
ダンジョンを出て僕たちは順調に町に戻ることができた。途中で全く魔物に出会うことがなかったのがびっくりだったけど、何か戦ったような痕跡が道中いくつかあったんだよね。
誰か他の冒険者が通って魔物と戦ったのかもしれない。魔物も強い人間がいるとわかるとしばらくその周辺に近寄らなくなることがあるからね。
「何とかダンジョン攻略できたね」
「うん。途中、トラブルはあったけどね」
「スピィ~」
スイムも安堵しているように思えるよ。ダンジョン攻略に関しては初対戦となるボスを倒した場合はギルドに報告する義務があるから、そのときにハイルトンのことも伝えることになるね。
戻ってくると空は茜色に染まっていた。はぁ、なんだか町に戻ってきたらちょっと気が抜けたかな。いけないいけない、報告までが冒険とギルドでも言われているからね。
「ギルドに向かおうか」
「うん」
「スピ~」
三人で冒険者ギルドに向かうことにする。スイムはエクレアが抱えて歩いていた。
通りにはこの時間結構人が多い。人々の話す声も自然と耳に入ってくる。
「今日の夕食は何にしようかしら?」
「新しい本が欲しいな」
「最近景気はどうだい?」
「今回はここで仕事か」
「あぁ。大事な仕事だ、慎重にな──」
あれ? 僕はふと違和感を覚え後ろを振り返ってしまう。
「ネロ、どうしたの立ち止まって?」
エクレアが不思議そうに聞いてきた。ギルドに向かうと言っているのに逆方向を向いて立ち止まってしまったらおかしいなと思うかもしれない。
「う、うん。ごめん、ちょっと!」
「え? ちょ、ネロ!」
「スピィ!」
それでも気になって仕方なかった。それはマスターの言っていたことを思い出したからだ。
「あ、あの!」
エクレアとスイムの呼び止める声を置き去りに、通りですれ違った二人の男性に走って追いつき声を掛けた。二人の内一人はローブ姿で細い目をした男性。もう一人はシャツにズボンといった出で立ちで鍛え上げられたガッチリとした体つきで鍬を肩に担いでいる。
「うん? どうかしたかい?」
最初に反応したのは目が細い温厚そうな人だ。黒い髪が肩まで伸びている。
「なんだ若い魔法師か」
次に反応したのはガッチリ体型の鍬を担いだ男性。どことなく訝しそうにしていた。
「あ、その、実は自分紋章マニアで」
「は? 紋章マニア?」
声を掛けておいて何も考えてなかったことに気がついた。咄嗟に適当なことを言ってしまっている自分がいる。
「そ、そうなんです。それで今チラッと見えた紋章が素敵だなと思って。良かったら見せていただいてもいいですか?」
うわぁ我ながら酷い作り話だよ。初対面でこんなこと言われて普通に引かれるんじゃ……。
「はは。変わった子だね。だけど僕たちの紋章なんて何の変哲もない風と鍬の紋章だけどそれでもいいのかい?」
二人が前もって紋章について教えてくれた。確かにそれだけ聞くと普通なんだよね。
「あの、お、お願いします」
だけどそれでも気になって聞いてしまった。細い目の男性がニコリと微笑む。
「まぁいいよ。こんなもので良ければいくらでも見なよ。な、ガル?」
「……ふん」
そして二人があっさりと手の甲を見せてくれた。だけどそこには二人が言っていたように普通の紋章が刻まれている。
「今も言ったけど僕のはただの風の紋章さ。これがそんなに珍しいかな?」
確認するように細目の男性が聞いてきた。
「俺なんて鍬だぞ。農業にしか役立たない紋章だ」
もう一人の肉体派といった感じの男性は自虐的に答え肩を竦めている。
この二つの紋章──確かに珍しいタイプではないけど僕が知りたいのはこれじゃない。
「あ、ありがとうございます」
僕は一応お礼を言っておいた。その上で再度話を切り出す。
「あの、逆の甲も見せてもらっても? 気のせいかもしれないですがそっちにも何か見えたような」
そう。僕が見えたのが間違いじゃなければ確かにあるはず。だから確認したかった。
「うん? いやこっちには何もないぞ?」
「あぁ俺もだ」
二人は断ることもなく、そう前置きした上で逆側の手の甲も見せてくれた。
そしてそこには確かに何も、ない?
「あれ……」
「ねぇネロ。いきなりどうしたのよ」
「スピィ」
僕が戸惑っていると追いかけてきたエクレアから声が掛かった。彼女の肩に乗っているスイムも不思議そうにしている。
「ごめんねエクレア。ちょっと紋章が気になったんだ。あ、おかげで参考になりました」
エクレアに謝罪しつつ、二人にもお礼を言った。それにしても見間違いだったかな?
「ま、別にいいさ。それにしても坊主。可愛い彼女連れで羨ましいな」
「え? か、彼女!?」
「そ、そんな彼女だなんて」
「スピィ?」
いきなりそんなこと言われて慌てちゃったよ。エクレアも顔を真っ赤にさせて戸惑っているし!
「エクレアというのかい? 可愛い名前だねぇ」
「あ、えっと。そうなんです。彼女も僕も冒険者でそれでパーティーを組んでてその──」
二人からの不意打ちに僕も戸惑ってしまって返しがしどろもどろになってしまったよ。
「はは。なるほどなるほど。初々しいな」
「しかし二人して冒険者とは若いのに勇ましいもんだ。ま、今後も頑張るんだな」
「は、はい。ありがとうございます」
そして二人は僕たちに労いの言葉を掛け手を振って去っていった。
「その、エクレア。ごめん。気を悪くしなかった?」
「え? いや、その、別にそんな、悪い──気も……」
悪い気もか……もしかしてやっぱり迷惑だったのかな……。
「それよりネロ。どうしてあの二人に声を掛けたの?」
「スピッ」
エクレアが話題を切り替えてきた。スイムも理由を知りたそうだ。
「実はちょっと気になることがあったんだけど気のせいだったみたい」
「そうなんだ。フフッ、ネロも結構早とちりよね」
「スピィ~」
エクレアがくすっと笑っていた。スイムも、そうなんだ~といった雰囲気を醸し出している。
う~ん早とちりか、確かにそうだったかもね。実はどちらかわからないけど黒い紋章というのがチラッと見えた気がしたんだけどね……。

「あの女がギルドマスターの娘。エクレアか」
「あぁ。今回のターゲットの一人だな」
二人組の男が場所を変え密かに話し合っていた。会話には先程声を掛けてきた少年と一緒にいた少女の名前も上がっていた。
「後は勇者の紋章を持つガイというのがそうだな」
「そっちはパーティーごとやる必要があるだろう」
二人の密かな話は続く。
「だがもう一人の魔法師──まさか俺たちの紋章が視えていたのか?」
「そんな馬鹿な。これは同じ紋章を持つ者同士にしか視えない。だがあいつの手にはあったのは無能な水の紋章だったぞ。まさかお前の能力みたいなのでごまかしているわけじゃないだろう?」
話しながら片方の男が怪訝そうな顔を見せていた。
「わからないが、念のため偽装しておいたのは正解だったかもな」
もう一人の男が右手の甲に指を添えると黒い紋章が姿を見せる。
「だがもし、これが視えるとしたら組織でも面倒なことになる。どうやらトール家のエクレアと行動を共にしているみたいだしな。一緒に片付けてしまうか」
「ハッ。ま、所詮水属性の雑魚だ。どうとでもなる。あいつも準備を進めているわけだしな──」
そして二人組の男は人混みの中へと消えていった──。

その足で僕たちは冒険者ギルドに戻ってきた。
「二人共おかえり。無事で良かった~。それで、初めてのダンジョン攻略はどうだった?」
説明するためにカウンターに向かうと、フルールは何故かちょっとワクワクした顔で聞いてきた。
ただ、今回の攻略は色々なことが重なりすぎて説明するのも大変かもしれない。
「実はただの攻略では終わらなくて……途中でアクシス家からの妨害が入ったのです」
元自分の家のことだけに、身内の恥を晒すようなものだけど放置してはおけない。僕とエクレアはダンジョンで起きたことを要約してフルールに聞かせてあげた。
「う、嘘。そんな危険なことがあったの!? それにアクシス家って、えっと。どうしよう頭がこんがらがるよ~」
「おう。戻ってたのか。で、どうだった? てかネロ! おまえ娘に手ェ出してねぇだろうな!」
フルールが目玉をグルグルさせていると、タイミングよくマスターのサンダースが顔を見せてくれた。良かった、マスターにも説明しておいた方がいいとは思っていたんだ。
「もうパパ。それどころじゃなかったのよ。私ダンジョンで危なかったんだから!」
エクレアが若干苛立った顔で声を張り上げた。いや、でもその言い方ってなんか嫌な予感が……。
「……ほう。ネロ、ちょっと来い。娘についてお・は・な・し、しようか」
サンダースが拳をポキポキ鳴らしながら僕の首根っこを掴んだ。やっぱり誤解を受けた! まずいこのままじゃなんだかよくわからないけどただでは済まないぞ!
