二章 何も持たない少女は望んでいた
ミルトの正体が判明してから一週間。
上層では早朝の穏やかな風と
「んっ……ん、ぅぅぅぅっ!」
そんな中、ミルトはフェアシュタット
顔を真っ赤にしながら
しかし、すぐさま重石を下ろして肩で息をついた。
「――ぷはぁっ! い、今の高さが限界です……っ」
「…………むぅ、
地面にぺたんと座ったまま、リーゼがなんとも言えない表情を作る。
そして結果を聞いたミルトも、へなへなと
「うぅ……本当に私がこれを持ち上げられるんですか?」
「理論上は可能なのです。『天源』によって魔力を活性化させ、魔力が
現在、ミルトはリーゼから魔法の指導を受けていた。
女神の血を引く者のみが使える『天源』の魔法。
「無意識とはいえ、以前から使っていたのなら習得も難しくはないと思うのです」
「……そうですね。あと二週間しかありませんし、急がないといけません」
先週、女王エルリア、ルクス、クラメルといった国の
タクミの異端審問についても
そして、エルリアは偽りの女王であることを謝罪した後……その座を正統な後継者、姫殿下に譲渡するため、戴冠式を行うと発表した。
戴冠式は二週間後、周辺国の要人を招いて
西方の英雄都市シュトラーゼ、北方で冷戦状態にあるデンメルグ、東方の列島を
「まったく……協力関係にあるシュトラーゼや交易国であるセプテリオンはともかく、敵国であるデンメルグにまで招待を出すなんて。あの人は何を考えているのですか」
「……ええと、たしかタクミは『
「それならやっぱり二国で十分なのです。エルヴィスに協力していたデンメルグなんて、リヒテルトの地を
ぷくーっと
「むしろ、私はそんな要人たちの前で剣舞を披露するのが不安で仕方なくて……」
王位
継承者は王家伝来の神器を持ち、その場で剣舞を披露する。
それは女神フィリア自身が武人であったこと、そして戦いへと赴く英雄たちのために、戦勝
しかし、ミルトは剣をまともに
神器を
「うぅ……料理やお
「わたしも料理に
「そ、それじゃっ! 今から気分
「それはダメなのです」
「やっぱりダメですよね……」
そして、
「本当に……私は女王になっていいんでしょうか」
訓練を始めてから一週間、ずっとミルトは考えていた。
女神の血を引き、王家の血を引く
女王と三大公の一角を失って
だからこそ、ミルトはタクミからの提案を受け入れた。
しかし、ミルトは自分のことを正しく理解している。
「私は何もできない人間です。タクミのように頭が良いわけでも、エルスさんのように剣や魔法が得意でもなく、リーゼさんのように法術に精通しているわけでもない。そんな人間が女王になって……
クノンやカリンのように
《
だからミルトはお
自分は「何もできない人間」だと正しく理解したからこそ、他の仕事や役目の全てを他者に任せ、
しかし、それは《鈴蘭》や下層といった場所での話だ。
ヴァテルが作り上げた《鈴蘭》があったからこそ、その
しかし王都の人間……そして神王国家リヒテルトに属する人々が、無条件でミルトの存在を受け入れるとは限らない。
だからこそ、不安で圧し
「あの、ミルトさん――」
俯き続けるミルトを見て、リーゼは
「――やあああああんっ! やっと見つけましたよ、リーゼっ!!」
横合いから走り寄ってきたエルリアが、勢いよくリーゼに
「はぁぁぁ……予想通り、リーゼの抱き
「……エルリア様、苦しいのです」
リーゼを抱きしめながらエルリアが
そして、少し遅れてルクスがその場へと歩み寄ってくる。
「いきなり駆け出したかと思ったら……一応まだエルリア様は女王なんですから、上層や他人の目がある外ではまともでいてください」
「え? ちゃんと
「通りすがりの大司教を撫でまわす
「ええ! かわいい子は撫でる、それは
「ああはい……もうわかりましたから、大司教を解放してください」
自信満々に答えたエルリアを見て、ルクスが胃を
「すまないね、ミルトちゃん。魔法の訓練中だったのに」
「い、いえいえ! ちょうど
「あら、それはちょうどいいですね! ミルトさんとは一度お話ししたかったので!」
二人のやり取りを聞いて、エルリアが
「改めて……女王就任の件をお引き受けいただき、ありがとうございます」
「は、はいっ! その……まだ実感はありませんが、
その堂に入った所作に
「実感が無いのは仕方ありませんよ。今まで王族であることを知らずに生きてきて、突然その血筋だと言われたら
