そう告げてから、クノンは黒剣の柄をくわえる。

 獣が持つきばのように黒剣を光らせる。


「だから――本物の化け物として、哀れなあなたを殺しくしましょう」


 静かに、目の前にいるシグルドに告げる。

 化け物じみた……どうもうな笑みを浮かべながら。



 クノンたちの姿が見えなくなったころ

 タクミたちは目の前の男と静かに睨みっていた。

 騎士として名乗り、対峙する旧時代の亡霊……エドガルド。

 その所作には寸分のすきすら見当たらない。

 発せられる重圧は今までの比ではない。

 確固たる信念と覚悟が、その全身から感じ取ることができる。

「……どうした。いつものように、私を止めるというのもハッタリだったか」

 冷厳な口調と共に、エドガルドが挑発を投げ掛けてくる。

 それでも、タクミは動かない。

「そんなにやる気なら仕掛けてくればいいさ。俺の力がハッタリなら、お前は一瞬で仕留めることができる。ろうごくを抜け出すときに使った力でな」

「……ほう。そうして、あの時のように魔法を逆手に取るつもりか」

 たんしんもんでタクミが行った、がみの定めた魔法すらき換えた術。

 一度それを行った以上、タクミがそれに近い方法を用意していないとは限らない。

「だが――それは貴様にとって、魔法が『』の存在であるからだ」

 既知の事柄について、タクミはあらゆる対策を講じている。

 法則式も、魔法も……正しく理解していたからこそ対抗することができていた。

 しかし――『未知』であるならば、その限りではない。

「貴様に……魔法の原初を見せてやろう」

 静かな言葉と共に、エドガルドは翠玉の斧槍を地面にてたしゆんかん――斧槍を中心として純白の煙が立ち昇った。

 それは徐々に広がり……瞬く間に周囲へ靄を掛けていく。

「こいつは……ただの目くらましってわけじゃなさそうか」

『ええ。りよくで作られた霧ってのは確かでしょうけど』

 耳元の魔具からカリンの声が響く。

 しかし、これは魔法ではないと断言できる。

 魔法とは、魔力をじゆつ式に通し、法則式によって具現化することで発動する。

 異端審問の際に魔術式をかいした以上、魔法を使うことはできない。

 つまり、この現象は――

「――魔法ではない、ということだ」

 すぐ間近で、氷刃のようなこわが響く。

『――しゃがみなさいッ!!

 カリンの指示でタクミが勢いよく頭を下げた瞬間、頭上で空を切る音が通り過ぎる。

 眼前に現れたエドガルドの姿をかくにんし、タクミは軽く跳躍して距離を取る。

「おー、危ねぇ。実戦ってのは本当にヒヤヒヤするな」

『ノンキなこと言ってんじゃないわよっ! 下手したら首転がってるわよ!?

