たくを終えたことを告げるベルの音。

「わたしはここで待っているのです。だから、ちゃんと見届けてきてください」

「……おう。ありがとうよ」

 リーゼに見守られながら、タクミはドアの前に立つ。

「さて……どうなることやらな」

 軽く息を整え、タクミは意を決して部屋のドアを開けた。

 数々の調度品にいろどられた一室。

 その中央に立つミルトが、ゆっくりと振り返る。

 純白のドレスに身をつつんだ姿。

 よごれ一つない白。

 その所々には金糸のしゆうほどこされ、こしの大きなあおのリボンが白をきわたせる。

 色素のうすい白金のかみれいに整えられ、そうごんな輝きを放つおうかんを栄えさせている。

 まがうことなき、女王として相応しい姿。

「た、たたたタクミ!? え、えとっ、どうしてタクミがいるんですかっ!?

 リーゼを呼ぶつもりでベルを鳴らしたのか、ミルトがあわあわと慌てふためく。

 たんだん通りのミルトにもどったのを見て、タクミは思わず笑みをこぼす。

「え、あ、どこか変でしたか!? 着替え直した方がいいですか!?

だいじようだっての。だからドレスをごうとするんじゃない」

 動転してドレスを脱ぎ出そうとするミルトを制してから、タクミはたたずまいを正す。

「本当に……見違えるほど成長したな」

「そ、そんなに見られると恥ずかしいんですけど……」

「今さら何言ってんだ。互いに子供のころからの付き合いだろ」

「そう、ですね……たしかに、お互い子供の頃からいつしよでしたね」

 過去を思い返すように、ミルトは軽く俯く。

「子供の頃から、ずっとタクミと一緒でした。タクミがいなかったら……今の私はここにいることすらできませんでした」

 それはではない。

 タクミがいなければ、ミルトは既にこの世を去っていた。

「二年前――父が亡くなったと聞かされた時、私は世界が終わったような気持ちでした」

 いつも自分を守ってくれていた父の存在。

 それがいつしゆんにして失われてしまった。

「あの時の私は……本当にひどかったと思います。心配してくれたみんなの声を無視して、耳をふさいで、ずっと閉じこもっていましたから」

 今の姿からは想像できないくらい、当時のミルトは酷かった。

 父を失った悲しみから心を閉ざし、誰の言葉にも耳を貸さず、部屋に閉じこもったまま食事も取らず、日に日にすいじやくしていった。

 そしてある日――ミルトは部屋から姿を消した。

 父の後を追い、ヴェルヌ湖へ身を投げるために。

「あの時、どうしてタクミは私が湖に行ったとわかったんですか?」

「……おれはそういう奴を山ほど見ている。それだけの話だ」

 苦々しい表情と共にタクミは答える。

 それはこの世界の話だけじゃない。

 前世……地球でも、タクミはそんな人間を数多く見てきた。

 タクミのせいで人生をくるわせ、命を投げる人間を多く見てきた。

 拳をにぎりしめるタクミを見て、ミルトはやさしく微笑む。

「だけど……そんなあなたのおかげで、私は助けられました。湖から引っ張りあげて、そのまま思い切り殴って、あれは本当に痛かったんですから」

「お前も俺を本気で殴るるしただろ。鼻血は出るし散々だった」

「あはは、最終的にお互い鼻血まみれのあざだらけになってましたよね」

 じゆすいはかろうとしたミルトを引き上げ、がらのようなミルトを本気で殴った。

 そして……タクミはミルトに言い放った。

「『いつまでそんな姿をヴァテルさんに見せるつもりだ』って……あの言葉が無かったら、私は本当にあのまま死んでいたかもしれません」

 しかし、その言葉によってミルトは立ち直った。

 父を亡くした悲しみ、えんりよみ入ってきたタクミに対する怒り、それらを全力でぶつけることで、生きる気力を取り戻した。

「あの時と比べても、私はまだまだダメです。父どころか、他の方たちにすら追いつけていないでしょう。だけど――」

 言葉を区切ってから、ミルトは顔を上げる。

「――今の私は、ちゃんと父にほこれると思います」

 堂々とした佇まいで、誇らしげに胸を張る。

 自分を見つけ、確固たる自信を得た姿。

 だからこそ、タクミはミルトに言わなければならない。

「――すまなかった」

 悔恨の念と共に、深く頭を垂れる。

「俺は……自分の計画のために、お前の父が生きていることを隠していた」

 事故で重傷を負ったヴァテルを救えるかわからなかった、ということもある。

 しかし、それは言い訳に過ぎない。

「俺は人間らしい考えが苦手だ。だからお前が計画に必要な人間だとわかった後、環境を変えることでお前の成長はうながせると考えていた」

 ヴァテルの事故はぐうぜんに過ぎない。

 事故よりも以前に、何かをきっかけにしてミルトの成長を促すと決めていた。

 それが最も効率的な方法だったから。

