一章 国は望んでいた
女王の
「ミルト、お前には女王としてリヒテルトを治めてもらう」
静まり返った《
その言葉を聞きながらも、ミルトはぽかんと
そして、カチャリと
「――なっ、ななななんで私が女王になるんですかっ!?」
「ワンテンポ
「ミルトも芸が細かくなってきたわね」
「これも首領としての成長なんでしょうねー」
「いえ私の反応より事情を説明して
わたわたと
そんな面々に対し、ミルトがてしてしと机を
「私が女神の血を引いている女王とかっ! どこからそんな話が出たんですかっ!!」
「「もちろん、タクミから」」
「まぁ、俺以外にいるわけないよな」
「なんでちょっと開き直ってるんです!?」
「女神の代行者っぽい
「むしろいつも通りのタクミだと思います!」
ミルトが顔を赤くしながらパタパタ手を振っていた時、不意に横から声が上がる。
「……タクミ、いいかげんに説明しろ。ミルトが女神の血を引く人間ということも、私の父についても、洗いざらい全てだ」
エルスが
「別に難しい話じゃない。エルスの父親――ゼルエル・フェアシュタットは女王こそ殺していないが、ある人物と
十五年前に起こった、女王陛下殺害と姫殿下が誘拐された事件。
そしてゼルエルは女王殺害の容疑で
しかし、そんな二つの大罪をゼルエル一人で同時にこなすことは可能だったのか。
ゼルエルが
精神支配を受けながらも、ゼルエルは誘拐の件について口を割らなかった。
それはゼルエルに
ゼルエルと親しく、上層のフェアシュタット家に出入りしていた人物――
「姫殿下を誘拐したのは――ヴァテル・ファミリエなんだよ」
しかし、エルスは不服そうに
「……姫殿下の誘拐は重罪だ。たしかに父とヴァテルは親交があり、フェアシュタットの
「それじゃ、ヴァテルさんは部外者じゃなかったってことだ」
「お前は
「それは……まぁ、知っているさ。長男が家督を継ぎ、次男は聖職者や医者といった専門知識を必要とする職、もしくは衛兵や前線魔法士といった
エルスは憲兵隊長という立場上、そういった人間の身の上をよく知っている。
下層はリスティナの中でも
「それがなんだって言うんだ。今はヴァテルの話だろう」
「おいおい、まだ言ってない職があるだろ?」
「……だから、それがなんだと言うんだッ! 役人だろうと法律家だろうと関係な――」
その様子を見て、タクミは口元に
「そうだ。貴族の次男坊たちは……専門職である『商人』になることも多い」
この世界の識字率と算術は広く
だからこそ、読み書きと計算ができる貴族が『商人』になることも多い。
「しかし、ファミリエなんて
下層における『鈴蘭』という非正規商会。
ヴァテルは
しかし商売をするには専門の知識がいる、行動を起こすためには金がいる、通商ルートの
その全てをヴァテルはどこで手に入れたのか――
「つまり……お前はこう言いたいのか」
「ヴァテルは――私の
その瞳に
ただどこまでも弱々しい、泣きそうな少女の顔があった。
その様子を見て、今まで話を聞いていたミルトが口を
「で、でもっ! それなら、どうして私の父はファミリエの姓を名乗っていたんですか? 三大公の次男だとしたら、フェアシュタットの姓を名乗るはずでしょう?」
「家名を捨てたってことは、相応の理由があるってことだ。問題行動による
「――出生時にその存在を
タクミの言葉を
エルス自身も、
「貴族の間で
三大公の地位に就く者として、その風評は決して表に出すわけにはいかない。
そして、ヴァテルの存在は誕生と同時に消された。
「私自身も……ヴァテルがどこか父に似ていると思ったことはあったんだ」
容姿だって決して似ているとは言えない。
それでも、何度かその姿が重なって見えたことがあった。
父を失ったことで、ヴァテルに父の
「――あのバカは、どうしてもっと早く言わなかったんだ……っ」
ぽたぽたと、
幼い
ヴァテルが幼いミルトを連れて来るようになってから反抗こそしなかったが、その後もヴァテルを敵視していたし、下層の憲兵隊長になった後も変わらなかった。
ヴァテルが何かと問題を起こす度、厳しい態度と口調で説教を行っていた。
それでも……ヴァテルは、ずっと昔と変わらない
まるで亡くなった兄の代わりに、成長した
