「あなたからは……わたしと同じ、他人からいじられる素質を感じるのです」

「それ自分で言っちゃダメなやつですよぅっ!」

「あと、あなたといつしよにいればわたしに対するがいが減りそうな気がするのです」

「なんで初対面なのにボクを身代わりにしようとするんですかぁっ!?

がみさまの教えにあるのです。苦しみは他者と分けるべきだと」

 リーゼの中で何か通じるところがあったらしく、親しげにクロリスの肩をぽんぽん叩く。

 そうして面通しを終えたところで、レヴィンが改めてたずねる。

「それでミルトの嬢ちゃん、なんか用があってここに来たんじゃねェのか?」

「はい……えと、皆さんにお聞きしたいことがあって」

 皆の注目を浴びる中、ミルトはレヴィンたちに尋ねる。

「皆さんは、タクミから荒事の処理をっているんですよね?」

「たしかに我輩たちの本分はせんとうですなッッ!」

「ナッハッハッ! むしろ今のオレたちは戦闘しかできねェけどなァ!」

「それじゃ……タクミに選ばれた時も、自分たちに相応しいと思いましたか?」

 そうミルトが再び尋ねてみると、レヴィンが珍しく悩ましげに唸る。

「相応しいっつーか……自分が戦うとか思ってもなかったがなァ」

「……え? 戦うのに向いていたから、タクミに任されたんじゃないんですか?」

だんからすりゃァそうなんだろうが、当時のオレは建設れいだったんだぜ?」

「……建設奴隷ってなんなのです?」

「建築やら建造の時に使われる労働奴隷だ。当時のオレはじん奴隷たちのまとめ役で、そこで旦那に声を掛けられて買われたってわけだァな」

 初めてレヴィンの前身を聞き、ミルトとリーゼが目を丸くする。

「オレだけじゃねェぜ。エイグルは前に何をしてたんだっけか?」

「我輩、以前はさんがくうんぱん奴隷をやっておりましたッッ! 懐かしいですなぁッッ!」

「……ワタシは、薬屋で薬草採取に使われてた」

「ボ、ボクはでしたけど、毎日ひもじくて大変でしたよぅ……」

「ハッハッ、私は川辺でひなたぼっこしてたら、見た目がおもしろいからとばくされました」

 おのおのが前身を語るが、とても荒事をこなすのに向いていたとは思えない。

 それでも、レヴィンたちは今の姿を選んだ。

「つまり……タクミに才能を見込まれたから、戦闘を学ぼうと思ったんですか?」

「いいや、そいつは違ェんだが……なんつーか説明が難しいなァッ!!

 レヴィンが岩のようなきよかんを丸めて唸り始めた時、メリノが小さく手を挙げる。

「……たぶん、ワタシたちは変わりたかったんだと思う」

「変わりたかった、ですか?」

「……そう。本当だったら、ワタシたちは死ぬまでただの奴隷だった」

 ぼんやりとしたで、メリノは自身の過去を語る。

「……毎日、言われるがままに薬草を採る。量が足りなかったらおこられて殴られる。だけど他に生きる道がないから、ワタシはまた言われるがままに薬草を採る。そのかえし」

「ボクも……そうでしたね。なんとなく生きないとって思って、木の根を食べたりどろみずがんって飲んだりして……その内、ただ生きることだけが目的になってました」

 メリノの言葉に同調するように、クロリスが言葉を重ねる。

 亜人は生まれながらに奴隷の身分を与えられ、それ以外に生きる道はない。

 どれだけのぐうを受けようと、他に選択肢は存在しない。

「……だけど、ご主人はただの奴隷として働く以外の道があるって教えてくれた」

 たんたんとした日々を過ごす中で、タクミは変わる機会と選択肢を与えた。

「……ワタシには、ほうの才能があるって言ってくれた。お前ならその魔法をかすことができるって言ってくれた。別の道を示してくれて……変わる機会をくれた」

 わずかに感情をにじませながら、メリノがぽつぽつと語る。

 自分の知る以外の道がある。

 淡々としてかんそうした毎日とはちがう世界がある。

 そのことを知ったからこそ……メリノはあこがれた。

 今までとは違う自分になりたいと望み、そんな自分に変わりたいと願った。

「……だから、ワタシたちはご主人に付いていった。今までの自分を変えたくて、頑張ろうって思って、戦い方や色々なことを学んだの」

 そんな憧れと努力によって、メリノたちは変わることができた。

 そして、自分の望んだ姿を手に入れた。

「……以上、不足のアホを代弁した形でした」

「おゥッ! 今のメリノの言葉でオレもしっくりきたぜェッ!!

「……いぇい。正解したからレヴィンの金貨をちようしゆう

「おいなんでオレから取るんだッ!? しぼるならそこの鳥だろうがよォッ!!

「ヌハハハッッ! しかし我輩のさいすでにスカンピンでしてなぁッッ!!

「……エイグルの羽をむしればお金になる」

「それをやったらメリノ殿でも許しませんぞッッ!?

「……そこで登場、クロリスのたて

「なんでメリノは必ずボクを引き合いに出すんですかぁっ! ひぃーっ! やだーっ! 筋肉がせまってくる、迫ってくるのですよぉーっ!?

