大神殿にて
突然の訪問は驚くことではない。
上の貴族になると、ある程度自分で治療ができる者を抱えていたり親しかったり、貴族の体面なんてものを重視するので指を切ったぐらいで訪問することもない。
ちゃんとした貴族なら重たい病気の時にちゃんと前もって予約を入れて訪問するか家に呼びつけるのでいきなり訪問することは少ない。
けれども子供が熱を出した、指を切ったとか猫が怪我をしたとか大体は愚かな貴族か小さい子供がいきなり訪ねてくることはある。
ましてや多少権力を持ち始めた貴族となれば、傲慢な態度で治療しろと来ることもたまにある。
しかし勘違い貴族だって神殿の入り口に飛んできて神官長を出せなどと命じることは滅多にない。
アルファサスはちょうど一日の務めを終えて眠りにつくところだった。
能力が認められて神官長になったはいいものの煩わしい仕事が増えて内心嫌気がさしていた。
くだらない仕事も何とか片付けてベッドに横になっていた時だった。
轟音が聞こえ、それから間も無く神官がアルファサスを呼びにきた。
ヘギウス家の家長が来たらしく、しかも自分を呼んでいるとのことでアルファサスは準備する時間もなくパージヴェルの元に向かった。
文句の一つでも言ってやるつもりだったが、一目見てパージヴェルが連れてきた者が重体であることがわかった。
本来なら断る時間帯だがヘギウス家はアルファサスが信仰する教派の支援者、さらにアルファサスはそれなりの正義感も備えていた。
さらにはどう見ても緊急事態で教会がこの状態の患者を見捨ててはいけない。
金払いについては伯爵家なら考えなくてもいいこともあった。
アルファサスは素早く指示を飛ばしてジケとリンデランを治療室のベッドに寝かせ容態を細かく確認する。
思わずパージヴェルに詰め寄りそうになる気持ちを抑える。
背中に木片が突き刺さるぐらいならなくはない。
子供が運ばれてくることはその中でも稀になるけれど、木こりの両親を手伝ってとか入っちゃいけない所に入ってとかアルファサス自体も過去に一度そんな子供を診たことがある。
ただしジケはそれだけではない。
魔法を受けた痕跡がある。
闇属性の魔法がジケの身体を
闇属性の魔法は十分な抵抗力があれば脅威度が低く火属性の火傷の方が厄介になる。
けれどダメージを受けたり弱っていたりすれば闇属性の脅威度は大きく跳ね上がる。
他の魔法よりも内臓がダメージを受け
子供のジケでは抵抗力も低く、身体に相当なダメージを受けている。
顔の内出血部分は壊死し始めているし、内臓も衝撃だけでなく闇属性による侵食を受けている。
非常にまずい状態である。
何をしたらこんなことになるのか。
パージヴェルが原因なのは分かっているが、子供がこんな状態になるなんて何をしたのだとアルファサスは問い詰めたくなっていた。
「神官長、お呼びですか」
「うん、すまないが説明している時間がない。私の部屋の机にある白い箱を持ってきてくれ」
「はい、分かりまし……た」
寝ぼけた目を擦りながら入ってきた少女はベッドの上にいるジケを見て一気に眠気が覚めた。
偶然にもそこにいたのは治療魔法の訓練のために大神殿に派遣されていたエニであった。
「ジケ……ジケじゃない!」
「知り合いか?」
しばらく会っておらず今にも息絶えてしまいそうなほど顔色が悪くても、長いこと一緒に暮らしてきた友人の顔を忘れはしない。
エニが駆け寄ってもジケは弱々しく浅い呼吸を繰り返すだけで目も開けない。
素人目にも分かるひどい状態にエニは言葉を失った。
「……そうです……私の親友です」
「だとしたら早く箱を取ってくるんだ。彼の容態は一分一秒を争う」
「は、はい!」
そばにいたい想いにかられるが、魔法を習いたてのエニにできることは雑用ぐらいなもの。
「では治療を始めましょう。マビソン、君がこちらのお嬢さんを担当しなさい」
アルファサスは自分の部下である高位神官に指示を出してリンデランを任せると、自分はジケを担当する。
うつ伏せのジケの背中に手をかざし集中する。
「偉大なる神の慈悲をもってこの者の身体を治したまえ、キュアトトリート」
淡いグリーンの光が広がりジケを包み込む。
細かい傷が塞がり始め背中に刺さった木が治っていく肉体に押されて少しずつ抜けてくる。
慎重に負担をかけないようにゆっくりと治療していく。
エニが箱を持って戻ってきてもまだジケの治療は終わっていなかった。
アルファサスの集中を乱せないのでジケに近づくこともできずもどかしい気持ちが募る。
その間にリンデランの治療が終わり、部屋から連れていかれる。
