「あなたからは……わたしと同じ、他人からいじられる素質を感じるのです」
「それ自分で言っちゃダメなやつですよぅっ!」
「あと、あなたと
「なんで初対面なのにボクを身代わりにしようとするんですかぁっ!?」
「
リーゼの中で何か通じるところがあったらしく、親しげにクロリスの肩をぽんぽん叩く。
そうして面通しを終えたところで、レヴィンが改めて
「それでミルトの嬢ちゃん、なんか用があってここに来たんじゃねェのか?」
「はい……えと、皆さんにお聞きしたいことがあって」
皆の注目を浴びる中、ミルトはレヴィンたちに尋ねる。
「皆さんは、タクミから荒事の処理を
「たしかに我輩たちの本分は
「ナッハッハッ! むしろ今のオレたちは戦闘しかできねェけどなァ!」
「それじゃ……タクミに選ばれた時も、自分たちに相応しいと思いましたか?」
そうミルトが再び尋ねてみると、レヴィンが珍しく悩ましげに唸る。
「相応しいっつーか……自分が戦うとか思ってもなかったがなァ」
「……え? 戦うのに向いていたから、タクミに任されたんじゃないんですか?」
「
「……建設奴隷ってなんなのです?」
「建築やら建造の時に使われる労働奴隷だ。当時のオレは
初めてレヴィンの前身を聞き、ミルトとリーゼが目を丸くする。
「オレだけじゃねェぜ。エイグルは前に何をしてたんだっけか?」
「我輩、以前は
「……ワタシは、薬屋で薬草採取に使われてた」
「ボ、ボクは
「ハッハッ、私は川辺でひなたぼっこしてたら、見た目が
それでも、レヴィンたちは今の姿を選んだ。
「つまり……タクミに才能を見込まれたから、戦闘を学ぼうと思ったんですか?」
「いいや、そいつは違ェんだが……なんつーか説明が難しいなァッ!!」
レヴィンが岩のような
「……たぶん、ワタシたちは変わりたかったんだと思う」
「変わりたかった、ですか?」
「……そう。本当だったら、ワタシたちは死ぬまでただの奴隷だった」
ぼんやりとした
「……毎日、言われるがままに薬草を採る。量が足りなかったら
「ボクも……そうでしたね。なんとなく生きないとって思って、木の根を食べたり
メリノの言葉に同調するように、クロリスが言葉を重ねる。
亜人は生まれながらに奴隷の身分を与えられ、それ以外に生きる道はない。
どれだけの
「……だけど、ご主人はただの奴隷として働く以外の道があるって教えてくれた」
「……ワタシには、
自分の知る以外の道がある。
淡々として
そのことを知ったからこそ……メリノは
今までとは違う自分になりたいと望み、そんな自分に変わりたいと願った。
「……だから、ワタシたちはご主人に付いていった。今までの自分を変えたくて、頑張ろうって思って、戦い方や色々なことを学んだの」
そんな憧れと努力によって、メリノたちは変わることができた。
そして、自分の望んだ姿を手に入れた。
「……以上、
「おゥッ! 今のメリノの言葉でオレもしっくりきたぜェッ!!」
「……いぇい。正解したからレヴィンの金貨を
「おいなんでオレから取るんだッ!?
