「僕がこの場にいるのは三大公という立場からではなく……あなた方が先の宣言を聞いて取り乱した時、それを
リヒテルトの主権を
それに見合うだけの実力を持つからこそ、三大公の座に
「妹の剣才には及びませんが――それでも、あなた方を抑えるには十分だ」
剣を突き付けられ、ケリンズがわずかに身を引く。
「それと何か
「何がゲームだッ!! そんな
「フェアシュタット様、質問してもよろしいでしょうか」
「『ゲーム』と言いましたが、説明は行っていただけるのでしょうか」
「それはもちろん。戴冠式の閉式後、会議室にて女神の代行者が行いますよ」
「わかりました。では閉式まで待ちます」
「ッ……ヘリリアント、貴国はリヒテルトの暴挙を赦すと言うのか!?」
「私個人は特に思うところはありません。しかし他国代表の前で宣戦布告を行い、こうして剣を向けたということは、既に相応の覚悟を決めているということです」
すとんと手を下ろし、ラクリアは暇を
「それならば、意図が判明するまで静観します」
「話が早くて助かりますよ。僕の仕事は皆さんを落ち着かせることですし、おとなしくしていただけるのなら楽ができるんで」
ラクリアに
しかし、剣を納めても誰かが動く様子はない。
先ほどまで激昂していたケリンズも、ルクスの意図が読めずに動きを止めている。
国中が熱狂に沸く中、貴賓席だけが不気味な静けさに包まれる。
そして……
◇
戴冠式の閉式から一時間後。
タクミとミルトは会議室に集められた代表たちと顔を合わせていた。
「よう、挨拶が遅れちまって悪かったな」
普段通りの調子でタクミは声を掛けるが、代表たちの反応はない。
ケリンズは怒りと苛立ちを隠さず、ヤコルは
不意打ちのように宣戦布告を行われ、剣を向けられて
しかし、タクミは気にせず言葉を続ける。
「ルクスから軽い説明はあっただろうが、改めて『ゲーム』についての
「我々は、断固として貴様たちの言い分を聞き入れないッ!!」
怒りを
「大陸
「こちらも
ケリンズに同調するような形で、ヤコルも意見を述べてくる。
さらに、ケリンズはタクミを睨みながら指を突き付ける。
「戴冠式と
「おお、
「だから、そんなふざけたものに――」
「おい、セプテリオンのドワーフ。あんたはさっきメリットが無いって言ったな?」
ヤコルに向き直ってから、タクミは
「魔法しか
タクミの問いかけに対して、ケリンズは何も答えない。
しかし、先ほどまでの激昂した様子も
デンメルグが休戦を結び、三十年近くリヒテルトに攻め入らなかった理由を言い当てたタクミを、警戒するように視線を向けている。
「だが……今の俺たちは、ここにいる国が最も
「ははっ、まさかそれが『ゲーム』の景品とでも言うおつもりですかな?」
タクミの言葉を聞いて、ヤコルが
「確かにリヒテルトの魔法知識は他国にないものとはいえ……今さらリヒテルトの魔法知識を引き合いに出されたところで、大した
「俺は『ここにいる国が欲しているもの』って言ったはずだぜ? そいつを証明するために、
不敵な笑みと共に、ヤコルの眼前に放った巻物を指さす。
「特に……技術屋のお前ならよく理解できるはずだ。ヤコル・ヴィットリオ」
その笑みから感じる妙な
そして……ヤコルは巻物の紐を解き、眼前に大きく広げ――
「こ、れは……なぜ、どこでこの存在を知ったッ!?」
ヤコルが飄々とした態度を崩し、タクミに向かって
「おい、ヴィットリオ……一体何が書いてあったと言うんだ」
ケリンズがそう尋ねるが、ヤコルは額に汗を浮かべたまま
答えることができない。
その反応を見て、タクミが顔を
「答えられないよなぁ……デンメルグ侵攻計画に関する国家機密なんだからよ」
「なッ――どういうことだッ! 答えろ、ヴィットリオッ!!」
そんなケリンズの
羊皮紙に描かれた設計図。
セプテリオンが
「俺の世界じゃ『飛行機』って呼ばれていた
「機械……旧時代に存在していた魔具の前身か。しかし、その機械と我々デンメルグにどのような関係があると言うんだ?」
