ついでに剣を持つ男の顔も歪む。

「な! 金属の鎧にひびが──」

 一応は加減して撃ってみたけど、十分効果はあったみたいだ。弓使いはもう立ち上がれないし、剣士も苦悶の表情を浮かべている。

「風魔法・風のつち!」

 魔法か!? 嫌な予感がして飛び退くと、上からまさに槌を振るがごとく風が落ちてきて、地面に窪みを残した。

「てめぇなんかに……水なんかに、風がやられるかよ! 無能な水魔法が攻撃なんてできるわけねぇ。きっと何かトリックがあるんだ!」

 この男、風の紋章持ちなんだろう。だからか僕よりも上という認識が強いようだ。

「悪いけど、僕の水は重い。それだけ威力が高いんだよ」

 水の魔法が強化された理由を言ってみる。これで諦めてくれたらいいんだけど。

「馬鹿が! 水が重いわけあるかよ! ふかしこきやがって! 風魔法・風刃!」

 やっぱり駄目だったか。それなら──。

「水魔法・水球!」

 相手に合わせて魔法を行使。巨大な水球が正面に飛び出した。動きが遅いのが欠点だけど、おかげで相手の風魔法を受け止めることができた。一発で水は弾けたけど、壁になってくれたおかげで僕にもスイムにもダメージはない。

「そ、そんな、馬鹿な──」

 風使いが愕然としている。ならその隙に!

「そっちが風の槌なら──閃いた! 水魔法・水のてっつい!」

 閃きに合わせて魔法を行使すると、水が空中に集まり、大きな鉄槌となって男に振り下ろされた。

「う、うわぁああぁああ!」

 男が悲鳴を上げると、ドゴォオォォォオン! という重低音が鳴り響き、後には僕の魔法で押しつぶされた魔法使いが仰向けになってピクピクと痙攣していた。どうやら命に別状はないようだけど、これでもう僕を襲おうなんて馬鹿なことは考えないだろうね。

「そ、そんな馬鹿な、そんな」

 残った剣士がわなわなと震えていた。僕にやられたのがよっぽど悔しいのかもしれない。

「さて。残ったのはお前だけだね。どうするつもり?」

「く、くそが! 覚えてやがれ!」

 相手の反応を待つと、剣士は捨て台詞を叫び、懐から巻物を取り出して開いた。その途端、魔法陣が浮かび上がり、その場から全員が消え失せてしまった。

 あれはスクロールと呼ばれる道具で、開くことであの中に込められた魔法を一度だけ行使できる。あのスクロールには転移系の魔法が込められていたようだ。この手の道具はダンジョンで手に入れるか、魔法の店で買うしかない。使い捨てとはいえ安い物ではないはずだから、それを使うなんてよっぽど慌てていたってことか。

「まぁでも、君たちのことはしっかりギルドに報告させてもらうね」

「スピィ~!」

 誰もいないけど、今の気持ちを呟く。スイムも、どうだ! と言わんばかりの鳴き方だ。

「さて、じゃあ戻ろうか」

「スピィ~♪」

 冒険者、というよりはらいかんというような三人を追い払った僕たちは、町に向けて歩みを進める。

「スピィ~」

「ん? あれが食べたいの?」

 道々、スイムが樹上になった木の実に注目していた。何だか食べたそうだ。だけど高木で枝の位置が高いから、手が届きそうにない。僕の格好も木登り向きじゃないんだよね。

「ちょっと届かないかな」

「スピ~♪」

 僕が答えると、スイムの一部が触手のように伸びて、果実を搦め捕って手繰り寄せた。

「おお! 凄い! スイム、そんなこともできるんだ」

「スピィ~♪」

 頭を撫でて感心すると、スイムが心地よさそうにプルプルした。はぁ、スイムの体はひんやりして気持ちがいい。まるで水みたい。

 ──水?

