「これは! いました、淀みのある独特の生命反応。だけど範囲ギリギリ」

「急ぎましょう!」

 セレナの案内でエクレアは反応のある場所に急いだ。

「そこを曲がった先です。あ、でも」

「そっちね!」

 エクレアが加速して向かう。一方でセレナは何かに気がついたようであり──。

「気をつけて、誰か来てます」

「え?」

 セレナの声に反応するエクレア。すると曲がり角から一人の女性がフラフラと飛び出てきた。

「わっと! 危ない!」

 エクレアが女性を受け止める。革製の胸当てを着けており手にはナイフ。雰囲気的に冒険者の気配が感じられた。

「ちょ、大丈夫、て、あなた目が!」

 女性の目から出血がある。瞼も閉じられており自力では開けられないようだった。

「どうしたのこんな怪我して!」

「これ、は、自分、で」

「え? 自分でってどういうことよ!?

 話を聞き驚くエクレア。すると彼女はエクレアの肩に掴みかかり必死に何かを訴えた。

「気をつけ、て、瞳に、ぐほっ!」

「ちょ、大変!」

 血反吐と共に力なく倒れる女冒険者。よく見ると背中には針が数本突き刺さっていた。傷はそこまで深くないが毒が塗られている可能性がある。

「セレナ治せる?」

「やってみます」

 エクレアに問われ、セレナが負傷した彼女に屈みこみ魔法による治療を施す。

「うん。ならここはセレナに任せるね」

「エクレア……この奥に相手がいます。気をつけて」

「うん!」

 そんなやり取りの後、怪我の治療をセレナに託しエクレアは奥へと急いだ。

 すると先程と同じようにふらついた足取りを見せる女性の姿。

「あなたも怪我? 大丈夫?」

「あ、はい……」

 女が振り返った。左腕を右手で押さえていて顔は目深に掛けられたフードで隠されていた。スタイルが良くどことなく色香を感じさせる。

「さっき変な男に襲われてしまい……。どうか助けて」

「それはご愁傷さまァ!」

 助けを求め近づいてこようとする女だったが、エクレアが鉄槌を構えたまま一足飛びで距離を詰め女に向けて振り下ろした。

「参ったわね──」

 しかし当たる直前で女が飛び退き鉄槌は地面を砕くに留まる。

「あなたのパパといい、一体どうして、か弱い私に攻撃を仕掛けてくるのかしら?」

「演技が下手だからよ。ま、もっと言えばあんたの右手にある黒い紋章が丸視えなんだけどね」

「……へぇ」

 エクレアの指摘で女の顔色が変わった。弱っている振りのため左腕を右手で押さえていたようだが、エクレアにはそこに刻まれた黒い紋章が視えていた。

「これを見られてしまったならごまかしても無駄なようね」

「そうよ。観念しなさい。パパのことも戻してもらうんだから!」

「フフッ。その様子だとしっかり私のために働いてくれているようね」

 唇に指を添え不敵な笑みを零す、その姿にエクレアが憤った。

「あなたたちパパまで巻き込んで、一体どういうつもりよ! 目的はなんなわけ!」

「混沌よ。私たちが求めるのはそれ。それこそが私たち『深淵をのぞく刻』の目的。そして目的を達したその暁には──フフッ」

 問いに答える女。その口ぶりに怪訝そうにエクレアが眉を顰めた。

「ま、それはいいわね。それにしてもあの二人は何をしているのかしらね」

「その二人ってライアーとガルのことかしら? だったら既に私たちで倒したわよ」

 エクレアの返しに女の頬がピクリと反応した。

「残ったのはあんただけのようね。名無しの女さん」

「フフッ。驚いたわね。まさかあの二人がやられるなんてね。いいわご褒美よ。特別に教えてあげる。私はメンヘル──『狂い咲く瞳』のメンヘルよ」

 そう口にしメンヘルがフードに手をかけ捲りあげる。すると不気味な光を放つ双眸が顕になり、メンヘルの目がエクレアに向けられる──だが、エクレアは咄嗟に顔を背け彼女と視線を交わすことを避けていた。