「ヌハハハッッ! しかし我輩の
「……エイグルの羽をむしればお金になる」
「それをやったらメリノ殿でも許しませんぞッッ!?」
「……そこで登場、クロリスの
「なんでメリノは必ずボクを引き合いに出すんですかぁっ! ひぃーっ! やだーっ! 筋肉が
再び室内が騒がしくなり始める。
しかし、そこに奴隷特有の
自らの意思で変わることを望んだ者たち。
その姿を眺めながら……ミルトは何かを考えるように俯く。
そして、晴れやかな
「……みなさん、ありがとうございましたっ! リーゼさん、急いで
「も、もういいのですか? 大丈夫なのですか?」
「はいっ! エルスさんにも改めて伝えないとっ!」
「ハッハッ、お役に立てたようで何よりです。あ、ミルト様、お礼はこの尿瓶に――」
「すみません急いでいるので失礼しますっ!」
ラングの言葉を待つことなく、ミルトはリーゼの手を引いて
足音が遠ざかっていく中、一同は不思議そうに顔を見合わせる。
「……一体なんだったんだ、ありゃァ」
「うーん……ボクたちのとこに来たってことは、たぶんご主人さまじゃないですか?」
一同が首を傾げていた時……コンコンとドアがノックされた。
そして、カリンが怪訝そうな表情と共に入ってくる。
「……なんか、ミルトがすごい勢いで走って行ったんだけど?」
「ハッハッ――カリン様、なぜいきなり私へ
「その手に持ってる尿瓶だけで理由は十分でしょう」
「誤解です。たしかに尿をせがみましたが、
「未遂でも変態行為の罪は
「それではぜひカリン様の――
ぬとぬとと手を
そのやり取りでカリンが来たことに気づいたのか、メリノが顔を向けてくる。
「……カリン、なんだか
「ええ。ようやく次の段階に移るって話だからね」
「…………ああ。つまりご主人と話せて嬉しかった、と」
「あんたはどうして必ずそっち方向に持っていくのかしらねぇ……!?」
「そ、それよりもっ! 次の段階っていうのを説明して欲しいのですよぅ!」
自身が盾にされそうな空気を感じたのか、クロリスが会話に割って入る。
そして、カリンが誤魔化すように軽く
「……まず、あんたたちには
「ほほうッッ! 元奴隷の我々に
「そうね……だけど、もうそんな
エイグルの言葉に対して、カリンは笑みの色を
「今日、タクミがルクスに今後の動きについて説明しに行ったわ。今までのあんたたちは裏方に
カリンが声音を改めたところで、全員の表情が
「そして……あんたたちは今後、この国において重要な役割を担うことになる。一度も負けることは許されず、無敗を
そう口にしながらも、カリンの表情に緊張や
ただどこまでも、勝利を確信している笑み。
「――それを
カリンが
覚悟と意志など言葉にする必要はない。
五人の自信に満ちた表情と、揺るがない忠誠を示す直立不動の姿勢。
その様子を見てから、カリンは満足げに頷いた。
「それじゃ、改めて次の段階について説明し――」
「…………ターイム」
カリンが話を始めようとした時、メリノが小さく挙手する。
「……カリンには、何か
「あるわよ。前回の
「……じゃなくて、ご主人からの報酬。神獣を討伐したんだから、何かねだったりしても
メリノにそう言われるが、カリンは首を傾げながら答える。
「別にオイルやブラシは足りてるし、特に欲しいものなんてないけど?」
「……ごらん、クロリス。これが
「うぅーん……なんか、ボクもちょっとモヤっとする感じですよぉ……」
「……なによ? なんか支給が必要だったら言っておくわよ?」
何も理解していないカリンを見て、二人は深々と溜息をつく。
そんなカリンの様子を見かねてか、バカとアホとマヌケが勢いよく立ち上がった。
「つまりッッ! 『あんたのために頑張ったのよ』と主殿に言ってみてからッッ!!」
「報酬という口実で旦那に
「そのまま二人の世界にレッツゴーという
「エイグル、レヴィン、ラング、死に方を自由に選びなさい」
