「そうだな……お前たちは、そういう者たちだったな」

 力なくうなだれながらも、その口元は小さく笑みを作っていた。

 そんなエドガルドの様子を見て、フィリアも大きくうなずく。

 二人の様子を見守っていた時……遠くから歩いてくるひとかげが見える。

 傷だらけで歩いてくるクノンの姿。

「あぁー……めっちゃ疲れましたぁ……」

 ずるずるとシグルドを引きずりながら、クノンが疲労感たっぷりの声を出す。

「よう、そっちも終わったみたいだな」

「やっと終わりましたよぉー……まったく、まさか三十個近く神器を持ってるとか思いませんでしたよ。わたしが久々に本気出すはめになったんですから」

「本気を出したってことは……シグルドを殺したのか?」

「いえいえ、神器の対処に必死で殺す余裕が無かったんですよねぇ……。結果的にタクミとの約束は守れたんでオッケーですけど」

 ぷんぷんと怒りながら、引きずってきたシグルドをほうげる。衝撃でうめき声を上げたところを見ると、ちゃんと息はあるらしい。

 そして、クノンは力なくうなだれるエドガルドに視線を向ける。

「その様子を見る限り、タクミの方も終わったみたいですけど……ということは、今の首領さんは女神さんってことなんですか?」

「はーい、女神フィリアですよーっ! そこの不良転生者のかんをしながら、クノンちゃんのこともちゃんと見てましたからねっ! もっふもふ! クノンちゃんもっふもふっ!」

「…………これ本当に女神なんですか?」

「残念ながら本物の女神フィリアだ。本当に残念ながら」

「二回言うほど強調します!? というか現界するためにめっちゃ苦労したんですからね!? 上司に死ぬほど頭下げて許可もらってきた私を労ってくれません!?

 喚き出すフィリアを見て、クノンが余計に疑念のまなしを向ける。

「ま、これでじようきようしゆうりようってとこだ。カリンもこっちに来るように指示を出したし……あとはそこでてるシグルドを起こして、空にあるデカブツを処理すればいいだろ」

 いまだ空を覆い続けている黒炎。

 既にその形は歪な生物を模りつつあり、不気味にうごめき続けている。

 シグルドがり続けたじゆうたちのおんりようを元にしているためか、その黒炎は消えることなく残り続けている。

 行使者がシグルドである以上、黒炎を解体するには本人を使うしかない。

 その時……先の衝撃で目が覚めたのか、シグルドがうめき声を上げる。

「くッ、そが……なんで、オレの神器が……ッ!!

「あーはいはい。あなたの神器はわたしが全部ブッこわしましたよー」

 そうクノンが言葉をけるが、シグルドの反応はない。

 地を這いながら、うなだれるエドガルドの下へと向かっていく。

「おい……おい、おや殿どのッ! 何をボケっとしてやがる……ッ!?

「……お前も敗北したか、シグルド」

「オレは、まだ負けちゃいねぇ……神器さえあれば、まだ戦える……ッ!!

 シグルドのうつろな瞳には、もはや二つの神器しか映っていない。

 エドガルドが身に着ける……翠玉の斧槍と深紅の篭手。

「親父殿……そいつらを貸してくれッ! 英雄たちが使っていたほどの神器だったら、あの化け物にだって通用するはず――」

「もういい……お前も、これ以上は何もしなくていい」

「……何ふざけたこと言ってんだよ、親父殿」

 力なくうなだれる父の姿を見て、シグルドはその首元を掴む。

「いつもの親父殿はそんなんじゃねぇだろ……自分以外のすべてを見下して、誰にも負けない意思を持った、フォルテシアのエルヴィス様はどこへいったんだよッ!?

 叫びながら、父親の身体を激しく揺さぶる。

「ナイフ一本をにぎらせて、魔獣たちの群れに放り出して……オレの人生をくるわせておいて、いまさら止めるってなんなんだよッ!!