「パパ。何を勘違いしているのよ!」
「スピッ、スピィ!」
ずるずると僕を引きずっていこうとするサンダースに、エクレアとスイムが誤解だとアピールしてくれた。サンダースが小首を傾げて口を開く。
「勘違いって、こいつがダンジョンで二人きりなのをいいことにお前を襲ったんだろう?」
「だから違うんだってば! そうじゃなくて私もネロも襲われた方!」
「あん?」
そして僕たちはサンダースに言われてマスターの部屋で事情を話すことになった。
「はぁ……何か隠しているなと思ってたが。まさかネロ、お前がアクシス家の人間だったとはな」
「あ、いや。それは元で今は追放されてしまっているので……」
僕が家名を名乗らなかったのは、追放され、アクシスの名前を使うのは禁じられていたからだ。
向こうからしても、もう僕はいなかったことになっているわけだし、敢えて伝える必要もないと思ってたんだけどね……。
「まぁ冒険者ギルドはよほどのことがない限り過去の詮索はしない決まりだ。それ自体でどうのこうの言うつもりはねぇよ。だが追放しておいて殺しに来るとは穏やかじゃねぇな」
腕を組みサンダースが真剣な顔で語る。
「おまけにうちの娘まで狙うとはな。絶対に許しちゃおけねぇが──そのハイルトンって執事には逃げられたんだろう?」
サンダースに問われた。ここは素直に答えるべきだろう。
「はい……申し訳ないです」
「だから謝ることじゃねぇ。盗賊雇って襲ってきたのは向こうなんだろう? で、その盗賊の所持品は持ってきたわけだ」
「はい。それは回収してます」
何かしら証拠になってくれるといいんだけど。
「わかった。じゃあそれは後で受付で預けておいてくれ。それとこれから調査部を動かして二人を襲った盗賊の死体がある場所に向かわせる。まぁ魔物に食われている可能性も高いが、何かしらアクシス家に繋がる物が見つかるかもしれねぇしな。当然冒険者ギルドからもアクシス家には追及させてもらうがな」
「流石。やっぱりパパはこういうときに頼りになるわね」
「へっ、別に大したことじゃねぇさ」
エクレアに褒められてサンダースもまんざらじゃなさそうだね。
「ただし、簡単ではないことも確かだ。娘狙われて頭にきているのも確かだが、アクシス家は魔法師の家系として名を馳せている名門だ。そう簡単に切り崩せるもんじゃねぇ。相手が素直に認めるとも思えないしな……」
確かにそれはそうだと思う。自分で言うのもなんだけど、僕が育ったあの家は兄弟姉妹含めて曲者揃いだからね──。
アクシス家は有力貴族の一つだ。自分が育った家だし、これは幼い頃から両親にも言われ続けた。
それだけ様々な場面で顔が利くのも家の強みだろうね。冒険者ギルドとはいえ、アクシス家に刃を向けるのは容易でない……我が家ながらとんでもないよ。
「ま、まずは調査だな。とにかくこっから先はこっちに任せておけ。ネロ、お前は狙われている当事者なわけだしな。今後は身の回りには気をつけることだな」
「ネロのことは任せてよパパ!」
サンダースに注意を促されるとエクレアが胸を叩いて頼りがいのあるセリフを口にした。守られる方として見られるとは、なんだか男としてはちょっと情けなくも感じる。
「──エクレア。ネロとは今後もパーティーを続けるつもりなのか?」
「当然よ。パパだってこんなことでやめるなんて言ったら逆に怒るでしょ?」
エクレアからの不意打ちにサンダースが苦笑いを見せた。
「たく。そういうところは女房そっくりだな。あいつも負けん気が強くて譲らねぇ性格だからな」
「ついで頑固なパパの血も引いているしね」
えっへんと胸を張るエクレア。サンダースがやれやれと頭を擦った。
「ま、娘の言うことにも一理ある。そもそも冒険者なんてもんは危険がつきものだからな。だけどなネロ──わかっているな?」
「は、はい」
「スピィ?」
サンダースの眼力が凄い。エクレアに手を出したら許さんぞといった殺気さえも感じるよ。
もっともエクレアが僕なんて相手するわけないし、手なんて出したらその時点でエクレアに殺されそうだしね……。
「ネロってば何か失礼なこと考えてない?」
「そ、そんなことないよ」
「本当かなぁ~? スイムはどう思う?」
「スピィ~♪」
エクレアがスイムを抱えて撫でながら聞く。スイムもエクレアに構われるのが嬉しいみたいだね。
「ま、こっちの話は以上だ。後はダンジョンのことがあるだろ? 受付で対処してくれるだろうさ」
「はい。それでは失礼します」
ハイルトン絡みのことがメインになったけど本来の目的はダンジョン攻略だった。
当然攻略した部分まではしっかり報告しないとね。
「あ、パパ。今日はネロとご飯食べてくるから夕食はママと二人っきりで仲良くね」
え? と思わずエクレアを見た。夕食について初耳なんだけど……。
「う、うるせぇ。てか二人っきりでかよ!」
なんかサンダースの荒ぶる声が。僕を見る目も厳しいよ。
「スイムも一緒だも~ん」
「スピィ~♪」
サンダースの問いかけにエクレアがスイムを抱きしめて答えた。スイムもご機嫌だね。
「えっと。そんな話してたっけ?」
ただ食事の約束はしてなかったからエクレアに質問した。
「えぇ~? 折角パーティーを組んで初めてのダンジョン攻略したのに祝勝会もしないつもり? スイムも一緒にご飯食べたいよねぇ?」
「スピッ♪」
エクレアがスイムを味方につけて僕に訴えかけてくる。うぅ、僕に向けてくる仕草がずるい。
スイムはスイムで可愛いし。
「ほら。スイムもこう言っているよ? ネロ、来ないなら私とスイムだけで祝勝会しちゃうよ?」
「スピ~?」
スイムが一緒に行かないの~? という空気を滲ませてこっちを見ていた。うぅ、なんだかズルいけど一緒に食事できるのはむしろ嬉しい……。
「じゃあ、報告が終わったら行こうか」
「やった♪」
「スピィ♪」
エクレアが笑顔になりスイムもプルプルと震えてご機嫌な様子だ。
「お前ら勝手に話を進めやがって」
「あ……」
そうだサンダースの目の前だった……。
「別に食事ぐらいいいでしょ?」
「……チッ、仕方ねぇか。だけどなネロ、わかっているな?」
「も、もちろんご飯を食べるだけですから!」
目の前でサンダースが拳をポキポキ鳴らしていた。下手なことしたら殺される……。
「じゃあパパはママと仲良くね」
「だから余計なお世話だっての!」
サンダースはエクレアのママとのことに触れられると照れくさいみたいだね。
そして僕たちは一階に戻ってフルールと話した。
「ダンジョンでいくつか戦利品があって、スキルジュエルっぽい宝石も見つけたんです」
「そうなの? なら素材と纏めて鑑定に掛けるわね」
そして僕たちはスイムから取り出した素材やスキルジュエルを渡した。更に今回のダンジョンは僕たちが初攻略だけあって、特別報酬として一〇万マリン出ることになった。
ちなみにダンジョンを攻略するとギルドカードに記録される仕組みになっている。なんでも、ダンジョンに満ちている魔力の反応で攻略状況が記録される仕組みらしいんだよね。
「やったねネロ。これだけあればちょっとぐらい贅沢しても大丈夫だよ」
エクレアは夕食のことを言っているんだろうね。確かに食事代としては十分だと思う。
「フフッ、二人共随分と仲良くなれたようね。じゃあ素材とスキルジュエルの鑑定は──そうね、今日はもうこの時間だから明日の朝になると思うけどいい?」
確かにもう夕方だしね。ギルドとしても一番混雑する時間だからこれからすぐに鑑定は難しい。
「はい。よろしくお願いします」
「なんのスキルが付与されているか楽しみだね」
「スピィ~♪」
僕が承諾するとエクレアがスイムに向けてそんなことを言っていた。確かにこういうのは何が出るか待っている間も楽しかったりもするもんね。
「それと、ダンジョンでのこともあるからね。町中では流石に大丈夫だとは思うけど、くれぐれも気をつけて。あまり遅くならないうちに切り上げることも考えてね」
「はい。わかりました。心配してくれてありがとう」
「ちょっと過保護な気もするけどね」
「何言っているの。特にエクレアはマスターの娘なんだからね。そういう目で見られるのは嫌かもしれないけど、どうしようもないことだってあるんだから」
「は~い」
フルールから心配もされてしまったよ。でも、確かにそうだね。エクレアは僕を守ってくれると言っていたけど男として僕の方こそしっかり守ってあげないと。
「さ、とにかく今晩はいっぱい飲み食いしよう!」
「スピィ♪」
ギルドを出た後、僕たちは夕食を取るために店を探すことにした。
エクレアとスイムはどこかルンルンとした様子で一緒に歩いている。楽しそうな姿を見ていると、なんだか僕もウキウキした気分になってくるね。
ダンジョンでは僕の家の事情に巻き込んじゃった。エクレアは仲間同士困ったときはお互い様とは言っていたけど迷惑掛けちゃったのには変わりないし……うん。今日は僕の手持ちから出そう。
「あ、あそこなんてどうかな、ネロ?」
巷ではデートのときは男が支払うのが礼儀という話もあるようだし。いや、もちろんこれはデートではないけどね。でも、やっぱり余裕をみせるのもきっと男の甲斐性って奴だよね!
ま、女の子と付き合ったこともない僕にはまだまだよくわからないことではあるんだけど……。
「ちょっとネ~ロ!」
「え? うわ!」
エクレアの顔がひょこっと目の前に現れた。
「もう! どうしたのよ。ぼ~っとして」
「あ、いや。あはは、ごめんごめん、ちょっと考えごとしてて」
「スピィ?」
エクレアが腕を組んで呆れていた。スイムは首を傾げたような仕草を見せているよ。
「あ、もしかして──」
「う……」
もしかして今考えていたことを見抜かれたかな? エクレアも結構鋭いところあるから……。
「街に戻ってきたときにすれ違った二人のことまだ考えているの?」
「え?」
エクレアから指摘されて思い出した。そういえばそんなことがあったよね。エクレアはそのことを考えていると思ってくれたのか。
「違うの?」
「い、いや実はそうなんだ。どうも気になってね」
誤魔化すようにエクレアの話に合わせた。でもそう言われると改めて気になってきたかも。
「う~ん。私からは普通の二人に見えたけどね」
「あ、うん。冷静に考えたらやっぱり気にしすぎだよね」
エクレアが形の良い顎に指を添えて思い出していた。僕もなんとなく思い出したけど──そうだね、きっと考えすぎだ。
「そ・れ・よ・り。ねぇ、この店どうかな? 安くて美味しいって聞いたことあるんだ~」
「へぇ。そうなんだ」
「スピィ~」
スイムも興味を持ったようだね。店の名前は安食亭だ。確かに安くて美味しいならいいと思うけど、今日みたいな日にいいのかな?
「ここでいいの? もっと高いところでも大丈夫だよ?」
「ネロはそっちがいいの?」
エクレアは本当にここでいいのかなと思って聞いたんだけど、逆に確認されてしまったよ。
「いや。僕はエクレアが好きなところでいいんだけど」
「いや、私だけじゃなくてネロも気に入った店がいいよ」
「あ、でも」
「スピッ♪ スピィ~!」
僕たちで話しているとスイムがピョンピョンっと店の近くまで跳ねていき、早く入ろう? と言いたげに鳴いていた。
「プッ、ふふ、スイムには敵わないよね」
「はは、そうだね。じゃあ折角だからスイムの気に入ったこの店で食べようか」
「スピィ~♪」
改めてスイムを抱えて店に入る。中は結構広いんだけど混雑しているのか満席に近そうだ。
「お客様はお二人ですか?」
「えっと。僕と彼女と、あとこの子はスイムというのですが」
やってきた店員に聞かれたのでスイムも紹介する。スライムは駄目ってことはないよね?
「あら、ウフフ可愛い。もちろんペットも問題ないですよ~。ただご覧の通りかなり混雑してまして、可能なら五人掛けの席で他のお客様との相席をお願いできると嬉しいのですが」
スイムを突っつきながら店員が聞いてきた。
あぁなるほど。確かにこれだけ混んでると二人だけで席に着くのは厳しそうだ。
ただ、僕は別に構わないんだけどエクレアはどう思うかな?
「どうしようエクレア?」
「私は構わないわよ。混んでるときはお互い様だもの」
「スピィスピィ~」
うん。エクレアがそう言うなら問題ないね。
「はい。それなら相席でも構いません」
「わかりました。念のためもう一組のお客様にも確認してまいりますので」
あぁそっか。僕たちが良くても相手が駄目ってこともあるもんね。
「お待たせしました。相席でも問題ないようですのでどうぞこちらへ」
どうやら相手側も問題なかったようだね。そして店員に案内されて席に向かったのだけど。
「ではこちらの席で相席お願いいたします」
「はい。て、あれ?」
「ゲッ! ネロ!」
「え? 嘘、ネロ!?」
「こんな偶然あるんですねぇ」
あはは……僕もびっくりだよ。まさか相席の相手がガイたちだったなんてね──。
「くそ、まさか相席がお前らだったなんてな」
「えっと。迷惑だったかな?」
席に着いた後、ガイはテーブルに肘をつきそっぽを向いて愚痴っていた。
追放されてからこれで会ったのは二回目かな。前は町から出ていけって言われたんだっけ。
「ねぇもしかしてネロの知り合い?」
するとエクレアが僕に耳打ちしてきた。あぁそっかエクレアは当然初対面だもんね。
「えっと。確かに知り合いなんだけどその……」
「私、ネロの元パーティーメンバーのフィアです」
僕がどう答えようか迷っていると、赤髪のフィアがエクレアに自己紹介した。わ、わりとあっさりだったよ。
「え? それじゃああなたたちがネロの元々いた勇者パーティーの?」
「チッ……」
「あ、いや確かにそうなんだけど──」
エクレアが口元に手を添えて驚いたように言った。あぁ、間違ったことは何もないんだけどなんだか気まずい。
「フフッ、可愛い」
「スピィ~♪」
そしてスイムはセレナに頭を撫でられていた。ガイが舌打ちしながらもスイムをチラチラ見ている。
「あ、それでこの子はエクレアといって、今は僕とパーティーを組んでるんだ」
「へぇ。エクレアさんね。随分とネロと仲良くやっているみたいだね♪」
あれ? フィアが笑顔で返事してくれたけど、な、なんだろう何故か悪寒が……。
「お客様。ご注文はお決まりでしょうか?」
「あ、うん。そうだね。ほら皆も久しぶりの再会だしエクレアは初めてだし、ここはお互い過去のことは水に流して楽しもうよ。水だけに!」
「「「「…………」」」」
ヤバい! 思いっきり外した~~~~~~!