「ハハァッッ!! 我輩の筋肉は銃に負けないと証明しましょうッッ!!」
「カリンの
「あ、私はヌメりで
ゴミを見るように三人を見回してから、カリンはゆっくりと息を
「別にあたしはいいのよ。誰よりも頑張ってるのは……あいつ自身なんだから」
タクミの姿を思い返しながら、カリンはそう
カリンは数度、能力の
そして――その心の中にある願いと望みを知ったからこそ、共に在り続けている。
その願いと望みと共に在ることがカリンの望みとも言える。
一度目を
「だから、別にあたしは報酬とかは――」
「……エイグル、今の発言について見解をどうぞ」
「主殿のことを深く理解する
「うーん……ボク的には少し違うような気も?」
「そいつァな、クロリス。カリンの姉御に『
「ハッハッ、ならばカリン様には
一同がワイワイと談義を始めたところで――カリンの中で何かが切れた。
「あんたたち……いつまで
ゴッと
「
そのまま、カリンは
「全員――説明の前に『教育』といきましょうか」
その後しばらくしてから、亜人たちの悲鳴が商館中に響き渡った。
◇
元より
しかし、その中でいまだ
「――ミルト、もっと
それと同時にエルスの厳しい
その言葉を受けながら、ミルトは流れる
「すみません……エルスさん、もう一度お願いします」
「……まだやるのか? そろそろ陽が暮れるし、足元だってフラついているぞ」
既にミルトは
それでも、ミルトは首を縦に振る。
「はい……まだ
「当たり前だろう。お前は今まで剣を振ってこなかったんだから」
「だから、
ぎゅっと
「まったく……いきなり
「イヤです。エルスさんだって、いくらでも付き合うって言いましたよ?」
「もちろん付き合うさ。だから、ちゃんと言うことを聞いて休憩を取るんだ」
無理やりミルトの頭を押しこみ、その場にぺたんと座り込ませる。
「……わかりましたっ! 少し休んだら、またお願いします!」
「やる気に溢れているのはいいが……本当に何があったんだ?」
「私、変わることにしたんですっ!」
「……ええと、さっぱりわからんが?」
「つまり、私もなりたい自分を目指すというわけです!」
むふーと鼻息を
一気に話したことで多少冷静になったのか、ようやくミルトが真意を語る。
「私、今までずっと
「……諦めていた?」
「はい。タクミやカリン、クノンにエルスさん……そんな『特別』って言われるような人たちと違って、私は『特別な人間』にはなれないって思っていたんです」
幼い頃から、ミルトの周りには
父であるヴァテルを始め、
そんな『特別な人間』たちを見てきたからこそ、ミルトは良くも悪くも自分には何も能力がないと早くに
「
ずっと、ミルトは自分のことが
下層をまとめ上げていた父と違って、何もできない自分が嫌だった。
同い年であるタクミと違って、何もかも
いつも他の誰かと見比べて、自分の無能さを自覚してしまうのが嫌だった。
だから自分を誤魔化して、諦めて、
「私は……そんな自分を変えたいんです。タクミに選ばれたからとか、女神の血を引いているからとかじゃなくて、自分の意思でちゃんと変わりたいんです」
以前までの弱々しい少女ではなく、確固たる意思によって自身の在り方を決めた。
「私は女王として、国民の
そう意気込みながら、ミルトは自身の
そんなミルトの変化に驚いてから……エルスは
「……そうか。そういうことなら、私も手加減するわけにはいかないな」
「もちろんです! ビシバシお願いします!」
「だけど
「…………はい」
しゅんとするミルトに
「本当に……強くなったな」
ミルトの成長を喜びながら
そして向かってくるエルスの姿を見て、向こうも軽く手を挙げた。
「よお、エルス。ミルトの鍛錬は終わったのか?」
「……タクミ? どうしてここにいるんだ?」
「リーゼからミルトの成果を聞こうと思ってな。剣舞に使う神器は『天源』が正しく機能していないと振れないって話だからよ」