「わかってるって。お前の指示は絶対に守るから安心しとけ」

 カリンの緊迫した声を聞きながら、タクミは軽い口調で応答する。

 そして不意の一撃を避けられながらも、エドガルドは表情一つ変えない。

「……なるほど。回避はできるということか」

「そうじゃないと、俺が前線に出るって言った時に止められてるよ」

「だろうな。回避の判断と実行はともかく、実戦に慣れた者の動きとは程遠い」

 タクミは何も能力を持たない。

 突出した身体能力も無ければ、本来持つべき魔力すらも持たない。

 だからこそ、カリンの読心によって相手の動きを読み、それをタクミが忠実に実行することを条件に前線へ出ることを許された。

 無理を通してでも、自らが対峙するべきだとタクミは考えた。

「ならば――回避できない攻撃を、貴様はどう対処する?」

 ヒュ、と斧槍が風を切り、周囲に漂う白霧をり飛ばし――


 ただよっていた霧が、一瞬にして凍りついた。


 氷結した霧が視界をさらに白く染め上げただけでなく……濡れていたタクミの身体とその足元を凍てつかせていく。

「ッ……おいおい、これが魔法じゃないってか」

 目の前で起こっていることは、明らかに人が為せる現象ではない。

 無から霧を生み、それらを凍らせるほどの冷気。

「お前は確かに『エルヴィス』の魔術式を破壊した。この身体では二度と魔法を使うことはできない。だが……私には魔力だけ残されていればいい」

 冷気を纏う風を操り、道を作りながら歩み寄ってくる。

「フォルテシアの『勇剛』は相手から魔力を奪い取り、蓄えた魔力を使うことで相手の魔法を完全に複製する。そうして積み上げた魔力と魔法によって――最強の座にいた」

 相手と対峙し、戦った数だけ魔力と魔法が蓄積されていく。

 いかなる相手だろうと、複数の魔法を同時に展開して捻じ伏せることができる。

 ただの一度も敗北はなく、勝利する度に高みへとのぼっていく絶対強者。

「お前は魔法と同等だと考えたようだが、この力は魔法と比べてけつかんだらけだ。武器を通して魔力を放出して錬成する……一部の才を持つ者しか使えない」

 パキリ、とエドガルドが氷を踏みくだきながら歩いてくる。


「それが魔法のもととなった術――『魔術』と過去に呼ばれていたものだ」


 斧槍の後を追うように、氷雪を纏うせきが生まれる。

 この世界でただ一人、エドガルドだけが覚えている旧時代の術。

えいゆうは魔術と法則術という旧時代の技術から、『魔法』という新たな術を作り上げた。だれにでもあつかえるように、自分たちが救った世界で誰も苦労しないように……とな」

 エドガルドは静かに語りながら、身動きのできないタクミを見下ろす。

「私自身……二度と魔術を使うことはないと思っていた。奴が魔法を完成させた世界では、魔術という存在は不要で切り捨てるべき術だったからだ」

 タクミを見下ろし、そのひとみおくに感情をたたえている。

 幾星霜の年月を経て、心のおくそこに封じ込めていた感情。

「貴様たちが余計なことをしなければ、この世界は変わらなかった」

 その言葉はタクミだけに向けたものではない。

 今までに現れた、転生者という他世界の人間。

「獣人以外のじんを生み出すことで、新たな格差と戦を生んだ。すべき存在である神器を模して魔具を作り、戦で多くのせいしやを出した。他世界の技術や文化を持ち込み、旧時代から連綿とがれていた歴史や伝統は塗り潰された。そして……英雄や魔法という存在の意義を伝える者たちはリヒテルトにしか残らなかった……ッ!!

