弟子が来ない。

ジケのために用意した食事を片手に持ちながらグルゼイは待っていた。

「ふっ……俺もヤキが回ったものだ」

自分をあざけるように笑う。

いつか来なくなるだろうと思いながらいつの間にか心の中でジケを弟子だと思い、来ないことを残念がっている自分がいることに気がついた。

やはり修行に耐えられなかったのか。

飽きたのか、それとも厳しくしすぎたのか。

ジケではなく自分に原因があったのではと考え始めてすらいてグルゼイは首を振って考えを消そうとした。

「今日は来ないかい?」

いつもグルゼイとジケの鍛錬を見学しているおっさんがグルゼイに声をかけた。

ジケが来るまではテントの前で瞑想しているグルゼイに怖くて近づけもしなかったがジケと接しているのを見てそんなに怖い人でもないと分かったようだ。

「どうやら飽きたようだな」

グルゼイは手に持った食事に目を落とした。

腹も減っていないのでこれをどうしようかと悩んだ。

「食べるか?」

「いやぁ、いらんよ。あの子はそう簡単に諦める子じゃないさ」

グルゼイは厳しい。

褒めることもせず子供でも容赦ない指導をしている。

おっさんは自分ならこんな師匠願い下げだと思う。

なのに、ジケは真っ直ぐな目をして、どれだけ厳しくされようと食らいついていた。

おっさんが遥か昔に失った情熱ってやつをジケは持っている。

折れない心、諦めない強い意志、支えとなる目標があるのだと見ていて伝わってきた。

ちょっとやそっとじゃ諦める子ではない。

「来ないのなら何か理由があるのさ。ここは貧民街だ。そしてあの子は子供。問題が起きれば来られないこともある」

「問題だと?」

「ちょっと前に言ってただろ。あの子も働いてんだ。……金がありゃ狙われることもあるかもな。仕事でケガしたなんてこともある。貧民がどうなろうと知ったこっちゃない奴も多いからな」

「…………あの子がどこで働いているのか知っているか?」

「へへ、あんたもあの子が飽きてこなくなったとは考えちゃいないようだな? ……俺はどこで働いてるか知らんが……少し待ってくれ」

おっさんは他の貧民に話を聞きにいってくれた。

貧民など意外とそこら辺にいたりする。

噂が好きで色んなものを見聞きして情報を共有していたりする。

ジケがどうしているかぐらい何人かに聞いてみれば判明した。

「平民街にあるオランゼとかいうところで働いてるらしいぞ」

「ああ、評判は悪くねぇが貧民は雇わないところだ。それなのに雇われているのなら事情があるのかもな」

「どこにある」

「行くのかい?」

「うるさい、教えろ」

「へへへっ、可愛がられてんな」

おっさんはオランゼの商会の場所をグルゼイに教える。

この時はもしかしたら悪徳商会に利用されてケガでもさせられたのではないか、と心の中でグルゼイは思っていた。

グルゼイは剣を手に取り足速にオランゼのところに向かった。

飽きたのではない。

厳しすぎて逃げたのではない。

期待してはならないのに期待してしまう気持ちも抑えられない。

ちゃんと細かく道を聞いておけばよかったとすぐに後悔した。

あまり貧民街から出たことがないグルゼイは軽く道を聞いただけではオランゼのところまでまっすぐにたどり着けなかった。

物を売り買いする店舗でもないため少しわかりにくい地代の安い場所を商会にしているのも原因であった。

「はーい」

なんとかオランゼの商会にたどり着いたグルゼイはドアを少し荒めにノックした。

時間も夜に近いがオランゼの仕事はまだある。

ゴミの回収は朝早くから始まるがその後の作業や人員の都合で平民街の一部では昼まで回収がかかるところもある。

最終的には夜まで全体としてはかかってしまうのでオランゼも普通に商会にいた。

「なんでしょう……うっ!」

「ジケはどこにいる?」

出てくるなりオランゼの胸ぐらを掴むグルゼイ。

「ジケ……?」

「ここで働いているだろう。どこにいる?」

「待ってくれ! ジケという少年は確かにここで働いているが今日は見ていない!」

「…………」

「本当だ! 今日はジケも働く予定だったのだが来ていない」

「なんだと?」

「放してくれないか? もう少し建設的に話をしよう」

「……悪かった」

グルゼイはオランゼから手を放す。

オランゼの体格もいいので持ち上げられるまではいかず少し苦しいぐらいで済んでいた。

グルゼイを中に招き入れて二人は席につく。

「荒っぽい方ですね。ジケ君とはどのようなご関係で?」

「俺はあの子の師匠だ」

「師匠? ……なるほど」

オランゼは納得したように大きく頷いた。

最近ジケの様子がおかしかった理由が分かったからだ。

体力がなさそうにフラフラしていたり顔を腫らしていたりしていたので心配していた。

働きたいと言ってきたことも含めて誰かに搾取さくしゅされているのではないかと思っていたのである。

師匠がいて鍛えているのであれば一応そうした不可解なことも納得できた。

師匠だとして人間性が担保されるわけでもないがジケのことを心配してここまで訪ねてくるのならば悪い師匠でないのだろうと結論づけた。

「ジケ君は来なかったのですね?」

「こちらにも来ていないのか?」

「ええ、これまでサボったことはない子でしたので不思議に思っていたのですが」

「チッ……何をしているんだアイツは」

「何か問題にでも巻き込まれたのでしょうか?」

「…………分からん」

いや、そもそもあまりジケのことを知らないとグルゼイもオランゼも思っていた。

オランゼは単なる雇用主なのでジケの事情に突っ込みはしないがグルゼイはもう少し知る努力をしていてもよかったかもしれないと思った。

「ん? なんでしょうか?」

窓からコツコツと音がする。

見てみると黒い鳥が止まっている。

町中にいるということは誰かの魔獣である。

オランゼは何事かと窓を開けてみた。

「あんたはオランゼだね」

「は、はい……」

窓を開けた瞬間黒い鳥が喋った。

それは大婆の魔獣であるフォークンであった。

「あんたがグルゼイだね?」

しわがれた老婆のような声で話すフォークンには見覚えがなく、二人は顔を見合わせた。

「ジケが危ないよ」

「なんだと!」

「貧民街の北にある廃墟。そこにジケがいる。危ないやつに囚われているようだよ」

「……あんたは何者だ!」

「今はそんなことどうでもいいから早く助けにいってやってくれ」

「分かった。ジケ、待っていろ」

グルゼイは商会を飛び出していった。

「……何があったのですか?」

「まだ何があったのか分かっちゃいないが危険なことだけは確かだ。……悪いがジケはしばらく休むかもしれないよ」

「分かりました。どうか、ジケ君がご無事であるように願っております」