いきなり昇格を告げられて驚いた。こんなあっさり決まるものなの?

「やったね、ネロ! これで私と一緒だよ♪」

「スピィ~」

 エクレアが僕の昇格を喜んでくれた。この口調、彼女はとっくにDランクだったみたいだね。僕の昇格でスイムも嬉しそうにしてくれているよ。

「でも、本当にいいのかな?」

「いいに決まってんだろう。魔獣を撃退した上に、この俺に勝ったんだからな」

 そういえば魔獣退治もあったか~。でも勝ったと言っても。

「あの勝負、マスターが本気だったとは思えません」

「馬鹿言え。あの場では俺もマジでやったさ。本気の殺し合いと試合形式じゃ、また違うがな」

 ニヤリ。とサンダースが獰猛な笑みを浮かべた。背中に悪寒を感じたよ。

「それよりもだ。水のことだが、さっきも言ったが口外するなよ。エクレア。お前もだ」

「わかったわパパ。でも、水が重たいなんて信じられないわね」

 サンダースがエクレアにも釘を刺していた。あぁ。やっぱり、みんな大体そんな認識なんだね。

「確かにな──ネロ。お前は軽く考えているかもしれないが、水には重さがない。これまでそれが常識だった」

 サンダースが噛みしめるように言った。そうなんだよね。僕としてもちょっと前まではその認識だった。

「そのことなんですが、今思えば川に入ると抵抗を感じたりしますよね。僕も当時は特に疑問に思ってませんでしたが、水が重いってわかるとその意味も理解できました」

「川には水の精霊がいる。だから、水に入ると悪戯でそうなる。それがこれまでの全てだ。教会でもそう伝わっている」

 サンダースが答えた。確かにそうだね。思えば、神父も水の精霊の悪戯だって言っていたし。

「あ、もしかして、ネロの魔法って実は水の精霊が協力してくれているとか?」

「いや、水の紋章だけだとそれはないだろう。精霊使いはまた別だしな」

 エクレアが僕の魔法について憶測を述べるけど、サンダースに否定された。

 精霊については、僕も違うんじゃないかと思っている。賢者の紋章のこともあってなおさらね。

「とにかく、俺がお前に外で話すなと言ったのは、余計なトラブルに繋がりかねないからだ。常識を覆すというのは、それぐらいリスクが高いことなんだよ。だからわかったな?」

「は、はい」

 サンダースが念を押す。僕としても厄介事はゴメンだしね。だから、そこは納得することにした。

「わかればいいんだが。それにしたって、お前の水魔法は異質だ。一応聞くが、授かったのは水の紋章なんだよな?」

「あ、え~と──」

 そこを問われてしまい、答えあぐねてしまった。サンダースの目がキラリと光る。

「──違うのか?」

 す、凄い圧を感じる。とても誤魔化せる雰囲気じゃない。でも、いい機会かも。どうしようか迷っていたし。

「実はそうなんです。自分でもよくわかりませんが、突然右手に別の紋章が浮かび上がってきて」

「別のだと?」

「え? でも何もないよね?」

 サンダースの蟀谷がピクリと蠢く。隣ではエクレアが僕の手を取って不思議そうにしていた。エクレアの手が、や、柔らかい。いや、そうじゃない!

「その、どうやら僕の紋章は、他の人からは視えないみたいなんだ」

 エクレアに触られて、若干固まりそうになりながらも答えた。途端に空気がヒリつく。

「視えないだと? おい! その紋章ってまさか黒い紋章か!」

 するとサンダースが勢いよく立ち上がり、凄まじい形相でこっちを見下ろし聞いてきた。えっと、黒い紋章?

「いや、黒くはないです。青白い紋章で……」

 そう僕が答えるとサンダースが目を丸くさせる。

「黒く、ないのか?」

「はい。えっと、一応名前があって、賢者の紋章というらしいです」

 サンダースに紋章のことを伝えると、首を傾げ再び席に着く。

「なんだそりゃ? 聞いたこともないぞそんな紋章」

「マスターでもご存知ない紋章なんですね」

 もしかしたら、ギルドマスターなら何かわかるかもと思ったけど、そんなに珍しい紋章なのかな。

「私も知らないわ」

「キュ~♪」

 スイムを撫でながらエクレアが言った。スイムってば既に大分懐いているね。

「その賢者の紋章が現れたのは、どうしてだ?」

「それが、いまいちわからなくて。どうやら水の理を知ったから浮かび上がったらしいのですが」

 サンダースは僕の話を信じようとしてくれているみたいだね。ただ、何故と言われると答えるのが難しい。とりあえずわかる限りで伝えたけど。

「水の理か……なるほどな」

「ねぇねぇ、その紋章で何か変わったことは?」

 サンダースが考える仕草を見せ、エクレアからは紋章について聞かれた。変わったことか……。

「水の威力は上がっている気も……。それと、何か魔法が閃きやすい気がするんだ」

 エクレアの質問に答える。サンダースが目を細めて追加で聞いてくる。

「そういえば、さっきも色んな魔法を見せてくれたな。他にもあるのか?」

「はい。この紋章が浮かぶまでは、使える魔法は二つだけでしたが、これが浮かび上がってから追加で十個ほど閃いて──」

 サンダースの質問に答えると、顔色が変わりギョッとした様子で聞いてくる。

「十個だと!? おい、それはどれぐらいの期間の話だ?」

「えっと、ここ数日の間です」

「はぁああぁああぁあああ!?

