王の攻撃が続いてしまえば、あと数日もしないうちに、里を守る結界は破られてしまう。

 その先に待っているものは……。

 妖精の里の壊滅。結界の外は渦巻く炎で満ちている。

 あれを超えることなど、誰にもできそうにもない。

 たとえ炎の先に抜けることができたとしても、あの巨竜は妖精たちを1匹たりとも逃がしてはくれないだろう。

 それほどの怒りが結界を超えて、ビリビリとフロレーテの体を震わせる。

 炎竜王の怒りにあてられ、動けなくなってしまう妖精までいるほどだ。

 あの巨竜が、こうして執拗に結界に攻撃を加えてまでも里を襲おうとする目的は、フロレーテには分かっていた。

 この里に、そこまでして欲する価値のある物など1つしかない。

 妖精が大事に守り続けている秘宝。

 生き物に、それが望む力を与えるとされる宝だけしか――

「女王様! 皆を集め終えました!」

「おえましたー」

 フロレーテの下へと、先ほど里にけんぞくたちを集めに行った妖精が、戻ってきた。

 里の中央にある広場には、里中にいるすべての妖精たちが集まっている。

 フロレーテは不安を振り払うと、そこに集まった妖精たちに不安を見せぬようりんとした声で告げる。

「今、我らが妖精の里にの危機が迫っています。このままではの巨竜は大樹様がする結界を破り、この里へと乗り込んでくることでしょう」

 フロレーテの言葉に、集まった妖精たちがざわめく。

 その言葉が信じられない者。その場で泣き出してしまう者。

 妖精たちの反応は様々だった。

 だが、そのすべてに共通するものは、今まで妖精たちを守ってきた里がなくなることへの恐怖である。

「我々の弱い力では、彼の巨竜と戦うことはできません。このまま結界が破られてしまえば、あの燃え盛る炎に焼かれ、我らが全滅する未来は変えることができないでしょう」

 おびえる妖精たちの姿を見て、フロレーテは心を痛めるが、なおも言葉を続ける。

「それだけは何としても避けなければなりません。ですから、皆の力を貸してください。皆の力を合わせて、大樹様の結界をするのです」

 ここから見えるあの巨竜は、見たところ全身のあちこちに傷を負っている。

 もしかしたら――もしかしたら結界を壊すことをあきらめるかもしれない。

 あの傷をいやすために、この地を去っていくかもしれない。

 もしくは――誰かがあの巨竜を追い払ってくれることもあるかもしれない。

 巨竜の様子を見る限り、それらの可能性は限りなく低い。

 森を焼きくす炎竜王を、追い払える者などいないかもしれない。

 もしも彼女たちが助かるのならば、それはもはや奇跡に等しいと言ってもいい。

 だが、フロレーテはそれを祈らずにはいられなかった。

 奇跡にでもすがらなければ、この里はなくなってしまう。

 彼女が、力の衰え始めた先代の女王からその座を譲り渡されて、永い時が経った。

 その間、里は平和そのものであった。

 妖精たちが元気に飛び交い、笑い声の絶えなかった里がなくなるなどと考えると、胸が張り裂けてしまいそうになる。

 それに――

「フィリオーネ、リリオーネ、あなたたちは無事でいるでしょうか……」

 フロレーテは、この場に姿のない2人の妖精の姿を思い浮かべる。

 彼女が、ハチミツを食べたフィリオーネを里から追い出したのは本気ではなかった。

 妖精はもともといたずら好きな生き物である。

 つまみ食いや落書きなんてことは、もはや日常茶飯事である。

 時には寝床に虫を放り込み、相手を驚かせたりする者だっていたくらいだ。

 つまみ食いをして、ハチミツを食べつくしてしまった程度ならば、まだかわいいものである。

