「私が終わり? ククッ、だから貴様は甘ちゃんのカスだというのだ!」

 ハイルトンが懐に手を入れて何か玉を取り出した。まさか、何かの魔導具!?

「水魔法・まもりたて!」

 とっさに盾を展開。エクレアとスイムも守るようにだ。そしてハイルトンが玉を地面に叩きつけると強烈な光が発生した。

「フンッ、今だけは見逃しておいてやる! さらばだー!」

 ハイルトンの声が遠ざかっていく。あいつ、目眩ましで逃げるためにこれを──。

「うぅ、眩しかった~」

「スピィ~……」

 光が収まり目が慣れてきた頃にはハイルトンの姿がなかった。

 やっぱり逃げられたか──結局残ったのは頭をなくした盗賊の死体だけだ。

「エクレア、スイム大丈夫? ごめんね僕のせいで……」

 目を瞬かせるエクレアとスイムに謝る。何か厄介なことに巻き込んだ上、散々な目にあわせちゃってちょっと申し訳なく思うよ、て何かエクレアの目が怖い。スイムからも妙な空気が──。

「ネローー! もう! もう!」

「わ!?

 え、エクレアに押し倒された! 僕の上に跨がる形でエクレアがポカポカと僕を叩いてきた。スイムも何かぴょんぴょん跳ねていて頭から湯気が吹き出ている。

「今も自分のせいだと思ったでしょ! さっきも言ったでしょ、私たち仲間なんだからね! パーティーを組んだんだから! 困ったときはお互い様なんだからね!」

「スピィ!」

 エクレアとスイムに怒られちゃったよ。そうか、これが仲間なんだよね。

「ごめんねエクレアもスイムも──もう自分一人で決めようなんて考えないよ……えっと」

 素直にごめんねと言えた。そして冷静になると何か今とんでもない状態じゃないかと思えてしまった。

「わかったならよろしい! て、どうして顔が赤いの?」

「スピィ?」

「いや、その、そろそろどいて、くれると」

「え?」

 エクレアに跨がられているのが急に気恥ずかしくなってきたけど、それに気がついたエクレアの顔もみるみる赤くなって跳ねるように立ち上がったよ。

「スピィ?」

「はは。おいで。心配掛けてごめんねスイム」

「スピィ♪」

 エクレアが離れた後スイムを抱きしめて頭を撫でた。スイムの機嫌も直ったみたいで良かったよ。

 でも、ハイルトンのことがあるよね。とにかくギルドには報告しないと──。


「く、くそ。あんな塵にこの私が手傷を負わされるとは──」

 魔導具を使いネロたちから逃げ出したハイルトンは、帰路の途中も怒りが抑えきれずにいた。

「キキィ!」

 ダンジョンを引き返すハイルトンの前にジャイアントラットというモンスターが姿を見せる。

 大型犬程度はある巨大なネズミといった様相の魔物だ。群れで行動し獲物に襲いかかる。

「このハイルトンも見くびられたものだな!」

 とはいえジャイアントラット自体はそこまで強くはない。手負いの獲物と見て襲いかかってきたが傷を負ったとはいえこの程度の魔物にやられる彼ではなかった。

 チャクラムを投げつけたことで通路にジャイアントラットの死体が横たわっていく。

「くそが! この私がこんな雑魚にまで狙われるとは、全てあの糞どものせいだ!」

 途中の壁をガンガンと殴り片眼鏡を何度も直す。どうしてくれよう、どうこの落とし前をつけてやろうか、そんなことを考えながら足を進め続けた。

「殺気がこっちまでダダ漏れだぞ。ハイルトン」

 ダンジョンの二層まで戻ってきたそのとき、彼に声を掛ける人物が現れた。ハイルトンは目を見開き、嬉しそうに口角を吊り上げる。

「はは! これはぎょうこうだ! まさかここでお前たちに会えるとは。いいぞ! よく聞け。殺すべき害虫はこの下にいる。今なら手負いの兎も同然。我々で追い詰めれば間違いなく始末できる!」