「そ、そうだね、ネロは水の紋章だもんね! うん。そういう意味なのね!」
しかもエクレアにはすぐに理解してもらえてなかったよ──。
「水に流すも何も、テメェは無能ってこと以外は何もしてないんだからもっと堂々としてろや! いつまでもウジウジしてんじゃねぇぞ!」
「えぇ!?」
なんか怒鳴られたよ! いや、ウジウジしているつもりはなかったんだけど。あと、ひそかにまた無能って言われているし。
「あのご注文は……」
「ではこの牛の一頭丸焼き、揚げ芋とジャイアントボア肉の豪勢尽くし、マウンテンパスタ、キングバードの三昧串焼き、それと──」
店員のお姉さんに再確認されセレナが淡々と注文を始めた。始めたんだけど──。
「──それとこのジャイアントパインの器カレーで」
「は、はぁ」
「いやいやどんだけ頼むんだよ!」
ガイが叫んだ。うん、気持ちはわかるよ。セレナの注文が本当とんでもないからね。
そういえばセレナは見た目のわりに凄くよく食べるんだよね……なんだか思い出してきた。
「それでは注文は以上でよろしいでしょうか?」
「いえ。他のみんなも頼むと思うので」
「えぇ! 今ので全員分じゃないの!?」
注文を取りに来た店員がとんでもない物を見るような目でセレナを見ていたよ──。
「スライムってのは果物が好きなんだな……」
「スピィ~♪」
ガイがスイムを見ながら呟いた。スイム用の注文は全部果物やジュースだからね。
「──でもここで相席になったのは丁度良かったかな」
料理がくる前にエクレアが真剣な顔でガイたちに顔を向けて切り出した。
「あなたたちなんでネロと別れたの? それが本当納得いかない」
「キュピ~」
エクレアがガイに聞いた。そこ気にしてたんだ……。
「フンッ。ネロは使えないからパーティーから追放した。ただそれだけだ」
「え? 嫌だネロ、追放されてたの?」
あぁ、結局ガイの口から追放されたことが明かされてしまったよ。
「その、ごめんそうなんだ」
「別に謝ることじゃないけど、だったらなおさら納得いかないわ。どうしてネロを追放なんてしたのよ」
エクレアが不機嫌そうにガイに聞いた。参ったな。ガイも苛立ってそうだし。
「エクレア、その……勇者パーティーにいたときの僕はまだ全然弱かったんだ。水魔法も戦闘では使えなかったし」
とりあえずまずはエクレアを落ち着かせようとガイたちといた頃のことを説明した。
「だとしてもよ。ネロは気が利くし、ダンジョンでは罠もいち早く見つけてくれた。正直水魔法のことがあったからって──」
「役立たずだからだよ。そう言っただろうが」
エクレアの話を全て聞く前にガイが口を挟んだ。
「ネロは確かに荷物運び程度には役に立った。だが戦闘ではただの足手まといだった。それにこいつだけいつまでたってもEランクから抜け出せねぇしな。だから切った。それだけだ」
「えっと。ビールお待たせいたしました」
ガイが僕をそう評したのと同時に注文した飲み物が届いた。ビールはガイやフィアが頼んでいた。
ジョッキを掴むとガイは呷るようにグビグビ呑みだしたよ。
「ぷはぁ。いつまでもランクも上がらねぇ雑魚に俺たちのメンバーは務まらないってことだ」
「あらそう。ま、そのおかげで私は頼りになるネロとパーティーを組めたからいいけどね」
エクレアが僕の腕を取ってガイに伝えた。て、ちょっと。密着度が!
「……へぇ。今のネロってそうなんだ」
「え? えっと。フィア、さん?」
何故かフィアの目が怖い。背後から炎が吹き出てそうな雰囲気すら感じるよ!
「それに今Eランクから抜けられないって言っていたけど、今のネロは私と同じDランクよ。Cランクの昇格試験にも挑戦する予定なんだからね」
「へぇ、凄いねネロ」
「スピィ」
エクレアが自慢げに発言した。セレナがスイムを撫でながら僕を褒めてくれた。
一方でガイの眉がピクッと跳ねて睨むように僕を見てくる。
「テメェがDランク? しかもCランク試験かよ。チッ道理でダンジョン攻略に行けるはずだぜ」
「え? 僕がダンジョン攻略に行ったってよく知ってたね?」
「あ……」
ガイがどこかしまったみたいな顔を見せた。何故か隣ではセレナが呆れているようだけど──。
「そ、そういう噂が耳に入ってきたんだよ! 冒険者のそういった情報は自然と入ってくるもんだ」
あ、そうなんだ。確かにそう言われてみれば冒険者同士情報交換はよく行われるからね。
「それにそっちのエクレアさんはギルドマスターの娘でしょう?」
「あ、知ってたんだ」
「有名だもの。雷と鉄槌のハイブリッド。切れると雷より怖い、男が恐れる雷槌のエクレアってあなたでしょ?」
「あはは。男が恐れるかはわからないけど、あ、でも私もあなたのことは知っているよ。勇者パーティーのことは有名だし、確か気に入らない物はなんでも爆破する導火線のない爆弾娘のフィアって有名だものね」
な、何これ! よくわからない間にエクレアとフィアの間に険悪な空気が滲み出しているよ!
「──プッ」
「フフッ──」
「「あははははははッ」」
あれ? 何かピリピリした空気に緊張してたのだけど、急にエクレアとフィアが笑い出したよ。
「あなた言うわね。私相手にそこまで言ってきたのはあなたが初めてかも。男だって私を前にすると大体萎縮するし」
「私もよ。パパのこともあって皆遠慮がちだったのよね。ネロは気にせず接してくれたけど、同性とここまで言い合えたの初めてかも」
「「これはもう呑むしかないわね!」」
「えぇ!」
「スピィ~」
なんかすっかり二人共意気投合したみたいだよ。エクレアまで一緒になってお酒を注文しだしたし。
「たく。大体お前に文句言えないのはどんな男でも問答無用で燃やして回っているからだろうが」
「え!」
「ちょ、ガイ、でたらめ言わないでよ! 燃やしたのはしつこく言い寄ってくる馬鹿だけよ!」
あ、でもそういう相手は燃やしているんだ。
「あ、でもわかるその気持ち! 断ったのに煩く近寄ってくるのって私も電撃で成敗しちゃうもん」
「そうだよね! あいつらこっちが女だからって舐めているんだからさ」
なんかエクレアも一緒になって過激なことを……あの雷槌で殴られたらと思うとちょっとは気の毒に思えるね。
「二人共仲良くなれたみたいで良かったですね」
「スピィ~♪」
「チッ」
セレナがスイムを撫でながらエクレアとフィアを微笑ましそうに見ていた。ガイは相変わらず不機嫌そうな顔だ。でも、そんな顔ではあるけどなんとなく楽しんでそうでもあるよ。
「ガイも意地張ってないでスイムちゃんと触れ合ってみたらいかがですか?」
「スピィ~」
「は? ば、馬鹿なんで俺が!」
セレナがガイにスイムを近づけた。ガイがなんだか慌てているよ。
「え? ガイ、スイムのことが気になっているの? それなら撫でてあげると喜ぶと思うよ」
「だから俺は!」
「スピィ~?」
テーブルを殴りつけて声を荒らげるガイだったけどスイムがピョンピョンっとガイの側に近づいていって、撫でてくれないの~? と言わんばかりにプルプル震えた。
「──チッ」
するとガイが人差し指を伸ばしてスイムをツンツンっと突っついた。
「スピィ~♪」
スイムはガイに構ってもらえて嬉しそうだよ。
「ぐっ、もういい! 柄じゃねぇんだよ!」
「あはは」
スイムに少し構った後、ガイがそっぽを向いて照れくさそうに叫んだ。その姿が面白くてつい笑いがこみ上げてきたよ。
「ガイってば恥ずかしがっているんだ。頬赤いぞ~?」
「うるせぇよ! これは酒が入ったからだ!」
フィアにあげつらわれてガイが歯牙をむき出しに言葉を返した。やれやれ意地っ張りだね。
それからはしばらくみんなで食事を楽しんだ。なんといってもセレナが凄くて、あれだけの量の食事を次々と平らげていく。
これにはエクレアも開いた口が塞がらない様子だったよ。
「たく、あいかわらずよく食うな。金足りるかこれ……」
「あ、足りなかったら僕も出すよ」
「誰がテメェの世話になるかよ! てかここは俺が出すからな!」
「えぇ! いやいいよ悪いし!」
そもそも今足りるか心配してたわけだし……。
「フン……それにしてもお前がすぐにパーティーを組むとは。しかもダンジョン攻略か……一体どんな手を使ったんだ?」
ここに来て訝しそうにガイが聞いてきた。ガイの中では僕は弱いままなのだろう。
「別に。ただ水魔法を使いこなせるようになっただけだよ」
「水魔法なんて戦闘に使えねぇだろうが」
不満そうに口にするガイ。彼に限らず水魔法を戦闘面で評価してくれる人は、この前まで誰一人いなかった。
今でも一緒にパーティーを組んでくれたエクレアや訓練場で戦ったサンダースぐらいかなと思う。
「そんなことはないよ。要は使いようってこと」
だけど、ガイには少しわかって欲しかったのかもしれない。だから水魔法で戦えるって意味も込めてそう答えた。
「……チッ。その様子じゃもうここを出ていくつもりはなさそうだな」
目を細めつつガイが確認してくる。以前もそれ言われていたっけ。
「今の僕には大切な仲間がいる。だからここで一緒に頑張っていくよ」
もちろん必要であれば遠征したりはあるかもだけどね。基本はこの町だ。
「──強情な奴だ。ま、いいさ。俺ももう出てけなんて言わねぇよ」
そこまで言った後、ガイが残ったビールを一気に呑み干した。
「チッ、呑みすぎたな。おいもう出るぞ」
そしてガイが席を立つ。
「え? もう出ちゃうの?」
フィアが目を丸くさせた。まだエクレアと呑んでいたいのかもね。
「たりめぇだ。いつまでも追放した奴と仲良しごっこできるかよ」
「え? まだ追加したかったのですが」
「お前はどんだけ食う気だよ!」
はは、セレナ、本当に凄い食欲……。

夜の町は喧騒に溢れかえっていた。魔法の力で町に水道が敷設されているように、町中では魔法の明かりが等間隔で設置されており、夜になると明かりを灯す。これにより日が落ちた後でも気軽に出歩ける人が増えた。
「よぉ姉ちゃん。暇なら俺たちと遊びに行かない?」
「おいおい、いきなりナンパかよ。へへ、すみませんねこいつ大分酒入ってて」
二人の男が道行く女に声を掛けていた。女は胸のパックリ開いたドレスを身に纏っており、見目麗しくスタイルも良い。その扇情的な様相もあり、道行く男の注目を集めていた。
「あら? 私を愉しませてくださるの?」
「お、おお! おお! いくらでも愉しませてやるぜ!」
「え? マジ? 成功しちゃった?」
最初に声を掛けた男が鼻息を荒くさせもう一人は意外そうに目を白黒させている。すると女は蠱惑的な笑みを浮かべ空を眺めた。
「──月が綺麗」
「お、おおそうだな。確かに遊ぶには最高の満月日和だ!」
「おいおい満月日和ってなんだよ」
そんなやり取りをしていると女がニコッと微笑む。
「こんな夜は、気が狂いそうになるほど興奮する。そうでしょう?」
「うほっ、もちろん。さっきから俺の息子も興奮しっぱなしだぜ!」
「ば、馬鹿! 折角成功しかけているのに、すみませんね。こいつ馬鹿で」
「私の目を見て──」
欲情する男を諌める片割れ。すると女が二人に目を向けてそんなことを言い出した。男たちが思わずその瞳に目を向ける。
「おお、なんて綺麗な瞳だ。綺麗な──」
「あ、あぁ確かに、すい、こまれそうな──」
「フフッ──」
瞳を見た男たちは突然口を閉ざし、その場に立ち尽くした。女は二人を放置して通り過ぎていく。
その直後だった──。
「「グォオオォオッォォオオオオォオオ!」」
「う、うわ、なんだこいつら!」
「おい何か暴れているぞ!」
二人組の男が狂ったような声を上げ、周囲の人々を襲い始めた。騒ぎを耳にして女が笑みを深める。
「うふふっ、もっともっと愉しみましょう。今宵は何人狂うかしらね──」

「とにかくもう戻るぞ」
「えぇ! 嫌よぉ。エクレアちゃんともっと話したい~」
「うんうん。私もフィアちゃんと話したいもん!」
ガイが席を立とうとするとフィアが文句を言った。やっぱりまだエクレアと一緒に呑みたいようだ。
「チッ──だったらネロ。フィアはお前に任せる。おい、俺らは先に戻るからな」
ガイにフィアを託されたよ。僕にそんなこと言うなんて意外だな。酔っ払っている影響かな?