リンデランの方は木の根っこに殴られて骨にヒビが入っていただけで魔法にやられたわけでもない。
誘拐されて水すらなくて体力が落ちていたので、そうしたダメージでも重症化したが適切に治療を施せば治すことも難しくない。
「エニ、いますか?」
「神官長、ここにいます」
「箱の中から赤い液体が入った瓶を出してください」
「分かりました」
エニは箱の中からアルファサスの言う通り赤い液体が入った瓶を取り出して、蝋で密閉された蓋を開けてアルファサスに渡す。
アルファサスはそれを飲み干してまた治療に専念する。
赤い液体は魔力回復のポーションで治療薬として使うことも、またこうして治療の際に魔力を回復する時にも使う。
「これはいったい何でしょうか」
ポーションの効果が現れて魔力が回復するまでの間に木片の傷を確認する。
正確には木片の刺さっているところに引っ付いているフィオスを見た。
なぜそんなところにまとわりついているのか。
邪魔になるものでもないしポーションのおかげで魔力も回復したので治療を再開する。
エニからすると気が遠くなるほどゆっくり背中の傷が治っていき血に濡れた木片の先が出てくる。
意外と深く刺さっていた木片が出てくるまでにアルファサスも予想外の時間がかかっていた。
先に治療を終えたリンデランが身を清めて様子を見にきた。
「ふぅ……エニ、箱を」
抜けた木片が床に落ちてカランと音を立て、ジケを包んでいた淡い光が収まってアルファサスは大きく息を吐いた。
アルファサスは箱の中から小さい箱を取り出した。
開けるとその中には針と糸が入っている。
「なるほど、ようやくわかったよ」
アルファサスはフィオスが何をしていたのかようやく理解した。
傷口を押さえていた。
木片が動かないように固定して傷口を押さえて出血が少なくなるようにしていたのだ。
ジケの命を長らえさせるのにフィオスの謎の知恵が一役買っていたようである。
「いや……そんなはずはないな。まあどちらでもいい。少し退けてくれるかな?」
スライムは知能がない魔物だ。
そのような高度なことをするはずがないとアルファサスは頭を振って思考を切り替える。
まだ治療は終わりではない。
アルファサスが声をかけるとフィオスはジケの傷口から退いた。
けれどジケの背中からは降りないで傷の側にいた。
まるで見守っているみたいだとアルファサスは思った。
傷口を針と糸で縫い付ける。
そして次にアルファサスは箱の中から細長い箱を取り出すとその中から一本の針を選んだ。
手のひらほどの長さがあり、中が空洞になっている針をジケの背中に突き刺した。
エニは思わず何でまた傷つけるんだ! と声に出しそうになるがグッと堪える。
「キュア」
今度は先ほどよりも低いレベルの治療魔法を唱えると針の中を伝って血が上ってきて横に控える神官の持つタライの中に垂れる。
ジケの中に残った闇属性の影響を受けたややドス黒い血をジケの体から抜いていく。
こちらの作業は程なくして終わり、最後にもう一度身体を調べて治療は終わった。
「し、神官長、ジケは」
「治療は無事終わりました。あとは本人次第です」
「どういうことですか?」
「怪我が治っても失われた体力と血液は戻ってきません。むしろ怪我を治すのにさらに体力を消費したのでここから回復出来るかは本人の気力次第という事です」
怪我が治癒したとしても体力が付いてこなくては亡くなってしまうこともあり得る。
むしろジケは子供の身でダメージを負い過ぎた、血液を失い過ぎた。
峠を越えられない可能性も大きいと言わざるを得ない。
治療も何も万能なものではない。
ケガを治すのにもある程度本人が治療に耐えられなきゃいけないのだ。
背中の傷を治さずに縫ったのも少しでも体力を残そうとしたためである。
大きな傷ほど治すのにも体力を要する。
傷口の完全治療よりも今は少しでも体力を残して状態を安定させることの方が優先されるべきであるとアルファサスは判断した。
持ち直して峠を越えられればいくらでもケガなど治せる。
「あの! 何か私に、ジケさんにしてあげられることはありますか?」
ベッドごと運ばれるジケを横目にリンデランがアルファサスに声をかけた。
「うん? 出来ることは見守ることぐらい、強いて言うなら熱が出たら風邪の時のようにおでこに濡れた布でも乗っけて冷やしてあげるぐらいかな。体力の問題があるから体の中まで全てを治したわけじゃない。だから熱ぐらいは出るかもしれないかな」
「分かりました。それと治療ありがとうございました」