「そうなのです。と言っても……特に問題は無さそうなのです」
手元の紙をめくりながら、リーゼが結果を報告する。
「精神状況が変わったこともあって、午前中よりも
「へぇ、それが『天源』の身体強化ってことか」
「そうです。魔力は生気や活力と同義なのです。『天源』は人が生活する上で発散する
「なるほどな。問題が無いっていうなら、当日まで魔法関連の指導は任せたぞ」
「当然なのです。わたしに掛かれば誰でも立派な魔法士にできるのです」
「それでは、わたしは成果をまとめるために王城へ戻るのです」
「あいよ。もう夜も
「…………送迎?」
「それは当然ッッ!!」
「オレたちに決まってるだろォッ!?」
どこからともなくバカとアホが現れ、リーゼの身体を
「エイグル、レヴィン、送迎は任せたぞ」
「夜道は危ないですからなぁッッ!! 我々でしっかり護衛せねばッッ!!」
「
「お、下ろすのですっ! むしろあなたたちが危険なのですっ!!」
「「ワッショイワッショイッッッッ!!」」
「わたしの話を聞くのです不審者たちっっ!!」
「なんというか……お前たちはいつも色々とすごいな」
「リーゼも張り切りすぎて無茶をするからな。道中であいつらにツッコミを入れてたら、王城に着く頃には
「心底イヤな疲れ方だな……」
想像しただけで苦痛だったのか、エルスがげんなりとした表情を浮かべる。
「おいおい。今後はお前があいつらをまとめるんだから頑張れよ」
「はいはい私が――私がなんだって?」
思わずそう尋ね返すと、タクミはあっけらかんと答える。
「ああ、今日ルクスと今後について話していてな。カリンとクノンが
「ま、待て待てまてっ! 私はそんな話聞いてないぞ!?」
「だから説明しようと今話したんだが?」
「そうだよなぁっ! だけど私が言いたいのはそこじゃないんだよなぁっ!?」
頭と胃を
エルスが地面を転げ回る前に、タクミが説明を加える。
「お前は憲兵隊長としてまとめていたし、亜人たちに対する
「まるで私を物のように
「まぁ、実際に俺の物になってもらうわけなんだけどな」
そう言って、タクミはぺらりと一枚の紙切れを取り出す。
「こいつは俺が
「いや、私は別にそんなものなくても――」
そこまで口にしたところで、エルスが顔を赤くしながら顔を上げる。
「ま、ままままさかっ! そういうことかっ!?」
「どういうことだ」
「カリンやクノン、それにメリノとクロリス……お前はそうやって、見た目の良い女子を選んで奴隷にして、自分の周りに囲っているということだろう!?」
「奴隷って言うなら三バカの男衆も思い出してやれ」
「あいつらは変態だから数えない!」
激しく首を振るエルスに対し、タクミは深々と溜息をつく。
「ま、見た目で選んだってのは否定しないけどな」
「否定しないのかっ!?」
「表舞台に立たせるなら見た目は重要だ。注目を集める、他者から支持を集める……実力だけじゃどうにもならない部分もある以上、最初から整っている
「な、なんか現実的な回答をされると反応に困るんだが……」
「そういうわけで、お前は見た目も能力も合格だ。
「や、やめろ! なんかお前からそういうことを言われるとムズムズするっ!!」
赤面しながらエルスは再び手を振る。
しかし……タクミは表情と
「『念書』へのサインは絶対だ。今後は万に一つの失敗すら許されない。わずかな
「今後って……お前は一体、何をするつもりなんだ?」
エルスが表情を
「俺たちが行うのは……新しいゲームさ」
どこまでも自信に満ちた笑み。
どこまでも上を目指し続ける瞳。
「最初こそ楽しめたが、まだまだつまらない。貧富の差があるせいで才ある人間が
エルヴィスが長い年月をかけ、世界を
「そんな息が
まるで
「だから――まずは世界を面白くしてやらないといけない」
世界がつまらないのならば、自分が面白いと思えるように変えてやればいい。
