「な、ちげーよ! 糞が! たたっ切るぞ!」

「えぇ……」

「スピィ?」

 また怒鳴られた。そして顔を真っ赤にさせて、ガイたちは行ってしまった。なんだかよくわからないけど、おかげで教会まで行かなくてよくなったよ。

「それじゃあブルーフォレストに向かおうか」

「スピッ!」

 こうして僕とスイムは町を出て目的地の森へ向かうことになったんだ──。



「お久しぶりでございますね。勇者ガイ」

「ハイルトンか……」

 ネロと別れた後、ガイたちが歩いていると、杖をついた執事風の男が近づき挨拶してきた。それを認めたガイが彼の名を呟きつつ険しい顔を見せる。

「ところで先程の様子を見させていただきましたが、随分とネロと仲良さげではありませんか」

 片側の目にだけ掛けられた眼鏡を押し上げながら、冷たい笑顔を浮かべる執事。それを認めたガイが眉を顰めた。

「……のぞき見とは悪趣味だな。ハイルトン」

「はは、旦那様もそろそろしびれを切らしておりましたからね。しかし、どういうつもりですかな? あの塵がまだ生きてるとは」

 その態度はどこか高圧的であった。ガイも今まで見せてきたような強気な態度は消え失せ、やりづらそうに対応している。

「あなたにはあの塵の始末をお願いしていたはずです。それなのに話が違うようですが? しかもあのように和気藹々とされていると、こちらとしても見過ごせませんぞ」

 指でレンズを直しつつハイルトンがガイに指摘する。

「勘違いするな。仲良くなんてしていない。俺たちのパーティーから追放してやったんだから」

「……ほう。追放、ですか?」

 ハイルトンは片眼鏡を外し布でレンズを拭きながら、それで? と言わんばかりに言葉を返す。

「……勇者パーティーを追放されたとなれば、あいつの信用は地に落ちる。社会的に死んだも同然だ。これであの人も満足だろう」

 ガイがハイルトンに向けて告げる。その言葉からこれで手打ちにしたいという空気も感じられた。だが話を聞いたハイルトンが明らかな不満を示す。

「旦那様はそのようなことを望んではいない。それぐらいお前たちだってわかっているはずだ」

 ハイルトンがガイに厳しい目を向ける。口調も変わり、立場がどちらが上かを知らしめているようだった。

「旦那様はあのような無能の塵がこの世に生き残っているのが許せないのだ。屋敷から追放という形を取ったのは、自らの手を汚すのも憚られるほどの汚物だからに他ならない。それを、追放?」

 片眼鏡を掛け直しながら、噛みしめるようにガイの言葉を繰り返す。

「そのような中途半端なやり方で旦那様が満足されるわけがない。これは問題だぞ、ガイ。まさか貴様、旦那様に逆らうつもりではあるまいな?」

 ハイルトンは疑わしげな目をガイに向ける。ガイの側にいるセレナが不安そうな表情を見せた。

「……そんなつもりはない。だが考えてもみろ。俺たちはこれでもギルドで評判が知れ渡ってきている。そんな俺たちがいくら使えないからといって仲間を殺すなんて外聞が悪すぎる」

 ガイはネロを追放で済ました理由をハイルトンに説明し続けた。

「あの人──ギレイル様も俺たちが活躍することで旨味があるはずだ。下手なことをして悪評が広まるのを望んではいないだろう」

 ハイルトンに言い聞かせるように、自らの考えを伝えきったガイ。その間もハイルトンは目を細くしたり大きくさせたりしながら、本心を探るようにガイを見続けている。

「……確かに、それも一理ありますかな。アクシス家が目をかけてやったマイト家の貴様が勇者として活躍すれば、旦那様も鼻が高いというもの」

 話を聞き終えたハイルトンが軽く頷き、ガイに理解を示した。

「──とはいえ、旦那様がそれで満足されるわけがない。それぐらい上手くやれないようでは、余計な怒りを買うだけですぞ?」

「……チッ」

 ガイが思わず舌打ちする。ハイルトンはそんなガイを冷たく見つめていたが、ふと何かを思いついたように笑みを深めた。

「──ですが、あなたのお気持ちもわかります。ですのでここは私もご協力致しましょう。その代わりと言ってはなんですが、少々私にも見返りが欲しいところではありますが」

「は? 何を勝手に──」

 ハイルトンがそう持ちかける。ガイは納得していなかったが、ガイの返事を待つことなくハイルトンがその場から消え失せる。

「ま、待て、ハイルトン!」

 ガイが慌てて引き留めようとするが、時既に遅し。ハイルトンは消え去ってしまっていた──。



 セレナが生命の水を作成してくれた後、町を出てブルーフォレストまでやってきた。ブルーフォレストは文字通り青々とした森だ。ここには樹木から葉っぱに至るまで、色の青い植物しか存在しない。そしてここの特徴は、やっぱり植物系の魔物が多く出てくることだろうな。

「スピィ!」

「うん。あれはトレントだね」

 フルールは植物系の魔物が出るって心配してくれたけど、ここの魔物には結構間の抜けたタイプもいる。例えば、今スイムが指摘してくれたトレント。見た目はかんぼくで、森に出てくると木々に紛れてとても紛らわしい。だけどこのブルーフォレストではかえって目立ってるんだよね。だって、この森の植物は青一色だから。普通の樹木にしか見えないトレントはもうバレバレってこと。

「水魔法・水鉄砲!」

 魔法により僕の指から水弾が連続発射される。

「──ッ!?

 僕の水鉄砲に撃ち抜かれたトレントは、萎れたようになって朽ちていった。トレントは長い枝で攻撃してくるタイプの魔物だ。だから気がついたら早めに対処した方がいい。もちろん、襲ってくる位置にいなければ無難に通り抜けるけどね。

「この調子でブルーローズを集めようか」

「スピッ!」

 そして、僕たちは更に奥を目指した。

「おっと!」

 移動する途中、地面から伸びた蔦が僕に襲いかかってきた。トレントはわかりやすかったけど、全体的に見ればやっぱり周囲に溶け込んだ植物系魔物が多い。

「水魔法・水ノ鞭!」

 奇襲をなんとか避けつつ水で生み出した鞭で蔦に反撃。だけどダメージが通ってないのか、蔦は元気そうにウネウネと蠢き続けていた。

 こういうのは無視するに限るんだけど蔦の範囲が広くて流石に避けて通り抜けるのは厳しい。

「スピィ」

「うん。相手もしなやかな蔦だからこれじゃあ効果が薄いや。これをどうにかするには……──閃いた!」

 相手が蔦なら切るのが一番だ! そう思った途端、頭に魔法のイメージが湧く。

「水魔法・水剣!」

 腕から水が伸びていき、剣の形になった。水は重い。つまり、手応えがある。だからこそ鞭にもなった。それなら剣にもなりえるわけだ!

「ハッ!」

 水の剣を振り抜き、蔦を切り裂いた。やっぱり植物系は切断に弱いね。

「これは植物系の魔物相手なら役立ちそうだよ」

「スピィ~♪」

 スイムが肩の上でぴょんぴょん跳ねて喜んだ。僕に凄い凄いと言ってくれてるような気もする。

 その後、ある程度進んだ先にブルーローズがあった。青くて綺麗な花なんだけど、茎には棘があるから採取には注意が必要だ。採取数は二五〇〇本だからわりと忙しいかな。ギルドから採取用の布袋は支給されているけど、かなり大きい。これを二五〇〇本だと結構な量になるもんね。今見えてるので二〇〇本ぐらいあるかな。つまり群生地を十数ヶ所回る必要があるわけだ。

「大変だけど頑張ってこなさないとね」

「スピッ!」

 スイムも一緒になって張り切ってくれた。群生地でブルーローズを採取する。驚いたことにスイムも群生地に下りて手伝ってくれた。スイムはブルーローズを体の中に取り込んでくれているようだ。こんな特技があったなんて驚きだよ。

「でも、中に入れたブルーローズはどうなってるんだろう?」

 ふと疑問に思った。まさか実はブルーローズが好物で、食べていただけとか?

