序章 女神さまは望んでいた



 いいかげん見慣れてきた純白の空間。

 ここ最近はひんが多いせいで、余計に慣れ親しんでいる印象がある。

「――やっふーぅ! ようやくあの人を止めてくれましたねーっ!」

 そして、女神は相変わらず能天気で、ヒラヒラとかみ吹雪ふぶきを降らせていた。

「いやー、私じゃ世界にかんしようするとかめったにできませんし、あの人は他世界の転生者でもないから、こうして言葉をわして止めるのもできないんですよね!」

「お前って女神のくせに何もできないよなぁ……」

「いやそんなガチトーンで言わないでくれます? そんなかわいそうな子みたいに見ないでもらえます!? 本当はチートだってわたせるすごい女神なんですからね!?

 タクミにさげすむような視線を向けられ、女神が半泣きですがってくる。

 その女神を適当にしのけてから、タクミは表情を正した。

「それより、あいつについてくわしく聞かせろ」

 それがだれを指すのか、女神も理解している。

 エルヴィス――その中にいる旧時代のぼうれい

 それを聞いて、女神フィリアは困ったように笑う。

「……まぁ、言ってしまえばかれは私たちの仲間だったんですよ」

 遠い、はるか過去を思い返すようにフィリアは語る。

「彼は私たちが生きていた旧時代……世界を救うためにじんりよくしていたえいゆうたちを助けた後、新しい世のために国のばんを作ってくれたんです」

「それが、神王国家リヒテルトってわけか」

「ええ。無名の英雄が『世界が平和で便利になるように』と願い、力無き人々のために組み上げたほうを広める……そのために、彼は神王国家リヒテルトを作ったんですよ」

「そいつは大層な話だ。国を作るなんて簡単じゃないだろうに」

「元々、彼は国を治めていた人間ですから。こくせきや種族問わずに移民を受け入れ、そんな国民たちをとうそつするしゆわんとカリスマがありましたから」

 仲間の勇姿を思い返しながら、フィリアは小さく笑う。

「彼は……私や英雄たちの存在を遠い未来まで残してくれたんです。私たちが世界を救うためにはらったせいを、おもいを、願いを、作り上げた道を」

 そこまで語ったところで、フィリアは表情にかげを落とす。

「誰よりもその想いが強かったから……彼は、とどまっているんでしょうね」

 すべてを保持したまま、同じ世界で転生を続けるたましい

 その存在を『あり得ない』と言い捨てることはできない。

「一応いておくが、お前が何か手を加えたわけじゃないんだな?」

「いやいや、前にも言いましたけど私は中間管理職みたいなものですから。限定的に軽い運命操作はできても、人間そのものを変質させるってのは無理ですね」

「それなら、どうやってあいつは転生者みたいな状態になったんだ?」

「うーん……世界って完全ではないですからね。強い想いが世界のシステムをりようしたり、それで転生の仕組みがくるったりとかあり得ますから」

「管理者がポンコツな上にバグまである世界かよ」

「私はポンコツじゃないですぅー! 世界のバグだって仕様上の問題ですぅー!! それにちゃんと転生者を使ってデバッグしてましたぁーっ!!

「そんなことだろうとは思ってたさ。でないと転生者を受け入れる意味が無いしな」

 転生者という存在の役割。

『前世での未練を晴らす』という目的は、転生者たちにとって事実だ。

 そして……転生者が未練を晴らすことで、世界に生じたけつかんは修復される。

「大方、転生者が選ばれる基準は『世界に生じた欠陥にそくした人間』ってところか。文明発展がていたいしていたら技術者、戦乱の世だったら戦を止めることができる武芸者、国交難におちいっていたら内政関係者ってな具合か?」

「……まぁ、だいたい当たってますね」

「それでデバッグのために転生者を呼んでいたが、あのおっさんが転生者の行動をじやした挙句、殺しちまったから今も世界は欠陥だらけでほうかい寸前と」

「それもだいたい当たってるんですよねぇぇぇ……」

「お前ら本当に仲間だったのかよ」

いつしよに世界の命運をけて戦ったんですけどねえええええ…………」

 どんよりとしたふんただよわせながら、フィリアがかたを落とす。

「だけど……私は彼を否定できません。彼は私たちを想ったからこそ、世界が変わることを良しとしなかった。私と英雄たちのために行動してくれていたんです」

「……なるほどな」

 短く答えてから、タクミはくうを見上げる。

 そして……ゆっくりとうなずいてから、一つの巻物をフィリアにほうげる。

「わっ……とと、いきなりなんです?」

「問題をまとめて解決するための道具だ。大事に持っておけ」

「え、彼のこともどうにかしてくれるんですか?」

「『女神の代行者』って立場は今後も利用するし、その使用料みたいなもんだ」

「あー、著作権の二次的利用みたいなものですか」

「お前の例はみようぞくっぽいな」

 ためいきをついてから、タクミはフィリアに向き直る。

「ともかく、お前とエルヴィスを引き合わせてやる。そこから先はお前だいだ」

「なんかあなたの方が女神とか神様っぽいこと言いますねぇ……」

「そんなこうしような存在になった覚えはねぇよ」

「えー、てっきりあなたは神様経験者かと思ってたんですけど?」

 タクミの反応をうかがうように、フィリアが顔をのぞきこんでくる。

「あなたは世界の仕組みを知っても動じず、限定的とはいえ私が『神』として作り上げた魔法すら凌駕しました。そして何より――『無数の欠陥が生じた世界を正す』ことに即した転生者が、果たして人間の中に存在しているのでしょうか?」

 その言葉を聞きながら、タクミはフィリアのひとみを見つめる。

 そして――めんどうそうに頭をかきながら口を開いた。

あまたく、生まれは地球の日本、きようねん二十四さい、死因は病死だ」

「…………はい?」

おれの前世だ。神様ってのは病気で死ぬものなのか?」

「私の上司はよく『健康しんだんで血圧やばかった』とか言ってますけど」

「高血圧で死んだ神様がいるとはおどろきだ」

「いやまぁ、神が人間の病気で死ぬわけないんですけどね」

「つまり、病死した俺は神でも何でもなかったってことさ」

 しよう交じりにタクミは自身の前世を語る。

 そしてフィリアに背を向けて歩き出す。

「お前はやさしい女神さまだ。お前はあの世界を愛しているし、世界を愛するお前を多くの人間たちが愛している。そういうやつこそ――本当の『神様』って言うんだろうよ」

 どこかさびしげに、そしてあんするかのように言い残し――

 タクミは光の中へとまれていった。