 だが、あのハチミツは、年に一度の大事な儀式に使うはずのものだった。

 それを聞いて怒った彼女は、フィリオーネを少しらしめるために、追放だと言って里から外に出した。

 里から離れすぎなければ、夜にならない限り危険は少ない。

 だから、日が暮れる前にフィリオーネを迎えに行き、里へと連れ戻すはずだったのだ。

 しかし、里の外へと出ていったフィリオーネは、いつの間にかいなくなってしまった。

 慌てて里にいるすべての妖精を総動員して、森の中をくまなく探したのだが、結局フィリオーネが見つかることはなかった。

 彼女を心配してついていったらしいリリオーネも、行方不明のままだ。

 2人がいなくなる少し前、森で3人組の人間を見た者がいたらしい。

 その男たちに捕まってしまったのかもしれない。

 もしくはモンスターに襲われた可能性だってある。

 数か月が経った今でも、フロレーテはあの時の選択を後悔していた。

 里の中は大樹の結界に守られているから安全である。

 だが、外の世界はそうではない。

 いくら妖精が姿を消せるとしても、妖精を狙う悪い人間やモンスターは確かにいるのだ。

 里と違って、安全とは程遠く、生き抜くだけでも苦労するだろう。

 もしもどこかで生きているならば、いつの日かほんの一目でもいいから元気で過ごしている姿を見せて欲しい。

 そして、たとえ許してくれなくてもいいから、あの時のことを謝らせて欲しい。

 それがフロレーテの望みだった。

 ――だが、ここで里がなくなってしまってはそれもかなわない。

 里がなくなれば、フィリオーネとリリオーネが帰ってくることもできない。

 もしかしたら、ここへ戻ってきたときに、滅んで誰もいなくなった里を見て泣き出してしまうかもしれない。

 だから、ここで里がなくなってしまうのは避けなければならないのだ。

 たとえ起こるはずのない奇跡にすがることになってでも――

 フロレーテは顔を上げると、妖精たちに大きな声で告げた。

「さあ、皆さん。大樹様に力を注ぐのです! きっと、きっと私たちは助かります!」

 フロレーテの言葉を聞いた妖精たちは、大樹の下へと飛び立っていく。

 だが、中には泣き続けたまま、その場から動けない妖精たちもいた。

 ――きっと助かる。その言葉は自分自身に向けたものなのか、それとも里の妖精たちに向けたものなのか。

 もはや、そんなことはどちらでも良かった。

 今はただ、希望を捨てずに大樹の結界のに努めるだけだ。

 たとえ、自分の命がきることになってでも、結界を維持し続けてみせる。

 フロレーテは悲壮なまでの決意をもって、大樹へと力を注ぎ始める。

 やがて、女王の並々ならぬ決意に感化されたのだろうか。

 地面にへたり込んで泣いていた妖精たちも涙をぬぐい、1人、また1人と大樹の下へと飛び立っていく。

 妖精たちの顔は、いつにもなく真剣なものであった。

 いたずらばかりしていた者も、いつも怠けてばかりいた者も、そのすべてが一丸となって里を守るために動き出す。

 ――そして、妖精たちの絶望的なまでの籠城戦が始まった。

 

◆ ◆ ◆

 

「まるで怪獣映画だな……」

 目の前に浮かぶウィンドウには、50メートルはあろうかという巨大な赤い竜が、ダンジョンの西側にある森の中で暴れまわっている光景が映っている。

 まるで特撮物の怪獣映画でも見ているかのような迫力だ。いや、本物なのだから、それも当然だろう。

 森へと降り立った竜は、その中心部にそびえ立つ巨大な樹に向け、ブレスを吐き出しているが、樹の周りに揺らめく結界によって防がれて、中へは届いていない。

 このことをフィーネとリリーネに教えるべきだろうか?