「スピィ」

 だけどそれは杞憂で、取り込んだブルーローズをスイムがまた出してくれた。僕を安心させてくれたみたい。

「凄いやスイム。これなら採取も捗るよ」

「スピィ~♪」

 スイムの頭を撫でて褒めてあげた。プルプルしていて凄く嬉しそうだよ。

 こうして、スイムの助けもあって、この一帯のブルーローズは比較的あっさり採取できた。次の群生地もわりとすぐ近くにあった。だけど、そこにはビビルローズも紛れていた。薔薇に擬態する魔物で、棘に刺さると臆病になってしまうという特殊な効果を持つ魔物だ。ビビルローズはそんな嫌な効果のある棘を飛ばして攻撃してくる。ただ、花は赤いからどこにいるかはすぐにわかってしまう。

「水魔法・水鉄砲!」

 目立っていたビビルローズだけを水魔法で撃ち倒してから、余裕を持ってブルーローズを採取していく。こんな感じで僕たちは順調に依頼をこなしていった。

「よし。残り二〇〇本だね。ここのブルーローズを採取したら目的達成だ」

「スピィ~」

 スイムもやったね、とはしゃいでいる。それにしてもスイムは凄い。ブルーローズを全て体内に取り込んでくれたからね。おかげでギルドから預かった袋は一切使ってない。それどころか袋も一旦スイムに取り込んでもらってるぐらいだ。さて、残りのブルーローズも採取して依頼を達成させようかな。そう思っていた矢先のことだった。

「うわ、揺れてる!?

「スピィ!?

 急に地面が揺れだした。何事かと思った。スイムも慌てている。

 正面の地面が隆起し始め、ピシピシと地面に亀裂が走り、かと思えば巨大な植物が姿を見せた。多肉質の大型の花が生えていて、真ん中の部分は巨大な口になっている。その大きな口からは舌がダラリと垂れていて、舌先からはよだれがダラダラと滴り落ちていた。しかも、涎が落ちた地面はじゅうじゅうと音を立て煙を上げて溶解している。

「今の揺れはこいつのせいか──それにしても、ちょっとやばそうな相手かも……」

「ス、スピィ……」

 スイムも不安そうにしている。けど、こいつはこっちを餌と認識してそうだし、やるしかなさそうだね──。

「水魔法・水剣!」

 怪物が蔦を伸ばして攻撃してきたから、水の剣を伸ばして振るってきた蔦に切りかかる。

「うわっ!」

「スピィ!」

 でも駄目だった。防ぎきれずスイムもろともふっとばされてしまった。途中で出くわした蔦の魔物とは太さも圧力も全く別物だ。正直、この勢いで地面に叩きつけられたらヤバい!

「スピィ!」

 死さえも予見させる状況だったけど、スイムが僕から離れたかと思えば膨張し、受け止めてくれた。スイムの体は弾力があるから、衝撃を和らげるクッションになってくれたんだ。

「あ、ありがとうスイム。助かったよ」

「スピィ♪」

 スイムに抱きついてお礼を言った。スイムは元の姿に戻る。でも──。

「一回り小さくなってる?」

「スピィ……」

 もしかして今の膨張で? だとしたらあまり多用させるわけにはいかない。

『アjfァrヲイファjワlジョア!』

 くっ! 魔物が奇声を上げた。頭がおかしくなりそうな声だ。やたらと興奮しているのがわかる。蔦が再び蠢きだし、それぞれの蔦にも花が開いた。本体と一緒で口があって、舌が伸びている。

 こんなの相手に僕が戦えるのか? いや、弱気になったら駄目だ。とにかく今は身を守る術を考えないと。でも、どうすれば──水の剣は効果が薄かったし、そもそも僕は戦士じゃないからそこまで剣の扱いに長けているわけじゃないんだ。

 いや待てよ。水で剣が作れるぐらいなら……。 そんなことを考えていた僕に、さっきよりも激しい化物の攻撃が迫る。

「──閃いた! 水魔法・まもりたて!」

 僕の水魔法で生まれた盾が、化物の蔦攻撃を防いでくれる。良かった。咄嗟のところで閃くことができた。

「スイム、大丈夫?」

「スピィ♪」

 小さくなったスイムを手のひらに乗せて再び肩に戻す。小さくても、スイムはやっぱりスイムだ。とても可愛い。なんてほんわかしてる場合じゃない!

「水魔法・まもりたて!」

 化物が大量の蔦で一斉攻撃してきたのを見て、僕も魔法で水の盾を数多く生み出した。ほぼ囲むように出現した盾によって攻撃は遮られる。水だから見た目も半透明で、視界が開けたままなのがいい。

 今回の相手は遠慮なんてしてられない。だから僕は、更に別な魔法を行使する。

「水魔法・重水弾!」

 圧縮した水の塊が蔦の一本に命中し、破裂した。発生した衝撃波で囲んでいた蔦も吹き飛ばされる。

 やはり、この魔法はかなりの威力だ。水の盾でガードしてなかったら、こっちも自分の魔法に巻き込まれるところだったよ。

 でもこれで邪魔な蔦は片付いた──。

『ファjfkァfジャlkkfjkァfjkァlskfジャ!』

 と思ってたら奇声を上げて蔦がまた伸びてきた! こいつ、いくらでもアレを生やすのか。きりがないよ!

「だったら、本体を狙う! 水魔法・重水弾!」

 今度は本体に向けて圧縮した水を撃った。蔦が壁になって本体を守る。蔦は粉々になったけど、あいつはいくらでも蔦を伸ばすからな。

「くそっ、思ったより厄介だな」

「スピッ!」

 スイムが警告のような声を上げた。蔦に生えた口が頭上に向かって何かを吐き出す。

 まさかあれって!

「上!」

 僕は生み出した水の盾を上に移動させ、更にスイムを抱きしめた。降り注いできたのは、あの化物の口から吐出された液体だった。あれは地面を溶かしていた。つまり、酸性なんだ。まともに喰らったらまずい。盾で塞いだものの隙間が生まれ、すり抜けた酸性の液が僕に掛かった。

「熱ッ──」

 着ていたローブから煙が上がる。衣が溶けたんだ。熱いけど耐えられるし大したことじゃない。

 酸性の液体は地面をも汚した。草花もあっという間に──いや、待てよあの化物──。

 あの酸攻撃をするときには他の蔦が離れている。もしかしてこれって……だとすると!

「閃いた!」

「スピィ……」

 あの化物を倒す魔法が頭に浮かぶ。一方スイムがどこか悲しげな鳴き声を上げた。手がちょっと爛れてしまっていてそれを気にしたのかも。

「大丈夫。これなら生命の水を掛ければ治る」

 スイムを安心させるためにそう伝える。だけど今は治療している場合じゃない。

 ただあいつの場所が問題だ。あの場所で今閃いた魔法を放つのは問題がある。

「どうしたどうした僕は元気だぞ! その程度かよ!」

 だから僕はあの化物を挑発しつつ踵を返してその場から離れた。

 あいつは僕を餌と認識している。しかも手負いの獲物と思ってるはずだ。だったら絶対に──。

『アjファッlkファkljァfjァfjァfkァファkljカァjlkjkァjヵjfklジャァjfljヵfklジャljfljファlf!』

 やっぱり追ってきた! 僕が場所を移動すると正面の土が盛り上がってアイツが姿を見せたんだ。

 回り込んでやったとこいつは思ってるのかも知れない。だけど逆だ。僕がお前をこの場所に誘導したのさ!

「かかったね! これで終わらせる! 水魔法・酸性雨!」

 魔法を行使すると奴の頭上から水が雨のように降り注いでいった。後は効くのを願うだけだ!

『──ッ!? ァfjァkfァfjァflジャjファlファjlf!?

 化物が悲鳴を上げた。この魔法は文字通り酸の水を生み出して降らせる。あいつが口から出した酸性の液体がヒントだった。あの液体だってようは水だからね。それなら水魔法で再現できると思った。しかもイメージはより強力で、言うならば強酸の雨だ。あの化物の酸が掛かった植物も溶けているのがわかったからね。その上、あの化物は自分で吐き出した酸が他の蔦に掛からないように動いていた。つまりあいつにとっても弱点であったと推測できた。だから、魔法で強酸を生み出せば勝てると考えたのさ。そして僕の予測は当たったようで悲鳴を上げながら化物の体が枯れ果てていく──。閃いた酸性雨の魔法がよく効いてくれた証拠だ。そして、化物が消えた後には光り輝く石が残されていた。

「これって、魔石!?