 再び室内が騒がしくなり始める。

 しかし、そこに奴隷特有のうつくつした様子は見られない。

 自らの意思で変わることを望んだ者たち。

 その姿を眺めながら……ミルトは何かを考えるように俯く。

 そして、晴れやかなみと共にぺこりと頭を下げた。

「……みなさん、ありがとうございましたっ! リーゼさん、急いでもどりましょうっ!」

「も、もういいのですか? 大丈夫なのですか?」

「はいっ! エルスさんにも改めて伝えないとっ!」

「ハッハッ、お役に立てたようで何よりです。あ、ミルト様、お礼はこの尿瓶に――」

「すみません急いでいるので失礼しますっ!」

 ラングの言葉を待つことなく、ミルトはリーゼの手を引いてあわただしく部屋を出ていく。

 足音が遠ざかっていく中、一同は不思議そうに顔を見合わせる。

「……一体なんだったんだ、ありゃァ」

「うーん……ボクたちのとこに来たってことは、たぶんご主人さまじゃないですか?」

 一同が首を傾げていた時……コンコンとドアがノックされた。

 そして、カリンが怪訝そうな表情と共に入ってくる。

「……なんか、ミルトがすごい勢いで走って行ったんだけど?」

「ハッハッ――カリン様、なぜいきなり私へじゆうを向けるのでしょう?」

「その手に持ってる尿瓶だけで理由は十分でしょう」

「誤解です。たしかに尿をせがみましたが、すいに終わっております」

「未遂でも変態行為の罪はつぐなってもらわないとね」

「それではぜひカリン様の――じようだんです、引き金に指を掛けないでください。もしくはあそこで騒いでいるバカとアホがいるので的にどうぞ」

 ぬとぬとと手をるラングを見て、カリンは溜息と共に向けていた銃を下ろす。

 そのやり取りでカリンが来たことに気づいたのか、メリノが顔を向けてくる。

「……カリン、なんだかうれしそう?」

「ええ。ようやく次の段階に移るって話だからね」

「…………ああ。つまりご主人と話せて嬉しかった、と」

「あんたはどうして必ずそっち方向に持っていくのかしらねぇ……!?

「そ、それよりもっ! 次の段階っていうのを説明して欲しいのですよぅ!」

 自身が盾にされそうな空気を感じたのか、クロリスが会話に割って入る。

 そして、カリンが誤魔化すように軽くせきばらいをした。

「……まず、あんたたちにはじゆうしんじゆうとうばつした功績として戦功くんしよう、そして憲兵隊隊長と同程度の階級が与えられるわ。あたしやクノンと違ってしやくは無いけどね」

「ほほうッッ! 元奴隷の我々にほうしようとは、身に余る光栄ですなぁッッ!」

「そうね……だけど、もうそんなくくりは無くなるわ」

 エイグルの言葉に対して、カリンは笑みの色をくする。

「今日、タクミがルクスに今後の動きについて説明しに行ったわ。今までのあんたたちは裏方にてつしてもらっていたけど、今後はおもてたいに出てもらうことになる」

 カリンが声音を改めたところで、全員の表情がまる。

「そして……あんたたちは今後、この国において重要な役割を担うことになる。一度も負けることは許されず、無敗をつらぬき続けて完全勝利を目指さなくてはいけない」

 そう口にしながらも、カリンの表情に緊張やいは見られない。

 ただどこまでも、勝利を確信している笑み。

「――それをきもめいじ、かくのある者だけ付いてきなさい」

 カリンがおごそかに告げた直後――五名のじんはその覚悟と共に立ち上がる。

 覚悟と意志など言葉にする必要はない。

 五人の自信に満ちた表情と、揺るがない忠誠を示す直立不動の姿勢。

 その様子を見てから、カリンは満足げに頷いた。

「それじゃ、改めて次の段階について説明し――」

「…………ターイム」

 カリンが話を始めようとした時、メリノが小さく挙手する。

「……カリンには、何かほうしゆうはないの?」

「あるわよ。前回のしようごうかんがみて――」

「……じゃなくて、ご主人からの報酬。神獣を討伐したんだから、何かねだったりしてもばちは当たらないとワタシは思う」

 メリノにそう言われるが、カリンは首を傾げながら答える。

「別にオイルやブラシは足りてるし、特に欲しいものなんてないけど?」

「……ごらん、クロリス。これがれたエルフの思考」

「うぅーん……なんか、ボクもちょっとモヤっとする感じですよぉ……」

「……なによ? なんか支給が必要だったら言っておくわよ?」

 何も理解していないカリンを見て、二人は深々と溜息をつく。

 そんなカリンの様子を見かねてか、バカとアホとマヌケが勢いよく立ち上がった。

「つまりッッ! 『あんたのために頑張ったのよ』と主殿に言ってみてからッッ!!

「報酬という口実で旦那にあまえてみるとかしてからのォッ!?

「そのまま二人の世界にレッツゴーというはずですな」

「エイグル、レヴィン、ラング、死に方を自由に選びなさい」

「ハハァッッ!! 我輩の筋肉は銃に負けないと証明しましょうッッ!!

