このような感覚を味わったことのないジケには表現できない。
人をだめにするような柔らかさで体にフィットする感触に眠気が誘われる。
朝早くなので余計に眠くなる。
食べ物系統、それも好ましいものだと消化吸収も速い。
すぐにシュルシュルと小さくなってきたフィオスから降りて抱え、次の集積所に向かう。
慣れてきた上にまだ消化しきれていないのか一時的にいつもよりもサイズが大きめな事でさらにゴミ処理の効率は上がった。
フィオスはまとめてゴミを包み込みとりあえず溶かして持っていく。
フィオスの方も何かを察してくれたのか大きくなっても抱えられるサイズまでに収まるようしてくれていた。
多少のコントロールも利くようで前が見えなくなりそうになりながらもなんとか抱えていた。
後々ちゃんと吸収する時間を設ける必要はあるがもっと大量に処理した経験もあるのでひとまずゴミだけ処理してしまっても問題はないと分かっていた。
問題はむしろジケの方だった。
フィオスの処理速度に問題はなく素早く次へと行かなくてはいけないがジケの体力がついていかない。
貧民街を走り回る悪ガキと違って、比較的大人しめの性格で体力も子供なりの体力しかない。
貴族街は平民街よりも集積所を設置できた数が少なく一つ一つの距離が離れているので、移動に時間がかかる。
もっと体力があると思っていたのに常に小走りで移動していると体力がすぐなくなってしまうのは意外であった。
フィオスが処理している間に息を整えるが最後の方ではフィオスの方が速かった。
想定よりもジケの方が
ふたりは人に見られる前に貴族街を抜ける。
貧民のガキがいると苦情が出ては台無しである。
急いで平民街まで来てジケはホッとフードを外す。
今ジケが通っている平民街は、店が多く明るくなって大分人が増えて賑わいを見せ始めている。
すでに朝から働く人のために簡単な軽食を出している露店もある。
乱れた息を整えて大きく呼吸するといい匂いがする。
ただお金がない。
露店に吸い込まれそうになるのを必死に耐えながらオランゼのところに向かう。
「なんだ、問題でもあったか?」
ノックをして商会に入るや否や、オランゼが怪訝な顔をしてジケを見る。
五人かけても早すぎるほどの時間。
仕事を放棄してきたのかと疑う。
「ここに来たのなら理由は分かるでしょう?」
ジケは昨日来た時と同じイスに座る。
歩いている間にフィオスのサイズも安定して大分小さくなった。
まだ若干大きい気もするがこれぐらいなら許容範囲内である。
ゴミとしていろいろ食べたが、食べ物系も多かったのでフィオスも機嫌が良くてふんわりとその気持ちが伝わってくる。
こういうところは貴族系のゴミの良いところだ。
「今日の仕事はちゃんと終えました」
「はぁ?」
オランゼは書いていたペンを止めて目を見開く。
どんな苦情が出るか考えていた思考が止まった。
「……嘘じゃないだろうな?」
「もちろんです」
少し考える素振りを見せて、オランゼは仕事をしていたデスクからジケの前に移動する。
商人である以上他の人より嘘に敏感なオランゼはジケを観察するように見据えるが、子供が嘘をつく時のような目を
オランゼはあえて次の言葉を口にしないで真っ直ぐにジケの目をみつめる。
気が弱い人なら汗をかいたり手を細かく動かしたり唇を舐めたりと何かしらの反応がある。
気が強い人でも素人ならオランゼの
ウソなら大した役者だ。
これほどの胆力があるならもちろん商人でもやっていけそうだとオランゼは思った。
「後で確認はさせてもらうがここは君を信じてみよう」
どの行動も常識的に考えれば怪しすぎる。
しかしウソをついて騙そうとしているにしては嘘が浅く行動も不可解だ。
全てが真実で実行できる自信も能力もある。
そう考える方がつじつまが合ってしまう。
オランゼが自分のデスクから小さい袋を持ってきてジケの前に置いた。
「本来は一日、一回あたりでは渡してないが今回は特別だ。一人一日銅貨六枚、三人分で十八枚だが今日は苦情が来ないなら穏やかに過ごせるからな、特別に色をつけて二十枚だ」