「スピィ?」

 そうだ、魔石だ。魔石は貴重な代物だ。魔物や魔獣が保有していることもあるけど、そういうタイプは大体強敵だ。後は時折魔石の採掘できる鉱山で見つかったりもするけど数は少ない。それがこんな形で手に入るなんて。確かにかなりの強敵だったから、持っていても不思議ではないけどね。

 でも、この森にここまでの相手がいたなんて思いもしなかった。……いや、これはもしかしたら変異種だったのかもしれない。

 変異種というのは、文字通り魔物の一部が変異したものだ。そして変異した場合、元の個体より遙かに脅威度が上がる。姿形も大きく変わる場合も少なくない。

「これはしっかりギルドに報告すべきだね。化物は消え去ったけど、魔石が残っていたから証拠にはなるだろうし」

「スピィ~」

 魔物らが保有している魔石には、様々な情報が詰まっていると言われている。解析すれば、保持していた相手についての詳細もわかる。そして、ギルドには大抵魔石を解析できる職員がいる。だから、持ち帰れば戦ったこの化物の正体もわかるかもしれない。

「スピィ~……」

「うん? あ、そうか怪我だね──」

 スイムが心配そうに僕の肌を見ていた。あの液が掛かっちゃったからね。なんか思い出したらズキズキしてきた。

「大丈夫!」

 こんなときのための生命の水だ。ポーチから瓶を取り出して患部に掛けると傷がみるみるうちに治っていった。ちなみにこの手の回復薬は掛けても、服用でも効果がある。今回みたいに治す場所が定まってる場合は、傷口に直接掛けて使うことが多い。

「うん。これで大丈夫。セレナには感謝だね」

「スピィ♪」

 スイムが僕の胸に飛び込んできてスリスリしてきた。はぁ、これも癒やされるよ。

「でもスイム。随分小さくなったよね、大丈夫?」

「スピィ? スピッ! スピ~!」

 僕が心配して声を掛けるとスイムが何かを訴えてきた。口をパクパクさせてるような?

「あ、もしかして生命の水が欲しいとか?」

「スピィ」

 スイムがプルプルと左右に震えた。違うってことかな?

「スピッ」

 あ、なんか体を瓶みたいにしたね。それは置いといて、リアクションで表現していて可愛い。

「水? 水が飲みたいの?」

「スピィ~♪」

 スイムがぴょんぴょんと跳ねた。そうか。でもなんだろう? 喉が渇いてるのかな? 僕は魔法でスイムに水を飲ませてあげた。

「スピィ~♪」

 嬉しそうに僕の水を飲むスイム。すると、驚いたことにスイムの大きさが元に戻っていった。

「へぇ! 水を飲めば戻るんだね」

「スピィ~♪」

 スイムはなんだかとてもご機嫌だ。うん、スイムが元に戻って僕も嬉しいよ。

 戦いを終えた僕たちは、ブルーローズの群生地に戻った。

「良かった。無事だよ」

「スピッ」

 スイムも良かったねと言ってくれているようだ。採取できる場所を移しておいて本当に良かったよ。そうでないと、酸性雨の魔法に巻き込んで枯らしかねなかったし。

 その後、僕たちはブルーローズを採取。これで依頼の二五〇〇本は完了だね。

「じゃあ、戻ろうか」

「スピッ!」

 スイムを肩に乗せて僕たちは町に戻った。ふぅ、それにしても思ったより大変な仕事だったね──。


「えぇ! そんな魔物があの森に~~~~~~~~!?

 ギルドに戻ってブルーフォレストで起きたことを話すと、フルールに随分と驚かれてしまった。やっぱり普段は姿を見せない種らしい。

「魔石を保有していたから持ってきたけど、解析する?」

「もちろんよ! 内容次第では今回の依頼分とは別に報酬が出るわよ」

 僕はあの魔物から手に入れた魔石をフルールに渡した。追加報酬が出るなら凄く助かる。

「でも、それをネロくんが倒しちゃったの?」

 フルールは僕が魔石を持ってきたことを不思議がっていた。魔石を手に入れたってことは、倒したって証明でもあるからね。

「うん。水魔法でね。工夫すれば十分戦えるんだよ」

 フルールにそう説明するも、彼女はまだ半信半疑な様子だ。

「水魔法で戦えるなんて、ちょっと信じがたいけど……とにかくそっちは解析を待つわね」

 やっぱり、水魔法のイメージ的に中々納得はしてくれない。とはいえ解析されるから、相手がどんな魔物だったか判明しそうだね。

「うん。お願い。あ、それとブルーローズだよね」

「そうね。あれ? でも袋を持ってないわね?」

 フルールが首を傾げる。預かっていた袋はスイムの中だからね。ブルーローズを二五〇〇本も採取したら、普通は中身がパンパンに詰まった袋を背負ってるだろうし、不思議に思うのも仕方ないかな。

「実はスイムの中に取り込んでもらったんだ」

「スピィ」

 僕がスイムを見ながら教えてあげるとスイムもそうだよと言ってるように鳴いた。

「え? す、スライムの中に? そんな力を持つスライム、聞いたことがないけど……」

 フルールが目を丸くして驚いていた。言われてみれば僕も知らない。そもそもスライムについてそこまで詳しくなかったからね。単純に凄いなぁと思った程度だ。

 でも、魔法の袋を普通に買ったらお値段が張る。確か一〇〇キログラム入る魔法の袋でも二〇〇万マリンはするはずだ。そう考えたらスイムの力は凄いね。今はまだブルーローズを入れてるだけだけど、雰囲気的にまだスイムには余裕があるし。

「う~ん、とりあえず、その数はここだと置けないから、倉庫まで来てもらっていいかな?」

「はい」

「スピィ~♪」

「……あ、あの倉庫まで私が抱っこしてもいい?」

 フルールがスイムを指差しながらお願いしてきた。もちろん、それぐらいなら問題ないよね。スイムも嫌がってないし。

「はぁ幸せ~」

 フルールがスイムを抱え上げ、幸せそうな顔を見せた。スイムを気に入ってもらえるのは僕としても嬉しい。

「スピッスピィ~♪」

 移動しながらフルールがスイムに頬ずりしているよ。スイムもどこか楽しそうだしフルールも気持ちよさそうにしている。スイムはぷにぷにな上にひんやりしていて触り心地がいいんだよね。

「うぅ、もうついちゃった」

 どこか残念そうにフルールがスイムを手渡してきた。仕事中だから、流石にずっとスイムを愛でているわけにもいかないんだろうね。ちなみに倉庫はギルドと直結していて、一階の廊下に出ると裏口から入れるようになっている。

「おう。なんだ? 仕事か?」

 倉庫に入ると髭を伸ばしたおじさんがフルールに問いかけた。ここの倉庫番を任されている職員だ。

「ブルーローズの依頼を、この子とスイムが達成してくれたのよ」

 倉庫番のおじさんにフルールが答えた。

「おお、例のブルーローズか。確か二五〇〇本だったか。それでどこにあるんだ?」

 おじさんは僕に目を向けつつ聞いてきた。量が量だし、全く見当たらないのが不思議なんだろう。

「フルールさん。スイムに出してもらってもいいかな?」

「あ、そうだったわね。このあたりなら大丈夫だと思うわ」

 フルールが倉庫の一部を指さした。スイムはピョンっと指定された場所に飛び降りる。

「そのスライムがどうかしたのか?」

 倉庫番の職員が不思議そうにしていた。

「スイム。ブルーローズをここに出してもらっていい?」

「は? 何言ってるんだ? スライムにそんな真似、できるわけがない」

 職員が眉を寄せて言う。ブルーローズとスイムが結びつかなくて困惑してるのかもね。

「スピ~」

 そんな職員の目の前でスイムがぷくーっと膨れ、かと思えばブルーローズ二五〇〇本を床に出した後、飛び退いた。

 たしか、僕のクッションになって助けてくれたときも膨張していたね。だけど、今回は戻っても小さくなってない。ということは、スイムに掛かった負荷が関係しているのかな。あのときはかなりの衝撃だっただろうし。

「お、おいおいマジかよ。こんなことできるスライム、俺は初めて見たぞ」

 職員も随分と驚いているみたいだ。やっぱりスイムは珍しいスライムなのかなぁ?