「何事もなくて良かったです。お嬢様も怪我人でしたのでお休みください」
「私は大丈夫ですのでジケさんをよろしくお願いします」
「すいません、あなたはいったい誰ですか?」
頭を下げるリンデランにエニが近づく。
ジケをやたらと気にしているリンデランのことがどうしても気になってしまった。
「えっと、私はリンデラン・アーシェント・ヘギウスと申します」
リンデランが服の端をつまみあげ優雅にお辞儀をする。
貴族のお嬢様なのは所作一つ一つから簡単に分かるのだが、そんな貴族のお嬢様がどうしてジケの心配をしているのかエニは引っかかった。
「ジケとはどういったご関係で?」
「ジケさん、ですか? ……ジケさんはその、大切な命の恩人……です」
「……大切な、命の恩人?」
ただの命の恩人ではなく大切なとはなんだ。
なんで今顔を赤くしたのかと聞きたい気持ちを抑えて無難な質問をぶつける。
本来なら止めなきゃいけない立場のアルファサスだが自分も何が起きてこんなことになったのか事情が気になるし、エニのただならぬ雰囲気を感じて面白そうだと思った。
「その、ジケさんは私の命を助けてくれて。だからお礼がしたくて」
「ふぅーん? でもジケのお世話は別にあなたがやらなくても私がやるから大丈夫よ」
「で、でも受けたご恩は返さなきゃいけません!」
「ちゃんと治った後にお礼でも言えばいいでしょ?」
「むぅ! あなたこそなんなんですか!」
ケガしている男は意外とモテていることが多い。
神官として人を治すことに多く携わってきたアルファサスはぼんやりと考え事をしていた。
ケガが多くて運ばれてくることが多い人は同時に女性にモテていることも多かった。
モテることとケガの関連性など調べたこともないので実際のところは知らないが、過酷な戦いに身を置いて諦めず戦う男ほど女性が惹かれる傾向にあるような気がした。
まだ子供だがあんな状態になる程、命を賭したに違いない。
純粋無垢な貴族のお嬢様なら惚れてもおかしくはないなと冷静にアルファサスはエニとリンデランを見ていた。
まだ野次馬していたい気分ではあったが寝ている途中で起こされたアルファサスは眠くなってきたので、そのまま二人を放置して寝室に帰った。
最後まで見られないのは残念だが眠いのはしょうがない。
せっかくいいポジションにもつけたのに自分は女性の影もない。
暇を持て余した高齢の貴族女性が迫ってくるぐらいで出会いもない。
世の中理不尽であるなとため息をついてベッドに潜り込んだのであった。
◇
誘拐失踪事件は徹底的に調査された。
リンデランという貴族も関わっていたのだから、ヘギウス家が圧力をかけるまでもなく全力で調査に当たったのだ。
調査によって屋敷は徹底的に調べられて、ジケ達が捕らえられていた地下室とはまた別に隠された地下室も見つかった。
ジケ達がいたのは地下に作られた牢屋だったのに対して、新たに見つかった方は完全に部屋として作られていた。
いわゆる隠し部屋というもので、この館を持っていた貴族は一体何者なんだとそれを聞いてジケは疑問に思った。
近々まで人が生活していた痕跡があって、男はこの隠し部屋でひっそりと暮らしていたことが窺えた。
床に空いた穴もあったことからトレントの魔獣を連れた男が住んでいたことは間違いない。
隠し部屋には食料品や生活に必要な道具の他にいくつもの子供サイズの服や遺品と思われる品物が隅に打ち捨てられていた。
遺品のうち個人を特定出来るものは非常に少なく、遺体もないために身元が特定出来そうな物があったわずか数名以外の被害者の捜索や身元の特定は打ち切りとなった。
だが貧民はともかく平民の子の方で発生していた失踪はこちらが原因なのではないかと見られた。
男の方はと言えばこちらも手詰まりだった。
まず男の死体は無くなっていたのだ。
正確に言えば男の死体があったとされる場所には黒い結晶が残っていて燃え残っているはずの死体は見当たらなかったのである。
グルゼイやパージヴェルも聴取されたが当然男に見覚えもなかった。
リンデランが誘拐されたのもリンデランを狙っていたのではなく、知り合いに連れられて平民街に遊びに来ていたところ、一瞬の隙を突かれて連れ去られてしまったらしかった。
あまり平民街や貧民街では見ない強い魔力を持った子供だったので誘拐されたようだ。
なので、リンデラン方面の知り合いでもない。
隠し部屋に残されたものにも名前や身分を示すものは何もなかった。
唯一魔獣の名前がモルファというトレントであったことは分かっているが、それだけでは捜すことは難しい。
