弟子にしてください

オランゼと雇用契約を交わして代わり映えのしなかった日常に仕事が入り込んできた。

時折朝早くに家を出ることにはエニやラウも気づいていたが特に触れられないまま時間が過ぎた。

変化はまだ続いていく。

「えぐっ……ひっぐ……」

過去に経験のないことにジケは弱い。

泣きじゃくるエニに何と言ったらいいか分からなくてジケは戸惑う。

女の子の手すらまともに握ったことがないジケに泣いている女の子を慰めるのはハードルが高い。

今日はラウとエニが王国の兵士となるために貧民街を離れる日だった。

醜い嫉妬で過去では見送ることが出来なくて二人がどうしていたのか知らない日。

二人が契約を終えてからも国全体で行っていた魔獣契約は続いていた。

貧民街だけでなく貧乏な平民や大都市以外でも魔獣契約が終わって、国の兵士が二人を含めた優秀な魔獣と契約できた子供を迎えに来た。

中には嫌がる子供や冒険者になることを選んだ子供もいたがそれなりの数の子供が国に仕えることを選んだ。

残された子供達で見送りに来た者も多いが、仲の良い子が行くのに来ていない子もいる。

貧民を脱する数少ないチャンスを掴んだ子供と掴めなかった子供。

昔はジケも受け入れられず他の子供と同じようにこの場に来なかったのだ。

羨ましくないといったらウソにはなる。

けれど今のジケには嫉妬心はない。

ジケはもらった給料で二人に餞別せんべつを贈った。

エニには髪留め。

なかなか髪を切る機会もない貧民街でたびたびエニは前髪を邪魔そうにしていた。

記憶の中でもエニが髪を短くしていたことはないし使うこともあるだろう。

一つは飾りのない丈夫そうな髪留めで戦いの訓練や身体を鍛えたりする時のために。

女の子に何をプレゼントをするか悩みに悩んで雑貨店で見つけた髪留めにした。

もう一つはフェニックスを思わせる赤い羽のような細工の付いた髪留め。

一目見てエニを思い出した。

休みの日にこれぐらいのオシャレなら厳しい軍兵の中でも許されるはずだと思った。

ラウに茶化されるままにエニに羽の髪留めを付けてやるとエニの涙腺が崩壊した。

「ぜっだい……ぜっだいに、やずみになっだだ帰ってぐるがらぁ!」

「分かった分かった……待ってるから」

「なんでぞんな冷静なのぉー!」

「分かってるからさ」

「わがっでる?」

「二人が会いに来てくれること」

「……ぶわぁー! ずるいよー!」

ここまで泣いてくれると感動……するよりも笑いが込み上げてくる。

永遠の別れじゃない。

国の兵士になるといっても町としては同じ町にいる。

有事でもなければ兵士にはしっかり休みもくれる事は過去の経験から知っている。

そしてその休みのたびに二人が会いに来てくれたことも何度もあった。

ただこんな泣くなんて。

過去では見送りに来なかったけれど二人は一体どうしていたのかジケは気になった。

「はははっ、次はラウだな」

「俺にもあるのか?」

「もちろん」

ジケはラウに餞別を渡す。

革のさやに包まれた一本のナイフ。

「本当は剣の一つでも贈りたかったんだけど剣だとちょっとばかり手が出なくてな」

「いや……嬉しいよ」

「ぜひ抜いてみてくれ」

「分かった。……これは」

「刃に触るなよ? 貧民街に落ちてる安物で古いナイフとは違うんだ」

鞘から現れたナイフはサビ一つなく美しさすら感じさせる。

子供のラウが持つと十分すぎる大きさがあるナイフの刃はギザギザとしている。

「これは魔物を解体するためのナイフなんだ」

エニに贈る物は悩んだが比較的早く決まった。

しかしラウに贈る物はかなり悩んだ。

好きなものは美味い食べ物、貧民街出身で達観している部分があって、あれが欲しいこれが欲しいと強く望むことが少ない。

まだまだ子供だからすぐに身体は大きくなるし必需品は王国から支給される。

日持ちするものでも多めに買って道中食べてくれと渡そうと考えていたが街をふらつく中で一軒の小さい工房を見つけた。

ふらっと入ったときは剣なんかいいんじゃないかと思った。

過去ラウは剣を使っていたし、支給品だけじゃなく自分の剣が予備にあればありがたいこともあるだろう。

しかし剣の値段を見て断念した。

もうすでにエニへの餞別を買った後だったので予算も多くない。

諦めようとしたときこのナイフが目に入る。

手入れをしながらなら剣よりも長く使えるナイフは剣よりもいい贈り物になる。

手持ちの金額だとちょっと足りなかったので店主と交渉して値段を下げてもらい、どうにか購入した。

「魔物は皮が硬かったり逆にブヨブヨと柔らかすぎたりすることもある。そんな時普通のナイフじゃ苦労する。けど解体屋とか冒険者ギルドまで運べないなんて時に活躍するのが解体に使えるギザギザしたナイフなんだ」