その土台として、この世界は最適だった。
「ゲームという体で面白おかしく世界を救ってやって、まっさらな状態の世界を作って、その上で頂点に
新しい遊びを思いついた子供のようにタクミは笑う。
どこまでも果てがない目標を
常人では
そんな
「その先で……はたして
その言葉の意味を、エルスは正しく理解した。
それはリヒテルトの頂点に登り詰めることでも、現在の世界に変革をもたらすことでも、新たな世界を作り上げることでもない。
タクミにとって、それらは全て過程でしかない。
全てを終えた先――そこでようやく、タクミは自分を
「……ま、俺の話は別にいいさ。今はお前の話をしようじゃないか」
仕切り直すように、タクミは手元の『念書』を差し出す。
「この『念書』を手に取れば……お前は俺の奴隷になる。その命尽きるまで俺の下で働き、全てを終えるまで俺たちは
そう告げてから、タクミは
「その対価として……お前の望みを一つ叶えてやろう」
「私の望み、だと?」
「ああ。全てを終えた後、お前とエルヴィスを引き合わせてやる」
それを聞いた
「……当然、全てを理解した上で言っているんだろうな?」
「もちろんだ。全てをお前に
その言葉をしっかりと聞いてから、エルスは深く息を吐く。
「……いいだろう、お前の
腰に
確かな覚悟と共に、自身の名を『念書』に記していく。
「奴を殺すためなら――私は、父から継いだ『公正』の名を捨てるつもりだ」
自身の覚悟を示すように、エルスは『念書』をタクミに突き出す。
しかし、タクミは『念書』を受け取りながら軽く肩を
「その意気込みは買うが、気負いすぎるんじゃない。あんまりシリアスしてると、
「それは既に経験済みだよ……」
「そりゃ災難だったな。とにかく、
エルスの
「それに……俺はあいつの考えも理解できるんだよ」
「……お前はあの男のやり方を
タクミに
「あの男がやってきたことを考えれば、ただ首を
エルヴィスは目的のために、多くの
そして、エルヴィスは転生を繰り返すことで長い時を生きている。
「だというのに……お前は、まだ奴を生かし続けている」
血を滴らせながら、エルスは
しかし、タクミは首を振って否定する。
「お前の言うことは正しい。だが……俺はあいつのやり方を、肯定も否定もしない」
「ッ……ふざけるなッ!! 何を理由にそんな――」
「あいつのやり方が、『絶対に失敗しない方法』だからだ」
そう、タクミは静かに告げる。
「……それは、どういうことだ?」
「簡単に言えば、一を犠牲に大勢を救うやり方ってことだ。たとえ少数を切り捨てることになったとしても、それ以上に多くの人間が生き残れば未来には
犠牲を
人間を数字として見て、世界や人間という種の存続を優先させる。
「大勢が生き残れば種は存続し、やがて人間は増えていく。その先で新たな問題が生まれても、その時はまた少数を切り捨てればいい。たとえその時は
「ッ……そんな考え方は――」
「間違っている、ってお前たちは思うだろうな」
タクミが言葉を
困ったように笑うタクミの横顔。
「そう思うのが当たり前だよな。人間は一人一人、確固たる個々として存在している。それをただの数字として見るのは間違っている……それこそが人間ってもんだ」
まるで他人事のようにタクミは語る。
しかし、その方法が間違っていると理解しながらタクミは否定しない。
「だが、そういった個人の感情も『切り捨てるべき少数』だ。そうやって不要な物を全て切り捨てることで、大局的に見れば『失敗』と言える結果は生まれない」
人間を数字として見て、非情かつ
人間という個を切り捨て、世界と種という大勢を
「――なら、私の父の死はどうなるんだ」
「私の父の死は……必要な犠牲だったとでも言うつもりかッ!?」
タクミを通して、エルヴィスに対する
「どうして……父が殺されなきゃいけなかったんだ」
厳格で自他共に公正さを求める人物だったが、決して悪人ではなかった。