「機械ってのは魔力を使わない代わりに、化石燃料っていう天然資源が必要になるんでな。そいつらは主に海底、そして
旧帝国デンメルグは広大な領地を持つが、その多くが緑の無い砂漠地帯となっている。
その地下には……いまだ手つかずの資源が宝のように眠っている。
「その資源を得るためにセプテリオンは飛行機を作り、やがて量産した機械で他国へと侵攻する算段だったんだろうよ。他国より亜人の多いセプテリオンにとって、魔法戦ってのは絶対的に不利だからな」
タクミが言葉を発する度に、ヤコルの表情が青ざめていく。
それは自国の計画が他国に
ヤコル自身、旧時代の機械を利用した技術で先行しているという自負があった。
たかが小国と
「他にもあるぜ? 蒸気機関、内燃機関、航空力学……技術大国でもあるセプテリオンなら、こいつらは『ゲーム』に参加して
タクミは今まで、
目先の
そして……拳を握りしめながら、ヤコルは言葉を
「……説明を行ってくれ」
「おいおい、聞こえないからはっきり言ってくれ」
「『ゲーム』の説明をしろと言ったんだッ! 我々セプテリオンは、貴様たちリヒテルトの提案する『ゲーム』に参加することを確約するッ!!」
ヤコルが参加表明を行ったことで、ケリンズがあからさまに顔をしかめる。
「……ふざけた提案に乗るとは正気か、ヴィットリオ」
「うるさいッ! 貴様らデンメルグに計画が
その様子を見て、ケリンズが
「チッ……島国の田舎者が。貴様たちがどうなろうと、我が国は――」
「あー、そうそう。デンメルグのおっさんが
満面の笑みを浮かべながら、タクミが一枚の紙きれを取り出す。
「砂漠地帯を緑化する方法、
ケリンズの前に紙きれを放ると、その表情が固まる。
デンメルグの国政、国民の置かれている
それを打開するための方策が、余すことなく書かれている。
「俺がお前たちを呼んだのは、その価値を正しく理解できるからだ」
この場に集められた人間は、『知識』という財産を正しく理解できる。
ケリンズは立場と過去だけ見れば
ヤコルは貿易の成功が目立っているが、ドワーフという技術屋としての一面があったからこそ、海上貿易における
そして……国の
「別に今ここで参加表明しろってわけじゃない。俺の提示した『知識』と『ゲーム』の説明を聞いた上で、国に持ち帰って検討すればいいさ」
黙り込んだ二人の代表に告げたところで、アリッサがおずおずと挙手する。
「あのぉー……友好国のうちも参加しなきゃダメなんですかね。私たちはリヒテルトの
英雄国家シュトラーゼとリヒテルトは協力関係にある。
タクミの提示した『ゲーム』の内容
「なんだ、あんたは聞いてないのか?」
「え、何がですか?」
「英雄国家シュトラーゼは既に『ゲーム』の参加に
「はぁっ!? ちょっと待ってください誰がそんなこと――」
「迷子になってたおたくの第一席に説明したら、二つ返事でオーケー出してたぞ。ついでに伝言だが、『ルールを聞くのは
「あっはっは……あいつ、帰ったら絶対
「半殺しくらいで済ませとけ。まぁ、受けた理由については帰ってから聞けばいいさ」
机に突っ
「さて、そこにいるヘリリアントのお
「元より説明を聞いてから判断する予定でした。ですから構わずにどうぞ」
淡々と返事をするラクリアに苦笑を向けてから、タクミは全員を見回す。
「賭けについては先に言った通りだ。こっちは『知識』を、そしてあんたらには『国』を賭けて『ゲーム』を行ってもらう。そして――ゲームの内容は問わない」
そう言いながら、タクミは笑みの色を
「武芸、知識、技術……それこそ、ジャンケンだろうがチェスだろうが構わない。勝負という形式さえ整っていれば、全て『ゲーム』として成立して
「……なるほどな。リヒテルトにとって、それが一番好都合だろう」
タクミの意図を読み取ってか、ケリンズが苦々しい表情を作る。
「貴様らリヒテルトは魔法以外では他国に
どれほど
旧帝国デンメルグは人海戦術や物量といった面で
