一章 国は望んでいた



 女王のたいかんしきおこなわれる二週間前。

「ミルト、お前には女王としてリヒテルトを治めてもらう」

 静まり返った《すずらん》の部屋で、タクミは再び告げた。

 その言葉を聞きながらも、ミルトはぽかんとくしていた。

 そして、カチャリとぼんをテーブルに置いてから――

「――なっ、ななななんで私が女王になるんですかっ!?

「ワンテンポおくれてツッコミがきたな」

「ミルトも芸が細かくなってきたわね」

「これも首領としての成長なんでしょうねー」

「いえ私の反応より事情を説明してしいんですけど!?

 わたわたとろうばいするミルトをながめながら、タクミたちがのんびりと紅茶をかたむける。

 そんな面々に対し、ミルトがてしてしと机をたたいてこうの意を示す。

「私が女神の血を引いている女王とかっ! どこからそんな話が出たんですかっ!!

「「もちろん、タクミから」」

「まぁ、俺以外にいるわけないよな」

「なんでちょっと開き直ってるんです!?

「女神の代行者っぽいいを意識したんだ」

「むしろいつも通りのタクミだと思います!」

 ミルトが顔を赤くしながらパタパタ手を振っていた時、不意に横から声が上がる。

「……タクミ、いいかげんに説明しろ。ミルトが女神の血を引く人間ということも、私の父についても、洗いざらい全てだ」

 エルスがかすかにはらませたところで、タクミは軽く肩をすくめる。

「別に難しい話じゃない。エルスの父親――ゼルエル・フェアシュタットは女王こそ殺していないが、ある人物ときようぼうし、赤子だったひめ殿でんゆうかいしたってだけの話だ」

 十五年前に起こった、女王陛下殺害と姫殿下が誘拐された事件。

 そしてゼルエルは女王殺害の容疑でしよけいされ、姫殿下の行方ゆくえはいまだ知れない。

 しかし、そんな二つの大罪をゼルエル一人で同時にこなすことは可能だったのか。

 ゼルエルがらわれた後、姫殿下の行方がぜんとして知れないのはなぜか。

 精神支配を受けながらも、ゼルエルは誘拐の件について口を割らなかった。

 それはゼルエルにしようさいを伝えることなく、姫殿下の誘拐が行われたから。

 ゼルエルと親しく、上層のフェアシュタット家に出入りしていた人物――

「姫殿下を誘拐したのは――ヴァテル・ファミリエなんだよ」

 きしませながら、タクミはまんぜんと告げる。

 しかし、エルスは不服そうにまゆをひそめていた。

「……姫殿下の誘拐は重罪だ。たしかに父とヴァテルは親交があり、フェアシュタットのしきに顔を出していたが……部外者のヴァテルが加担する理由はないはずだろう」

「それじゃ、ヴァテルさんは部外者じゃなかったってことだ」

 げんそうな表情をかべるエルスの前に、タクミは指を一つ立てる。

「お前はとくげなかった貴族のなんぼうたちが、その後どうなるか知ってるか?」

「それは……まぁ、知っているさ。長男が家督を継ぎ、次男は聖職者や医者といった専門知識を必要とする職、もしくは衛兵や前線魔法士といったへいえきくのがいつぱんてきだ。現に憲兵隊には貴族のけつえんしやが数多くざいせきしている」