 問いかけに答えた途端、サンダースにかなり驚かれた。やっぱり多いかな? 自分でも賢者の紋章を授かってから妙に閃くなと思ったけど。

「凄すぎよ! 私も早い方だって言われたけど、それでも最初の閃きに一ヶ月掛かったし、そこからも三ヶ月かかったのよ!」

 エクレアが興奮した様子で教えてくれた。早い方でもそんなに掛かるんだね。確かに、僕もちょっと前までは全く閃かなかったし。

「俺だって、この年でやっとあの雷虎猛襲撃を閃いて六個目だ。しかもそれだってかなりレアなんだぞ? 一つか二つで終わる奴も多いし、四つも閃いたら上等だ」

 エクレアに続いてサンダースが呆れたように言った。そ、そう聞くと確かに規格外なのかな?

「全く。とんでもねぇよ、お前は。まぁ、とにかくそれなら、ますますDランクで問題ねぇよ。既にフルールにも伝えているから、ギルドカードの内容は書き換えてもらえ」

 魔法について考えていたあと、サンダースからそんなことを言われた。なんにせよ昇格は嬉しい。

「昇格させていただきありがとうございます」

「別に、お前の実力を評価しただけだ。それよりさっきの話忘れるなよ」

「わかりました」

 こうして、僕とサンダースとの話は終わった。すると、キュッと僕の手を握る柔らかい感触──。

「パパの話が終わったなら、今度は私とだね」

 僕の手を握ったのはエクレアだった。可愛い子に手を握られるなんて、なんか熱くなってきたよ!

「え、えっと」

「おい、ちょっとスキンシップがすぎねぇか!」

 サンダースが怒鳴るのも気にせず、ニコッとエクレアが微笑みかけてくれた。顔から火が出そうなほどに熱くなっている。しかもサンダースに凄く睨まれているし。

「おい、ネロ。言っておくが娘におかしな真似したら──」

「し、しませんしません!」

 凄みを利かせて釘を刺されてしまった……いや、絶対そんなことないと思うけどね。そもそもこんな可愛い子が僕なんて相手するわけないし。

「ごめんね。パパってば普段は強面で通しているのに、私に対してだけあんななのよ。最初、冒険者になるのも反対されてたぐらいなんだから」

「ははは──」

 エクレアが困った顔で教えてくれたけど、気持ちはわからなくもない。エクレアは可愛いし、親なら危険な目にあって欲しくないと思うものなのかも。

「それで考えてくれた? デートのこと?」

「いや、ダンジョン探索だよね?」

 顔を傾けながらデートという名目で聞かれた。だから僕はそこだけ訂正した。こんな可愛い子と本当にデートだったら凄くハッピーな気持ちになれたかも──その代わり、父親から雷が落ちそうだけどね……。

「うんうん。ダンジョンはやっぱり冒険者の憧れだもんね」

「スピィ~?」

 エクレアが目を輝かせて言った。スイムが、そうなの~? といった感じで頭を動かして鳴いた。

「でも、どうして僕を?」

 ちょっと気になったので聞いてみた。水の紋章を持っている僕はすぐに水属性だってわかってしまう。だからこれまでも相手してくれる人はほとんどいなかった。

「それは、あなたが私の理想そのものだからよ!」

「え、えぇええぇええ!?

「スピィィィィイ!」

 僕が驚くとスイムも一緒になって驚く。それにしても、理想が僕だなんていきなりすぎだよぉ。

「そんな、理想だなんて──」

 何かくすぐったいような気持ちになって、自分でも奇妙な動きになっているのがわかった。

「そう。ネロこそが私の理想の魔法の使い手だったのよ! だから一緒にダンジョンに行こう? ね?」

「え?」

 エクレアが僕をじっと見て改めて誘ってきた。あぁ、なんだそういうことなんだね。

 うん、そりゃそうだよね。僕の見た目が理想的なわけないし。あれ? でも魔法って……。

「えっと、僕が扱うのは水魔法なんだけど」

「もちろん、知っているわよ。だからこそ理想なの!」

 そ、そうなんだ。これには驚いたよ。まさか水が理想と言ってくれる人に出会えるなんて。

 でも、そんなこと言ってくれる子にこれから先出会えるかわからない。ガイだってパーティーは組んでくれたけど、水属性そのものには期待されてなかったし。

「ね、お願い。一緒に」

 エクレアが両手を合わせて再度お願いしてくれた。もう僕の心は決まっている。

「うん! 一緒に行こう! 僕も誘ってもらえて光栄だよ」

 決心してエクレアの申し出を受けた。彼女も目をパチクリさせていたけど。

「や、やった! 嬉しいよネロ! 一緒に頑張ろうね!」

 すぐに両手を握って喜んでくれた。なんか凄く照れくさいけど、僕にも改めて仲間ができた、そんな気がしたんだ。

「ところで、ダンジョン探索の場所は決まっているの?」

 エクレアからダンジョン探索に行きたいと聞いているけど、そのためには目的のダンジョンを決める必要がある。

「うん。ここから北東にある山にね、できて間もないダンジョンがあるの。まだ最初のボスも倒されてないらしいんだよね」

 最初のボス──。ダンジョンには階層がある。基本は地下に向かうタイプが多いけど、中には塔のようなタイプもあるらしい。

 どちらにしても、ダンジョンは基本そのときの最下層か最上層にボスが出る。そのときのというのは、ダンジョンはボスを倒すと何度か階層が増える傾向があるからだ。

 つまり、ダンジョンは最初の攻略だけでは終わらない。階層が増えた後はまた最深部に別のボスが現れる上に、より強力な敵も増えていく。これをダンジョンが成長するというんだ。

 もちろん、その分見つかる宝もより良いものになっていくんだけどね。

 ただ、ダンジョンも無限に階層が増えるわけじゃなくて成長限界がある。成長限界に達した状態でボスを倒したらダンジョンは崩壊する。

 ダンジョンは成長すればするほど攻略が難しくなるから、見つかって間もないダンジョンは僕たちみたいなDランク冒険者にとっては狙い目だ。

「じゃあ探索許可を貰っておかないとね」

 ダンジョンは誰でも自由に入れるわけじゃない。基本的には冒険者専用で、攻略難度によってもある程度制限される。

「うん。じゃあ受付に行こう。パーティー登録もしないとだし」

「え! パーティー……組んでくれるの?」

 エクレアからのパーティー発言に少し動揺してしまった。僕からお願いしたり探してもらったりすることはあっても、相手から積極的にパーティーを組もうと言われたことないから──。