「カリンのあねに殺されるとかごほうだぜェッ!!

「あ、私はヌメりでじゆうだんれるので火あぶりがオススメです」

 ゴミを見るように三人を見回してから、カリンはゆっくりと息をく。

「別にあたしはいいのよ。誰よりも頑張ってるのは……あいつ自身なんだから」

 タクミの姿を思い返しながら、カリンはそうつぶやく。

 カリンは数度、能力のはばを確かめるためにタクミの心をのぞいている。

 そして――その心の中にある願いと望みを知ったからこそ、共に在り続けている。

 その願いと望みと共に在ることがカリンの望みとも言える。

 一度目をせてから、カリンは再び言う。

「だから、別にあたしは報酬とかは――」

「……エイグル、今の発言について見解をどうぞ」

「主殿のことを深く理解するりようさいけんっぽさ……これは高評価ッッ!!

「うーん……ボク的には少し違うような気も?」

「そいつァな、クロリス。カリンの姉御に『よめぢから』が足りねぇからだッ!」

「ハッハッ、ならばカリン様にははだかエプロンがオススメですな」

 一同がワイワイと談義を始めたところで――カリンの中で何かが切れた。

「あんたたち……いつまでばなしをしてんのかしらね?」

 ゴッとじゆうしようを床にて、満面の笑みでをにじませる。

なつかしいわねぇ……あんたたちがタクミに連れて来られたばかりのころ、何か失敗する度にあたしが『教育』していたのを思いしそうになるわ」

 いらちを発散するようにゴツゴツと銃床を叩きつける度、メリノたちは血の気が引くように青ざめていく。

 そのまま、カリンはがおのまま全員に告げる。

「全員――説明の前に『教育』といきましょうか」

 その後しばらくしてから、亜人たちの悲鳴が商館中に響き渡った。



 かたむき、上層の街並みがしゆいろに染まっていく。

 元よりけんそうとぼしい上層だが、夜が近づくにつれて余計に静けさがきわつ。

 しかし、その中でいまだけんげきの音が響き渡っていた。

「――ミルト、もっとこしを落とせ! 今の動きは小剣だからできていたものだ!」

 それと同時にエルスの厳しいしつせきが聞こえてくる。

 その言葉を受けながら、ミルトは流れるあせを拭って小剣を構え直す。

「すみません……エルスさん、もう一度お願いします」

「……まだやるのか? そろそろ陽が暮れるし、足元だってフラついているぞ」

 既にミルトはかたで息をしており、服も土とすなぼこりで汚れてしまっている。

 それでも、ミルトは首を縦に振る。

「はい……まだけんの一動作すらできていません」

「当たり前だろう。お前は今まで剣を振ってこなかったんだから」

「だから、動作を今日で覚えます。だからもう一回です!」

 ぎゅっとつかにぎり締めて構え直す姿を見て、エルスは深々とためいきをつく。

「まったく……いきなりしんけんでやりたいと言ったり、じようなほどたんれんをしたり……なにがあったか知らないが、とりあえず一度きゆうけいを取れ」

「イヤです。エルスさんだって、いくらでも付き合うって言いましたよ?」

「もちろん付き合うさ。だから、ちゃんと言うことを聞いて休憩を取るんだ」

 無理やりミルトの頭を押しこみ、その場にぺたんと座り込ませる。

「……わかりましたっ! 少し休んだら、またお願いします!」

「やる気に溢れているのはいいが……本当に何があったんだ?」

 となりに腰かけたエルスが首を傾げると、ミルトが興奮した様子で語り始める。

「私、変わることにしたんですっ!」

「……ええと、さっぱりわからんが?」

「つまり、私もなりたい自分を目指すというわけです!」

 むふーと鼻息をあららげるミルトだったが、エルスは余計に首を傾げるだけだった。

 一気に話したことで多少冷静になったのか、ようやくミルトが真意を語る。

「私、今までずっとあきらめていたんだと思うんです」

「……諦めていた?」

「はい。タクミやカリン、クノンにエルスさん……そんな『特別』って言われるような人たちと違って、私は『特別な人間』にはなれないって思っていたんです」

 幼い頃から、ミルトの周りにはすぐれた人間がたくさんいた。

 父であるヴァテルを始め、あつとうてきな才覚を持つタクミとそれに従う亜人たち、商会関係で言えばジルとガイツも当てはまり、剣や魔法では昔からエルスが優れていた。

 そんな『特別な人間』たちを見てきたからこそ、ミルトは良くも悪くも自分には何も能力がないと早くにさとり、ずっと「自分は何もできない」と諦めてしまっていた。

にんりようをしたり、みなさんの食事を作ってお世話したり……何もできないのがいやで、自分ができることを探して誤魔化していたんです」

 ずっと、ミルトは自分のことがきらいだった。

 下層をまとめ上げていた父と違って、何もできない自分が嫌だった。

 同い年であるタクミと違って、何もかもおとっていた自分が嫌だった。

 いつも他の誰かと見比べて、自分の無能さを自覚してしまうのが嫌だった。