「お前と初めて会った時から、お前がどれだけ傷つき、悲しみ、死を願うほどに追いつめられると知りながら……お前にすべてを隠し続けてきたんだ」

 今まで隠し続けてきた事実を、タクミは包み隠さずする。

 そんなタクミのざんを、ミルトは静かに聞いていた。

 その話を聞いた上で――ミルトは柔らかく微笑んだ。

「だけど……タクミはずっと私のそばにいてくれました。こんなダメな私を支えてくれて、励ましてくれて、父の代わりに見守っていてくれました」

 タクミの頭に手をかけ、ゆっくりと起こしながら言う。

 がみのように、あいに満ちた表情を浮かべながらゆるしを与える。

「私はタクミのことをよく知っています。おひとしなんて言われるくらい、必死に自分の中にある冷たい考えを否定し続けてきたことを知っています」

 そして、ミルトはぐタクミを見つめ――


「私は、そんなあなたのことが大好きですから」


 暖かながおと共に、その想いを告げた。

 その真っ直ぐな想いに、思わずタクミは目を丸くする。

 少しの間、部屋の中がせいじやくに包まれ……やがて、くすくすと小さな笑い声が生まれる。

「ふふっ、どうでしょう。今のはちょっと自信があります」

「…………ええと、何がだ」

「前に『俺をれさせるくらいかざれ』って言ったじゃないですか。だからこいする女の子という姿を見せてみましたっ」

 イタズラを成功させた子供のように、ミルトはうれしそうに笑う。

「それに……タクミはあの時、私に理想をつらぬけとも言いました。だから、私の悲しみがかすんでしまうような、タクミの理想をかなえてください」

 成長した少女が、成長を促した男の言葉を借りて告げる。

 その言葉を聞いて、タクミは普段通りの笑みを浮かべる。

「……ああ。お前を傷つけた分、ちゃんと責任を取ってやる」

「そ、それは先の告白に対するりようしようと受け取っていいんでしょうか!?

「いやそれとは違うが」

「じゃ、じゃあっ! 私のこんしんの告白に対する感想をどうぞっ!」

「妹に告白されたようで何とも複雑な気分になった」

「あり得ないほど最悪の返答がきました!?

「さっきも言ったろ。俺はそういう人間らしい考えが苦手なんだよ」

 なみだでぽかぽかとたたいてくるミルトに対し、タクミは苦笑しながら頭をく。

 そして、改めてミルトに向き直る。

「お前はもう十分に成長した。それこそ、女王として相応しい人間になった」

 そう告げてから、タクミはふところから一枚の紙を取り出す。

 複雑な衣装とそうていの施された『念書』。

 エルスにわたした物と同じ、けいやくしやに全てをささげる契約書。

「今のお前なら、神王国家リヒテルトを正しく導くことができる。俺と共にいなくても、この国を理想の形にすることができると、他でもない俺が保証する」

 既にミルトは女王として十分な資質を得た。

 これから先、タクミたちと共に世界を敵に回す必要はない。

 だからこそ、タクミはこの場で決断をせまる。

「こいつに署名したら、カリンや他の奴らと同様に――って、おい」

「わぁっ……これ、私がもらってもいいんですか!?

 差し出された『念書』を見て、ミルトがきらきらとひとみを輝かせる。

「これに私の名前を書けばいいんですよねっ」

「あ、ああ……署名して血判をしたら契約成立になるが――」

「わかりましたっ! すぐに済ませちゃうので待っててくださいね!」

 うばい取るように『念書』を受け取り、すぐさま署名して血判を押す。

「はいっ! これでバッチリです!」

「すげーな。他の奴らはもうちょっと迷ったりしたってのに」

「だって嬉しいんです! 今まで、私はみんなと違っていましたから」

 共に在りながらも、ミルトは心のどこかでがいかんを覚えていた。

 特別な人間と自分を比べて、心のおくそこで線引きを行っていた。

「これでやっと……私もみんなと同じになれました」

 いとおしそうに、ミルトは自身の『念書』を抱きしめる。

「……そうだな。これでお前も俺たちの仲間だ」

「はい、質問ですっ! 女王とれいけんにんできますかっ!」

「テンションたけーな」

「たぶん今までの人生で一番高いですっ!」

「それじゃ人生の中で一番落ち着け。それと俺に『念書』を渡してくれ。他のと違って特別製なんだから、あんまりくしゃくしゃにされると困る」

「特別製……っ! その響きだけで天までのぼれそうですっ!」

 ミルトがくるくると回り始めたところで、タクミはめんどうそうに溜息をつく。

「ったく……このままじゃらちが明かないな」

 小さな呟きと共に、タクミはドアへと顔を向ける。

「ということで――そこで聞いている全員、さっさと部屋に入ってこい」

 そうタクミが言い放ったしゆんかん、ドアの前でバタバタとさわがしい音が聞こえてくる。