「オッケー! 良かったねエクレア!」
「うん。フィア♪」
「スピィ~」
それはそれとしてどうやらフィアはエクレアとすっかり仲良くなれたみたいだね。
「……ネロ。フィアはしっかりお前が送ってやれよ」
「え? あ、うん。そうだね」
「言ってなかったが、フィアはギリギリまでお前の追放には反対だったんだ。その意味、わかるな?」
え? そうだったの? 突然ガイがそっとそんなことを伝えてきて驚いたよ。でも何故かって──。
「あ、もしかして魔力水が足りなかったとか? だったら言ってくれれば──」
「ちげーよこの馬鹿! スライムの角に頭ぶつけて一〇〇回死ね!」
「スピィ!?」
えぇ! なんでそんなこと言われているの僕! なんか怒っているし大体スライムに角はないよ! スイムもちょっと驚いているし。
「もういい。行くぞ!」
「もう、仕方ないですね」
こうしてフィアを残してガイとセレナが店を出た。エクレアはフィアと話ができて嬉しそうだよ。
なんか二人が仲良くなれたのはちょっと嬉しいかな──。

「たく、あの鈍感馬鹿が──」
ガイとセレナは店を出てから大通りを歩いていた。ガイがネロのことを思い出したようで悪態をつく。その様子をセレナが微笑ましそうに見ていた。
「でも元気そうで良かったですね」
「──お前は良かったのかよ?」
優しそうな目で語るセレナ。するとガイがボソッと呟くようにセレナに問いかけた。
「良かった、というと?」
セレナはガイの問いかけに小首を傾げる。
「だから、お前だってネロのこと気にしてたんだろうが。別にパーティー組んでるからって無理に俺に合わせることなかったんだぞ?」
するとセレナがピタッと足を止める。
「……なんだ。やっぱり戻るのか? だったら俺は先に帰る──」
セレナの様子を見て口を開くガイだが、彼女はスタスタと近づいて来てガイの脛に蹴りを入れた。
「痛ッ!」
「えい! えい!」
「いて! いてぇ! な、なんだ突然」
「あなたもネロのこと言えませんね」
ニコッと微笑むセレナ。ガイは何故か背筋が冷たくなる感触があった。
「えい! えい!」
「痛! だからなんなんだお前は!」
今度は杖でぽかぽか殴られ怯むガイである。
「くそ、わけわかんねぇ」
結局二人で帰路につく。セレナの機嫌が悪くなりガイは頭を抱えていた。
「たく、何が気に入らないんだよ」
「プイッ」
セレナがそっぽを向き、どう対処してよいかわからなくなるガイ。そのときだった。正面から鍬を抱えた筋肉質の男がやってきてガイとすれ違う。
「フンッ!」
「クソがァ!」
振り向きざまにガイが剣を抜き、振り下ろされた男の鍬を受け止めた。
「てめぇ殺気をばら撒きすぎなんだよ」
「おっと。いかんいかん、このガルともあろう者が勇者を狩れるとあって少々興奮しすぎたか」
鍬を振り下ろしたガルの口角が不敵に吊り上がっていた。
「チッ、てめぇ何俺と似た名前してやがる。紛らわしいんだよ殺すぞ!」
そしてガイもまたガルを睨みつけながら目を尖らせるのだった──。

「マスター! た、大変です!」
サンダースが山積みされた書類に目を通していると、フルールが息せき切って部屋に飛び込んできた。異常事態を伝えようとしているようだ。
「ネロの野郎、やりやがったな。やっぱり送り狼になりやがったか! ちょっと出てくる」
腕まくりしサンダースが席を立った。フルールが慌てて反論する。
「いや、何を言っているんですか! 違いますしネロくんはそんな性格じゃありませんよ! かなり鈍そうですし!」
「いや、お前の言い方も大概だと思うが、俺の娘のこと以上に大変なことがあるのか?」
サンダースがフルールに向けて問いかけた。どうやら今サンダースの頭は娘のエクレアのことでいっぱいなようだ。
「ありますよ! これだから親バカは!」
「俺一応ギルドマスターなのに言い方酷くない?」
フルールの忌憚のない意見にサンダースがキョトンとした顔を見せた。確かに遠慮がない。
「いや、そんな親バカトークを繰り返している場合じゃありません。街中で暴徒が暴れていてギルドに応援要請が来ているんですよ!」
「なんだと? なんだ、盗賊崩れでも入り込んでるのか? 一〇人か二〇人か?」
「それどころじゃありません。数百、いや一〇〇〇人に届く勢いでどんどん暴徒化している人が増えているんですから」
「──なん、だと?」

「で、てめぇは誰だ? いきなり危ねぇ真似しやがって!」
ガイが剣で鍬を押しのけるとガルが大きく飛び退いた。そのまま数歩後ろに下がりガルが笑い混じりに語る。
「ハハッ。そんなもの貴様が知る必要はない。どうせここで死ぬのだから、な!」
ガイの問いかけに、ガルは答える様子もなくその場で鍬を振り下ろした。もちろん距離が開いた以上、攻撃の届く距離ではない。
「は? 何やってんだテメェ。まさかこんなところで畑でも耕すつもりか?」
ガルの鍬が地面にめり込むのを認め、小馬鹿にしたようにガイが言った。
「はは、そのまさかさ」
「何?」
ガルのそのままの答えにガイが目を細めた。
「見てガイ! 今鍬を入れた場所から、は、畑が!」
「なんだと?」
セレナが緊迫した声を発する。ガイが確認すると、確かにガルが鍬を入れた場所を中心に、人が一人収まりそうなほどの畑が生まれていた。
「マジで畑かよ。テメェどういうつもりだ?」
怪訝そうに問うガイ。そこへ一組の男女が足を止めガルに声を掛ける。
「おいおいおっさん、こんな町中で野良仕事かよ。何考えてんだ? そんなに畑仕事したいなら他でやりやがれ」
「ちょっとやめなって」
「いいから黙っとけって。今からこの馬鹿に常識ってもんを教えてやっから」
連れの女が止めるも男は拳を鳴らしガルを威嚇し始めた。
「おい馬鹿! そいつから離れろ!」
調子に乗って文句をつける若者にガイが警告した。男はガイに目を向け睨みを利かせ口を開く。
「あん? なんだテメェ。揃いも揃ってあんま調子に乗っていると、このおっさんと一緒にボコっちゃうよ~?」
「ははは」
粋がる若者が喋っているとガルが小馬鹿にしたように笑い、ヒョイッと彼を片手で持ち上げた。
「な、おっさん何しやがる!」
「良い肥料が手に入った」
「は? 痛ッ!」
持ち上げた若者をガルが畑に投げ入れる。若者は表情を歪めた。
「おっさん突然何を、え? ヒッ、お、俺の体が!」
「嘘! アポ!」
彼女と思われる女が、畑に飲み込まれていく若者を見ながら名を叫んだ。アポの体が底なし沼に嵌まったが如く、畑の中に沈み込んでいき、あっという間に畑に飲み込まれてしまった。
「う、嘘、アポが。アポ──ヒッ!」
「てめぇはさっさと逃げろや!」
アポが畑の中に消え動揺する女にガルが目を向ける。短い悲鳴を上げる彼女に逃げるよう促すガイ。
女が踵を返し逃げ出そうとする、がその足にシュルシュルと何かが絡みついた。
「え? 何これ根? い、いやぁあああぁあああ!」
叫び声を上げる女は根によって無理矢理畑の中に引きずり込まれていく。
「クソが!」
ガイが駆け出し彼女に手を伸ばすが、畑から大量の根が伸びてガイの体にも巻き付こうとしてくる。
「ガイ!」
「くそが! うざってぇ!」
セレナの叫びで剣を抜いたガイが絡みついた根を切り飛ばした。
「たす、け、て──」
だが、そのときには既に女は畑の中に飲み込まれていた。助けを呼ぶ声だけを残し全身が畑の中に沈んでいく。
「くっ!」とガイが呻く。その様子をニヤニヤと見続けるガルであった。
「あ~あ可哀想に。無能勇者のお陰で、未来ある若者二人が畑の肥やしにされちまった。なぁお前これどう責任とるつもりかな?」
「テメェ!」
「なんてことを──」
ガイが叫びセレナも憂いの表情を浮かべ呟いた。そんな二人を認めつつ、ガルが声を大にして語る。
「なんだ? 俺に責任転嫁するつもりか? おいおい勘弁してくれよ。勇者パーティーだなんて偉そうにしておいて、民間人も守れないお前らが無能なだけだろう? 自分の無能さを棚に上げて逆ギレたぁみっともない」
「あなた。何を言っているのですか! 今の二人を殺したのはあなたではありませんか」
セレナがガルに対して非難の声を上げた。だがガルはニタニタとした笑みを浮かべ答える。
「当然だろうが。俺はそのために来ているんだ。俺からすればお前らやこの町の塵連中を排除できれば、それで勝ちなんだよ。だがお前らは違うだろう? 仮にも勇者なんだからしっかりと守ってみせろよ。そんなこともできない奴らが勇者気取りとはちゃんちゃらおかしいぜ」
悪びれた様子を全く見せず、ガルはただ二人を見下し続けていた。
「な、何を言っているのこの人」
「チッ、イカれた野郎だ。だったらテメェをぶっ殺して終わりにしてやるよ」
「できるのか、お前みたいな無能に? ははは!」
一笑いしガルが腰に吊るした袋を弄った。中には種が入っていたようで畑に無造作に蒔き出す。
「何を呑気に種蒔きなんてしてやがる! 勇魔法・大地剣!」
ガイが地面に剣を突き立て魔法を行使。ガルの足元から巨大な剣が突き出るが、後方に飛びのいた。
「ハハッ。種を蒔けばどうなる? そう、眼が出て!」
ガルが叫ぶと畑からギョロリと眼が出てきた。更に畑から目玉のついた芋が飛び出す。
「そして凶悪な作物が育つ。これが俺の紋章『凶作の開拓者』の力だ──」

「ところで~エクレアってネロのことどう思っているのぉ~?」
「ブッ!」
「スピィ?」
ガイとセレナが帰った後は、残ったフィアがエクレアとお酒を酌み交わし楽しそうに笑い合っていた。女の子同士息が合うと話も弾むようで僕は聞き役に徹していたんだけど、突如フィアがエクレアにそんなことを聞き出したんだ。
いやいや、どうってどういう意味!? 思わず吹き出しちゃったよ!
「ネロは、その、い、今の私にとってかけがえのないパートナーよ!」
「ふ~ん。そうなんだ。良かったね、ネロ。ここまで言ってもらえる仲間ができて」
横目でフィアが僕に言ってきた。ま、まぁそこまで言われるともちろん悪い気はしないし、嬉しい限りなんだけどね。
「フィアはどうなのよ。前のパーティーで一緒だったんだし、ネロとはどうだったの?」
「え? 私、私は……結局追放に同意しちゃったしね」
エクレアに聞かれ、うつむき加減にフィアが答えた。もしかして僕が追放されたことを気にしているんだろうか……?
「えっと。なんかごめんね。変なこと聞いちゃって」
「ううん。そんなことないよ」
「あ、えと、ほら! 追放はされたけど、今はお互い元気にやっているんだし。おかげでエクレアとフィアは仲良くなれたし、それに僕はもう気にしてないからさ!」
「「…………」」
なんか微妙な空気になって僕も思わず口を出しちゃったよ。二人が沈黙し僕を見てきている。
ま、まずい、何か余計なこと言っちゃったかな!
「ププッ、もうネロっては相変わらずだね。なんか安心しちゃった」
するとフィアが吹き出して昔を思い出すように話をした。
「うん。ネロはこうでなきゃね」
「スピィ~♪」
エクレアがスイムを抱えながらそんなことを言った。う~ん、二人から僕は一体どんな風に見えているんだろう?
「いいなスイムちゃん。私も撫でていい?」
「もちろんよ。スイムちゃんも喜ぶと思うよ」
そして二人してスイムを撫でる。スイムはみんなから愛されているね。
「お客様。よろしいですか?」
すると、店員が近づいてきて声を掛けてきた。何かあったかな?