 いつだったか――あの樹を見たフィーネが、故郷である妖精の里について語ってくれたことがある。

 フィーネたちが住んでいた里は、ダンジョンの西に広がるソナナの森の中、まさにあの大樹の根元にあるそうだ。

 あそこには、仲の良かった妖精の仲間たちが住んでいるのだと、笑顔を浮かべながらどこか懐かしそうに語る姿は、少しだけ寂しげだった。

 あの大樹の周りに張られた結界が竜の攻撃に対して、どれだけの間もつのかは分からない。

 もしかすると、あの巨大な竜の攻撃など、簡単に防ぎきれる程度のものなのかもしれない。

 しかし、もしあの結界が竜の攻撃を防ぎきれないとしても、俺に何ができるだろうか。

 仮にあの巨竜と戦ったとしても、ほとんど勝ち目はないように見える。

 アントたちを送りだしても、あの竜の前にはまさしく虫けらのようなものでしかないだろう。

 立ち向かい、そしてたやすくらされ、焼きくされる光景が思い浮かぶ。

 フィーネたちは今日もダンジョンの中に遊びに行っている。今ならば、まだ彼女たちに知られないままにしておくこともできるだろう。

 本来ならば、伝えるべきなのだろう。いくら追い出されてしまったとはいえ、あそこは彼女たちの故郷なのだから。

 もっとも、故郷が襲われているのを、ただここで何もできずに眺めているだけなんてのは辛いに決まっている。

 ならば、これを伝えない方が良いのではないだろうか。

 だが、自分たちの知らぬうちに故郷が滅びたと分かったとき、フィーネたちはどう思うのだろうか。

 それにたとえ真実を隠そうとしても、いつまでも隠せるようなものでもない。

 それを知ったときのフィーネたちの悲しみは、きっと大きいだろう。

 伝えるべきか、伝えないべきか。どちらが正解なのだろうか。

 故郷のことを思い出せない俺にとっては、どちらが辛いことなのかはよく分からない。

 だが、それでも、どちらを選んだとしても、耐えがたいほどに辛いものだろうということくらいは分かる。

 どうする。伝えるべきだろうか、それとも――

 その時だった。

 ふと後ろに気配を感じて振り返ると、そこには静かにウィンドウを見つめるフィーネとリリーネがいた。

 どうやら悩んでいるうちに、ダンジョンから戻ってきてしまっていたらしい。

「ふ、2人とも……帰ってきていたのか……」

「「………………」」

 彼女たちは何も言わない。ただその眼からぽろぽろと涙をこぼしながら、じっとウィンドウに浮かぶ映像を眺めている。

 まるで、消えゆく故郷の最後を看取ろうとするかのようなその姿を見ていると、胸が締め付けられ、もやもやとした感じがする。

 いっそのこと何も言わずに泣き続けるのではなく、里を救ってくれ、あの竜を倒してくれと泣きついて欲しい。

 故郷の記憶も家族の記憶もなく、自分が何者だったのかすらも思い出せない中で、たった1人でダンジョンを作り続けるだけの日常を変えてくれた、家族であり相棒――

 フィーネたちが望むのならば、きっと俺は勝ち目がなくてもあの竜と戦い、フィーネたちの故郷を救おうとするだろう。

 その先に、じゆうりんされ、全滅する未来が待っていても、可能性があるならば手を伸ばす。

 だが、きっとフィーネたちはそれを言わない。

 彼女たちにも分かっているのだ。

 自分がダンに里を救って欲しいと願えば、ダンはきっとそれをかなえようとする。

 そして、あの竜に挑み――敗けるだろうことを。

 だからこそ、彼女たちは何も言わず、ただそこで涙を流し続けているのだ。

 このまま、彼女たちの故郷が焼きくされて滅んだあとでも、フィーネたちは変わらずにダンジョンの中で生活していくだろう。

 どうして故郷を救ってくれなかったんだと、俺を責めることだってない。

 いつものように笑い、ダンジョンで遊び、そして誰もいないところで、故郷を思い出して泣く――

 その姿を想像してしまい、胸の内のもやもやとした感覚が強くなる。

 そんな2人の姿を見た日には、なぜあそこで戦おうとしなかったのかと後悔し続けるに決まっている。

 なにより、そんな彼女たちの様子を見て見ぬ振りすることなど、絶対に耐えられない。

 何せ、今ここで泣いている彼女たちの姿を見るだけでも、叫びだしたくなるほどに辛いのだから。

 きあがる胸の内のもやもやとしたこの感情。それを消す方法は分かっている。

 あの巨竜から、フィーネたちの里を、仲間を守ればいい。ただそれだけで、この胸のもやもやはたちどころに消え去るだろう。

 ならば、あの竜に立ち向かうのか? 本当に?