「一緒にダンジョン攻略に行くんだし当然よ。それに私にとって理想のパートナーなんだよ? だからこれからも一緒に組んでくれると嬉しいのだけど駄目?」

 エクレアが顔をのぞき込んで聞いてきた。その仕草はずるい──。こんなのいいよと言うしかないじゃないか。

「も、もちろん。組んでくれるなら僕も助かるよ!」

「やった♪ スイムともこれで仲間だね」

「スピィ~♪」

 エクレアがヒョイッとスイムを持ち上げてから抱っこした。スイムが嬉しそう。あとちょっとだけ羨ましい──て、何を考えているんだ僕!

 とにかく、エクレアとパーティーを組むことも決まったし、フルールに申請を出しておこうかな──。

「良かった~。一緒にパーティーを組んでくれる仲間が見つかったのね」

 新しくパーティーを組むことになったとフルールに報告したら、自分のことのように喜んでくれたよ。フルールはやっぱりいい人だよね。

「しかも相手がエクレアちゃんとは驚いたわよ。マスターの娘さんがね」

 フルールが感慨深そうに顎を上下させる。やっぱりマスターの娘だけあって名前は知られているみたいだね。

「最近、ソロになってネロくん苦労しているみたいなのよ。本当よろしくねエクレアちゃん」

 はは、フルールってばまるで僕のお母さんみたいだ──実際の家族とはいい思い出ないんだけどね……。

「もちろん。それに凄く頼りにしているのよ。さっきのパパとの試合も凄かったし」

 エクレアが興奮した口調でフルールに教えていた。正直、今でも勝てたというのが信じられないんだけどね。

「試合? え? ネロくんマスターと試合したの!?

「は、はい。成り行きで」

「えぇえええぇええぇええええぇ!?

 話を聞いたフルールに凄く驚かれた。そういえば、試合するときに一階を通ったけどカウンターにいなかったんだ。だから知らなかったんだね。

「マスターと戦うなんて体は平気なの?」

「大丈夫です」

 僕の体をまじまじと見ながらフルールが言った。とても心配してくれているみたい。

「ふふん。ネロってば凄かったのよ。試合でパパに勝ったんだから」

「ええええぇええええええ!?

 またフルールが仰天していた。マスターに勝つってそれぐらい驚かれることなんだね。

 命の奪い合いではないとはいえ、普通は簡単なことでもないし、そう考えたらやっぱり本気じゃなかったんじゃないかな? って気もしないでもない。

「そういえば、ネロくんの昇格手続きも済ますよう通知が来ていたのよね。でも、それを聞いたら納得するほかないわね」

 そうだった。今日から僕はEランクじゃなくてDランク冒険者になるんだ。エクレアはもうDランクだったみたいだけどね。

「それと、マスターは次のCランク試験も受けさせるみたいなこと言ってたわね。流石に早すぎな気もするんだけど……」

 Cランク試験──。Dランクまでと違い、Cランクは冒険者ギルドの管理局が主催する試験となる。試験は一年に二回あって各エリアで試験会場が分かれる。Cランク試験は各ギルドから推薦された冒険者が集められて行われるんだ。だからDランクまでの常識は通用しない。