高潔で、
「なんで……殺されなきゃいけなかったんだ」
泣きながら、子供のようにタクミの胸を何度も
「どうして、父さんが死ななくちゃいけなかったんだよぉ……っ!」
今までエルスが押し
父を失ったという悲しみを……エルスはずっと押し込めてきた。
そして、エルスは父が悪意によって殺され、切り捨てられたと知った。
その無念は他の誰にも
だからこそ……タクミは涙を流すエルスに向かって告げる。
「――――ごめんな」
そんな短い言葉。
深く、底のない
「たとえ『切り捨てる少数』がいたとしても、それを切り捨てていい理由にはならない。自分の失敗を
まるで、その結末を知っているかのようにタクミは語る。
ただの一度も失敗せず、
「だから俺は――次があるなら、全てを救う機会をくれって願ったんだ」
その言葉に、エルスはゆっくりと顔を上げる。
そこには――いつもと変わらない、自信に満ちた笑みがあった。
「非効率的で、たとえ失敗の可能性があったとしても……
それは単に世界を救うことよりも難しい。
それは単に世界の在り方を変えることよりも難しい。
それらを誰一人として切り捨てることなく、成し遂げようとしている。
「周囲の人間も、
そう語るタクミの表情を、エルスはただ静かに見つめていた。
やがて、タクミは
「だから……お前には悪いが、もう少しだけ待ってくれ。今回のことが落ち着いて一段落したら、必ずお前とエルヴィスを引き合わせると約束するからよ」
そして、タクミの前に小指を差し出した。
「……約束と言うのなら、指切りだ」
「お前は子供か」
「うるさい! 約束するのか、しないのか!?」
「だからするって言ってるだろ。勝手に怒るんじゃない」
顔を真っ赤にして
「ちなみに、約束を破ったら何をされるんだ?」
「え? あ、ええと……なんかこう、すごい目に
「なんで語彙力まで下がってんだよ……」
「そ、それじゃ……お前が約束を守ったら、私も約束を守ってやる」
そこでようやく、エルスは口元に小さく笑みを浮かべる。
「お前の下で働く人間として……それに
「……そうかい。約束の内容まで
どちらからともなく指を離したところで、タクミがふと顔を上げた。
「そういえば、お前がここにいるってことはミルトの鍛錬は終わったのか?」
「いや、今は
忘れていた事実を思い出し、エルスがぽかんと口を開ける。
「ミルトにその場から動くなと言ってそのままだった……っ!」
「あー……ミルトのことだから、本当に一切動いてないだろうな」
「す、すまんっ! とりあえずミルトの様子を見に戻るっ!」
そのままエルスは慌てた様子で訓練場へと戻っていく。
後ろ姿が見えなくなってからも……タクミはしばらく立ち尽くしていた。
そして、不意に人の気配を感じて振り
「……来てたなら声を
背後に立つカリンに力無い笑みを向ける。
「ついさっき来たところなのよ。それに……声を掛けたら泣きそうだったから」
タクミの力無い笑みに対して、カリンも困ったように笑みを返す。
「あんただって、泣き顔を見られたくないでしょ?」
「残念なことに、俺は泣けない体質ってやつだ」
「そうね……あんたは泣けないし、今まで泣くことの意味も理解してなかったんだから」
タクミの後悔を知る者として、カリンは静かに告げる。
エルスに向けた謝罪の意味を知っている。
「だけど――今のあんたは昔と
後悔を知り、その後も努力し続けてきたことをカリンは知っている。
「だから……いつまでもそんな顔してんじゃないわよ」
笑いながら、カリンがぽすんと拳を当ててくる。
その拳を見つめてから、タクミは小さく頷いた。
「
「……なんかあんたの言い方って腹立つのよね」
「ちゃんと感謝してるよ。俺には家族ってのもよくわからないが……お前みたいな姉がいたら、きっと弟は
苦笑するタクミを見て、カリンは頬を染めながらそっぽを向く。