「その、それもあるんですけど……」
胸の中にある不安のせいで、思わず表情を
その様子から何かを察したのか、エルリアは
「やっぱり、女王として国の未来を
「…………はい。本当に私でいいのかと思ってしまって」
「そうでしょうね。いくら後継者とはいえ、突然国を背負えと言われて迷わない人間はいません。ですが……だからこそ、私はミルトさんが女王に
少しだけ、申し訳なさそうにエルリアは
「私は……女王になるしか道がありませんでした。それ以外の
消えた姫殿下の
しかし、それは決して前向きな理由ではない。
「女王という立場にあれば私は少なくとも殺されない。三大公の傀儡として実権を
「そんな私と比べて、あなたはちゃんと国民のことを考えている。リヒテルトという国と国民たちの未来を考えている。だからこそ、私はあなたが女王に相応しいと思いますよ」
「で、でもっ! 私は本当に何もできないんですよ? 何か能力があるわけでもありませんし、剣や魔法を扱えるわけでもないですし……」
「あら、私だって同じようなものですよ。剣なんてまともに扱えませんし、魔法だって突出して強力というわけでもありませんから」
「え? でも……エルリア様も、戴冠式で剣舞を行ったんじゃ……?」
「あー……それはちょっとズルをしたんですよ」
きょとんと首を
「私の魔法は『対象の経験や思考を自身に移す』というものなんです。少しの間だけ対象者になりきる――【そう、例えばごっこ遊びのようなものさ】」
一瞬にして、エルリアの表情や口調がガラリと変わる。
見た目こそ変わらないが、
その
「……えっと、もしかしてルクス様ですか?」
「【さすが、ミルトちゃん。やっぱり
「そりゃ無断で
エルリアの頭に拳を押し
「とまぁ、こんな感じでエルリア様は
「へぇー……一時的とはいえ、他者の能力を得られるってすごいですね」
「たしかに強力だけど、一時的に自分と他者が混在するから長時間は使えないだろうね。エルリア様の家系が王家の
「のんびり説明をする前に手を! 手をどかしてくださいルクスッ!!」
エルリアの泣きが入ったところで、ルクスはようやくその手を頭から退ける。
「うぅっ……リーゼ、私はルクスに
「人聞きの悪いことを言わないでもらえますか」
「わたし、最近のエルリア様の
「私はリーゼにまでそんな扱いをされるように!?」
エルリアがよよよと
「ともかく、僕も君が女王に相応しいということは疑っていないよ。能力とかそういった面よりも……
タクミは他の
その理由も目的もわからないが、そこには意味があるとルクスは確信している。
ミルトもそれは理解しているが……どうしても不安は
「というか、もう彼に直接
「む、むりむり無理ですっ! それに、タクミのことだから
「あー……たしかに彼ならそうかもね。秘密主義というか照れ屋というか、不要だったら
上層での
そこで、ルクスがふと顔を上げた。
「本人に聞けないなら、その周りから聞いてみるのはどうだい?」
「周り……ですか?」
「そうそう。君よりもっと先に、タクミくんに選ばれた人材がいるじゃないか」
タクミに見定められ、役割を
明確な役割を持ち、それを確実に
「
「たしかにエイグルさんたちは護衛や
「……正直、にわかには信じがたい話なのです」
「どちらにせよ討伐した事実は変わらないわけだし、タクミくんがそのつもりで選んだ人材だって言うなら、何か意見を聞けるんじゃないかな」
「それは……そうかもしれませんね」
「うんうん。魔法の鍛錬は集中力がいるし、
「上層の商会ということは、ガイツさんのところですか?」
「そうそう。
「お任せください。上層ならわたしも迷わず案内できるのです」
むふんとリーゼが胸を張り、ルクスは満足げに
「それじゃ、僕たちはこのまま別件に向かおうかな」
「え? 私はリーゼに付いていきますけど?」
「仕事があるって言ってるでしょう元女王。クレスト大司教、悪いけど早急に向かってもらえるかい。このままじゃエルリア様がいつも以上に使い物にならない」
「わかったのです。それではミルトさん、こちらへどうぞです」
「は、はい。それでは私たちは失礼しますっ」
リーゼに手を引かれ、ミルトが二人にぺこりと頭を下げて去っていく。
二人の姿が遠ざかっていくのを見届けてから、ルクスは深く息をついた。
「……いやぁ、ミルトちゃんは本当に