 だから自分を誤魔化して、諦めて、み出そうとすらしなかった。

「私は……そんな自分を変えたいんです。タクミに選ばれたからとか、女神の血を引いているからとかじゃなくて、自分の意思でちゃんと変わりたいんです」

 以前までの弱々しい少女ではなく、確固たる意思によって自身の在り方を決めた。

「私は女王として、国民のしようちようとして、国民を見守る者として、誰よりも強くなります。剣や魔法はダメでも、その気持ちはタクミたちにだって負けませんっ!」

 そう意気込みながら、ミルトは自身のがいを語る。

 そんなミルトの変化に驚いてから……エルスはやわらかい笑みをかべる。

「……そうか。そういうことなら、私も手加減するわけにはいかないな」

「もちろんです! ビシバシお願いします!」

「だけどちやをするのは別だ。私が水とタオルを取ってくるまで、しっかりと休んでおけ。私が戻るまでこの場から動くんじゃないぞ」

「…………はい」

 しゅんとするミルトにしようを向けてから、エルスは立ち上がって訓練場を去る。

「本当に……強くなったな」

 ミルトの成長を喜びながらしきに向かっていた時、見知った人物たちの姿が視界に入る。

 そして向かってくるエルスの姿を見て、向こうも軽く手を挙げた。

「よお、エルス。ミルトの鍛錬は終わったのか?」

「……タクミ? どうしてここにいるんだ?」

「リーゼからミルトの成果を聞こうと思ってな。剣舞に使う神器は『天源』が正しく機能していないと振れないって話だからよ」

「そうなのです。と言っても……特に問題は無さそうなのです」

 手元の紙をめくりながら、リーゼが結果を報告する。

「精神状況が変わったこともあって、午前中よりもりよくの流れが良くなっていたのです。エルス様との鍛錬を見ていましたが、身体能力や五感の向上も見られたのです」

「へぇ、それが『天源』の身体強化ってことか」

「そうです。魔力は生気や活力と同義なのです。『天源』は人が生活する上で発散するりようの魔力を取り込み続けるので、それらが身体能力や五感の向上をうながしているのです」

「なるほどな。問題が無いっていうなら、当日まで魔法関連の指導は任せたぞ」

「当然なのです。わたしに掛かれば誰でも立派な魔法士にできるのです」

 ほこらしげに胸を張るリーゼに対し、タクミはぽんぽんと小さな頭を叩いてやる。

「それでは、わたしは成果をまとめるために王城へ戻るのです」

「あいよ。もう夜もおそいから、ちゃんとそうげいの用意はしておいた」

「…………送迎?」

「それは当然ッッ!!

「オレたちに決まってるだろォッ!?

 どこからともなくバカとアホが現れ、リーゼの身体をかつぎ上げる。

「エイグル、レヴィン、送迎は任せたぞ」

「夜道は危ないですからなぁッッ!! 我々でしっかり護衛せねばッッ!!

しんしやが寄ってこないようにかくしねェとなァッ!!

「お、下ろすのですっ! むしろあなたたちが危険なのですっ!!

「「ワッショイワッショイッッッッ!!」」

「わたしの話を聞くのです不審者たちっっ!!

 とうの勢いでリーゼが連れ去られ、あまりの光景にエルスがぼうぜんと立ちくす。

「なんというか……お前たちはいつも色々とすごいな」

「リーゼも張り切りすぎて無茶をするからな。道中であいつらにツッコミを入れてたら、王城に着く頃にはつかれてぐっすり眠れるだろう?」

「心底イヤな疲れ方だな……」

 想像しただけで苦痛だったのか、エルスがげんなりとした表情を浮かべる。

「おいおい。今後はお前があいつらをまとめるんだから頑張れよ」

「はいはい私が――私がなんだって?」

 思わずそう尋ね返すと、タクミはあっけらかんと答える。

「ああ、今日ルクスと今後について話していてな。カリンとクノンがぼうになるし、亜人部隊の指揮と教練はエルスに引きいでもらおうと思ってよ」

「ま、待て待てまてっ! 私はそんな話聞いてないぞ!?

「だから説明しようと今話したんだが?」

「そうだよなぁっ! だけど私が言いたいのはそこじゃないんだよなぁっ!?

 頭と胃をさえながらエルスがその場でもだえする。なんともなんな様子だった。

 エルスが地面を転げ回る前に、タクミが説明を加える。

「お前は憲兵隊長としてまとめていたし、亜人たちに対するへんけんもない。カリンたちの後任として適任だと思ったから、ルクスに頼み込んでゆずってもらったわけだ」

「まるで私を物のようにあつかってくれるなぁ……ッ!」

「まぁ、実際に俺の物になってもらうわけなんだけどな」

 そう言って、タクミはぺらりと一枚の紙切れを取り出す。

「こいつは俺がれいけいやくの時に使っている『念書』だ。こいつにサインしたら、お前は今後俺の奴隷たちと同じ扱いになるってわけだ」

「いや、私は別にそんなものなくても――」

 そこまで口にしたところで、エルスが顔を赤くしながら顔を上げる。

「ま、ままままさかっ! そういうことかっ!?