「──ほう。そうかい」

 ハイルトンが彼らに協力を仰いだ。その目は狂気に満ちていた。一方で話を持ちかけられた彼らからもひりついた空気を感じた。

「それを聞いて安心した。俺たちはラッキーだな」

 彼がそう言葉を返す。ハイルトンの眼鏡のレンズがキラリと光った。

「ははは。そうだろうそうだろう。そうと決まれば早速行動に移るぞ」

 喜色満面で彼らに語りかけるハイルトン。これで今度こそ目的を達成できると興奮した様子だ。

「連中が戻ってくるならそのまま殺ればいいが、位置的にボス部屋に向かった可能性もある。そうなると面倒だが、道はわかっているから最速で向かえば──」

 ハイルトンが拳を握りしめ強い口調で訴えた。そのときだ、鋭い音と共に影がハイルトンの腕を撫でた。

「──は?」

 片眼鏡の奥の瞳を広げ間の抜けた声をハイルトンが発する。

 肘から先が地面に落下し、ようやく彼の右腕が切られたことに気がついた。

「な、う、腕が、私の腕がああぁああぁあ!」

 叫び声がダンジョンに木霊する。左手で右腕を押さえようとするハイルトンだが、その瞬間には左腕も消えていた。

「あ、ああああぁああああぁ! 畜生! 畜生! どういうつもりだ貴様ら! まさか、貴様、裏切るのか! 裏切るつもりなのか!」

 ハイルトンは叫び憤慨してみせた。

「──裏切るも何も最初から仲間になった覚えなんてないさ」

 冷たい目で言い放たれ、ハイルトンの目の色が変わり叫ぶ。

「き、貴様貴様貴様、貴様らぁああ!」

「うるさい──」

 怨嗟に満ちた声が響き、ハイルトンの顔が炎に包まれた。

「ぎ、ぎゃああぁあああぁあ! 熱ィ! 熱ィイィイィィィィィイイィイ!」

 ハイルトンが地面を転がり悲鳴を上げるが、その声も次第に弱々しくなっていった。生きてはいる。だが口と喉が焼かれ、もうまともに喋れないのだ。

「ハイルトン、良かったな。ここはダンジョンだ。このまま放っておいてもここに巣食う魔物がお前をしっかり食らってくれるさ。害虫にはお似合いな最期だろう?」

 火傷を負ったハイルトンは憎悪の籠もった瞳で彼らを見た。彼らはハイルトンをそのまま放置し去っていく。

 顔を焼かれ喉も焼けた。助けを呼ぶこともできない。だがまだ足がある。絶対に逃げ出してやる。そしてあの連中にも目にもの見せてくれる。その思いだけで入り口を目指すハイルトン。

 その決意をあざ笑うように魔物の群れがハイルトンに目をつけた。ジャイアントラット──先程ハイルトンが雑魚と罵り片付けた魔物だ。ある程度の腕を持った冒険者であれば問題にもならない。

 だが、手負いになったとき、その魔物は恐怖の対象となる。ジャイアントラットは獲物の食べ方が汚く、それ故にジャイアントラットに襲われると簡単には死ねない──徐々に徐々に生きたまま貪られ続けることになる。故に冒険者はこう口にする。死ぬにしてもジャイアントラットに殺されるのだけはごめんだ、と──。

