分人主義:人間な多様な側面を認める価値観これまで本章では、メタバースにおいて「名前」「アバター」「声」の三つの軸でアイデンティティを自在にデザインして「なりたい自分」として生きる住人たちの実情や、それが生み出したさまざまな興味深い文化、そして、概念上の存在であるはずの「美少女」や人間以外の生命体などの超常の存在になろうとするさまざまな試みを紹介してきました。
これはまだほんの始まりに過ぎません。これらメタバースがもたらすアイデンティティの革命は、これから私たちにどんな革新をもたらすのでしょうか。
ここで、これを解き明かす鍵となるマインドセット「分人主義」を紹介します。分人主義は日本の小説家・平野啓一郎先生が提唱し、2012年に著書『私とは何か──「個人」から「分人」へ』でまとめた概念です。
現在世界的に主流になっている「個人主義」では、人間を一つの分割不可能な「個人(Individual)」として捉えます。個人主義は、国家の権力を否定して個人の権利と自由を尊重する、20世紀のヒューマニズムの原動力となりました。実はこれは日本においては当たり前のものではなく、明治期に西洋から輸入された概念です。
個人主義が西洋で生まれた背景には、一神教の存在が大きいと言われています。例えばキリスト教では「誰も、二人の主人に仕えることはできない」という教えがあります。一神教の世界観では、全知全能の唯一神がいつでもどこでも見守っており、人間がいくつもの顔をもつことは許されません。常にただ一つの自分で、一なる神を信仰せねばなりません。
これに対し「分人主義」では、人間を分割可能な「分人(Dividual)」として捉えます。つまり、ひとりの人間の中にはいくつもの人格(分人)があり、その集合体が人間であるという考え方です。家族と一緒にいるとき、友人と過ごしているとき、仕事をしているとき、そして匿名でインターネットをしているとき、口調や態度・性格は大きく変わるはずです。たった一つの「本当の自分」を追いかけるのを止めて、対人関係ごとに見せるこれら複数の顔全てを「本当の自分」として認めよう、ひとりの人間の多様な側面を認めよう、という考え方です。
分人主義は本来、あくまで人間の多様な在り方を認める、21世紀にふさわしい新たなヒューマニズムを構想したものに過ぎませんでしたが、メタバースが登場した今、より重要な意味を持ちはじめました。