三章 歪んだ世界は望んでいた
戴冠式当日の朝。
歴史の重みを感じさせる王城の中庭で、風を切る音と甲高い
「――――はッ!」
短い呼吸と共にミルトが剣を振り抜き、エルスの構えた長剣に当たる。
しかし、ミルトが持つ剣は以前の細剣から変わっている。
大剣……
とても少女が扱えるような代物ではないが、ミルトは軽々と取り回している。
そして――最後の一打を終えたところで、両者は一歩退いた。
「……ふむ。今日はこれくらいにしておこう」
「はいっ! ご指導、ありがとうございましたっ!」
早朝から打ち合いをしていたというのに、ミルトの息は全く乱れておらず、表情にも疲労といった色は見られない。
そして終了の空気を感じ取ってか、リーゼがタオルを持って駆け寄ってくる。
「お二人とも、お疲れ
「ありがとうございます、リーゼさん。魔力の流れはどうでしたか?」
「バッチリだったのです。もはや
「ほんとですかっ? 私も今日は調子いいなぁって思ってたんです!」
二人で手を取り、わいわいと楽しげにはしゃぎ始める。リーゼのお
以前からミルトは知らない内に『天源』を使い、下層の
そんなリーゼの評価を受けて、今度はエルスの方へと顔を向けてくる。
「エルスさんっ! 今日の私は何点でしたかっ!」
「そうだなぁ……私の剣を目で追いつつ反応できていたし、足運びや
エルスの評価を聞きながら、ミルトがそわそわと評点を待つ。
少しだけ迷いながらも、エルスは
「三十点ってところだ」
「思っていた以上に
「当然の評価だ。実戦経験が無いから、お前にはまだ
「うぅ……今日は自信があったんですけど」
しゅんと
「だけど、以前と比べて
「でもっ! 赤点のまま終わるのはなんだか
「
ぷすーっと頬を
「それじゃ、私はそろそろ当日警備の
「お任せなのです。以前からエルリア様のお手伝いもしていましたから」
「それは心強いな。私の妹分の晴れ
二人に
その後ろ姿を見届けてから、リーゼはミルトの手を取った。
「それでは
「じょ、女王さまって……」
「ミルトさんは今日から女王です。だから呼び方も改めた方がいいかと」
「うーん……でも、私は女王と呼ばれるより、他の人たちから名前で呼ばれるような、親しみ深い女王になりたいと思ってますから」
それがミルトの
女王という立場だけでなく、一人の人間として国民たちと寄り
そんなミルトの横顔を、リーゼは静かに見つめる。
「それに、リーゼさんにとっての女王さまはエルリア様ですしね」
「はい。たしかにエルリア様はわたしにとっての女王さまです。ですが……わたしの知っているエルリアさまは、もういないのです……」
どんよりと肩を落としながら、リーゼは最近のエルリアについて語る。
「最近のエルリアさまはわたしを見つけると、すぐに
「あはは……ええと、それも愛情表現の一つということで」
なんとも言えない表情を作りながら、
そのままリーゼを連れ、城内にある私室の一つに向かう。
城内ではメイドたちが
「これは……他の方に着付けを頼むのは難しそうですね」
「エルフさんの話だと、剣舞のために動きやすさを重視して作ったそうなのです。もし難しくても、わたしがお手伝いするので問題ありません」
「うーん……それじゃ、このまま向かいましょうか。リーゼさんなら安心ですから」
そのまま二人で目的の部屋へ向かっていた時……ふと、その前に
柱に背を預け、
「……お、ようやく来たか。当日まで鍛錬とはご苦労なことだ」
二人の姿に気づいて、タクミが軽く手を挙げる。
「こんな朝早くにどうしたんですか?」
「なに、ちょっと忘れ物を届けに来てな」
笑いながら、
それを見て――ミルトは目を見開いた。
ミルトにとって馴染み
自分が首領になると決意した時、初めて手に取った箱。
「人前に立つんだったら、ちゃんとこいつを羽織っていけ。お前が父親の背中を追いかけたように、他の奴らがお前の背を追えるように」
差し出された箱を見つめてから、ミルトは箱を受け取る。
「…………はいっ!」
思い出の箱を抱きしめ、ミルトは満面の笑みを作る。
「リーゼさん、着替えは私一人でも構いませんか?」
「……わかったのです。わたしはちゃんと
「ふふっ、そうですね。ありがとうございます」
リーゼの頭を軽く
そして、その場にはタクミとリーゼだけが残された。
「さ、用が終わったら立ち去るのです」
「ああ? なんでそんな
「あなたがミルトさんの着替えを
「覗かねぇよ。俺にとっちゃミルトは妹みたいなもんだぞ」
「妹に
「…………それは誰が言ってたんだ」
「鳥さんと
「バカとアホの言葉を真に受けるな。記憶から
余計な知識を与えた部下たちへの
「俺はミルトに話があるんだよ。ここで待つだけだ」
「……それなら、わたしが
新たな女王が誕生する日。
そして今日、世界の改革が行われる。
他の誰でもない、タクミたちの手で世界は変わっていく。
「ま、なるようになるだろうさ」
「……今度は何を
「そんな悪人を見るような目を向けるんじゃない」
「正直に言うのです。今ならまだ怒りません」
「知ってるか、そういう
「つまりなにか企んでるということじゃないですか!」
「よくわかったじゃないか、さすが天才」
「……あなたに天才と呼ばれると、バカにされている気分なのです」
むすーっと
「ま、企んでいるっていうより、最後に確認したいことがあるだけだ」
「……確認したいこと、ですか?」
「そうだ。俺にはミルトを見届ける義務がある」
そう言って、タクミは苦笑を
「俺は今まであいつに事実を隠していた。それは今日、女王という大役を
そう、静かにタクミは語る。
その言葉を聞いて……リーゼは静かに頷く。
「……そんな顔で言われたら、わたしもダメとは言えないのです」
「ありがとうよ。気遣いのできる天才さん」
リーゼの頭をぐりぐりと撫でたところで――チリンと部屋の中からベルが鳴った。