 ハイルトンの瞳が絶望に染まった。戦おうにも腕はない。叫ぼうにも声が出ない。残るは足だけだが蓄積されたダメージで思うように動かない。

 そしてあっという間にハイルトンはジャイアントラットの群れに囲まれ飛びつかれた。全身に齧歯類特有の牙が突き刺さり、声にならない声を上げ苦悶の表情を浮かべた。

 飢えたジャイアントラットは、噛みしめるように、獲物の肉体を削り取るように、少しずつ少しずつ捕食していく──。

 ──ポリ、ポリ、ポリ、ポリ……。

 こうしてダンジョン内では久しぶりに餌にありつけたジャイアントラットの咀嚼音だけが長らく響き渡ることとなるのだった──。


 ハイルトンとの戦いが終わり、僕たちは生命の水で傷を癒やし、今後のことを考える。

「このまま戻るよりは五層まで下りてボスを倒した方がいいと思う」

「そうだね。でもボスは大丈夫かな?」

 ここはエクレアとしっかり相談しないとね。ダンジョンにはボス部屋があり、一度足を踏み入れるとボスを倒さない限りは基本的には出ることができない。

 ただ唯一、ダンジョン脱出用のポータルストーンなど、道具を使えばボス戦でも逃げることは可能だ。ダンジョンでしか手に入らない特殊な石だから値段は張るんだけどね。

 どちらにせよ今回は持ってきてないから挑むなら勝つのが前提となる。

「私たちなら大丈夫よ。ネロが持ってきてくれた生命の水のおかげで疲れも嘘みたいに消えたしね」

「スピィ~♪」

 エクレアが両腕を曲げて平気だとアピールしてくれた。

 生命の水に関しては回復魔法を込めてもらったおかげでもあるけどね。それとエクレアには僕が魔力を込めた魔力水を飲んでもらった。

 エクレアは雷属性の武芸を発動した際に魔力も消費しているからね。

 これでエクレアの魔力は回復したようで喜んでいた。

 後は僕だけど、前提として自分で作った魔力水を僕自身が飲んでも効果は薄い。

 だけど魔力量は多いしまだ余裕がある。あと一層の攻略程度なら問題ないだろう。

「じゃあ攻略しちゃおうか」

「うん!」

「スピッ!」

 スイムもどこか張り切っているね。念のため盗賊からは所持品を回収しておいた。もちろんギルドへの報告用としてね。頭がない死体を弄るのには忌避感もあったけどね……エクレアも手伝ってくれたけどいい気持ちはしなかったみたいだ。

 気を取り直して四層を攻略し五層についた。ボス部屋のある五層は他の層に比べて構造が簡単だ。ボス戦がメインと言っても良い。

「ここがボス部屋の扉だね」

「うん。色々あったけどいよいよだね」

「スピィッ!」

 エクレアが張り切っている。僕はちょっとだけ緊張していた。ガイたちのパーティーにいた頃はボス戦にも参加したけど、あの頃の僕はほとんど役に立ててなかった。

 だけど今回はそんなことでは駄目だ。僕もしっかり戦闘に参加しないとエクレアの負担が大きくなるし、何よりそんな情けない姿を見られたくない。

「私とネロだったら絶対大丈夫だよ。だって私たち相性バツグンだもん!」

 ぐっと拳を握りしめて僕に笑顔を見せてくるエクレア。相性──も、もちろん属性って意味で言っているのはわかっているつもりだけどね。

 だけど信頼してもらっているなら僕もしっかり応えたいと思うよ。

「よし、覚悟も決まったし行こうか!」

「うん!」

「スピィ!」

 僕とエクレア、そしてスイムで扉の奥のボスに挑む。重たそうな扉に手を触れると勝手に開いた。

 中に入るとギギギィと重苦しい音を奏で扉が閉まり、ガチャッと鍵の掛かる音が聞こえた。

 部屋は広い。戦うには十分なスペースだ。奥にも扉が見えるけどあれはここのボスを倒すまで開かない。部屋の中に魔法陣がいくつも浮かび上がった。これはボスが一匹ではなく他にも仲間を引き連れて現れるパターンか。

「ゲコォ!」

「「「「「「ゲロゲロゲロゲロッ!」」」」」」

 現れたのは王冠を頭に載せた巨大なカエルと何も載せてない大きなカエル六匹だ。

「カエルタイプの魔物か──」

 これは前のパーティーだったらセレナが青ざめてしまうような相手だね。

「ゲロゲロッ!」

 王冠を載せたカエルが鳴くと他のカエルたちが飛びかかってきた。見るからに王冠のカエルがリーダーだろうね。

「こんな相手サクッと倒しちゃおう」

「うん。あ、でも油断は禁物で」

「もちろん。はぁあぁああ!」

 エクレアがまず向かってきたカエルに向けて鉄槌で反撃した。だけど──鉄槌がカエルを捉えるも滑ってしまいまともにダメージが入らない。

「こいつらヌメヌメして嫌だ」

「ゲロッ!」

 エクレアが怯んだところにカエルが舌を伸ばしてエクレアをベロンっと舐めた。

「ヒッ!」

 エクレアがゾクゾクっとした顔を見せる。鳥肌も立っているようだ。流石にあの舌で舐められると気持ち悪いみたいだね。

「「ゲコゲコッ!」」

「スピィ!」

「大丈夫! 水魔法・水剣!」

 僕は水で剣を作成しカエル二匹に切りつけた。ヌメヌメとした体は打撃だと滑ってしまうようだけど剣なら別だ。切り裂かれたカエルが地面を転がり粒子になって消え去った。ボス部屋に現れる魔物は死体が残らないんだ。よし、エクレアは、え?