 刃の欠けた古ぼけたナイフを手に、シグルドは感情のままにさけぶ。

 しかし、父は何も答えない。

 息子むすこの言葉は届かず、まるでがらのようにうなだれている。

「……弱くなっちまったなぁ」

 父親の力ない姿を見て、シグルドは悔しげに表情を歪める。

「オレさ……あんたの強さにあこがれてたんだぜ。何もわからないガキだったオレが、こいつには何やっても勝てねぇって思ったくらいによ」

 息子として想いを語りながら……シグルドは父親から手を放す。

 そんなシグルドの変化を、クノンはいち早く悟った。

「ッ――やめなさいッ!! そんなことをしてもですッ!!

 叫びながらクノンはシグルドを止めるためにちようやくする。

 クノンならば、きよを詰めてシグルドを止めるのに一息で事足りる。

 しかし――そのいつしゆんが間に合わなかった。

 シグルドの手に握られていた、古ぼけたナイフ。


 その刃が――真っ赤な鮮血にまみれた。


 エドガルドの首元に突き立てられたナイフ。

 ナイフが引き抜かれた瞬間、首から噴水のように鮮血が噴出する。

 そのまま……父親でありぼうれいだった男は、血溜まりの中に沈んだ。

「チッ――どきなさいッ!!

 勢いのままシグルドを蹴り飛ばし、クノンはエドガルドの傷口を確認する。

 一目で致命傷だと判断した後、素早く腰の黒剣を抜き放つ。

「……血の流出を、断ちなさいッ!!

 自らの神器に呼びかけ、じんえた力によって血の流出を止める。

 その様子を見て……シグルドは、壊れたように笑った。

「はは……まさか、本当にこんなナイフすら避けられないなんてよ……」

 ケタケタと壊れたように笑い続け――幽鬼のように立ち上がる。

「こんな弱っちいやつなら……今さら従う必要もねぇよなぁ……?」

 虚ろな呟きと共に、空を覆う黒炎を見上げる。

 その後……蠢動し続ける黒炎に変化が起こった。

 生物を模っていた黒炎のりんかくが……じよじよに明確なものへと変わっていく。

 シグルドの意思に応じるように、黒炎から生まれ出でようと動き始める。

「こいつがいれば……オレが最強だ。もう誰にも負けねぇ、神器だって必要ねぇッ!!

 シグルドの感情を糧にして――怨霊たちに生命が宿る。

 ボゴリ、と音を立てて黒炎から竜頭が生まれる。

 それを皮切りに、そこかしこから獣や虫の頭が薄気味悪い音と共に形成される。

 そして――ぐるり、と無数の頭たちの眼が一斉に開かれた。

 生まれたての動物のように、無数の目玉がぐるぐると忙しなく周囲を見回す。


 瞬間――生物とはかけ離れた、耳をつんざく産声を上げた。


 生理的なけんかんいだく咆哮。

 しかしその産声を聞きながら、シグルドは歓喜に満ちた声を上げる。

「ハハッ……いいじゃねぇか! なにもかもぶっ壊せそうな面構えでよォッ!!

 黒炎の怨霊を見上げ、きように満ちた笑い声を上げながら森へと立ち去っていく。

 誰もが天上の怪物を見上げる中……タクミは一人、うつむくように視線を下げていた。

 血だまりの中で、生気を失っていくエドガルドの姿。

 自身の間違いを理解し、こうかいの海に沈むように死へ近づいていく姿。

 その姿と過去の自分を重ね――タクミは静かに拳を握る。

「……クノン、エドガルドを必ず生かせ」

「なんともまぁ……なかなか難しい命令ですねー……」

「まさか、できないとは言わないだろうな?」

「それはもちろん。あなたの命令を――わたしは一度も破ったことはありませんよ」

 苦痛で表情をゆがめながら、クノンは力無く笑みをかべる。

「それじゃ――俺はあいつらを止めに行ってくる」

 そう言い残して、タクミはクノンたちに背を向ける。

 シグルドと黒炎の怨霊たちを見つめたまま、ゆっくりと歩いていく。

 その後ろ姿をながめながら、クノンはフィリアに声を掛ける。

「ッ……女神さん、すみませんがうちの首領さんに代わってください。りようの経験がある以上、そちらの方が適していると思いますから」

「……面目ないです。それと……私の仲間を、よろしくお願いします」

 フィリアがぺこりと頭を下げた後……先ほどまでの雰囲気がせる。

 そして、入れ替わったミルトがぱちぱちと目を開いた。

「あぅ、えとっ! と、とりあえず私はどうすればっ!?

