人類社会のプロトコルを書き換えるそんな我々人類の行うコミュニケーションの中でも特に、本章でも一つのテーマとして扱った、人と人との恋愛関係や性的コミュニケーションなどの「性行動」は、男女のつがいを紡ぎ、群れをなし、そして人類社会全体を形成するための最も根源的な「プロトコル」です。愛とは、社会の最小単位である男女のカップルがコミュニケーションするための、一種の通信規格なのです。
アメリカの進化生物学者ジャレド・ダイアモンド著『人間の性はなぜ奇妙に進化したのか』(2013)によれば、男女で特定のカップルを作る人類の性行動は、実は哺乳類と比べても非常に珍しく、未発達な状態で生まれて来る乳児を男女のカップルで力を合わせて育てるために獲得した、極めてユニークな特徴だそうです。
例えば、我々と同じ霊長類であるボノボ(ピグミーチンパンジー)は、同じ群れの個体と緊張感が高まった際、相手を攻撃する代わりに疑似的に発情し、性行為をして緊張を解いて争いを避けるという、驚くべき性行動で知られています。相手の性別を問わず、複数の相手と非常に親しいスキンシップを行ったり、コミュニケーション手段として性行為を行います。ボノボは固定的な男女の夫婦を形成せず、序列のない乱交型の群れを作り、人類では考えられないような戦争や争いの極めて少ない平和的な社会を形成します。
メタバースでは、アバターをはじめとしたさまざまなフィルターにより、これまでの物理現実の常識では考えられなかった恋愛関係や性的コミュニケーションが生まれています。性行動という人類の社会の基本プロトコルを書き換えられるとするならば、私たちは自分たちの社会を新しくデザインし直す手段を手に入れたとは考えられないでしょうか。
これまでは、私たちが社会を構成する上での本能は、DNAに刻まれて抗うことのできないものでした。それゆえ、いかにそれを「受け入れる」かがこれまでの人類の命題でした。メタバース時代は、いかにそれを「デザインする」かが新たな命題になります。互いに誤解なくわかり合うことも、世代や性別、民族による垣根のない社会を作ることもできるかもしれません。
私自身も、もしメタバースで出会えていなかったとしたらこんなに親しい関係になれなかったであろう人がたくさんいます。物理現実では、場所・世代・性別・立場の違いから、話しかけることすら想像できなかった人。メタバースがもたらしてくれた、本来あり得なかったはずのつながり。今ここで生まれたそのつながりは、これからゆっくりと、しかし確実に、数珠のように広がり、いずれはこの社会を覆い尽くすでしょう。
メタバースでは、私たちは一つ上の次元にシフトし、社会の根源となる「プロトコル」そのものを書き換えることができるのです。