そしててんがいったのか、軽く手をポンと叩いた。

「わたしが言いたいのは、ミルトさんの胸が大きいことじゃないのです!」

「だからもう少し声をおさえてくれませんかっ!?

「それよりも今は話の続きです。わたしが言いたいのは――じゆつ式についてです」

 自身の胸を指し示してからリーゼは語る。

「知性を持つ生物は魂に魔術式を持っているのです。そして魔術式とは血脈と共にけ継がれるものであり……環境などで大きく変わるものではありません」

 神王国家リヒテルトは、魔法を女神のわざとしてすうはいし尊重している。

 それによって貴族たちは自身の血統をし、魔術式を子々孫々へ継がせてきた。

 それは王族も例外ではない。

「そしてもう一つ、ミルトさんの魔法も証拠と言える可能性があるのです」

「それって……リーゼさんが聖法じゃないかって言ったものですか?」

「そうです。わたしは人をさせる魔法は存在しない、だからこそわたしは聖法だとてきしましたが――ただ一つ、それを可能とする魔法があるのです」

 そう前置いてから、リーゼはその魔法の名を語る。


「『天源』――リヒテルトの王族に受け継がれるほうです」


 確信に満ちた声音で、リーゼはそう告げる。

 しかしエルスがけんにシワを寄せながら挙手した。

「……口を挟んで悪いが、治癒だけなら聖法と魔法とかんちがいして学んだ可能性もある」

「ミルトさんは法則式の知識がとぼしいので、それはほぼ無いと言えますが……たしかに治癒だけだったら、エルス様のように疑念を抱く人間も出ると思うのです」

 そして、リーゼはくるりとミルトに向き直る。

「ミルトさん、前にわたしが作った通信魔具をかいしましたね」

「あぅ……その節は本当にすみません……」

「いえ、『何も知識がないミルトさんが魔具をこわした』から気づけたのです」

 ミルトが壊した魔具はリーゼ自身が組み上げた法則式であり、それを破壊するために相反する法則式を組み上げるのは相当な知識を要する。

 しかしミルトはそのための知識を持っていない。

「そもそも『天源』は他者に自身の魔力をけ与えるものなのです。女神の血を引く者の魔力は他者の魔力と反発することなく、やがて混じり合って同一化します」

「ええと、つまり私がの治癒ができたのは――」

「はい。ミルトさん自身の魔力を分け与えて、魔力によってその人の治癒力を活性化させていたということです。そして、『天源』は他の魔力を自身にかえすこともできます」

 そう言って、リーゼは自分の手首にある魔具をてしてしと叩く。

「魔具とは魔力を送り込むことで効果を発揮します。しかし魔力が無い状態で魔力を自身に還す……つまり吸い取ったら、魔具はによって壊れるのです」

「えっと……水の入っていないヤカンを熱しちゃった、みたいな感じですか?」

「そんなかいしやくだいじようなのです。ちなみにこれが魔具じゃなくて人間だった場合、下手したら魔力けつぼうで死んでしまう可能性もあります」

「わ、私、無自覚にそんな危ないことしていたんですか……っ!?

 顔を青くしながら、ミルトがぷるぷると震え出す。治癒魔法かと思いきや、何かのひようで人をあやめていたかもしれないと知れば当然だろう。

「今まで暴発しなかったのは治癒に集中していたおかげなのです。ですが通信魔具を使用した時にミルトさんはどうようしていましたし、暴発して魔力を吸い取ったんでしょう」

 そこまで説明を終えてから、リーゼは表情を改める。

「以上のことから、わたしはミルトさんの魔法は『天源』であると半ば断定しています。ですが……貴族やすうきようたちをなつとくさせるため、確実な証拠を手に入れます」

 そんな言葉と共に、リーゼはミルトの肩をがしりとつかむ。

「そのために――ミルトさんの胸をさわらせてもらいます」

「………………はい?」

「エルリア様によれば、過去の王族の魔術式を模写したものがあったそうです。その魔術式とミルトさんの魔術式ががつすれば、もはや異を唱える人間はいないのです」

「いえ私の疑問はなぜ胸を触るかってところだったんですが!?

