その問いかけに対して――タクミは笑いながら答える。

「俺は人間が大好きだ。ただそれだけの理由だよ」

 タクミがクノンの頭をぽふぽふとでると、当人は不満げに頬をふくらませる。

「……タクミは本当に自分の過去だけはしやべりませんねぇ」

「教える必要はないし、お前もそこまで気にしてないだろ?」

「ま、それはそうなんですけどねー。タクミの過去がなんであろうと、わたしはタクミが楽しいことをしてくれるなら他はどーでもいいです」

 身体と尻尾をらしながら、クノンは楽しげに声をはずませる。

「ようやく……次の段階に進めるんです。わたしは今から楽しみで仕方ありません」

 身体をゆらゆらと揺らしながら、その口を大きくいて笑みを作る。

「だから、何があろうとわたしは付いていきますよ?」

「まだ終わってないのに気が早いもんだな」

「いえいえ、タクミは成功させると信頼してますからっ!」

「いっそ無様に失敗してみるか」

「それはそれでおもしろいですけど、その後がつまらないのできやつでーす」

 ぴょんとタクミの膝の上から降り、そのままドアへと向かっていく。

「それでは――期待していますよ、お人好しのご主人さま」

 笑顔と共にそう言い残してから、クノンは隣の部屋へと走り去っていく。

「――なんか楽しそうなので、わたしも首領さんの胸をみにきましたーっ!」

「ひゃぁっ!? 突然ドアを開けちゃダメですからっ!?

「オオカミさん、もう少しで終わるので揉むのはもう少し後でお願いするのです」

「やっ、ちょっ……リーゼさんまでなんで揉んでるんですか!?

「せっかくなので」

「せっかくなので!?

「あーもう……クノン、ドレスの採寸をするから後にしなさいよ」

「ははは、私は妹分のすこやかな成長が見られてうれしいよ……」

「身長っ! 身長とかもっと別の成長を見てくださいエルスさんっ!!