 エルスは憲兵隊長という立場上、そういった人間の身の上をよく知っている。

 下層はリスティナの中でもとくしゆな場だったので平民からの志願者も多かったが、上層の憲兵隊に至っては八割近くが家督を継げなかった次男以下の者たちだ。

「それがなんだって言うんだ。今はヴァテルの話だろう」

「おいおい、まだ言ってない職があるだろ?」

「……だから、それがなんだと言うんだッ! 役人だろうと法律家だろうと関係な――」

 いらちと共に口走ろうとしたしゆんかん、エルスの動きが止まった。

 その様子を見て、タクミは口元にみを浮かべる。

「そうだ。貴族の次男坊たちは……専門職である『商人』になることも多い」

 この世界の識字率と算術は広くきゆうしておらず、専門知識としてあつかわれている。

 だからこそ、読み書きと計算ができる貴族が『商人』になることも多い。

「しかし、ファミリエなんてせいの貴族は存在していない。だったらヴァテルさんはどこで知識を得て、何もない状態から下層を仕切るほどの資金とつながりを築き上げたのか」

 下層における『鈴蘭』という非正規商会。

 ヴァテルはれつあくかんきよう下でその勢力を拡大し、武力とぼうを使い分け、ちつじよであった下層にちつじよあたえ、下層の多くを支配下に置いていた。

 しかし商売をするには専門の知識がいる、行動を起こすためには金がいる、通商ルートのだつしゆや取引内容をあくするためには相応のコネクションが必要になる。

 その全てをヴァテルはどこで手に入れたのか――

「つまり……お前はこう言いたいのか」

 にぎりしめたこぶしふるわせながら、エルスはかすれるようなこわで言う。

「ヴァテルは――私の叔父おじだと言うのか」

 その瞳にだんじようさはない。

 ただどこまでも弱々しい、泣きそうな少女の顔があった。

 その様子を見て、今まで話を聞いていたミルトが口をはさむ。

「で、でもっ! それなら、どうして私の父はファミリエの姓を名乗っていたんですか? 三大公の次男だとしたら、フェアシュタットの姓を名乗るはずでしょう?」

「家名を捨てたってことは、相応の理由があるってことだ。問題行動によるぜつえんかんどう、追放……だが、フェアシュタット家に次男がいたって記録はおろか、血縁者であるエルスですら存在を知らなかった。つまり考えられるのは――」

「――出生時にその存在をまつしようされた、ということだろう」

 タクミの言葉をさえぎって、エルスが力無い笑みを浮かべる。

 エルス自身も、うわさ程度でしか聞いたことはなかった。

「貴族の間でふたが生まれたら……片方はとして存在を消されるか、家名を捨ててどこか遠方の養子に出される因習がある。三大公から忌み子が生まれたとなったら、世間の風当たりは強くなっただろう」

