三章 歪んだ世界は望んでいた



 戴冠式当日の朝。

 歴史の重みを感じさせる王城の中庭で、風を切る音と甲高いけんげき音が幾度となく起こる。

「――――はッ!」

 短い呼吸と共にミルトが剣を振り抜き、エルスの構えた長剣に当たる。

 しかし、ミルトが持つ剣は以前の細剣から変わっている。

 大剣……はばが広く、相手のよろいごと容易にち砕くしろもの

 とても少女が扱えるような代物ではないが、ミルトは軽々と取り回している。

 そして――最後の一打を終えたところで、両者は一歩退いた。

「……ふむ。今日はこれくらいにしておこう」

「はいっ! ご指導、ありがとうございましたっ!」

 たんれんしゆうりようを告げられ、ミルトがぺこりと頭を下げる。

 早朝から打ち合いをしていたというのに、ミルトの息は全く乱れておらず、表情にも疲労といった色は見られない。

 そして終了の空気を感じ取ってか、リーゼがタオルを持って駆け寄ってくる。

「お二人とも、お疲れさまなのです」

「ありがとうございます、リーゼさん。魔力の流れはどうでしたか?」

「バッチリだったのです。もはやかんぺきに『天源』を使いこなせているのです!」

「ほんとですかっ? 私も今日は調子いいなぁって思ってたんです!」

 二人で手を取り、わいわいと楽しげにはしゃぎ始める。リーゼのおすみきが出たということは、『天源』の習得については問題ないと見ていい。

 以前からミルトは知らない内に『天源』を使い、下層のにんや病人をりようしていた。その感覚や意識自体は既にあったため、すぐにむことができたのだろう。

 そんなリーゼの評価を受けて、今度はエルスの方へと顔を向けてくる。

「エルスさんっ! 今日の私は何点でしたかっ!」

「そうだなぁ……私の剣を目で追いつつ反応できていたし、足運びやたいさばきも以前と比べて自然だった。やや力任せとはいえ、武器の取り回しもこうぼうを意識できていたと思う」