「……ひとまず、でカリンに連絡を入れてください。それからメリノとクロリス、エイグル、レヴィン、ラングの全員に救援を出してください」

 ふるえる手で、クノンは通信魔具をミルトに向かって放り投げる。

「応援を呼んだら……首領さんは『天源』で魔力を活性化し続けてください。魔術式が壊れているとはいえ、魔力による自然は有効なはずですから」

「クノンはだいじようなんですか? さっきからずっと苦しそうですけど……」

「そりゃあ、キツイに決まってますよ。この神器……『げつしよくの応剣』ってのは、長時間使い続けることには向いていない神器ですから」

 クノンが持つ『月蝕の応剣』は使用者の望む対象を『つ』能力とえに、全身にがたい激痛をあたえるというだいしようを持っている。

 エドガルドの出血をおさえている間、クノンは常に激痛に苛まれ続ける。

 それでも、クノンは必死に歯を食いしばって耐え続ける。

「ひとまず流血は止めていますが、既に血を多く失っています。そして傷口だけでなく、首の動脈が切断されているので、血管もつないで縫合しなくちゃいけません」

「け、血管の縫合って……そんなこと誰が――」

「大丈夫です、わたしならできます」

 ミルトの疑問に対して、クノンは事もなく答える。

「わたしは絶対に相手を殺さないように……相手を治療する術も学んでいます。最初のころ、タクミから地球の医療技術を余すことなく教わっています」

 不殺を貫くために、何があろうと生かすための技術を学んだ。

 それはクノンだけではない。

「メリノは医療道具、クロリスは生体反応の確認、レヴィンとエイグルは止血の交代要員、ラングは生理食塩水の精製……そしてカリンが指示を出せば、この人は救えます」

「で、でも……それならタクミはどうなるんですか!?