「こんなことで驚いていたら、この先大変よ。ネロくんはブルーフォレストで見たことないような魔物を退治したんだから。しかも水魔法で」

「は? いやいや、それは嘘だ。水属性は戦闘ができない不遇な属性だろう?」

 フルールから話を聞くも、おじさんは疑念の目を向けていた。うん。やっぱりこういう反応だよね。水は戦える属性じゃないというのが、大半の人の考えだ。

「私もびっくりしてるんだけど、実際に魔石も持ってきているから……」

 困ったような顔で、フルールがおじさんに答えていた。この様子だと、やっぱりフルールも完全に信用はしてくれていない感じかな。

「あの。実は、水は重いんです……と言ったらどうします?」

「は? 何言ってるんだ? 水に重さなんてあるわけないだろう。だから攻撃には使えないんだよ」

 試しに聞いてみたけど、何を馬鹿なことを言ってるんだ? って反応だったよ。あぁ、やっぱりそういう考えだよねぇ。

「いや、なんでもないんです。それで、ブルーローズに問題はありませんよね?」

 この話は一旦置いておいて、本題の依頼について聞いてみた。採取系の仕事は、採ってきた素材の損傷が激しかったりすると報酬が減ることもあるからね。

「あぁ。傷みもないし、これは完璧だろう。とはいえ、正確な鑑定をするには数が多いからな。査定に少し時間が掛かるかもしれないぞ」

 おじさんが答えてくれた。問題なさそうなのは良かったけど。それならちょっと遅めではあるけど、お昼ご飯でも食べてこようかな。

「スイム、何か食べたい?」

「スピィ~♪」

 食事について聞いたらスイムがご機嫌になった。これは決まりだね。

「スイムもお腹が減ってそうだし、ちょっと出てきていいかな?」

「あぁ。なら二、三時間したら来てくれ」

 今からだと夕方ぐらいだね。

「私も書類の手続きしないと──スイムちゃん、またね」

「スピィ~」

 フルールも仕事があるからとスイムを撫でた後、倉庫を出た。僕たちも食事を取ってからまた来ます、と言い残してからギルドを出た。

「どこに行こうかな。スイムは何か食べたいのある?」

「スピィ~スピッスピィ~!」

 聞いてみるとスイムがピョンピョン飛び跳ねながら何かを伝えたがっていた。この感じだと──。

「う~ん、やっぱり前と一緒で果物とか、後はジュースとか水分多目なのがいいのかな?」

「スピィ~♪」

 僕の肩でスイムがプルプルと震えた。とても機嫌が良さそうだ。なんとなくスイムの感情も掴めてきた気がするよ。

 僕たちが路上を歩いていると、前から奇妙な集団が歩いてきた。揃ってボロボロの外套を羽織り、フードを目深に被っている。怪しい集団だね……僕は避けるように横にずれてみたけど、前から来た集団もちょっとだけこっちに寄ってきた。

 なんだろう? でもこのぐらいならたまたまかな──。

「スピィ!?

 集団とすれ違ったそのとき、スイムの鳴き声がした。肩に乗っていたはずのスイムがいない。振り返ると集団が足を止め、スイムを掴んで僕に見せつけてきた。

「な! いつの間に──お前たちどういうつもりだ!」

 僕が叫ぶと集団がナイフを取り出しスイムに突きつけた。

「黙れ。いいから大人しくついてこい。お友達のこのスライムの命が惜しかったらな」

「スピィ~……」

 スイムの声が細くなった。こいつら、どうしてこんな真似を。

 だけどついてこいってことは、もしかして目的は僕なのか? でも、どうして──?

「大人しくしとけよ」

 どうにかしてスイムを助けられないかと考えていると、外套を纏った二人が近づいてきて今度は剣を抜いて脅してきた。

「──ついていけばいいのかい?」

「ふん。いいから黙って来い」

 明確な答えはなかったけど、折角仲良くなったスイムを見捨てるなんてできない。とりあえず僕は連中の言う通りにした。後をついていくと、人目につかない路地裏に連れていかれる。

「よう。ネロ。お前、随分と羽振りが良さそうだな」

 連中に連れてこられた場所では見覚えのある男が待ち構えていた。筋骨隆々の男で、以前僕に絡んできたことがある。勇者パーティーには僕みたいのは相応しくないからとっととやめろとか、冒険者としてうろちょろされるだけで苛々するとか、そんな理不尽な言い方されたっけ。そんな男がわざわざ僕を呼ぶためにこんな真似を? だとしたら面倒事になる予感しかしないよ。

「──スイムにこんな真似して、僕を連れてきて一体どういうつもりだよ」

「随分と生意気な口を利くようになったな、雑魚が。お前のそういう態度がそこの連中を苛つかせるんだぞ」

 とりあえず聞いてみたけど、帰ってきた答えは納得のいかないものだった。

「知らないよ。大体この連中を僕は知らない」

「あん? ふざけんなよテメェ──この顔見ても覚えてないって言う気かこら!」

 見覚えがないので正直に言うと、僕たちをここまで連れてきた連中がフードを上げた。それで気がついた。この連中前に森で僕を襲ってきた冒険者だ。

「思い出したか? 全く。こっちはテメェのせいでお尋ね者扱いだ! ギルドにも入れねぇわ、手配書まで回されて他の冒険者には追われるわで散々なんだよ!」

「そんなのお前らが悪いんじゃないか」

 話を聞いてはみたけど、なんて身勝手な理由だ。僕相手に強盗行為を働こうとしたんだ。当然それ相応の罰は受けなきゃいけない。

「おいおい、随分と冷たいな。全く無能のくせに聞きしに勝る屑だな。やはりテメェみたいな奴にはお仕置きが必要だ」

 ニタニタと薄笑いを浮かべながら大男が言った。

「……お前、こいつらのこととは関係ないだろう。なんなんだ一体」

 図体のデカい冒険者も覚えてはいるけど、前はこいつらと一緒じゃなかった。

「関係なくはねぇよ。こいつらは結構やんちゃしちまう時があったからな。そういうときには俺が裏で色々と面倒見てやってたんだ。まぁ子分みたいなもんだ。親分としちゃ、子分がお前みたいな屑に舐めた真似されて、黙っちゃいられねぇよな?」

 ……なんだその理由は。前に絡まれたときからガラの悪い奴とは思っていたけど、類は友を呼ぶ。

「とにかくだ。お前まず有り金全部出せ。こいつらに迷惑を掛けた慰謝料としてな」

「いつから冒険者は盗賊集団に成り下がったんだい?」

「テメェ! ルガさんにあんま舐めた口利いてんじゃねぇぞコラァ!」

「今すぐぶち殺されてぇのかこの野郎が!」

 あの三人以外の柄の悪い連中が怒鳴り声を上げた。こいつルガっていうのか。随分と周りは気が立っているようだけど、僕は思ったことを言っただけだ。大体やってることはまさに盗賊だ。文句を言いたいのはむしろこっちだよ。

「お前勘違いしてるな。これは落とし前って奴だ。お前のせいで、こいつらは冒険者を続けられなくなったんだ。それにテメェのせいで俺もギルドで恥をかかされたしな」

 ギルドで恥? 言ってる意味がわからないよ。

「ったくガイの野郎め。思い出しただけでも腹が立つ。ま、そっちの落とし前は後でつけるとして、まずはテメェってことだ」

 ルガがガイの名前を出してきた。こいつとガイの間で何かあったのか。だとしても僕には関係のない話のはずだ。

「ガイと何があったか知らないけど、逆恨みでこんな真似するなんて。小さい男だな、お前は」

 そうルガに伝えると、蟀谷こめかみに血管が浮かび上がりピクピクと波打った。

「テメェ、今の状況わかってんのかコラッ!」

「ス、スピィ……」

 スイムを捕まえている奴が声を張り上げた。スイムも怖がってる。今はまだあまり刺激するときじゃないか。

「フンッ。少しはテメェの立場がわかったか」

 僕が口を結ぶと、満足げにルガが唇を歪めてみせる。

「テメェは言われた通り金を出せばいいんだよ。あぁ、それと。有り金全部といってもな、当然それで終わりじゃねぇ。そうだな。毎月俺らに五〇〇万マリン払え。それで命だけは勘弁してやるよ」

 そしてそんなふざけた要求をこのルガって男は通そうとしてきた。

「はは、なるほど。これは破格の条件だ。これでお前はとりあえず半殺しで済む」

「半殺しにはするのかよ、こりゃいいぜ」

 話を聞いていたごろつき冒険者たちが笑い出す。何がそんなにおかしいんだか……。

「しかしこいつ。そんなに金もってるのか?」

「問題ないぜ。俺は聞いたのさ。この野郎がブルーローズの依頼を受けたことを。そしてどうやら成功したようだとな」

 僕たちを最初に襲ってきた剣士の男が、ルガに伝えた。全く。余計なことをべらべらとよく喋るね。

「ほう。こんな雑魚がブルーローズの採取とはな。一体どんな卑怯な手を使ったか知らねぇが、だったらその報酬はしっかりこの俺様がいただいてやるよ」

 正当に受けた依頼をこなしただけで、卑怯も何もないだろう。もっともこんな奴らに正論を言っても無駄だろうけどね。

「スピィ……」

 奴らに捕まったスイムがしょげている。捕まったことを申し訳なく思ってるとか? だとしたら間違いだ。悪いのはどう考えてもこいつらなのだから。とにかくまずはスイムを助けて安心させてあげないと。