 その試験に僕が……。

「その試験、私も推薦される予定よ! ネロが推薦されるなら一緒に受けられるかもね」

 話を聞いていたエクレアが嬉しそうに教えてくれた。思わず僕も確認してしまう。

「え? そうなの?」

「うん♪」

「スピィ~♪」

 エクレアがニコッと微笑んだ。スイムも喜んでそうだよ。試験が何かわかっているかはともかくね。

「どちらにしても次の試験、受付期間はまだ結構残っているからね。これからの仕事次第でどうするか変わってくると思う。だから浮かれてミスしたりしないようにね」

 人差し指を振りながら、釘を刺すようにフルールが言った。確かに、昇格直後に油断してミスをしてしまう冒険者も多いと聞く。

「うん。ありがとうフルール。心配してくれて」

「ふふッ。何かネロくんって、弟みたいで放っておけないのよね」

 はは、弟みたいか。そうなるとフルールはお姉ちゃんってことかな──確かにこんな姉がいたらもっと良かったかもね……。

「ネロくん。折角エクレアちゃんとパーティーを組めたんだから、しっかりね」

「……」

「ネロくん聞いている?」

「え? あ、ごめんなさい! ちょっとぼーっとしちゃって」

 危ない危ない。つい別なこと思い出してしまったよ。

「大丈夫? もしかして疲れている?」

「いや、大丈夫だよ。それよりエクレア。ほらダンジョンのこと」

 フルールに心配されてしまって申し訳なく思う。だからなんとなく話を変えたくてエクレアにダンジョンについて振った。

「あ、そうだったね。フルール、私たちダンジョン攻略に行きたいの」

 ダンジョン探索の許可を貰うため、エクレアが話すと、フルールが興味深そうに聞いている。

「へぇ。早速ダンジョンに。それでどこの?」

「ここから北東にあるサザン山にある──」

 エクレアが目的のダンジョンをフルールに伝えた。サザン山ならここからそんなに遠くはないね。

「なるほど。最近見つかったダンジョンね。まだ攻略されてないし二人なら丁度いいかもね」

「うん! そうだよね」

 どうやらエクレアが選んだダンジョンは、今の僕たちが攻略するのに最適な難易度のようだね。

「ネロくんもダンジョン攻略の経験はあるものね」

 フルールが思い出したように聞いてきた。ガイたちと一緒のときの話だ。

「うん。ガイのパーティーに所属していたときだから、そのときはあまり役に立てなかったけどね」

「え? ガイってあの勇者の紋章持ちの?」

 フルールから聞かれたことに答えると、エクレアが横から質問してきた。勇者の紋章を持つガイのパーティーは結構有名だから、それで興味を持ったのかな。

「うん。一年間パーティーを組んでたんだ。今は、その、抜けてしまったけどね」

 追放されたとはなんだか言えなかった。フルールもそこは訂正しようとしない。気を遣ってくれているのかも。

「そうだったんだね」

「はは。ガッカリした?」

 なんとなく、エクレアの気持ちを探るような質問になってしまった。我ながら小さいなと思う。

「え? どうして? むしろ良かったと思っているよ。そのおかげでこうしてネロとパーティーを組めたんだし。あ、でも良かったは不謹慎かな?」

 エクレアが、あちゃ~と何か失敗してしまったような素振りを見せて頭を上げた。その様子に、僕はなんとなくおかしくなった。本当に小さいことを気にして馬鹿みたいだ。

「ありがとうエクレア。気が楽になったよ」

「ん? よくわからないけどネロがそう言うなら良かったよ。改めてよろしくね」

 エクレアが右手を差し出してきた。だから僕も握り返す。ようやくパーティーを組めたんだって実感が湧いてきた。

「う~ん、なんて初々しいのかしら! はぁ、私ももっと若ければ」

「いや、フルールさんも十分若いですよね」

「そうよ! 確かまだにじゅ──」

「ん~ん~!」

 エクレアが思い出したように口にするけど、フルールが咳払いしたから最後までは聞けなかった。

「とにかく、ダンジョン攻略の申請は受け付けたからいつでも潜って大丈夫よ。だけど無茶はしないこと。ボスも無理そうだったらすぐに戻ってくるのよ」

 フルールに釘を刺された。確かにダンジョンは危険も一杯だからね。僕だけの問題じゃないわけだし、しっかりしないといけないね──。


(これからダンジョンにですか。これはいい話を聞きましたぞ──)

 騒がしい酒場の中、一人の男がほくそ笑んだ。席を立ち会計を済ませ店を出る。

「黙って脇に逸れろ」

「…………」

 しばらく歩いたところで、彼に近づいてきた男が背中にナイフを押し当て命じてきた。

「──わかりました」

 命令に従い脇に逸れ、男はひと目のつかない路地裏まで歩かされた。

「へへっ、いい身なりしやがって。たんまり金を持っているんだろう? 命が惜しければさっさと、グッ!?

 他に人がいないことを確認した後、金を要求する男だったが、突如体が仰け反る。恫喝されていたはずの男が、瞬時に後ろに回り込み背中に突きを見舞ったからだ。

「やれやれ、この程度で私をどうにかできると本当に思ったのか? 随分と舐められたものだな」

 今度は逆に、彼が男の喉にナイフを当てた。

「このまま首を掻っ切ることは簡単だがな」

「ヒッ、ゆ、許してくれ! こんなに強いなんて思わなかったんだ!」

「……フンッ。お前、仲間は他にいるのか?」

「はい?」

「さっさと答えろ。殺すぞ」

「ヒッ、い、いるよ。俺みたいな奴は何人も。悪い奴は大体仲間だ!」

 答えを聞き、ほう、と男が関心を示す。

「そうか。貴様金に困っているんだろう? だったら、命を助けてやる代わりにちょっとした仕事をしてもらおうではないか──」



「ダンジョン攻略には明日の朝から行こうと思うけど、大丈夫?」

「うん。それなら準備しておくね」

 エクレアからの提案は、僕としては特に問題ない。ダンジョン攻略は長丁場になりがちだから流石に今から向かうのは厳しいもんね。

「そうね。私もしっかり支度しておく。それなら、ちょっと早いけど明日の朝六時に噴水前で待ち合わせでどうかな?」

「わかったよ。よろしくね」

「スピィ~」

「うん。スイムもよろしくね♪」

 エクレアはひとしきりスイムを撫でた後、またね、と挨拶して帰路についた。マスターの娘だから、今住んでるのも当然サンダース家の屋敷になる。一方で、僕も準備は必要だね。

「おや、ネロじゃないか。実はそろそろまた水をお願いしようと思っていたのだよ」

 僕は教会に寄って神父と話した。どうやら依頼を出してくれる予定だったようだ。

「それなら丁度良かったです。実は、新しくパーティーを組むことになって明日ダンジョン探索に向かうので、戻るまで少し時間がかかるかもしれないんです」

「スピィ~」

 事情を話すと、神父は両手を広げて笑顔を見せてくれた。

「ほう。もう新しい仲間ができたのだね。その肩のスライムも新しい出会いなのかな?」

「はい。森で見つけたスライムでスイムといいます」

「スピッ!」

 僕が紹介すると、スイムも張り切った様子で鳴き声を上げた。

「ふむ。なるほど。別れがあれば出会いもある。君にも辛い時期があったのだろうが、その見返りに幸福が訪れているのだろう。これも神の思し召し──」

 神父が僕のために祈りを捧げてくれた。明日はダンジョン攻略だから嬉しいね。

「神父様。必要な分があれば水を入れていきますよ。それとは別にお願いなのですが──」

 僕の分にも回復魔法を込めて欲しいとお願いした。神父は快く引き受けてくれた。ダンジョンに潜ることもあっていつもより多い三六本を納品。それとは別に生命の水を四本作ってもらった。

