「なりたい自分になれる」今後のメタバースの課題このように、世界に先駆けて「アバターの標準化」という前代未聞の事業を進める、日本発のフォーマットであるVRMですが、国内においては標準フォーマットの地位を確立したものの、海外においては対応事例はありますがまだ普及は限定的に見えます。国際標準化に向けた課題はなんなのでしょうか。
例えば、現在一番人気のソーシャルVRである「VRChat」も未だVRM公式対応の動きは見せていません。VRChatは初心者が簡単に「なりたい自分になれる」ことよりも、クリエイターによるアバターの表現力の圧倒的な幅広さを大きく重視しています。例えば、アバターからビームを出したり、アバターに内蔵した巨大ロボットなど出現させたりといった、本来の「着るアバター」として利用から大きく逸脱したようなものも自由に作れる設計思想になっています。このようなサービスごとに思い描く思想の違いを吸収して、必要であれば規格を拡張したり、利用者の利便性向上のために対応を促すような、気の長い努力が標準化には必要です(それが非営利の標準化団体が設立された背景です)。
そして、やはり最大の関心事は今後世界的に大きなシェアをとるであろうMetaの「Horizon Worlds」がどう動くかでしょう。ここはVRMが一挙に国際標準への道を駆け上がるかの分水嶺に思われます。
ただし2章で説明したとおり、β版をみるかぎりHorizonはそもそも「統一した世界観のMetaが提供したパーツを使ったアバター」しか許容しておらず、現状のソーシャルVRでは当たり前になっている完全に自由なデザインのアバターの利用を許した、本当の意味での「なりたい自分になれる」権利を許していません。さらにHorizonはユーザーが制作したアバターにMetaが干渉できる設計になっており、ユーザーの権利の保障よりもプラットフォームの権力の行使を重視している可能性があります。そもそもメタバースで現実と違う自由な姿になれることを将来的に規制する懸念もあります。
Metaは果たして「なりたい自分になれる権利」を保障するのか? しないのか? はじまったばかりのメタバースの世界は今大きな分岐点に立たされています。
COLUMN
なぜVRMは日本で誕生したのでしょうか?
実はVRが普及するはるか以前から、日本では、世界に先駆けて人型3Dモデルフォーマットが統一され、さまざまな一般ユーザーによってコンテンツ制作に活用されるという事態が起こっていました。
それが「MMD(ミクミクダンス)」です。MMDはその名の通り、本来「初音ミク」をダンスさせるために個人ユーザーによって作られたソフトです。
「初音ミク」とは、VRMからさらに遡ること11年前、2007年にヤマハ株式会社が発売したボーカル音声合成ソフトとその擬人化キャラクターのことです。ユーザーが自在に歌わせてコンテンツを作ることができ10万曲以上の楽曲が作られる大ブームになり、ソフトやキャラクターの枠を越え、多くのユーザーの集合知によって生まれたデジタル世界の「アイドル」そのものとなりました。
当時まだVRなどありませんでしたが、この現象がのちに「仮想キャラクターの人格を認めて権利を保障する」というメタバース時代の重要な概念につながっていきます。
その初音ミクが動いている映像が観たいという需要で生まれたソフトがMMDです。MMDでは、ユーザーが簡単に様々な初音ミクのモデルを取り込んで、それを人形のように自由自在に動かして、ダンスさせることができました(本節で説明したユーザーが「着る」ためのアバターと違い、リクエスト通りに踊ってくれるフィギュアのようなものをイメージしてください)。
MMDはまたたくまに広まり、ユーザーによるMMD動画が大量にニコニコ動画にアップされ、新たな文化を作り出しました。MMDで使用されていた人体用3Dモデルのフォーマットは一種のデファクトスタンダードになり、初音ミクだけでなく、さまざまなキャラクターのモデルが世界中で作られました。
MMDの引き起こした現象は、現在の言葉で言えば「人型3Dモデル」を媒介にした「クリエイターエコノミー」となると思います(「クリエイターエコノミー」については6章で詳しく解説します)。
MMDは、経済規模こそそれほど大きくないものの「人型3Dモデルのクリエイターエコノミー」の世界的にも先駆的な事例であり、メタバースにおける「アバターのクリエイターエコノミー」の雛形であると言ってもいいでしょう。
ここで育まれた経験や反省は、現在のアバター統一規格「VRM」へとつながり、メタバース時代に重要となる「なりたい自分になれる権利」「アバターの人格権」という新しい概念を日本から世界へ発信する土台になっているのです。