「で、どうするんだ? あ?」

「嫌だ、と言ったら?」

 恫喝してくるルガに逆に聞いてやった。こんな奴らの私腹を肥やすためだけに言いなりになるなんてまっぴらごめんだ。

「そこのスライムを殺してテメェも殺すさ」

「こんなところでそんな真似したらすぐ足がついて終わるよ」

 ルガがそんなことを言いだしたけど、路地裏と言っても人が死ねば痕跡が残る。調査に長けた魔法師だっているんだ。

「俺らが本気で殺すわけないと考えてるんなら、そんな甘い考えとっとと捨てることだな。テメェやスライムの一人や一匹殺したところで、どうとでもなる。その手の仕事が得意な始末屋がいるからな」

 ルガが忠告するように答えた。嘘を言ってる様子はない。それどころか、まるでこれまでもそういうことを頼んできたような言い草だ。

 ──冒険者は危険な仕事だ。登録者の内、年に何人も死体になって戻ったり行方知れずになったりする。

 更にそういった帰らぬ人となった冒険者の中には、何者かによって密かに始末された者もいるという。もしかしたらこいつらは、気に入らない相手をこれまで幾度となく屠ってきたのかもしれない。

「ま、殺すと言っても男じゃな。女なら色々愉しめるんだがよ」

 随分とゲスいことを口にしているのがいるよ。こいつら、やっぱりそういうことなのか──。僕と同じ冒険者にそんな悪人が混ざってるなんて考えたくもないけど、受け入れるしかないのだろうな。

「で? どうするんだ? さっさと選べ。俺はこう見えて気が短いんだよ」

 どう見てもそんな感じにしか見えないけどね──。

「わかったよ。金を払えばいいんだろう」

「ハハッ、そうそう。素直に言うことを聞いとけばいいんだよ」

 連中が薄ら笑いを浮かべている。そして僕はお金を出す──振りをして。

「水魔法・水飛沫!」

「──ッ!? め、目に水がぁああッ!」

「今だ! 水魔法・水ノ鞭!」

 スイムを捕まえていた奴が水で怯んだ隙に更に魔法を行使。僕の背中から伸びた水の鞭がスイムに絡みつき引き寄せた。

「やったね! おかえりスイム!」

「スピィ~♪」

 戻ってきたスイムをギュッと抱きしめる。

 スイムも嬉しそうに体をスリスリと擦り付けてきた。はぁ、良かった。スイムが無事で。

「ば、馬鹿な、テメェ! 一体今何しやがった!」

 ルガが信じられないというような目で問いかけてきた。

「何って水魔法だよ。見てわからないの?」

 僕はルガ相手に小馬鹿にするような態度を見せた。スイムをこんな目にあわせた連中に、真っ当な態度を取る必要なんてない。

「ふざけるな! 最初のはわかる。水らしい小狡い魔法だ。だがその次のは何だ!」

 ルガは僕の魔法に納得がいってないようだ。そんなことを言われてもね。

「水で鞭を作っただけだよ」

「は?」

 僕が答えるとルガがポカンっとした顔を見せた。どうやら水魔法の真価を受け入れきれてない様子。別にこんな連中に理解してもらわなくてもいいけどね。

「スイムを返してもらったからには、お前たちの言うことを聞く必要がないね」

「ふ、ふざけやがって!」

「どうやら痛い目見ないとわからねぇらしいな!」

「前は油断したが今度はやられねぇよ!」

 最初に僕を襲ってきた三人組が鼻息を荒くさせた。そして弓持ちが弓を引き、杖持ちが魔法の準備にかかる。

「喰らえ! 風魔法・風刃!」

「武芸・三連射!」

 杖持ちは前にも見た風魔法。弓持ちは前とは違う武芸だ。

「だけど関係ないね。水魔法・まもりたて!」

 僕の魔法で水が盾に変わり風の刃と矢から身を守ってくれた。

「「な、何ぃッ!?」」

「水魔法・水鉄砲!」

「「ギャァアァアアァアアアア!」」

 水の盾で奴らの魔法と攻撃を防ぎ、水の弾丸で反撃。二人共見事にやられてくれた。魔法は前と同じだけどよく喰らってくれるね。

「くっ、こいつ!」

「ビビるな! 全員で掛かれば──」

「水魔法・水ノ鞭!」

「「「「「ギャァアアァアァアア!!!」」」」」

 鞭を振り回しただけで残りの連中が倒れていく。鞭はこれでも結構痛いからね。馬鹿にしてたら怪我するよ!

「こ、こんな無能に俺らが、そんなことあるはずない!」

 残ったのは剣士と、もう一人はルガだった。叫んだのは剣士。そういえばこの剣士とは結局戦ってなかったね。彼らとの距離は三メートルぐらい。抜いたのは剣だけど、攻撃が届く距離じゃない。手持ちの武器はもちろん、前に見た武芸から考えても剣の紋章持ちなのは間違いないよね──。

「くそっ。こんなのに負けるかよ! 行くぜ! 武芸・跳空切り!」

 剣の間合いからは外れてると思っていたけど、剣士がジャンプした! 一足飛びで距離を詰めて切りつけてくる。

「危ない!」

「スピィッ!?

 スイムを抱きしめながら横に飛んで剣士の攻撃を避けた。結構距離があったから油断していた。

「ふん! 運よく避けたか! だがこの距離は俺の距離──武芸・切断強化!」

 相手は更に武芸を行使し、剣を構え再び距離を詰めてくる。それなら──。

「水魔法・水剣!」

 魔法で今度は杖に水を纏わせ剣の形にした。これで相手の剣戟を受け止める。

「ちっ、なんなんだそりゃ! 水に見せてどんなトリックを使ってやがる!」

 剣士が叫ぶ。本当魔法とは信じてもらえないみたいだな。

「別にトリックでもなんでもないよ。僕の魔法だ」

「は、この嘘つきが。だが残念だったな、剣なら俺の方に分があるぜ!」

 確かにまともに剣でやりあっても僕に勝ち目はないだろうね。

「水魔法・水飛沫!」

「な、ぐぉ、目に水が──────!」

 だけど僕の本質は魔法だ。剣だけじゃ敵わなくても、魔法を組み合わせれば活路を開ける!

「ハァアアァアアアアァアア!」

「グ、グワァアアァアアア!」

 水で怯んだ相手を水の剣で切った。これで三人組を含めて全員戦闘から離脱した。

「峰打ちだよ──」

 倒れた剣士に言い残して、最後の一人と向き合った。

「なるほどな。使えない水属性と思い込ませてからめで戦うのがお前の流儀か。ゴミムシらしい、卑怯でせせこましいやり方だな」

 こいつもわかったような口を利くね。どれも水魔法でしかないんだけどさ。それに、お前たちだけには卑怯者呼ばわりされたくないよ。

「仲間はもう動けないよ。お前も観念したらどうだ?」

「プッ、グワッハッハ! 面白い冗談だな。だったらお前に絶望的なお知らせだ。俺はそいつらが束になっても敵わないぐらいには強い!」

 そう言ってルガが腰の袋に手を伸ばした。そしてするすると長い槍を取り出し構える。

 あの袋は魔法の袋なんだろうな。それにしてもあの槍がこいつの得物か。

「ハッハッハ。その顔随分と驚いているな。そうさ。俺の紋章は槍の紋章──」

 フンッ! と槍を横薙ぎし、ニヤリと不敵な笑みを零す。今の一振りで猛烈な風が発生し、僕の髪をバサバサと靡かせた。

「槍が使えて驚いたか? 俺はこう見えてテクニシャンなのさ」

 更に男が構える。僕も思わず身構えた。今の動き──確かに口先だけではなさそうだよ。

「見せてやるぜ俺の妙技を! 武芸・にょそう!」

 相手が武芸を行使。五メートルは離れていたけど槍が伸びてその距離を一気に詰めてきた!