「──驚いたわね。それは偶然かしら?」

 エクレアの判断にメンヘルが薄笑いを浮かべ問いかけた。

「残念。さっき助けた冒険者が気絶する寸前口にしたのよ。瞳ってね。最初は意味がわからなかったけどあんたの様子を見てピンっときたわ」

「──あの女ね。全く。勘のいい女は厄介よね。さっさと始末しておくんだった」

 そう答えるメンヘルの目が一瞬とても冷ややかなものに変わった。そしてエクレアをジッと見ながら妖艶に微笑んだ。

「ま、いいわ。どちらにしても私には手駒が沢山あるもの」

「「「「「「「「うぉおおぉおぉぉおおおお!」」」」」」」」

 メンヘルの発言に反応するように正気を失った冒険者が現れ、エクレアに襲いかかった。数的には圧倒的に不利な状況──。

「ハァアアアァアアアアア!」

 しかしエクレアは雷を纏った鉄槌を振るい、群がる冒険者をあっという間になぎ倒した。

 もちろん気絶程度に収まるよう加減をしてだ。それがそのままエクレアの実力の高さを物語っていた。加減して戦うというのは全力で戦うよりも余程難しい。

「ふ~ん。やっぱりギルドマスターの娘というだけあって少しはやるのね」

「あんたに褒められても嬉しくはないわね」

 エクレアはメンヘルに視線を合わせないようにしながら答えた。

「あらあら。そんなに私の目を見るのが怖いのかしら?」

 メンヘルの挑発じみた声が届くが、それでもエクレアは彼女を見ることはなかった。

「下手な挑発をしても無駄よ。私は絶対にあんたの目なんて見ないんだから」

「そう。それならそれでいいけど──それで戦えるのかしら、ね!」

 シュシュッと風を切る音を残しエクレアの肩に二本の針が刺さった。

 痛みにエクレアの顔が歪む。

「くっ!」

「あら残念。あなたさっきから私の足元ばかり見ているからそうなるのよ? それと一つ忠告してあげる。私に戦える力がないと思ったなら──大間違いよ!」

 メンヘルが華麗なステップを披露し、素早い動きで縦横無尽に動き回った。

「どう? これでもあなた私の目を見ないで戦える? 人はね、目からも様々な情報を得ている。それを自ら封印するなんて、好きにしてくれって言っているようなものよ」

 エクレアを翻弄するように駆け回りながらメンヘルが針を飛ばしてくる。

 エクレアはなんとか避けようとするが素早い動きに翻弄され全ては避けきれない。

「くぅ!」

 苦悶の表情を浮かべるエクレア。肩を押さえ若干息も荒くなってきている。

「苦しそうね。もうわかっていると思うけどその針には毒が仕込んであるわ。いずれ毒が回ればもうあなたは終わりよ」

「そう。でも決して強い毒じゃない! 武芸・らいげきつい!」

 エクレアが跳躍しメンヘル目掛けて鉄槌を振り下ろす。ヘッドが捉えたのは地面だった。一緒に雷も生じたが、既にメンヘルは範囲の外だった。

「残念だったわね。どんなに強力な攻撃も当たらなければ意味がないわ。雷と鉄槌を組み合わせたところで私の紋章には敵わない」

 口元に細い指を添えメンヘルが言った。自信ありげな妖艶な笑みを湛えている。

「……その紋章の力って、相手を見て狂わせることでしょ? あんたの身体能力が高い理由にはならないわね」

 自信をのぞかせるメンヘルに対抗するように、エクレアが彼女の能力について指摘した。紋章によって得られる属性は一つ、これが原則だ。

 黒い紋章であってもそれは変わらない。属性に沿った武芸や魔法は取得可能だが、属性と全く異なる力が身につくことはない。

「そうね。こっちは私の本来の力かしら」

「それも違う。もし本当に戦える実力があるなら、暴徒化した連中と一緒にあんたも戦えばいい。見ててわかったけど、どれだけ正気を失った相手でもあんたを攻撃しようとしてないからね」

 メンヘルの答えをエクレアが一蹴した。

「……だから何?」

 エクレアの態度にメンヘルが眉を顰めた。態度に変化が見られ明らかに苛立ちを覚えている。

「つまりあんたは本当なら自分では戦いたくないタイプ。戦闘方法も毒でチクチクやっているあたりから見てそれは明白よ。実力がある? 違うわね。きっとスキルジュエルの力でも借りているんでしょう? そうやって何かの力を借りなければ、ろくに戦うこともできない。本来のあんたはただの弱虫よ」

