四章 亡霊は望んでいた
エルターン平原へと向かう道中。
タクミは方々に向かって指示を飛ばしていた。
「エルスとルクスは憲兵隊をまとめて王都の人間に
「カリン、レヴィンたちへの指示は終わったか」
「当然。レヴィンとクロリスの部隊はエルターン平原一帯の
そう言葉を返してから、カリンは空を見上げる。
蒼空へと立ち昇る黒炎。
その先にある
不気味に蠢きながら
最初こそ不定形ではあったが……それが、今では
まるで生物のように。
「うわー、あれは
クノンは愛用の黒剣をくるくると回しながら、炎塊を見て顔をしかめる。
「クノン、あの炎塊についての見解を言ってみろ」
「うーん……
「リーゼがフォルテシアで研究していた内容の中で、人体実験で生成した
亜人や人間から魔力を抽出し、
魔力は本来不可視だが、一点に
そしてエルヴィスは魔獣たちをシグルドに
「魔獣関連ってことは、たぶんシグルドもいるでしょうね」
「えぇーっ! わたし、あのニンゲンの相手イヤなんですけどっ!」
「
「だって、なんかわたしをスケベな目で見てた気がしますっ!」
「あんたにそんな目を向けるとか、ずいぶんと
「どうせわたしはカリンと違って背も胸もちっちゃいですもーん」
「はいはい。終わったら肉料理でも
ぷりぷりと
「それよりタクミ、あんたの方は
「ん? 俺がどうしたって?」
「準備の方よ。忘れ物したとか言ったら怒るわよ」
「安心しとけ。ちゃんと『念書』は持ってきてある」
ぽん、とタクミは自身の胸を叩く。
そこには――十枚の『念書』が収まっている。
タクミが選定した者たちと
「それにお前の補助もあることだしな。俺もたまには前線に出てやらないと」
「初めての前線が今回の
「お前を
愉しげに笑いながら、タクミはカリンの頭を軽く叩く。
緊張感の
しかし――歩みを進める度、その先にある重圧が高まっていく。
その先に待つ炎塊だけではない。
人が放つには異様と言うべき存在感。
そして……タクミたちは平原にある丘へと
「――――来たか」
冷たい言葉が発せられ、エルヴィスが振り
その姿は戦装束と呼ぶに
普段の貴族然とした様相と変わり、その全身には黒鋼の
そんなエルヴィスの中に混じる、確固たる存在感。
左手に握る
「お、
エルヴィスの背後に
「……一人と二
「大軍で押し
軽口を叩くタクミに対し、エルヴィスは無言を返す。
「
盾剣を肩に担ぎ、シグルドは口端を割いて笑う。
「状況は明白。オレたちを止めりゃ何もかも無事に済む。お前らが負けたら――リヒテルトとこの大陸は仲良く
「単純すぎてつまらないくらいだ。できればもうちょい
タクミの言葉を聞いて、僅かにシグルドが
「……なーるほど、イケ好かないって点では
「好きにしろ。お前は私の
「相変わらず冷てぇなぁッ!
