icon分人経済で一番重要なこと

今後メタバースをビジネスに活かすために、物理現実の既存の企業や自治体が、メタバースの知見を多く持つ「メタバース原住民」にアプローチする事例が増えていくと思いますが、そのときに気をつけていただきたいことが一つだけあります。

4章で論じたように、メタバースの原住民の「分人」としてのアイデンティティを尊重してあげてほしいのです。

みなさんの目にはアニメのキャラクターのように映るかもしれませんが、私たちはメタバースの世界に生きる、血の通った存在なのです。現実の自分とバーチャルな自分を分けている人もいます。「中の人」の性別を聞かれたくない人もいます。メタバースを「新しい現実」と理解しているなら、そういったことは本来関係ないはずです。不必要に物理現実側のことに触れず、目の前にいるメタバース原住民と向き合っていただくようにお願いします。

写真を撮りたくなっても、必ず一言かけてからにしましょう。本節でも触れましたが、アバターとはその人の肖像そのものなのです。「アバターの肖像権」という概念はまだ確立してないですが、物理現実に置き換えて考えてみれば、マナーとしてダメであることがよくわかるかと思います。

これまで見てきたように、黎明期である現在のメタバースでは、既にミクロ経済の革命「分人経済」のさまざまな可能性が生まれつつあります。

現在はまだ本格的に稼いでいる人は限定的ですが、今後メタバースの経済機能が発達して徐々に人口が増えると、メタバースで回る経済規模が大きくなります。メタバースで分人として働くことが当たり前になると、個人の多面的な経済参加の機会が促され、経済は大きく活性化されるでしょう。いずれ分人こそが人々の人生の主役になり、物理現実との主従関係が入れ替わるのは間違いないと私は考えています。

COLUMN

分人経済の原型は日本の育んだ「号」文化

「VTuberは分人経済の最もわかりやすい例である」と言いましたが、実は日本にはもっと古い事例がたくさんあります。それが日本の「号(雅号)」文化です。

日本では伝統的に一般人でもアーティストネーム(号)を名乗って、文壇という仮想世界で普段の自分とは別のアーティストとしての自分となって芸術活動を行う文化がありました。そこから江戸時代の庶民による俳句・書道や、現代に続く同人誌・模型などの世界に類を見ない豊かな個人クリエイター文化が生まれたと私は考えています。明治期以降は欧米の「個人主義」の影響で、本名(氏名)の戸籍登録が義務付けられてそれ以外の名前が公的に禁じられた結果、一時衰退してしまいましたが、その姿を「纏える」ように進化して復活した最新モードが「VTuber(バーチャルYouTuber)」であり「メタバース」なのです。

欧米だと一部の上流階級を除いて、「アート」と言うのは「プロのアーティスト」が作って一般人は鑑賞するだけのもの、という考え方が伝統的に根強く、クリエイターエコノミーは画期的なものとして受け取られています。でも、一般人が当たり前にレベルの高いクリエイティブ活動をしてる日本人にはそれほど新鮮なものには映らないかもしれません。アバター技術が登場して、日本でいち早くVTuberが生まれたのは、決して偶然ではないと私は考えています。