海上国家セプテリオンは優れた魔具技術を有しているが、島国という
英雄国家シュトラーゼは英雄種を始め
唯一、断界国ヘリリアントの情報は無いが、大規模な防護結界を維持し続けるコスト、それ
しかし、先の条件であれば国同士の差は縮まる。
ゲーム内容が一方の国に有利な内容でない限り、勝敗は見えなくなる。それこそ、場合によっては『運』によって勝敗が決まる可能性すらある。
他国より多くの面で劣るリヒテルトにとって、最も勝機のある条件。
「ゲーム内容はどのようにして決定するつもりだ。対戦を行わない国か?」
「いやいや、それじゃ公平とは言えないだろ。第三国と
ケリンズに言葉を返してから、タクミは軽い調子で告げる。
「だから、ゲーム内容はお前たちが決めていい」
「…………は?」
「言葉の通りだ。うちと対戦する国がゲーム内容を好きに決めていい」
「リヒテルトは――対戦国がどのようなゲーム内容を提示しようと受諾する」
ケリンズだけでなく、その場にいる誰もが言葉を失っていた。
対戦国が内容を決めるということは、全て相手に有利な条件でゲームが決定される。
利点を全て捨てた上に、
「おい……リヒテルト女王」
「あ、はい。何か私に御用でしょうか?」
「貴様……それでも国と国民を預かる女王か? そこにいる男は自ら勝ちを捨てると宣言しているというのに、それを黙って見過ごすつもりか」
ただ静観するだけのミルトに対し、ケリンズが静かな
しかし、ミルトは
「いえ、その条件は我が国の三大公も交えて協議したものですから」
「ハッ! つまりリヒテルトは
「ええと、そういう意味では無くてですね……」
困ったように
「あなた方が負けた時――絶対に
笑みこそ
「たまたまリヒテルトに有利な条件だった、運が悪かったから負けた……などと
そんなミルトの言葉を継ぐように、タクミが説明を加える。
「そっちがどれだけ有利な内容を決めようが俺たちは勝てる……単純な勝ち負けじゃない、心の底からお前たちを
腕を組みながら、タクミは
「そして、先の条件はお前らを
笑いながら、タクミは底知れない黒の瞳をケリンズに向ける。
リヒテルトという小国に対して圧倒的有利な状況を作れたというのに、その勝負を捨てて逃げた『負け犬の国』。
その悪評は消えることがなく、国の
「それに……俺たちは勝ちを捨てたわけじゃない。お前たちがどんな条件を出そうが、正面から叩き潰して勝てる自信があるってだけの話だ」
腕を組み、自信に満ちた笑みを浮かべながら言う。
しかし――
「――質問よろしいでしょうか。
静まっていた会議室の中で、ラクリアの無機質な声が響く。
「内容の決定権があるということは、日時と場所の指定も可能ということでしょうか」
「ああ、構わない。どれだけ条件を重ねようが、こっちはゲームを受諾する。
「ではもう一つ、ゲームの決定権は国の元首、君主といった統治者が有するものですか」
ラクリアの質問の意図を察して、タクミは僅かに目を細める。
「……ああ。他の奴らはこの件を一度国に持ち帰り、統治者の判断を
「つまり、ヘリリアントの最高責任者である私ならば、今この
そう口にしてから、ラクリアはミルトに顔を向ける。
「我々ヘリリアントは――今この場で、『ゲーム』の開始を宣言します」
不気味なほど静かに、ラクリアはタクミたちへと告げる。
「内容は統治者同士による『
タクミたちの覚悟を見定めるように、ラクリアが問いかける。
「先ほどの剣舞を見る限り、私とリヒテルト女王の実力差は明白です。およそ勝負にすらなりません。それでもあなた方は『ゲーム』を受諾しますか」
しかし、それでもタクミの笑みは崩れない。
「こっちは構わないが、一度ゲーム内容を決めた後に
「では、そのようにしてルール変更を
「こっちとしては『ゲーム』を楽しみたいという気持ちが強いんでな。結果が見えている勝負になると、さすがにつまらなくて興ざめする」
「まさか、私がそちらの女王に負けるとお思いですか」
タクミから目を
「……あ、私と勝負という話でしたよね? お
