肉を打つ鈍い音と共に、力の抜けたシグルドの身体は人形のように吹っ飛ばされる。

 そして……壊れたような笑い声は、そこで途絶えた。

 動かなくなったシグルドを見て、タクミは息をついてから魔具に通信を入れる。

「カリン、そっちの様子はどうなった」

『……血は失ったけど、血管と傷口の縫合は終わったわ。クロリスの話じゃ生体反応も安定したみたいだから――』

『ウォオオオオッッ! クノン教官ッ!! 我々はいつまで痛みに耐えるのですかッッ!!

『いい……いいぜェおいッ!! この痛みだけでオレは天に昇っちまうぜェェェェッ!!

『……バカとアホがうるさい』

『本当にうるさいんですけどぉっ!? ボクはまだ心音かくにんあるんですからぁっ!!

『おや、クノン様。まだ安静にしていた方がいいですよ。尿びんもありますので』

『バカとアホがさわぐせいで安静にできないってんですよっ!!

 魔具の向こうから殴打する音とさけごえが聞こえ、タクミは思わず笑みを浮かべる。

「……まったく、相変わらず騒がしいな」

『ほんとにね。待っててあげるから、あんたも早く帰ってきなさいよ』

 そんな言葉と共に、カリンからの通信が切れる。

「ああ……ちゃんと、お前たちのところに帰るさ」

 やわらかい笑みを浮かべ、タクミは主人の帰りを待つ仲間たちの下へと向かった。



 空をおおいつくしていた暗雲が晴れ、夜空が茜色から群青色に変わるころ

 リヒテルト王城の会議室で、各国の代表たちは一部始終を眺めていた。

「なんだ……今のは、一体なにが起こった……ッ!?

 光の粒子となって消えていく神獣を眺めながら、ケリンズが言葉を震わせる。

 暗雲をはらった……空をあおぐ白銀のりゆうこつ

 その光景に誰もが言葉を失っていた。

 そして、ヤコルはとなりに立つアリッサにたずねる。

「アリッサ殿どの……貴女なら、あの魔獣を存じているのではないですかな?」

「はい。えんりゆうオストリンデ、二つ名は『不滅の炎骸』……我々えいゆう国家が神獣として認定した個体であり、先月リヒテルトの亜人たち数名にとうばつされたと報告を受けています」

 冷静に、アリッサはじゆうりを行う英雄種の者として語る。

「少人数での神獣の討伐例は、英雄国家シュトラーゼ以外には存在していません。だからこそ、うちの第一席であるアルフェンが直々に亜人たちを眺めに来訪したんです」

 来訪した理由を語ってから、アリッサは表情を険しくする。

「ですが、神獣が復活したという前例はありません。まして……討伐した神獣を従えるなど、およそ人に為せることではありません」

 突如現れた神獣は、何者かに命じられて空の暗雲を消し去った。

 神域に至った獣を従える存在。

「それに……私たちシュトラーゼが確認していた神獣六体。そのどれもが七年前から消息を絶っています。そしてその後、一度も姿を現していません」

「ま、待て……それはつまり――」

「『不滅の炎骸』の件からして、おそらくリヒテルトの亜人たち、そして……神獣を従える者が六体の神獣をみつに討伐したんでしょう」

 アリッサの言葉を聞いて、ケリンズは口を開けたままぼうぜんくす。

 神威の一撃によって全てを葬り去る神獣。

 その神獣たちを――リヒテルトは七体保持している。

「正直に申し上げます。英雄国家シュトラーゼの第一席から十席、そして国を挙げたとしても、複数の神獣を同時に討伐することは不可能です。同時にけんげんされた神獣とたいすると言うのなら……国とたみが滅ぶ覚悟でのぞむ必要があるでしょう」

 神獣を狩った経験があるアリッサだからこそ、リヒテルトの戦力を明言できる。

『ゲーム』の提案をきよし、戦争を強行したところで結果は見えている。

 圧倒的なまでの戦力差。

 力同士の対決など、タクミたちには『ゲーム』という遊びにすらならない。

「うぁぁぁぁ……てか、リヒテルトがこんな戦力を持ってるなら私たちとの協力関係も解消ですよね!? あ、アルフェンが『ゲーム』を受けた理由ってこれかっ! 話せよっ! そんな重要なことなら話してから帰れよぉぉぉぉぉっっ!!

 アリッサが頭をかかえながら机をバンバンとたたき始める中、今までだまっていたラクリアがゆっくりと顔をあげる。

「なるほど。がみの代行者が言っていた通り、我々はリヒテルトの戦力を大きく見誤っていたと判断できます。私はヘリリアント最高責任者として、今回の案件を一度国へと持ち帰って再度『ゲーム』の内容を検討させていただきます」

 ラクリアの言葉に賛同するかのように、各国の代表たちはし黙っている。

 そんな面々に向かって、ラクリアはとりかごを抱えながらぺこりと頭を下げる。

「それではみな様、私は失礼させていただきます。彼の言う『ゲーム』で皆様がどのように思考を深め、対峙するのかを楽しみにしております」

 たんたんと告げた後、ラクリアは振りかえることなく会議室を後にする。

 夕闇の廊下を歩きながら、今回の件について思考する。

「エドガルドの様子を見に来たつもりでしたが――思わぬ収穫でした」

 そう呟いてから、鳥籠に向かって言葉を紡ぐ。

「アルフレッド、今日はらしい日でしたね。女神として世界の外側にいたフィリアを、末裔の身体を借りて世界に顕現させたのはきようがくに値します」

 無機質なひとみに感情を宿らせながら、ラクリアは鳥籠に向かって語り掛ける。

 そして、自信に満ちたみを浮かべる男の姿を思い返す。

「女神の代行者……タクミ、ですか」

 その名を口にしながら――ラクリアは口元に笑みを作る。

「彼が新時代の英雄となれたらいいですね――アルフレッド」

 旧時代の英雄の名を口にしながら……ラクリアは夕闇へ溶けるように歩んでいった。