「実は、先に出たお客様が代金を支払ってくれたのですがだいぶ多かったもので。もしお知り合いなら、お釣りを渡しておいていただけますか?」
それを聞いて驚いた。確かにガイがそんなことを言っていたけど本当に支払ってくれたなんて。
「えっと。それならフィアがいいかな?」
「うん。後で私が預かるね」
「良かった~。ではよろしくお願いします」
店員が安堵して去っていく。
「その、僕たちの分は後で支払うから」
「そんなの気にしないで。というかガイがそうしたいのよ。あいつプライド妙に高いから、ネロから受け取って帰ったりしたらまた機嫌悪くなっちゃう。だから今晩は奢らせておいて」
フィアが苦笑いして伝えてきた。う~ん、ガイならありえるか……そう言われてしまうとフィアに迷惑を掛けるのもね。
「それならネロ。今度の機会に逆に私たちで出そうよ。それなら文句はないでしょう?」
「う~ん、そうだね。ならそれで」
エクレアの提案に乗った。確かに奢られっぱなしってわけにもいかないし、いい落とし所だと思う。
「あはは……うん。一応伝えておくね」
苦笑気味にフィアが答えた。ガイがそれで納得するかはわからないといったところかな。
「というか私、フィアにはまた会いたいし」
「嬉しい、私もだよ!」
フィアとエクレアはそれぞれ普通に名前で呼び合う仲になったんだね。ただ、僕を追放したガイが次も食事を一緒にしてくれるかなんてわからない、というのがあるんだけどね。
「ちょ、お客様困ります──キャッ!」
「おいお前何して、うわっ!」
あれ? なんだろう? なんか急に悲鳴が聞こえてきた。出入り口の方だね。
「「「「「「グォオォォオオォォオォオオ」」」」」」
「うわ、な、なんだなんだ!」
「こっちに来るな!」
「暴徒がなだれ込んできたぞ!」
一瞬にして店内がパニックに陥った。なんだか正気ではない目をした連中が店内で暴れ始めたからだ。中には武器を持って振り回している者まで! これって一体どうなっているの──。
「ネロ!」
「うん! 水魔法・水ノ鞭!」
エクレアが立ち上がり声を上げた。その意味は僕にも理解できた。店内のお客さんに襲いかかっている暴徒を水の鞭で縛めていく。
「何これ。一体どうなっているの?」
「スピィ!?」
フィアとスイムも突然なだれ込んできた暴徒に驚きを隠せない様子だ。
店員も悲鳴を上げている。これは早くなんとかしないと。
「とにかく止めよう!」
「そうね。なら私の魔法で──」
「待って待って待って! フィアはギリギリ、ギリギリまで待とう!」
フィアの魔法は店の中で扱うには危険すぎるからね──水飛沫の魔法で暴徒に水を掛けて回った。その間にフィアには戦いではなく店内のお客さんや店員が逃げられるよう誘導をお願いした。
「よし、エクレア!」
「任せて! 武芸・
エクレアが床を鉄槌で叩くと、電撃が周囲に伸びて暴徒たちを感電させていった。意識が消失し、店内の暴徒が一斉に倒れていく。
「ふぅ。これでなんとか鎮圧できたね」
「凄い──これどうなっているの?」
一安心しているとフィアが不思議そうに聞いてきた。そうか、フィアは雷が水を伝わるって知らないもんね。
「雷と水って相性ばっちりなんだよ。だから水に乗せると効果が高いの」
「へ、へぇ、そうなんだ……うぅ、火だとこうはいかないよね……」
なんだろう? エクレアの説明を聞いてフィアが肩を落としているけど──。
「フィアもありがとう。フィアのおかげで店のお客さんや店員も逃げ出すことができたんだし」
「え? あ、そ、そう。ま、大したことないわよ」
僕がお礼を言うと腕を組んで強気なセリフを口にする。うん、やっぱりフィアはこうでないとね。
「これって、フィアもしかして……」
「スピィ~?」
あれ? エクレアがスイムを撫でながら何か呟いているけど、何かな?
いや、それよりこの状況をまず把握しないと。
「店員さんも気になるし、一度店から出よう」
「うん」
「そうね」
「スピッ!」
スイムを肩に乗せて店から出た。すぐそこに心配そうにしている店員や神妙な顔の男性がいた。男性はもしかしたら店長なのかもしれない。
「お前たちのおかげで助かった。店長としてお礼を言わせてもらうよ」
「いえ、僕たちは冒険者ですから、これぐらい当然です」
「それより、店の鍵を外から掛けてもらえる? 暴徒が中で気絶しているから出られないようにね」
「確かにそうだな」
店長が扉の鍵を閉めた。シャッターもおろしてしまえば内側から出ることは不可能らしい。
「あの、実は外も大変みたいで、暴れまわっている人が沢山いるんです。もうどうしていいか……」
「え! 外にも!?」
店員の女の子が状況を説明してくれた。まさかそんなことになっているなんて。
「言われてみれば叫び声が聞こえてきているわね」
「見て! 向こうには火の手が!」
「スピィ!」
エクレアとフィアが緊迫した声を上げる。確かに相当な騒ぎになっているようだ。
「とにかく店長さんと安全な場所に避難を! 僕たちは他の様子を見てきます」
「は、はい。どうか気をつけて──」
店員の女性に注意を促し、僕たちは声のする方に駆け出した。
「何これ──」
「さっきまで平和だったのに……」
「ス、スピィ……」
目を疑うような光景だ。沢山の人が倒れている──暴徒化した人が暴れているのが見えた。ただ、彼らを押さえつけようとしている人もいる。格好からして冒険者だろう。衛兵の姿もあった。
「僕たちも手伝わないと──」
「あぁ! いたいた!」
他の冒険者たちに合流しようかと考えていると、道の向こうから声を上げて駆け寄ってくる人がいた。
「あ、あの人は確か?」
「うん。戻ってきたときにすれ違った人だね」
そう、ローブを羽織った細目の人だ。だけど確かもう一人いたはずだよね──。
「いや良かった。探していたんですよ」
「僕たちをですか?」
あの細目の男性が駆け寄ってきて安堵した様子で言った。どうやら僕たちに用事があったようだ。
「えぇ、あ、前は言い忘れていたけど僕、ライアーといいます。それで、見ての通り突然人々が暴れだして、それで友達のガルが大変な目にあっていて、助けて欲しいんです!」
ガル、そうかもう一人の鍬を持った男性だね。
「──あなたその友達置いてきたの?」
すると、フィアが険しい目つきで問いかけた。確かに今の話を聞くに、彼が一人で来ていることを考えると、もう一人を置いてきたのかもしれないけど、緊急事態でどうしようもなかったのかな──。
「その、情けない話ですが。あ、ただ通りかかった冒険者に助けてもらったんです」
なるほど。そうだったんだ。確かに今も暴徒を止めようと動いている冒険者の姿があるよね。
「だけど彼らも暴徒を相手にするのは厳しいらしくて、応援を呼んで欲しいと言われて。自分も戦えればいいんですが……君には以前僕の紋章について話したよね?」
「えぇ。風の紋章でしたよね」
以前の話を思い出す。すると、ライアーが手の甲に刻まれた紋章を見せながら答えてくれた。
「そうです。だけど自分はそもそも戦いとか興味なかったので、紋章の力が使えないんです。そこであなたたちのことを思い出して──ですからお願いです! 友達を助けてください!」
必死に助けを求めるライアー。流石にここまで言われたら放っておけないよね。
「わかりました。案内してください!」
「スピッ!」
「はい! こっちです!」
「急ぎましょう」
「……」
ライアーが先頭を走って案内してくれた。結構足が速いね。
「あの路地裏に入ります!」
ライアーが途中で折れて路地裏に入っていった。表通りに比べたら少し狭い通路だ。このあたりは空き家が多くて、人も住んでない寂しい場所だったはず。
だから暴徒の姿もあまりない。
「フィア、どうかしたの?」
エクレアがフィアに問いかけた。見るとフィアの眉間に皺が寄っていた。なんだろう? 何か気になることがあるんだろうか。
「あなた、どうして私たちがあのあたりにいるってわかったの」
フィアがどこか疑うような目で問いかけた。そう言われてみると、あの店にいるってよくわかったなとは思えるかな。
「──はは、わかりますよ。あなたは魔法師のフィアさんですよね? ラッキーなことに助けてくれた冒険者というのは、今をときめく勇者パーティーのガイさんとセレナさんだったんです」
「え? ガイが?」
どうやら僕たちより先に店を出たガイに助けてもらったようだね。
それなら店の場所をわかっていてもおかしくないか。でも、ちょっと違和感が……。
「はい。それでガイさんが教えてくれたんです。仲間が食堂にいるってね。頼りになる仲間だから呼んできてくれと──」
「二人とも止まって!」
「え?」
「何?」
「スピィ?」
フィアが突然叫び、僕たちが足を止めると、火球がライアー目掛けて飛んでいき着弾──爆発した。
「えぇ! ちょ、フィア何を!」
「全く。かなわんなぁ。なんや突然危ないやないか」
え? かなわん、なぁ? それにやないかって──。
「ずっとおかしいなとは思っていたわ。だいたい、戦う力もなくて臆病風に吹かれて助けを呼びに来たなんて言っておいて、真っ先に前を走るなんて変でしょう?」
杖を向けてフィアが言った。爆発が収まった先には薄ら笑いを浮かべるライアーの姿があった。
「いやいや、それだけで疑われたんやな、かなわんで」
「いや、ていうか、なんなのよその口調……」
「スピィ……」
エクレアとスイムはライアーの急変ぶりに戸惑っているようだ。確かに口調も妙な感じだよ。
「そうかもね。でもあなた詰めが甘いのよ。言っておくけどガイはそんな簡単に助けを呼べなんて言わないし、まして頼りになる仲間だなんて絶対に言わない。あいつ性格捻くれているからね。断言してもいいわ!」
フィアが言い放つ。な、なんか酷い言われようだねガイ──。
ただ、そう言われて僕も違和感の正体に気がついた。ガイが僕を頼れと言うわけないし。
「それともう一つ。あいつはこの程度の暴徒に苦戦するほど弱くはない」
あ、それは確かにそうかも……勇者の紋章を持つガイはそれ相応に強い。
「ハハッ、なるほどなるほど、そこまでは頭回らんかったなぁ」
するとライアーが開き直ったように笑い出した。
それを認め、フィアが更に考えを述べる。
「そもそも私の魔法を避けた時点で、戦う力がないというのが嘘だとわかるけどね」
そう言われてみればフィアの言う通りだ。今の魔法を避けた動きは常人では不可能だと思う。
「──なるほど。やっぱ勇者パーティーは一筋縄ではいかんゆうことか」
そう言ってライアーが右手の甲を翳した。そこからは既に風の紋章が消えていて、代わりに黒の紋章がハッキリと浮かび上がっていたんだ──。
「そんな、さっきまでそこには風の紋章があったはずなのに」
思わず声に出てしまった。確かに僕もそれは確認していたはずなんだ。
「えぇ。それもごまかしだったんだ。でも、紋章が消えるなんてね」
「え? 消える? えっと。黒い紋章が視えない?」
フィアに確認した。僕には確かにライアーの黒い紋章が視えている。
「黒い紋章? 視えないけど……」
「私には視えるよ。凄く禍々しい紋章」
「スピィ!」
どうやらエクレアには紋章が視えているらしい。これはやっぱり、僕の賢者の紋章が視えるようになった影響だろうか。そういえばスイムも反応している。
「──やっぱりあんさんにはこれが視えているんやな。しかし驚いた。そっちのエクレアはんにも視えているなんてなぁ。ま、どちらにせよわいらには邪魔や。全員始末させてもらうで」
「──ッ!?」
空気が変わった。ライアーの殺気が膨れ上がっていく。本気で僕たちを、殺すつもりなのか。
「──町の人がおかしくなったのもあんたの仕業ってことでいいのね?」
力のこもった声でフィアが問う。そうか──この状況で黒の紋章が刻まれた相手だ。町の騒ぎに関係していてもおかしくない。
「さぁ? どやろか。ま、関係ないやろ。お前らはここで死ぬんやで?」
「そう簡単にやられるわけないでしょう! 爆魔法・爆裂破!」
ライアーの立っていた場所に爆発が生じた。フィアの魔法は爆発を引き起こす。
破壊力だけで見るなら、勇者の紋章を持つガイにも負けていない。
「おお、こわ。全く遠慮ないんやなぁ」
だけどライアーは魔法がくると読んでいたのか、後方に逃げていた。ダメージはなさそう。
「勘のいい奴ね。でも次は外さないわよ」
「へぇ。随分と自信があるんやな。せやけど残念。その魔法わいも使えるんやで」
「は?」
ライアーの発言にフィアが怪訝そうな声を発した。フィアの紋章は希少だ。そうそう使える者はいないはずだけど──。
「なにそれ、はったり?」
「はは。実際にその目で見たらえぇ。言うておくけど、わいの魔法の方があんさんより強力やからな。爆魔法──」
ゾワッと悪寒が背中を走る。嫌な予感がする。
「みんな離れて!」
「爆裂破──」
大急ぎで後方に逃げると、僕たちが立っていた場所から凄まじい轟音が鳴り響いた。熱気と衝撃が駆け抜け、勝手に体が仰け反り飛ばされてしまう。
「くっ、みんな大丈夫?」
「スピィ……」
「な、なんとか」
「そんな──本当に私と同じ魔法が──」
エクレアもフィアも無事みたいだ。僕もかすり傷程度だけど──路地は大変なことになっていた。
左右に立っていた建物が破壊され道が無理矢理拡張されてしまっている。
しかも爆発が起きた地点には大きな窪みができてしまっていた。
最初のフィアの爆発も威力は高かったけどここまでではなかった。
「どや? わいの力は?」
「はぁあぁあぁあああ!」
得意がるライアーに向けてエクレアが疾駆した。距離を詰めると手にした槌に電撃が迸る。
「中々やな。せやけどわいの動きはもっと速いで」
動きが速い──魔法だけじゃなくて体術も使いこなすってことなのか?