「はぁ、はぁ……」

 エクレアが苦しそうに身悶えていた。これは──。

 エクレアは地面に膝を付けて苦しそうだ。顔色も悪い。あの症状は──。

「水魔法・水槍!」

 弱っているエクレアにカエルが飛びかかり、僕は水の槍を撃った。カエルは槍に気がつき飛び退く。

「エクレア! 解毒薬だ!」

「あ、そ、そうか──」

 僕が声を張り上げるとエクレアが懐から解毒薬を取り出して飲んだ。途中の宝箱で手に入れておいて良かったよ。こいつら毒持ちだったんだ。油断できない相手だね。

「私ったら情けない! ネロ。こうなったらアレで決めちゃおう!」

 アレ、そうか!

「水魔法・放水!」

 僕は魔法で水を放出し、カエルたちの周囲を水浸しにしていく。中には放水を喰らって吹っ飛んでいったカエルもいて、なんか倒しちゃってたけど結果オーライってことで。

「準備できたよエクレア!」

「任せて! 武芸・らいげきつい!」

「「「ゲコゲコゲコォォォオォォオオ!」」」

 エクレアが雷の迸った鉄槌で床を殴りつけると、電撃が水を伝って広がり三匹の大きなカエルが感電し倒れて消えた。

 さて、これで残ったのは王冠を載せた巨大ガエルだけだ。ただこいつは本当にデカい。

 見上げるほど大きくて飛び回るだけで厄介っぽい。

「ゲロゲロォオォオオオ!」

 他のカエルがやられて怒っているのがよくわかる。名前的にはとりあえず王様カエルってところかな。その王様カエルが飛んできた。この大きさで飛ぶのは本当にヤバい。

「逃げてエクレア!」

「ネロも!」

「スピィ!」

 僕たちはバラバラに逃げた。王様カエルはデカくて跳躍も高い。だけどその分落下まで多少余裕がある。避けるのは問題ない。そう思っていたけど落下した瞬間部屋が揺れ、足が取られる。

「ちょ、揺れすぎ!」

 エクレアも戸惑っている。そこに王様カエルが唾液を飛ばし、エクレアにバシャっと当たる。

「エクレア、大丈夫!?

「うぅ、毒はなさそうだけどなんかベタベタするよぉ。うわ、足が──」

 ヨダレまみれになったエクレアが顔をしかめている。しかもベタベタしているせいで足を取られているみたいだ。

 それにしても──な、なんだろう。今のエクレアを見ていると凄くドキドキする。

「ゲコッ!」

 て、そんなこと考えている場合じゃない! 王様カエルが舌を伸ばしてエクレアを狙ってきた。

「水魔法・まもりたて!」

 エクレアの正面に水の盾を生み出した。舌が当たって盾が砕ける。

 威力が高い! エクレアは唾液をなんとか振り払おうとしているけどすぐは厳しそうだ。

 僕がなんとかしないと──でも振動で足を取られるのが厄介すぎる。

 なんとか使える魔法──そういえばあの唾液も水といえば水だよね……。

「閃いた! 水魔法・粘着水!」

 魔法で放出した水が王様カエルに掛かる。これはダメージを狙った魔法じゃない。

 どちらかと言えば意趣返しである。

「ゲロ!?

 王様カエルが慌てている。そう、これは王様カエルが使ったようなベタベタした水だ。多分あのカエルのより纏わりつくから王様カエルは上手く跳べないでいる。

「動けるようになったわ。チャンスね! 武芸・雷装槌! はぁああぁあ!」

 恨みの籠もった鉄槌に雷を纏わせエクレアが加速した。王様カエルに叩きつけると感電したカエルが悲鳴を上げた──。

 王様カエルが電撃で倒れる、と思ったんだけどカエルはギリギリで踏ん張った。

「ごめんネロ。ちょっと弱かったかも!」

 エクレアが謝ってきたけど仕方ないよね。

「気にしないで。相手はボスなんだから簡単ではないよ」

「ごめんね。本当は雷神槌トールハンマーを使えればいいんだけど、あれは魔力も使う上、生命力の消費が激しくて一日二回が限度なの……」

 エクレアがしょんぼりした顔を見せた。武芸には生命力を消費するのもあると聞いたけど、やっぱり威力の高い武芸はリスクも高いのか……。それにエクレアは雷の紋章もあるから魔力だって減る。 強力な分消耗も激しいんだね。