「へぇー、ありがとうな、ジケ」

普通のナイフの用途もこなせる万能ナイフ。

さらに品質も保証できる。

むしろあの値段なら安いと言えるぐらいでさらに値下げしてくれた店主には感謝しかない。

「挨拶は済んだか? 付いてくるものは乗り込め」

短い別れの挨拶の時間。

ジケは最後にエニの涙を拭ってやる。

兵士が声をかけて貧民街の子供が二つに別れた。

脱するものと残るもの。

大きなへだたりがあるように思っていたけれどその間には壁も溝もない。

心の持ちよう一つなのである。

「エニのことは任せとけよ!」

「ジケ、元気でねー!」

「ラウのことは任せたぞ、エニ。ラウはあんまり無茶すんじゃないぞー!」

「なんでだよ!」

手を振り、手を振り返し、互いに互いを見送る。

これは終わりじゃない。

新しい始まりの時であるのだ。

二人の姿が見えなくなるまで見送ったジケはすぐさま家に帰った。


二人がいない家は広い。

逆に大きくなって戻ってきた時にはやや手狭になっていると言えるかもしれない。

ジケは戸棚の奥に隠しておいたビンを手に取り家を出る。

ラウとエニは先に進んだ。

ジケもさらに先に進む時がきたので行動を始める。

「ちょっくら行こうか、フィオス」

手にビンを持ったままフィオスを抱えて歩いていく。

ジケの家は貧民街の南側にあり、比較的治安が良く平民街に近い。

貧民街と一言で言ってしまうと貧しい人の住む危険な場所だと思う人も貴族や平民には多いが細かく見ていくと貧民街も様々である。

住んでいる南側から北へ向かう。

段々と治安が悪くなっていき建物も南側よりも廃れてくる。

同じ貧民街でも、ジケの住んでいるところは子供も多くて危険が少ない場所であった。

逆に今向かっている北側は子供の数も少なく貧民街の奥とも言えて危険が多くなる。

住んでいる人間の目も怪しく光り濁った色をしていて危険な雰囲気がある。

『子供に手を出さない』

ルールなどなさそうな貧民街にもこうした暗黙のルールがある。

見目が良ければ奴隷。

そうでなくても使い捨ての労働力。

子供なら誘拐ゆうかいも楽で気にする人もいない。

だから貧民街では昔子供の誘拐も多かったらしい。

そんな状況を憂いた大人たちが尽力をして時間と労力をかけて子供を守り、時代は過ぎていつのまにか暗黙のルールとなった。

ほんのわずかの良識か、捕まって死ぬほど痛めつけられることへの恐怖心があればまず手を出してくることはない。

絶対とは言い切れないから油断は禁物だが。

ジケは周りを警戒しながら目をつけられないように足早に移動する。

北側のさらに北、ここまでくると家ではなく立っているのはテントになる。

家が無いので家無しと呼ばれる地域で、テントとも呼べないボロ布のかたまりみたいなものもある。

そのボロテントの一つの前に座る男性がいた。

目を閉じて足を組んで座り瞑想している。

男性の左目には額から頬まで縦に大きな傷痕がある。

以前ジケが聞いて回って探していた男性である。

「あのー」

イメージしていた顔と違っていた。

もっとシワがあって髪も白くてこざっぱりしている印象だったけど髪は暗い茶色をしていてボサボサとしたひげ面だった。

印象が違い過ぎていて特徴がなかったら分からなかっただろう。

彼には悪いが大きな傷痕があって分かりやすくて助かった。

傷がなかったら通り過ぎて聞き回らなくてはいけないところだった。

「そこのキズの旦那」

ジケが声をかけても男性に反応はない。

貧民街にいるため生きているか心配になるが、よくよく見ると肩が上下しているから呼吸はしている。

はっきりと声を出したのだから聞こえていないはずがない。

できることなら穏便に会話を始めたかったが無理そうだとジケはため息をつく。

このまま話しかけ続けても思いつく方法を試しても穏便にはいくまい。

「セラン・オブレシオン」

結果が変わらなそうなら手っ取り早い方でいくとしようと、ジケは一歩下がる。

鼻先を剣がかすめた。

瞑想していた男性は一瞬で剣を抜きジケの首を切り落とそうとした。

左目は傷のせいか開いていないが右目には強い殺気がこもっている。

なんという早業。

「小僧、何者だ」

「いたいけな子供の首をねるつもりですか?」

「答えろ」

今にも飛びかかりそうな男性を前にジケは両手を上げて敵意のないことを示す。