「どういうことだ」

「カリンやクノン、それにメリノとクロリス……お前はそうやって、見た目の良い女子を選んで奴隷にして、自分の周りに囲っているということだろう!?

「奴隷って言うなら三バカの男衆も思い出してやれ」

「あいつらは変態だから数えない!」

 激しく首を振るエルスに対し、タクミは深々と溜息をつく。

「ま、見た目で選んだってのは否定しないけどな」

「否定しないのかっ!?

「表舞台に立たせるなら見た目は重要だ。注目を集める、他者から支持を集める……実力だけじゃどうにもならない部分もある以上、最初から整っているやつそろえた方がいい」

「な、なんか現実的な回答をされると反応に困るんだが……」

「そういうわけで、お前は見た目も能力も合格だ。こくな仕事をしていても、美人に指揮されたり指導された方が下の奴らもやる気が出るだろ」

「や、やめろ! なんかお前からそういうことを言われるとムズムズするっ!!

 赤面しながらエルスは再び手を振る。

 しかし……タクミは表情とこわを改める。

「『念書』へのサインは絶対だ。今後は万に一つの失敗すら許されない。わずかなすら生まないようにするため、絶対服従をちかってもらう必要がある」

「今後って……お前は一体、何をするつもりなんだ?」

 エルスが表情をこわらせたところで、タクミはだん通りの笑みを浮かべる。

「俺たちが行うのは……新しいゲームさ」

 どこまでも自信に満ちた笑み。

 どこまでも上を目指し続ける瞳。

「最初こそ楽しめたが、まだまだつまらない。貧富の差があるせいで才ある人間がもれ、種族のかべがあるせいで不当な評価を受け、魔法以外に技術格差はなく、戦いは魔法主体のいつぺんとうで武芸やこうきわめた人間は表に出にくい有様だ」

 エルヴィスが長い年月をかけ、世界をゆがめていった結果によるもの。

 えいゆうが生み出した魔法を至上とするため、その他の事物をはいせきしていった弊害。

「そんな息がまりそうなせまくるしい世界を手に入れて、その頂点に立ったところで……俺は何一つとして面白くないんだよ」

 まるでをこねる子供のようなことを言う。

「だから――まずは世界を面白くしてやらないといけない」

 世界がつまらないのならば、自分が面白いと思えるように変えてやればいい。

 その土台として、この世界は最適だった。

 れつあくな状況下にある世界をどのようにして変え、面白おかしく世界を変革し、その上でさらなる理想の世界を作り上げる。

「ゲームという体で面白おかしく世界を救ってやって、まっさらな状態の世界を作って、その上で頂点にのぼり詰める……どうだ、面白そうだと思わないか?」

 新しい遊びを思いついた子供のようにタクミは笑う。

 どこまでも果てがない目標をえて笑う。

 常人ではげることもかなわない。才人ならば代を重ねてとうたつできるかもしれない。てんの才があればおのれの人生をすべければ達成できるかもしれない。

 そんなほうもない目標を、タクミは数年で成し遂げようとしている。

「その先で……はたしておれはどこまでやれるんだろうな」

 その言葉の意味を、エルスは正しく理解した。

 それはリヒテルトの頂点に登り詰めることでも、現在の世界に変革をもたらすことでも、新たな世界を作り上げることでもない。

 タクミにとって、それらは全て過程でしかない。

 全てを終えた先――そこでようやく、タクミは自分をためすことができる。

「……ま、俺の話は別にいいさ。今はお前の話をしようじゃないか」

 仕切り直すように、タクミは手元の『念書』を差し出す。

「この『念書』を手に取れば……お前は俺の奴隷になる。その命尽きるまで俺の下で働き、全てを終えるまで俺たちはいちれんたくしようだ」

 そう告げてから、タクミはこうたんげる。

「その対価として……お前の望みを一つ叶えてやろう」

「私の望み、だと?」

「ああ。全てを終えた後、お前とエルヴィスを引き合わせてやる」

 それを聞いたしゆんかん、エルスの目が大きく見開かれる。

「……当然、全てを理解した上で言っているんだろうな?」

「もちろんだ。全てをお前にゆだねた後、俺たちはいつさいかんしようしないと約束する」

 その言葉をしっかりと聞いてから、エルスは深く息を吐く。

「……いいだろう、お前のおもわくに乗ってやる。どうせ奴を殺した後の私は罪人だ。奴隷だろうとなんだろうと、どんな身になろうが関係ない」

 へきぎよくひとみふくしゆうほのおを宿し、エルスは差し出された『念書』を手に取る。

 腰にげた剣を僅かにき、指を押してて指先の皮を切る。

 いつさいの迷いなく、血のしたたる指先を『念書』の上で走らせる。

 確かな覚悟と共に、自身の名を『念書』に記していく。

「奴を殺すためなら――私は、父から継いだ『公正』の名を捨てるつもりだ」

 自身の覚悟を示すように、エルスは『念書』をタクミに突き出す。

 しかし、タクミは『念書』を受け取りながら軽く肩をすくめた。

「その意気込みは買うが、気負いすぎるんじゃない。あんまりシリアスしてると、ちゆうでクノンをけしかけて耳をませるからな」

「それは既に経験済みだよ……」

「そりゃ災難だったな。とにかく、たいかんしきの前におもい詰めた表情はやめておけ」

 エルスのほおをぐにぐにと突いてから、タクミは苦笑を浮かべる。

「それに……俺はあいつの考えも理解できるんだよ」

「……お前はあの男のやり方をこうていするっていうのか」

 タクミにするどい視線を向けながら、エルスは僅かに怒気をはらませる。

「あの男がやってきたことを考えれば、ただ首をねるだけでは足りない。自身の目的のために私の父を、そして自分の息子むすこを殺し……他にも多くの命をうばってきた男なんだぞ」