 エルスの評価を聞きながら、ミルトがそわそわと評点を待つ。

 少しだけ迷いながらも、エルスはそつちよくな評価を告げる。

「三十点ってところだ」

「思っていた以上にからくちでした!」

「当然の評価だ。実戦経験が無いから、お前にはまだ試合というあまえが残っている。そのせいですきも多い。だから実戦という観点だと三十点になる」

「うぅ……今日は自信があったんですけど」

 しゅんとかたを落とすミルトに対して、エルスはしようしながら肩を叩く。

「だけど、以前と比べてちがえるほど上達しているのは確かだ。私自身、お前がここまで剣を振れるようになるとは思っていなかったよ」

「でもっ! 赤点のまま終わるのはなんだかくやしいです!」

けんの方では満点をやっただろう。鍛錬自体は今後も付き合ってやるし、今日は戴冠式もあるんだからちやは禁物だ」

 ぷすーっと頬をふくらませるミルトの頭を、苦笑交じりにぽんぽんと叩いてやる。

「それじゃ、私はそろそろ当日警備のかくにんに行って来るよ。クレスト大司教、ミルトの準備を手伝ってもらっても構わないか?」

「お任せなのです。以前からエルリア様のお手伝いもしていましたから」

「それは心強いな。私の妹分の晴れたいだから、期待しているよ」

 二人にやわらかく微笑ほほえんでから、エルスはその場を去って王城に向かっていく。

 その後ろ姿を見届けてから、リーゼはミルトの手を取った。

「それではえに行くのです、女王さま」

「じょ、女王さまって……」

「ミルトさんは今日から女王です。だから呼び方も改めた方がいいかと」

「うーん……でも、私は女王と呼ばれるより、他の人たちから名前で呼ばれるような、親しみ深い女王になりたいと思ってますから」

 それがミルトのなおおもいだった。

 女王という立場だけでなく、一人の人間として国民たちと寄りっていきたい。

 そんなミルトの横顔を、リーゼは静かに見つめる。

「それに、リーゼさんにとっての女王さまはエルリア様ですしね」

「はい。たしかにエルリア様はわたしにとっての女王さまです。ですが……わたしの知っているエルリアさまは、もういないのです……」

 どんよりと肩を落としながら、リーゼは最近のエルリアについて語る。

「最近のエルリアさまはわたしを見つけると、すぐにきついてきて頬ずりをしてくるのです。そしてくんかくんかとにおいをいでくる変態さんに成り下がったのです……」

「あはは……ええと、それも愛情表現の一つということで」

 なんとも言えない表情を作りながら、すようにリーゼの手を取る。

 そのままリーゼを連れ、城内にある私室の一つに向かう。

 城内ではメイドたちがあわただしく動き回っており、戴冠式の用意と各国の要人を受け入れるための準備にいそしんでいる。

「これは……他の方に着付けを頼むのは難しそうですね」

「エルフさんの話だと、剣舞のために動きやすさを重視して作ったそうなのです。もし難しくても、わたしがお手伝いするので問題ありません」

「うーん……それじゃ、このまま向かいましょうか。リーゼさんなら安心ですから」

 そのまま二人で目的の部屋へ向かっていた時……ふと、その前にひとかげを見つける。

 柱に背を預け、退たいくつそうに欠伸あくびをするタクミの姿。

「……お、ようやく来たか。当日まで鍛錬とはご苦労なことだ」

 二人の姿に気づいて、タクミが軽く手を挙げる。

「こんな朝早くにどうしたんですか?」

「なに、ちょっと忘れ物を届けに来てな」

 笑いながら、わきかかえていた小箱をミルトに見せる。

 それを見て――ミルトは目を見開いた。

 ミルトにとって馴染みぶかい箱。

 自分が首領になると決意した時、初めて手に取った箱。

「人前に立つんだったら、ちゃんとこいつを羽織っていけ。お前が父親の背中を追いかけたように、他の奴らがお前の背を追えるように」

 差し出された箱を見つめてから、ミルトは箱を受け取る。

「…………はいっ!」

 思い出の箱を抱きしめ、ミルトは満面の笑みを作る。

「リーゼさん、着替えは私一人でも構いませんか?」

「……わかったのです。わたしはちゃんとづかいができるので」

「ふふっ、そうですね。ありがとうございます」

 リーゼの頭を軽くでてから、ミルトは一人で部屋へと向かっていく。

 そして、その場にはタクミとリーゼだけが残された。

「さ、用が終わったら立ち去るのです」

「ああ? なんでそんない払おうとするんだ」

「あなたがミルトさんの着替えをのぞかないようにするためです」

「覗かねぇよ。俺にとっちゃミルトは妹みたいなもんだぞ」

「妹にれつじようを抱く人間もいると聞いたことがあるのです」

「…………それは誰が言ってたんだ」

「鳥さんとりゆうさんなのです」

「バカとアホの言葉を真に受けるな。記憶からまつしようしておけ」

 余計な知識を与えた部下たちへのちようばつを考えてから、深くためいきをつく。

「俺はミルトに話があるんだよ。ここで待つだけだ」

「……それなら、わたしがかんしているのです。今日は国の行く末を決める重大な日となるのでけいそつな行動はつつしむべきですし、ばんぜんを期すべきなのです」

 新たな女王が誕生する日。

 そして今日、世界の改革が行われる。

 他の誰でもない、タクミたちの手で世界は変わっていく。

「ま、なるようになるだろうさ」

「……今度は何をたくらんでいるのですか」

「そんな悪人を見るような目を向けるんじゃない」

「正直に言うのです。今ならまだ怒りません」

「知ってるか、そういうやつたいがい言った後におこるんだ」

「つまりなにか企んでるということじゃないですか!」

「よくわかったじゃないか、さすが天才」

「……あなたに天才と呼ばれると、バカにされている気分なのです」

 むすーっとげんそうに表情をゆがめながら、リーゼがぼすぼすとわきばらなぐってくる。

「ま、企んでいるっていうより、最後に確認したいことがあるだけだ」

「……確認したいこと、ですか?」

「そうだ。俺にはミルトを見届ける義務がある」

 そう言って、タクミは苦笑をかべる。

「俺は今まであいつに事実を隠していた。それは今日、女王という大役をになうために必要なことだったからだ。だから……ある人の代わりに、ちゃんと見届けないといけない」

 そう、静かにタクミは語る。

 その言葉を聞いて……リーゼは静かに頷く。

「……そんな顔で言われたら、わたしもダメとは言えないのです」

「ありがとうよ。気遣いのできる天才さん」

 リーゼの頭をぐりぐりと撫でたところで――チリンと部屋の中からベルが鳴った。