「あら、ここにも素直で美人な元女王がいますよ?」
「あなたは素直っていうより、欲望に忠実になっただけでしょう。まぁクレスト大司教にも付いて行って
「いや私は単純にリーゼを
「あなたが頬ずりしている間、クレスト大司教が死人みたいな顔をしていましたけどね」
再び溜息をついてから、ルクスは表情を改める。
「さて……それじゃ
そう、どこにでもなく声を掛けた直後――
「――よう。悪いな、余計な手間を取らせちまって」
普段通りの笑みを見て、ルクスは苦笑を浮かべる。
「コソコソと
「そんなことはないさ。
「……君の口から
タクミの自信に満ちた笑みを見て、ルクスは痛み出した腹を押さえ出す。
そんなルクスを置いて、エルリアが一歩前へと出る。
「それよりも……お話というのを早く聞かせてもらえますか?」
「そうだな。元女王に三大公の一角、そんなあんたたちだからこそ、事前に今後の方針について話しておこうかと思ってよ」
そう前置いてから、タクミは
「これからのリヒテルト――いや、この世界に存在する全ての国を動かす」
野心に満ち、どこまでも頂点を目指し続ける
今後起こる全ての出来事、その中心に在る男。
「さて――新しいゲームの説明といこうか」
◇
上層に居を構える大商会、《鈴蘭》支部。
旧アンベルク商会を基盤としているが、ガイツ・エジスタン主導の下に体系は刷新され、わずか数か月で他の四大商会を
その上、今では他の四大商会を半ば取り込みつつあり、四大商会に分業していた国庫管理を一本化することで分業による
やがては国の
そんな未来の重要拠点の一室に、
室内の中央に
「……エイグル、なんとかしないとワタシも負ける」
もこもこの
「ヌゥゥゥ……しかし、この
大型のチェス盤を
その対面には、レヴィンがふんぞり返りながら
「オラオラどしたァッ! お前らの
「うぅ……味方なのに、ボクの陣地まで焼かれたのですよぅ……」
「泣くんじゃねェ、クロリスッ!
「ボクの仇はレヴィンなんですよぉぉぉっっ!!」
垂れ耳をパタパタはためかせながら、クロリスがレヴィンの尻尾を叩く。
そんな両陣営を眺めながら、ラングがぬとりと手を上げる。
「エイグルの持ち時間が無くなりましたので、これより秒読みとさせていただきます」
「ヌォォォォッッ! ラング
「
「――ヌゥゥゥオァァァァァッッ!
エイグルが羽を散らしながら頭を
「ハッハァッ!! 悪ぃなエイグル、これでまた一文無しだァッ!!」
「……むぅ、レヴィンは強すぎる」
「普段は脳筋っぽいのに、レヴィンってゲーム系強いですよねぇ……」
そんなワイワイと
「ええと……もしかしてお
「いえいえ。ちょうど最後のゲームでしたから」
ヌボーッとした顔を向けながら、ラングがぬとぬと音を立てて手を振る。
そして、ミルトの背後に隠れるリーゼに顔を向ける。
「おや、そちらのお
「わ、わたしはリーゼ・クレスト大司教なのです」
「ハッハ、そんなに
「……意外とまともな
「バカ鳥やアホ
そう言って、ぬぅーっと
「……その、これはなんなのです?」
「
「ゴミみたいな礼節を弁えた人だったのです」
「ハッハッ、これはなかなか将来有望な
のっぺりした表情と共に、ラングがぺちんぺちんと手を叩く。
会話する二人を置いて、ミルトは二人の
「メリノさんとクロリスさんはお久しぶりですね。お元気でしたか?」
「……ワタシは、ついさっきまでは元気だった」
「……エイグルの次に負けたのがワタシ。おかげでお金がすっからかん」
「メリノは
「……クロリスは逃げるの上手いから、毎回まんなかキープ」
「ふふーん、それがボクの本分なのですよぉ! どれだけ兵力を上げても当たらなければ意味なんてな――にょぁああああっ!? メリノぉっ! なんで耳を引っ張りますかぁっ!?」
「……クロリスに、
「絶対ゲームに負けた腹いせじゃないですかぁぁぁぁっ!!」
「……そんなことない」
頬を
「ま、まぁまぁメリノさん。クロリスさんが泣き
「……ミルトが言うなら、そろそろやめておく」
「ミルトさん……ボクの抗議をさりげなく
ミルトの言葉によってクロリスが解放され、そのまま
クロリスがひぐひぐと泣きじゃくっていると、リーゼがすとんと目の前に
「大丈夫ですか。ウサギさん」
「ひぅっ!? し、知らない子がいるのですよぉっ!?」
「わたしはリーゼ・クレスト、あなたの味方なのです」
そう言って、リーゼは