大げさな反応を見せてから……シグルドはゆっくりと距離を取り始める。
クノンに対して、
その最中、タクミはクノンに向かって告げる。
「そういうことだ。相手をしてやれ、クノン」
「はぁーい……気は乗りませんが、ご主人さまのご命令ですから」
くるくると黒剣を遊ばせながら、クノンは笑う。
「相手は英雄種、ただの人間より優れているってのは
シグルドから向けられる視線と
「人間を殺すのは簡単でつまらないですが――強い人間を半殺しにするなら楽しめます」
くるくると、愉しげに
両者がゆっくりと
「ま、
「無論だ。貴様とて……何の
殺気と戦意をまといながら、エルヴィスが
中老とは思えない、どこまでも自然で洗練された動き。
「今までの『転生者』たちは、
永遠の生の中で、エルヴィスは多くの『転生者』たちを
どれだけ異質な力を持とうと、あらゆる方法で命を奪ってきた。
時には――自らが対峙し、圧倒的な力によって捻り
「お前が他の者たちと
世界を守るために、世界に狂わされた男は問う。
「英雄と女神の作った世界を変えるのならば、その覚悟と意志を示してみろ」
感情を捨てた瞳を向け、タクミという人間を見定めようとする。
しかし、タクミは軽く肩を竦める。
「わかったよ。そんなことをしても女神は喜ばない、今からでも
エルヴィス――狂ってしまった信念と覚悟を持つ男に対して問いかける。
「あんたの本当の名前を教えてくれ。いつまでも亡霊って言うのは味気ないし、そんな
「……そうだ。私は騎士として、そして王として、
永遠の生と共に捨てた名。
二度と名乗ることは無いと思っていた名。
忘れかけていた自身の名を――男はタクミに向かって名乗る。
「我が名は――エドガルド。騎士として貴公との決闘に臨む」
人間を
その騎士としての姿に、タクミは敬意を込めて頷く。
そして――エルヴィスではなく、『エドガルド』に向かって対峙する。
「そんじゃ……俺も改めて名乗るのが
転生を
「俺はタクミ……
人を人として見ることなく、全てを数字として見てきた存在の名。
「だから――俺は『人間』として、お前との決闘に臨んでやる」
人としての生を受けた男は、失敗と後悔を
正反対の道を歩み続け、その先で交わった二人は対峙する。
そして――交差した点の上で、二人は互いに
◇
離れた位置で、クノンとシグルドは対峙していた。
互いにゆっくりと歩きながら、距離を測っていく。
「まさか、こんなに早く狼ちゃんと戦えるとはな」
「あーそうですか。わたしは戦いたくありませんでしたよ」
「なんだよ、狼ちゃんまで冷てぇなぁ……泣けてくるぜ」
愉しげに笑うシグルドとは対照的に、クノンはつまらなそうに半
その間、クノンは
クノンは決してシグルドを侮っていない。
レナント村での
それどころか、魔獣を
それでも……クノンは決して侮らない。
わざと魔獣を逃がして
静かに、シグルドの動きを注視している。
そんなクノンの行動を読んでか、シグルドが笑みを濃くする。
「ぶっちゃけ親父殿の目的はどうでもいいが――やるなら全力じゃねぇとなァッ!!」
クノンから
明らかに剣のリーチでは届かない距離。
しかし、クノンは何かを感じ取ったかのように大きく横へ
直後、不可視の塊が地面を
不可視の物体が生んだ風圧を利用し、クノンは地面を転がり体勢を整える。
「へぇ……やっぱいい
「あいにくと、一度斬撃を飛ばす輩と対戦したことがありますから」
そう答えながらも、クノンはその正体は別物だと確信していた。
斬撃という割に、抉られた地面には
そして抉ったというには、あまりにも
まるで――空間を
「……その剣も『神器』でしたか」
容易に見破られたというのに、シグルドは
「何も不思議じゃねぇさ。過去の英雄たちの中でも最も
「つまり……フォルテシアは英雄の子孫ということですか」
「あの親父殿が言っていたことだし、たぶん本当だと思うぜ? それに英雄種なんて言われている
巨大な盾剣を軽々と振り回し、シグルドはその表情を消す。
「英雄とは言われているが、結局のところは世界の
珍しく、シグルドがつまらなそうに言葉を