一応リストを当たってみたが、モルファというトレントを魔獣にしている人は見つけられなかった。
そうしたことから男が何者だったのかもわからず追跡が出来ないということになった。
この国の人間でないことも可能性としてあるため特定はどの道難しかった。
廃墟は犯罪者に誘拐目的で使われ、その上半壊していて、危険極まりないということで取り壊しが決定した。
経緯は違うだろうがこのように犯罪に使われたことが分かったから取り壊しになって、記憶になかったのだなとジケは納得した。
持ち主が分からず誰が壊すのかという話は、ヘギウス家が責任を持って取り壊すと手を挙げた。
パージヴェルが半壊させたのだ、何か言われる前に慈善活動のフリでもしてしっかりと処分してしまった方が後々楽であるという思惑であった。
事件の内容についておおよその事情は一般には伏せられた。
街中で子供を誘拐されていたなんて面目も立たない話であるし、民衆の不安を煽ることはできないとの判断だ。
パージヴェルがド派手なことをやらかしてくれたが他に目撃者もいなかったので原因不明の爆発事故という納得も難しいごまかしで押し切った。
貧民街で起きた事件だし事件の捜査にあたる兵士達も詳細な事情を知らず、関係者はパージヴェルという高位の貴族なので疑問を酒場で口にしてもそれ以上何かをすることはできなかった。
つまり肝心なことは何も明らかにはならなかったのだ。
ただ何も分からなかったのかと言えばそうではない。
隠し部屋には一枚の布が広げて壁に吊られていた。
その布は黒地に赤で目を引く紋章が描かれていた。
見る人が見れば分かるそれは魔神崇拝者の紋章。
悪魔の王のことを魔神と呼ぶ。
魔神を中心とする悪魔グループは人類の征服を目論んでいるとされ、人類の中にも魔神の考えに賛同を示す者もいる。
そうした人たちのことを魔神崇拝者と呼ぶのである。
魔神崇拝者が起こす行動は理解し難く常軌を逸脱した行動も多い。
男が魔神崇拝者だと分かった以上は男の行動も魔神崇拝者がゆえのものだと考えられた。
その後に魔神崇拝者が絡むということで国の詳細な調査も入ったのだが、結局事件の真相は解明されず一人の魔神崇拝者による誘拐殺人事件ということで結論付けられた。
なんとなく納得はいかないがこれ以上の調査も続けられず、この出来事は決着を迎えた。
「こんなところになります」
「わざわざありがとうございます、ヘレンゼールさん」
大神殿の病室でジケは事件の
これはジケからパージヴェルに頼んだことだが、代わりにヘレンゼールが病室まで来て話してくれた。
生死の境をさまよったジケは目覚めるまでに五日の日数を要した。
目覚めてしばらくは身体が重く気分が優れなかった。
そこから二日、ようやくまともに話せるまでに回復した。
目覚めた時エニがベッド横にいて何をしていたのかとひどく怒られた。
ジケだってこんな大事になるとは夢にも思っていなかった。
再びエニに泣かれてしまったが、なんせ起きたばかりであったので何もすることができず罵倒してエニは病室を出ていってしまった。
その後リンデランとパージヴェルが来て、リンデランが甲斐甲斐しくジケの世話を焼きパージヴェルが鬼のような顔でそれを見守っていたり、パージヴェルが一人戻ってきてジケに謝罪したりしたこともあった。
天井や床の崩落の原因がパージヴェルにあると正直に打ち明けて、リンデランには言わないように頭を下げてきた。
ジケは絶体絶命な状況だったが致命的な怪我を負う原因が、パージヴェルと聞いて怒りを通り越して呆れてしまった。
孫娘であるリンデランの命を救ってくれた相手を殺しかけたとあってはパージヴェルもジケに頭が上がらない。
後々また話を聞きに来ると言ってパージヴェルは足早に去っていった。
「事情は聞いたぞ」
お見舞いに来てくれた人の中にはオランゼもいた。
どうやらどこかでジケの話を聞いたようで安めのお菓子を持ってお見舞いに来てくれたのだ。
「仕事に穴あけちゃってすいません……」
「いいさ、生死を
長いこと入院してしまうことになり仕事について心配していたがオランゼは怒ってもいなかった。
「むしろいいタイミングだった。君の代わりに他の者で仕事ができるか試してみたが問題もなかった。貴族たちは君が完璧に仕事をするから監視して苦情をつけることを諦めたようで、他の者が代わりにやっても気づいていないようだ」
ほくそ笑むオランゼ。
散々苦情をつけていた貴族はジケの投入によって文句のつけようがなくなった。
