スライムの思わぬ能力を目の当たりにして興奮が隠せない。

「シー!」

「ごめんなさい……」

ケリが口に指を当てて静かにするようにリンデランに注意する。

鉄格子の中からでは分からなかったが出入り口の先はすぐ上に向かう階段になっていた。

ジケが予想していた通り、ここは地下にある牢であった。

階段を上っていくと階段上の扉は閉まっていた。

身体を押し当てるようにゆっくりと音を立てずに扉を開けて出ると、ジケが隠し扉を見つけた倉庫に出た。

部屋はやや暗いので朝方か夕方の時間帯。

「行こう」

幸い誘拐犯はいない。

けれど窓はガラスが割れて板が打ち付けてあり様子も分からず出られないから玄関に向かうしかない。

恐ろしいほどの静寂のなか、玄関に走る。

運が良かったのか、気づかれていないのか妨害もなく玄関まで着いた。

「やった……!」

玄関が見えてリンデランが一人駆ける。

「危ない!」

もうすでに警戒を緩めて気絶させられた経験のあるジケは油断していない。

弾かれたようにジケは駆け出してリンデランを押し倒すように伏せさせる。

背中ギリギリを何かが通り過ぎた。

体勢をすぐさま整えてそれの方を警戒する。

触手のようにニョロニョロとうごめく木の根が床板の隙間から生えて伸びていた。

割れた床板の下にある地面から生えていて、ジケの足ほどの太さがありながらしなやかに動いている。

そうそう簡単にはいかなかったかと舌打ちする。

「どこへ行くつもりだい、クソガキ」

年寄りのような掠れた声が聴こえて、ジケ達が来た方とは逆側から一人の男が姿を現した。

頭髪は一本もなく異常な痩せ型で手足もふしくれだっていて、喋らなかったらこの男が木を操る魔獣なのだと思えるほどである。

「あんた……何者だ」

「ヒヒッ……ガキに名乗る名前なんてねぇよ。どうやって抜け出したのか知らねえがさっさと牢屋に戻りな。おっともう扉は開かないぜ」

男が枯れ枝のような指を動かすと床から何本もの根が突き出してきて、玄関の扉に根を張り塞ぐ。

そんな状況の中ケリはちゃっかりとジケの後ろまで避難してきていた。

「ケリ、リンデランさん、俺が合図したら玄関に走るんだ」

「で、でも」

「いいから。……今だ!」

ケリとリンデランが走り出す。

「どこへ行く? そこはもう開かないぞ」

「フィオス!」

魔力も弱く誰も気に留めない魔獣。

こう暗くてはもはやいないものと変わりないために、玄関の扉前に移動していても気づかない。

今度は鉄格子の時と違って広がって扉に張り付くようにくっつく。

「スライム如きが体当たりしたところで開くわけも……」

確かにフィオスが体当たりを何回したところで扉が開くわけもないことはジケも重々承知である。

ただ今のフィオスは体当たりをして扉にへばりついているわけじゃない。

「何だと!?

扉の真ん中はみるみると溶けて大きな丸い穴が開く。

「ライト!」

「うっ! クソガキがぁ!」

男が慌てて手を振り木を操ってリンデランたちを逃すまいと動かした。

ジケだって男の好きにさせるつもりはない。

魔力の消費が少なく、ジケにも使えて効果がありそうな魔法を使う。

ライトの魔法はファイヤーライトよりも光が強いが魔力の消費が大きくジケの魔力では長時間使えない。

その代わりにしっかり魔力を込めるとそれなりに眩しい。

リンデランのご希望に沿えてファイヤーライトを結構な時間維持したので魔力はあまりない。

こっそり寝ている間に魔法を使うのを止めたりしたけどそもそもジケの持つ魔力は多くない。

けれどほんの一瞬でも相手の目がくらめば儲けものだ。

「ケリちゃん!」

男は目が眩んでほとんど適当に木を振るって攻撃する。

よく見えてなくても目指している場所が分かっていれば勘でもそれなりに狙えてしまう。

横振りの、どうしても回避することができない一撃が二人を襲った。

それに気づいたのはリンデランだった。

自分でもどうしてなのか理解できないが、身体が勝手に動いてケリを後ろから力一杯押していた。

「リンちゃーん!」

押された勢いも相まってケリは穴から外に転がるように飛び出し、リンデランは木の根に弾き飛ばされ脱出に失敗する。

「ケリ、大婆のところに行くんだ! 早く助けを呼んでくるんだ!」

「んっ……うぅ!」

ひどく歪んだ泣きそうな顔をしてケリが洋館に背を向ける。

「クソ! クソ! これ以上逃しはしないぞ!」

ドアを開かないようにする程度だった木が穴を覆うように伸びて塞いでしまう。

逃がさないという強い意思を感じる。

けれどドアを塞がなくても同じ手は二度も通じない。

「リンデラン!」

壁に強かに叩きつけられてグッタリとするリンデランにジケが駆け寄って状態を確認する。

「大丈夫か」

「うっ……」

幸い死んではいないが子供の体に先ほどのような攻撃は衝撃が強すぎる。

リンデランは口から血を流し気を失っている。

「すまないモルファ、わざとじゃない、わざとじゃないんだ。ガキが思ったよりすばしっこくて、それに、ほら、一番のガキは、いるだろ。逃がさないから、もう逃げられないから」