「それならなおさらだよ。大丈夫。ボスは僕たちで──」

「ゲロロロロロロオオォオオォオォオオ!」

 落ち込むエクレアを励ますように言葉を返すと、カエルが荒ぶったように鳴き出した。

 かと思えば頬が膨らみパンパンになって湯気が漏れ出し、カエルの体色が赤く変化していった。

「このカエル、まだ何かある?」

「スピッスピィ!」

 スイムもどこか慌てた様子だ。するとカエルが口を開けてなんと炎を吐き出してきた。

「うわわっ!」

 僕は思いっきり飛び退いてなんとか炎の範囲から逃れた。

「エクレア!」

「大丈夫! 私も逃げたから」

 エクレアが心配で声を掛けたけど平気そうだ。怪我もなさそうで良かった。とはいえ、まさかこんな攻撃をしてくるなんてね。王様カエルが再び大口を開く。同じ攻撃をしてくるつもりか。

「でも僕には水魔法がある! 水魔法・放水!」

 王様カエルの吐き出した火炎に向けて杖から水を放出した。炎と水のぶつかりあい。

 水の方が有利かと思ったけど、相手の炎の勢いも強い。そして互いに弾けあって双方が掻き消えた。

 すると突然周囲に霧が発生した。これはまさかあのカエルの能力?

「ゲロゲロッ!?

 いや、突然の霧に王様カエルも戸惑っているようだ。

 てことはこれって炎と水がぶつかってできたってこと?

 霧は知ってたけど、それだと霧の発生源は水に関係しているってことに──ということは。

「驚いたよ、突然霧が発生するんだもん」

「スピィ!」

 霧が薄れてきてエクレアとスイムが声を上げた。王様カエルも冷静になってきたのかこっちの様子を窺っている。これはかなり警戒しているようだ。でも、これなら!

「閃いた! 水魔法・水濃霧!」

 僕が新しく閃いた魔法を唱えると王様カエルの周囲に霧が発生した。

「ゲロゲロゲロゲロォォオォォオ!」

 王様カエルが慌てている。視界が塞がれたからだろうね。

「今だエクレア。あの霧に向かって雷で攻撃してみて。エクレアは霧に巻き込まれないようにね」

「え? う、うん。わかったやってみる!」

 そしてエクレアが鉄槌を構えて飛び込み霧の手前で武芸を放った。

「武芸・らいげきつい!」

「ゲロオォォォオォォオッォオオォオオォオオオ!」

 エクレアの鉄槌から迸った電撃が霧に吸い込まれていき、霧の中でバチバチバチと激しく電撃が駆け巡った。王様ガエルの断末魔の叫びが耳に届く。

「え? これってどういうこと?」

 王様ガエルに雷が通ったことでエクレアが目をパチクリさせていた。なので理由を説明する。

「うん。実はさっきの炎と僕の水がぶつかりあったことで霧が発生したんだ。それをヒントに閃いたのが今の魔法。つまり霧は元を辿れば水なんだ」

「水──あ、そうか! だから電撃が霧を伝ってあのカエルをやっつけたんだね」

「スピィ!」

 エクレアが閃いた顔で反応してくれた。流石理解が早いね。スイムもわかってくれたのかピョンピョン跳ねて嬉しそうだよ。霧が晴れた後にはもうボスの姿はなかった。代わりに宝箱が一つ出現していたよ。ボスを倒した後の戦利品って奴だね。

 よし、これがエクレアとパーティー結成して初のボス退治だね。宝箱には何が入っているかな~?

 ボス部屋で出現する宝箱にはトラップは仕掛けられてないと言われている。

 実際ガイたちのパーティーにいた頃はボス戦後の宝箱に罠が仕掛けられていたことはなかったからね。

「ネロ、宝だよ!」

「スピィ~♪」

 エクレアとスイムは宝箱を見てテンション上がったみたいだよ。スイムを抱えてくるくる回っているし。なんだろう、もう、可愛い。

 とはいえ一応注意しながら宝箱をチェックする。

「罠は掛かってないようだね」

「うん。良かったよね」

「スピッ!」

 罠がないと知ってエクレアとスイムも安心したみたいだね。もっともボス部屋の宝だからエクレアもそこまで心配してなかったようだけど。

「開けるね」

 カチャッと音がして箱が開く。中に入ってたのは、あれ?