対して、当人はのほほんと笑いながらラクリアに向けて手を
そこに緊張や
ラクリアが殺気を発しているというのに、怯えも
「なるほど。やっぱりやめておきます」
「素直に引き下がったじゃないか」
「女王に対する情報不足、そして確信に欠ける反応だと判断しました」
少なくとも、タクミはミルトの勝利を確信している。
そして……ミルトにはその確信に足る何かを持っている。
「そもそも、私は招待状のお礼とアルフレッドを返しに来ただけですから」
「……アルフレッドって誰だ?」
「手紙を送ってきた鳥のことです。こちらにいますのでご
「名前を付けるほど気に入ったなら飼ってやれ。祝い品として
「よろしいのですか。でしたら、家鳥として迎え
表情こそ変わらないが、ラクリアは
話が終わったのを見計らうように、ケリンズが再び机を叩く。
「ハッ……全て受諾すると言いながら、口八丁で逃れたではないか。結局のところ、貴様らリヒテルトは我々に勝てる見込みがないということだろう」
「いや、ちょっとお前たちに対する
額に手を当てながら、タクミがわざとらしく首を振る。
「口でいくら言おうが、現状のリヒテルトの戦力を知らなければ、馬鹿みたいに戦争だ決闘だと言い出すことくらい予想できたことだ。いやはや悪かった」
「何を言うかと思えば……
ケリンズが
窓の外が黒い光に覆われた。
天高く
その光は世界を
「なッ……あの黒炎は一体なんだ!? あれもリヒテルトが行ったものか!?」
ケリンズが窓を指さしながら叫ぶが、タクミは言葉を返さない。
その黒炎を静かに見つめ続けている。
そして――空間に
その輪郭が形を帯びていき、やがて見知った人物が姿を現す。
『――聞こえているか、神王国家リヒテルトの者たちよ』
感情のない無機質な声。
亀裂の合間に映し出された……エルヴィスの姿。
『貴様たちは女神の代行者に
魔具によるものか、エルヴィスの声が王都全体に
『私は女神が愛した世界を守るため、道を誤った貴様たちを
空へと昇っていく黒炎が
『だが――もしも貴様たちの歩む道が正しいと言うのならば、それを
その言葉は他の
やがて……亀裂はゆっくりと幅を狭めていき、黒炎に混じるように消失していく。
「……まったく、ずいぶんな
そう
「おい、英雄の丘ってのはどこか聞いてくれ」
「え? は、はいっ! ええと……エルターン平原のことらしいです! 『無名の英雄』が最後の戦いに
「とまぁ、そういうことらしい。話し合いは
「待てッ! なぜフォルテシアの姿が映し出されたッ!? 奴は
「そんなもん
ひらひらと手を振りながら、タクミは会議室の外へと向かっていく。
そして、振り返りながら告げる。
「それと……よく見ておけ。新しいリヒテルトの力ってやつを」
自信に満ちた笑みを浮かべながら、タクミは会議室を後にする。
「リヒテルト女王、こちらの助力は必要でしょうか」
「あ、いえいえ。皆さんはお客様ですし、ここでのんびりくつろいでいただければと」
「くつろいでいろッ!? この状況で座して待てと言うのかッ!?」
「これはなかなか……できれば、リヒテルト側による脅しだと思いたいものですなぁ」
「あー、死ぬ前に一度アルフェンをブン殴りたかったなぁ……」
ケリンズたちが三者三様の反応を見せる中――ミルトがふにゃりと笑みを作る。
気の抜けるような表情と共に、パンパンと手を叩く。
「まぁまぁ皆さん。エルヴィスの問題はこちらの落ち度ですし、今からその対処はバッチリしっかりと行ってきますから。それに……そこにいるヘリリアントのお
ミルトの言葉を聞いて、初めてラクリアの表情に変化が生まれる。
海色の瞳を大きく見開き、
「……リヒテルト女王、今の言葉について質問させてください」
「あー、すみませんね。私も
「向かう……? まさか、女王自らが戦地に赴くのか?」
ミルトは『
「ええ。リヒテルト女王は……国と国民の
長年の友のように、
「その姿こそが――リヒテルトの女王です」
自信に満ちた笑みと共に、『女王』はそう答えた。