「姉……いやまぁ七年前は子供だったし、そっちがいいかなって思ってたけど……」
「
「だってメリノたちが――って違う! やっぱいい! そういうのは柄じゃないし!」
首を
「とにかくっ! もう今日の予定はないんでしょ?」
「まぁ……そうだな、俺がやることは特にない」
「それじゃ食事に行きましょう。夕飯にはちょうどいい
「へいへい。クノンじゃないが、飯は幸せの象徴とも言うからな」
そう言って、タクミはカリンに背を向けて踏み出す。
「――――ありがとうな」
背を向けながら、カリンに向けて再び感謝の言葉を口にする。
その言葉にカリンは
「ほらほら、何を食べに行く? なんだったらあたしが作って――」
「それだけはやめてくれ。
「なんでそんなに全力
「俺はいつも言ってるじゃないか。人には得手不得手があるってな」
「なっ……あたしの料理がマズイっての!?」
「いや……サラダとフルーツを兵器に調理できるのは才能か?」
「それ昔の話じゃないっ! あの時は
「隠し味ならもう少し隠す努力をしてくれ」
取り留めのない話をしながら、二人は肩を並べて歩いていく。
そうして一歩を踏み出す度……少しずつ、タクミの歩調は軽くなっていった。
◇
ガリガリと、ナイフで壁を
そして――最後の一線を刻んだところで、エルヴィスは顔を上げた。
「……時期としては頃合いか」
誰にでもなく呟いてから、エルヴィスは深く息を吐く。
シグルド以降、牢獄を訪ねてきた者はいない。
水と食料は
まるで喧噪から
しかし、エルヴィスが
そんな感情は既に
「今にして思えば……今回の人生は
いつもエルヴィスの周囲には人がいた。
フォルテシアという権力に
しかし、本当の意味で友人や仲間と呼べる存在はいない。
その者たちは遠い過去にいなくなってしまった。
それでも、エルヴィスにとっては過去ではない。
どれほどの時が流れようと、
「――――フィリア」
かつて仲間だった人物の名を口にする。
それをきっかけに仲間たちの名を思い返し、
想起が
当時犠牲になった者たち、その後の世界で犠牲となった者たち、世界を守るために犠牲を強いた者たち、自ら手を掛けた者たち――
世界の
それが世界を管理する者としての義務。
「もしくは――
そう呟いてから、エルヴィスは
人を捨てた身でありながら、人間らしいことを口にするなどおこがましい。
世界を守るための歯車に、余計な感情は必要ない。
「……
思考を
そして
冷気を
氷の塵を踏み
「地下水道は……この下か」
地下道の場所を思い返しながら、今度は切っ先を地面に向ける。
「――――『
短く
本来ならばあり得ない、
しかし、これらの現象は
現代では失われた――魔法の
英雄たちの救った世界では、二度と使うことがなかった術。
エルヴィスは軽い所作で穴に飛び込み、そのまま地下水道に降り立つ。
そこかしこから感じる気配。
「……感知式の
エルヴィスの
しかし、それを知ったエルヴィスは不敵に笑う。
「ならば――盛大に知らせてやろうではないか」
笑みを
暗闇に包まれていた地下水道が、紅炎によって包まれた。
紅々とした炎の
やがて炎の濁流が収まった時……そこには何も残されていなかった。
流れていた下水は全て蒸発し、
「さぁ……貴様の思惑通り、私は見事に
タクミは全てを理解している。
『エルヴィス』の
だからこそ、魔法を
だからこそ、人的
今まで生かされていたということは、タクミの中ではエルヴィスに何らかの役割が
あえて逃亡しやすい
「極めて……
消し炭になった魔具を踏み砕き、エルヴィスは一歩踏み出す。
タクミは事物の全てを見通し、他者を動かしている。
どこまでも先を見据え、未来を見通している。
「だが――先を見るだけでは、過去を見ることはできない」
タクミとは対照的に、過去に生きる
未来を見通して
「我々が積み重ねてきた全てで――貴様を叩き
静かな呟きと共に……エルヴィスは燃え盛る道を歩み始めた。