その問いかけに対して――タクミは笑いながら答える。
「俺は人間が大好きだ。ただそれだけの理由だよ」
タクミがクノンの頭をぽふぽふと
「……タクミは本当に自分の過去だけは
「教える必要はないし、お前もそこまで気にしてないだろ?」
「ま、それはそうなんですけどねー。タクミの過去がなんであろうと、わたしはタクミが楽しいことをしてくれるなら他はどーでもいいです」
身体と尻尾を
「ようやく……次の段階に進めるんです。わたしは今から楽しみで仕方ありません」
身体をゆらゆらと揺らしながら、その口を大きく
「だから、何があろうとわたしは付いていきますよ?」
「まだ終わってないのに気が早いもんだな」
「いえいえ、タクミは成功させると信頼してますからっ!」
「いっそ無様に失敗してみるか」
「それはそれで
ぴょんとタクミの膝の上から降り、そのままドアへと向かっていく。
「それでは――期待していますよ、お人好しのご主人さま」
笑顔と共にそう言い残してから、クノンは隣の部屋へと走り去っていく。
「――なんか楽しそうなので、わたしも首領さんの胸を
「ひゃぁっ!? 突然ドアを開けちゃダメですからっ!?」
「オオカミさん、もう少しで終わるので揉むのはもう少し後でお願いするのです」
「やっ、ちょっ……リーゼさんまでなんで揉んでるんですか!?」
「せっかくなので」
「せっかくなので!?」
「あーもう……クノン、ドレスの採寸をするから後にしなさいよ」
「ははは、私は妹分の
「身長っ! 身長とかもっと別の成長を見てくださいエルスさんっ!!」
隣の部屋から
「期待しています……か」
その
何度もその言葉を掛けられながらも、タクミはただの一度すら失敗しなかった。
そして……それが『失敗』だったことに気づかなかった。
そんな昔を思い返していた時、不意に扉がノックされる。
「もしもーし、こんなところで
その姿を見て、タクミは意識を現実へ戻すように頭を振る。
「目を休めてただけだ。お前こそどうした?」
「あんたがクノンを放したせいでしょうが。ちゃんと繋いでおきなさい」
「旧来の友を犬扱いかよ」
「昔からの付き合いだからこそよ。ま、採寸は前に着ていたドレスに合わせれば問題ないし、明日以降のどこかに時間を作って――」
「いや、予定
「……別に急ぐ必要はないでしょ? 戴冠式まで三週間あるし、いくらミルトが
女王即位の戴冠式では、伝統として
そこでミルトは後継者として、国民たちの前で剣舞を
しかし、剣舞自体はさほど難しいことではない。剣舞の動きや流れは既に定められているため、剣を持った際の動きを徹底的に覚え込めばいい。
「……もしかして、リーゼから問題があるって言われたの?」
「いや、リーゼから事前に聞いたが、『天源』を意識的に使えるようにするのは難しくないとのことだ。無意識とはいえ、以前から治癒で使っていたわけだしな」
剣舞の際には王族に伝わる『神器』を握ることになる。
そして神器そのものが
しかし、そちらも問題ないとリーゼからお
「……もしかして、また一人で進めるつもりじゃないわよね?」
眉間のシワを深くしてから、カリンがどすどすとタクミの額に指を突きつける。
「あ・ん・た・の・せ・い・でっ! どれだけあたしたちが苦労したと思う?」
「ちゃんと
「そういうこと言ってんじゃないのよ……まったく、そういうところは疎いんだから」
溜息をついてから、カリンはびしりと再び指を突きつける。
「なんかやるならちゃんと言いなさい。いいわね?」
「
「話せとは言ったけど、意味不明な説明をしろとは言ってないわ」
「俺の転生を行った女神については話してあるだろ。そいつをエルヴィス……いや、あいつの中にいる
エルヴィスの中に転生した旧時代の亡霊。
今までに多くの転生者たちを殺し、その
「仮にここでエルヴィスを殺したとしても、また別の人間に転生して
タクミが笑みを消したところで、カリンも表情を
「それじゃ、ミルトの調整についてはリーゼとエルスに伝えとくわ。だけど、エルヴィスの中身についてどう対処するつもりなの?」
「俺が直接相手をしてやればいい。向こうもそれを望んでいるだろうし……一通り
「……エルヴィスに
合点がいったようにこめかみを叩いてから、カリンは小さく笑う。
「それより、本当にあんたが前線に出るの?」
「いつまでも裏でコソコソしてるわけにはいかないしな。女神の代行者なんて言われるくらいなら、ちょっとは強いとこを見せないとダメだろ?」
そう言って――タクミは
小型のリボルバー
タクミが地球の知識を使って作り、この世界に順応させた銃。
そんなタクミに向かって、カリンは一発の
「それじゃ、カッコいいところを見せてよね。ご主人さま」
笑いかけるカリンに対して、タクミは普段通りの笑みを返す。
「任せとけ。どうせやるなら――派手に
そう言葉を返してから、タクミは空いていた最後の
◇
月明り一つ差し込まない地下
目をつぶり、
「………………」