「──減らず口がすぎるわ、ね!」

 エクレアが煽るように語ると、初めてその顔に怒りを滲ませメンヘルがエクレアの懐に飛び込んだ。手には針ではなくてナイフが握られていた。

「視界を制限されたお前に私が負けるわけないでしょうが!」

「くっ!」

 接近してもスキルによって強化されたと思われる身体能力でエクレアを撹乱し、メンヘルが絶え間なく攻撃を続ける。エクレアは一見すると防戦一方だった。捌ききれないナイフの斬撃がエクレアの肌に細かいキズを残していく。しかもエクレアは壁際まで追い詰められていた。

「あらあらいい顔ね。言っておくけどこのナイフにも毒の効果はある。そろそろ体の自由も利かなくなってきたかしら? これで終わりよ!」

 興奮したメンヘルがナイフを振り上げたそのとき、エクレアが加速し瞬時に位置を入れ替えた。その結果逆にメンヘルが壁に追い詰められることとなる。

「かかったわね。この位置なら見なくても関係ない! はぁああぁあ! 武芸・らいげきつい

 そしてエクレアの鉄槌が振り下ろされ、激しい雷も生じ目映い光が溢れた。

「──掛かったわね」

「え?」

 しかし光が収まり聞こえたのはメンヘルの声。その身はエクレアの背後にあった。不敵な笑み。そしてその手がエクレアの頭を掴み強制的に顔を上げさせた。

 そんなエクレアの正面にもまたエクレア本人とメンヘルの姿。

「あなたの言う通りよ。私はスキルジュエルの力を利用している。これはその中の一つ、鏡面化。触れた場所を鏡に変えるの。あなたまともに戦っても私の目を見てくれないんですもの。でもね、私の力は鏡越しでも適用される。残念、惜しかったわね──」

「う、ウアァアアァアアァア!」

 メンヘルの策略にハマり、エクレアは遂にメンヘルの目を見ることとなった。悲鳴のような狂気に満ちた声を張り上げるエクレアと薄笑いを浮かべ勝利を確信するメンヘル。

「壁に追い詰めたことで勝った気になったのが敗因ね。逆に私がそう誘導していたとも気づかずに。フフフッ」

 雄叫びを上げるエクレアを見ながら満足げに微笑む。これで手駒が増えたとメンヘルは考えているようだった。

「ア、アアァアアアアアァア!」

「なッ!?

 しかしその思惑とは裏腹にエクレアは振り向きざまに鉄槌を振り回す。メンヘルが驚き飛び退いた。

「チッ、手応えがないわね!」

「クッ! どういうこと? あなた私の目を確かに見たわよね! 私の力はたとえ鏡を通していたとしても通じ──」

「でりゃあああ!」

 不可解そうに叫ぶメンヘルを無視してエクレアが鉄槌を更に振り回した。だがそれはメンヘルを捉えるどころか、目標も定めずやたらめったら振り回すという、捉えどころのない行動であった。

「どりゃりゃりゃらやぁ!」

 更に今度はエクレアが鉄槌でむやみに地面を殴り始めた。そちらこちらにボコボコと窪みが作られていく。その様子に唖然となるメンヘルだったが、やがて理解したように薄笑いを浮かべ口を開く。

「──そうか。そういうこと。あなた、さては自分が起こした稲光で自らの目を眩ませたのね。だから私の目を見なかった」

 得心がいったような顔を見せるメンヘル。髪を掻き上げ険しい顔でエクレアを見た。

「だけど、とんだ愚策ね。視線を逸らすだけならまだなんとか私を追えたかもしれないけど、完全に見えないのではそれも無理。その証拠にさっきから意味もなく道路ばかり叩いているじゃない」