 エルヴィスは目的のために、多くのせいを出してきた。

 そして、エルヴィスは転生を繰り返すことで長い時を生きている。

 はるか過去にまでさかのぼれば、その犠牲者は計り知れない。

「だというのに……お前は、まだ奴を生かし続けている」

 血を滴らせながら、エルスはふるえるこぶしを強く握りしめる。

 にくしみにとらわれた瞳で、かたきを生かし続けているタクミをにらむ。

 しかし、タクミは首を振って否定する。

「お前の言うことは正しい。だが……俺はあいつのやり方を、肯定も否定もしない」

「ッ……ふざけるなッ!! 何を理由にそんな――」

「あいつのやり方が、『絶対に失敗しない方法』だからだ」

 そう、タクミは静かに告げる。

「……それは、どういうことだ?」

「簡単に言えば、一を犠牲に大勢を救うやり方ってことだ。たとえ少数を切り捨てることになったとしても、それ以上に多くの人間が生き残れば未来にはつながる」

 犠牲をいる必要がある時、それを最小限におさえることで未来に繋げる。

 人間を数字として見て、世界や人間という種の存続を優先させる。

「大勢が生き残れば種は存続し、やがて人間は増えていく。その先で新たな問題が生まれても、その時はまた少数を切り捨てればいい。たとえその時はちがっていたとしても、その時だけは失敗だったとしても……その先、未来に繋がれば失敗とは考えない」

「ッ……そんな考え方は――」

「間違っている、ってお前たちは思うだろうな」

 タクミが言葉をさえぎった瞬間、エルスは大きく目を見開く。

 困ったように笑うタクミの横顔。

「そう思うのが当たり前だよな。人間は一人一人、確固たる個々として存在している。それをただの数字として見るのは間違っている……それこそが人間ってもんだ」

 まるで他人事のようにタクミは語る。

 しかし、その方法が間違っていると理解しながらタクミは否定しない。

「だが、そういった個人の感情も『切り捨てるべき少数』だ。そうやって不要な物を全て切り捨てることで、大局的に見れば『失敗』と言える結果は生まれない」

 人間を数字として見て、非情かつれいこくに物事を進める。

 人間という個を切り捨て、世界と種という大勢をせんたくする。

「――なら、私の父の死はどうなるんだ」

 うつむき、拳を震わせながらエルスは呟く。

「私の父の死は……必要な犠牲だったとでも言うつもりかッ!?

 じりなみだを浮かべながら、タクミのえりもとひねり上げる。

 タクミを通して、エルヴィスに対するいかりをぶつける。

「どうして……父が殺されなきゃいけなかったんだ」

 厳格で自他共に公正さを求める人物だったが、決して悪人ではなかった。

 高潔で、だれよりも家名の意味を重んじる人物だった。尊敬できる大好きな父だった。

「なんで……殺されなきゃいけなかったんだ」

 泣きながら、子供のようにタクミの胸を何度もたたく。

「どうして、父さんが死ななくちゃいけなかったんだよぉ……っ!」

 今までエルスが押しころしてきた感情がけつかいする。

 くなった父にじない人間となるため、今まで必死に頑張ってきた。

 父を失ったという悲しみを……エルスはずっと押し込めてきた。

 さいのあったルクスはその立場を継ぎ、そしてエルスは父から学んだ『公正』を継ぎ、亡くなった父の存在を守り続けてきた。

 そして、エルスは父が悪意によって殺され、切り捨てられたと知った。

 その無念は他の誰にもはかれない。

 だからこそ……タクミは涙を流すエルスに向かって告げる。

「――――ごめんな」

 そんな短い言葉。

 深く、底のないかいこんに満ちた言葉。

「たとえ『切り捨てる少数』がいたとしても、それを切り捨てていい理由にはならない。自分の失敗をおそれて……その責任を他者に押しけていい理由にはならない」

 まるで、その結末を知っているかのようにタクミは語る。

 ただの一度も失敗せず、こうかいに気づけなかった男は語る。

「だから俺は――次があるなら、全てを救う機会をくれって願ったんだ」

 その言葉に、エルスはゆっくりと顔を上げる。

 そこには――いつもと変わらない、自信に満ちた笑みがあった。

「非効率的で、たとえ失敗の可能性があったとしても……だれ一人ひとり、善人も悪人も関係なく、誰一人として切り捨てずに全部ひっくるめて救ってやりたいって思ったんだよ」