 だれ一人ひとりとして、この場から欠けることは許されない。

 シグルドたちを止めに行ったタクミの補助はできない。

 しかし、クノンは憔悴しながらも不敵に笑う。

「タクミなら大丈夫ですよ……あの人は、自分があの化け物を止めるのに適していると判断したからこそ、わたしにこの人を任せて行ったんですから」

 それに、とクノンは笑いながら言葉を続ける。

「わたしたちのご主人さまは――誰よりも強い人なんですからっ」

 絶対的なしんらいと共に、クノンは力強く告げた。



 シグルドが去っていた方向へと進んでいく中。

 既に黒炎の怨霊はゆっくりと降下を始めていた。

 平原一帯を覆うほどの巨体。

 その巨体が降り立つだけで、甚大ながいが出ることは間違いない。

 そして――その化け物が暴れ始めれば、大陸全体に深いきずあとが残る。

 リヒテルトだけでなく、周辺国にも被害が及ぶことになるだろう。

 黒炎の怨霊を止めるためには……媒体でもあるシグルドを対処しなくてはならない。

「まったく……奥の手まで使う予定はなかったんだがな」

 懐からけんじゆうを取り出し、だんそうに一つずつだんがんを込めていく。

 法則式の刻まれた弾丸。

 その弾頭は不可思議な色を放っており、あわい光によって包まれている。

 七発の弾丸を込め、弾倉を戻した時――

「――てめぇが、おや殿どのをブッたおしたのか?」

 乾いたような声が、木々の合間から聞こえてくる。

 声がした方向に顔を向けると……そこにはシグルドの姿があった。

 父親の返り血を浴びた顔に、狂気で血走った眼。

 そんなシグルドに対して、タクミは冷ややかな視線を向ける。

「顔を合わせるのは初めてだな、フォルテシアのなんぼう

「フォルテシア……? ああ、そういやオレはそうだったか」

 シグルドは焦点の合わない目をぐるぐると回し、クツクツとのどを鳴らす。

「あの親父殿が負けたってんだから……てめぇは強いんだろ?」

 血に塗れたナイフを構え、その切っ先をタクミに向ける。

 その様子を眺めてから、タクミは問いかける。

「なぁ、どうしてお前は強さに固執してるんだ?」

「ああ……? そんなもん決まってるじゃねぇか。誰よりも強くねぇと……オレには存在価値が無くなっちまうからだよ」

 薄気味悪い笑みと共にシグルドは語る。

「オレは兄貴とちがってほうが使えねぇからよ……親父殿に認めてもらうには、魔獣をブッ殺しまくって、誰よりも強いってことを証明しないといけねぇんだよ」

 ケタケタと笑いながら、ナイフを握る手に力を込める。

「そうやって魔獣をブッ殺して、他の奴らも一人残らずブッ殺せば……オレは親父殿に認めてもらえる。オレにもちゃんと存在価値がある――ってよ」

 歪んだ父への執着と価値観を口にしながら笑う。

 それを聞いて、タクミは小さく笑う。

「……なるほどな。お前は自分の憧れた親父が腑抜けたから殺そうと思ったってわけか」

「ああ……? あいつはオレの知ってる親父殿じゃねぇよ。あんなしょぼくれて、小せぇ背中をした奴なんざ――今までブッ殺してきた弱者たちと同じだ」

 父の無様な姿を認めたくないのか、現実から逃避するように笑う。

「それに……今のオレは誰よりも強ぇ! あいつがいればオレは最強だからなァッ!!

 頭上を覆う黒炎の怪物を見上げながら、声高々に吼える。

 その様子を見て――

「――お前はあわれな奴だな、シグルド」

 そう、はっきりと告げてやる。

「お前は強さに固執しているくせに、根っこの部分は誰よりも弱い。神器やら怪物やらと、紛い物の力を持って気が大きくなってるだけの子供だ」

 憐れむように、タクミは黒の瞳でシグルドをえる。

「目先の強さに囚われて、お前は物事を表面でしか見ていない。なにせ……お前が弱くなったと言った父親は、この俺が認めた世界で誰よりも強い奴なんだからな」

 冷厳な口調の中に、タクミは静かな怒りを込める。

「あの男……エドガルドは、自分が間違っていると理解しながら歩みを止めなかった。自身のためでなく、他者の理想をかなえるために自分を殺してまで進んだ男だ」

 怒りと共に、じゆうこうをシグルドに向ける。

「お前がやったことは――自分の憧れを貶め、ちっぽけな存在意義を守っただけだ」

 はっきりと告げたしゆんかん――シグルドの血走った眼が見開かれる。

「うるせぇな……この世界ってのは、強ぇ奴だけが正義なんだよ。だれよりも強い奴だけが、この世界では何もかも許されるんだよ」

 シグルドの感情の揺らぎに感化されてか、黒炎の怨霊が耳障りな咆哮を上げる。

「最強になったオレだけが――この世界じゃ正義なんだよッッ!!