「うわっ!」

 槍の軌道に驚いたけど、何とか横に飛び退いて突きを避けた。

「ほう。逃げ足だけは速いようだな。だがまだまだ!」

 奴は槍の伸縮を繰り返しながら必要に突きを重ねてくる。

「スピィ!」

「う、うん、これは!」

 槍はリーチが長い。その上かなり速い。本当に口先だけではなかったようだね。

「ハハハッ! どうだ! 相手のリーチの外から一方的に攻撃できるのが槍の強み。そこにこの武芸──つまり俺様は無敵ってことだ!」

 そう断言する槍使いルガとの戦いが続く。ちょっと痛々しい気もするけど、実力は確かだ。

「水魔法・まもりたて!」

 防御のために魔法を行使。生み出した盾が相手の槍を受け止めてくれる。

「よし、これでガードはバッチリ」

「スピィ!」

 肩のスイムもやったねといった様子だ。

「なるほど、読めたぜ。お前水魔法とか言いながら、鉄板でも仕込んでやがるな? 全く。卑怯な野郎だ」

 鼻息荒く相手がそんな予測を立てた。全く当たってないけどね。これ水の力だし。

「だったら鉄板ごと貫いてやるよ。武芸・捻撃槍!」

 ギュルンッと凄まじい回転の加わった突きが伸びてきた。水の盾で防いだけど先端が盾から突き出ている。

 この威力だと何発も受けては盾が持たないかもしれない。

「ふん。中々の強度だな。だけどなぁ連続でやればどうなる?」

 相手も手応えを感じたようだ。このまま守ってばかりだとジリ貧になってしまう。反撃に転じるとして何が──市街だから使う魔法も考えないといけない。

 そもそも槍な上に伸びるというのが厄介だ。

 ──でも、待てよ。槍?

「閃いた! 水魔法・すいそう

 頭に浮かんだイメージを魔法で再現。現出した水の槍がターゲットに向かって飛んでいく。しかも水同士だから僕の盾を突き抜けて進んでくれる。

「なんだと!? チッ、武芸・そうかいへき!」

 あいつ槍をぐるぐる回転させて僕の魔法から身を守った!?

「驚かせやがって。そんな武器まで隠し持ってるとはな」

「だから水魔法だって」

「黙れ卑怯者が」

 だからお前には卑怯だなんて言われたくないよ。

「ス、スピィ……」

「う、うん。確かに中々の使い手だね」

 スイムが不安そうに僕を見る。心配を掛けたくはないけど、油断できる相手ではないのも確かだ。

「今更わかったか。俺はテクニシャンだと言っただろうが。まだまだ行くぜ。武芸・連撃如意!」

 うわ! あいつ今度は槍を伸ばしながら高速で連続突きを繰り出してきた。これはキツい。盾で守ってるけど──。

「クッ!」

「スピィ!?

「大丈夫。かすり傷だよ──」

 盾といっても、全身をカバーできてるわけじゃない。どうしても隙間が生まれてしまう。相手の連続攻撃の一部がその隙間を突いてきたんだ。

「どうやら俺様の勝ちは見えてきたようだな。無能な水野郎になんて負けるかよ」

 勝ち誇ったような顔でルガが槍を揺らす。挑発なのかも。ここからは単純な魔法だけだと勝てないかもしれない。

 よく考えて──。

「閃いた! 水魔法・水槍連破!」

 杖を強く握りしめ魔法を行使。水の槍をいくつも生み出し連射した。

「チッ、さっきからうざってぇ!」

 こいつ、中々機敏だ。僕の水槍をステップで避けつつ、捌ききれない分は槍を回して防いだ。

「無駄だこんなもの──」

「──水槍連破!」

 僕は更に水の槍を連射した。相手は面倒くさそうに槍の回転で防ぐ。

 動いて躱しても体力の無駄と考えたのかもしれない。

「水魔法──」

「チッ、また妙な攻撃かよ!」

 更に魔法を重ねようとすると、奴は槍を回転させ対応しようとする。

「水ノ鞭!」

「な、何!?

 だけど僕が生み出したのは槍ではなくて鞭だった。あいつは水槍が来ると思いこんで防御に集中した。それが狙いだった。これまで直線だった攻撃から一転、相手の死角から迫る鞭の軌道に変わった。槍を回転させても曲線を描き回り込んでくる鞭に対処できない。

「クッ! なんだこりゃ!」

 鞭がターゲットに巻き付いた。奴は怒りを滲ませている。必死に抗おうとしても無駄だ。そう簡単には外れない。

「こんなもんでどうするつもりだ! どんなトリックか知らねぇがこんな真似しても無駄だ!」

 ルガが強気な態度で声を荒らげた。だけど既に仕掛けは整っている。

「いやこれで勝負は決まった」

「あん?」

 僕の宣言にルガは怪訝そうに眉を顰める。だから奴に教えてやるんだ。

「──ねぇ、水は重いって知っているかい?」

「はぁ? 何言ってやがる! 頭おかしいのか!」

 折角教えてあげても理解してくれない。それならその身でしっかり味わってみるといい。

「水魔法・水ノ鉄槌!」

 魔法を唱えるとルガの頭上に水の槌が現れた。その光景にルガが目を見開き戸惑っている。

「あ、ありえねぇ。そうだ、こんなのハッタリだ。水が重いなんてあるわけねぇ──……グワァアァアアァアア!!!!」

 全てを言い終える前に鉄槌が振り下ろされ、ルガがぺしゃんこに潰れた。完全に意識を失っている。もうしばらく動けないだろうね──。


 戦闘が終わり、生命の水を使って傷を癒やした。全部で二本使った形だね。改めて準備しておいて良かったよ。追放こそされちゃったけど、セレナには感謝だね。とりあえず絡んできた相手は全員倒したけど、この後どうしようか……流石に見逃せないからギルドに言うなりはすべきだろうけど──。

「おい、こいつらやったのお前か?」

「え?」

 ふと、誰かから声が掛かった。連中が選んだ路地裏は人が滅多に寄り付かないような場所だったんだけど──。振り返ると、頬に傷のある厳つい顔した男が立っていた。金色のマントを羽織っていて、金色の鎧を装着している。髪の毛は逆だっていて、眉毛がギザギザに曲がっている。まるで稲妻のようだ。髪の色と眉毛の色まで金色で、鍛え上げられた鋼のような肉体をした男だ。腕も神殿の柱みたいに太い。眼力もあっていかにも強そうだ。まさか、この人もこの連中の仲間?

「おい。どうなんだ?」

 怪訝に思いどう答えようか迷っていると、せっつくように男が聞いてきた。とりあえず答えて様子見しようかな。

「──そうですけど、あなたもこいつらの仲間ですか?」

「仲間? ふむ。組織の一員が仲間だって話なら、そうかもしれないがな」

 彼が答えたけど、そ、組織? もしかしてこいつら裏でどこか危険な組織と繋がっていたのだろうか?

 正式には認められていない「裏ギルド」と呼ばれるもので、盗賊ギルドや暗殺ギルドがあると聞くけど──。

「言っておくけどスイムにも手は出させないし、お金だってお前らなんかには渡さない!」

「スピィ~♪」

 僕の発言を聞いてスイムが頬ずりしてきた。可愛いけど、今はこの男を警戒しないと──。

「手を出す? それに金か。つまりこの連中は、お前を恫喝していたってことでいいのか?」

「え?」

 あれ、仲間にしてはその質問はおかしいような……?

「どうなんだ?」

 更に確認するように聞かれてしまった。どうもここは素直に答えた方がいい気がする。

「あ、はい。そうです。それで返り討ちにしたのだけど、これからどうしようかなと思って」

「あぁ、なるほどな。わかったわかった」

 そう僕に答えると男は連中に近づき、縄を取り出して見事に縛り上げてしまった。凄く手際がいい。

「よし、とりあえず行くか」

「えっと。あの。行くって?」

「決まってるだろうが。冒険者ギルドだよ──」



 縛った彼らを引きずるようにしながら屈強な男が進む。何か話した方がいいのかなとも思ったけど、とてもそんな雰囲気じゃなかった。

「うわぁ~大きい~」

 途中シャボン玉で遊ぶ子どもたちを見た。石鹸を利用した遊び道具だね。泡がぷよぷよ浮いているよ。すると前を歩く男がシャボン玉に目を向けていた。

「えっと。シャボン玉が好きなんですか?」

「──フンッ。別に、昔遊んでやったなと思い出しただけだ」

 遊んでやった? 誰とだろう? 気になったけど、それ以上何も言わず男は前を歩き、冒険者ギルドまで戻ってきた。来る途中はかなり目立っていたし、引きずられた痛みで全員一度は目を覚ましたけど、この人が縛ったまま地面に叩きつけて再度意識を奪ってしまった。そして一緒にギルドの中に入ると──。

「あれ? どこに行ってたんですかギルドマスター!」

 僕たちに気がついたフルールがそんなことを叫んだ。僕も驚いて彼を見る。

「なんだ? 何か顔についてるか?」

「いえ、その──」

 いやいや、まさかギルドマスターだなんて思わないし。僕も実際にギルドマスターを見るのは初めてだったから、全く気がつかなかったよ。凄そうな人だなというのは肌で感じたけどね。

「全く。突然ギルドから消えたと思えば。どうしてネロくんがギルドマスターと一緒に?」

「えっと。偶然出会って」

 フルールが困ったような顔で聞いてきた。どうやらギルドマスターは誰にも知らせず出てきてしまったようだよ。

「こいつらがネロを恫喝し、強盗行為を働いたようだ。一応ネロの言葉が本当か調べておけ。大丈夫だとは思うがな」

 フルールに説明しながら時折視線が僕に向いていた。

「こいつらは牢屋に入れておいて、準備ができたら尋問だ。間違いなかったら冒険者登録抹消の上でそれ相応の報いを受けさせる。そして罪人として引き渡す手続きに入ってくれ」

 更に話が続きギルドマスターがフルールにそう命じた。対応が早い──。

「ネロは引き続き、フルールに経緯を説明してくれ。それと話が終わったら、後で俺の部屋に来い。じゃあな」

「へ?」

「スピィ?」

 ギルドマスターはそれだけ言い残し階段を上っていってしまった。

 何か圧倒されて返事もできなかったけど、僕が後でギルドマスターの部屋に?