 それは単に世界を救うことよりも難しい。

 それは単に世界の在り方を変えることよりも難しい。

 それらを誰一人として切り捨てることなく、成し遂げようとしている。

「周囲の人間も、かんきようも、世界も関係ない。どんなことでも思い通りに叶えてきた俺に力があるのなら、今度はきっと誰一人として犠牲にすることはないって思ったんだ」

 そう語るタクミの表情を、エルスはただ静かに見つめていた。

 やがて、タクミはそででエルスの目元をぬぐってやってからはなれる。

「だから……お前には悪いが、もう少しだけ待ってくれ。今回のことが落ち着いて一段落したら、必ずお前とエルヴィスを引き合わせると約束するからよ」

 さとすような柔らかい声で告げられ、エルスは小さくこくりとうなずく。

 そして、タクミの前に小指を差し出した。

「……約束と言うのなら、指切りだ」

「お前は子供か」

「うるさい! 約束するのか、しないのか!?

「だからするって言ってるだろ。勝手に怒るんじゃない」

 顔を真っ赤にしてるエルスに対し、タクミはしぶしぶと指をからめる。

「ちなみに、約束を破ったら何をされるんだ?」

「え? あ、ええと……なんかこう、すごい目にわせてやるぞ!?

「なんで語彙力まで下がってんだよ……」

「そ、それじゃ……お前が約束を守ったら、私も約束を守ってやる」

 そこでようやく、エルスは口元に小さく笑みを浮かべる。

「お前の下で働く人間として……それに相応ふさわしい人間として行動してやる」

「……そうかい。約束の内容までだな」

 たがいに笑い合ってから、二人は軽く指を振る。

 どちらからともなく指を離したところで、タクミがふと顔を上げた。

「そういえば、お前がここにいるってことはミルトの鍛錬は終わったのか?」

「いや、今はきゆうけい中で水とタオルを――あ」

 忘れていた事実を思い出し、エルスがぽかんと口を開ける。

「ミルトにその場から動くなと言ってそのままだった……っ!」

「あー……ミルトのことだから、本当に一切動いてないだろうな」

「す、すまんっ! とりあえずミルトの様子を見に戻るっ!」

 そのままエルスは慌てた様子で訓練場へと戻っていく。

 後ろ姿が見えなくなってからも……タクミはしばらく立ち尽くしていた。

 そして、不意に人の気配を感じて振りかえる。

「……来てたなら声をけてくれよ、カリン」

 背後に立つカリンに力無い笑みを向ける。

「ついさっき来たところなのよ。それに……声を掛けたら泣きそうだったから」

 タクミの力無い笑みに対して、カリンも困ったように笑みを返す。

「あんただって、泣き顔を見られたくないでしょ?」

「残念なことに、俺は泣けない体質ってやつだ」

「そうね……あんたは泣けないし、今まで泣くことの意味も理解してなかったんだから」

 タクミの後悔を知る者として、カリンは静かに告げる。

 エルスに向けた謝罪の意味を知っている。

「だけど――今のあんたは昔とちがう。ちゃんと理解して、だからこそがんって……誰も犠牲にならないようにやってきたんでしょ?」

 後悔を知り、その後も努力し続けてきたことをカリンは知っている。

「だから……いつまでもそんな顔してんじゃないわよ」

 笑いながら、カリンがぽすんと拳を当ててくる。

 その拳を見つめてから、タクミは小さく頷いた。

はげましてくれてありがとよ、おねーさん」

「……なんかあんたの言い方って腹立つのよね」

「ちゃんと感謝してるよ。俺には家族ってのもよくわからないが……お前みたいな姉がいたら、きっと弟はまんげに喜ぶだろうさ」

 苦笑するタクミを見て、カリンは頬を染めながらそっぽを向く。

「姉……いやまぁ七年前は子供だったし、そっちがいいかなって思ってたけど……」

めた直後に方向性を見失わないでくれ」

「だってメリノたちが――って違う! やっぱいい! そういうのは柄じゃないし!」

 首をかしげるタクミを他所に、カリンはブンブンと頭を振って顔の熱を冷ます。

「とにかくっ! もう今日の予定はないんでしょ?」

「まぁ……そうだな、俺がやることは特にない」

「それじゃ食事に行きましょう。夕飯にはちょうどいいころいだし、気分が落ち込んでいる時には何か食べるのが一番だしね」

「へいへい。クノンじゃないが、飯は幸せの象徴とも言うからな」

 そう言って、タクミはカリンに背を向けて踏み出す。

「――――ありがとうな」

 背を向けながら、カリンに向けて再び感謝の言葉を口にする。

 その言葉にカリンはみを作り、その背にる。

「ほらほら、何を食べに行く? なんだったらあたしが作って――」

「それだけはやめてくれ。たのむから本気でやめてくれ」

「なんでそんなに全力きよするのよ!?

「俺はいつも言ってるじゃないか。人には得手不得手があるってな」

「なっ……あたしの料理がマズイっての!?

