誘拐事件

「うっ……」

頭がズキズキと痛む。

ジケが目を開けるが、視界は暗くて全く何も見えない。

とりあえず痛むところをさすってみるが手にヌルついたような感覚はなく、出血はなさそうだと確認できた。

埃っぽくて空気の流れが悪いのか呼吸がちょっと苦しい。

地面を触ってみるとどうやら石っぽいが自然のものでなく表面は滑らかだった。

人工的に作られた石の床に感じられる。

以前までのジケであったなら途方に暮れていただろう。

ジケは目をつぶり視覚に頼ることをやめて魔力を感知することに集中する。

(一人、二人……)

魔力を感知してみると部屋には人がいることが分かった。

部屋の隅に固まるように二人。

体格からして子供。

感知の範囲を広げて今いる空間のおおよその状況も把握する。

この二人以外には人の姿はなく、敵はいない。

「ファイヤーライト」

どこかで監視されていたら危険だがこのまま暗い状況では何もできないので、一か八か魔法を使って周りを照らす。

ジケの手のひらの上に拳大の火が燃え上がり、周りが火の赤っぽい光に照らされる。

目が慣れるまで多少しばしばと瞬きを繰り返して、ようやく見えてきたので人がいる隅に視線を向ける。

「あなた……一体誰ですか」

守るように薄い紫色の髪の女の子を抱きしめる白い髪の女の子がいた。

抱きしめられているので顔は分からないけれど、特徴的な薄い紫色の髪を見ればわかる。

抱きしめられている女の子はジケが捜していたケリであった。

ひとまずホッと安心して大きなため息が漏れる。

白い髪の女の子は警戒したようにジケを睨みつける。

「俺はジケだ」

「ジケ?」

「ジケ……ジケ兄!」

バッとケリが顔を上げてジケを見る。

途端に涙が溢れ出してケリがジケの胸に飛び込む。

ジケはケリを受け止めて優しく背中を撫でる。

よほど怖かったのだろう、ケリはひどく泣き出してしまった。

「あなたは……」

「ジケが俺の名前さ。君こそ一体誰だい?」

どう見ても貧民の子ではない。

それどころか平民でもなさそう。

つまりは貴族に見える。

容姿が端麗たんれいだからということではない。

かなりの美少女であることに異論はないのだが魔力が綺麗だと最初に感知した時に思った。

ジケと変わらないほどの年に見えるのに、すでに魔力を扱う術を学んでいるのか身体をよどみなく循環させている。

貧民も平民も子供のうちから丁寧に魔力を学ぶ事は少ない。

魔力を感知できるジケだからこそ分かる。

少なくとも貧民やそこらの平民ではない。

改めて見てみると単純に服装や所作からも貧民の子ではないと分かる。

「私はリンデラン。リンデラン・アーシェント・ヘギウス」

「ヘギウス……ヘギウスってあの?」

「……そうです」

「はぁ~まさか……」

ジケは驚きを隠せなかった。

ヘギウスとはジケでも知っている元四大貴族の一角であった。

言葉が出なかったのは元が付くのは過去の話なので現時点ではまだ四大貴族だったかなと少し考えたからである。

貴族に興味はなくても酒のつまみとして人が話しているのはよく聞いたことがあった。

何かの原因でただ一人の後継者を失い、当主の気が狂って四大貴族から外されてしまった悲劇の貴族だったとかうっすらと聞いた気がした。

どのような事件があったのか知る由もなかったが、ここにきてその原因が何なのか悟る。

しかしどうしてそんな箱入りのはずのお嬢様がこんなところにいるのかジケには理解できない。

「どうしてこんな……」

こんなところ、窓もない石造りの謎の部屋。

火を掲げてみると狭い部屋の中がうっすら見える。魔力で感知したのと大差はない。

唯一の出入り口に見える方向には鉄格子があって出られない。

いわゆる牢獄というやつである。

しかも窓がないため空気の流れが極めて悪い。

ジケの最後の記憶を辿り、記憶と状況を合わせて考える。

とすると今いる場所は牢獄の中でも面倒そうな、地下に造られた地下牢になるだろうと結論づけた。

「ごめんなさい……気づいたらここにいてどことかは分からないんです」

「ここがどこなのかは見当が付いてるけどな。俺が聞きたいのは貴族がどうしてこんな貧民街にいるのかってことさ」

貴族街にいたのならこんな所に来ることはなかったと断言できる。

「それは、その……」

「こんな所で隠し事したって何にもならないと思うがな。まあいい、今は脱出することを考えよう」

言いにくそうにもごもごするリンデラン。

聞きはしたものの理由に察しはつく。

たとえ聞き分けがいい貴族の子供だとしても、いや、聞き分けがいいからこそ日々のお勉強に耐えられなくなることもある。

親しい平民の子供でもいて近く、あるいはここまで付いてきたのだろうとジケは考えた。

「大丈夫か?」

撫でているうちに大泣きだったケリも少し落ち着いてきた。