 確かに、そう考えたら今のも水が伸びたように見えた。それを応用すれば──。

「閃いた! 水魔法・水ノ鞭!」

 新たな魔法を行使すると、水が鞭のように変化した。しかも背中から、まさに触手のように何本も生やせてしまう。

「おお、これは結構使えるかも! ありがとう! この閃きはスイムのおかげだよ」

「スピィ~♪」

 お礼にスイムの頭を撫でてあげた。おかげで僕の魔法のレパートリーも一気に増えた気がするよ。これも元を辿れば、あの枯れた井戸のおかげ、ひいては神父のおかげだね、とそんなことを思いながら僕はスイムを連れて町へと戻った。



 ネロが森で水魔法の検証をしていた頃──冒険者ギルドにはネロを追放した勇者パーティーがやってきていた。

「ネロを追放した。脱退処理を頼む」

 ガイが受付嬢に向けてそう頼むと、担当のフルールがジッとどこか恨みがましい目を向けてきた。

「……なんだ?」

「既にネロ君が来て脱退手続きしていきましたよ。もちろんあなたたちのパーティーからも受け取りますが──なんでですか? 一年間も一緒にやってきたのに」

「……チッ」

 フルールに問われ、ガイが舌打ちをする。他の二人は黙ったまま何も語ろうとはしなかった。

「別に、あいつがうちに相応しくなかったってだけだ──それよりもあいつは町を出ていったか?」

 ガイの答えにフルールが眉を顰める。

「なんですかそれ? いくら追放されたからって、ネロ君が町を出る必要はないでしょう」

「いやそんなことはないと思うぜ。なぁ勇者ガイ」

 ガイたちがフルールと話をしているところに、野太い声が入り込んだ。見ると随分と毛深く逞しい男が近づいてきていた。

「実はネロってのは、俺も気に食わなかったんだ。実力もないくせに勇者パーティーなんざに入りやがってよ。そもそも冒険者をやっていることが間違いなら、あんなゴミをこの町にのさばらせておくのも間違いなんだよ。な? そう思うだろう?」

 この発言にフルールは明らかにムッとしていた。

「なぁガイ。なんならこの俺様がお前らのパーティーに入ってやってもいいぜ? あんな水しか取り柄のねぇゴミカスよりは役に立ってみせるぜ?」

「ちょっといい加減に!」

「ゴボッ!」

 流石に黙っていられなかったのかフルールが立ち上がり声を荒らげる。だが、ほぼ同時に暴言を吐いた男の体がくの字に折れ、呻き声を上げた。ガイの拳がその腹に突き刺さっていたからだ。

「て、てめぇ、な、何を?」

 苦しげに男が問い掛けた。ガイの双眸は野獣のように険しい。

「フンッ。死ぬほど手加減した俺の拳も避けられないで何が『役に立つ』だ。三下が」

 吐き捨てるようにガイが言う。そのまま床に蹲る男をガイは冷たい目で見下ろした。

「それと、ネロのことを悪く言っていいのは、一緒にパーティーを組んでいた俺たちだけだ。大して関わりもない雑魚がネロについて知ったふうな口を叩くんじゃねぇ。殺すぞ」

 拳をポキポキと鳴らしガイが男を睨む。

「あん、て、てめぇ勇者だからって何調子に──」

「ガイに同感ね。これ以上何か言うつもりなら──」

 不快そうに言葉を返す男の背後にフィアが立った。

 男へ忠告すると同時に、杖の先端へ炎が集まっていく。フィアは怒りの滲んだ瞳を男に向けた。それに呼応するように轟々と炎が唸りを上げて膨張していく。

「……一度爆散してみる?」

「わ、わかった! 俺が悪かった、ひ、ひぃいいぃ!」

 結局フィアの脅しに屈して、男は逃げるようにしてギルドから飛び出した。

 そしてこの一連のやり取りをポカンとした顔で見ていたフルールであった──。



 スイムを連れて街に戻ってきた僕は、その足で冒険者ギルドに向かった。もちろん同業の冒険者に襲われたことを伝えるためだ。

「ぼ、冒険者に襲われたーーーー? だ、大丈夫大丈夫? 大丈夫ーーーー!?

 道中の出来事を説明したらフルールに凄く心配されてしまった。カウンターを飛び越えて僕の肩を掴んで揺さぶってきた。

「スピィ~──」

「え、す、スライムーー?」

 そして肩のスイムに気がついて今度は叫び声を上げていた。なんだか今日は忙しいね、フルール。

「森で見つけたスライムなんだ。随分と懐いてくれたから育てようと思って」

 驚いてわたわたしているフルールへ、スイムについて説明した。目をパチクリさせた後、フルールの口が開く。

「そうなのね……確かにこのタイプのスライムはペットとしてもよく飼われているけど」

「スピィ?」

 スイムを見ているフルールの口元がムズムズしていた。スイムが何々~? とでも言ってそうな様子でぷるぷるしている。

「触ってもいいですよ?」

「え? 本当に!?