その様子を見て、クノンも鼻を鳴らした。
「ふんっ……英雄の
「さっきも言ったじゃねぇか。オレにとっちゃ親父殿の目的はどうでもいいし、世界がどうなろうとどうでもいい。オレはただ――オレより強ぇ奴と戦いたいだけだッ!!」
再び盾剣を振りかぶるシグルドを見て、クノンは警戒を向ける。
先ほどの
剣の動きに注意すれば
そう考えて
「――――ッ!?」
己の意思に反して、
どれだけ動かそうと命令を出そうと、地面と同化したように張り付いている。
「これで終わりなら――てめぇは弱者だぜ?」
口端を吊り
剣閃に合わせて空間が
眼前に
「ま、ったく……っ! 面倒なことをしますねッ!!」
その
無様に地面を転がりながらも、なんとかクノンは直撃を避ける。
「いいねぇ! カラクリに気づく機転もあるじゃねぇか!」
愉しげに手を
シグルドを睨みながら、クノンは不自然な動きで立ち上がる。
「……なるほど。身体の感覚を逆にされるのは初めてですね」
顔の
力を入れようと意識した
「
異様な形状の大剣。
肉厚で巨大な刃、
「この剣を
複数の神器によって組まれた大剣。
過去の英雄が『あらゆる存在を屠るため』に組み上げた神器。
「さすがに年代物だから昔のまんまとはいかねぇけどな。フォルテシアの宝物庫にあった神器を使って、色々と中身をイジった結果だ」
「それは、ご
身体に
「だけど……神器には
神器は
クノンが持つ『
仮にシグルドが複数の神器を使っているのなら、同じ数だけ代償を受けることになる。
だというのに、シグルドにはその様子が
そんなクノンの疑問に対して、シグルドは隠すことなく答える。
「簡単じゃねぇか。それがオレの英雄種としての能力ってことだ」
笑いながら、人間の領域から外れた存在は答える。
「オレは使っている神器の代償を踏み
複数……それも二、三の神器ではなく、十以上の神器を同時に使う。
それはもはや人と呼べる存在ではない。
シグルド自身が
まともな存在が相手にできるものではない。
「これは……タクミとの約束は、守れそうにありませんね」
クノンは構えこそ
その様子を
「さぁて、狼ちゃんはあと何個の神器に耐えられる?」
シグルドの目の前に、金色と黒の剣閃が生まれた。
その
「まず――一つ目です」
シグルドの近くで、クノンの静かな声が響く。
『月蝕の応剣』を用いた、相手との距離を『断つ』瞬間移動。
そしてシグルドの反応よりも速く、クノンは既に距離を取っている。
その動きを見て、シグルドは表情から笑みを消す。
「……すげぇな。『天逆珠』の中でよく動けたもんだ」
「よく動けた? まさかあれで動きを
身体の自由を取り
「結局のところ、その神器は『身体の感覚を逆にして狂わせる』だけです。だったら……その狂った感覚通りに身体を動かせばいいだけですからね」
クノンが身体を揺らしていたのは、身体の自由が
揺らしながら身体を動かし、狂った感覚を自身に覚えこませていた。
身体を震わせ、正反対になった力の入れ方を
そして、クノンはぐぐーっと身体を
「神器の
笑いながら語るクノンとは対照的に、シグルドの表情は
盾に取り付けていた『天逆珠』という神器。
『宝珠に映っている対象の感覚を逆転させる』という能力を持ち、常に相手へ宝珠を向け続けなくては相手の動きを封じることができない。
そのため、シグルドは動作の一部に組み込むことで「どの神器が能力を発動しているか」を悟らせないようにしていた。
だというのに、クノンは神器だけでなく意図すらも
「そんな小手先の技術じゃ――化け物なんて
くるくると玩んでいた黒剣をピタリと止めた瞬間、キンと甲高い音が生まれた。
しかし、両者の間に変化は見られない。
シグルドが発動させようとしたはずの神器は……
「……おいおい。一体どんなカラクリだ?」
「さぁて、二流の
そして……黒剣の一本を
「ですが……本物の化け物っていうのは、そういう理解の外にいるんですよ」
亜人ではない、
クノンは
「あなたは自分を化け物だと言いましたが……わたしからすれば少し特殊なニンゲンです。神器の力を自分の力と勘違いした、人間にも化け物にもなれない