更なる追撃も覚悟していたが男は目を激しく動かし虚空こくうを見ながら何かと会話をしていて尋常な様子ではない。

本当はこんな状態のリンデランを動かすのはまずいがこのまま男の目の前にいるのも良くない。

リンデランの手を肩に回し無理矢理引きずって逃げる。

男は会話に夢中でジケの動きに気づいていない。

玄関から遠ざかるがどっちにしろもうあそこからは出られない。

子供の身体というものを恨めしく感じる。

いくら華奢きゃしゃな女の子でも同じく華奢といえる体格のジケでは運ぶのも容易いことでない。

とてもキツイがあえて上の階に向かう。

床下の地面から木の根が飛び出してきたので二階なら根っこが追って来れないのではないかと予想した。

当然リンデランを抱えて階段を上るのは楽でなかった。

一階の脱出出来そうな部屋を探した方が早かった可能性もあるが、ジケはずっと一階の床下から嫌な魔力を感じていた。

一階のどこにいても感知されているような気がしたのだ。

とりあえずドアがちゃんとある部屋を選んで入る。

リンデランを床に寝かせてジケも一息つく。

乱れた息を整えながら何か武器になりそうなものはないかと周りをキョロキョロと見渡す。

廃墟に都合よく剣が落ちているわけもないことはジケも理解している。

せめて持ちやすい木の棒でもあれば気分も違ってくる。

リンデランの呼吸は弱い。

何もしなくてもこのままでは弱っていって死んでしまいそうだ。

「しょうがないか」

いざというときの備えはおこたらない。

お金を稼げるようになって買ったのは主に食料を中心とした物がほとんどだが、それ以外にも大きな金額を費やして購入していたものがある。

左の足首に付けた、ジケお手製の皮のポケットベルト。

足首に巻き付けられてちょっとだけものが入るだけの簡単なもの。

そこから小さい瓶を取り出して蓋を開け、リンデランの口から流し込んで中の液体を飲ませる。

中に入っているのは中級回復魔法薬、いわゆる中級ポーションである。

本来はもっと大きな瓶に入っているものをジケはさらに小さい瓶に詰めて常時持ち運んでいた。

まるまる一本飲むことに比べて効果は弱くなるがそれでも中級ならそれなりに使える。

ポワッとリンデランの身体が淡く光り苦しそうだった呼吸が落ち着いていく。

安心したのも束の間、言い争うような大声が階下から上がってくるのが聞こえた。

正確には一人分しか聞こえないから争っているわけでないが。

せっかく落ち着いたリンデランをどこかに連れさられるわけにいかない。

ジケは必死に頭を回して考えた。


「ここかなぁ〜?」

特に塞いでもいないドアを蹴破って男が入ってきた。

「んん? おいクソガキ、女はどこ行った」

「帰ったよ」

部屋にはジケ一人しかいない。

男がキョロキョロと見まわしてみてもリンデランの姿は見えない。

「チッ……どこに隠しやがった。しかもぉ、なんだそれは? あー、火かき棒か、ヒヒッ」

ジケは火かき棒を剣のように構えて男を睨みつける。

たまたま暖炉の中にあったのを見つけた。

長らく放置されていた暖炉は煤けていて、ジケの両手は真っ黒になっている。

「ヒヒヒッ、あー……これだからガキは嫌いだ。女の居場所をさっさと吐け! じゃないと、殺してくれって叫ぶほど痛めつけてやるぞぅ!」

男は気味悪く笑ったと思えば急に怒り出す。

情緒不安定で見ているジケが不安になる。

「もういい、もういい、もういい! さっきからうるさいんだ。このガキを痛めつけて聞きゃいいんだよ!」

また一人で誰かと会話をしだす男は、何かを振り払う素振りをしたり激しく首を振ったりしている。

一体何と会話しているのか分からなくて気味が悪い。

「言わないのなら覚悟しろよ、ダークボール」

ジケの身長ほどもある大きな黒い玉が男から生み出され、ジケに向かって発射される。

とてもじゃないが子供に防げるものには見えない。

(集中しろ! 俺なら……できる!)

なんてことはない。

ジケは上から真っ直ぐ火かき棒を振り下ろした。

ダークボールが真ん中から二つに割れてジケの横を通り過ぎて後ろの壁に穴を開ける。

成功した喜びで顔がほころびかけるのを無理矢理抑えた結果、怪しい笑みを浮かべているように男の目には映った。

男も驚きに目を見開く。

何が起きたのか理解できない。

魔法が勝手に二つに割れるなんてことはありえない。

魔法か魔法剣でも使えば切れるが、これぐらいの年齢の子で相手の魔法を綺麗に真っ二つにするほどの魔法を扱えるわけもない。

そもそも目の前の少年にはそんな魔法を扱えるだけの魔力を感じない。

魔獣が魔力供給の少ないスライムだったことも見ているし、魔法を使ったようにも見えなかった。

廃墟に落ちていた火かき棒が魔法剣なわけもない。

「ガキがいったい何を……うるさい! あぁ、もういい、ダークボール!」

警戒して動きが止まったからこのまま時間を稼ぐことができると思ったがそう簡単にはいかない。

先ほどとは違いジケの胴体ほどの大きさで個数は三つになったダークボールがジケを襲う。

いちいちダークボールを使うのに手を振り下ろしたりと動作が大きく、魔法そのものは直線的で魔法の発生も遅い。

冷静に見れば避けることは難しくない。

たとえ実戦慣れしていなくて無様に横っ飛びしてかわしたとしても、ジケの動作が不慣れでスマートさに欠けているだけで決して間一髪回避したのではない。決して。

「ムカつくなぁ、鼻につくなぁ。さっさと……さっさと死ねよ。いや、女の居場所を吐けよ。ダークボール」

このままかわしているだけでは活路は開けないことはジケもわかっていた。

危険でも反撃しなければ逃げられない。

体をかがめて魔法の下をくぐる。

ジケの毛先を魔法が掠めるが、多少毛先がなくなるぐらい死ぬことに比べればなんてことはない。

「フィオス!」

ジケはフィオスを召喚して手元に呼び寄せる。

そして鷲掴わしづかみにしたフィオスを思い切り男に投げつける。