Ⅰ/Ⅰ 高梨 理子

 

 

 

 高校を卒業したら〝卒業〟しよう。

 私は悠美と約束していた。

 こんな関係、いつまでも続かないってわかっていたから。

 けれど唇を合わせるたび、私の決意は揺らいだ。

「――、ん」

 思わず声が漏れてしまっても、悠美は離してはくれなかった。

 それどころか制服の内側に指をくねらせて、私の熱い熱い身体に触れる。

 衣替えしたばかりの冬服に、汗が浮いてしまいそうだ。

「ちょっと、ここ学校」

 私は焦って悠美をにらみつけた。

 窓の外から聞こえる運動部のかけ声が、熱っぽい心を現実に引き戻す。

「残念、できると思ったのに」

 悠美は笑って手をあげると、乱れた制服を直して吐息をついた。

 私は座っていた椅子を軋ませ、どっと力を抜く。

「するわけないでしょ」

「理子は流されやすいから」

「うるさいな」

 声をあげたものの、反論はできない。

 確かに、私は流されやすい。だからこうして、生徒会室の一席を担っている。

 未だに慣れない肩書きだ。この私が。生徒会室で女の子とキスをしている私が、生徒会長だなんて。

「ねぇ」

 ひとり落ち込む私の顔を、悠美がじっと見つめていた。

 その顔はまるで見捨てられた子犬みたいに切なげだ。いつもの話だと気づいた私は、彼女に冷めた視線を返した。

「やめない? 卒業」

「またその話。変わらないよ」

 私は内心の揺らぎを隠して、目を伏せた。

「でも、別に卒業したって連絡とれるじゃん」

「嫌よ、遠距離なんて」

 悠美と私は、既に進路を決めている。私は東京の大学に進学するために受験勉強に励んでいたし、悠美は家の都合で就職することが決まっていた。

「こっちが行けばいいでしょ。お金なら、働けば」

「そんな余裕、ないでしょ。続かないよ」

「けど」

「もう帰ろう。私も勉強あるし」

 私は会話を打ち切ろうと立ちあがり、鞄を持った。悠美はまだ言い足りないとばかりに、行く手を阻もうとする。

「ちょっと。今日しつこいよ」

 怒気をふくめて、私は悠美を見た。

 先まで甘いキスをしていたというのに、これでは喧嘩のようだ。

 私は彼女を押しのけて、生徒会室の扉を開こうとした。だって、いま心を乱されたら、本当に折れてしまいそうだったから。

「あのさ」

「なに? もう帰るよ、私」

 顔をしかめて、背後を振り返る。

 悠美の様子がおかしい。どうして、今日にかぎってこんなに――

「難しいんでしょ? 志望校」

 心が凍った。

「噂になってるよ。模試のこと」

「なんで。そんなこと」

 知ってるのよ。とは、言葉にならなかった。背後から抱きしめられて、声が詰まった。強引に奪われる唇から、熱い揺らぎは感じられなかった。

「理子が東京の学校に行きたいってわかってる。だけど」

「やめて」

「こっちにだって大学は」

「やめてっ!」

 悠美を振りほどくと、私は生徒会室の扉を開け放つ。

 あふれた涙を止めようがなくて、奥歯を固く噛んで飛び出した。

「――あ」

 廊下脇で、窓を見ている女の子とすれ違う。

 しまったな、聞かれていたかもしれない。私は涙目でその子をにらみつけた。

 青色のタイ。一年生。見知らぬ生徒のことは、それ以上気にならなかった。それよりも悠美のことが気になった。

 ――どうして、追いかけてこないのよ。

 私は制服の裾で涙を拭い、歯を食いしばった。