「うん……」

「俺はケリを助けに来たんだ。表じゃ大婆やリュシガーの親が働きかけてきっと大人たちも捜している。助けてくれるのも時間の問題のはずだ」

「うん……ありがとう、ジケ兄」

「俺は脱出出来ないか見てみるからリンデランさんのところに行ってなさい」

「うん」

ケリは少し名残惜しそうに、けれどワガママを言うことなくリンデランのところに行った。

それを確認したジケは鉄格子に近づくと一本を掴んで力を入れて押したり引いたりしてみる。

古い廃墟となった洋館の地下牢にしては頑丈でほんのわずかも揺れすらしない。

鉄格子の扉は鍵付近が細かい格子状になっていて子供の手でも通りそうになく、こちらも揺らしてみてもほとんど揺れないほどしっかりした作りになっている。

魔法もまともに扱えない子供には到底脱出不可能な牢屋である。

扉に近づくとジケが出している光が揺れる。

魔法を防ぐ効果もある割とお高めな本気の牢屋のようである。

それでもジケはこれなら地下牢からの脱出は出来そうだと思った。

問題はいつ、どのタイミングで出るか。

相手が何者にしろ四六時中活動しているわけもないだろう。

人ならば休憩や睡眠を取るし、逆に活発に活動している時間もある。

上手くタイミングが合えばこっそり抜け出すことも不可能でない。

夜なら寝ているだろうし、タイミングが図れなくても昼に逃げ出しても人がいる所にすぐに逃げ出せる。

外と言わずに一筋の日の光でも確認出来たなら少しは違っていたが。地下牢では時間の確認も難しい。

「あっ……」

ジケがアゴに手を当てて悩んでいると可愛らしい音が鳴った。

小さい音だったが、こう静かな空間では目立ってしまうのはしょうがない。

音の元はリンデランのお腹だった。

小動物の鳴き声のような可愛らしい音を鳴らしてしまい、リンデランは顔を真っ赤にしている。

「その、時間は分からないのですがもうしばらく何も食べてなくて……あぅぅ……」

腹が鳴るぐらい貧民の子供の間では何てことはないが貴族の淑女しゅくじょにとっては非常に恥ずかしい。

何も言っていないジケに必死に言い訳するも動くとさらにリンデランのお腹が鳴る。

「リンデランさんはいつからここに?」

「ずっと真っ暗だったから分かりません……でも何人か他に人が連れて来られて、また連れて行かれて……ケリちゃんと私が最後の…………デザートだと」

人をデザートとは悪趣味なやつである。

こんな所にいれば時間の感覚がなくても当然のことで、よく暗闇の中で動揺も少なくいられたものだと感心すらする。

「食事も、水もなくて、ケリちゃんが来なければあと少しで干からびていたかもしれません」

ケリの魔獣は水の妖精なので多少の水なら出せる。

それで何とかしのいでいた。

もしかしたらリンデランは一日やもっと長い時間ここに閉じ込められていたのかもしれない。

「えっと、ほれ」

「これは?」

「干し肉だ。逃げる時に走れないんじゃ困るからな」

ジケはポケットから布に包まれた干し肉を出してリンデランに放り投げた。

念のためと持ってきたちょっとお高めの干し肉だった。

「硬いですね」

「一気に噛みちぎろうとせずにちょっとずつ噛んで食べるんだ。そうしてれば味も出てくる」

リンデランはジケの言葉に従い素直に干し肉をカジカジと食べている。

「なんていうか……しょっぱいですね」

そりゃあ保存食だから多少は、出かけた言葉を飲み込んでジケは顔を逸らす。

リンデランは干し肉をかじりながら大粒の涙をこぼしていた。

落ち着いたように見えてもリンデランは不安に押しつぶされそうになっていた。

暗闇、何が起きているか分からない恐怖、連れて行かれて帰ってこない子供達。

感情を押し殺し平静を装ってようやく自分を保っていた。

自分より幼いケリが来てからは自分がしっかりしなければと言い聞かせて、抱きしめて落ち着かせるようにしたけれど実際は誰かにそばにいてほしかった。

久々の食べ物にリンデランは限界を超えてしまった。

食事ともいえない食事だがいろんな感情が噴き出して止まらなくなった。

干し肉をかみしめるようにして声を殺して泣く。

ジケがケリにしてあげたように、今度はケリがリンデランを抱き寄せる。

泣きながら干し肉を食べ少しお腹も満たされて二人はやがて寝てしまった。

灯りは消さないでくださいとジケに注文をつけて。

どのみち相手の様子は分からない。

起きたら脱出を開始しようと考えてジケも壁に寄りかかってここまでの経緯を整理する。

何となく引っ掛かりを覚えた失踪事件の噂を聞いて、まさか自分が巻き込まれるとは思いもしなかった。

北の廃墟に行ったケリがいなくなって真っ先に失踪事件を想起して捜しに来た。

こうしてみると失踪ではなかったようである。

失踪したことには間違いないが、より正確に言えばこれは誘拐事件であった。