「助かりました」

「これぐらい問題ないよ。いつも君にはお世話になっているからね。それじゃあこれ。サインしておいたから」

 神父から達成書を受け取り、改めてお礼を伝えて教会を出た。

 その後は道具屋に寄って、魔法のトーチと寝袋を購入した。ダンジョン内で寝る場合もあるからね。

 後は市場で干し肉を買って、スイムもお腹が空くだろうからドライフルーツも買った。

 それなりにお金は使ったけど、魔獣退治の報酬もあったし問題なかったね。

「じゃあ、宿に戻って明日に備えようか」

「スピ~♪」

 そして僕らは宿に戻り、お風呂に入った後、明日に備えて早めに寝たんだ──。


「スピィ……」

 明朝。エクレアと約束した通り朝から噴水に向かう。六時の約束だから起きたのは五時だった。スイムはまだ眠いらしく、僕の肩の上で船を漕いでいる。そんな姿もなんだか可愛い。起こすのも可愛そうだから肩の上で眠っててもらおう。スイムには寝袋とか必要な道具を取り込んでもらってて、既にお世話になっているからね。

「ネロ~」

 噴水に僕が着くのとほぼ同時に、反対側からエクレアが駆け寄ってきた。

 なんか、空気の美味しい朝に見るとまた違って見える。エクレアはショートパンツにシャツと胸当てといった格好だ。

 動きやすさ重視といったところかな。背中には昨日も背負っていた鉄槌が見える。

 健康的な肢体が躍動していて、天然の可愛らしさを感じてしまうよ。

「フフッ、何かタイミングいいね。相性バッチリって感じ?」

「え? あ、相性!?

 屈託のない笑顔でそんなことを言われて、僕はドキッとしてしまう。

「うん。ダンジョン攻略にはチームワークも大事だもんね」

 のぞき込むような姿勢でエクレアが答えた。あ、そういう意味ね。いや、そりゃそうだよね。何を考えているんだ僕は。

「スイムもおはよう。って早いからまだ眠いかな?」

「うん。ちょっとウトウトしている感じかな」

「スピ……ィ──」

 細い声で答えるスイム。その様子にエクレアが口元をムズムズさせた。

「はぁ、もう朝から癒やされるぅ」

 スイムを撫でて喜ぶエクレア。

「あはは。とりあえずスイムはしばらく肩の上で眠らせてあげようかなって」

「それなら私の肩に乗ってもらってもいい?」

 エクレアがぐっと拳を固めてお願いしてきた。スイムもエクレアに懐いていたから問題ないかな。

 そっとスイムをエクレアの手に移動させると、そのままエクレアは自分の肩に優しくスイムを乗せてあげた。

「それじゃあダンジョンに向かおうか」

「うん♪」

「スピィ……」

 そして、僕たちは町を出て徒歩でダンジョンに向かう。

「街道沿いから山に入るわね。街道では魔物とあわないかもしれないけど、山では獣系の魔物が出てくるようだから気をつけないとね」

 エクレアが注意を呼びかけてきた。街道は比較的危険の少ない場所に設けられるからね。

 ダンジョンまでは、僕たちの足で一時間程度で着く予定だ。冒険者の感覚で言えばわりと近い方だ。

 街道を進んでいる間は魔物に出会うことなく、平穏だった。途中雑談を挟んでね。

「そういえば、パパがネロに変なことされたら言えだって。私に何かあったら手配書を回すなんて言ってたのよ。ネロがそんな真似するわけないのに本当心配性よね」

 そんな話をされて、脳裏に雷を撒き散らしながら追いかけてくるサンダースの姿が浮かんだ。

 もちろん何もするつもりないけど、誤解されただけでもとんでもないことになりそうだ……気をつけよう。

 いよいよダンジョンのある山道に入る。ここからは魔物が出てくるかもだから注意しないと──。

「「「「グルルルゥ」」」」

 と思ってたら早速出てきたよ! こいつらはマウンテンウルフ。こういった山で出てくる魔物ではポピュラーな存在だ。

 山肌に近い毛並みの狼といった様相で、もちろん魔物だけあって狼よりは凶暴だし攻撃性が高い。

 冒険者視点で見れば単独ならEランクで狩れる相手だ。

 だけど群れの数によっては厄介になる。今回は四匹。この数となるとEランクではしっかりパーティーを組んでないと厳しい。

「ここは私に任せてもらっていい?」

「え? 一人で!?

 エクレアが前に出て鉄槌を手に構えた。女の子とは思えない勇ましさだけど、はい、わかりました、とはいかないかな……。

「女の子一人を危険な目にはあわせられないよ」

「う~ん。じゃあ、危なそうだったら助けてね。スイムにはネロの方に戻ってもらってっと!」

 僕の心配を他所に、スイムを僕に戻したエクレアがマウンテンウルフの群れに向かって飛び込んでいった。

 それを認めた魔物たちが興奮状態に陥る。ちょ、流石にそれは無謀じゃ!

「武芸・らいげきつい!」

 だけど、それは杞憂に終わった。エクレアの鉄槌がバチバチと放電し、着地の勢いに乗せて振り下ろすと同時に、周囲に電撃が撒き散らされた。

 マウンテンウルフが悶絶しバタバタと倒れていく。これで勝負は決まった。

「えへへ、どう? 私もちょっとしたもんでしょう?」

 いやいや、ちょっとしたどころじゃないよ!