「これは──赤い魔石と宝石だね」

 気になるのは宝石で、石の中心が淡く光っている。実はこれスキルジュエルに見られる現象だ。

「もしかしたらこっちの宝石はスキルジュエルかもしれないよ」

「嘘! もしかしてラッキー?」

 かなりの幸運だと思う。スキルジュエルは中々低層で出ることはないらしいからね。

「なんのスキルジュエルかは鑑定してもらう必要があるかな」

 鑑定は特殊な道具を使うか鑑定師の紋章を持った人にしかできないとされる。

 基本的にはギルドに専属の人がいるからお願いすればいいんだけどね。

「後はこの魔石だね。これもギルドに引き取ってもらう形かな」

「スピィ──」

 僕とエクレアで相談しているとスイムが魔石を見て反応を見せた。なんだろう? どこか物欲しげに魔石を見ている気がする。

「スイム。もしかしてこれ欲しいの?」

「──!? スピィ~?」

 スイムがくれるの~? といった感情を滲ませてプルプル震えた。

「スイムってば本当可愛い~」

「スピィ♪」

 エクレアもスイムにはデレデレだね。抱きしめられてスイムも嬉しそうだ。

「でもどうしようか? スイムがおねだりしてくるのは珍しいんだけど」

「ならあげようよ。スイムにもお世話になっているし」

 エクレアは魔石をあげてもいいと思っているようだが、僕も同じ気持ちだ。荷物を保管してくれて普段から助かっているしね。

「うん! それならスイムに。はい」

「スピィ~♪」

 エクレアがスイムを床に下ろして目の前に赤い魔石を置いてあげた。するとスイムが魔石の上に移動して──。

「スイム。もしかして魔石を食べているの?」

「スピィ~」

 そう、魔石はスイムの中に取り込まれてしまった。いつもの保管とは違ってスイムの中に魔石が浮かんでるのが見える。それもしばらくして段々と小さくなって消えてしまったんだけど──そのときスイムが一瞬だけピカッと光った。

「驚いた~、スイム大丈夫なの?」

「スピィ」

「大丈夫そうだね」

 どうやら体調的にはなんともないらしい。でも魔石が好物だとは知らなかったね。

「スイム今後も欲しかったら言ってね」

「スピィ~……」

 あれ? 何だろう。スイムが何か訴えたそうな……そういえば。前に手に入れた魔石にはスイムは特に反応もしてないし普通に保管してたよね。

 と、なると今回の魔石はスイムにとって特別だったということなのかな?

「何か今回の魔石には意味があるのかな?」

「スピィ~♪」

「スイムが喜んでるみたい」

 エクレアがスイムを突っつきながら笑ってみせた。そうか……それが何か今はまだわからないけど結果的にスイムが喜んでくれたなら良かったけどね。

 さて、これで宝箱の中身も回収したし奥の扉を抜けることにする。

 するとダンジョンが揺れだした。これはダンジョンが進化しているのかもしれない。

 扉を抜けると右の壁にゲートが現れていた。更に正面には下に向かう階段。どうやら予想通り進化して次の階層が生まれたようだね。

「この下も気にはなるけど一旦出た方がいいと思う」

「うん。あの悪い執事の件も報告しないとだしね」

「スピィ!」

 ハイルトンのことだね。確かに放っておけない。というわけで僕たちはゲートを使うことにした。くぐるとあっという間にダンジョンの外に出ることができた。

 ゲートは僕たちが出てすぐに消えてしまったから次はまた一層から挑戦することになる。

 さてと、とりあえず町に戻らないとね──。



 ──彼は昔は随分と泣き虫だった。両親から随分と期待され、毎日のように厳しい訓練をさせられる。

 それが彼は本当に嫌だった。嫌で嫌で毎日枕を涙で濡らし続けた。

 両親は彼にいつも厳しかった。だがそんな両親にも逆らえない相手がいた。その相手の前では鬼のように厳しい父でさえ、借りてきた犬のように大人しくなった。

 彼はそんな父を見るのも嫌だった。そしてその家のことも──父親がその家では頭が上がらないことをいいことに彼もまたその家の子どもたちにいいように利用された。

 だが、そんな中で彼に唯一手を差し伸べてくれた子どもがいた。その子は彼に唯一優しかった。他の子どもが彼を蔑視する中その子だけは彼の味方だった。

 結局彼がその子と過ごせたのは僅かな時間だけであり、それからは両親が彼をその家に連れて行くことはなかった。

 そう、それは彼がまだ幼い頃の記憶。きっと彼だけが覚えている大切な記憶なのだろう──。