「はあぁああ、あッ!」

 メンヘルの言うようにエクレアはまるで目標も定めず道路だけを狙って攻撃しているように見える。

 更にエクレアは突如足をもつれさせてそのまま転んでしまった。手が窪みに溜まった水に入りパシャンっと飛沫が上がった。

「はぁ、はぁ……」

「あらあら無様ね。息も荒いしどうやらやっと毒が回ってきたようね」

 勝敗は決したと考えたのか、メンヘルが余裕たっぷりに言葉を続ける。

「随分と持ちこたえたようだけどあなたもおしまいよ。目を見ようが見まいが結果は同じ」

「…………」

 メンヘルが話している中、エクレアは言葉を発することもなく、濡れた自分の手を掲げていた。

「……水たまりね。さてはあなた、デタラメな攻撃で水道管でも傷つけたわね。滑稽ね。結局あなたがやったことはただ町の大事な設備を壊しただけ」

「あはっ、あはは!」

 得意げに語るメンヘルだったが、突如エクレアが笑い声を上げた。怪訝そうにメンヘルが眉を顰める。

「何よ突然。気でも触れたのかしら?」

「ハハッ。残念、私は正気よ。確かにあんたの言う通り毒が回ってきている。恐らくこのハンマーを振れるのもあと二回が限度かしら」

「呆れた。その二回で私を倒せるとでも?」

 ため息交じりにメンヘルが問う。一方でエクレアの顔には自信が漲っていた。

「その通りよ。さぁまずいっぱーーーーーーつ!」

 エクレアが鉄槌を思いっきり振り下ろす。そのときだった。ドゴォオオン! という音と共に地面から水柱が上がった。エクレアが狙ったのは水溜まりになっていた地面──。

「は? 水が──まさかあなた! 水道管を? だけど一体どういうつもり? それで何が変わるっていうのよ」

 メンヘルにはエクレアの行動が理解できなかった。そして水道管が破壊されたことで道路にみるみるうちに水が広がっていく。

「……こんなのただ私の足を濡らしているだけじゃない。全く、くるぶしまで水に。何よこれ嫌がらせのつもり?」

 嫌気がさしたように表情を曇らせるメンヘル。その声を耳にしエクレアがため息交じりに返した。

「そうでしょうね。あんたはその程度の認識しかない。だってあんたは臆病だから。自らの手を汚さず他人の手を借りる戦い方しか知らないから。だからあんたは気づけない。仲間の戦いすら見てなかったあんたはね!」

 エクレアが堂々と言い放った。メンヘルの表情が曇る。

「チッ、何それ? それで私を非難しているつもり? 戦いはね、勝てばいいのよ!」

 眉間に皺を寄せメンヘルが言い返す。エクレアは鉄槌を握る力を強めた。

「その点だけは同意してあげる。そう、戦いは勝てばいいのよ。こうやってね! 武芸・雷神槌トールハンマー!」

 エクレアの大技が炸裂した。それはメンヘルにとっては奇妙な光景に映ったことだろう。

「呆れた。そんな何もないところでなんの意味がァ、キ、キャアアアァアアアアアアァアアッ!」

 メンヘルの悲鳴がこだまする。エクレアの武芸によって発生した電撃が水を通してメンヘルを感電させたからだ。

 そう、メンヘルは知らなかった。自分の能力で手駒を増やすことばかり考えていた彼女は、ライアーが同じ方法でやられたことも知らずにいたからだ。

 メンヘルのが白目をむきプスプスと煙を上げ水の中に倒れた。バシャンッという音を聞き届けたのかエクレアが安堵したように微笑む。

「か、勝ったの、ね──フフッ、これもネロのおかげ、ね」

 天を仰ぎそう呟いた後、エクレアもまたその場に倒れた。このやり方は彼女にとっても諸刃の剣だった。

 水は彼女の足元にも溜まっていた。つまり自らの電撃はエクレア自身にもダメージを残す。その上、武芸・雷神槌トールハンマ─は消耗が激しく、本来なら一日二回が限度の大技だ。しかしそれを今日エクレアは三度使用した。メンヘルを完全に倒すには必須と考えたからだろうが、毒の回った体では更に負担が大きくなる。

(もう指一本動かせないや。参ったな、このまま賭けに負けたら、私、死んじゃうのかな──)

 そう心の中で呟き僅かに笑う。自虐的な笑みだった。

(でも、町と皆を救えたからいっか。あぁ、でも、……やっぱり生きていた──)