 勝てる可能性は限りなく低い。いや、ほぼないと言った方が正しいか。

 ダンジョンマスターとしては、このまま何もしないのが正解だ。

 だけど――答えはもう決まっていた。

 あの竜に挑む。たとえ勝てなかったとしても、フィーネたちの仲間くらいは逃がしてみせよう。

 里がダメならば、ここに住んだっていい。森だってあるし、妖精たちが必要とするマナも豊富だ。

 里にどれだけの妖精が住んでいたとしても、このダンジョンならば生活できる。

 ならば決まりだ、フィーネの仲間たちを救うために戦おう。

 フィーネが泣き続けることと、あの竜に挑むこと、どちらが嫌かと問われれば前者なのだから。

 そうと決めると、今までくすぶっていた胸の不快感が嘘のように消えていく。

 下に目を向けると、フィーネは地面にへたり込んでえつらしている。その背中を、目を真っ赤にしたリリーネがそっとさすっていた。

 2人をそっとすくい上げ、なおも泣きじゃくるフィーネの頭を撫でてやる。

「フィーネ、あの竜と戦おう」

「ぐすっ……無理だよ……かないっこないよ……」

「ならこのまま、フィーネの故郷が焼きくされるのを、黙って見ているのか?」

「ひぐっ……やだよ……みんなが死んじゃうのはやだよ……」

「なら戦うしかない。勝てなくても……2人の仲間たちくらいは助けてみせるさ」

 フィーネは顔を上げ、涙でぬれた目でこちらを見上げる。リリーネもそれに続いた。

 彼女たちに伝わるように、必ず助けるとの意思を込めてしっかりと頷く。

「大丈夫、きっと助けるさ」

「本当?」

「ああ、本当に助ける」

「本当の本当に、みんなを助けてくれますか?」

 最初に出会った時も、こんな会話をしたはずだ――あの時は冗談を言って2人を泣かせてしまったのだったか。

 いつかのように、涙をためた目でこちらを見上げるフィーネとリリーネを見て、出会った頃のことを思い出した。

 だが、今度は違う。

「本当の本当だ、必ず2人の仲間を助けてやる」

「ぐすっ……うん……うん! ありがとう、ダン! みんなを助けて!」

「ダンさん。ありがとうございます……」

「ああ、任せておけ!」

「うん!」

「はい!」

 2人に笑顔が戻った。やっぱり、彼女たちは笑っている方がいい。

 さて、次はどうやって戦うかを考えなければ。

 2人にはああ言ったが、確実に助けられる見込みなんてない。

 それに、あの竜に立ち向かうアントたちには、まず間違いなくかなりの犠牲が出るだろう。

 だが、俺にもフィーネたちにも、あの竜と戦う力はないのだ。

 どうあっても、戦う力を持つアントたちに頼るほかはない。

 ――これはダンジョンを守るための戦いではない。本来ならば、アントたちには関係のない戦いだ。

 ダンジョンと自分たちの身を守るだけならば、ただ閉じこもっていればいい。

 もしも、あの竜が何かの拍子に襲い掛かってきても、ダンジョンの奥深くにいるならば何も問題はないだろう。

 もしも、アントたちが話せたのならば、こんな戦いをさせようとする俺に何というのだろうか――フィーネが話してくれたアントたちの様子を思い浮かべる。

 せめて、できるだけ犠牲が少なくなるようにしよう。それが、俺ができる唯一のことなのだから。

 勝てる可能性は低いだろう。だが、負けるつもりで挑むわけにはいかない。

 どうにかあの火竜を倒せる策を考えなければ。

 まずは妖精の里に向かうとして、あの炎の中に飛び込むわけにはいかない。

 となると、地中から行くしかないだろう。幸い、アントたちは土を掘るのは得意である。

