前章では、メタバースで自分自身のアイデンティティを自在にデザインし「なりたい自分」で生きていく新たな可能性を論じました。そんな私たちは、これからメタバースでいったいどのようにコミュニケーションし、そしてどのような社会を作っていくのでしょうか?
本章では、メタバースがもたらす二つめの革命、人と人との相互作用である「コミュニケーション」について論じていきたいと思います。
そもそも「コミュニケーション」とは、生物の個体間で行われる知覚・感情・思考の伝達のことです。人類学者のレイ・L・バードウィステルによれば、人間の一対一のコミュニケーションで言葉によって伝えられる情報量は全体のわずか35%にすぎず、残りの65%は言葉以外の「非言語コミュニケーション」により伝わっているそうです。非言語コミュニケーションとは、相手の見た目の印象・表情・ジェスチャー・距離感・スキンシップなどのことです。
従来のテキストチャットや通話などのオンラインコミュニケーションと比べて、メタバースにおけるコミュニケーションが極めて優れているのは、この情報量の多くを占める非言語コミュニケーションを行うことができるからなのです。
さらにメタバースにおいては、場を共有したリアルタイムのコミュニケーションでありながらも、両者の間にアバターをはじめとした物理現実にはないさまざまなフィルターが介在しています。これによってコミュニケーションが変化し、お互いの関係性や行動に大きな違いをもたらします。
本章では、メタバースで重要な非言語コミュニケーションの中でも特に、非接触型コミュニケーションである「距離感」、接触型コミュニケーションである「スキンシップ」に着目します。これら二つはメタバースの空間性を活かしたコミュニケーションであり、心理的距離感を如実に反映しやすいものです。相手との距離や触れ合いは、メタバースで物理現実と比べてどう変化するのでしょうか。
さらにもう一歩踏み込んで、特定の相手への特別な感情である「恋愛」、そして、性的なコミュニケーションである「セックス」に着目します。メタバースで我々はいかに愛し、いかに求めるのでしょうか。
メタバースにおいて関係性や行動が大きく変化するのであれば、介在するフィルターを恣意的にデザインすることによって、人と人とのつながりや行動、ひいてはそれらの集合体である社会を大きく変化させることができるでしょう。あるいは、物理世界において介在していた年齢、性別、肩書などのさまざまな「フィルター」を排除して、魂と魂による本質的なコミュニケーションを加速させ、より理想的な社会が実現できる可能性があるのではないでしょうか。
私は、この概念を「コミュニケーションのコスプレ」と呼んでいます。メタバースでのコスプレは、特定の個人が纏うものではなく、社会全体で纏うものなのです。
COLUMN
オンラインコミュニケーションにおいて介在するフィルターが人間の関係性や行動に影響するとは、一体どういうことなのでしょうか? メタバースの実際の事例に入る前に、これを実際に検証した研究があるので紹介します。
2016年に日本バーチャルリアリティ学会で論文賞を受賞した研究「表情変形フィードバックによる遠隔協調作業における創造力向上支援」では、ビデオチャットを用いたブレインストーミングにおいて、対話相手の(物理現実の)顔をそのまま画面に表示するのではなく、顔の映像にリアルタイムで画像処理を施して、お互いの表情が常に笑顔に見えるように加工して実験を行いました。その結果、お互いの表情が常に笑顔になると、ブレインストーミングで生じるアイデアの数が1.5倍ほど多くなることがわかりました。つまり表情にフィルターを介在させることにより、集団全体の創造力が飛躍的に向上したということです。
メタバースでは、表情だけでなく、アバターの見た目・ジェスチャー・距離感・スキンシップなど、あらゆるコミュニケーションのフィルターをデザインできます。それは今後私たちのコミュニケーションを刺激し、社会全体の創造性や生産性を加速していくと私は考えています。