 隣の部屋からにぎやかな会話が聞こえ始めたところで、タクミは一人苦笑する。

「期待しています……か」

 そのつぶやきは賑やかな声とミルトのさけごえによって掻きされる。

 何度もその言葉を掛けられながらも、タクミはただの一度すら失敗しなかった。

 そして……それが『失敗』だったことに気づかなかった。

 そんな昔を思い返していた時、不意に扉がノックされる。

「もしもーし、こんなところでてるんじゃないでしょうね?」

 こしに手を当てながら、カリンがしかめつらを向けてくる。

 その姿を見て、タクミは意識を現実へ戻すように頭を振る。

「目を休めてただけだ。お前こそどうした?」

「あんたがクノンを放したせいでしょうが。ちゃんと繋いでおきなさい」

「旧来の友を犬扱いかよ」

「昔からの付き合いだからこそよ。ま、採寸は前に着ていたドレスに合わせれば問題ないし、明日以降のどこかに時間を作って――」

「いや、予定へんこうだ。ミルトには明日からたんれんに入ってもらう」

「……別に急ぐ必要はないでしょ? 戴冠式まで三週間あるし、いくらミルトがけんに不慣れとはいえ、けんの形作りをするだけなら一週間も必要ないでしょうし」

 女王即位の戴冠式では、伝統としてこうけいしやが剣舞をほうのうする習わしとなっている。

 そこでミルトは後継者として、国民たちの前で剣舞をろうしなくてはならない。

 しかし、剣舞自体はさほど難しいことではない。剣舞の動きや流れは既に定められているため、剣を持った際の動きを徹底的に覚え込めばいい。

「……もしかして、リーゼから問題があるって言われたの?」

「いや、リーゼから事前に聞いたが、『天源』を意識的に使えるようにするのは難しくないとのことだ。無意識とはいえ、以前から治癒で使っていたわけだしな」

 剣舞の際には王族に伝わる『神器』を握ることになる。

 そして神器そのものがおおりの剣であることから、剣舞で振りまわすためには『天源』のほうを使って身体能力を常人以上に引き上げる必要がある。

 しかし、そちらも問題ないとリーゼからおすみきをもらっている。

「……もしかして、また一人で進めるつもりじゃないわよね?」

 眉間のシワを深くしてから、カリンがどすどすとタクミの額に指を突きつける。

「あ・ん・た・の・せ・い・でっ! どれだけあたしたちが苦労したと思う?」

「ちゃんとめてた仕事は片づけただろ?」

「そういうこと言ってんじゃないのよ……まったく、そういうところは疎いんだから」

 溜息をついてから、カリンはびしりと再び指を突きつける。

「なんかやるならちゃんと言いなさい。いいわね?」

がみと約束があるから、そのためにミルトの鍛錬を早める」

「話せとは言ったけど、意味不明な説明をしろとは言ってないわ」

「俺の転生を行った女神については話してあるだろ。そいつをエルヴィス……いや、あいつの中にいるぼうれいと引き合わせてやる必要がある」

 エルヴィスの中に転生した旧時代の亡霊。

 今までに多くの転生者たちを殺し、そのこんせきを消し去らんとあんやくする存在。

「仮にここでエルヴィスを殺したとしても、また別の人間に転生してげられる。そのためにも、あいつはここで止めなきゃいけない」

 タクミが笑みを消したところで、カリンも表情をめる。

「それじゃ、ミルトの調整についてはリーゼとエルスに伝えとくわ。だけど、エルヴィスの中身についてどう対処するつもりなの?」

「俺が直接相手をしてやればいい。向こうもそれを望んでいるだろうし……一通りさわいで暴れさせれば、あいつのうつくつも晴れるだろうしよ」

「……エルヴィスにかんを付けなかったのはそういうことね」

 合点がいったようにこめかみを叩いてから、カリンは小さく笑う。

「それより、本当にあんたが前線に出るの?」

「いつまでも裏でコソコソしてるわけにはいかないしな。女神の代行者なんて言われるくらいなら、ちょっとは強いとこを見せないとダメだろ?」

 そう言って――タクミはふところじゆうを見せる。

 小型のリボルバーけんじゆう

 タクミが地球の知識を使って作り、この世界に順応させた銃。

 そんなタクミに向かって、カリンは一発のだんがんほうわたす。

 あわい紅色の光に包まれた弾丸。

「それじゃ、カッコいいところを見せてよね。ご主人さま」

 笑いかけるカリンに対して、タクミは普段通りの笑みを返す。

「任せとけ。どうせやるなら――派手にはなばなしく、ってな」

 そう言葉を返してから、タクミは空いていた最後のだんそうに弾丸を込めた。



 月明り一つ差し込まない地下ろうごく

 ろうそくあかりが揺らめく中、エルヴィスは牢の中でたたずんでいた。

 目をつぶり、かべに寄りかかったまま腕を組む姿。

「………………」

 しかしその様子に感情らしいものは見えない。

 タクミの手で魔術式を破壊され、エルヴィスは牢獄に送られた。

 魔法が使えなくなった以上、エルヴィスは何も力を持たない。

 本来、罪をおかした魔法士は魔力の流れを乱す魔具を付けられるが、魔力の無い人間には不要と判断したのか、それともフォルテシア当主という立場をおもんぱかったのか、その手にかせめられていない。