「これが、私の槌の紋章と雷の紋章を組み合わせた武芸よ。どうかな?」

 くるっと僕を振り返ってエクレアが問いかけるように言った。僕は素直に感想を伝える。

「いや、本当に驚いたよ。マスターも拳と雷を組み合わせていたけど、やっぱり複合紋章持ちハイブリッドは凄いね」

 サンダースの姿を思い浮かべながらエクレアを評した。マウンテンウルフはよく出る魔物ではあるけど、あの数を一度に倒せる使い手はそうはいない。

「スピィ~」

 今の戦いで寝ていたスイムも目が覚めたみたいだね。エクレアに気がついて挨拶するようにプルプル震えているよ。

「おはようスイム」

「スピィ♪」

 エクレアが挨拶を返して撫でてあげると、スイムがふるふると震えて応えていた。

「ネロにもアピールできて良かった。でもね、実は私、発見したの。私の力をより発揮できる方法」

 エクレアがグッと拳を握りしめて語ってくれた。今のでも凄かったのにこれ以上って……興味が湧くよね。

「へぇ。凄いね。どんな方法なの?」

「フフッ、それは後の楽しみ」

 聞いてみたけど、一旦はぐらかされた形だ。それだけとっておきの方法ってことなのかな。

「さてと、素材集をめていこうか」

 マウンテンウルフのだね。肉は固くて食用に向かないけど、毛皮はギルドで換金対象になるんだ。

「ネロは解体できる?」

 エクレアがナイフを取り出し聞いてきた。やっぱり解体用の道具もしっかり用意しているんだね。

「大丈夫。水魔法・水剣──」

 僕の魔法で水を剣に変える。長さも調整してマウンテンウルフから毛皮を剥いだ。

「──やっぱりネロの水魔法は凄いよね。水の形を自由に変えられるなんて聞いたことないよ」

 エクレアに感心された。確かに僕も、水にここまでの可能性が秘められているなんて知らなかったもんね。

「私、魔法の袋も持っているんだ。素材こっちで回収しておく?」

 エクレアがそう提案してくれた。魔法の袋とは見た目以上に物が入る袋のことだ。

「魔法の袋持ちなんて凄いね」

「えっと、実は冒険者になったときにパパがプレゼントしてくれたんだ」

 なるほどね。中々値が張る道具なんだけど流石ギルドマスターだね。

「それで素材の回収だけど、スイムの力があれば僕も可能だよ」

「え? スイムが?」

「スピィ~!」

 スイムが張り切って答えると、僕の肩から飛びおりて毛皮を体内に取り込んだ。

「え? 食べちゃった!?

「違うんだ。スイム」

「スピッ!」

 僕が呼びかけると、今度はスイムが今取り込んだ毛皮を再び外に出した。

「すっご~い! スイムってばこんな特技もあるんだね」

「スピィ~」

 エクレアが興奮してスイムを評価してくれた。スイムは改めて素材を取り込む。

「凄い凄い。スイムって賢いし可愛いし特技もあって本当優秀な仲間だね!」

「スピィ~♪」

 エクレアに褒められてスイムもまんざらでもなさそうだよ。

「そうだ。素材やダンジョンでお宝を見つけた場合だけど、とりあえず半々でいいかな?」

「そうだね。でもこの魔物はエクレアが退治したものだしエクレアの戦利品でいいよ」

「それは駄目。パーティーを組んだんだからしっかり分けていこう。もちろん、その分ネロにも期待しているからね♪」

 エクレアが笑ってそう言った。やっぱりいい子だよね。凄く親しみやすいし。

「ありがとう。なら僕も頑張らないとね!」

 張り切るポーズを見せてエクレアに答える。エクレアがフフッと可愛らしい笑顔を見せてくれた。ちょっとドキッとするよね。

「じゃ、行こうか!」

「うん。そうだね。いざダンジョンへ!」

「スピィ~!」

 そして僕たちはダンジョンへの歩みを再開させた。

 それから先はこれといった魔物にも出くわすことなく、いよいよダンジョンの入り口に辿り着いた。さぁ、いよいよ攻略開始だ!

 ダンジョンの入り口はわりとポピュラーなタイプ。山の岸壁にぽっかりと開いた穴って感じだ。

 これも場所によって、神殿の入り口みたいになっていることもあれば、形が城だったり塔だったりすることもあるらしいね。

「ちょっと、緊張してきたかも」

「うん。初めて入るダンジョンはドキドキするよね」

 ダンジョンは各地にある。既に攻略され成長限界を迎えて消えていったダンジョンも多いけど、定期的に生まれるからね。

 そしていよいよ、僕たちはダンジョンの中に足を踏み入れる。

「中は結構明るいね」

「うん。ダンジョンは比較的明るいことが多いよね」

 ダンジョンは普通の洞窟と違って明かりが確保されている場合が多い。ただ場所によって急に暗くなることもある。

 これも罠の一種と考えられているけど、そういうときのために魔法のトーチなんかを持ってきているんだ。

「わりと一本道な感じ。一層だからまだ簡単かな」

 エクレアの言うように複雑な分岐もないね。

 ダンジョンは基本的に下層に行けば行くほど難しくなる。つまり、まだ浅い階層のうちは危険は少ないんだ。

「そうかもしれないね。あ、でも歩くならできるだけ壁沿いを意識した方がいいかも」

「え?」

 僕の話を聞いてエクレアが不思議そうな顔を見せたそのとき、カチッという音がして壁から矢が発射された。

「危ない!」

「キャッ!」

「スピッ!」

 咄嗟にエクレアに飛びついて矢を避けた。そのまま地面に転がってしまう。矢は受けずに済んだけどスイムとエクレアの怪我が心配だよ。

「ふぅ、危なかった。大丈夫?」

「う、うん──」

「スピィ~」

 エクレアもスイムも怪我はなさそうだけど、あれ? エクレアの顔が赤い──て、しまった! 思わず押し倒すような格好に!