「魔術式は魂、実体部分で言えば心臓に当たるのです。魔術式のえや破壊なんて芸当はどこぞのれい商人しかできませんが、法則式で内容を転写することはできるのです」

「…………あの、服の上からとかじゃダメですか?」

「ダメなのです。はだの上から直接触る必要があるのです」

「ちょぉーっと触るだけ……とかですよね?」

「転写が終わるまでガッツリ触ってないとダメなのです」

 ずいずいとせまってくるリーゼとは対照的に、ミルトがじよじよに身を引いていく。

 そのはくに押されてか、ミルトが観念したように肩を落とした。

「うぅ……わかりました。それではとなりの部屋でお願いします……」

「承知です。エルフさんとエルス様、お手伝いをお願いできますか」

「……なんであたしとエルスなの?」

「胸の大きなお二人がいれば、ミルトさんも安心するといったはいりよなのです」

「そのなぞの配慮は必要なのかしらね……」

「むしろ私はこころおだやかでいられなくなりそうだ……」

 ミルトの背を押すリーゼに付いていく形で、カリンとエルスが隣の部屋へと移動する。

 ぱたんとドアの閉まる音がひびいたところで、部屋が一気に静まり返る。

「むぅ……わたしが呼ばれなかったのが不服です」

あきらめろ、クノン。お前じゃがんっても無理だ」

「まぁいいんですけどねー。わたしは胸とかあったら動きにくくて邪魔だと思いますし! それより――さっきのことについて訊いていいですかね?」

 明るく笑みを浮かべた後――その表情が消える。

「ヴァテルの件は首領さんに一切伝えない予定でしたよ」

「そうだ。あいつはどこまでいってもあまい。他人なんて見捨てて当然なのに、見返りすら求めずに他者を救う。自分の命が危険に晒されようと、相手を殺すこともできない」

「そうですね。だから確実に女王の座へと据えるまで言わないはずでした」

 クノンの声音はどこまでも冷ややかで、無機質なものだった。

 しかしそれは怒りなどではなく、じゆんすいな興味やこうしんといった色がかいえる。

 だからこそ、タクミは質問を返す。

「お前はミルトに何が足りないかわかるか?」

「んー……首領さんは何もかも足りませんね」

「そうだ。ミルトには何もない。本当にどこまでも弱い奴だ」

 それがミルトに対する正しい評価だった。

 ヴァテルのが無ければ、何も力を持たない少女だった。

 もしもヴァテルという存在がいなければ、ぼうに打ち捨てられる人生でしかなかった。

 だからこそ、ヴァテルは下層で《鈴蘭》という組織を立ち上げた。

 無法地帯であった下層に身を置くことでエルヴィスの追及をのがれるだけでなく、《鈴蘭》という居場所を作り上げてミルトを守ろうとした。

 結果としてそのもくは成功し、《鈴蘭》の人間はミルトをしたって守ってきた。

 そうしてつちかわれたひとがらのおかげで、下層の人間たちもミルトを慕った。

 そうやって、下層は劣悪な環境から徐々に変わっていった。

 しかし、ミルト自身は『人としての強さ』を持てなかった。

 他者に守られていたことで、常に誰かをたよらざるを得ず、誰かに縋ることしかできない人間になってしまった。

 それをタクミは時間をけて徐々にきようせいしていった。

「以前と比べてミルトは強くなった。リヒテルトの体制はくずれて、新たな女王を据える準備も整った。だから……ミルトに話したんだ」

 そう語るタクミを見て、クノンは微かに眉を寄せる。

 そしてトコトコと歩き……タクミの膝の上にストンとすわった。

「…………おい、とつぜんどうした?」

「いえ、タクミは本当におひとしですねーと」

 むすっとした声で、クノンがいらたしそうに尻尾しつぽを振る。

「タクミだったら、もっと簡単にここまで運べたでしょう。わたしたちが魔法の対処できた時点でフォルテシアをねじせることもできる。弱い首領さんをさっさと女王に据えて、すきだらけの心をけばお手軽カンタンかいらい政治の完成だったのに」

「そんなことしたってつまらないだろ」

「そもそも、どうしてタクミはそんなに他人のことを気にかけるんですか?」

 首を後ろにたおし、クノンがタクミの瞳を覗き込んでくる。