「エクレアーーーー!」

 そのとき、彼女の耳に飛び込んできたのは、駆けつけたセレナの声だった。

 その声によってエクレアは安堵した。そう彼女はセレナが来てくれることに賭けていた──。

 こうしてエクレアは後をセレナに託し意識を手放すのだった──。



「グオオォオォオ!」

「鎖が!」

 サンダースを縛めた水の鎖が千切られてしまった。とんでもないパワーだ。

「くそ! 厄介だなこいつは!」

「でも、ここで止めないと──ギルドマスター自身が被害を広げたなんてことになったら責任重大だよ!」

 もちろん黒い紋章持ちによって正気を失っていたという理由はあるかもだけど──でも、もし自分が暴走したから多くの人々が傷ついた、なんてことになったら、サンダース自身が自分を責めてしまうかもしれない。

 みんなの話を聞く限り、他の冒険者が食い止めてくれたおかげでまだサンダースは一般人には手を出していない。

 ここでなんとしてでも止めないと。だけど完全に止めるには力を使った相手を見つけて倒さないといけないだろう。

「──こうなったら仕方ねぇ」

 そのときガイが剣を手に構えを取った。あの構えってまさか!

「ガイ──勇心撃を使うつもり!?

「あぁそうだよ。今完全にマスターを止めるにはこれしかねぇだろう。ネロ。テメェも躊躇してんじゃねぇ! マスターだっていざとなったら覚悟ぐらいできているだろうが!」

 ガイが言う。そうなのかもしれない。それにマスターなら僕たちの技や魔法を受けたって死ぬことはないかもしれない──でも。

「もう少しだけ、待って! それまで僕が食い止めるよ!」

「は? 食い止めるって、お前にこれ以上何ができるってんだよ!」

 ガイが叫ぶ。確かに水の鎖でも止めきれなかった。再度使ったところで大した時間稼ぎにならないだろう。だけどサンダースにもしものことがあったらエクレアが悲しむ。

 どうしても脳裏に彼女の顔が浮かんでしまった。だからサンダースが元に戻るのを信じて、今はマスターの動きを封じるのに力を尽くす。

 でも鎖で駄目ならどうする? 相手の身動きを封じるために、罪人なら牢にでも入れておくんだけど……、牢?

「そうか! 閃いた! 水魔法・すいほうろう!」

 頭の中のイメージが魔法によって具現化する。サンダースを囲うような水の泡が生まれた。これによってサンダースは泡の中に完全に閉じ込められる。

「あ──」

「スピィ!?

 サンダースの動きを封じたのを認めた瞬間、力が抜けたように膝が崩れた。スイムの驚きの声が聞こえた。頭がフラつく。しまった魔力が大分減っている──。

「このバカ野郎が。閃いたばかりの魔法は消費が激しいと話したばっかだろうが!」

 僕の肩をガシッとガイが掴んだ。そのまま肩を貸してくれたおかげで僕は倒れずに済んだ。

「ご、ごめん。ありがとう……」

「チッ。なんで使えねぇはずのお前がこんな無茶ばっかしやがんだよ。少しは自重しろ!」

「ご、ごめんなさい」

「軽々しく謝ってんじゃねぇぞ!」

「えぇ!」

「スピィ~♪」

 なんか怒られてばっかりで一体どうしたらいいの? って感じだけど、スイムがガイの肩に飛び移って頬ずりしていた。

 僕に肩を貸してくれているからスイムもガイのことを恩人だと思ってくれているんだね。

「ぐっ……」

 ガイが戸惑っている。そしてちょっと頬が赤い。

「あれ? もしかして照れている?」

「て、照れてねぇよ! ざけんな!」

 はは、やっぱり照れている。でも、問題はサンダースをこの魔法でどれだけ閉じ込めておけるかだ──。

「おい。暴れていた連中が大人しくなったぞー!」

 そのとき、僕たちの耳に喜ばしい報告が届いた。皆が正気に戻っている──ということは?