「ご、ごめん!」

「い、いいよ。だって庇ってくれたんだし」

 まずい! と思ってすぐに飛び退いた。確かに矢から助けるのが目的だったけど、とはいえやっぱり失礼なことしちゃったかも。実は怒っているんじゃ……。

「ありがとうね。ネロがいなかったらいきなり怪我をするところだったよ」

 微笑みを浮かべてエクレアがお礼を言ってきた。良かった、気にしてないみたいだ。

 ただ、僕はなんだか照れくさくなってしまって視線を逸らしてしまう。

「でも、こういうことなのね。普通に歩いていると罠に掛かることが多いから、壁際を意識した方がいいんだ」

「う、うん。そうなんだよ。何はともあれエクレアが無事で良かった。じゃ、じゃあ行こうか」

 エクレアの言っている通りなんだけど、なんだか顔が熱くて気の利いた返事ができなかったよ~。

「うん!」

「スピィ~♪」

 エクレアが笑顔で返事してくれた。スイムも怪我がなくて良かったねと言ってくれているようだよ。

 そして僕たちは一層の探索を続ける。

「そこの壁、ちょっと気になるかな──水魔法・放水」

 しばらく一本道が続いて、違和感を覚えたから魔法で勢いをつけて放水すると、壁から槍が飛び出した。

「ネロってば凄い。もしかしてダンジョン慣れしてる?」

 ダンジョンの罠を上手く暴いていくと、エクレアが目を丸くさせて聞いてきた。う~ん、確かにダンジョン探索自体は初めてじゃないしね。

「前のパーティーにいたとき、色々教えてもらったんだ。それでかな」

 ガイたちのパーティーにいたときに、何度かダンジョンに潜っている。今持っている杖はそのときの戦利品だ。ガイはダンジョンの罠を見つけるのが得意だったんだ。フィアがガイは性格が捻くれているから、罠を仕掛ける相手の気持ちがわかるんだね、なんて皮肉を言っていたっけ。

 でも、そのおかげでなんとなく、僕も罠のある場所がわかるようになった。しかも今は水の魔法も強化されている。上手く使えば、離れた場所からでも今みたいに罠があるか確認できるんだ。

「分かれ道だね」

「うん」

 一層をしばらく探索していると、途中途中で分岐が現れ始めた。今回はこのまま直進するか左に折れるかといった分岐だ。

 単純な分岐だけど、浅い階層とはいえ簡単な罠はあるし油断できないね。

「ネロはどっちがいいと思う?」

「う~ん──」

 エクレアから意見を聞かれた。僕の方がダンジョンに慣れていると思われたのかも。

「──じゃあ左に行ってみようか」

「うん。じゃあそっちね。何が出るかな~」

「スピッスピィ~♪」

 エクレアもスイムもワクワクしている感じだ。ダンジョン探索を楽しんでるみたい。

 でも、間違ってたらどうしようってちょっと不安もあったり……この場合の間違いというのは、危険なトラップがあったり、歩き回った挙げ句行き止まりだった、みたいな場合。もちろん、そういった経験もダンジョン探索の醍醐味だけど、それで何かあったら目も当てられない。

 特にエクレアは何があっても男の僕がしっかり守らないと!

「ネロ、間違いないかとか気にしないでいいからね。それに何かあったら私がネロを守ってあげる」

「えっと……」

 今守ると決めたばかりなのに、エクレアから逆に守ってあげると言われてしまったよ。

 なんだか恥ずかしくなってきた。

「ネロは魔法タイプだしね。壁役は任せてよ!」

 エクレアが自分の胸をドンっと叩いた。揺れが……いやどこ見ているの僕!

 それにしても……確かに僕は水の魔法師になるから、戦士タイプのエクレアがこう言うのも必然なのかなぁ。そんなことを思いながら歩いていると、前方に魔物の姿が現れた。

「来たね。このダンジョンで初めての魔物だ──」

「「「ヂュヂュッ!」」」

「こいつらラットソルジャーだね」

 ダンジョンで最初に現れたのは、二本足で歩くネズミといったタイプの魔物だ。

 このラットソルジャーは小柄だけど、人が扱うような武器と防具を装備している。

 ただ見る限り質はそんなに良くないね。三匹のラットソルジャーはそれぞれ短い剣、弓、片手斧といった武器で鎧は革の鎧だ。

「これは、丁度いい相手かも!」

 すると、エクレアが何かを思いついたような顔で声を張り上げた。丁度いいって何がだろう?