避けなければ本当に首が無くなっていた。

どう見ても子供なジケが相手なのに容赦なく殺気を向けてきている。

「なぜその名前を知っている!」

「オーランド・ケルブ」

冗談を交えながら会話できる相手でないと分かっていても、ここまで話が通じないとは思わなかった。

ジケだからよいものの子供に剣を向けていては建設的な会話は望めないだろうに。

呼吸が苦しくなるほどの殺気もいただけない。

質問の答えを聞くつもりがあるのかないのか。

「オーランド……」

知っている名前を出されて男の殺気が弱くなる。

しかし切っ先はジケの喉に向けられたままで警戒は弱めない。

「グルゼイ・オブレシオン」

畳み掛けるように男の名前を口にすると再び殺気が強くなる。

ころころと殺気の強さが変わり面白いまでもある。

「オーランドとはどうやって知り合った。目的は何だ。それにさっきはどうやった」

「質問が多い……」

「さっさと答えろ!」

大人げなく声を荒らげる。

周りも興味ありげにジケたちの様子を見ている。

「二年前にたまたま出会ってお世話になりました」

目を見るとグルゼイから余裕が感じられない。

このままなめた態度をとっていると本当に殺されかねないのでちゃんと答える。

「……まだいるのか」

「一年ほど前にふらっとどこかに」

ジケは事前にグルゼイのことを調べていた。

今現在の段階で貧民街にいるかは分からなかったので、顔に傷のある男性について聞いて情報を集めていた。

その情報によるとグルゼイは半年ほど前にふらりとここに現れたらしかった。

連絡手段が無いからすれ違う可能性も高い。

いないとなれば確認しようもない。

「俺が知るあいつはガキが嫌いだった。お前みたいな生意気そうなガキは特にな」

知ってる。

だから子供を欲しがられるのも嫌で独身を貫いてるとジケは聞いていた。

「それは知りませんでした。でも足が悪く暴漢に襲われてたところを助けてくれた相手を無下にはできないでしょう?」

情報は出来るだけ小出しに。

持っているカードは多くないので出来るだけ少ない情報で上手く説得しなきゃいけない。

「あいつは……元気だったか?」

ジケの返事を聞いてグルゼイの態度がやや軟化する。

足が悪いことは会ったこともなければ知りえない情報。

特にオーランドの足が悪いことは本人も隠そうとしていたらしく、長く一緒にいたか、信頼でも置かれていないと知ることは難しい。

「最後に見た時は」

「そうか。他に何か言っていたか」

「別に伝言を託されたのではないから伝えることはないです」

「そうか、まあそうか。ではなぜ俺に会いに来た?」

グルゼイが剣を下ろす。

剣を納めないあたり警戒を完全に解いてはいないが刺すような殺気は感じなくなった。

「俺に剣を教えてください……俺を弟子にしてください!」

ジケに頭を下げられ、予想外の言葉を叫ばれたグルゼイはギョッとした顔をする。

散々グルゼイが叫んだものだから周りも面白半分、うるさくて迷惑半分で二人を見ている。

ここに来た目的はグルゼイの弟子になることだった。

弟子と思われなくても剣を教えてくれればそれでよい。

「帰れ。俺は弟子を取らない」

「待ってください! タダでとは言いません」

「金なんて俺はいらな……」

「こちらをお受け取りください!」

差し出したのは家から持ってきたビン。

ちゃんとラベルが見えるようにしながら両手を添える。

グルゼイの反応は予想済みで拒否されることは分かりきっていた。

弟子にしてくれるまでグルゼイの元に通い詰めることも考えたがそんな時にふと思い出したのだ。

「それは……!」

ラベルを見たグルゼイの顔色が変わる。

ジケから奪い取るようにビンを受け取ると、フタを開けて手のひらに中身を出す。ややとろりとした琥珀こはく色の液体が溜まる。

ビンの中身は蜂蜜はちみつ酒で手のひらを舐めるように蜂蜜酒を味見してグルゼイは深く息を吐いた。

何しろ蜂蜜酒はグルゼイの大好物。

特に甘さが強いもので産地にハーブがあってほんのりと蜂蜜酒にハーブの香りが乗っているものに目がない。

この国にはハーブの香りのする蜂蜜酒はなく、外国産の輸入物頼りで、非常に値が張る。

到底、ラウとエニに餞別を贈った残りで買える金額じゃなかった。

だからジケは平民街ではなく貴族街のゴミ処理を望んだ。

