ここまでメタバースがもたらす「アイデンティティ」「コミュニケーション」「経済」の三つの革命について論じて来ましたが、そのどれにおいてもアバターが鍵となる役割を果たしていました。
「アバター」はメタバースにおける私たちの身体です。自分自身の存在を証明するアイデンティティであり、他者とのコミュニケーションツールであり、ファッションをはじめとした経済を突き動かす要因でもあります。
ところが、物理現実における私たちの肉体にはそれらよりもっと根本的な役割があります。私たちの身体は、さまざまなことを表に出すための「表現器官」である以前に、他者や世界を感じるための「感覚器官」であることを忘れてはいけません。
本章では「アバター」の感覚器官としての側面に着目し、メタバースにおいて「私たちがアバターを通して何を感じるのか」を論じていきたいと思います。メタバースでの体験を、真の意味で人生を代替するような充足感のあるものに昇華する上で、本来であればこれは一番初めにすべき最も重要な話なのですが、実際のメタバースの利用シーンのイメージが湧いていないとなかなか理解するのが難しいため最後にさせていただきました。
現在メタバース住人の多くが「ファントムセンス(VR感覚)」という現象を報告し話題になっています。ファントムセンスとは、メタバースの世界を吹く「風」を感じたり、他の人に自分のアバターを触られた「触覚」を感じるなど、本来視聴覚しか再現されないはずのVR体験中に擬似的に他の感覚を得る現象のことです。本章では、ファントムセンスとは果たして何なのか、その原理的な背景を考察し、実際にユーザーがどのような感覚を感じているのかデータと共に解説します。
また、アバターの触覚を物理的に再現する手段として現在既に一般利用が開始され、一部ソーシャルVRでも対応が始まっている「触覚インターフェース」について解説します。
さらに、将来的に現在のVRゴーグルに代わり、メタバースに全感覚で没入できる「フルダイブVR」の実現が期待される「BMI(ブレイン・マシン・インタフェース)」についても解説します。
メタバースでは、私たちは物理現実の身体から解放されます。これまで私たちが感じてきた世界は、全て生まれ持った「肉体」というフィルタを通したものでした。4章で論じたように、メタバースでは私たちは新しい身体「アバター」を自在にデザインして「なりたい自分」として生きていくことができます。アニメのキャラクターのような姿になることも、性別を自由に選ぶことも、人間でない生物になることもできます。
肉体を脱ぎ捨て、アバターという新たな身体を得た私たちは、これからいったい何を感じ、どう生きるのでしょうか。
私は、この概念を「感覚のコスプレ」と呼んでいます。メタバースでのコスプレは、自分を表現するためだけのものではなく、それを通して新たな世界を感じるためのものなのです。