「関係ないわ! 武芸・
跳躍し振り下ろした鉄槌がライアーを捉える、かと思えば風のような素早い動きでエクレアの鉄槌から逃れてしまう。
「言うておくけどわいに電撃は利かへんで!」
鉄槌を振り下ろした直後地面を伝って電撃が放射状に広がった。ライアーも電撃を浴びるけど──平然とそこに立っていた。
「う、うそ。どうして?」
「言うたやろ? わいに電撃は利かへん。それだけやない。あんさんの技もわいは使いこなせるで。今の技より強力なのをや」
「馬鹿言わないで。この技は槌と雷の合わせ技なのよ」
「それをわいは拳でやるんや。雷撃拳としてこうやってな! 武芸・
ライアーが地面を殴りつけると、エクレアがやったように、いやそれ以上の電撃が広がった。
「きゃ、きゃぁああぁあ!」
「エクレア!」
「スピィ!」
電撃でエクレアが大きく吹き飛んだ。まずい。咄嗟に飛び出した僕は水の鞭を生み出し飛んできたエクレアを受け止めた。
けど、僕も大きくバランスを崩して地面に倒れることになった。でもクッションにはなれたかな。だけどあいつ、フィアの魔法だけじゃなくてエクレアの技も使いこなすなんて、それが黒い紋章の力なのか……。
「エクレア、大丈夫?」
「あ、ありがとう、ネロ──」
エクレアはダメージあるようだけど、返事はできるし動くのには問題なさそうだ。
「はは、抱き合って随分と余裕やな」
「だ、抱き合っているわけじゃ──」
ライアーが呆れたように言ってきたけど、元はと言えばこの男の攻撃でこうなったことだ。
「早く戦闘態勢に戻った方がいいわよ」
「そ、そうね──」
フィアからも声が掛かった。確かにこのまま倒れているわけにはいかない。ただなんか声が尖っているような?
「それにしてもまさか本当に私の雷まで──しかも拳って、まるでパパじゃない」
立ち上がったエクレアが呻くように呟く。そういえばサンダースは拳と雷の組み合わせだった。
「私の爆属性も使ってきた。だけど、本当にそれを使いこなせるのかしら?」
フィアがライアーに問いかけた。どことなくライアーの力を察したような雰囲気を感じる。
「──どういうことや?」
「文字通りの意味よ。私には視えないけどそこに黒い紋章があるのは確かなんでしょ? もしかしてその力って、私たちの魔法や技を真似る力なんじゃないの?」
え? 真似? フィアの予測に驚いた。確かにフィアの魔法をあいつは同じ名前で使っていた。
「待って。だとしたら私の武芸は説明がつかないわ」
エクレアが疑問点を述べた。そう言われてみると、エクレアに関しては雷以外使用する武器が違う。
「それは多少のアレンジを加えて行使できるのかもしれない。威力もより大きくして。だけどきっとあなたは見たものと極端に違うことはできない!」
フィアが人差し指を突きつけ言い放つ。だけどフィアの予測を聞いてライアーは不敵な笑みを浮かべていた。
「ほんまにせやろか?」
「だったら他の魔法を使ってみたら?」
ライアーが薄笑いを浮かべながら聞き返し、フィアも挑発するように答えた。
心理戦に発展しているかのような様相──。
「それなら爆魔法・豪爆球といこか。巨大な火球がお前たちを襲うで。着弾したら大爆発や──爆魔法・豪爆球!」
ライアーは確かにこれまで見たこともないような魔法を行使した。
すると、彼が言っていたような巨大な火球がこっちに向かって飛んでくる。これはちょっと洒落にならないぞ、まともに当たったらヤバい!
「水魔法・重水弾!」
圧縮された水球が火球とぶつかり爆発、炎上した。熱風ののち煙が発生して一瞬視界が妨げられた。
路地裏、と言っていいかもうわからないけど、更に窪みが増えてしまった。
「こんな魔法、私は使えない──本当にあいつは沢山の魔法が使いこなせるの?」
ライアーの魔法を認めフィアが真剣な顔で疑問を口にする。だけど、今魔法を使ったライアーもまた眉間に皺を刻んで何かを考える様子を見せていた。
「──あんさんの水魔法。随分と強いな」
だけどすぐに薄笑いに戻り僕の水魔法を評した。
「せやけど、それかてわいはあんさん以上のが使えるんやで?」
「え?」
そしてライアーが言った。僕の水魔法が使えると。だとしたら更に厄介だ。
ただ、何故だろう。それは絶対に無理な気が、いや確信めいた思いがあった。
「いくで──水魔法・重水弾!」
ライアーが水魔法を使おうとする。だけど──何も出てこなかった。
「──どないなっとんねん」
それにどうやら彼自身が驚いているようだ。自分の紋章に目を向け悩んでる様子。
「どういうこと? 今あいつ水魔法も使えるって言ってたよね?」
エクレアが怪訝そうに口にした。確かにこれまでライアーが口にしたことは全て実現していた。
だけど水魔法はそうはいかなかった。
「わからないけどこれはチャンスだよ! 水魔法・水槍連射!」
とにかく相手が戸惑っている隙に魔法を行使、水の槍を連射した。更にフィアも後に続こうと杖を向ける。ライアーが明らかに動揺している今がチャンスだ。
「ムダや! 今障壁を張ったわいにはあらゆる攻撃が効かへんで!」
え? 障壁?
「爆魔法・紅蓮華!」
僕の槍が命中すると同時に激しい爆発が起きた。華が開くような爆炎が生じライアーが炎に包まれる。これで本来なら勝てている──そう思ったのだけど……。
「言うたやろ? もうわいにはどんな攻撃も効かへんで」
「嘘でしょ──こんなの……」
エクレアが声を震わせる。ライアーは炎の中で笑っていた。怪我も一切負っていない無傷の状態で。
これが障壁の効果──。だけどなんだろう、あいつ、僕の水魔法が使えなかったり、何か違和感を覚えた。ライアーの力には何か特殊な条件があるのではないか──そんな気がしてならない……。
もしライヤーの言っていることが本当なら、僕たちにはどうしようもない。攻撃が一切効かない障壁なんてどう突破していいのかと悩むところだ。
「ほならそろそろ覚悟を決めてもらおうか」
「くっ、そんなの信じない! 武芸・雷装槌!」
鉄槌に電撃を纏わせてエクレアがライアーに迫る。
「はぁあぁあああぁ!」
そして鉄槌で殴る殴る殴る! だけどライアーは涼しい顔で全く動じていない。
「僕だって! 水魔法・水ノ鞭!」
伸びた水の鞭でライアーを打つ──だけどやはり通じていない。
「無駄やと言ったやろ? いい加減諦めるこったな。ほな行くで」
ライアーが構えを取る。また何か技か魔法を使う気か!
──バチッ!
「──チッ!」
そのとき、ライアーが大きく飛び退いた。今攻撃に移ろうとしていたはずなのに確かに退いた。
でも、どうして? それに今音が──。
「キュピ~!」
するとスイムがライアーに向けて飛び出した。
「待ってスイム危ない!」
駄目だ、スイムは戦える力なんて!
「スピッ!」
思わず声を張り上げた僕だけど、鳴き声を上げたスイムから液体が飛び出し、それがライアーに向けて飛んでいった。なんだろう? 妙にドロッとしてそうな──。
そしてライアーはまたも後ろに飛び退いた。今度は間違いない。そしてスイムの撃った液体が地面に掛かると同時に、なんと液体が燃え上がった。
「スイム。これって?」
「スピィ~!」
スイムが湯気を吹きながらプルプル震えていた。怒っているのかも。それにしても燃える液体なんていつの間にそんな技を覚えていたのだろう。
「凄いわスイム。こんな力があったのね」
「可愛いだけじゃないのね」
「スピィ~♪」
エクレアとフィアに褒められてスイムが喜んでいる。
だけど、今のはやっぱりおかしい。ライアーは間違いなくスイムの攻撃を避けた。
そして僕とエクレアの攻撃のときもだ。最初は自分で言っていたように僕たちの攻撃が効いてないようだった。だけど途中で明らかに怯んだ。そこには当然理由があるはずだ。
「二人共。ちょっと聞いて欲しい!」
自分だけで考えていても答えは見いだせない。だけど三人で考えれば。僕はかいつまんでこれまでのことをフィアとエクレアにも説明した。
「なんや、三人でこそこそしとるようやけど、わいがそんなのいつまでも待っていると思うなや。武芸・雷撃拳!」
ライアーが雷の拳で地面を殴る。電撃が伸びてくる! するとまたもスイムが前に飛び出して電撃を一身に受け止めた。
「やったわ! けったいな魔物倒したで!」
「スイム!」
ライアーが勝ったかのように声を上げる。僕も思わず叫ぶ。だけど僕の目に映るスイムは──。
「スピィ~?」
平然としていた。何かあったの~? と言わんばかりの様子だよ。
「ど、どうなってるんや!」
「残念だったわね。そしてこっちの準備も整ったわ! いくわよ。爆魔法・獄炎嵐昇天舞!」
フィアが魔法を行使した。だけど、何も起こらない。
「──なんやそれ? なんもあらへんがな」
「くっ、しまった。魔力が足りないわ! これまでの魔法で必要な魔力が──くそ! 巨大な爆炎で相手を飲み込む最終手段だったのに!」
フィアが膝から崩れ悔しそうに地面を殴りつけた。ライアーの口元が大きく歪む。
「それは残念やったなぁ。ま、どっちにしろわいには効かへんで。そしてもう一つ絶望的なお知らせや。実はわいもその魔法──使えるんや。当然より強力なもんがな! いくで! 爆魔法・獄炎嵐昇天舞!」
そして意気揚々とライアーが魔法を行使! その直後大爆発が──起きなかった。そう、何も起きなかったんだ。
「な、なんやて? どないなっとんねん!」
ライアーが慌てた調子で声を上げる。かなり動揺しているみたいだ。
「はは、あはは! 本当見事に引っかかってくれたわね」
そしてフィアが立ち上がり。してやったりと笑顔を見せた。うん、やっぱりフィアは賢いね。これであいつの力がどんなものか掴めたよ。
「今私が言った魔法は真っ赤な嘘。そんな魔法は存在しないのよ」
「存在、しないやて?」
フィアが告げた真実にライアーの眉がピクリと反応した。
「そうよ。そして私はネロとエクレアにもそれを伝えておいた。だからあんたの言っていることが嘘だとわかり魔法も発動しなかった。このことから導き出される答えは一つ!」
指をビシッと突きつけフィアが言い放つ。
「あんたの魔法は嘘を真実に変える力よ。ただし条件付きでね」
僕の話を聞いたフィアの答えがそれだった。そう考えれば辻褄が合うこともあった。
なぜなら、ライアーは僕たちが見せた魔法以外については、自ら事細かくどんな魔法か説明していたからだ。冷静に考えて見れば何故わざわざそんなことをと思うけど、そこでフィアが導き出したのが奴の能力の条件──それは嘘が通用したときのみの真実化だ。つまり、僕たちがライアーの嘘を僅かでも信じたからこそ、恐らく本当かもしれないと思った程度でも、その力は発揮されるのだろう。
「なるほどなぁ……」
「もう観念することだね。それにお前の力にはもう一つ欠点がある。それはスイムのように人の嘘が通じない相手には効果が及ばないこと」
僕はフィアに追随するようにライアーに言った。ライアーは真剣な顔でこっちを見ている。
「くくっ、はっはっは。なるほどなぁ。やるやないか。褒めたるわ。確かにわいの紋章『正直な詐欺師』の力は大体そんなところや」
え? あっさり認めた?