ジケは袋を持ってみて、ずっしりとした重さを感じていた。
中身を出して銅貨を確認する。
商人の間ではお金の確認は大切で当然のことなので目の前で確認されても不愉快に思うこともない。
逆によく出来た子だと感心するぐらいだ。
十枚ひとまとめで二山。
たとえ子供相手でもオランゼは騙してくる人間でないとジケは分かっているけれど確認作業も対等な付き合いであることを示すポーズである。
「また明日来てくれないか。君が働くつもりならちゃんと契約書を交わそう」
「分かりました。では今日はこれで帰ります」
文字も書けなさそうな子供と、しかもつい先日来たばかりの子と契約書を交わすなんてオランゼはどこまでも真っ直ぐだ。
口約束のような形で雇うひどい商会も経験してきたからオランゼのマトモさが際立って見える。
「いいんですか?」
ジケを見送った後、二階から一人の女性が降りてきた。
黒にも近い濃い紺色の髪を持ち、見る人にクールな印象を残す顔立ちをしている。
「分からん。メドワ、一つ頼みがある」
「あの子がやったと言い張っているところ、見てくればいいんですね」
「そうだ。本当に言い張っているだけかどうかは見れば分かるだろう」
経理も担当しているメドワを説得するのは簡単でなかった。
大口を叩く得体の知れない少年に成果の確認もしないで三人分の日給を渡して、まして今後も雇うなんてメドワでなくても反発する話である。
メドワの冷たい視線が突き刺さる。
これでゴミも片付いておらず銅貨二十枚を持ち逃げされたら大損もいいところである。
言ってしまえば商人の勘。
オランゼはジケにその身なりにはそぐわない深みを感じていた。
昔自分の祖父を相手にした時のような相手をそのまま飲み込んでしまう深さ。
それに時折親しみを
「今ごろお金だけ持って貧民街の別の集まりにでも逃げてますよ」
「どうだかな」
オランゼは窓の外を見やる。
父親は商人の勘とやらで大きな事業に失敗して全てを失った。
店を売り貴族街にあった家も引き払い、残ったわずかなお金を元手にオランゼはこの事業を立ち上げた。
商人の勘なんか信じないと決めてやってきたのになぜかあの少年に期待をしてしまう。
清掃事業は絶対に失敗はできない。
かといって慎重になりすぎては年寄りになっても小金を稼ぐ程度しか事業の拡大はできない。
ただまだ苦情は来ていない。
ありもしない苦情をでっちあげるほど腐っていないから、綺麗に処理できていれば苦情は来ないことになる。
「何としても俺はゴミで経済を支配してみせる」
オランゼの目は静かに野心に燃えている。
余裕があるとオランゼに評されたジケとしても、オランゼは知らぬ相手でないことが余裕がある理由の大きい部分を占めた。
実はジケは過去にオランゼと一緒に働いたことがあった。
ジケが大きくなってから出会ったオランゼはすでに都市の大部分に事業の手を伸ばし、一部ではゴミ王なんて呼ばれてもいた。
ジケにとってもオランゼは恩人だった。
仕事もなくふらついていたところに、スライムの消化能力をゴミ処理に活かそうと誘ってきたのが何を隠そうオランゼなのだから。
そんな恩人が思い付いた方法を使って、先回りをして少し稼がせてもらうなんてジケも悪い男である。
まあオランゼから振られる仕事だって楽じゃなく、苦労させられた分返してもらうと考えれば心は痛まない。
何もジケは一方的に搾取しようなどと考えているのではない。
多少のお金を稼がせてもらうがお礼はしっかりとするつもりで接触した。
現段階はまだ信頼関係を築いていく時期なので、口出しをすることはないけれども後々オランゼの事業を加速させていく。
ジケの能力でなく知っている知識とちょっとした話術を用いてオランゼの興味を引ければ可能だろう。
「まあ、とりあえず今は若き時を楽しもうか」
金があり時間がある。
小難しいことはおいおい考えればいい。
ずっしりと手にかかるお金の重みに顔を緩ませながらジケは家に帰った。