「ネロ。今度はあなたの魔法を見せてもらってもいい?」

 そして、今度はエクレアから戦闘を託された。外ではエクレアが戦ってくれたしね。もちろん僕が戦うのに問題ない。

「ならやるね。水魔法・水槍連破!」

 杖を掲げると水の槍が連続発射され、目の前のラットソルジャーを貫いた。やっぱり防具もそこまで質がよくなかったからあっさり倒せちゃったよ。

「こんな感じだけど、あれ?」

 振り返るとエクレアが目を丸くさせていた。

「ちょ、パパと戦ったときに見てはいたけど、どうして水にそこまで破壊力あるのよ!」

「あはは……」

 気持ちの高ぶった声でエクレアが叫んだ。感心しているようだけどちょっと不機嫌にも思える。

「何か、僕まずいことしちゃった?」

「そういうわけじゃないけど……そうね。今度お願いするときは、もうちょっと抑えるというか、可能なら相手に水だけ掛けてもらってもいい?」

 媚びるようにエクレアがお願いしてきた。そんな顔されたら嫌だなんて言えないよぉ。もちろん言うつもりもないけどね。

「わかったよ。じゃあ次は水飛沫で対応するね」

「うん!」

「スピッ!」

 エクレアが笑顔に戻った。スイムも肩の上で元気に返事している。

 倒したラットソルジャーはそのまま放置することにした。持っている装備にも目を引くものがないし、これといった素材も持ってないんだよね。

 ダンジョンに出る魔物は放っておくと勝手に消える。ダンジョンに取り込まれているというのが現在の考え方だ。

 そして僕たちはそのまま直進する。先は壁があって行き止まりになっていたけど、なんと宝箱が一つ設置されていた。

「やった! お宝発見だね。ネロ」

「うん。でも罠が仕掛けられている場合もあるから注意が必要だね」

 ダンジョンの宝は喜んでばかりもいられないんだよね。まだ一層だしそこまで強力な罠はないと思うけど。

「それなら私が開けるね」

「大丈夫?」

「こう見えて体は丈夫だから心配しないで」

 体が丈夫──重そうな鉄槌を軽々と振り回す姿を思い出して納得してしまった。

「開いた。特に罠はなかったわ。これは何かな?」

 宝箱に入っていたのは、緑色の液体の詰まった細長い瓶だった。

「これは解毒薬だね。持っていれば安心かも」

「やった。ならこれは私が持っておくね」

 そう言ってエクレアが解毒薬をしまった。動きはエクレアの方が素早いから、いざというときエクレアが持っていた方が役立ちそうだしね。

「行き止まりだけど宝があったから、こっちは当たりだったね」

「そうかもね」

「スピィ~♪」

 エクレアから僕にスイムが移って機嫌良さそうに鳴いた。うん、僕にもスイム成分は必要だ。

 そして来た道を戻って直進する。それからも分岐がいくつかあったけど、他に魔物に出くわすこともなく、下層への道を見つけた。

 急な坂になっているからわかりやすい。

「このまま行くと下層だね。魔物は下に行くほど強くなるから気をつけないとね」

「うん。でもネロがいてくれると安心だね」

 エクレアはナチュラルにそんな台詞を口にする。もちろんあくまでパーティーの仲間としてって意味なんだろうけどね。

 うん──?

「どうしたのネロ?」

 立ち止まり後ろを振り返る僕にエクレアが声を掛けてきた。

「いや、何か視線を感じたような……」

「視線? 他の冒険者かな?」

 エクレアが小首を傾げる。確かに、ダンジョンは一度に一パーティーと決められているわけでもない。他のパーティーとかち合うこともよくある話だ。

 ただ僕たちは朝一番で来ているし、他にパーティーが来ていた様子もなかったからね。更に奥ならダンジョンに泊まる形で探索を続けている冒険者がいたりするかもだけど。

「ただの気のせいかも。先を急ごうか」

「うん、そうだね」

「スピィ~」

 少し引っかかりは覚えたけど、僕たちは次の層の探索を続けた──。


「ゲロゲロッ」

「ゲコッ」

「ゲロゲーロ!」

 ダンジョンの二層で現れたのは巨大な蛙タイプの魔物ブロッガーだ。手が大きくて水掻きが備わっているけど、こいつらはそれを利用して器用にこちらの攻撃をブロックする。

「この手の魔物は大丈夫?」

「問題ないわ。それとネロ。お願いね」

 どうやらエクレアはこの手の魔物に忌避感はないようだ。栄光の軌跡ではセレナが苦手としてたけどね。他にも爬虫類系が駄目だった。

「よし、それなら水魔法・水飛沫!」

 エクレアから言われたように魔法で水を掛けてやった。でも威力は期待できないんだよね。それにブロッガーは水に忌避感がない。この程度、喰らっても怯みもしないよ。

「これでいいの?」

「上出来よ。まぁ見てて。武芸・雷装槌!」

 エクレアが武芸を行使すると、鉄槌から電撃が迸った。そうか槌に雷を付与したんだね。

「さぁ行くわよ! はぁあぁああぁあ!」

 エクレアが鉄槌を振り下ろす。あれ? でもそこには敵はいないはずだけど──。

「「「ゲコゲコゲローーーー!」」」

 それなのに、魔物たちは何もないところで電撃を受け倒れてしまった。ピクピクと痙攣しているし、これって一体?

「やったわ! やっぱり雷は水と相性が良いわ!」

 え? 雷が水と?

「驚いたよエクレア。でも今のってどういう意味?」

 気になって僕はエクレアに聞いてみた。エクレアが得意顔で教えてくれる。

「ふふん。これはね、水に私の電撃が伝わって相手が感電したのよ。つまり水は雷を通して威力を高めるのよ!」

「えぇぇええ!」

「スピィ!?

 それは衝撃的な事実だった。水に雷が通るなんて……あれ? つまり──。

「もしかして僕をパーティーに誘ったのって?」

「うん。ネロが水魔法の使い手だったからよ。私の雷の力をより引き出せるのは水の紋章持ちだと思ったからね」

 あ、なるほど。そういうことなんだね。なんか凄く得心がいったよ。

 同時にちょっとだけ残念にも、いやそれでも水属性を買ってくれているんだから喜ばないとね。

 そんなことを考えていたらエクレアがジトッとした視線を僕に向けてきた。

「ネロ、もしかして私が水属性なら誰でも良かったと思っている?」

「え、えと……」

 エクレアに聞かれすぐに答えられなかった。今まさに考えたことが見透かされたみたいで、ドキッとしたんだ。

「あぁ! やっぱりそんなこと思ってたんだ! えいえいっ!」

「ほへっ!?

 エクレアが僕の口を摘んで引っ張り出した。何で!?

「言っておくけど、ネロだから私も安心して頼めたんだからね。パパとの戦いを見てネロの水魔法に感動を覚えたの。水だから誰でもいいなんてことないんだよ。ネロだから組みたかったんだからね」

 ぷく~っと頬を膨らませてエクレアが訴えてきた。僕のために怒ってくれたんだ。

「ありふぁと、ふぇと、いっふぁんふぁなして」

「むぅ、仕方ないわね」

「スピ~」

 エクレアが指を放した。ふぅ、結構ヒリヒリする。力あるよねやっぱり──。

「ありがとうエクレア。そして、ちょっと後ろ向きな態度をとってゴメンね。エクレアが僕の魔法を評価してくれて嬉しいよ」