「そうだな……お前たちは、そういう者たちだったな」
力なくうなだれながらも、その口元は小さく笑みを作っていた。
そんなエドガルドの様子を見て、フィリアも大きく
二人の様子を見守っていた時……遠くから歩いてくる
傷だらけで歩いてくるクノンの姿。
「あぁー……めっちゃ疲れましたぁ……」
ずるずるとシグルドを引きずりながら、クノンが疲労感たっぷりの声を出す。
「よう、そっちも終わったみたいだな」
「やっと終わりましたよぉー……まったく、まさか三十個近く神器を持ってるとか思いませんでしたよ。わたしが久々に本気出すはめになったんですから」
「本気を出したってことは……シグルドを殺したのか?」
「いえいえ、神器の対処に必死で殺す余裕が無かったんですよねぇ……。結果的にタクミとの約束は守れたんでオッケーですけど」
ぷんぷんと怒りながら、引きずってきたシグルドを
そして、クノンは力なくうなだれるエドガルドに視線を向ける。
「その様子を見る限り、タクミの方も終わったみたいですけど……ということは、今の首領さんは女神さんってことなんですか?」
「はーい、女神フィリアですよーっ! そこの不良転生者の
「…………これ本当に女神なんですか?」
「残念ながら本物の女神フィリアだ。本当に残念ながら」
「二回言うほど強調します!? というか現界するためにめっちゃ苦労したんですからね!? 上司に死ぬほど頭下げて許可もらってきた私を労ってくれません!?」
喚き出すフィリアを見て、クノンが余計に疑念の
「ま、これで
いまだ空を覆い続けている黒炎。
既にその形は歪な生物を模りつつあり、不気味に
シグルドが
行使者がシグルドである以上、黒炎を解体するには本人を使うしかない。
その時……先の衝撃で目が覚めたのか、シグルドがうめき声を上げる。
「くッ、そが……なんで、オレの神器が……ッ!!」
「あーはいはい。あなたの神器はわたしが全部ブッ
そうクノンが言葉を
地を這いながら、うなだれるエドガルドの下へと向かっていく。
「おい……おい、
「……お前も敗北したか、シグルド」
「オレは、まだ負けちゃいねぇ……神器さえあれば、まだ戦える……ッ!!」
シグルドの
エドガルドが身に着ける……翠玉の斧槍と深紅の篭手。
「親父殿……そいつらを貸してくれッ! 英雄たちが使っていたほどの神器だったら、あの化け物にだって通用するはず――」
「もういい……お前も、これ以上は何もしなくていい」
「……何ふざけたこと言ってんだよ、親父殿」
力なくうなだれる父の姿を見て、シグルドはその首元を掴む。
「いつもの親父殿はそんなんじゃねぇだろ……自分以外の
叫びながら、父親の身体を激しく揺さぶる。
「ナイフ一本を
刃の欠けた古ぼけたナイフを手に、シグルドは感情のままに
しかし、父は何も答えない。
「……弱くなっちまったなぁ」
父親の力ない姿を見て、シグルドは悔しげに表情を歪める。
「オレさ……あんたの強さに
息子として想いを語りながら……シグルドは父親から手を放す。
そんなシグルドの変化を、クノンはいち早く悟った。
「ッ――やめなさいッ!! そんなことをしても
叫びながらクノンはシグルドを止めるために
クノンならば、
しかし――その
シグルドの手に握られていた、古ぼけたナイフ。
その刃が――真っ赤な鮮血に
エドガルドの首元に突き立てられたナイフ。
ナイフが引き抜かれた瞬間、首から噴水のように鮮血が噴出する。
そのまま……父親であり
「チッ――どきなさいッ!!」
勢いのままシグルドを蹴り飛ばし、クノンはエドガルドの傷口を確認する。
一目で致命傷だと判断した後、素早く腰の黒剣を抜き放つ。
「……血の流出を、断ちなさいッ!!」
自らの神器に呼びかけ、
その様子を見て……シグルドは、壊れたように笑った。
「はは……まさか、本当にこんなナイフすら避けられないなんてよ……」
ケタケタと壊れたように笑い続け――幽鬼のように立ち上がる。
「こんな弱っちい
虚ろな呟きと共に、空を覆う黒炎を見上げる。
その後……蠢動し続ける黒炎に変化が起こった。
生物を模っていた黒炎の
シグルドの意思に応じるように、黒炎から生まれ出でようと動き始める。
「こいつがいれば……オレが最強だ。もう誰にも負けねぇ、神器だって必要ねぇッ!!」
シグルドの感情を糧にして――怨霊たちに生命が宿る。
ボゴリ、と音を立てて黒炎から竜頭が生まれる。
それを皮切りに、そこかしこから獣や虫の頭が薄気味悪い音と共に形成される。
そして――ぐるり、と無数の頭たちの眼が一斉に開かれた。
生まれたての動物のように、無数の目玉がぐるぐると忙しなく周囲を見回す。
瞬間――生物とはかけ離れた、耳をつんざく産声を上げた。
