icon仮名でも「オープンで透明な世界」に向けて

2004年にまだ大学生だったザッカーバーグが立ち上げたSNS・Facebook(現Meta)は厳格な実名制を導入したことが画期的な点でした。その理念は「オープンで透明なインターネットをつくること」でした。残念ながら、当時のインターネットは無名ユーザーの罵詈雑言ばかりが飛び交う無法地帯でした。実名のインターネットを作れば、人々は社会的な規範を尊重し責任ある行動をとるようになるはずだと当時のザッカバーグは考えたのです。

これが功を奏し、物理現実の延長として信頼感のあるコミュニティを実現したFacebookはたいへんなブームとなり、わずか6年後の2010年にはアクティブユーザーが全世界で5億人を突破、世界一のSNSとして「インフラ」と呼べる規模に成長し、今日ではビックテック(GAFA)の一角入りを果たしました。

それでは、メタバースでも信頼感を実現するために実名制が必須かと言うと私は違うと考えています。Facebook当時はインターネット上で信頼感のある安全なコミュニティを確立しようとすると、実名制を強制して匿名ユーザーを排除することがほぼ唯一の手段でした。

ですが、現在では大きく状況が変わり、仮名でも信頼あるコミュニケーションができるようになっています。これにはさまざまな理由がありますが、仮名の個人クリエイターがYouTuber・VTuberなどとして大きな影響力をもつようになったことや、オンラインでコンテンツ販売や個人間取引ができるようになって、仮名にも信頼を蓄積できるインフラが整ってきたことなどが理由だと思います。

Facebookは現在でも実名制を維持していますが、その人気は最盛期と比べると陰りがみえ、アクティブユーザー数もピーク時からは大きく減少しています。Metaが2012年に買収したSNS・Instagramでも実名制はもはや導入していません。また、Meta Quest2の利用には今はFacebookの実名アカウントとの紐付けが必須で非常に不評ですが、Metaの新社名発表時に将来的にこれを必須でなくする方針を出しています。徐々にではありますが、実名や仮名に関係なく、共に信じ合える本来あるべき世界が確実に近づいています。

このように、メタバースでは自由な「名前」を名乗ることができます。ほとんどのユーザーが「仮名」を名乗り、物理現実の自分とは違う存在として生活しています。周りからその「仮名」で呼ばれることで、自分自身の新しい自己認識が確立していきます。そして「仮名」のまま、社会にとって信頼にたる確固とした存在になることができます。

メタバースでは「名前」という言霊世界のアイデンティティをデザインすることによって、「なりたい自分」を「名乗って」自由に生きていくことができるのです。