プロローグ

 

 ダンが運営するダンジョンの東には、巨大な山脈がそびえ立っている。

 ルーナ山脈と呼ばれるそこでは、強大な力を持つモンスターたちがかつし、古くより弱肉強食の世界が成り立っていた。

 生態系の頂点に立つのは、山々を根城とする炎竜たちである。

 その竜たちの頂点に立つもの。

 灼熱の炎が凝縮したような、れんうろこに身を包む、見上げるほどに巨大な炎竜。

 ――炎竜王ルドニール。

 それが、ルーナ山脈の王の名である。

 

◆ ◆ ◆

 

 雲をつらぬく山々に囲まれた、ルーナ山脈の最深部。

 大地から噴き出す膨大な量のマナが渦巻き、生命力に満ちた場所である。

 しかし、今そこは、かすかなざわめきすら聞こえないほどに静まり返っていた。

 辺りに満ちるマナはそのままであるが、モンスターはおろか、小さな虫の姿すら見えない。

 青々と葉を茂らせる木々も、今日に限っては、じっと息をひそめているようだった。

 生命の音が聞こえなくなったそこに、巨大な足音が響く。

 一歩ごとに響き渡る重低音が、山々を揺らし、木々がざわめく。

 その音を聞きつけ、天から紅蓮の竜が舞い降りた。

 巨大な翼を羽ばたかせた竜。炎竜王は、山の奥からやってくるものをにらみつける。

 竜の視線の先から姿を現したのは、あまりにも巨大なモンスターだった。

 炎竜王は、高さ50メートル以上のきよほこる。

 だが、現れた化け物は、そんな炎竜王がまるで小鳥のように見えるほどに巨大であった。

 例えるならば、それは頭でっかちの巨大なトカゲの化け物だ。

 まず目につくのは、体の3割を占めるずんぐりとした巨大な頭部。

 首から尻尾へは水晶のような結晶体があちこちから生え、光を反射して白く輝いている。

『ようやく見つけたぞ。貴様が、我が土地を荒らし回っていたおろか者か?』

 炎竜王ルドニールが、巨大なトカゲの化け物に問いかけるが、答えは返ってこない。

 彼の存在に気付いていないかのように悠々とかつするそれは、その巨大な口で森をすくい取ると、土や岩ごと丸みにした。

『我を無視する無礼者か、それとも言葉の分からぬれ者か――まあよい。我が地を荒らした罪、その身でつぐなってもらうとしよう』

 牙をむき出しにするルドニールの口から、炎がれる。

 ルーナ山脈に住む生き物たちが最初に気が付いたのは、地面が揺れているということだった。

 次第に揺れは大きくなり、地下深くから途方もなく大きな力が漏れ始めた。

 山に住む生き物たちは、次第に他の場所へと逃げて行き、最後には炎竜王だけが残った。

 炎竜王はこの山の支配者である。王が逃げることなど許されない。

 だからこそ、たとえ相手がどんなに強大であろうとも、立ち向かわねばならなかった。

 生き物の気配が消えた山で、人知れず戦いが始まった。

 炎竜王が爪を振るい、その体に食らいつくと、肉が裂け、わずかに赤い血が流れ出る。

 灼熱のブレスを吹きかければ、肉のげるような匂いが周囲に漂った。

 だが、そんな攻撃など意にも介さないかのように、化け物はそこにとどまり続ける。

 炎竜王など脅威ではない――声はなくとも、そう物語るような化け物の姿に、炎竜王の攻撃は激しさを増していく。

 何度も、何度も攻撃を繰り返す。

 そのすべてが、おそらく無駄であろうと分かっていても、それでもルドニールが攻撃をやめることはなかった。

 数百、数千にわたる猛攻の末、ついにそれが動き始める。

 ルドニールが化け物の鼻面に燃え盛るブレスをかけてやったときだった。

 今まで反応を見せなかった化け物が、彼を無機質な目でえると、その巨大な口を開く。

 その中に広がる、深淵のごときやみを見て、ルドニールの本能が告げた――すぐそこに死の危機が迫っている。

 慌てて奴の口の前から離れようとしたルドニールだが、遅かった。

 彼が翼に力を込めた次の瞬間、闇の先から無数の何かが飛来する。

 同時に、ルドニールの体のあちこちに激痛が走り、いったい何が起きたかも分からぬまま、彼は天から落ちていった。

 ――これで終わりか。

 地へと落ちるさなか、どこかあきらめにも似た気持ちがルドニールの心のうちをよぎる。

 しかし、あれだけの強者と戦った彼は満足だった。

 今までに見たことも聞いたこともない、圧倒的な強者との一騎打ち。

 めいの土産にはちょうどよかろうと、そう満足したところで山の王の意識は途切れた。