生理的な
しかしその産声を聞きながら、シグルドは歓喜に満ちた声を上げる。
「ハハッ……いいじゃねぇか! なにもかもぶっ壊せそうな面構えでよォッ!!」
黒炎の怨霊を見上げ、
誰もが天上の怪物を見上げる中……タクミは一人、
血だまりの中で、生気を失っていくエドガルドの姿。
自身の間違いを理解し、
その姿と過去の自分を重ね――タクミは静かに拳を握る。
「……クノン、エドガルドを必ず生かせ」
「なんともまぁ……なかなか難しい命令ですねー……」
「まさか、できないとは言わないだろうな?」
「それはもちろん。あなたの命令を――わたしは一度も破ったことはありませんよ」
苦痛で表情を
「それじゃ――俺はあいつらを止めに行ってくる」
そう言い残して、タクミはクノンたちに背を向ける。
シグルドと黒炎の怨霊たちを見つめたまま、ゆっくりと歩いていく。
その後ろ姿を
「ッ……女神さん、すみませんがうちの首領さんに代わってください。
「……面目ないです。それと……私の仲間を、よろしくお願いします」
フィリアがぺこりと頭を下げた後……先ほどまでの雰囲気が
そして、入れ替わったミルトがぱちぱちと目を開いた。
「あぅ、えとっ! と、とりあえず私はどうすればっ!?」
「……ひとまず、
「応援を呼んだら……首領さんは『天源』で魔力を活性化し続けてください。魔術式が壊れているとはいえ、魔力による自然
「クノンは
「そりゃあ、キツイに決まってますよ。この神器……『
クノンが持つ『月蝕の応剣』は使用者の望む対象を『
エドガルドの出血を
それでも、クノンは必死に歯を食いしばって耐え続ける。
「ひとまず流血は止めていますが、既に血を多く失っています。そして傷口だけでなく、首の動脈が切断されているので、血管も
「け、血管の縫合って……そんなこと誰が――」
「大丈夫です、わたしならできます」
ミルトの疑問に対して、クノンは事もなく答える。
「わたしは絶対に相手を殺さないように……相手を治療する術も学んでいます。最初の
不殺を貫くために、何があろうと生かすための技術を学んだ。
それはクノンだけではない。
「メリノは医療道具、クロリスは生体反応の確認、レヴィンとエイグルは止血の交代要員、ラングは生理食塩水の精製……そしてカリンが指示を出せば、この人は救えます」
「で、でも……それならタクミはどうなるんですか!?」
シグルドたちを止めに行ったタクミの補助はできない。
しかし、クノンは憔悴しながらも不敵に笑う。
「タクミなら大丈夫ですよ……あの人は、自分があの化け物を止めるのに適していると判断したからこそ、わたしにこの人を任せて行ったんですから」
それに、とクノンは笑いながら言葉を続ける。
「わたしたちのご主人さまは――誰よりも強い人なんですからっ」
絶対的な
◇
シグルドが去っていた方向へと進んでいく中。
既に黒炎の怨霊はゆっくりと降下を始めていた。
平原一帯を覆うほどの巨体。
その巨体が降り立つだけで、甚大な
そして――その化け物が暴れ始めれば、大陸全体に深い
リヒテルトだけでなく、周辺国にも被害が及ぶことになるだろう。
黒炎の怨霊を止めるためには……媒体でもあるシグルドを対処しなくてはならない。
「まったく……奥の手まで使う予定はなかったんだがな」
懐から
法則式の刻まれた弾丸。
その弾頭は不可思議な色を放っており、
七発の弾丸を込め、弾倉を戻した時――
「――てめぇが、
乾いたような声が、木々の合間から聞こえてくる。
声がした方向に顔を向けると……そこにはシグルドの姿があった。
父親の返り血を浴びた顔に、狂気で血走った眼。
そんなシグルドに対して、タクミは冷ややかな視線を向ける。
「顔を合わせるのは初めてだな、フォルテシアの
「フォルテシア……? ああ、そういやオレはそうだったか」
シグルドは焦点の合わない目をぐるぐると回し、クツクツと
「あの親父殿が負けたってんだから……てめぇは強いんだろ?」
血に塗れたナイフを構え、その切っ先をタクミに向ける。
その様子を眺めてから、タクミは問いかける。
「なぁ、どうしてお前は強さに固執してるんだ?」
「ああ……? そんなもん決まってるじゃねぇか。誰よりも強くねぇと……オレには存在価値が無くなっちまうからだよ」
薄気味悪い笑みと共にシグルドは語る。
「オレは兄貴と
ケタケタと笑いながら、ナイフを握る手に力を込める。
「そうやって魔獣をブッ殺して、他の奴らも一人残らずブッ殺せば……オレは親父殿に認めてもらえる。オレにもちゃんと存在価値がある――ってよ」
歪んだ父への執着と価値観を口にしながら笑う。
それを聞いて、タクミは小さく笑う。