しかしその様子に感情らしいものは見えない。
タクミの手で魔術式を破壊され、エルヴィスは牢獄に送られた。
魔法が使えなくなった以上、エルヴィスは何も力を持たない。
本来、罪を
それでもエルヴィスは行動を起こさず、ただ
その時――不意に階段を下りる足音が響いてきた。
そしてドアの開く音と共に、エルヴィスのよく知る人間が顔を見せた。
「――よっ、元気してたか
そんな軽い調子の声を聞いて、エルヴィスがゆっくりと
「……なぜここへ来た、シグルド」
「つれねぇなぁ……親父殿が
「相変わらず
「へいへい失礼しましたっと。それと、ここに来るまで他の奴らには見られてないから安心しろって。なぜか見張りが一人もいねぇし」
「奴隷商人による手配だろう。私が見張りに対して
「たしかに親父殿は
実の父親が牢獄の中にいながらも、シグルドはけらけらとおかしそうに笑う。
その性格をよく理解していることもあり、エルヴィスは眉一つ動かさない。
「それに今の王都は
「……ずいぶんと動きが早いな」
「このゴタゴタに乗じてリヒテルトに
リヒテルトは小国とはいえ、ヴェルヌ湖やメルド山脈の環境資源、海上交通の利便性、
そして、武力で他国を
「それと周辺国の使者やらお偉いさんを呼んでるみたいだし、そこで
「……やはり、お前は政事には向かんな」
「ひでぇなおい! だったら親父殿はどう見てるんだよ?」
シグルドの言葉を無視して、エルヴィスは思案する。
立て直しまでの時間を稼ぐなど、そんな
そんな人間に不覚を取るほどエルヴィスは
だからこそ、何か別の思惑によってタクミは動いている。
「もしくはその先、さらに先への布石か」
「へぇ、親父殿が
「ただの人間ではない。奴は『転生者』だ」
そうエルヴィスが口にした瞬間、シグルドの表情が変わる。
「……親父殿の話じゃ、そいつらは人外じみた強さなんだろ?」
「そうだ。
あまりにも強大な力は世界に
その力はいずれ、
だからこそ、エルヴィスは
個人として
全ては英雄たちと女神の愛した世界を守るために。
「だが……奴は転生者の中でも特異的な存在だ」
今までの転生者は良くも悪くもわかりやすい存在だった。
強大な力を持つ者が行動を起こせば、
だからこそ転生者の発見は容易であり、その対処も難しくなかった。
転生者を
だというのに……タクミという存在を認知できなかった。
「自身は力を持たないからこそ目立たない。その上、自身が世界にとっての異物だと正しく
「何もかも
「あの男なら、それら全てを想定して事を運んでいるはずだ」
シグルドの言葉を遮り、エルヴィスはそう断言する。
タクミが
それがどれほど
そしてあの方法にどのような意図があったのか、それも正しく理解している。
異端審問から逃れるため、『女神の代行者』と成って国の頂点に立つため――
――そして、転生者を狙う存在を狩るため。
「長い時を生きたせいか……私も
千年以上の時を生き、人間ごときに
たとえ強大な力を持つ転生者であろうと、自分に
そして……エルヴィスは表情を変えずに告げる。
「シグルド、
「正確には覚えちゃいねぇって。
「ならば十分だ。キアッドが作り上げた
「相変わらず人使いが
「ならば
「おおっ! 全部使っていいのかよ!?」
「好きにしろ。だが……英雄たちの神器は残しておけ」
エルヴィスの表情を見て、何かを察したようにシグルドは
口を裂かんばかりに
「どうせ戦場に
そこには人間を
その
「こいつは楽しくなってきたってもんだ。つーか、何だったら今から親父殿を連れ
「無用だ。確かに『エルヴィス』の魔術式は破壊され、この身体で魔法を使うことはできなくなったが――それならば魔法以外の手段を使うまでだ」
「ああ……そんじゃ、こいつを渡すだけで十分か」
そう言って、シグルドはナイフとも呼べない
それを拾い上げてから、エルヴィスは再び壁に背を預けた。
「行動は戴冠式の当日だ。それまでに私も適当に
「承知しましたっと、親父殿」
ひらひらと手を振り、シグルドは牢を
遠ざかっていく足音が聞こえなくなったところで、エルヴィスは自身の手を見つめる。
「…………魔法、か」
それはかつて自分が生きていた時代……旧時代には存在しないものだった。
その魔法を作り上げた人間こそ、『無名の英雄』と
「本当に……長い時を生きてきた」
過去を
輪廻を外れ、身体を変え、名を変え、長い時を生きてきた。
それでも英雄たちと過ごしてきた時間は先日のように思い返せる。
世界を救った後の世で、各所に人を集めて国家の
平和になった世界だからこそ、『無名の英雄』は自分が編み出した魔法を広めた。
「みんな使えた方が便利だろ」と、
それによって、傷つき
名を失い、大切な人間を失いながらも、それでも世界を愛し続けた人間。
その人間を知る者は自分以外に一人もいない。
「私が……
英雄たちと
その世界を守れないというのなら、
その世界が変わり果てていくのなら――
「――私自身の手で、世界を破壊するまでだ」