 狂気に支配され、血濡れのナイフを手にシグルドが一息で跳躍する。

「そうか――」

 シグルドから目を離すことなく、タクミは静かに呟き――


「――だったら、俺がお前の言う『最強』を壊してやろう」


 ナイフが身体を貫く直前――その引き金を引いた。

 火薬の炸裂する音が起こり、込められた弾丸が銃身から射出された瞬間、

 シグルドの握っていたナイフが、白銀によって阻まれた。

 キィンと古ぼけたナイフが折れ、その刃が弾かれた直後――


 カラカラカラ――と乾いた音が響きわたった。


 骨を打ち鳴らす耳障りな音。

 ナイフを弾き折った、皮膚も肉もない露出した白銀の骨。

 天上の黒を振り払う、紅々とした焔。

 その姿を見て、シグルドがわずかに自我をもどす。

「な、んで……こいつが」

 短い呟きと共に天上を見上げる。

 山よりも大きい、見上げるほどの巨体。

 天高く突き上げられた、鋭角な形状の竜骨。

 レナント村に現れたしんじゆう――『不滅の炎骸』オストリンデ。

 ガラガラと骨を打ち鳴らす神獣に対して、タクミは静かに言葉を掛ける。

「直接会うのは初めてだな、『不滅の炎骸』」

『カカッ……そうか、貴様があのヒトモドキの言っていた主とやらカ!』

「そうだ。早速で悪いが仕事をしてくれ」

 もはや目もくれず、タクミは天上にそびえる黒炎のかたまりを指さす。

「あのデカブツを――いちげきで消し飛ばせ」

 その静かな宣言に対し、『不滅の炎骸』は骨を打ち鳴らしながら笑う。

『カハッ! ニンゲン風情が我らに命令カ! なるほど、確かにあのヒトモドキが気に入りそうな傲慢さというものダ』

「いいから早くしてくれ。こっちは気が立ってるんだ」

『カッ……こちらとて、同胞を異形にされて気が立っているサ』

 黒炎のおんねんを見据えるように、『不滅の炎骸』は眼窩に見える蒼白の光を向ける。

『盟約はしかと結ばれタ――神域に至った者として、の者を灰燼へと変えよウ』

 天上を見据え、白銀の竜骨の口が大きく開かれる。

 直後――露出した全身の骨が鳴動を始めた。

 先ほどまでの雑多な音とは違う、規則性のある音。

 旋律のように、同胞に捧ぐちんこんのように、神獣は自ら音をかなでる。

 その想いに応じるように、黒炎を振り払う紅炎が生まれ出る。

 いくつも、いくつも……空に瞬く星のように。

 クノンが止めた古代詠唱魔法。

 その真価を、神域に至ったけものの力を――同胞を解放するために放つ。


『――――《掃天崩花》』


 異質な声でつむがれた静かな言葉。

 その一言が――黒染の空を紅色に変えた。

 無数のえんかいが一つに収束し、滞空する異形の怨念をつつみ込むように広がる。

 紅天の空。

 その空が……ゆっくりと閉じられていく。

 花弁が閉じるように、異形の塊を包み込んでいく。

 内包されたばくえんの圧力によって、空を覆うほどの巨体が収縮されていく。

 小さく、じんかいほど小さく……劫火に焼かれ灰燼へと変わっていく。

 そして――呆気なく、異形の怪物は消失した。

 空を覆っていた紅色は一筋の光に変わり、流星のように空へとのぼる。

 そのあつとうてきな光景に、シグルドは言葉を失っていた。

 自身の作り上げた最強の存在が容易く葬り去られる様。

 存在意義としてかかげていた全てが一瞬で消し飛ばされた様。

 おのれの信じていた価値がくずれていく。

「さて……これでおまつな『最強』は消し飛んだ」

 タクミが一歩み出したことにすら、シグルドは気づかない。

 一撃で全てを消し飛ばす神獣の力。

 それらをたった数人で圧倒したじんたち。

 そして――亜人たちと神獣すら統べる存在。

「は、ははっ……そうか、オレは次にお前を目標にすればいいんだな」

 シグルドは虚ろな視線をタクミに向ける。

 自らの目標であり、ずっと追い続けていた父の背中を失った。

 自分が信じていた強さに代わる何かを、シグルドはほつしていた。

「そうだ。俺の背中をどこまでも追い続けろ。お前がしたっていた父親のように、決して折れることなく追い続ければ……いつか、お前の求める『最強』とやらが理解できるさ」

 ケタケタと笑うシグルドに、タクミはれいたんな表情を浮かべながら告げる。

「だが……その前に、《すずらん》のりゆうを通させてもらおう」

 固く拳を握り締め、タクミは大きくりかぶる。


「悪いことをした奴は――ようしやなくブン殴るってな」


 全身の体重を乗せ、生気を失ったシグルドの顔面に拳を突き刺す。