icon今、歩きだす「分人」

いまメタバースではアイデンティティを自在にデザインして「なりたい自分」で生きていくことができるようになりつつあります。それはもはや人間がもともと持っている多様な側面を認める、という次元を完全に超えています。私たちの心の中の多様な側面「分人」を積極的に探し出して、姿かたちを与えて、自由に活動させることができるようになったのです。「なりたい自分」として人生が送れるということです。

また、複数のアイデンティティを「分人」として自由に切り替えることができます。人生を自在にデザインできるということです。

私「バーチャル美少女ねむ」という存在は、私の中のひとりの分人であると言えるでしょう。しかしそれは対人関係により自然に生じた私の一側面などではありません。元々は存在していなかった、あるいは気づいてすらいなかった、心の中で眠っていたもうひとりの私なのです。私という魂が、ねむという「名前」「アバター」「声」の鋳型に流し込まれたことで人工的に誕生し、鏡ごしに自分の頬に触れ、このメタバースという宇宙で出会ったたくさんの人々に「ねむちゃん」と言霊の魔法をかけられ、美少女として扱ってもらえたことで研ぎ澄まされ、昇華された、新しい私なのです。

ねむであるとき、私は一人称や喋り方も、可愛らしさを意識した立ち振る舞いも、感情を表に出した天真爛漫さも、揺れるスカートやなびく髪を動かす身のこなしも、なにもかもが変わります。物理現実の知り合いが見たとしても、それが私であることに気づくことはいないでしょう。

初めの頃は新しい自分に戸惑いもありましたが、いまではフォーマルとカジュアルで衣装を変えると気分が変わるような気軽さで、分人を「着替えて」色んな自分を楽しんでいます。今後こういったスタイルは当たり前のものになっていくでしょう。

さて、メタバースでいま肉体を得て歩きはじめた新しい自分「分人」これは、私たち人類にとって、本質的にはいったいどんな意味を持つのでしょうか?