「──チッ、どうやら俺としたことが馬鹿やっちまったみたいだな」

 水の牢の中でマスターが口を開いた。目つきにも意志が宿っている。

「マスター! 良かった、戻ったんだね」

「クソが! やっと戻ったのかおせぇんだよ!」

 ガイは相変わらず悪態をついているけど、でも良かった。エクレア、それにセレナ、二人ともうまくいったんだね──。

「俺の内側では自分が正気を失っていることが感覚的に理解できていた。なんとか抜け出そうと抗ったんだがな……情けねぇ」

 冷静さを取り戻したサンダースがこれまでの状態を語ってくれた。その表情には悔恨の色が窺える。

「それにしてもネロ。驚いたぜ。まさか俺の雷が効かねぇなんてな」

 そうサンダースが言った。確かに僕の純水で雷は防いだけどそれがわかっているなんて。でも、今思えば一瞬見せたあの戸惑いの反応は、意識の根幹で彼が抗っていた証拠だったのかもしれない。

「ガイも色々動いてくれたんだな。全く。お前が追放したネロと協力するとはな」

「ざけんな! 今回だけ仕方なくだ仕方なく!」

 ははっ、ギルドマスター相手でも態度を変えないあたり、流石だよねガイは。

「んなことよりおっさんはテメェのやれることをやりやがれ! おいネロ行くぞ!」

 ガイが僕を呼びつけ踵を返した。

「え? 行くって?」

 その言動に思わず理由を聞いてしまう自分がいる。

「セレナとてめぇんとこのエクレアって女を探すに決まっているだろうが! さっさとしろ置いてくぞ!」

 確かに二人のことは気になっていた。ガイもちゃんと気にかけてくれていたんだね。

「あ、うん! それでは」

「あぁ。後はこっちでなんとかする」

 僕はサンダースに一旦ここから離れることを伝え、その場を離れた。

「ガイ、ネロ! 良かった、無事だったんだね」

「あ、フィア」

「ふん。テメェも無事だったか」

 移動途中でフィアが姿を見せた。ガイの口調は変わらずだけどどこか安心しているような雰囲気がある。

「他の冒険者が来てくれてみんなが正気を取り戻したって教えてくれたの。だからみんなのことも気になってね。後はお願いしてきたわ」

 そういうことなんだね。フィアがスイムを見ていたから近づけてあげたら嬉しそうに愛でているよ。

「はぁすっごく癒やされるぅ」

「スピィ~♪」

 スイムも撫でられて気持ちよさそうだね。そして僕はフィアにこれからエクレアとセレナを探しに行くことを伝えた。

「そうなんだ……あ、そういえば何か向こうで水道管が壊れているかもって話を聞いたけど、関係あるかな?」

 そうフィアが教えてくれた。水道管──確かに町では水を各家庭に運ぶために管が敷設されている。

 なんとなく、それが二人と関係ありそうな気がした。

「うん。そこ行ってみよう」

「スピィ~!」

「それならこっちよ」

 僕たちはフィアの案内で水道管が壊れたという場所に向かった。話に聞いていた通りで道路はすっかり水浸しになっていて、女性が一人縄で縛られて倒れていた。目隠しもされている。