「いや……サラダとフルーツを兵器に調理できるのは才能か?」

「それ昔の話じゃないっ! あの時はかくあじが悪かったのよ!」

「隠し味ならもう少し隠す努力をしてくれ」

 取り留めのない話をしながら、二人は肩を並べて歩いていく。

 そうして一歩を踏み出す度……少しずつ、タクミの歩調は軽くなっていった。



 ガリガリと、ナイフで壁をけずる音がろうごくひびく。

 すでに壁には無数の線が刻まれている。

 そして――最後の一線を刻んだところで、エルヴィスは顔を上げた。

「……時期としては頃合いか」

 誰にでもなく呟いてから、エルヴィスは深く息を吐く。

 シグルド以降、牢獄を訪ねてきた者はいない。

 水と食料はとうごくされた時にまとめて置かれていたため、えやかわきはない。

 まるで喧噪からかくぜつされたかのように、牢獄は静まり返っている。

 しかし、エルヴィスがどくを覚えることはない。

 そんな感情は既にせている。

「今にして思えば……今回の人生はそうぞうしいものだった」

 いつもエルヴィスの周囲には人がいた。

 フォルテシアという権力にかれてすり寄って来る者、力を恐れて下に入る者、力によって従わせた者……多くの人間がいた。

 しかし、本当の意味で友人や仲間と呼べる存在はいない。

 その者たちは遠い過去にいなくなってしまった。

 それでも、エルヴィスにとっては過去ではない。

 どれほどの時が流れようと、せんめいに思い返すことができる。

「――――フィリア」

 かつて仲間だった人物の名を口にする。

 それをきっかけに仲間たちの名を思い返し、まぶたの裏で当時のおくよみがえっていく。

 想起がれんし、多くの者たちの姿が蘇ってくる。

 当時犠牲になった者たち、その後の世界で犠牲となった者たち、世界を守るために犠牲を強いた者たち、自ら手を掛けた者たち――

 世界のいしずえとなった者たちを、誰一人として忘れることはない。

 それが世界を管理する者としての義務。

「もしくは――つみほろぼしか」

 そう呟いてから、エルヴィスはちようする。

 人を捨てた身でありながら、人間らしいことを口にするなどおこがましい。

 世界を守るための歯車に、余計な感情は必要ない。

「……な時間を過ごすと、思考までにぶるものだ」

 思考をはらってから、エルヴィスはゆっくりと腰を上げる。

 そしててつごうに向けて、さきの欠けたナイフをり抜いた瞬間――

 けんろうこうが、かんだかい音と共にくだった。

 冷気をき散らしながら、鉄格子があとかたもなくひようじんへと変わっていく。

 氷の塵を踏みえ、エルヴィスは難なくろうの外へと踏み出す。

「地下水道は……この下か」

 地下道の場所を思い返しながら、今度は切っ先を地面に向ける。

「――――『穿うがて』」

 短くつぶやいた直後……その言葉に従うように、眼前の地面が円状に穿たれる。

 本来ならばあり得ない、じよういつした現象。

 しかし、これらの現象はほうではない。

 現代では失われた――魔法のもととなった術。

 英雄たちの救った世界では、二度と使うことがなかった術。

 エルヴィスは軽い所作で穴に飛び込み、そのまま地下水道に降り立つ。

 くらやみおおわれた地下水道の中で、軽く周囲を見回してみる。

 そこかしこから感じる気配。

「……感知式のか」

 エルヴィスのとうぼうしてタクミが設置したのか、人気のない水道の中でかすかな魔力の流れを感じ取る。

 しかし、それを知ったエルヴィスは不敵に笑う。

「ならば――盛大に知らせてやろうではないか」

 笑みをくずすことなく、勢いよくナイフを地面にてると――


 暗闇に包まれていた地下水道が、紅炎によって包まれた。


 紅々とした炎のだくりゆうが水道内を染め上げ、空気のねんしようする音と下水の蒸発する音がいくとなく織り交ざり、遥か彼方かなたへと響いていく。

 やがて炎の濁流が収まった時……そこには何も残されていなかった。

 流れていた下水は全て蒸発し、いしだたみゆかけてこうこうかがやいている。

「さぁ……貴様の思惑通り、私は見事にげて見せた」

 タクミは全てを理解している。

『エルヴィス』のじゆつ式をかいしたところで無意味だと。

 だからこそ、魔法をふうじる手段を取らなかった。

 だからこそ、人的がいを出さないように人を配置しなかった。

 今まで生かされていたということは、タクミの中ではエルヴィスに何らかの役割があたえられているということ。

 あえて逃亡しやすいじようきようを作り、行動を起こすように仕向けていたこと。

「極めて……かいな男だ」

 消し炭になった魔具を踏み砕き、エルヴィスは一歩踏み出す。

 タクミは事物の全てを見通し、他者を動かしている。

 どこまでも先を見据え、未来を見通している。

「だが――先を見るだけでは、過去を見ることはできない」

 タクミとは対照的に、過去に生きるぼうれいは笑う。

 未来を見通してとするタクミに対し、エルヴィスは過去という未知によってのぞむ。

「我々が積み重ねてきた全てで――貴様を叩きつぶしてやる」

 静かな呟きと共に……エルヴィスは燃え盛る道を歩み始めた。