 三大公の地位に就く者として、その風評は決して表に出すわけにはいかない。

 そして、ヴァテルの存在は誕生と同時に消された。

「私自身も……ヴァテルがどこか父に似ていると思ったことはあったんだ」

 おくの中にある厳格な父の姿と、ごうほうおおざつな性格だったヴァテルの姿。

 容姿だって決して似ているとは言えない。

 それでも、何度かその姿が重なって見えたことがあった。

 父を失ったことで、ヴァテルに父のおもかげを重ねているのだと思っていた。

「――あのバカは、どうしてもっと早く言わなかったんだ……っ」

 ぽたぽたと、ぶくろの上にすいてきこぼしていく。

 幼いころ、エルスはいくとなくヴァテルにはんこうしたことがあった。

 くなった父と代わるように現れ、なにかと世話を焼いてきたヴァテルをうとましく思い、心無い言葉を浴びせたこともあった。

 ヴァテルが幼いミルトを連れて来るようになってから反抗こそしなかったが、その後もヴァテルを敵視していたし、下層の憲兵隊長になった後も変わらなかった。

 ヴァテルが何かと問題を起こす度、厳しい態度と口調で説教を行っていた。

 それでも……ヴァテルは、ずっと昔と変わらないがおで頭をいていた。

 まるで亡くなった兄の代わりに、成長したむすめでるかのように。

「なんで、いなくなる前に言ってくれなかったんだ……っ!」

 ヴァテル・ファミリエという人間はすでにいない。

 二年前、デンメルグへと向かう馬車の事故に巻き込まれて亡くなった。

「もう、あいつにびることも、感謝を伝えることもできな――」


「あ、いや。ヴァテルさんは生きてるから」


 エルスがたんに暮れていた時、タクミがいつしゆんでその空気をぶち破った。

「………………は?」

「ヴァテルさんはまだ生きてるぞ」

「……あいつは事故で死んだだろう?」

「事故で死んだように見せかけたんだよ。エルヴィスが真相にかんき始めていたし、俺がそう工作をして、今はデンメルグのかくかくまっている」

 もはやなみだも引っ込んだのか、エルスはぽかんと口を開けたまま放心していた。

「信じられないって言うなら、リーゼが直した通信で声を聞かせたっていい。ひめ殿でんゆうかいの真実、ヴァテルさんの出生、全部本人の口から聞かせてやるよ」

「やめてくれ。として語る姿を想像しただけで腹が立ってくる」

「詫びと感謝の言葉はどうした」

「……一回ブンなぐってとうした後に言う」

 エルスが耳を真っ赤にしながらうつむいたところで、ミルトがぴしりと手を挙げる。

「まず、そんな大事な話をだまっていたタクミに異議を申し立てたいです!」

「そりゃ黙ってるさ。ヴァテルさんが生きているって話をしたら、お前はヴァテルさんがもどってくるまでの『代わり』として人の上に立っていたからな」

 死を偽装してヴァテルを匿ったところで、それは一時しのぎでしかない。

 エルヴィスが実権を握り続ける限り、ヴァテルだけでなく、女王の実子であるミルトは常に命の危険にさらされることになる。

 しかしエルヴィスを引きずり下ろしただけでは、神王国家リヒテルトはかいする。

 だからこそ、同時に新たな国の指導者を育て上げる必要があった。

 国のしようちようとして在り、国民の上に立って国を率いる存在。

「お前は下層にいるような奴らのために行動ができて、《鈴蘭》存続のために立ち上がって、誰であろうと手をべることができる人間だ」

 わずかな期間で、ミルトは以前よりも遥かに強い人間となった。

 何も力を持たない、おかざりでしかなかった自分を正しく受け止めた。

 下層と《鈴蘭》のために、自ら表に出て上に立つことを決めた。

 タクミを助けるために、その人徳によって多くの人間を動かして見せた。

 そしてタクミはゆっくりとひざを折り、ミルトに向かって頭を垂れる。

「ミルト・リヒテルト殿でん――国のため、女王の大役を引き受けていただけないか」

 どこまでもしんにタクミは言葉を向ける。

 いまだミルトはこんわくしていたが……やがて、ゆっくりと口を開いた。

「ええと、まずは顔を上げてもらえますか。俯いていると平手打ちしにくいので」

「お前は本当にたくましくなったな」

「タクミたちがとつぴようのない行動を取るから、自然とたんりよくが付いちゃったんです」

 苦笑を浮かべてから、ミルトは態度を改める。

「理由があったとはいえ……父の死を私にまで隠していたことは許せません。他でもない、二年前に私を救い出してくれたあなたが……今まで裏切っていたことが許せません」

 へきぎよくの瞳に静かないかりを宿しながら、眼下のタクミをにらみつける。

「私を裏切っておきながら、国をうなんて大役を押しけようとしているんです」

 その怒りから目をらすことなく、タクミは碧玉の瞳を見つめ続ける。

 しばらくたがいに無言をつらぬいてから――ミルトが大きく息をいた。

「……だけど、タクミはいつだってちがった行動はしませんでした」

 困ったようにほおをかきながら、ミルトは口元に笑みを作る。

「たとえタクミ自身に別のおもわくがあっても、今までの行動が間違っていたとは思いません。今だって間違っているとは思いません。だから――」

 そう言ってから、ミルトは静かに頷く。


「――女王就任の大役、引き受けさせていただきます」


 しとやかでありながら、確かなしたたかさを感じる笑みと共に返礼する。

 そしてその直後、ハッと顔を上げた。

「で、でもっ! 私が女王の実子ってどうやって証明するんですか? 王族由来の品とか持ってないですし、なんかそれっぽい雰囲気とかも出せないですよ!?

「確かにエルリア陛下が前女王の実子ではなかったとはいえ、いつさいこんきよも無くミルトを女王の座にえるのは難しいんじゃないか」

 ミルトの疑問に対して、エルスも同調するように頷く。

 たとえミルトが前女王の実子であり、女神の血を引く人間であったとしても、それを国民たちに証明できなければそくは認められない。

 しかし、タクミは自信に満ちた笑みと共に立ち上がる。

「それについては問題ない。おれたちには専門家がいる」

「えっと、専門家って――」

 そうミルトがたずねようとした時、バターンッと物々しい音と共にとびらが開かれた。

「――それはもちろん、わたしなのですっ!」

 扉を開け放ち、自信満々に立つリーゼの姿があった。

「実はちょっと前に来てましたが、部屋の空気が重かったので待機してたのです!」

「天才ってのは空気まで読んでくれるのか」

「当然なのです。天才なので空気だって読めるのです」

 タクミの軽口に答えてから、リーゼはくるりとミルトに向き直る。

「そして、ミルトさんを女神さまの血統と証明することは可能なのです!」

「……でも、私には由来の品も証明できる人間もいないんですよ?」

 前女王に実子がいたことはてつていてきとくされていた。

 その存在を知るのは当時の三大公当主、女王陛下側近であったエルリアの母、そしてだまとなったエルリア当人のみ。

 その内の二人は既に故人となり、残る三人が証人と成り得るが、エルヴィスがにんするはずもなく、エルリアはいつわりの女王として国民からのしんらいを失った状態にある。

 そもそも女王の実子は当時生まれて間もない赤子であったため、成長したミルトが当人であると証明すること自体がきわめて難しい。

 しかし、リーゼはむふんと胸を反らしながら言う。

「由来の品も証人もいらないのです。なぜなら――既にしようはここにあるのです」

 声高々に……ミルトのむなもとに向かって、リーゼはびしりと指をき付けた。

 その指先を目で追ってから、ミルトがぽふんと顔を赤くする。

「え……その、えっとっ! たしかにリーゼさんから、その……胸が大きい人は女神の象徴という話は聞きましたけど……それが証拠ってのは無理があると思います……よ?」

 全員の注目を浴びてか、ミルトがずかしそうにうでいて胸元を隠す。

 その様子を見て、リーゼはきょとんと首をかしげる。