 ところどころ肌が黒いし、これは、感電している? それに手の甲には黒い紋章──。

「間違いない。この人が敵の仲間の一人だ。黒い紋章があるもの」

「スピィ~!」

「マジか。チッ、俺にはさっぱり視えないぜ」

「私もなのよねぇ」

 そう、黒い紋章は彼らの仲間内か、僕とエクレア、それにスイムにしか視えてない。

 スイムはなんとなく視えているんじゃないかなって憶測でしかないけどね。

「みんな! こっちこっち!」

 セレナの声が聞こえた。少し離れた場所から手を振って呼びかけてくれている。

「──無事だったんだな」

 セレナのもとへ急いだガイが安堵した顔で語りかけていた。

 セレナの側には傷ついたエクレアと、もう一人胸当てをした女性の姿。女性は冒険者かな。随分と憔悴しているけど意識はあるみたい。

「私は大丈夫。それよりエクレアの方が大変で、私の魔法で一命は取り止めたけど魔力が足りなくて、完全には」

「す、すまない。どうやら私の治療で随分と魔力を使わせたみたいだ」

 胸当てをした女性が謝っていた。どうやらあの女との戦いで大分傷ついていたらしい。

「謝らないでください。それにあなたのおかげで目を見るのが危険だとわかったのですから」

 セレナが言う。目、そうか、それでさっきの黒い紋章持ちは目隠しされていたんだ。

「とにかく魔力の回復を待つかすぐにどこかに運ぶか……」

「それなら僕の魔力を使って!」

 セレナの発言を聞いて、いても立ってもいられなくて僕は叫んだ。

「お、おい、お前だって魔力が」

「そんなこと言っている場合じゃないよ! セレナ口を開けて」

 そして僕はセレナに魔力給水で魔力を込めた水を与えた。これでエクレアが助かるなら──。

「ありがとうネロ。これなら魔法で治療を施せる」

「そう、よか、た──」

「お、おいネロ!」

 あ、あれ? 安心したからかな? 急に意識が遠のいて──。

「ちょ、ネロ! しっかりしてネロ!」

「スピィ~!」

 あぁ、ごめんみんな──僕なんだかとっても眠いんだ……。



 う、う~ん──なんだか頭が重い。体を起こして頭を振った。えっと。そういえばセレナに魔力水を直接与えてから頭がくらくらして、そのまま気絶しちゃったのかな?

「スピィ~!」

「あ! スイム? て、ベッドの上?」

 どうやら僕はどこかに運ばれてベッドに寝かされていたようだ。スイムは枕の横で僕を見守ってくれていたみたい。

「スピッ! スピィ~!」

 ベッドから体を起こした僕の胸にスイムが飛びついてきてプルプルと震えた。僕が目を覚ましたのを見て喜んでくれているようだね。なんだか心配かけちゃったのかも。

 スイムの頭を撫でてあげていると、ガチャッと正面の扉が開いてエクレアが姿を見せた。

「エクレア! 良かった無事だったんだね!」

「ネロ! それはこっちのセリフだよ! セレナが魔法で治療してくれたけど、気がついたら逆にネロが倒れているんだもん!」

 エクレアが近づいてきて、大丈夫? と顔をのぞき込んできた。凄く近いです……な、なんか顔が熱くなってきた。

「顔赤いよ、大丈夫?」

「だ、大丈夫。それより僕どれぐらい寝ていたの?」

「えっと。ね。一昨日の夜倒れて今はもうお昼になるところだよ」

 ということは倒れてから丸一日眠ってしまっていたわけだね。

「ネロ──目が覚めたのですね」

「良かったぁ。もう心配したんだからね!」

「チッ、だからお前は駄目なんだよ! 面倒かけやがって!」

 今度はセレナとフィアとガイが入ってきた。フィアは僕を見て良かったと胸を撫で下ろしていた。

 セレナも微笑みかけてくれているけど、ガイはいつも通りでなんだか逆に安心しちゃったよ。

「──フィアも心配してたみたいだしな。テメェは自分がひ弱だって自覚しやがれ!」

「えぇ! こ、これでも少しはたくましくなったかなって」

「どこがだボケナスが! テメェは魔法系だろうが! 肉体的には俺に劣るんだからな! よく覚えておけ阿呆が!」

「あ、はい──」

 流石にガイを引き合いに出されると……肉体的な強靭さだと僕はやっぱり見劣りする。

「ま、そのために私がいるようなものだけどね。ネロは私が守るんだから!」

「いや、参ったなあ。はは……」

「守るなんて言われてヘラヘラ笑ってんじゃねぇ!」

 ガイにまた怒鳴られた……なんかガイには怒られてばっかだよ。

「スピィ?」

「え? うん。もちろんスイムも頼りにしているよ」

「スピィ~♪」

 スイムが僕の肩に戻ってすり寄ってきた。本当甘えん坊さんだね。

「はは、どうやら元気になったようだね」

「あ、神父様!」

 部屋に神父様が顔を見せた。それでようやくわかった。ここって教会に備わった部屋なんだね。

「神父様、無理を言って申し訳ありませんでした」

 セレナが神父様にお礼を言っていた。そうか彼女が頼んでくれたんだね。生属性の紋章持ちだから、教会には顔が利くのかもしれない。

「いえいえ。ネロにはいつも水を提供してもらってお世話になっているし、何よりセレナ様のお願いとあってはね」

「うん?」

 神父様の呼び方が少し気になった。様付け?

「神父様! 私のことはどうか普通に……」

「あっと。そういえばそうだったね。うっかりしていたよ」

 セレナに言われ神父様が手を口に持っていきハッとした顔を見せた。