 あとはダミーコアの領域を繋げていけば、あそこまでは届きそうだ。

 問題はそれまであの大樹の結界がもつのかどうかだ。

 時間短縮のために、ダミーコアを使って妖精の里までの通路を掘る方法を考える。

 コストはかさんでしまうが、今までの貯蓄分をフルに使えば、かなりの時間短縮ができるだろう。

「そうだな……あの結界はどれくらいもつんだ?」

「はっきりとは分かりません……ですが、あの結界は大樹様の力でされていると聞いたことがあります」

「それなら、大樹様が枯れるまでは壊れないはずだよ!」

「大樹が枯れるまで、か――」

 具体的な長さは分からないが、あの巨大な樹木が枯れるまでは結界を維持できるようだ。

 モニターに映る大樹は、少しずつ葉を落としてはいるようだが、まだどっしりと大地に立っている。すぐに結界が消えてしまうということもないだろう。

 ならば、結界が消える前に、妖精の里までのトンネルを作り上げることはできそうだ。

 助けに行っても間に合わなかったという、最悪のケースは免れそうで一安心する。

 もし可能ならば、あの竜が結界を壊そうとしている間に、こっそり妖精たちをトンネルから逃がしたっていいだろう。

 さっそくダミーコアをいくつか作り、DPを消費して作り上げた細長い通路に設置していく。

 貯めに貯めたポイントは底をついたが、妖精の里までの道のりの7割ほどをショートカットできたようだ。

 あとは、細長い通路をアントたちに拡張させつつ、その先のルートを掘ってもらうだけだ。

 ダミーコアの領域内では転移機能が使えないため、掘削作業は普段よりも面倒だろうが、そこまで長い距離があるわけでもないので大丈夫だろう。

 次は、もしもあの巨竜と戦闘になった場合、どう対処するべきかを考えるとしよう。

 あの巨竜は空を飛んで森までやってきた。

 万が一、戦闘中に空を飛ばれてしまっては、アントたちでは太刀打ちできない。そのまま上空からブレスなど吐かれてしまえばそれで終わりだ。

 戦闘するならば、初手で飛行能力を封じなければ、戦う以前の結果になってしまう。

 巨竜の背中には、巨大な翼が生えている。

 あれほどの巨体が、あの翼だけで飛んでいるとは到底思えないが、翼があるということはそれさえ何とかすれば、飛行能力をつぶせるかもしれない。

 まさか、あの翼が飾りなどということはないはずだ。

 一つ、翼を奪うための策を思いついた。

 うまく決まれば飛行能力を封じるとともに、その後の攻撃をけんせいすることができそうだ。

 巨竜はあの場所からほとんど動くことなく攻撃を続けているようだ。

 ならばきっと、今思いついた策を使うことは可能だろう。

 あとは、時間ぎりぎりまでアントたちを強化し、結界が消えるまでに準備が完了するのを祈るだけだ。

 倉庫に備蓄していたすべての魔石を、ダンジョン内のアントたちに与えていく。

 もしものことを考えれば、戦力はほんのわずかにでも多い方がいいはずだ。

「間に合ってくれよ……」

 地下トンネルは急ピッチで掘られていき、その間に大樹も刻一刻と衰えていく。

 DPを使い果たしてしまった俺にできることは、作戦をひたすらに練り続けることだけだ。

 フィーネとリリーネは、交代で休憩しながら大樹の様子を見守っている。

 ――行動を始めて2日後。ついに、妖精の里までの地下トンネルが開通した。

 結界はまだ壊れていない。

 だが、ここから見える大樹は、すでに葉も茶色く変わり、今にも枯れてしまいそうだ。