「認めたってことは観念したのね」
「スピィ」
エクレアが鉄槌を構えながらライアーに向けて言った。スイムも力強く鳴いている。
「観念? 馬鹿を言わんといてや──」
そう口にしたかと思えばライアーが腰に吊るした袋から黒い玉を取り出した。
「いくで!」
そして玉を僕たちに向けて投げつける。なんだ? 一体なんのつもり?
「逃げんでえぇのか? それは魔法の爆弾やで!」
「は? あんた馬鹿? その能力はもう見切って──」
「確かにわいの力は嘘を本当に変える。せやけど、それが魔法の爆弾じゃないと本当に言い切れるんか?」
「え?」
それを聞いたとき、みんなの顔が強張った。これは──まずい!
「水魔法・
とっさに水で盾を生み出すと、玉は盾にぶつかり、そして爆発した。
「ハハッ、よう防いだもんやな」
ライアーが笑い出す。今のは危なかった。
「まさか、本当に爆弾? それともこれは奴の力の影響なの?」
「わ、わからないけどごめん。私ちょっと本当かもと思っちゃった」
「それは僕もだよ。嘘だと思いきれなかった」
「そ、それは──」
フィアもばつが悪そうな顔を見せる。きっとフィアも僕たちと同じ気持ちなのだろう。
「はは、まだまだいくで」
ライヤーは今度は大量の赤い石を取り出して握りしめた。
「これは大爆発を引き起こす危険な魔石や。お前たちだって知っとるやろ? 魔石の中には厄介な効果が宿った特殊な物もあることを」
それは──確かに聞いたことはある。そういった危険なタイプは事前にギルドが教えてくれるわけだけど。
「これがその魔石や! この魔石はこのあたり一帯を吹き飛ばすほどの威力があるんやで。さっきの魔法の爆弾とは大違い。せやけど、これはもしかしたら嘘かもなぁ。せやけど本当だったら──どないする?」
ニヤッと笑みを深めてライアーが頭上に魔石を放り投げた。これが本当だったらとんでもない爆発が──。
「答えは一つよ! 爆魔法・鳳戦爆火!」
フィアが魔法を唱えると空中で爆発が発生した。しかも爆発した場所から更に小さな火球がばら撒かれ魔石に当たると連鎖的に爆発が起きる。
これによって魔石は地上に落ちることなく空中で処理された。
「これで問題ないわね。嘘だろうと本当だろうと全て破壊すればいいんだから」
「チッ!」
フィアが言い放つとライアーが悔しそうに舌打ちした。そしてそこに隙が生まれた。このチャンスを逃さない!
「水魔法・重水弾!」
「し、しもうた!」
魔法が発生しライアーに向けて直進、そしてまともに命中した!
「これは、やったわね!」
「スピィ!」
エクレアとスイムが興奮気味に叫んだ。これで決着がついたか!
「──今のはちょっと焦ったなぁ」
だけど──立っていた。ライアーはその場に平然と……。
「え? 嘘、まだ、無傷──」
「スピィ!?」
エクレアが驚愕の声を上げた。スイムも驚いている。それは僕も一緒だった。でも、どうして?
「どういうことよ。私たちはあなたの障壁が嘘だともう知っている! 効果なんてないはず!」
「はは。せやな。確かにわいの障壁には少しだけ嘘があった。実際は魔導具に頼ってたんや。しかも耐久制限があるからスライムの攻撃にも少々焦って避けた。それが正解や」
耐久制限があっただって? それがライアーの言う真実──。
「そんな都合のいいことあるわけないじゃない!」
フィアが叫ぶ。確かに都合がいい。ライアーも魔導具を揃えすぎと思わなくないし。
「何故そう思う? わいの力が嘘を本当にする力だからでっか? せやけど今確かに攻撃は防いでみせた。それやのに嘘や言い切れるんでっか?」
「う──」
フィアがたじろぐ。そうなんだ、少なくとも今の僕の一撃は確かにライアーが防いだ。そのせいで、いやそもそもそれが駄目なんだ!
「駄目だみんな! こいつの言うことに耳を傾けちゃ!」
「そんなのもう遅いやろ──」
くっ、確かに聞いてしまえばどうしても疑心暗鬼に陥る。ライアーの言っていることが必ず嘘だとは思えない。
「けどな。もうわいも余裕がない。せやからこれで終わらせるで」
そしてライアーが袋から奇妙な箱を取り出した。
「これはわいの秘密の魔導具や。強力な破壊魔法が込められていてさっきの魔石なんぞ比べ物にならん威力や。お前らも含めてこのあたり一帯を全て消滅させる。本当はそこまでするつもりなかったんやけどなぁ。もう仕方ないで」
「それこそ嘘よ。信じるわけないじゃない!」
「これが嘘? 馬鹿言いなさんな。これは当然わいにもリスクがある。これ、つこうたらわいの防御も完全に消え去るんやで。もっともそれでもわいは生き残れるがな。後先考えない無様な手やけど仕方ない」
「だ、だからそんなの──」
「本当にこれが嘘だとあんたら言い切れまっか?」
「「──」」
「くっ、駄目だこのままじゃ!」
エクレアもフィアも黙ってしまった。嘘だと確信できない表情だ。これならたとえ本当だったとしても、そして嘘だったとしてもあたり一面瓦礫の山になってしまう。僕たちだって無事では済まない。
何か、何かあるはずなんだ。切り抜ける手が。
「こうなったら私の魔法で!」
「はっは。別にえぇで。そんなことしたらこの魔導具に誘爆するだけやけどな。結果は同じや」
杖を向けたフィアだったけどライアーの話を聞いて引っ込めてしまった。これじゃあ下手に魔法を当てるわけにもいかない。
「私の武芸だって下手に使えないじゃない」
エクレアの属性は槌と雷。攻撃してもし衝撃を与えたら──あ!
「エクレア、──僕たちはいいパートナーだったよね」
「え?」
「はは。なんや諦めたんかい。ま、それが賢明やな。どうせなら好きな女と一緒に死んでやったらえぇやろ」
僕の発言にエクレアの短い声、そしてライアーの煽るような声が重なる。
「ちょ、好きなって何よ!」
「水魔法・水飛沫!」
何かフィアが叫んでいたけど、ここは急がないといけない。僕は魔法の狙いを定めライアーにだけ水を掛け地面を濡らした。
「ブッ! な、なんやこないな悪あがきしてからに!」
「ねぇ知っている? 水って雷を通すんだよ?」
「は? 何いうとるんや。そんな馬鹿な話あるわけないやろ」
「はぁああぁあああぁああ!」
僕のセリフでエクレアは察したようだ。雷を纏わせた鉄槌を片手にライアーに向けて駆け出す。
「なんやわかっとるんかい! 下手に衝撃を加えたら誘爆するで!」
「わかっているわよ! だからこそここを! 狙う!」
「は?」
ライアーがキョトンとした顔を見せる。エクレアが狙ったのは彼とは離れた地面だったからだ。
「アホか、そんなもんなんの意味、が、グギイイイイイイアァアアァアアアアァアアアアアアァアアアアアァアアアァアアアァアァアアアァアアアアアギイイイァアアアァアアッ!」
不可解な顔を一瞬見せたライアーだったけど刹那その表情が一変した。雷に撃たれたような絶叫を上げ──煙を上げながらそのまま倒れていった。
「残念だったね。雷は水を伝って相手を感電させる。その知識がお前にはなかった──だから防ぐことができなかった」
そう。もしあいつの言う攻撃を防ぐ障壁というのが嘘を本物に変えた力だったとしても、自分の知らない攻撃まで防ぐことはできない。
そしてたとえそれが本当だったとしても魔導具で防ぐことは不可能だ。だってそんなこと知っているのは僕とエクレアだけ。つまり感電を防ぐ術式なんて作れない──つまり僕たちの作戦勝ちだ!

「チッ、一体どうなってやがる!」
勇者パーティーとネロたちがそれぞれ黒の紋章使いと戦っている頃、ギルドマスターのサンダースもまた町の変貌に驚き自ら対処に回っていた。
「──雷剛拳!」
サンダースは凶暴化し襲いかかってくる暴徒相手に武芸で対応していた。もっとも拳を直接当てたりはしていない。あくまで拳から伸びた電撃でショックを与え気絶させるに留めている。
原因が不明な上、相手は街でこれまで普通に暮らしていた一般人だ。下手なことをして大怪我を負わせるわけにもいかない。かといって放置していても被害が増えるだけである。
故に電撃によるショックで意識だけ刈り取って回っているのだ。
「たく、調整も面倒だってのに──」
頭をガリガリ掻き毟りながらサンダースがボヤく。現在このあたりの大体の暴徒は鎮圧した。
「しかし原因がわからなければ根本的な解決になりゃしねぇ」
「た、助けてください!」
そのときだった。サンダースの耳に助けを呼ぶ女性の声。目を向けると随分と露出の激しいドレス姿の女性が走って近づいてきた。
「──どうした?」
「それが、突然みんなおかしくなってしまって──私も襲われてしまったんです。ですからどうか……」
「そうか、よ!」
駆け寄ってきた女に向けてサンダースが拳を振った。問答無用で顔面に吸い込まれていく拳だが、女が当たる直前に跳躍し拳を避けつつサンダースの背面に回り込んだ。
「ハッ! 助けを求めているわりにはいい動きしているじゃねぇか」
「──あなたひどい人ね。助けを求めて近づいてきた女に手を上げるなんて」
妖艶な笑みを浮かべつつ女が言った。サンダースが振り返り鼻を鳴らす。
「フンッ。助けてと言っているわりに声と表情に余裕があったからな。お前はもう少し演技力を磨くといいぞ」
「あら辛辣。けれどもしそれがただの勘違いだったらどうしたのかしら?」
指を突きつけサンダースが告げると女は色のある微笑みを浮かべ聞き返した。
「ギリギリで拳を止める技量ぐらいは持ち合わせているつもりだ。お前には必要なかったようだがな」
女に厳しい視線を向けながらサンダースが答えた。女は笑みを崩すことなく
「あらそう。でも、私に気を取られてばかりでいいの?」
フフッと妖艶に笑った直後、建物の陰から飛び出してきた暴徒が一斉にサンダースに襲いかかる。
「あめぇんだよ! 旋風雷鳴脚!」
回転と雷を纏った蹴りで、襲ってきた暴徒を嵐のごとく纏めて吹っ飛ばした。地面に落ちた暴徒たちはしこたま体を打ちつけ意識を失っている。
「あらあら。随分と容赦ないのね。ただ操られているだけの一般人かもしれないのに」
「あぁ問題ねぇよ。そいつら全員冒険者だ。たく情けねぇ。これは不甲斐ないこいつらへの罰だよ」
目を光らせサンダースが答えた。女は一旦瞼を閉じ、髪を掻き上げ口を開く。
「流石は著名なギルドマスターといったところね。あの一瞬でそこまで判断できるなんて。その逞しさといい、そそられるわ」
「勘弁してくれ。俺の嫁は嫉妬深いんだ。お前みたいな奴でも何言われるかわかったもんじゃねぇ」
女の挑発的な発言にもサンダースは乗る様子がない。
「あら傷つくわね。これでも私モテるのよ?」
「俺は中身重視なんだよ。それで町の人間がおかしくなっているのはテメェの仕業か?」
そしてサンダースが本題に触れた。慎重に相手の様子を窺いながら出方を待つ。
「そう、だと言ったら?」
「多少強引でもとっ捕まえて連れ帰らせてもらうぜ。色々と話を聞く必要があるからな」
「それは厳しいかもしれないわね。だってあなたはもう私の目を見たもの。フフッ」
「なんだ、と? グッ!」
確かにサンダースは女の目を見ながら話していた。そしてそれがどうやら決め手となったようだ。頭を押さえ呻くサンダース。獣のような目つきで女を睨んだ。
「テメェ、これで町の連中を」
「驚いた。まだ話せるのね。でも、ダ・メ・よ。私、メンヘルの『狂い咲く瞳』からは逃れられない」
「グ、グァアァアァアアァアアアアア!」
サンダースが咆哮を上げた。瞳が狂気に染まり荒ぶる息を抑えきれない様子だ。