普通に探しても何も見つからなかったのでジケはジケなりの捜し方をすることにした。

魔力感知で廃墟を捜索してみた。

なぜか洋館が廃墟になって久しいのに廃墟は魔力で満ちていた。

いくつか部屋を回ってみて廃墟の奥の何の変哲もなさそうな部屋も覗いてみた。

元々は倉庫として使われていたのか空の木箱や壊れた棚が放置されていた。

ドアも壊れていて軽く覗けば簡単に部屋の様子が分かる。

一瞥いちべつすれば何もないことがわかる部屋だがジケはその部屋に違和感を覚えた。

入る意味もない狭い部屋だから床のものを触る人もいない。

壊れた木箱や倒れた棚の木片は広く床に散らばるはずなのに、なぜか部屋のど真ん中付近には物が少ない。

よく見てみると部屋の真ん中を四角く囲むようにものがどけられていた。

不自然に思ったジケは部屋に入って真ん中の床を調べた。

すると床を四角く切り取るようなわずかな切れ目のようなものがあった。

その切れ目周辺にある木片をどけてみると木片の下に取っ手のようなものを見つけた。

床にあった切れ目の正体、それは隠し扉だった。

不自然にどけられた木片は扉を使うためで、扉に乗せられていた木片は取っ手を隠すために上に置かれていた。

ここだと思い、警戒を解いてしまった。

取っ手に手をかけた瞬間、頭に強い衝撃を受けてジケは気を失った。

まだ触ると痛い後頭部をさすり、ジケは起きて目を擦るリンデランを見る。

「そう言えば……」

思い出した。

どうして失踪事件に引っ掛かりを覚えたのか。

過去の話、貧民街に近い平民街の酒場、素性も品格という言葉も知らないような男たちが飲み交わすいこいの場で、ジケは知らないおっさんに絡まれた。

一杯おごれとすでに酒臭い息を吐くおっさんは代わりにと一つ話をした。

元々おっさんは治安維持部隊でそこそこの地位にいて将来も有望だったのだが、ある時とある貴族の孫娘が失踪してしまい、その捜索隊長としておっさんに白羽の矢が立ったらしい。

人員を導入して聞き込みなんかをしたが結局見つけることは出来ず、貧民街でも起きていた失踪事件にまで手を伸ばして捜索を続けた。

貧民街での失踪事件の犯人は間も無く見つかったが暴れに暴れて建物が一つ消し飛び、怪我人も大勢出て犯人も死んだ。

犯人は魔力を持った子供を誘拐し、魔獣に食わせていて魔化という現象の一部に冒されていたとか聞いた覚えがある。

後々の現場の捜索で捜していた貴族の孫娘の遺品の一部が見つかり、貴族は大激怒した。

犯人はすでに死んでしまっていて孫娘もいない。

結局責任はおっさんが取ることになり、貴族を怒らせてはまともな職につけず場末ばすえの酒場で酒をあおっているという話だった。

ジケも酔っていたし、酒欲しさの作り話だと思っていたので思い出すのに時間がかかり過ぎた。

あの話が嘘でなく本当なのだとしたらと考えるとジケは背中が凍るような思いがした。

まず他の失踪した子供や連れて行かれた子供達はもう魔獣のエサになっていることだろう。

デザートと無神経極まりない言い方からもそのことが見て取れる。

この廃墟がいつ無くなったのか記憶にないのも、過去失踪事件が起きた時期は気分が沈み人に会いたくなく世の中と離れて生活していたので知らなかったからである。

引っ掛かりを無視しないで早く思い出していれば助けられた子供がもっといたかもしれない。

「どうしたんですか?」

暗い顔をするジケをリンデランが覗き込む。

泣き腫らした顔をしているリンデランの方がひどい顔をしているというのに心配してくれている。

「いや、何でもない。そろそろ脱出しようと思うからケリを起こしてくれないか」

リンデランはケリを起こして少し体を動かす。

暗闇では危なくて大人しくしているしかなかったがこれから全速力で走ることもありうる。

「フィオス、頼んだ」

魔石状態だったフィオスを呼び出す。

「す、スライム……ですか?」

脱出するというから期待していたらジケがスライムを呼び出したことに、リンデランは驚いた。

「スライムだよ」

当然のことのようにジケは笑ってみせる。

スライムに出来ることは可愛らしくプルプルしているだけじゃないと見せてやる。

フィオスはジケの腕から飛び出すと身体をグーと伸ばして二本の鉄格子の下の方に自分の体を巻きつける。

するとものの数秒で鉄格子の下が溶ける。

「ほい」

今度はフィオスを両手で持って軽く上に投げる。

上手く鉄格子の上の方に張り付いたフィオスはまた鉄格子を数秒で溶かしてしまう。

あっという間に鉄格子は二本の鉄の棒へと成り変わる。

落ちて物音を立てないように支えていたジケは持っていくか悩んだが、予想よりも重さがあり取り回しに苦労しそうなので牢屋の中に捨てていくことにした。

「す、すごいですね!」

リンデランの目が驚きに見開かれる。