 変わりゆく世界を、ずっと眺め続けてきた。

 英雄たちが命を賭して残した物たちが消えていくのを眺めてきた。

 だからこそ、エドガルドは同じことを行ってきた。

 転生者たちが持ち込んだ知識や文化、それらを徐々にはいせきしていった。

「そして……貴様がいなければ、このまま世界はゆっくりとしゆくせいされていった。不純物を取り除き、元の英雄と女神の愛した世界に戻るはずだった」

 殺意を瞳に宿し、エドガルドは斧槍のさきをタクミに向ける。

「だが……貴様の行動によって、この世界は分水嶺を越えた。世界を元に戻すには……一度、この世界を滅ぼして新たに作り直すしかない」

 世界を元に戻すために、仲間が救った世界を自らの手で滅ぼす。

 自らが永遠の生を得てまで守りいてきたものを破壊する。

 それはエドガルドにとって、苦渋の決断だった。

 しかし、タクミは身動きの取れない状態でエドガルドを睨み返す。

「ったく……本当にお前は、昔の俺とよく似た考えをしていやがる」

「…………なんだと?」

 眉をひそめたエドガルドを他所に、タクミは言葉を続ける。

「何かを変えるには、別の何かをせいにしなければならない。物事を変えるために犠牲はつきもので、そのために不要な少数を切り捨てる……それは正しいせんたくだ」

 タクミ自身もそう考えていた。

 正しい選択だからこそ、それが最善であると判断していた。

「だが……正しい選択が、本当に正しいとは限らない」

 凍りついた身体を動かし、バキバキと氷の砕ける音をひびかせる。

「正しいことが本当に正しいか、それを決めるのは俺やお前じゃない」

 億を超える人間たちを眺め、正しい選択による末路を眺めてきた。

 その世界の末路は、決して正しいものとはいえなかった。


「正しいかどうかなんて――神にだって決められるものじゃない」


 笑みをくずすことなく、タクミは言い放つ。

 その言葉を聞き届けてから、エドガルドは斧槍を高くり上げた。

「ならば――私がそれを決める者となるだけだ」

 ささやくような言葉と共に、翠玉の一閃が瞬き――


 二人の視界が紅一色に染まった。


 氷霧を吹き飛ばすほどの熱波。

 とつぜん生まれた熱源に顔をおおいながら、エドガルドは大きく飛び退いて距離を取る。

 そして――眼前の光景に思わず目を見開いた。

 タクミの周囲を漂うように浮かぶ……ほのおおびひも

 まるで意思を持つように、その周囲を蛇のごとく蛇行している。

 それはエドガルドにとって、ある意味で見慣れたものだった。

 英雄が後の世界と人々のためをおもい、作り上げた術――

「――どうした、『魔法』なんてお前には見慣れたものだろ?」

 炎帯に守られる中、タクミは変わらず笑みを浮かべている。

 魔力を持たない人間が……魔法を行使している姿。

「なぜ……貴様が魔法を使うことができる」

「おっと、実は使えるのをかくしてました……なんてオチじゃないぜ? 俺は正真正銘、魔力が無い状態で転生してきた人間だからな」

 タクミは『前世と全く同じ状態で転生させろ』と最初に告げている。

 だからこそ魔力を持たず、たくえつした身体能力も持ち合わせていない。

 魔力がない以上、魔法を使うことはできない。


「つまり――魔力があれば、魔法は使えるってことだ」


 そう告げながら、タクミはふところから一枚の紙を取り出す。

 ミルト・リヒテルトと署名され、血判のされた『念書』。

「この『念書』は普段使いしている物に対して、さらに法則式を突っ込んだ特注品だ。この『念書』に署名と血判を押した人間の全てを――俺は自由に扱うことができる」

 ミルトが持つ『天源』の魔法。

 それは――異なる魔力すら、自己の魔力に変換できる。

 本来、魔力を他者に注ぎ込んだとしても、それらが正しく作用することはない。

 魔力を持たないタクミに魔力を注いだとしても、他者の魔力では魔法を使えない。

 だからこそ、ミルトが持つ『天源』は必要不可欠だった。

 周囲の魔力を取り込み、『自分の魔力に変換する』という力が必要だった。

 その言葉を聞いた直後――エドガルドは行動に移っていた。

やきの魔法が――今さら何の役に立つッ!!

 翠玉の斧槍を地面に突きした瞬間、地面が音を立てながら隆起する。

 瓦礫によって生み出された無数のいしやり

 それらが一斉にタクミの下へと飛来する。

 迫り来る石槍の群れを、タクミはぐとえ――

「付け焼刃とは、ずいぶんな言い方をするじゃないか」

 タクミが手を合わせた直後――バヂィッとあおじろい稲妻が迸る。

 じゆうとうばつの際、りゆうじんレヴィンが使った電気。

 その電光は本人が放っていた以上に眩く大きい。

「あいつらに力の使い方を教えたのは――俺なんだからよッ!!

 勢い任せに腕を振るうと、飛来した石槍たちがタクミを避けて地面に突き刺さる。

 土煙が立ち昇る中、エドガルドは攻勢の手を緩めない。

 すでそうを構え、次の魔術に取り掛かっている。

「ならば――圧し潰されろッ!!

 先ほど突き刺した地面の穴に、寸分違わず斧槍の刃を突き入れる。

 そして――穴から湧き出でるように、水柱が天高く舞った。

 立ち昇った水柱は崩れることなく、棍棒のように形を維持し続けていたが……やがて、水の棍棒はタクミという標的に向かって雪崩落ちていく。

 しかしタクミはその場から動かない。

 そのまま宙からり注ぐ水流に向けて軽く腕を振り――その軌道を大きく曲げる。

 水流が反射するように方向てんかんし、エドガルドのはるか後方で木々をなぎ倒していく。

 すいせい人ラングが持つ……水流操作の力。

「ま、本当なら水流の飛沫に紛れるつもりだったんだろうが――」

 そう口にしながら、タクミは振りかえることなく右手でくうを掴む。

 掴んだ右手に握られた――すいぎよくの斧槍。

 そして背後には、きようがくによって表情を歪めるエドガルドの姿。

「――鹿力でなぐるから、歯ぁ食いしばっておけよッ!!