貴族だろうと平民だろうと金の管理には厳しいが一枚銅貨が無くなっただけで騒ぐ平民と違って貴族がお金で騒ぐ様を見せるわけにいかない。

いかに気をつけても人のやることに完璧はない。

極々稀にゴミの中にお金が混じってしまっていることがある。

袋を回収して燃やしているのでは気づくべくもないが、ジケは違う。

そもそも金属類が捨てられることは少ないから最後に溶かすようにフィオスを訓練しておいた。

訓練が偶然、本当に偶然実を結んだ。

折れ曲がったスプーンとか壊れた燭台しょくだいに混じって何枚かの銅貨と一枚の銀貨が手に入った。

ジケも我ながら運がいいと思う。

結局蜂蜜酒の支払いで銀貨は丸々無くなってしまったが、使うべき時に金は使うものだからしょうがない。

ジケにとっては時間の方が惜しかった。

「むっ……」

口髭くちひげでも触っている風を装い手に蜂蜜酒を垂らしては舐めを繰り返しているグルゼイはジケが見ていることをやっと思い出した。

呆れ顔を表に出さなかっただけジケは偉いものである。

差し出されたものとはいえ子供の手から奪い取るようにしてコップも使わず蜂蜜酒を堪能した。

体面が悪いったらありゃしない。

「うぉほん! 中々の代物だが悪くない。しかし覚悟がいるぞ。どんなことにも耐える覚悟が。お前は何のために剣を覚えたいんだ」

中々だが悪くないとは何だ。

受け取ってほしいとは言ったがその場で開けて飲むとジケは思いもしなかった。

グルゼイも放蕩ほうとう生活が長く久々の上質な酒に我慢ができなかった。

好物中の好物で一口舐めて涙が出そうな旨さ。

受け取って口にしてしまった以上はこれで帰れとは言えなくなった。

理由を聞いてきて、しめたとジケは思った。

「守りたい人がいるんです。力がないからと諦めて、そして後悔する。そんなのは嫌なんです」

「女か?」

「……はい」

「どんな子だ?」

「燃えるような真っ赤な髪の子でいつも明るくて、元気で、みんなに優しくて」

心の中でエニに謝る。

恥ずかしさでジケの顔も熱くなる。

もちろん守りたい対象にエニも含まれる。

けれどよこしまな想いからエニのことを口にしたのではない。

グルゼイは蜂蜜酒と同じぐらい人の恋愛話も大好きなのだ。

元々エニのことを話すつもりであったけれどいざ口に出してみるとものすごく恥ずかしい。

逆にグルゼイはそんなジケの態度を見て真実味があると判断する。

思わぬところでリアリティーが出たので結果良かったがもう二度とこんなことはしない。

恥ずかしい思いまでしたのだ、ジケはもうここで引くことはできなかった。

「その子は近くにいるのか?」

「今は王国に……」

「なるほどなるほどなるほどなるほど」

蜂蜜酒が好きなのに超がつくほどの下戸げこのグルゼイはペロペロと舐め続ける蜂蜜酒で酔いが回りつつある。

言うほど量も摂取していないはずなのに目が据わってきている。

気分が良くなってきたグルゼイの脳内ではジケとエニの恋愛ストーリーが展開されつつあった。

もう好きなようにしてくれ。

「俺には女を守りたいという気持ちが痛いほど分かる。よしよし、その心意気、気に入った。お前……」

うんうんとうなずくグルゼイ。

すっかり赤ら顔のグルゼイに勝ったとジケは確信した。

「ジケです」

「ジケはグルゼイ・オブレシオンの唯一最初にして最後の弟子になる。明日……また来るといい」

酔った上でのことであるが言質げんちは取った。

グルゼイは最初瞑想していたところに座り込むと蜂蜜酒のビンを抱えたまま寝てしまった。

姿勢は瞑想していた時と変わらないから経緯を知らなきゃ瞑想しているように見える。

酒を持っているから盗まれる危険もあると心配はある。

ただし心配すべき相手は盗む方である。

人の物を盗もうとする奴がどうなろうとジケの知ったことではない。

ただグルゼイにまた会いに行って周りが血の海では訓練するにも気分は良くないというだけ。

紆余曲折うよきょくせつあったが弟子になることはできた。

酔っぱらっていたから記憶の行方が心配なものの、周りも聞いていたのでいざとなったら面白半分で様子を窺っていた人たちを味方につければよい。

ひとまず今できうる限りの準備は整った。

あとは未来を変えられるように努力していく。

最終的には酒の力を借りたが弟子になりたいという気持ちは本物なので寝ているグルゼイにジケは頭を下げる。

「おやすみなさい、師匠」