 それでもエルヴィスは行動を起こさず、ただちんもくと共に時の流れを待つ。

 その時――不意に階段を下りる足音が響いてきた。

 そしてドアの開く音と共に、エルヴィスのよく知る人間が顔を見せた。

「――よっ、元気してたかおや殿どの?」

 そんな軽い調子の声を聞いて、エルヴィスがゆっくりとそうぼうを開く。

「……なぜここへ来た、シグルド」

「つれねぇなぁ……親父殿がつかまったって聞いてけ付けたのに」

「相変わらずぐちの多いやつだ」

「へいへい失礼しましたっと。それと、ここに来るまで他の奴らには見られてないから安心しろって。なぜか見張りが一人もいねぇし」

「奴隷商人による手配だろう。私が見張りに対してこうしようきようはく、もしくは何らかの方法でひとじちに取ることをこうりよすれば当然と言える」

「たしかに親父殿はようしやねぇからなぁ。見張りなんて立てたらくびり殺しそうだ」

 実の父親が牢獄の中にいながらも、シグルドはけらけらとおかしそうに笑う。

 その性格をよく理解していることもあり、エルヴィスは眉一つ動かさない。

「それに今の王都はおおさわぎってもんだ。エルリアが替え玉だってのも正式に公表されたし、三週間後には正統な後継者であるひめ殿でんたいかんしきをやるってよ」

「……ずいぶんと動きが早いな」

「このゴタゴタに乗じてリヒテルトにかいにゆうしようってやからは多いだろうからなぁ。早めに立て直さないとマズイってことなんじゃねぇの?」

 リヒテルトは小国とはいえ、ヴェルヌ湖やメルド山脈の環境資源、海上交通の利便性、たくえつした魔法技術といった知識財産など、めぐまれた点は数多く存在している。

 そして、武力で他国をけんせいしていたフォルテシアもいない。その期に乗じてリヒテルトへのしんこう、介入をもくむ国は確実にある。

「それと周辺国の使者やらお偉いさんを呼んでるみたいだし、そこでくぎして立て直しまでの時間かせぎをするってところじゃねぇかな?」

「……やはり、お前は政事には向かんな」

「ひでぇなおい! だったら親父殿はどう見てるんだよ?」

 シグルドの言葉を無視して、エルヴィスは思案する。

 立て直しまでの時間を稼ぐなど、そんななまぬるいことを行うとは思えない。

 そんな人間に不覚を取るほどエルヴィスはぜいじやくではない。

 だからこそ、何か別の思惑によってタクミは動いている。

「もしくはその先、さらに先への布石か」

「へぇ、親父殿がめずらしく他人を買ってるじゃねぇか。たしかにおおかみちゃんたちはすごかったけど、その奴隷商人ってのはただの人間なんだろ?」

「ただの人間ではない。奴は『転生者』だ」

 そうエルヴィスが口にした瞬間、シグルドの表情が変わる。

「……親父殿の話じゃ、そいつらは人外じみた強さなんだろ?」

「そうだ。すべてをいちげきほふる者、複数の大魔法をるう者、革新的な技術を生み出す者、生命を創造する者……例外なく世界を書き換えるほどの力を持っていた」

 あまりにも強大な力は世界にあくえいきようおよぼす。

 その力はいずれ、えいゆうたちと女神によって作り上げた世界をほうかいさせる。

 だからこそ、エルヴィスはりんの輪を外れて多くの転生者たちをほうむってきた。

 個人としてぼうさつや暗殺を行ってきただけでなく、『エルヴィス』のように国の要職にき、民衆をせんどうして国を挙げて転生者のとうばつを行ったこともあった。

 全ては英雄たちと女神の愛した世界を守るために。

「だが……奴は転生者の中でも特異的な存在だ」

 今までの転生者は良くも悪くもわかりやすい存在だった。

 強大な力を持つ者が行動を起こせば、いやおうなしに注目を浴びる。

 だからこそ転生者の発見は容易であり、その対処も難しくなかった。

 転生者をり続ける存在として、千年をえる時を生きてきた。

 だというのに……タクミという存在を認知できなかった。

「自身は力を持たないからこそ目立たない。その上、自身が世界にとっての異物だと正しくにんしきし、てつていしたいんぺいを行っている。下層に身を置いて奴隷商人というべつの対象に身を落としているならば、目を引く行動を取っても多くの者は目を逸らす」