 現在位置は、ダンジョン側のトンネルの入り口だ。ダミーコアの領域内ではダンジョンマスターの力が制限されてしまうため、トンネルが開通するまでここで作業していたのだ。

 妖精の里までは、20キロメートルほどの距離がある。

 歩いていけない距離ではないが、今は時間が惜しかった。

 名前を付けたナイトアントのうちの1体を呼び出し、トンネルの先まで運んでもらうことにする。

「目的地はトンネルの反対側だ。よろしく頼む」

「ギギ」

 呼び出されたナイトアントは、こちらの指示に一言だけ鳴いて肯定の意を示すと、足を曲げて体をかがめる。

「ファムちゃん、力を貸して!」

「里の皆を助けたいんです!」

「ギィ!」

 ファムと呼ばれたナイトアントの背中にまたがり、フィーネとリリーネは俺の方へとしがみ付く。

「さあ、出発だ!」

「うん! 行こう!」

「きっと、成功します!」

 ナイトアントの背にまたがった俺たちは、開通した地下トンネルを通り、妖精の里へと向かう。

 ナイトアントは力強く、俺たちの重さなど感じていないかのようにトンネルを駆け抜けた。

 長いトンネルにずらりと並ぶアントたちが、次から次へと後ろへ過ぎ去っていく。その様子は、まるで俺たちの見送りをしてくれているかのように見えた。

 ナイトアントの移動するスピードは高速で、俺たちは何とか背中にしがみ付くのがやっとだ。

 ほんの十数分ほど、その背中にしがみ付いていただろうか。トンネルが急な上り坂に変わる。

 妖精の里が近いのだ。

 上り坂になっても、ナイトアントのスピードは変わらない。

 そのきようじんな6本の足で土を蹴り、トンネルの出口へと突き進んでいく。

 あと少しで地上に到着するはず――だが、目の前に現れたのはまるで網のようになって行く手をはばむ木の根だった。

 先ほどトンネルが完成した時には、このような障害物はなかったはずだ。

 しかし、確かに目の前の道は塞がれている。迂回することも考えたが、少しでも時間が惜しかった。

「仕方ない、このまま強引に――」

「待って! 止まって、ダン!」

「フィーネ!? くっ、止まれ!」

 ナイトアントの突進力で、強引に障害物を乗り越えようとした時だった。

 フィーネの制止の声が、耳元で響く。

 とっさに停止の号令を発すると、ナイトアントはガリガリと地面を削りながら急停止した。

 ナイトアントが停止すると同時に、フィーネは行く手を阻む根の下へと飛び立った。

「……間違いないよ! これ、大樹様の根っこだよ!」

「大樹の根っこ? どうしてこんなところに……それよりも、早く先に進まないと時間がないぞ!」

 どうやら、行く手を阻んでいたのは大樹の根のようだ。

「どうする……迂回するか? だが他の場所も――」

 大樹の根は突然通路に現れた。他の迂回路を作ったとしても、同じようにその通路が塞がれてしまう可能性がある。

 根がない場所を探そうにも、大樹は妖精の里の中心に生えている巨大な樹木なのだ。下手をすれば里の地下すべてに根を張り巡らせているかもしれない。

 強引に突破しようにも、大樹の根と分かってしまえば、それを傷つけてしまうのはためらわれる。

 ダメージを与えてしまって、万が一里の結界が消滅してしまえば、それで終わりだ。妖精の里は、火の海に包まれることになる。

 ここまで来て、あと一歩が届かないのか――

 思わず、膝をつきそうになったそのとき、リリーネの声が通路に響いた。

「大樹さま! 以前里に住んでいたリリオーネです! 声が聞こえていたら、道を開けてください!」

 その小さな体から発せられたとは思えないほど大きな声が、薄暗いトンネル内でこだまする。