「堕ちたわね。それなら適当に暴れていなさい。もちろんあなたは『深淵をのぞく刻』の処刑リストに入っているから、娘ともども後でしっかり始末させてもらうけどね。ウフフッ──」
そう言い残しメンヘルがその場から姿を消した。このサンダースの暴走は当然他の冒険者にも知れ渡ることとなり、町の人間を恐怖に陥れることとなる──。

ガイの目の前では、畑から勝手に飛び出てた薄気味悪い芋が勢ぞろいしていた。芽ではなく眼が生えたような存在であり、根が手足のように伸びている。
「どうかな? この俺が育てた作物は。とってもいい出来だろう?」
「ハッ。テメェのように性格が捻くれてそうな芋だぜ」
笑って問いかけてくるガルに勇者ガイが目を尖らせて言い返す。
「ははは。性格のことはお前には言われたくないな」
「あん?」
「まぁ否定はできませんね」
ガルが嘲笑しながら反論し勇者ガイが不機嫌な顔を見せた。だが聞いていたセレナは性格については納得しているようである。
「お前どっちの味方なんだよ!」
「プイッ」
「くっ、なんなんだ!」
セレナは何かガイに不満がありそうだ。当の本人はそれがなんなのかさっぱり理解できてないようだが。
「はは、おふざけはここまでだ。さぁたっぷりと味わえ。俺の育てた芋をな!」
目玉のついた芋がガイに向けて一斉に襲いかかってきた。剣を構え向かってきた芋に向けて一閃、芋はあっさりと切り捨てられた。
「ハッ、何かと思えばただの雑魚じゃねぇ──」
強気な発言を見せるガイ。だが地面に落ちた芋から紫色の煙が立ち上る。
「ゴホッ! テメッ、何だこれは!」
「ははっ。なんだ知らないのか? 本来芋には毒が含まれているもんさ。そして俺が育てた芋は特に毒性が強い」
咳き込むガイを眺めながらガルがほくそ笑んだ。畑から飛び出た芋は敢えてやられることで毒を周囲にばら撒くタイプだったようである。
「ぐっ!」
跪くガイの皮膚が紫色に変化していった。その様子にセレナの顔色が変わる。
「ガイ! 今治すからね。生魔法・解毒!」
セレナが魔法を行使。するとガイの顔色が再び良くなっていった。
「はぁ、はぁ、助かったぜ」
「はは、そういえばお前は回復魔法が得意だったな。へぇ……」
ガルが真顔でセレナを見やる。
「やべぇ! 逃げろセレナ!」
「はっはっは。悪いが遅いねぇ。一鍬掘り!」
ガルが畑に向けて鍬を振り下ろすと直線状に衝撃が駆け抜けた。
「アブねぇ!」
ガイがセレナを突き飛ばす。だがガイは避けるのが間に合わずまともに攻撃を受けてしまった。
「ガイ!」
天高く舞い上がるガイを目にしてセレナが絶望に近い声を上げた。回転しながら落ちてきたガイに駆け寄り急いで回復魔法を掛ける。
「おお、向こうにもいい肥やしがいたようだなぁ」
「え?」
何かを眺めながら口にするガル。魔法で治療しながらガルの視線の先を見やるセレナ。そこで気がついた。直線状に駆け抜けた衝撃に沿って畑ができていたことを。
そして──。
「キャァアアア!」
「ひ、ひぃいい! 人食い畑ぇえええ!」
「やめろ! 離せ離せぇええ!」
そこに広がったのは畑から伸びた根が近くにいた人に絡みつき、畑に引きずり込む光景だった。
「皆さんその畑には近づかないで!」
畑に引きずり込まれていく人々を認め、セレナが声を張り上げた。人々に危険を知らせるためだ。
「ふ、ふざけるな! 街中で頭のおかしな奴らが暴れているのにこんなところで足止めされてたまるかよ! 俺は一人でも渡るぞ!」
「俺もだ!」
「こんなもの飛び越えればいいだけよ!」
「ダメです! 待って!」
セレナには何故人々が慌てているのかわかっていなかった。そして冷静さを失った人々は畑を無理矢理進もうとするが、足を踏み入れれば飲み込まれ、飛び越えようとしたなら根によって引きずり込まれていく。
「あっはっは! いいねぇ。どうやら仲間がいい仕事したようだ。向こうから畑の肥やしがやってきてくれるぜ! さぁ、いい感じに作物も育ってきたぞ!」
まず畑から巨大な大根が姿を見せた。やはり大量の目玉を持った足の生えた大根であり、足となった根の部分が異様に太く逞しい。その大根が葉を振り回し逃げてきた人々を襲い始めた。
更にかぼちゃ頭の異形も姿を見せる。こちらは口があり火を吐いてあたりを燃やしていく。
かと思えばパタパタと跳ぶキャベツやトマトも現れそれらがセレナに襲いかかる。
「ハッハッハ! 最高だ! 普段は食う側の人間が野菜に襲われ食われていくなんて、最高のショーじゃないか!」
「うぉおお!」
愉悦に顔を歪めるガル。そのとき勇者ガイが立ち上がり迫る野菜を切り裂いていった。
「ガイ!」
「──助かったぜセレナ。後は俺に任せやがれ! こんなクソ野郎俺がぶっ潰してやる!」
「ハハッ。威勢だけはいいな、このエセ勇者が──」
強気なガイに向けてガルがどこかイラッとした様子を見せた。
そして──そこから一方的な戦いとなった。ガイはセレナを守りながら戦う必要があり、四方八方から攻めてくる化物野菜に対して防戦一方であった。
「どうした? 威勢が良かったわりに随分とボロボロじゃないか」
「畜生が──」
ガルが狡猾な笑みを浮かべた。視線の先ではセレナを庇うようにして血だらけになったガイが立っている。だがセレナも決して無事ではない。ガイ一人では無傷で守ることは叶わなかった。
周囲を鋭い牙の生えたキャベツやトマトに囲まれており、セレナのローブには血も滲んでいる。何箇所か噛まれたからである。更に顔色も相当悪い。かなり弱っている様子だが怪我の程度を考えると症状が重く感じられる。セレナに治療してもらい戦線に復活したガイだったが、ガルは彼の弱みに付け込み、育った醜悪な野菜を利用しセレナを中心に狙い始めた。その結果ガルに効果的な反抗の手段を発揮できずガイは傷つくばかりであった。
「やれやれ、勇者というのも実際大したことなかったな。この処刑リスト間違ってないか?」
ガルが大げさに頭を振ってみせた。あからさまな態度に出てガイを小馬鹿にし、狙いが勇者ガイであったことを示す言葉を口にした。
「はぁ、はぁ、処刑、リストだと?」
ガイが眉を顰めガルに聞いた。
「あぁそうだ。まぁ貴様らが詳しく知る必要はないさ。どうせ俺に殺されるんだからな」
ガルにはそれ以上答える気はなさそうだった。その必要がないと考えているようだが、ガイもただでやられるつもりはない。
「そう、かよ! 勇魔法・大地剣!」
声を張り上げガイが地面に剣を突き立ているとガルの足元から巨大な刃が飛び出した。だがガルは読んでいたが如くそれを避ける。
「ハッ、また馬鹿の一つ覚えみたいな魔法か」
「勇魔法・天雷!」
小馬鹿にするような態度を見せるガルであったが、そこにガイによる追加の魔法が炸裂。天から放たれた雷がガルを撃った。下を意識させて上からの雷。これにはガルも反応できなかったようだが──しかし全身から煙を上げながらもガルは魔法に耐えていた。
「くそ! 効いてねぇのかよ!」
「残念だったなぁ。お前の体力が万全なら今のはやばかったかもしれないが、お前は俺の野菜に噛まれている。そいつらの好物は人の生命力や魔力──お前の肉体は着実に弱まっているんだよ」
ガルが得々と語ってみせた。ガイが唇を噛みセレナを見る。彼女が相当弱っている理由も得心がいった。もちろんガイとて危険な状況だ。
「さて、次はみんなが嫌うピーマンだ」
畑からボコボコ姿を見せたのは文字通りピーマンだった。血走った目玉が飛び出ておりその様相は醜悪そのものである。
「ピーマンは可哀想だよなぁ。苦いというだけで嫌われがちだ。悲しいよなぁ。だから怒っているんだぜ? ピーマンはよぉおぉおぉおお!」
ピーマンが一斉にガイに襲いかかる。
「クソが! ピーマンは大嫌いなんだよ!」
そしてガイもまたピーマンが嫌いな中の一人だったようだ。迎え撃つ体勢を取るがピーマンは筒状の腕を構え細かい種を連射してきた。
「ぐっ、こ、こいつ!」
剣を振り回すもピーマンはガイの射程外から攻撃を仕掛けてくる。
「全く。勇者ともあろうものが無様だなぁ。いやぁもう勇者でもなんでもないか。さっきからパニックに陥って逃げてきている連中は、畑に引きずり込まれるか野菜に食われるかを指をくわえて見てる始末だ。何も守ることができねぇとは本当糞の役にも立たない勇者だ。しかも大事な女も守れない。情けねぇ情けねぇ情けねぇ情けねぇ」
自らの育てた野菜に苦戦するガイを眺め、嘲笑の言葉を次々とガルが投げつけていった。
ガイは攻撃を避けながらもガルを睨めつけ叫ぶ。
「ふざけんなテメェ! 野菜のカゲに隠れやがって。テメェがかかってきやがれ!」
「見苦しいねぇ。言い訳がましいねぇ。そんなにその女が大事か? 庇っているからお前がこっちに来られないだけだろう? 結局お前は自分に自信が持てない根性なしってことだ。俺を倒せば畑も消えるってのにビビって何もできねぇ腰抜けが──」
「それが聞きたかったぜ!」
ガルの言葉に反応し勇者ガイが飛び出した。瞬時にピーマンを切り倒し、その距離を詰めにかかる。
「一発で決めてやる! 武芸・勇心げ──あ?」
決死の覚悟で飛び出し最大の技で決めようとしたガイだったが、その動きがピタリと止まった。背中に何かが突き刺さっていたからだ。高速で飛んできたソレは──キュウリだった。
もちろんただのキュウリではない。先端が槍のように尖った凶悪なキュウリだ。
「かかったな馬鹿が! お前みたいな奴はこうやって煽ればすぐに飛び出してくると思ったぜ!」
「ち、くしょう、が──」
ガイが前のめりに倒れる。それを見下ろし近づいてきたガルが頭をグリグリと踏みつけた後、ガイの髪の毛を引っ張り持ち上げた。
「さて、テメェを始末するのは簡単だが、その前に楽しいショータイムだ。見ろ、あの女を囲んでるのが何かわかるか?」
ガルに言われ虚ろな瞳をセレナに向けるガイ。ガルの言う通り球状の野菜がセレナを囲んでいた。
「……スイカ、だと?」
ガイが呟く。それは確かに見た目はスイカだった。ガルが不敵な笑みを浮かべ答える。
「あぁそうだ。スイカだ。もちろんただのスイカじゃねぇぜ? あれは言うならば爆弾スイカ。その名が示す通り獲物の近くで派手に爆発するスイカだ。面白いだろう?」
ガルからスイカについて聞かされ勇者ガイがクワッと両目を見開く。
「やめ、ろ、やめろクソが!」
「あっはっは! いいねぇその顔。散々勇者だなんだとチヤホヤされて調子に乗ってきたんだろうが現実は非情だねぇ。大切な女も守れず目の前で爆死するのを黙って見過ごすしかないんだからなぁ」
ガイはこれまでの強気な態度が嘘のようにガルに向けて懇願する。
「やめろ、やめてくれ、頼む、やるなら俺を殺しやがれ!」
「あぁ殺すさ。当然だろう? だけどその前に仲間が死ぬのをせめて目に焼き付けておけって話だ。さぁカウントダウンだ。あと一〇秒、九、八、七、六、五──」
「畜生が! くそが! うぁああぁああああ!」
「ははは、暴れたって無駄だ無駄! さぁ後三秒二秒一──」
カウントが〇に近づきスイカが膨張し光り始めたそのときだった──畑に向けて大量の水が流れ込んできてスイカを含めた野菜を纏めて押し流していった。ガルの目が点になり、ガイの悲鳴も止む。
そして姿を見せる水色髪の少年の姿──。
「なんとか間に合ったね。ちょっとだけ荒っぽいことになったけど──無事かい? ガイ」
「ぐっ、うぅうう、ネロぉぉおお!」