「本当驚いたわね。フラッと出ていくのはわりとあったんだけど──」

 あぁ、勝手にいなくなるのは別に初めてじゃないんだね。

「確かに魔石を見に来て色々聞かれたんだけど、ネロくんと早速会っちゃうなんてね──」

 フルールも目をパチクリさせていた。魔石って森で倒したあの植物が保有していた石のことを言ってるのか。

「とにかく言われた通り話を聞くわね」

「あ、はい」

 僕はフルールに事の経緯を話して聞かせた。

「本当にそんな奴らが冒険者にいるなんて。恥ずかしい限りよ……」

 僕の話を聞きフルールは情けないような呆れたような、そんな顔で声を細めた。

「ごめんねネロくん。でも冒険者はそんな奴らばかりじゃない、というか本当そんなの極々一部だからね!」

「う、うん。それはわかってるよ」

「スピィ」

 顔を近づけて失望しないでと言わんばかりにフルールが説明してくれた。それについては僕自身が冒険者だし、よくわかってる。

「それにしてもあいつ。ガイにあれだけやられたのに、よりによってネロくんを狙うなんてね」

「え? ガイがどうして?」

 フルールの言葉に驚いた。ガイとあの男に何かあったのかな。

「あれ? 前に言わなかったかな? ルガはネロくんが追放されたことを聞きつけて、あなたを馬鹿にする発言しながらガイのパーティーに入れてくれって言い寄ってたのよ」

 そうだったのか……あ、でも言われてみれば何かフルールが話してくれていたような? 考え事をしててあのときはあまり聞いてなかった。

「ガイはそれを断ったんだけどね。そのときに、ネロくんを馬鹿にしたことに対して随分と憤慨していたのよ。それが意外だったんだけどね」

「え? ガイが?」

 その話にもびっくりした。追放された僕についてそんなことを言うなんてね。

「とにかくマスターが連れて戻った以上、もうあいつらは冒険者として、いえ人として終わりよ」

「はは──」

 ぷりぷりしながらフルールが言い放つ。人として終わりとは中々手厳しいね。

「さて、話は終わったしマスターに呼ばれてるのよね。その前にさっきの依頼分の報酬を渡しておくね。それとネロくんが倒したのは魔獣だったわ。かなり危険度の高い魔獣でね。アグラフレシアンというのだけど、報奨金が出てるから、魔石の買取分との合計で、二〇〇万マリンになるわ」

「二〇〇万!?

 驚いた。元の依頼が五〇万マリンだから、あのアグラフレシアンという魔獣が一五〇万マリン分ということになる。

「それぐらい凶暴な魔獣だったってことね。討伐報酬は七〇万マリン、魔石の買取り分で八〇万マリンよ」

 魔石の価値もかなり高かったということだね。

「これだけあればしばらく暮らしていくには問題ないよ」

「スピィ~♪」

 スイムも何だか嬉しそうだ。撫でてあげると、更に喜んでくれた。フルールも一緒に撫でてくれる。

「さて。報酬もカードに入金したし、マスターの部屋まで案内するわね」

 ギルドマスターの部屋……当然僕は初めて入ることになる。なんかちょっと緊張してきた。見た目もだけど、怖そうな人だし……。

「スピィ~?」

「う、うん。大丈夫だよ」

 スイムが心配そうに顔を上げるような仕草を見せた。だから自分に言い聞かすように返事したよ。

「マスターの部屋は二階にあるからついてきてね」

 フルールの後ろについて階段を上がる。ここを上がるのも実は初めてだったりする。

 二階について廊下を少し歩いた先がギルドマスターの部屋だった。どっしりとした構えの扉で、見てるだけで緊張する。

「マスター。ネロくんを連れてまいりました」

「入れ」

 どことなく重たい声が中から聞こえてきた。入って正面に広い机が設置されていた。そこには革製の椅子に腰を掛け、両肘を机に乗せ値踏みするように僕を見てくるギルドマスターの姿があった。

「ご苦労。お前は下がっていいぞ」

「──はい。それじゃあネロくんしっかりね」

 ギルドマスターに言われ、僕に声を掛けた後フルールが退室した。まさか二人っきりにされるなんて、ますます緊張してきたぞ。

「改めて、俺がこのギルドのマスター、サンダース・トールだ。まぁ大体マスターと呼ばれることが多いがな」

 そうなんだ。それなら僕もそう呼ぶようにしよう。

「僕はネロといいます」

「ネロだけか?」

 お返しに僕も名前を伝えるとサンダースが確認するように聞いてきた。

 ──前はアクシスという家名があったけど、追放されてからそっちを名乗ることは許されてない。だから下の名前だけということになっている。

「はい。ネロだけです」

「──そうか。ま、どっちでもいいんだがな」

 そう答えた後、サンダースの視線がスイムに向けられた。

「で、そのスライムはお前のなんだ?」

「えっと。今の僕にとっては大事な友達です」

「スピィ~♪」

 僕が答えるとスイムが嬉しそうに頬ずりしてきたよ。

「──そうか。まぁ危険はなさそうだが、冒険者として管理はしっかりしておけよ」

「もちろんです」

 マスターに釘を刺されたけど、そもそもスイムはとてもいい子だ。人を襲うようなスライムでもない。

「さて、雑談はここまでにして本題だが──お前どうやってあの魔獣アグラフレシアンを倒した?」

 何か野獣のような瞳で聞かれたよ。どう、と言われれば水魔法でなんだけどね──。これについてどう答えるかなんだけど、やっぱり素直に伝えるしかないよね。

「僕が得たのは水の紋章です。だから魔獣も水魔法で倒しました」

「──本気で言ってるのか?」

 サンダースの目つきが異様に鋭くなった。疑わしいと考え威嚇しているのかもしれない。

「本当です。水魔法は十分に戦える魔法なんです」

「スピィ~!」

 答えた僕を擁護するようにスイムも鳴いてくれた。そうだ僕の戦いはスイムも見ている。

「──にわかには信じられない話だな。大体、どうやって水なんかで戦うんだ?」

 僕とスイムの訴えにマスターも多少は聞く耳を持ってくれたようだ。これはいい機会かもしれない。

「マスター。実は──水は重たいんです。だから戦闘でも十分使い物になる」

 そう僕はマスターに伝えた。この水の真実を──。

「水が重たい、だと?」

「そうです!」

 マスターが怪訝そうに再確認してきた。僕は繰り返し、水は重たいという事実を伝える。

「ククッ、はは、あ~はっはっはっはっは! これは驚きだ! 水は重いか。これは愉快だ!」

「そんな。僕は本気で言ってるんです!」

 まただ。やっぱりマスターも水が重たいという話は受け入れられないのだろうか?

「──そうか本気か。だがそんな突拍子もない話、聞くだけじゃとても信じられん」

 うぅ、やっぱり駄目か──。

「本当にお前の言うことが真実だというなら、力で証明してもらうしかねぇな」

「え?」

 てっきり聞く耳を持ってもらえないかと思ったけど、マスターが思いがけない提案をしてきた。

「小僧、俺と戦え。その上でお前の言う水が重いというのと、水魔法が戦闘において本当に使えるかどうかを見極めてやる」

「え? えぇええぇええぇえぇええ!?