 振り向き様に、ひだりこぶしをエドガルドの胴に叩き込んだ。

 かつちゆうが殴打されて凹む音と共に、エドガルドの身体が人形のように地面を転がっていく。

 鳥人エイグルの身体強化。

 獣人クロリスの危険予知。

 カリンの読心による行動予知。

「おー、まったく痛くないな。あのバカ鳥が頑丈なのもなつとくだ」

 殴りつけた拳を軽く開閉してみるが、反動でを負った様子もない。

 本来、魔力のとぼしい亜人たちでは魔法や能力の効果は見込めない。

 しかし、『天源』による潤沢な魔力があれば――本来の能力すらりようできる。

「さてと……たしかフォルテシアの『勇剛』は倒した相手の魔法が使えるんだったな」

 周囲に光球を浮かべながら、タクミは光の中に手を突っ込む。

 そこから引っ張り出された……紐綴じの巻物。

 今までタクミがれいけいやくに使ってきた『念書』の数々。

 それらには全て、奴隷たちの魔力の一部が込められている。


「これだけあれば――お前の魔術も全部相殺できるだろうさ」


 誰が相手だろうと崩れないみ。

 まさしく『不敵』と呼ぶに相応ふさわしい、自信に満ちた笑み。

 その意味を理解しながらも、エドガルドは動けない。

 甲冑越しに食らった重い一撃によって、その表情は苦痛に歪んでいる。

 倒れ伏すエドガルドに向かって、タクミは一歩踏み出す。

「お前は本当におれとよく似てるな……エドガルド」

 過去の自分を思い返しながら、タクミは一歩ずつ歩みを進めていく。

「思考は同じ、他者から力を得るってところまで似てやがる。この世界に来る前なら、お前の考えに賛同することもあっただろうよ」

 しかし、タクミは死の間際に後悔と間違いに気づいた。

 だからこそ、この世界では誰かを犠牲にすることを望まなかった。

 力、人命、結果……何一つ犠牲を出すことなく得るように動いてきた。

 どれだけ困難だろうと、回り道になろうと、自分が正しいと思える選択をしてきた。

「本当は……お前も自分のやり方がちがっていることに気づいてるんだろ?」

 エドガルドを見下ろしながら、静かに問いかける。

「どれだけ不要で切り捨てるべきでも、譲れない大事な物ってもんがある。だからお前は魔術を覚えていたし、英雄たちの想いをよごさないために、その槍との神器も使わずにいた。そして……英雄たちの作った世界を維持することに固執し続けたんだろ?」

 その言葉によって、エドガルドの瞳に力が宿る。

「知った風な口を、利くな……ッ!!

 表情を歪めながらも、エドガルドは斧槍を手に立ち上がる。

「英雄たちが『平和な世界』を作るために……どれだけの犠牲があったと思っているッ! 英雄たちと女神だけではない、多くの犠牲によって……真なる平和を掴んだのだッ!!

 しかし、その世界は長い時を経て変わってしまった。

 そして変化によって均衡は崩れ、新たないくさが生まれた。

 英雄たちが望んだ平和からはなれていった。

「平和のいしずえとなった者たちのため……私は、何があろうと守らねばならないッ!」

 折れることのない決意とかくによって、エドガルドは立ち上がる。

 何度でも、何度でも、永遠に――


「――もういいんですよ、エドガルドさん」


 不意に聞こえてきた声を聞いて、思わずエドガルドは振り返る。

 そこには――黒のたいけんを手にした少女がいた。

 煌めく金色のかみをなびかせ、そうくう色の瞳を湛える少女。

 その姿を見て――エドガルドは思わずその名を口にする。

「フィ、リア……?」

「ええ。と言っても……このの身体を借りた形ですけどね」

 見た目はミルトそのものだが、纏っているふんは別人だった。

「いやー、あなたから法則式のえがかれた紙を渡された時は『こんなん絶対無理でしょー』とか思ってましたけど、こんなにしっくり同調できるとは予想外でしたねー」

「むしろ血縁者だって言うなら自力で憑依しろよ」

「無理ですぅー! 私は女神ですしっ! 憑依とか幽霊みたいなことできませーん!」

 ぷりぷりとおこりながら、フィリアが大剣をブンブンと振りまわす。

 そして……改めて、フィリアはかつての旧友に向き直る。

「ずいぶんと、永く生きたみたいですね。エドガルドさん」

「……ああ。過ごした年月を忘れるほど、な」

「その間……ずっと、私たちのことを覚えてくれたんですね」

 微笑ほほえみを湛えてから、フィリアは静かに首を振る。

「だけど……もういいんですよ。確かに私たちは世界を変えるために多くの犠牲を出しましたが、それをあなたが全部背負う必要なんてないんです」

 精神をすり減らし続けた旧友を見て、フィリアは悲しげに目を伏せる。

「私たちは確かに『平和な世界』を目指して世界を変えました。『平和のために誰かが犠牲になる世界』を変えたかったから、私や英雄たち……そして、あなたのお孫さんは命を賭して世界を変えようと決めたんですよ」

 女神の望んでいた想いに、エドガルドは静かに耳を傾け続ける。

「変わっちゃってもいいじゃないですか。それがこの世界に住む人々の選択で、それがどんな結末を迎えたとしても……それは私たちが捻じ曲げていいものじゃありません。世界を変えようとした私たちだからこそ、その選択を否定しちゃダメです」

 だまりのようながおと共にフィリアは想いを告げる。


「私は――みんなで自由に作っていく世界がいいなって思うんですよね」


 照れくさそうに笑うフィリアを見て……エドガルドは力なく顔を伏せる。

「…………そうか」

 顔を伏せたまま、静かなつぶやきを漏らす。