「……なるほどな。お前は自分の憧れた親父が腑抜けたから殺そうと思ったってわけか」
「ああ……? あいつはオレの知ってる親父殿じゃねぇよ。あんなしょぼくれて、小せぇ背中をした奴なんざ――今までブッ殺してきた弱者たちと同じだ」
父の無様な姿を認めたくないのか、現実から逃避するように笑う。
「それに……今のオレは誰よりも強ぇ! あいつがいればオレは最強だからなァッ!!」
頭上を覆う黒炎の怪物を見上げながら、声高々に吼える。
その様子を見て――
「――お前は
そう、はっきりと告げてやる。
「お前は強さに固執しているくせに、根っこの部分は誰よりも弱い。神器やら怪物やらと、紛い物の力を持って気が大きくなってるだけの子供だ」
憐れむように、タクミは黒の瞳でシグルドを
「目先の強さに囚われて、お前は物事を表面でしか見ていない。なにせ……お前が弱くなったと言った父親は、この俺が認めた世界で誰よりも強い奴なんだからな」
冷厳な口調の中に、タクミは静かな怒りを込める。
「あの男……エドガルドは、自分が間違っていると理解しながら歩みを止めなかった。自身のためでなく、他者の理想を
怒りと共に、
「お前がやったことは――自分の憧れを貶め、ちっぽけな存在意義を守っただけだ」
はっきりと告げた
「うるせぇな……この世界ってのは、強ぇ奴だけが正義なんだよ。
シグルドの感情の揺らぎに感化されてか、黒炎の怨霊が耳障りな咆哮を上げる。
「最強になったオレだけが――この世界じゃ正義なんだよッッ!!」
狂気に支配され、血濡れのナイフを手にシグルドが一息で跳躍する。
「そうか――」
シグルドから目を離すことなく、タクミは静かに呟き――
「――だったら、俺がお前の言う『最強』を壊してやろう」
ナイフが身体を貫く直前――その引き金を引いた。
火薬の炸裂する音が起こり、込められた弾丸が銃身から射出された瞬間、
シグルドの握っていたナイフが、白銀によって阻まれた。
キィンと古ぼけたナイフが折れ、その刃が弾かれた直後――
カラカラカラ――と乾いた音が響き
骨を打ち鳴らす耳障りな音。
ナイフを弾き折った、皮膚も肉もない露出した白銀の骨。
天上の黒を振り払う、紅々とした焔。
その姿を見て、シグルドがわずかに自我を
「な、んで……こいつが」
短い呟きと共に天上を見上げる。
山よりも大きい、見上げるほどの巨体。
天高く突き上げられた、鋭角な形状の竜骨。
レナント村に現れた
ガラガラと骨を打ち鳴らす神獣に対して、タクミは静かに言葉を掛ける。
「直接会うのは初めてだな、『不滅の炎骸』」
『カカッ……そうか、貴様があのヒトモドキの言っていた主とやらカ!』
「そうだ。早速で悪いが仕事をしてくれ」
もはや目もくれず、タクミは天上にそびえる黒炎の
「あのデカブツを――
その静かな宣言に対し、『不滅の炎骸』は骨を打ち鳴らしながら笑う。
『カハッ! ニンゲン風情が我らに命令カ! なるほど、確かにあのヒトモドキが気に入りそうな傲慢さというものダ』
「いいから早くしてくれ。こっちは気が立ってるんだ」
『カッ……こちらとて、同胞を異形にされて気が立っているサ』
黒炎の
『盟約はしかと結ばれタ――神域に至った者として、
天上を見据え、白銀の竜骨の口が大きく開かれる。
直後――露出した全身の骨が鳴動を始めた。
先ほどまでの雑多な音とは違う、規則性のある音。
旋律のように、同胞に捧ぐ
その想いに応じるように、黒炎を振り払う紅炎が生まれ出る。
いくつも、いくつも……空に瞬く星のように。
クノンが止めた古代詠唱魔法。
その真価を、神域に至った
『――――《掃天崩花》』
異質な声で
その一言が――黒染の空を紅色に変えた。
無数の
紅天の空。
その空が……ゆっくりと閉じられていく。
花弁が閉じるように、異形の塊を包み込んでいく。
内包された
小さく、
そして――呆気なく、異形の怪物は消失した。
空を覆っていた紅色は一筋の光に変わり、流星のように空へと
その
自身の作り上げた最強の存在が容易く葬り去られる様。
存在意義として
「さて……これでお
タクミが一歩
一撃で全てを消し飛ばす神獣の力。
それらをたった数人で圧倒した
そして――亜人たちと神獣すら統べる存在。
「は、ははっ……そうか、オレは次にお前を目標にすればいいんだな」
シグルドは虚ろな視線をタクミに向ける。
自らの目標であり、ずっと追い続けていた父の背中を失った。
自分が信じていた強さに代わる何かを、シグルドは
「そうだ。俺の背中をどこまでも追い続けろ。お前が
ケタケタと笑うシグルドに、タクミは
「だが……その前に、《
固く拳を握り締め、タクミは大きく
「悪いことをした奴は――
全身の体重を乗せ、生気を失ったシグルドの顔面に拳を突き刺す。