「何もかもねらい通りってことか? そいつはいくらなんでも――」

「あの男なら、それら全てを想定して事を運んでいるはずだ」

 シグルドの言葉を遮り、エルヴィスはそう断言する。

 タクミがたんしんもんで行った魔法の書き換え。

 それがどれほどみつに、どれほど長い年月をけて用意された手段だったか、他でもないエルヴィス自身が理解している。

 そしてあの方法にどのような意図があったのか、それも正しく理解している。

 異端審問から逃れるため、『女神の代行者』と成って国の頂点に立つため――

 ――そして、転生者を狙う存在を狩るため。

「長い時を生きたせいか……私もおごっていたようだ」

 千年以上の時を生き、人間ごときにおくれを取ることはないと思っていた。

 たとえ強大な力を持つ転生者であろうと、自分にかなうはずがないと驕っていた。

 そして……エルヴィスは表情を変えずに告げる。

「シグルド、じゆうの討伐は予定数に達しているか」

「正確には覚えちゃいねぇって。えんりゆうの群れは狼ちゃんたちにブツけちまったけど、毎日魔獣たちをブッ殺しまくってたから大丈夫じゃねぇかな」

「ならば十分だ。キアッドが作り上げたりよくけつしようを使って実行に移せ」

「相変わらず人使いがあらいなぁ……それにオレは自分で殴る方が好きなんだけどよ」

「ならばじんたちの相手はお前がすればいい。貯蔵武器を好きに使え」

「おおっ! 全部使っていいのかよ!?

「好きにしろ。だが……英雄たちの神器は残しておけ」

 エルヴィスの表情を見て、何かを察したようにシグルドはかたすくめる。

 口を裂かんばかりにみをかべているエルヴィスの姿。

「どうせ戦場におもむくのならば――仲間たちと共に行く」

 そこには人間をちようえつした、得も言われぬ何者かが宿っている。

 そのはくりよくを間近で受け、シグルドもられるように笑う。

「こいつは楽しくなってきたってもんだ。つーか、何だったら今から親父殿を連れした方がいいか? 魔法がねぇと牢を出るのも苦労するだろ?」

「無用だ。確かに『エルヴィス』の魔術式は破壊され、この身体で魔法を使うことはできなくなったが――それならば魔法以外の手段を使うまでだ」

「ああ……そんじゃ、こいつを渡すだけで十分か」

 そう言って、シグルドはナイフとも呼べないまつものを牢内に放る。

 それを拾い上げてから、エルヴィスは再び壁に背を預けた。

「行動は戴冠式の当日だ。それまでに私も適当にけ出しておこう」

「承知しましたっと、親父殿」

 ひらひらと手を振り、シグルドは牢をはなれて立ち去る。

 遠ざかっていく足音が聞こえなくなったところで、エルヴィスは自身の手を見つめる。

「…………魔法、か」

 それはかつて自分が生きていた時代……旧時代には存在しないものだった。

 その魔法を作り上げた人間こそ、『無名の英雄』とかたがれる存在だった。

「本当に……長い時を生きてきた」

 過去をなつかしみながら、エルヴィスは珍しく表情を崩す。

 輪廻を外れ、身体を変え、名を変え、長い時を生きてきた。

 それでも英雄たちと過ごしてきた時間は先日のように思い返せる。

 世界を救った後の世で、各所に人を集めて国家のばんを作り上げた。

 平和になった世界だからこそ、『無名の英雄』は自分が編み出した魔法を広めた。

「みんな使えた方が便利だろ」と、くつたくのない笑みを浮かべていた。

 それによって、傷つきへいした人々の生活は徐々に戻っていった。

 名を失い、大切な人間を失いながらも、それでも世界を愛し続けた人間。

 その人間を知る者は自分以外に一人もいない。

「私が……げなければならない」

 英雄たちとわした約束を守らなくてはいけない。

 その世界を守れないというのなら、

 その世界が変わり果てていくのなら――


「――私自身の手で、世界を破壊するまでだ」