「なんで、いなくなる前に言ってくれなかったんだ……っ!」
ヴァテル・ファミリエという人間は
二年前、デンメルグへと向かう馬車の事故に巻き込まれて亡くなった。
「もう、あいつに
「あ、いや。ヴァテルさんは生きてるから」
エルスが
「………………は?」
「ヴァテルさんはまだ生きてるぞ」
「……あいつは事故で死んだだろう?」
「事故で死んだように見せかけたんだよ。エルヴィスが真相に
もはや
「信じられないって言うなら、リーゼが直した通信
「やめてくれ。
「詫びと感謝の言葉はどうした」
「……一回ブン
エルスが耳を真っ赤にしながら
「まず、そんな大事な話を
「そりゃ黙ってるさ。ヴァテルさんが生きているって話をしたら、お前はヴァテルさんが
死を偽装してヴァテルを匿ったところで、それは一時しのぎでしかない。
エルヴィスが実権を握り続ける限り、ヴァテルだけでなく、女王の実子であるミルトは常に命の危険に
しかしエルヴィスを引きずり下ろしただけでは、神王国家リヒテルトは
だからこそ、同時に新たな国の指導者を育て上げる必要があった。
国の
「お前は下層にいるような奴らのために行動ができて、《鈴蘭》存続のために立ち上がって、誰であろうと手を
何も力を持たない、お
下層と《鈴蘭》のために、自ら表に出て上に立つことを決めた。
タクミを助けるために、その人徳によって多くの人間を動かして見せた。
そしてタクミはゆっくりと
「ミルト・リヒテルト
どこまでも
いまだミルトは
「ええと、まずは顔を上げてもらえますか。俯いていると平手打ちしにくいので」
「お前は本当にたくましくなったな」
「タクミたちが
苦笑を浮かべてから、ミルトは態度を改める。
「理由があったとはいえ……父の死を私にまで隠していたことは許せません。他でもない、二年前に私を救い出してくれたあなたが……今まで裏切っていたことが許せません」
「私を裏切っておきながら、国を
その怒りから目を
しばらく
「……だけど、タクミはいつだって
困ったように
「たとえタクミ自身に別の
そう言ってから、ミルトは静かに頷く。
「――女王就任の大役、引き受けさせていただきます」
そしてその直後、ハッと顔を上げた。
「で、でもっ! 私が女王の実子ってどうやって証明するんですか? 王族由来の品とか持ってないですし、なんかそれっぽい雰囲気とかも出せないですよ!?」
「確かにエルリア陛下が前女王の実子ではなかったとはいえ、
ミルトの疑問に対して、エルスも同調するように頷く。
たとえミルトが前女王の実子であり、女神の血を引く人間であったとしても、それを国民たちに証明できなければ
しかし、タクミは自信に満ちた笑みと共に立ち上がる。
「それについては問題ない。
「えっと、専門家って――」
そうミルトが
「――それはもちろん、わたしなのですっ!」
扉を開け放ち、自信満々に立つリーゼの姿があった。
「実はちょっと前に来てましたが、部屋の空気が重かったので待機してたのです!」
「天才ってのは空気まで読んでくれるのか」
「当然なのです。天才なので空気だって読めるのです」
タクミの軽口に答えてから、リーゼはくるりとミルトに向き直る。
「そして、ミルトさんを女神さまの血統と証明することは可能なのです!」
「……でも、私には由来の品も証明できる人間もいないんですよ?」
前女王に実子がいたことは
その存在を知るのは当時の三大公当主、女王陛下側近であったエルリアの母、そして
その内の二人は既に故人となり、残る三人が証人と成り得るが、エルヴィスが
そもそも女王の実子は当時生まれて間もない赤子であったため、成長したミルトが当人であると証明すること自体が
しかし、リーゼはむふんと胸を反らしながら言う。
「由来の品も証人もいらないのです。なぜなら――既に
声高々に……ミルトの
その指先を目で追ってから、ミルトがぽふんと顔を赤くする。
「え……その、えっとっ! たしかにリーゼさんから、その……胸が大きい人は女神の象徴という話は聞きましたけど……それが証拠ってのは無理があると思います……よ?」
全員の注目を浴びてか、ミルトが
その様子を見て、リーゼはきょとんと首を