 そしてフルールがスイムの頭を撫でて笑顔になった。

「はぁ癒やされる」

「スピィ~♪」

 フルールに撫でられてスイムも嬉しそうだ。

「あ、そういえばさっきまで勇者パーティーが来てたわよ」

 スイムを撫でながら思い出したようにフルールが教えてくれた。

「……ということは、ガイたちが?」

 三人の顔を思い浮かべながら僕が聞き返すと、フルールがコクリと頷く。

「ネロくんがパーティーを抜けたことの報告にね。一応理由も確認したけど、使えないとか言ってて。一年も一緒にいたのにそんな言い方──と思ったんだけどね」

 フルールがムッとした顔でガイの様子を教えてくれた。そうか。やっぱり僕は使えなかったんだ。

「でも、ちょっとおかしかったのよね。確かにネロくんを馬鹿にするような発言はあったけど──」

 ガイたちは更に上を目指せる勇者パーティーだから仕方ないのかもしれない。そういえば、町を出ていけとも言われたんだっけ……でも僕はこの町も嫌いじゃないし──。

「それでね。何か別の冒険者に怒っちゃって。ネロくんを馬鹿にしていいのは俺だけみたいなこと言っててね」

 でも、なんで町から出ていけなんて言ったかは気になるかな。追放されたことは仕方ないし、頭を切り替えるしかないけどね。

 確かにガイのパーティーにいる間は使い物にならない魔法だったんだから。

「ネロくん、どう思う?」

「え? あ、うん。そうだね。いい気分はしなかったけど僕の魔法が使えなかったのは確かだから」

 フルールが意見を聞いてきて焦った。ちょっと上の空だったからしっかり聞けてなかったかもしれないけど、話の流れから推測して答えた。

「え? えっと。いやそれだけなのかな? ちょっと気になったからなんだけど」

「ん?」

「スピィ?」

 なんだろう? フルールが難しい顔しているや。もしかして対応の仕方間違えちゃったかな……。

「まぁいいわ。それよりもその連中よ。ギルドに登録しておいてそんな追い剥ぎみたいな真似、許せないわ。そいつら、酒場でも結構煙たがられていたから私も覚えていた連中よ。しっかり問題にして手配するからね」

 とりあえずガイたちについての話は終わり、あの連中の処遇についての話をされた。

「あ、ありがとうございます」

 フルールにお礼を伝える。彼女が僕の証言を疑うことはなかった。もっともこういうときはギルド側も嘘を見破る魔導具を利用する。

 だから発言に嘘があったらわかるんだ。それが反応しなかったから僕の話は無事信用してもらえた。

 そしてこういった問題が起きると程度によってはギルドから手配書が回される。手配書が回れば他の冒険者からも追われる身となる。

 捕まった後は厳しい尋問も待っているらしいし、当然冒険者の資格剥奪や罪人として強制労働送りもありえる。

「それにしてもネロくん、よく無事だったわね。襲った連中は確かに素行に問題があったけど、腕はそれなりに確かだったのよ。そんな奴らから逃げ切るなんてね」

 フルールが感心していた。さっき彼女が言っていた通り、酒場でいつも騒いでいた連中だから、印象にも強く残っていたんだと思う。でも、今の話にはちょっとだけ間違いがあるかな。

「いや、逃げてはいないんだ。僕の魔法で撃退したからね」

「スピッ!」

 僕が説明するとスイムも肯定するように鳴いてくれた。

「ネロくん……うん。そうだね。逃げるが勝ちっていうものね!」

「え? えっと。──」

 だけどフルールは同情的な目を向けて励ますようなことを言った。あれ? 信用されてない?

「ネロくん。冒険者にとって、逃げることは決して恥じゃないの。自分より強い奴が現れたら逃げる! これも大切な戦術よ。だから強がらなくていいからね。それにその悪い連中はしっかり捕まえさせるから!」

「は、はぁ……」

「スピィ……」

 力説されて反論する余地がなかったよ。フルールも僕のことを思って言ってくれているのだろうし。それに、倒したことの証明ができないのも事実だ。水魔法は戦えないと思われているのも大きい。水に重さがあるなんて、思いもよらなかったからね。今は水道の発展で蛇口から水が出てくるから、井戸みたいなもので水の重さに気づく機会もないわけだし。まぁ、仕方ないかな。今後の活動で水魔法の常識を塗り替えていくしかないね。頑張らないと!