 どうしてこうなったのか……僕はギルドマスターのサンダースに促されて地下の訓練場につれてこられた。

 ここには冒険者同士で模擬戦が行える闘技場も用意されている。

「スイムはそこで見ていてね」

「スピッ、スピィ~!」

 闘技場の外側にスイムを控えさせて話をした。これは僕とマスターとの試合だからね。スイムも納得したのか見学に徹してくれるようだ。

「この闘技場には魔法が掛けられているからな。設定はマジモードだ。死ぬギリギリまで保護魔法は発動しない。だからまぁ死にはしねぇよ」

 ギリギリって……何かとんでもないことを言われてる気がする。

「ちなみに俺は拳の紋章と雷の紋章──つまり複合持ちだ。よく覚えておくんだな」

 複合属性──紋章を一つ以上持つタイプがそう呼ばれる。特に魔法属性の紋章と武系属性の紋章を持つタイプはハイブリッドと呼ばれ二つの紋章を組み合わせた強力な技を持つことも少なくない、というのは聞いたことがある。

 ただ、そういうタイプは見るのも当然なら戦うのも初めてだ。一体どんな戦い方をするんだろう──。

「試合は戦闘不能になるか、もしくは場外に落ちた方の負けだ。最初の一発は撃たせてやる。お前は純粋な魔法系みたいだしな」

 サンダースがちょいちょいと指を使って僕からの攻撃を促してきた。僕の力を侮ってそうだけど、相手はギルドマスター。こっちも遠慮なんてしてられない。

「それなら遠慮なく行きます! 水魔法・放水!」

 杖を突き出し魔法を行使。杖から水が勢いよく放出された。サンダースは両腕を交差させてそれを防ぐ。

「ムッ? ぬぉぉぉおお!?

 そのままサンダースが闘技場を後退していく。僕の放った水の勢いに押されているんだ。

「馬鹿な! チッ!」

 だけど流石ギルドマスターだけある。舌打ちしつつ横に飛び出し水の勢いから逃れた。うまくいけば場外まで持っていけるかと思ったけどやっぱり甘かったか。

「これでどうですか?」

「うるせぇ! 勝負はこれからだ行くぜ! 雷拳!」

 サンダースが飛びかかってきて雷の纏った拳を放った。まともに喰らったらまずい!

「水魔法・まもりたて!」

 僕の生み出した水の盾にサンダースの拳が触れる。バチッと電撃が迸った。びっくりして思わず僕も飛び退いてしまった。しかも結構自信のあった盾なんだけど、拳の一撃で破壊されてしまった。こんなに威力が高いなんて──僕は視線をサンダースに向ける。

 あれ? なんかサンダースの動きが鈍った──。

「一体これは──」

 どうやら僕の魔法を見て多少は動揺してくれたみたいだね。つまりこれがチャンス!

「水魔法・水鉄砲!」

 サンダースの動きが一瞬止まったのを見逃さず魔法を行使。左手を突き出し指から水弾を連射。

「舐めるなよ小僧!」

 だけどサンダースは全ての水弾を手で弾いてしまった。鉄の鎧だって破損するほどの威力なのに、やっぱりギルドマスターだけあってとんでもないね。サンダースは強い。僕の魔法がどれだけ通じるか。水の盾も拳の一撃で破壊されたし、水鉄砲も弾かれた。

「こんなしょっぱい攻撃で俺をどうにかできると思うなよ小僧!」

 声を張り上げサンダースが両拳を握りしめて腰を落とした。な、なんだろう? サンダースの全身から電撃が迸っていて嫌な予感がする。

「水魔法・水球!」

「雷剛拳!」

 サンダースに向けて巨大な水の球が飛んでいく。一方で拳に雷を集めたサンダースが距離を詰め殴る、と電撃が迸り僕の作った水の球が破壊された。さっきの攻撃より威力が更に上だ。しかも電撃の効果でリーチが伸びてる。

「雷足飛び──」

 サンダースが更に技を重ねる。僕の視界からサンダースが消えた。

「後ろだ小童!」

「そんな──」

 とんでもない速さだ。目が追いつかなかった。

「水魔法・まもりたて!」

「おせぇ! 旋風雷鳴脚!」

 盾を出したけど完全に構築される前に、雷を纏ったサンダースの蹴りが飛んできた。体を旋回させての蹴りで雷も相まって威力が凄まじい。くっ、痛みが全身に襲いかかる。僕とサンダースの距離が強制的に引き離された。僕が吹っ飛んでるからだ。このままじゃ場外に──まずい。意識が遠のきそう。だけど駄目だ、僕はまだ何もできてない。

「水魔法・水ノ鞭!」

「何いッ!?

 魔法で透明度の高い鞭を生み出しサンダースに絡めた。サンダースと鞭で繋がり、場外まで吹き飛ぶのを食い止める。

「くそ、これも水だってのかよ」

 床に残り何とか踏ん張った。サンダースに目を向け杖に魔力を込める。

「そうです、そして、僕にはまだやれることがある。水魔法・重水弾!」

 僕は心のどこかで遠慮していたのかもしれない。だからこれを使うのを躊躇った。でもこの人相手に遠慮なんてしてたら、僕の魔法は認めてもらえない。今僕が行使できる最強の魔法で勝負を掛けた。圧縮された水弾が杖から放たれサンダースへと突き進む。

「ぬっ!」

 サンダースが目を見開く。鞭で縛られた状態だ。サンダースは逃げられない──。

「フンッ!」

 なんて思っていたらサンダースが鞭を引きちぎった。圧倒的パワー──だけど水弾は既にすぐそこに迫っている。

「雷虎猛襲撃!」

 そこでサンダースがまた別の技を行使。サンダースの肉体が放電したかと思えば雷の虎と化して突撃し、僕の重水弾と重なった。まさか、僕の魔法を抜けて一気に決めるつもりか。僕は身構えてまもりたてを行使しようと準備する。

「ぐ、ぐわぁああぁああぁあぁあああああ!」

 サンダースは水弾にぶつかると同時に悲鳴を上げて吹っ飛んでいく。よ、良かった。どうやらマスターの力でも僕の最大の魔法は抜けられなかったみたいだ。

 そんなことを考えていたら、サンダースが闘技場の端を越えて飛んでいき場外に落ちてゴロゴロと転がった。

 えっと、これ場外で僕の勝ちになるのかな? でも、やりすぎだって怒られたりしないよね? 一応補助の効果が発動したのか、叩きつけられる寸前に青く輝いてはいたけどね。

「お、おいおいマジかよ。あいつマスターを倒したぞ!」

「あいつ水魔法しか使えない奴じゃなかったか?」

「信じられないわ。水だけでマスターがやられるなんて」

 うん? 何か方々から沢山の声が……改めて見るといつのまにか訓練場に多くの冒険者が集まってきていた。戦いに夢中で全く気づいてなかったよ。

「スピィ~スピィ~!」

「スイム!」

 闘技場の外からスイムが胸に飛び込んできた。勝利を祝ってくれてるみたいだ。

「あ~~~~くそ! 負けた負けたーーーー!」

 そして耳に届くサンダースの絶叫。獣みたいな大声だよ。

「全くよぉ」

 サンダースは頭を掻きむしりながら闘技場に戻ってきた。えっと。今のでダメージないの? 魔法の補助があるとはいえ、確かギリギリまで補助の魔法は発動しないって話だったし全く効いてなかったとは思えないけど。

「まさかやられるとは思わなかったぜ。なんなんだあの水魔法は? とんでもねぇ。俺じゃなかったら死んでたぞ」

「そ、それはごめんなさい」

「ま、試合だから謝ることじゃねぇよ。お前のために用意しておいた薬を自分に使うなんてな」

 あ、なるほど。倒れたときに薬を飲んだんだ。ということはやっぱり僕の魔法は効いていたんだ。

「あの、それで僕の魔法は合格ですか?」

「あぁ、そんなのは最初の魔法を見たときから決まってたぜ。信じられない話だが確かにあの水の勢いはこれまでの常識を覆すものだった」

 あ、そうなんだ。て、それなら無理して試合を続ける必要なかったんじゃ──。

「あなた、凄いじゃない!」

 サンダースの発言に苦笑していると、元気そうな女の子の声が耳に届いた。

 顔を向けると金髪金瞳の女の子が駆け寄ってくる。雷のような癖のある髪型が特徴的な少女だ。あれ? でも目つきの鋭さとかどことなくマスターに近いものも──。

「なんだエクレア見てたのか」

「見てたわ。まさかパパに勝てる子がいるなんてね」

「え? ぱ、パパ~!?

「スピィ~!」

 僕とスイムが同時に驚いた。でも、そう言われてみれば目つきとかサンダースに近いものを感じたのも納得だ。