浅い思惑も失敗に終わって、今では普通の清掃をしても気づかないぐらいであった。
「次に休むときは事前に言ってくれ。こちらは常に余裕を持って回しているから」
「ありがとうございます」
「なに、君にはお世話になっているからな」
ただしメドワには何か買って、詫びでもいれておいた方がいいとオランゼは言い残して帰っていった。
最後にグルゼイもジケを見舞いに来た。
何を言われるか身構えていたジケにかけた言葉は無事でよかったの一言だった。
「……あまり無茶なことはするものではない」
長いこと無言でイスに腰掛けていたグルゼイがようやく口を開いた。
「申し訳ありません、師匠」
「まだまだお前には教え始めたばかりだ。先に死ぬことなど許されないのだぞ」
「……はい」
冷たくも聞こえる言い方だが決してグルゼイはジケを
過去でもグルゼイは割と遠回しに言葉を伝えることを好んだ。
その時の経験からすると心配したぞ、死ななくてよかったぐらいに捉えていいのかもしれない。
「オランゼさんのところに行ったんですか?」
「……まあ、勘違いだったがな」
オランゼが事情を知っていた理由はグルゼイだった。
まさかグルゼイがオランゼのところに行くとは思わなかったけれど、それだけ心配してくれたのだと思うと嬉しくもある。
「ありがとうございます。助かりました」
「当然のことをしたまでだ。教えることはたくさんある。早く元気になるんだぞ」
事件で無茶はしたが強い正義感や諦めない心があることは分かった。
行いそのものは間違っていない。
「ひとまず体を休めろ。あのパージヴェルとかいうのは俺が殴っておいたしな」
わずかに微笑んでグルゼイは病室を後にした。
「……何はともあれ死ななくてよかった〜」
色んな人がお見舞いに来てくれて嬉しさもあるけど気疲れもしてベッドに倒れ込む。
せっかく若返ったのに早くも二度目の生を終えるところだった。
ジケは正義感に溢れているわけでも過分な願望を持っているわけでもない。
少し、前よりも少しでいいから明るく、楽しく、お金のある生活が出来ればいい。
たとえそばにいなくても自分の友人がどこかで笑って暮らせていたらそれでいい。
自分はフィオスとのんびり暮らせればいい。
そんなのんびり計画を思い描いていたのに危ないところだった。
本当に死ななくてよかった。
「聞いたぞフィオス。お前もなんかやってくれたんだってな」
寝転がったジケの胸の上に乗っているフィオスに目を向ける。
アルファサスからフィオスの不思議な行動について聞いていた。
ジケに木片が刺さって気を失っている時、まるで傷口を圧迫して出血を押さえようとしていたみたいだったと言っていた。
ジケが命令したのではない。
なんでそんなことをしたのかジケにも分からない。
ジケはそっとフィオスを持ち上げた。
手に合わせて形を変えるフィオスに窓から差し込む光が当たっていつもより透き通って見える。
「フィオス、お前ともっと仲良くなりたいな」
そしてもっとフィオスのことを知りたい。
過去に出来なかったことは沢山ある。
きっとこれからも出来ないことが多くあることは分かっている。
でも過去を反省し、いろいろ知っている今なら出来ることも沢山あるのだ。
「お前となら色々できると思うんだ」
一人で出来ることは少ないけどフィオスと一緒ならきっと出来ることはちょっと増える。
牢屋から出るのだってフィオスがいなきゃ出来なかった。
何も出来ない魔物だと言う人も多いがジケは知っている。
スライムには無限の可能性があることを。
スライムこそが可能性を秘めた最強の魔物であるかもしれないことを。
「……いや、それは言い過ぎかな?」
流石に最強は無理かもしれないけど能力をしっかりと分析してみれば応用できることがある。
少なくとも最弱の使えない魔物ではない。
フィオスの能力が既存の枠にとらわれないことを今はジケが分かっていればいい。
そのうちに他の人も知ることになる。
「……どうした?」
なんだかフィオスが震えている。
いつもの嬉しい時の震え方とは少し違う。
「わっぷ!」
チュルリと手をすり抜けてフィオスがジケの顔に落ちる。
「なんだよ?」
ジケの胸の上でフィオスが飛び跳ねる。
「怒ってんのか?」
あんまり感じたことのない感情が伝わってくる。
最強なのは言いすぎたと言ったことに対してフィオスが抗議していた。
「悪かったよ。お前は最強だ。こんなに賢くて色々できて、俺のことを信じてくれる。……最高の相棒だよ」
ギュッとフィオスを抱き寄せると今度は喜びで震える。